しかし、一番の強敵を既に知っている士郎は、このままバーサーカーと戦う事に抵抗を感じてしまいます。
そんな士郎が、次に取る行動は……
衛宮家の居間では、セイバーがひとり俯いて座っていた。
そこに、凛が入って来る。セイバーは、即座に凛に声を掛ける。
「凛、マスターは大丈夫ですか?」
「大丈夫。傷は臓器を逸れてるから、大事には至らないわ。ただ、何故か今回の傷は、いつものように直ぐに回復しないのよね。」
「私が、キャスターの罠に嵌って契約を切られたから……」
「でも、それは士郎が同じ剣を投影して、直ぐに取り返したじゃない。それで元通りでしょ?」
「いえ……前とは、少し違っています。」
「え?どういう事?」
「元々、私は不完全な形で召喚されました。そのためか、マスターとのラインがうまく繋がって無くて、魔力の供給が得られませんでした。」
「そういえば、そんな事言ってたわね。」
「ですが、今は違います。ちゃんと、マスターからの魔力の供給が受けられています。」
「え……それは、再度契約し直したから?」
「多分、そうだと思います。本来、これが正規の形なのですが、そのためにあの治癒能力が無くなったのかも……」
「考え過ぎじゃないの?……あいつ、今回頑張り過ぎたでしょ。新たに宝具を二つも投影してたし……それで、魔術回路がどっか麻痺してるとか……」
「はい……」
「そんなに落ち込む事無いわよ。キャスターも倒せたんだし。」
「でも、私はこの手でマスターを殺してしまうところでした……」
「結果生きてるんだから、それでよしとしましょう。」
「しかし……」
「貴女はサーヴァントなんだから、令呪には逆らえないわ。それでも、貴女は必死で抵抗した。だから、士郎もあの程度の傷で済んでいるのよ。士郎だって、その事で貴女を責めなかったでしょ?そのおかげで反撃ができて、キャスターも倒せたんだから。」
「はい……」
「まあ、しばらくは安静が必要だから、バーサーカー対策を考えるのは士郎が回復してからにしましょう。」
士郎の身が心配な事もあり、凛はその晩は衛宮家に泊まる事にする。
その頃、ライダーを失った慎二は言峰教会に来ていた。
サーヴァントを失った彼は、戦う術を持たない。このままでは他のマスターに嬲り殺しにされるだけと、教会に保護を求めに来たのだ。
「戦いが始まって以降、ここに足を運んだのは君が初めてだ……戦いを放棄するのか?少年。」
「あ……あたりまえだ、僕に死ねって言うのか?サーヴァントが居ないんじゃ殺しようが無い。僕は普通の人間なんだ。いわば被害者側だろ?」
「そうか……判った。君は今回一人目の放棄者であり、我が教会始まって以来の使用者だ。管理者として、丁重にもてなそう。」
「え?……何だよ、リタイヤしたのは僕だけだっていうのか?……みっともない。こんな事、爺さんに知られたら何て言われるか……」
慎二は、頭を抱える。そして、綺礼に八つ当たりを始める。
「それもこれも、お前達のせいだぞ!ライダーなんてカスを掴ませやがって、あんまりにも不公平じゃないか!」
綺礼は、冷やかな目でそれに答える。
「では、ライダーは役に立たなかったと?」
「そうだよ!アイツ、僕があんなに手を貸してやったのに、あっけなく死にやがった。あれなら、他のサーヴァントの方がよっぽど役に立ったんだ!」
綺礼は黙って聞いている。
「それでも僕はうまくやった。爺さんの言いつけ通りにやって、準備は万全だったんだ!だって言うのにあいつら、揃って邪魔をしやがって……二対一だぞ、そんなの勝ち目なんてないじゃないか……そうだ、負けたのは僕のせいじゃない。単にサーヴァントの質の差なんだ!」
そう言って、床に拳を打ちつける慎二。そんな慎二に顔を近づけ、綺礼は言う。
「つまり、君にはまだ戦う覚悟はあるという事だな?」
「え?」
慎二は顔を上げる。
「君は運がいい。ちょうど一人、手の空いているサーヴァントがいてね……」
礼拝堂の奥から、ひとりの男が歩み寄って来る。
「彼と、契約する気はあるか?」
黒いライダースーツをカジュアル風に着た、金髪で赤い目をしたその男は、それこそ虫けらでも見るような目で慎二を見詰めていた。
一夜明けて、昼近くになってようやく士郎は目を覚ます。
「……っ!」
体を動かすと、左肩に激痛が走る。それでも、何とか上半身を起こす。
“もう昼頃か?一晩と半日寝込んでいた訳か……”
痛む体に鞭打って立ち上げり、着替えながら今後の事を考える。
“キャスターとアサシンは倒した。残る敵はバーサーカーとランサー……
いや、肝心なヤツを忘れていた……ギルガメッシュ、ヤツが最強の敵であり、この聖杯戦争を勝ち抜くための最大の難関だ……”
居間に向かって歩きながら、更に考えを巡らせる。
“そもそも、ランサーも言峰のサーヴァントだ。なら、ランサーとギルガメッシュは共闘して来るかもしれない……それなら、バーサーカーと戦っている場合じゃ無いんじゃないか?むしろ、バーサーカーを味方に付けた方がいい。そうすれば、勝率もぐっと高くなる。
イリヤは、何故か俺に対して好意的だ。事情を説明すれば、手を組めるんじゃないのか?”
