前回とは違い、序盤からやたらと窮地に追い込まれる士郎。
また、今回は元気なアーチャーも執拗に士郎に関わって来ます。
そんな中、士郎に変化が見え始めます……
深夜、変な夢を見る。
何故か、俺は夜の街を歩いている。自分で歩いている感覚は無い。意識も朦朧としている。何か、耳鳴りがする。その耳鳴りの中に、誰かの声が聞こえる。
―― おいで ――
風は冷たく、体は冷え切っている。これが夢なら、目が覚めるのではないかと思われる寒さだ。しかし、体は自由にならず、一路山を目指して行く。
ようやく、それが夢では無い事に気付く。だが、体は全く自由にならない。声も出せない。そのまま俺は、石段を登り、柳洞寺の山門をくぐって境内に辿り着く。
「?!」
目の前に、黒い霧が陽炎のように揺らぐ。その中から、魔道師のような紫のローブに身を包んだ女性が姿を現す。俺は、既にこいつの顔を知っている。そう、柳洞寺に巣食う魔女、キャスター。
「きゃ……キャスター……」
ようやく、声は出せた。しかし、体は全く動かない。
「ええ、その通りよ。セイバーのマスターさん。」
再度体を動かそうとするが、金縛りに合ったように体は全く動かせない。
「無駄よ、一度成立した魔術は、魔力という水では洗い流せない。ましてあなたの魔術回路のような弱々しい流れでは……」
くっ……ここまで展開が変わっているのか?キャスターが手を出してくるのは、バーサーカーを倒した後だったのに……
やはり、受けに回っていては、いいように敵に翻弄されるだけだ……それは分かったが、今は、この状況を何とかしないと……
「お……俺を、殺す気か?」
キャスターに問い掛ける。
「安心しなさい、殺してしまっては魔力を吸い上げられないわ。始めは加減が分からず殺してしまったけど、今は程度良く集められる。もう気付いていると思うけど、新都のガス漏れ事故も全て私の仕業……」
「な……何故、無関係な人間を巻き込む?」
「この街の人間は皆、私の物……」
「な……何だと?」
「キャスターのサーヴァントには、陣地を作る権利があるのよ。私はこの場所に神殿を造って、貴方達から身を護る。ここは陣地としても最適なのよ。ほら、見えるでしょう?この土地に溜まった数百人分の魔力の貯蔵、有象無象の人の欠片が……」
確かに、この境内に満ちた魔力の渦は、千にいたる人の魂で出来ているように見えた。それで余計に、キャスターに対しての怒りが湧き上がって来る。
「キャスター……きさまっ!」
だが、どんなに怒りが湧こうとも、奴の金縛りを解く事はできない。
「さあ、それでは話を済ませてしまいましょうか?」
そう言って、キャスターは俺の耳に顔を近づける。
「あなたの令呪を、貰ってあげるわ。」
その頃、異変に気付いたセイバーは士郎が居ない事を知り、魔力の流れを追って柳洞寺の石段の前まで辿り着いていた。しかし、一気に駆け上がろうとしたセイバーの前に、ひとりのサーヴァントが立ち塞がった。セイバーは、そのサーヴァントに問い掛ける。
「聞こう、その身は如何なるサーヴァントか?」
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。」
いきなり真名を言った事に、セイバーは驚く。
「立ち合いの前に名を明かすのは、当然であろう?」
「名乗られたからには、こちらも名乗り返すのが騎士の礼。その上でここを退いてもらうぞ、私の名は……」
「よい!」
そう言って、アサシンのサーヴァントは背中の鞘から長刀を抜く。
「敵を知るには、この刀だけで十分だ。ここを通りたいのならば、圧し通れ!」
アサシンの妨害に合い、セイバーは山門をくぐれずに足止めをくらっていた。
「令呪を……奪うだと?」
「そうよ、令呪を私のマスターに移植する。そしてセイバーには、あの目障りなバーサーカーを倒してもらうとしましょう。令呪を剥がすという事は、あなたから魔術回路を引き抜くという事でもあるわ。」
キャスターに操られ、俺の左手が上がっていく。その手の甲に、キャスターの指先が迫る。キャスターの指先からは、淡い光が発せられている。
「くっ……」
そこに、無数の光の矢が天から降って来る。
「はっ!」
