Fate / replay night   作:JALBAS

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前回とは違い、序盤からやたらと窮地に追い込まれる士郎。
また、今回は元気なアーチャーも執拗に士郎に関わって来ます。
そんな中、士郎に変化が見え始めます……




《 第四話 》

 

深夜、変な夢を見る。

何故か、俺は夜の街を歩いている。自分で歩いている感覚は無い。意識も朦朧としている。何か、耳鳴りがする。その耳鳴りの中に、誰かの声が聞こえる。

 

―― おいで ――

 

風は冷たく、体は冷え切っている。これが夢なら、目が覚めるのではないかと思われる寒さだ。しかし、体は自由にならず、一路山を目指して行く。

ようやく、それが夢では無い事に気付く。だが、体は全く自由にならない。声も出せない。そのまま俺は、石段を登り、柳洞寺の山門をくぐって境内に辿り着く。

 

「?!」

 

目の前に、黒い霧が陽炎のように揺らぐ。その中から、魔道師のような紫のローブに身を包んだ女性が姿を現す。俺は、既にこいつの顔を知っている。そう、柳洞寺に巣食う魔女、キャスター。

 

「きゃ……キャスター……」

 

ようやく、声は出せた。しかし、体は全く動かない。

「ええ、その通りよ。セイバーのマスターさん。」

再度体を動かそうとするが、金縛りに合ったように体は全く動かせない。

「無駄よ、一度成立した魔術は、魔力という水では洗い流せない。ましてあなたの魔術回路のような弱々しい流れでは……」

 

くっ……ここまで展開が変わっているのか?キャスターが手を出してくるのは、バーサーカーを倒した後だったのに……

やはり、受けに回っていては、いいように敵に翻弄されるだけだ……それは分かったが、今は、この状況を何とかしないと……

 

「お……俺を、殺す気か?」

キャスターに問い掛ける。

「安心しなさい、殺してしまっては魔力を吸い上げられないわ。始めは加減が分からず殺してしまったけど、今は程度良く集められる。もう気付いていると思うけど、新都のガス漏れ事故も全て私の仕業……」

「な……何故、無関係な人間を巻き込む?」

「この街の人間は皆、私の物……」

「な……何だと?」

「キャスターのサーヴァントには、陣地を作る権利があるのよ。私はこの場所に神殿を造って、貴方達から身を護る。ここは陣地としても最適なのよ。ほら、見えるでしょう?この土地に溜まった数百人分の魔力の貯蔵、有象無象の人の欠片が……」

確かに、この境内に満ちた魔力の渦は、千にいたる人の魂で出来ているように見えた。それで余計に、キャスターに対しての怒りが湧き上がって来る。

「キャスター……きさまっ!」

だが、どんなに怒りが湧こうとも、奴の金縛りを解く事はできない。

「さあ、それでは話を済ませてしまいましょうか?」

そう言って、キャスターは俺の耳に顔を近づける。

「あなたの令呪を、貰ってあげるわ。」

 

 

 

その頃、異変に気付いたセイバーは士郎が居ない事を知り、魔力の流れを追って柳洞寺の石段の前まで辿り着いていた。しかし、一気に駆け上がろうとしたセイバーの前に、ひとりのサーヴァントが立ち塞がった。セイバーは、そのサーヴァントに問い掛ける。

「聞こう、その身は如何なるサーヴァントか?」

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。」

いきなり真名を言った事に、セイバーは驚く。

「立ち合いの前に名を明かすのは、当然であろう?」

「名乗られたからには、こちらも名乗り返すのが騎士の礼。その上でここを退いてもらうぞ、私の名は……」

「よい!」

そう言って、アサシンのサーヴァントは背中の鞘から長刀を抜く。

「敵を知るには、この刀だけで十分だ。ここを通りたいのならば、圧し通れ!」

アサシンの妨害に合い、セイバーは山門をくぐれずに足止めをくらっていた。

 

 

 

「令呪を……奪うだと?」

「そうよ、令呪を私のマスターに移植する。そしてセイバーには、あの目障りなバーサーカーを倒してもらうとしましょう。令呪を剥がすという事は、あなたから魔術回路を引き抜くという事でもあるわ。」

