アーチャーの正体に気付いた士郎は、自分が聖杯戦争をやり直していた事をアーチャーに語ります。
しかし偶然、セイバーがその話を聞いてしまいます。
士郎の語る事実に、衝撃を受けるセイバー……
更に、言峰とギルガメッシュは次の行動に移ります。
彼らが次に狙うのは……
朝日が差し込んでも薄暗い土蔵の中で、士郎とアーチャーが対峙している。
アーチャーは、士郎に問い掛ける。
「お前は、いったい何者だ?」
「はあ?……俺は、衛宮士郎だ。そんな事、お前の方が十分に判ってるんじゃないのか?」
「どうかな?」
「何?」
「お前は、俺が知っている衛宮士郎とは違い過ぎる。」
アーチャーの自称に、士郎は違和感を覚える。
“ん?……“俺”……今“俺”って言ったのか?アーチャーの奴。“
既に、士郎はアーチャーの正体に気付いていたが、あえて問い掛ける。
「そう言うお前こそ何者だ?アーチャー。」
「ふん……もう気付いているんだろう。俺の正体には。」
「……ああ。お前は、俺の事を知り過ぎている。赤の他人では、絶対に知り得ない事も。その上、あのギルガメッシュの事まで知っていた……という事は……」
一瞬間を置いて、アーチャーは答える。
「そうだ。俺は、かつて“衛宮士郎”だった存在だ。生前に世界と契約し、力を得る代わりにこの身を売り渡した。死後、“守護者”となる事を約束してな。」
「なっ?!……それは……」
驚く士郎。それは、セイバーの契約と殆ど同じだった。
セイバーも、死後の自分を英霊として未来永劫使役される事を認める代わりに、聖杯を求めた。
違うのは、セイバーの契約はまだ完了していない。聖杯を手に入れるまで、セイバー本体の時間は止まったままだ。だが、アーチャーの契約はもう完了している。既に、“正義の味方”として永遠に世界に使役され続けているのだ。
「それじゃあ……お前は、未来の俺?」
「という訳では無い。俺は、ひとつの可能性だ。この先、お前が辿り着くかもしれない……いや、違うな。」
「何?」
「もはや、今のお前の未来に俺は居ない。」
「どういう事だ?」
「こっちが聞きたい。何故、お前はそうなった?どう考えても、お前は俺が知り得る衛宮士郎では無い。いったい、お前に何があったのだ?」
士郎は、しばし無言で考えた。
“こいつの言う事は、理解できない。俺の、何が違うと言うんだ?俺は、紛れも無く衛宮士郎本人だ。
何かあったかといえば、聖杯戦争をやり直している事だろう。あとは、サーヴァントを、人間とは別物と意識するようになった事くらいだ。
それをそのまま話せば、こいつは信じるだろう。サーヴァントとして、聖杯の力をその身に受けているのだ。どのような突拍子も無い話でも、信じられるだろう。
だが、その後こいつはどうする?
俺の邪魔をして来ないか?
俺がこの聖杯戦争を勝ち抜く、一番の障害にならないか?“
だが士郎は、直ぐにその心配は意味が無い事だと悟る。
“そういえば、こいつは遠坂のサーヴァントだった。こいつが勝利させるのは、俺では無く遠坂だ。
なら、どちらにしろこいつは、俺が勝ち残る障害以外の何物でもない。“
そう考え、士郎はアーチャーに全てを語り出す。
サーヴァントは夢を見ない。
よって見るのは、マスターの記憶。
ただ、元が霊体であるサーヴァントには寝る必要が無い。霊体になれず、常に実体化して魔力を余分に消費するセイバー以外は。
セイバーは夢……では無く、マスターの記憶を見ていた。
本来ある筈の無い、失われた聖杯戦争の記憶を……
声が聞こえて来る。あまり良く聞き取れないが……
『……では交換条件だ……セイバー、己が目的のため、その手で自らのマスターを殺せ……そのあかつきには聖杯を与えよう……』
目の前が真っ暗で、何も見えない。体も動かない。
その内、誰かが自分の体を担ぎ上げているのが分かる。
そのまま立たされて、背中を押される。
ふと、見えなかった目が、少しだけ見えるようになる。
視界には、ひとりの女性が映っている。青い礼装に、銀の鎧を着たブロンドの髪の女性が。