とっさに、キャスターはそれを交わして、俺から離れた。
「ふん、とうに命は無いと思ったが、存外にしぶといのだな?」
突然、俺の目の前に遠坂のサーヴァント、アーチャーが現れた。
「お前……何で?」
「何、ただの通りがかりだ。あまり気にするな……で、体の方はどうだ?キャスターの糸なら、今ので断った筈だが。」
言われて、自分の体を確認する。
「え?……う……動く。キャスターの呪縛が解けたのか?」
「それは結構……あとは好きにしろ、と言いたいところが、殺されたくなければしばらくそこから動かぬ事だ。あまり考え無しに動くと……」
「アーチャーですって?!」
それまで冷静だった、キャスターが突然騒ぎ出す。
「ええい!アサシンめ、何をしていたの?!」
思い切りヒステリーを起こすキャスターを、アーチャーは鼻で笑う。
「そら、見ての通り八つ当たりを食らう事になる。女の激情というのは中々に御し難い……全く、少しばかり手荒い事になりそうだ。」
ヒステリーを起こしているキャスターに、アーチャーが言う。
「アサシンの事ならば、奴は、セイバーと対峙している。あの侍何者かは知らぬが、セイバーを圧し留めるとは大した剣豪だ。むしろ、褒めてやるべきではないか?」
「ふん、ふざけたことを……あなたを止められないようでは、英雄などとは呼べない。あの男、剣豪を名乗らせるには実力不足です。」
「その言い振り、やはり協力し合っているのか?君達のマスターは?」
アーチャーの質問を、キャスターは笑い飛ばす。
「ふふ……あはははははははは!私が、あの狗と協力ですって?私の、手駒に過ぎないアサシンと?」
「手駒だと?」
「そう……そもそも、あの狗にマスターなど存在しないのですからね。」
その言葉に、アーチャーは顔を顰める。
「キャスター……貴様、ルールを破ったな?」
「まさか、ルールを破ってなどいないわ。だって、サーヴァントを呼び出すのは魔術師でしょう?なら、魔術師である私が、サーヴァントを呼び出して何の不都合があるのです?」
「きゃ……キャスターが……アサシンを?」
そうか、何故キャスターの根城である柳洞寺の山門を、アサシンが護っているのかと思っていたが……キャスター自身が、アサシンを召還していたのか?
「まっとうなマスターに呼び出されなかったあの門番は、本来のアサシンでは無い……それは構わん。敵であれば倒すのみ。だが、それは貴様の独断ではないのか、キャスター?」
「……聞きましょう。何故、そのような結論が出るのです、アーチャー?」
「マスターとて魔術師だ。自分より強力な魔術師を召還したのなら、例え令呪があろうと警戒する。私が貴様のマスターなら、魔女に自由など与えない。貴様だけの手足となるサーヴァント召還など許可する筈が無い。となれば、この間抜けなマスターのように、とっくに操り人形にされていると予想はつくさ。」
「な……」
間抜けと呼ばれて頭にきたが、その通りなので言い返せなかった。
「ふっ、それなりに知恵は働くようですね。いいわ、その賢さに免じて、今の暴言は聞き流しましょう。聖杯戦争に勝つ事なんて、簡単ですもの。私が手を尽くしているのは、単にその後を考えているだけ。」
「ほう?我々を倒すのは容易いと?逃げ回るだけが取り得の魔女が……」
すると、この言葉にキャスターが大きく反応した。再び、さっきの激昂した口元を見せる。
「……ええ……ここでなら、私にかすり傷さえ負わせられない。私を二度も“魔女”と呼んだ者には、相応の罰を与えます。」
「かすり傷さえと言ったな?では、一撃だけ……それで無理なら、あとはセイバーに任せよう。」
一瞬間をおいて、アーチャーの姿が消える。突風のような速さで、アーチャーはキャスターに斬りかかった。いつの間にか、両手には対で作られた白と黒の双剣が握られていた。
「?!」
呪文の詠唱など許さず、あっという間にキャスターを両断してしまった。その場には、真っ二つにされた紫のローブが残っているだけだった。
あっさりと決着がついたが、アーチャーは納得していないようだった。手応えが無かったのか、その場に立ち竦んでいた。
「……残念ねアーチャー。貴方が、本当にその程度だったなんて。」
突然、境内にキャスターの声が響き渡る。