キャスターに操られ、俺の左手が上がっていく。その手の甲に、キャスターの指先が迫る。キャスターの指先からは、淡い光が発せられている。

「くっ……」

そこに、無数の光の矢が天から降って来る。

「はっ!」

とっさに、キャスターはそれを交わして、俺から離れた。

「ふん、とうに命は無いと思ったが、存外にしぶといのだな?」

突然、俺の目の前に遠坂のサーヴァント、アーチャーが現れた。

「お前……何で?」

「何、ただの通りがかりだ。あまり気にするな……で、体の方はどうだ?キャスターの糸なら、今ので断った筈だが。」

言われて、自分の体を確認する。

「え?……う……動く。キャスターの呪縛が解けたのか?」

「それは結構……あとは好きにしろ、と言いたいところが、殺されたくなければしばらくそこから動かぬ事だ。あまり考え無しに動くと……」

「アーチャーですって?!」

それまで冷静だった、キャスターが突然騒ぎ出す。

「ええい!アサシンめ、何をしていたの?!」

思い切りヒステリーを起こすキャスターを、アーチャーは鼻で笑う。

「そら、見ての通り八つ当たりを食らう事になる。女の激情というのは中々に御し難い……全く、少しばかり手荒い事になりそうだ。」

ヒステリーを起こしているキャスターに、アーチャーが言う。

「アサシンの事ならば、奴は、セイバーと対峙している。あの侍何者かは知らぬが、セイバーを圧し留めるとは大した剣豪だ。むしろ、褒めてやるべきではないか?」

「ふん、ふざけたことを……あなたを止められないようでは、英雄などとは呼べない。あの男、剣豪を名乗らせるには実力不足です。」

「その言い振り、やはり協力し合っているのか?君達のマスターは?」

アーチャーの質問を、キャスターは笑い飛ばす。

「ふふ……あはははははははは!私が、あの狗と協力ですって?私の、手駒に過ぎないアサシンと?」

「手駒だと?」

「そう……そもそも、あの狗にマスターなど存在しないのですからね。」

その言葉に、アーチャーは顔を顰める。

「キャスター……貴様、ルールを破ったな?」

「まさか、ルールを破ってなどいないわ。だって、サーヴァントを呼び出すのは魔術師でしょう?なら、魔術師である私が、サーヴァントを呼び出して何の不都合があるのです?」

「きゃ……キャスターが……アサシンを?」

 

そうか、何故キャスターの根城である柳洞寺の山門を、アサシンが護っているのかと思っていたが……キャスター自身が、アサシンを召還していたのか?

 

「まっとうなマスターに呼び出されなかったあの門番は、本来のアサシンでは無い……それは構わん。敵であれば倒すのみ。だが、それは貴様の独断ではないのか、キャスター?」

「……聞きましょう。何故、そのような結論が出るのです、アーチャー?」

「マスターとて魔術師だ。自分より強力な魔術師を召還したのなら、例え令呪があろうと警戒する。私が貴様のマスターなら、魔女に自由など与えない。貴様だけの手足となるサーヴァント召還など許可する筈が無い。となれば、この間抜けなマスターのように、とっくに操り人形にされていると予想はつくさ。」

「な……」

間抜けと呼ばれて頭にきたが、その通りなので言い返せなかった。

「ふっ、それなりに知恵は働くようですね。いいわ、その賢さに免じて、今の暴言は聞き流しましょう。聖杯戦争に勝つ事なんて、簡単ですもの。私が手を尽くしているのは、単にその後を考えているだけ。」