そうして、士郎は居間に到着する。
「士郎、起きて来て大丈夫なの?」
「マスター、まだ休まれていた方が……」
凛とセイバーが、心配して声をかける。
「いや、大丈夫だ。それより、大事な話がある。」
そう言って、士郎は凛とセイバーの前に座る。
「な……何よ?大事な話って?」
「ああ、実は……」
言いかけて、士郎ははっとする。
“待て、俺は一度この聖杯戦争を経験しているから知ってるが、遠坂達はまだギルガメッシュの存在を知らないんだった。そんな状態でバーサーカーとの共闘を提案しても、そんな必要あるのかって言われるだけじゃないのか?”
士郎は口篭ってしまう。
“ランサーひとりに、サーヴァント三人の共闘は必要無い。だいたい、そんなのセイバーも納得しないだろう。だからって、今ギルガメッシュの話をしたって信じてもらえる訳が無い……”
「どうしたのよ?早く、言いなさいよ。」
士郎がずっと黙っているので、凛が焦れて文句を言う。
「あ……いや……そう言えば、藤姉と桜はどうしたんだ?」
言うに言えなくなり、全然関係無い事を言い出す士郎。
「藤村先生は、昨日の事件の被害者でしょ?症状は軽かったけど、念のために検査入院してるわよ。」
「桜は、家から呼び出しがあったらしくて帰りました。数日は、こちらに来られないそうです。」
さらっと、凛とセイバーが回答する。
「ああ……そうなんだ。」
「まさか、それが大事な話って訳じゃ無いでしょうね?」
凛が、士郎を睨んで来る。
「い……いや……その……」
結局言葉を返すことができず、散々凛に絞られた後、士郎は“大人しく寝ていろ”と部屋に戻されてしまった。
しばらくして、士郎はこっそりと屋敷を抜け出していた。
“こうなったら、俺一人でイリヤを説得に行くしかない。今、ここでバーサーカーと戦うのはデメリットしかない。俺達も消耗するし、あの戦力を失うのは大きな損失だ。”
士郎は、適当な所でタクシーを呼び、郊外の森に向かう。
一度アインツベルンの城に囚われた士郎は、イリヤ達の居場所を既に知っていた。
ただ、郊外の森の前まではタクシーで行けるが、そこからは徒歩になる。その上傷の痛みに耐えながら進んだので、到着にはかなりの時間を要した。
士郎が抜け出した数十分後、セイバーは士郎が部屋に居ない事に気付く。慌てて、居間にいる凛のところに行く。
「凛、マスターが居ません!」
「何ですって?」
二人で屋敷中を探すが、士郎は何処にも居ない。
「アーチャー!アーチャー、居ないの?」
凛は、士郎を捜させようとアーチャーを呼ぶが、アーチャーも近くには居なかった。
「まさかマスターと一緒に?」
「あいつら……また、私達に黙って様子見に行ったわね!」
顔を真っ赤にして、凛は吼えていた。
前回は、様子見に行ったのはアーチャーだけで士郎は誘き出されたのだが、凛の剣幕にセイバーはとても突っ込みを入れられなかった。
日が傾きかけた頃、ようやく士郎はアインツベルンの城に辿り着いた。
だが、直ぐに士郎は城の異常な様子に気付く。城のあちこちは崩れ、大穴も開いている。庭には、イリヤに仕えていたと思われる召使い達の死体もあった。
「ま……まさかこれは……」
士郎は、自分の後ろに向かって大声を出す。
「おい!そこに居るんだろ?」
声に反応して、士郎の背後にアーチャーが姿を現す。
「何だ、気付いていたのか?」
「お前の殺気には慣れている。それに、俺を付け狙うお前が、こんなチャンスを見逃す筈は無いからな。」
士郎は、アーチャーが付けて来るのを逆にあてにしていた。
「これをどう思う?」
「どう思うも何も、何者かに襲撃されたようにしか見えんが?」
「なら、誰に襲撃されたと思うんだ?」