そして、上空から強烈な光弾がアーチャーを襲った。
「くっ……」
アーチャーは、とっさに双剣でその光弾を弾いた。
攻撃の主は、遙か上に居た。蝶のように翼を広げ、キャスターは上空に浮かんでいた。
「空間転移か?固有時制御か?この境内なら、魔法の真似事さえ可能という事か?……見直したよ、キャスター。」
「私は見下げ果てたわ、アーチャー。使えると思って試してみたけど、これではアサシン以下よ。」
「耳に痛いな。次があるのなら、もう少し気を利かせるが。」
「まさか、愚か者に次などありません。貴方はここで消えなさい、アーチャー。」
キャスターの前に、幾つもの魔方陣が現れ、アーチャーに向けて攻撃を放つ。先程のような光弾が、雨のように降り注ぐ。その一撃一撃が、必殺の威力を持つ魔術だった。それを何の詠唱も無しに放っている。そのキャスターの魔力は桁違いだった。
アーチャーは、素早く境内を動き回って、何とかこの攻撃を交わしているが、徐々に追い詰められて行く。
「女狐め、Aランクの魔術をここまで連発するとは、余程魔力を溜め込んだな。」
攻撃から逃れるため、境内の外に向かっていたアーチャーだが、何かに気付いたのか急に反転し、こちらに戻って来る。
「間抜け!いつまでそこに突っ立っている!」
「え?」
俺は、その攻防に見とれていて、自分の事を忘れていた。俺が今立っている場所も、とうに安全地帯では無くなっていたのだ。
アーチャーは俺を抱え、その場を飛び退く。その直後、俺の立っていた場所に光弾が直撃し、地面が大きく抉れた。
寸でのところで、また俺は救われた。だが、俺の口から出たのは礼では無かった。
「降ろせバカ、何考えてんだお前!」
「知るものか!いいから黙っていろ、お前に言われると自分の馬鹿さ加減に頭を痛めるわ、馬鹿が!」
「馬鹿?!お前、自分が馬鹿だって判ってるのに人のこと馬鹿呼ばわりするのかよ、このバカ!」
「ええい、ガキか貴様!馬鹿でガキとはもはや手が付けられん、せめてどちらかに決めておけたわけめ!」
助けてもらっているのは有り難いが、俺を抱えたせいで余計にアーチャーは追い詰められていく。また自分が足手まといになっているのが、無性に腹が立つ。そのため、また憎まれ口が漏れていく。
「いいから放せ、これくらいひとりで何とかする!お前の手なんか借りない!」
「そうか、なら遠慮は要らんな。」
そう言って、アーチャーは唐突に俺の体を蹴り飛ばした。
数メートルは飛ばされ、体を地面に強く打ちつけられた。
「こ……この野郎!」
思わずムッとして起き上がる俺の目に、とんでもない光景が飛び込んで来る。
先程まで軽快に飛び回っていたアーチャーが、全く動きを止めて佇んでいる。良く見ると、その足場には魔法陣が広がり、アーチャーの体は、霧状のオーラに包まれていた。
「気分はどうかしら、アーチャー?如何に三騎士とはいえ、空間そのものを固定化されては動けないのではなくて?ふっ……これでお別れよ。」
まさか……俺を庇ってキャスターに捕まったのか?
ところが、良く見るとアーチャーの手は何も持っていなかった。先程まで、その両手にあった双剣が無くなっている。
「……」
アーチャーの口が僅かに動く。何かを言ったようだが、よく聞こえなかった。
「何かしら?命乞いなら聞いてあげてもいいけど……」
もうアーチャーは籠の中の小鳥とばかりに、余裕の言葉を漏らすキャスター。
「たわけ!躱せと言ったのだ!」
もう一度、今度は大声で叫ぶアーチャー。それと同時に、キャスターの呪縛も自力で解いた。
「何ですって?」
驚くキャスターに、アーチャーの双剣が襲い掛かる。キャスターの呪縛に捕らわれる前に、既に放っていたのだ。
「ちっ!」
キャスターは何とか双剣の攻撃を受け流すが、大きくバランスを崩してしまう。
一方、アーチャーは既に次の行動に移っていた。弓を出し、一本の剣を投影して矢のように引く。
「I am the bone of my sword.」
弓を引きながら、呪文のようなものを唱える。それにより、剣は矢のような形に変わっていく。そして、バーサーカーに放ったのと同じ、強力な矢が放たれる。
「カラドボルグ!!」