「ほう?我々を倒すのは容易いと?逃げ回るだけが取り得の魔女が……」

すると、この言葉にキャスターが大きく反応した。再び、さっきの激昂した口元を見せる。

「……ええ……ここでなら、私にかすり傷さえ負わせられない。私を二度も“魔女”と呼んだ者には、相応の罰を与えます。」

「かすり傷さえと言ったな?では、一撃だけ……それで無理なら、あとはセイバーに任せよう。」

一瞬間をおいて、アーチャーの姿が消える。突風のような速さで、アーチャーはキャスターに斬りかかった。いつの間にか、両手には対で作られた白と黒の双剣が握られていた。

「?!」

呪文の詠唱など許さず、あっという間にキャスターを両断してしまった。その場には、真っ二つにされた紫のローブが残っているだけだった。

あっさりと決着がついたが、アーチャーは納得していないようだった。手応えが無かったのか、その場に立ち竦んでいた。

「……残念ねアーチャー。貴方が、本当にその程度だったなんて。」

突然、境内にキャスターの声が響き渡る。

そして、上空から強烈な光弾がアーチャーを襲った。

「くっ……」

アーチャーは、とっさに双剣でその光弾を弾いた。

攻撃の主は、遙か上に居た。蝶のように翼を広げ、キャスターは上空に浮かんでいた。

「空間転移か?固有時制御か?この境内なら、魔法の真似事さえ可能という事か?……見直したよ、キャスター。」

「私は見下げ果てたわ、アーチャー。使えると思って試してみたけど、これではアサシン以下よ。」

「耳に痛いな。次があるのなら、もう少し気を利かせるが。」

「まさか、愚か者に次などありません。貴方はここで消えなさい、アーチャー。」

キャスターの前に、幾つもの魔方陣が現れ、アーチャーに向けて攻撃を放つ。先程のような光弾が、雨のように降り注ぐ。その一撃一撃が、必殺の威力を持つ魔術だった。それを何の詠唱も無しに放っている。そのキャスターの魔力は桁違いだった。

アーチャーは、素早く境内を動き回って、何とかこの攻撃を交わしているが、徐々に追い詰められて行く。

「女狐め、Aランクの魔術をここまで連発するとは、余程魔力を溜め込んだな。」

攻撃から逃れるため、境内の外に向かっていたアーチャーだが、何かに気付いたのか急に反転し、こちらに戻って来る。

「間抜け!いつまでそこに突っ立っている!」

「え?」

俺は、その攻防に見とれていて、自分の事を忘れていた。俺が今立っている場所も、とうに安全地帯では無くなっていたのだ。

アーチャーは俺を抱え、その場を飛び退く。その直後、俺の立っていた場所に光弾が直撃し、地面が大きく抉れた。

寸でのところで、また俺は救われた。だが、俺の口から出たのは礼では無かった。

「降ろせバカ、何考えてんだお前!」

「知るものか!いいから黙っていろ、お前に言われると自分の馬鹿さ加減に頭を痛めるわ、馬鹿が!」

「馬鹿?!お前、自分が馬鹿だって判ってるのに人のこと馬鹿呼ばわりするのかよ、このバカ!」

「ええい、ガキか貴様!馬鹿でガキとはもはや手が付けられん、せめてどちらかに決めておけたわけめ!」

助けてもらっているのは有り難いが、俺を抱えたせいで余計にアーチャーは追い詰められていく。また自分が足手まといになっているのが、無性に腹が立つ。そのため、また憎まれ口が漏れていく。

「いいから放せ、これくらいひとりで何とかする!お前の手なんか借りない!」

「そうか、なら遠慮は要らんな。」

そう言って、アーチャーは唐突に俺の体を蹴り飛ばした。

数メートルは飛ばされ、体を地面に強く打ちつけられた。

「こ……この野郎!」

思わずムッとして起き上がる俺の目に、とんでもない光景が飛び込んで来る。

先程まで軽快に飛び回っていたアーチャーが、全く動きを止めて佇んでいる。良く見ると、その足場には魔法陣が広がり、アーチャーの体は、霧状のオーラに包まれていた。

「気分はどうかしら、アーチャー?如何に三騎士とはいえ、空間そのものを固定化されては動けないのではなくて?ふっ……これでお別れよ。」

 

まさか……俺を庇ってキャスターに捕まったのか?

 