「誰って、こんな事ができるのはあの英雄王しか……」
言いかけて、アーチャーははっとする。士郎は、即座に振り向いてアーチャーに問う。
「お前……ギルガメッシュの事を知っているのか?」
士郎の中での仮説が、ほぼ確信に変わる。
だが、士郎のこの言葉は、アーチャーにも衝撃を与えた。
「……お前こそ、どうしてあの男の事を知っているのだ?」
士郎とアーチャーは無言で睨み合うが、直ぐに士郎が思い出したように呟く。
「い……イリヤは?」
士郎は、アーチャーに背を向けて城の中に走って行く。少し遅れて、アーチャーもそれに続く。
士郎達が、城の広間に着いた時には、もう戦闘は終わっていた。
広間もあちこちが崩れ、床には幾つも大穴が開いている。その中央に、二つの人影があった。
ひとつは、バーサーカーの巨体であったが、無数の時空の歪から伸びている黄金の鎖に繋がれている。更に、その体は宝具と思われる幾多の武器に貫かれていた。
もうひとつは、黒いライダースーツを着た、金髪の男であった。髪型や恰好は以前と違うが、十年前の聖杯戦争から残ったままの八人目のサーヴァント、ギルガメッシュに他ならなかった。
そして、そのギルガメッシュの足元に、既に虫の息のひとりの少女が横たわっている。
「イリヤ!」
士郎が叫ぶ。
ギルガメッシュは、士郎の叫びに振り向きもしない。その手で横たわるイリヤの胸を貫き、心臓を抉り取った。
「なにやってんだ!……テメエ!」
「待て!迂闊に近寄るな!」
思わず飛び出そうとする士郎を、アーチャーが引き止める。
その直後、バーサーカーの体が消滅していった。そこでようやく、ギルガメッシュは士郎達の方を振り向く。
「ほう……フェイカー共が、揃って登場か?」
「何だ?衛宮じゃないか。」
部屋の隅から声がする。声の主は、ゆっくりとギルガメッシュに近付いて行く。それは、間桐慎二であった。
「どうだい衛宮?こいつが、僕の新しいサーヴァントさ。ライダーなんかよりずっと強そうだろ?」
しかし、士郎は全く慎二を見ていなかった。ずっと、ギルガメッシュを睨み続けている。
「お前……何故イリヤを殺した?」
そして、慎二を無視してギルガメッシュに問い掛ける。
「な……何だよ衛宮、無視するなよ!」
いきり立つ慎二をよそに、ギルガメッシュは淡々と答える。
「奇なことを言う……殺し合うのが聖杯戦争では無いのか?」
「もうバーサーカーは消滅寸前だった。イリヤの命まで、取る必要は無かっただろうが!」
「ふん、何も知らんのだな小僧。」
「何だと!」
自分を無視して話を続ける士郎達に、慎二は痺れを切らす。
「いい加減にしろよ衛宮!……そうか、この間の件でもう僕に勝った気でいるんだな?思い知らせてやるよ。ギルガメッシュ、あいつをぶっ殺せ!」
「待ちなさい慎二!」
士郎達の後ろに、凛とセイバーも現れる。士郎の魔力を辿って、ここまで追って来たのだ。
「何だ、お前も居たのか?遠坂。」
慎二の表情が、ころっと変わる。
「と……遠坂、セイバーまで……どうして?」
「どうしてじゃないわよ!何であんた達はいつも……」
士郎に文句を言おうとする凛の横で、ギルガメッシュを見たセイバーが叫ぶ。
「お……お前は、アーチャー?!」
「え?」
怪訝な顔をする凛。
「ふん……十年振りだな、セイバー。」
「な……何故、貴方がここに居る!」
凛には、訳が分からない。しかし、士郎とアーチャーは既に知っている事なので、特に反応はしなかった。
そんな中、全く空気を詠まない慎二が口を挟む。
「どうだい遠坂?こいつが僕の新しいサーヴァントのギルガメッシュさ。」
「新しいサーヴァントですって?な……何で、八人目のサーヴァントが居るのよ?」