キャスターもすかさず呪文を唱え、空間を捻じ曲げてそれを防ごうとする。だが、アーチャーの放った矢は、空間ごと彼女を吹き飛ばす。
「あああああああっ!」
凄まじい衝撃と閃光に、一瞬視界を失う。
それが去った後には、俺達の数メートル前に、傷付いたキャスターの姿があった。
先程まで広げていた羽は消え、地面の上に蹲っている。自己治癒能力で見る見る内に傷は塞がっていくが、直ぐには動ける状態では無かった。
但し、致命傷は負っていない。そもそも、アーチャーの攻撃は外れていた。いや、“外していた”。
自分の経験からも判るが、あの矢はキャスター本体を狙ってはいなかった。もしアーチャーが最初からキャスターを狙っていれば、もうキャスターは消滅していただろう。
最初からキャスターを討つ気が無いためか、アーチャーは、傷付いたキャスターを前にしても何もしなかった。
「……ううっ……アーチャー……何故、止めを刺さないのです……」
「いや、試すのは一撃だけと言っただろう。初めの一撃は躱されたからな。その後はただのおまけだ。」
「……では、私を殺す気は無かったと?」
「私の目的は、そこの男にあったからな……不必要な戦いは、避けるのが主義だ。意味の無い殺生は苦手でな。」
少し回復して、ようやくキャスターは立ち上がる事ができる。
「ほほほほほ……では、あなた達は似た者同士と言う事?」
『はあ?』
俺とアーチャーの声がハモる。
「そこの坊やは、無関係な者を糧とする、私のようなサーヴァントを許せない。あなたは、無意味な殺戮は好まない。ほら、全く同じじゃない。だから手を組んでいるのではなくて?」
「ばっ……どうしてそんなふざけた結論になる!誰が、こんな奴と一緒なもんか!」
俺は、思わず怒鳴っていた。
「同感だ、平和主義者である事は認めるが、根本が大きく異なる。」
アーチャーもキャスターの言葉を否定するが、この言葉は俺の癇に障った。
「……っ、何が平和主義者だ!俺は忘れてないぞ。お前は、バーサーカーと一緒にセイバーを狙っただろ!」
「仕方がなかろう。あの時はまだ共闘関係ではなかった。セイバーの安全よりバーサーカーを倒す事が優先されただけだ。」
そのまま、俺達は睨み合う。そのやりとりを聞いて、キャスターはまた笑いながら言う。
「気に入ったわ。あなた達は、力もそのあり方も希少よ。敵に回してしまうのは惜しい。私と手を組みなさい。私には、この戦いを終わらせる用意がある。言ったでしょう。勝つ事なんて容易いと。生き残りたいのなら、私に従うべきじゃなくて?」
「断る!俺は、お前みたいな奴とは手を組まない!」
俺は、即座に誘いを断った。だが、アーチャーは直ぐには答えず黙っている。
「お……おい。」
まさかと思ったが、少し考えた後にアーチャーも言う。
「拒否する。君の陣営は、いささか戦力不足だ。いかに勢力を伸ばそうと、バーサーカーひとりに及ばない。まだ、組する程の条件では無いな。」
「では、交渉は決裂という訳?」
「そうだが、ここに来たのは私の独断でね。君を討つ理由が無いから、ここらで分けとしないか?」
「な……何だと?」
何を言い出すんだ、こいつは……
「以外ね?あなたのマスターは、私を追っていたのでしょう?なのにあなたは、私を見逃すというの?」
「ああ、お前がここで何人殺そうが、私には与り知らぬ事だ。」
「あら?酷い男……」
キャスターは、笑みを浮かべながら宙に浮いていく。
「待て!キャスターっ!」
俺は追おうとするが、アーチャーに止められた。
「馬鹿か貴様。追えば確実に死ぬぞ。」
その頭上で、キャスターは、細かい光の蝶となって姿を消してしまう。
「くっ……アーチャー、何でキャスターを逃がした?」
「戦う時ではなかったからだ。ここで斬り伏せたところで、アレは直ぐさま逃げおおせただろう。今の空間転移、見逃した訳ではあるまい?」
アーチャーの言う事はもっともなのだが、それで納得できる話ではない。
「……それは判ってる。けど、だからって見逃すのか?キャスターを止めない限り、街では犠牲者が出続けるんだぞ!」
「別に、おまえ自身が傷付く事ではあるまい。むしろヤツにはこのまま続けて貰いたいくらいだ。そうして力を蓄え、その力でバーサーカーを倒してもらえば儲けものだろう。」