ところが、良く見るとアーチャーの手は何も持っていなかった。先程まで、その両手にあった双剣が無くなっている。

「……」

アーチャーの口が僅かに動く。何かを言ったようだが、よく聞こえなかった。

「何かしら?命乞いなら聞いてあげてもいいけど……」

もうアーチャーは籠の中の小鳥とばかりに、余裕の言葉を漏らすキャスター。

「たわけ!躱せと言ったのだ!」

もう一度、今度は大声で叫ぶアーチャー。それと同時に、キャスターの呪縛も自力で解いた。

「何ですって?」

驚くキャスターに、アーチャーの双剣が襲い掛かる。キャスターの呪縛に捕らわれる前に、既に放っていたのだ。

「ちっ!」

キャスターは何とか双剣の攻撃を受け流すが、大きくバランスを崩してしまう。

一方、アーチャーは既に次の行動に移っていた。弓を出し、一本の剣を投影して矢のように引く。

「I am the bone of my sword.」

弓を引きながら、呪文のようなものを唱える。それにより、剣は矢のような形に変わっていく。そして、バーサーカーに放ったのと同じ、強力な矢が放たれる。

「カラドボルグ!!」

キャスターもすかさず呪文を唱え、空間を捻じ曲げてそれを防ごうとする。だが、アーチャーの放った矢は、空間ごと彼女を吹き飛ばす。

「あああああああっ!」

凄まじい衝撃と閃光に、一瞬視界を失う。

それが去った後には、俺達の数メートル前に、傷付いたキャスターの姿があった。

先程まで広げていた羽は消え、地面の上に蹲っている。自己治癒能力で見る見る内に傷は塞がっていくが、直ぐには動ける状態では無かった。

但し、致命傷は負っていない。そもそも、アーチャーの攻撃は外れていた。いや、“外していた”。

自分の経験からも判るが、あの矢はキャスター本体を狙ってはいなかった。もしアーチャーが最初からキャスターを狙っていれば、もうキャスターは消滅していただろう。

最初からキャスターを討つ気が無いためか、アーチャーは、傷付いたキャスターを前にしても何もしなかった。

「……ううっ……アーチャー……何故、止めを刺さないのです……」

「いや、試すのは一撃だけと言っただろう。初めの一撃は躱されたからな。その後はただのおまけだ。」

「……では、私を殺す気は無かったと?」

「私の目的は、そこの男にあったからな……不必要な戦いは、避けるのが主義だ。意味の無い殺生は苦手でな。」

少し回復して、ようやくキャスターは立ち上がる事ができる。

「ほほほほほ……では、あなた達は似た者同士と言う事?」

『はあ?』

俺とアーチャーの声がハモる。

「そこの坊やは、無関係な者を糧とする、私のようなサーヴァントを許せない。あなたは、無意味な殺戮は好まない。ほら、全く同じじゃない。だから手を組んでいるのではなくて?」

「ばっ……どうしてそんなふざけた結論になる!誰が、こんな奴と一緒なもんか!」

俺は、思わず怒鳴っていた。

「同感だ、平和主義者である事は認めるが、根本が大きく異なる。」

アーチャーもキャスターの言葉を否定するが、この言葉は俺の癇に障った。

「……っ、何が平和主義者だ!俺は忘れてないぞ。お前は、バーサーカーと一緒にセイバーを狙っただろ!」

「仕方がなかろう。あの時はまだ共闘関係ではなかった。セイバーの安全よりバーサーカーを倒す事が優先されただけだ。」

そのまま、俺達は睨み合う。そのやりとりを聞いて、キャスターはまた笑いながら言う。

「気に入ったわ。あなた達は、力もそのあり方も希少よ。敵に回してしまうのは惜しい。私と手を組みなさい。私には、この戦いを終わらせる用意がある。言ったでしょう。勝つ事なんて容易いと。生き残りたいのなら、私に従うべきじゃなくて?」

「断る!俺は、お前みたいな奴とは手を組まない!」

俺は、即座に誘いを断った。だが、アーチャーは直ぐには答えず黙っている。

「お……おい。」

まさかと思ったが、少し考えた後にアーチャーも言う。

「拒否する。君の陣営は、いささか戦力不足だ。いかに勢力を伸ばそうと、バーサーカーひとりに及ばない。まだ、組する程の条件では無いな。」

「では、交渉は決裂という訳?」

「そうだが、ここに来たのは私の独断でね。君を討つ理由が無いから、ここらで分けとしないか?」

「な……何だと?」

 

何を言い出すんだ、こいつは……

 

「以外ね?あなたのマスターは、私を追っていたのでしょう?なのにあなたは、私を見逃すというの?」

「ああ、お前がここで何人殺そうが、私には与り知らぬ事だ。」

「あら?酷い男……」

キャスターは、笑みを浮かべながら宙に浮いていく。

「待て!キャスターっ!」

俺は追おうとするが、アーチャーに止められた。

「馬鹿か貴様。追えば確実に死ぬぞ。」

その頭上で、キャスターは、細かい光の蝶となって姿を消してしまう。

「くっ……アーチャー、何でキャスターを逃がした?」

「戦う時ではなかったからだ。ここで斬り伏せたところで、アレは直ぐさま逃げおおせただろう。今の空間転移、見逃した訳ではあるまい?」

アーチャーの言う事はもっともなのだが、それで納得できる話ではない。

「……それは判ってる。けど、だからって見逃すのか?キャスターを止めない限り、街では犠牲者が出続けるんだぞ!」

「別に、おまえ自身が傷付く事ではあるまい。むしろヤツにはこのまま続けて貰いたいくらいだ。そうして力を蓄え、その力でバーサーカーを倒してもらえば儲けものだろう。」

「ふざけるな!遠坂は、そんな方針は取らない!」

「そうだな。だからこそ、キャスターには手早く済ませて欲しいものだ。何人犠牲になるかは知らんが、人間など結局は死ぬ生き物、誰にどう殺されようが、結果的には変わるまい。」