「そんな事知るもんか。ただ、お前のアーチャーや衛宮のセイバーなんかとは、比べ物にならないくらい強いんだぜ。何せ、お前達が束になっても敵わなかったバーサーカーを、あっという間に仕留めたんだからな。」
「何ですって?バーサーカーを……本当なの士郎?」
「……ああ……だがそれだけじゃ無い。あいつは、イリヤも……」
そう言って、士郎は唇を噛み締める。凛は、改めてギルガメッシュの足元を見る。そこには、胸を貫かれた無残なイリヤの亡骸が横たわっていた。それで凛は、士郎がどうしてここまで怒りを露にしているのかを悟る。
「慎二。」
そこまで全く慎二を無視していたギルガメッシュが、慎二に声をかける。
「え?」
「あの娘であれば、器として文句は無いのだがな。」
「そ……そうか?」
慎二は、凛に再び語り掛ける。
「どうだい遠坂?衛宮なんか見限って、僕達の仲間にならないか?このままじゃ、お前達には勝ち目は無いんだ。考えるまでも……」
しかし、凛は慎二の言葉を遮って答える。
「お断りよ慎二!いいように使われてるだけの奴に、ついて行く道理はないわ!」
「な……何だって?」
慎二の怒りは、とうとう頂点に達してしまう。
「殺れ!ギルガメッシュ。遠坂も衛宮も、奴らのサーヴァントも皆殺しだ!」
だが、ギルガメッシュは士郎達に背を向け、その場を去ろうと歩き出す。
「いや……残念だが時間切れだ。これ以上放置すれば腐ってしまう。」
そう言って、ギルガメッシュは先程イリヤから抜き取った心臓を慎二に見せる。それは、本体から千切り取られたにも関わらず、まだ動いていた。
「くっ……」
慎二は顔を顰め、もう一度凛の方を向いて言う。
「くそっ……後悔するなよ遠坂!もう、仲間にしてやらないからなっ!」
そう言い残して、慎二はギルガメッシュと一緒に城を出て行ってしまう。
士郎達は、後を追おうとも、戦いを挑もうともしなかった。
士郎とアーチャーは、このまま戦っても勝てない事を知っていた。凛とセイバーは勝てるかどうかよりも、怒りに任せて士郎がまた無茶をする事を恐れていた。
士郎達は、イリヤの遺体をアインツベルンの城の庭に葬ってあげ、もう日が暮れて来たので急いで衛宮家に戻った。
そして、まずは凛とセイバーによる士郎への説教が始まった。アーチャーはそれを察して、霊体化して姿をくらませていた。
ひと通り説教が終わった後は、八人目のサーヴァント、ギルガメッシュの話に入る。
セイバーが、彼が十年前に最後まで戦ったサーヴァントである事、自分も十年前の聖杯戦争に呼び出されていた事を語る。更に、ギルガメッシュはそのまま消えずに残っていたであろう事も。
士郎は、本当は今回は見てはいないのだが、失われた聖杯戦争で見たその能力と宝具について語る。但し、ギルガメッシュのマスターが本当は言峰綺礼である事は言わなかった。それを言うには、自分が一度聖杯で望みを叶え、この聖杯戦争をやり直している事も話さなければならないから。
結局、今後の方針も決まらず。その日は皆床に付く。凛も、引き続き衛宮家に泊まった。
翌朝、かなり早く目覚めた士郎は、ひとり土蔵に行く。
そこで、感じ慣れた気配に気付き、声をかける。
「何か用か?」
士郎の背後に、アーチャーが実体化して現れた。
アーチャーは、いきなり士郎に問い掛ける。
「お前は、いったい何者だ?」
遂に、言峰とギルガメッシュが動き始めました。
バーサーカーと手を組もうとした士郎の思惑は、脆くも砕かれてしまいました。
その一方で、利用されているとも知らずに有頂天の慎二。
そんな中、士郎はアーチャーの正体に完全に気付きます。
そしてアーチャーは、信じ難い士郎の変貌に、とうとう直接本人に問い質す事を決意します。