「ふざけるな!遠坂は、そんな方針は取らない!」
「そうだな。だからこそ、キャスターには手早く済ませて欲しいものだ。何人犠牲になるかは知らんが、人間など結局は死ぬ生き物、誰にどう殺されようが、結果的には変わるまい。」
「お前っ!」
俺は、思わずアーチャーに殴り掛かったが、その拳は難無く受け止められてしまった。
「私達は、協力関係では無かったか?」
「ふざけるな!俺はお前とは違う!勝つために、結果のために周りを犠牲にするなんて、そんな事絶対にするものかっ!」
「それは私も同じだ。だが、全ての人間を救う事はできまい。もしキャスターが聖杯を手に入れてしまえば、被害はこの街だけに留まるまい。それは、イリヤスフィールも他のマスターも同じだ。聖杯を私利私欲で使わぬマスターは、私の知る限りお前と凛だけだからな。故に、私達が勝利しなければ被害は更に大きくなる。」
その言葉を聞いた俺の脳裏に、かつて父“衛宮切嗣”から聞かされた言葉が浮かんだ。
“誰かを救うという事は、誰かを助けないという事なんだ。”
「無関係な人間を巻き込みたくないと言ったな?ならば認めろ!ひとりも殺さないなどという方法では、結局誰も救えない。」
確かに、こいつの言う通りだ。誰ひとり殺さず、全員を救うなんてのは理想論でしかない。
だが、目の前の悲劇を見て見ぬふりなんてできない。そんなのは、正義の味方じゃ無い。何より、こいつの言う事に従うのは我慢ならない……
そう考えながらも、俺はアーチャーに背を向けて山門を目指す。
「判った……今日のところは引き上げる……」
「何?!」
こいつの言いなりになるのは癪だ。しかし、今の俺ではキャスターを追っても返り討ちに合うだけだ。キャスターを倒すなら、セイバーが必要だ。そのセイバーは、山門でアサシンに足止めをくらっている。
熱くなり過ぎては駄目だ……もっと冷静に、状況を見据えて、的確な判断を下さなければこの戦争は勝ち抜けない……本当に癪だが、こいつのように……
自分で制止させておいて、すんなり引き下がる士郎にアーチャーは違和感を抱いていた。
“何故だ?……てっきり、それでもキャスターを追おうとすると思っていた。後先考えず、熱血漢を振り回すものと……”
すると、士郎は足を止め、顔だけをアーチャーに向ける。
「そういえば……礼を言ってなかったな……今日は、助かった……」
そう言って、士郎は山門に向かって行く。
“こいつが、私に礼を言うだと?……こいつは、本当に衛宮士郎なのか?”
山門を出て来た士郎を見て、セイバーは叫ぶ。
「マスター、ご無事でしたか!」
「ふん……ここまでか。」
そう言って、アサシンは剣を引く。
「マスターを連れて帰るがよい、セイバー。」
「な……私達を見逃すと言うのか?アサシン。」
「見逃すとも。ここを通るつもりの無い者を、討つ理由も無い。何より、これではあの小僧が気になって、お前は満足に戦えまい。お前とは、本気で立ち会いたいのでな。」
士郎は、ゆっくりと石段を降りて来る。アサシンの横を通り抜け、セイバーの前まで来る。
「心配を掛けて済まなかった、セイバー。」
「いえ、ご無事でなによりです。」
二人で、石段を降りて行く。途中でセイバーは振り向き、アサシンに言う。
「かたじけない。その代わり、あなたとの決着は必ず付けると、この剣に誓おう。」
「ああ、期待しているぞ、セイバー。」
士郎達が石段を降りて行った後、少し遅れてアーチャーも山門を出て来る。石段を降り、アサシンの横を通り過ぎる。
「あの女狐の肝を冷やしてやろうと見逃したが、のこのこ逃げ帰って来たか?」
アサシンが、アーチャーに皮肉を言う。
「別に、キャスターを討ちに来た訳では無いのでな。お前こそ、このような事をして咎められないのか?」
「おそらく酷く咎められるであろう。だが、あのセイバーとの仕合に無粋な邪魔を入れたくなかったのでな。」
「そうか……」
振り返る事も無く、アーチャーはそのまま柳洞寺を後にした。
遂に、士郎の心に変化が……
絶対に曲がる筈の無い、士郎の信念が曲がって行きます。
それに、真っ先に気付くのは……当然、アーチャーしかいません。
しかしその事は、アーチャー自身の目的を失っていく事にもなります。