「お前っ!」

俺は、思わずアーチャーに殴り掛かったが、その拳は難無く受け止められてしまった。

「私達は、協力関係では無かったか?」

「ふざけるな!俺はお前とは違う!勝つために、結果のために周りを犠牲にするなんて、そんな事絶対にするものかっ!」

「それは私も同じだ。だが、全ての人間を救う事はできまい。もしキャスターが聖杯を手に入れてしまえば、被害はこの街だけに留まるまい。それは、イリヤスフィールも他のマスターも同じだ。聖杯を私利私欲で使わぬマスターは、私の知る限りお前と凛だけだからな。故に、私達が勝利しなければ被害は更に大きくなる。」

その言葉を聞いた俺の脳裏に、かつて父“衛宮切嗣”から聞かされた言葉が浮かんだ。

 

“誰かを救うという事は、誰かを助けないという事なんだ。”

 

「無関係な人間を巻き込みたくないと言ったな?ならば認めろ!ひとりも殺さないなどという方法では、結局誰も救えない。」

 

確かに、こいつの言う通りだ。誰ひとり殺さず、全員を救うなんてのは理想論でしかない。

だが、目の前の悲劇を見て見ぬふりなんてできない。そんなのは、正義の味方じゃ無い。何より、こいつの言う事に従うのは我慢ならない……

 

そう考えながらも、俺はアーチャーに背を向けて山門を目指す。

「判った……今日のところは引き上げる……」

「何?!」

 

こいつの言いなりになるのは癪だ。しかし、今の俺ではキャスターを追っても返り討ちに合うだけだ。キャスターを倒すなら、セイバーが必要だ。そのセイバーは、山門でアサシンに足止めをくらっている。

熱くなり過ぎては駄目だ……もっと冷静に、状況を見据えて、的確な判断を下さなければこの戦争は勝ち抜けない……本当に癪だが、こいつのように……

 

 

自分で制止させておいて、すんなり引き下がる士郎にアーチャーは違和感を抱いていた。

“何故だ?……てっきり、それでもキャスターを追おうとすると思っていた。後先考えず、熱血漢を振り回すものと……”

すると、士郎は足を止め、顔だけをアーチャーに向ける。

「そういえば……礼を言ってなかったな……今日は、助かった……」

そう言って、士郎は山門に向かって行く。

“こいつが、私に礼を言うだと?……こいつは、本当に衛宮士郎なのか?”

 

山門を出て来た士郎を見て、セイバーは叫ぶ。

「マスター、ご無事でしたか!」

「ふん……ここまでか。」

そう言って、アサシンは剣を引く。

「マスターを連れて帰るがよい、セイバー。」

「な……私達を見逃すと言うのか?アサシン。」

「見逃すとも。ここを通るつもりの無い者を、討つ理由も無い。何より、これではあの小僧が気になって、お前は満足に戦えまい。お前とは、本気で立ち会いたいのでな。」

士郎は、ゆっくりと石段を降りて来る。アサシンの横を通り抜け、セイバーの前まで来る。

「心配を掛けて済まなかった、セイバー。」

「いえ、ご無事でなによりです。」

二人で、石段を降りて行く。途中でセイバーは振り向き、アサシンに言う。

「かたじけない。その代わり、あなたとの決着は必ず付けると、この剣に誓おう。」

「ああ、期待しているぞ、セイバー。」

 

士郎達が石段を降りて行った後、少し遅れてアーチャーも山門を出て来る。石段を降り、アサシンの横を通り過ぎる。

「あの女狐の肝を冷やしてやろうと見逃したが、のこのこ逃げ帰って来たか?」

アサシンが、アーチャーに皮肉を言う。

「別に、キャスターを討ちに来た訳では無いのでな。お前こそ、このような事をして咎められないのか?」

「おそらく酷く咎められるであろう。だが、あのセイバーとの仕合に無粋な邪魔を入れたくなかったのでな。」

「そうか……」

振り返る事も無く、アーチャーはそのまま柳洞寺を後にした。

 






遂に、士郎の心に変化が……
絶対に曲がる筈の無い、士郎の信念が曲がって行きます。
それに、真っ先に気付くのは……当然、アーチャーしかいません。
しかしその事は、アーチャー自身の目的を失っていく事にもなります。
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