自分は、彼女に縋るように手を伸ばす。
ところが、その女性は最初は自分を受け止めようと手を伸ばすが、突然その手に剣を握った。
……え?……
信じられない光景だった。彼女が、自分に剣を向けている。
自分を、護り抜くと誓った彼女が……
そしてその剣は、彼女に縋ろうとする自分の胸を貫いた……
ど……どうして?……
「うわあああああああああっ!」
思わず大声を上げてしまい、飛び起きるセイバー。
「え?」
辺りを見回し、今見たものが現在起こっている事では無いのに気付く。しかし……
「い……今のは?……まさか、マスターの記憶?」
セイバーは、訳が判らなかった。
頭の中で、いろいろな思いが交錯する。
“今見たのは、マスターの記憶に間違いは無い。
そして、マスターの目に映っていたのは、間違い無く私だった。
しかし、私にはマスターを殺した記憶など当然無い。
そもそも、殺されたのなら今マスターは生きている筈が無い。
だが、実際にあった事だから記憶として残っているのではないのか?“
しばらく、セイバーは呆然と考え込んでいた。
「ま……マスター……」
セイバーは立ち上がり、襖を開けて隣の部屋を覗き込む。しかし、部屋に士郎は居なかった。
「マスター……何処に?」
セイバーは、士郎を捜しに行く。
屋敷の中を一通り見て回り、見当たらないので庭に出る。
ふと、土蔵の中から話し声が聞こえて来たので、近付いて行く。
入り口に近付いたところで、士郎の声に彼女は足を止める。
『……俺は、一度死んでいる。』
“え?!”
中には入らず、セイバーは壁に寄り掛かって耳を澄ませた。
『ランサーに殺された話か?そんな事で、お前は変わらないだろう?』
次に、アーチャーの声が聞こえて来る。それでセイバーは、中で話をしているのが士郎とアーチャーである事を認識する。
『そうじゃ無い。既に一度この聖杯戦争を戦い、その最後にセイバーに殺されたんだ。』
“?!”
目を大きく見開いて、驚くセイバー。
「な……何だと?!」
土蔵の中では、同様にアーチャーが驚いている。
「言峰綺礼が交換条件を出したんだ。俺を殺せば、聖杯を与えると。セイバーはその条件を呑んで、俺を殺した。」
「ば……馬鹿な!」
アーチャーは、今迄一度も見せた事の無いような動揺を見せた。士郎が既にこの聖杯戦争を経験している事よりも、セイバーが士郎を裏切った事の方が信じられなかった。
土蔵の外では、セイバーがとてつもない衝撃を受けていた。
“わ……私が、聖杯と引き換えにマスターを殺した?では、先程見たのはその時の……”
「生死の境を彷徨いながら、俺は願った。聖杯戦争のやり直しを……そして、聖杯は俺の願いを聞き入れた。時間は、セイバーを召喚した直後まで巻き戻り、俺はもう一度この聖杯戦争を戦う事になった……」
「……」
アーチャーは何も言わず、ただ衝撃を受けていた。
“そうか……ただ、助けた者に裏切られたのでは無い。心から信じた、信頼しきっていた者に裏切られたのだ……セイバーに対する態度が、こいつとは思えないくらい冷徹なのはそのためか。だが、それだけでは説明がつかない事もある……”
しばらくして、ようやくアーチャーは口を開く。
「それで……この聖杯戦争に勝ち残って、今度はお前は聖杯に何を望む?」
「……」
そう言われて、士郎考え込む。士郎は、勝ち残る事ばかり考えていて、聖杯の事を考えていなかった。
「どうした?何故答えない?」
「……もう聖杯に望む事は何も無い。俺は、何が何でも勝ち残りたいだけだ。」
「正義の味方になるためか?」
「そうだ。」
「それを阻む者があれば、容赦無く排除するのか?」
「ああ。」
その言葉に、アーチャーは更なる驚きを見せる。
「お前……自分が何を言っているのか、判っているのか?」
「何だ?何をそんなに驚いている?」
「言い方を変えれば、悪人ならば命を取る事も辞さないと言っているんだぞ。」
「それは、正義の味方なら当然じゃないのか?」
「な……」
躊躇無く肯定する士郎に、愕然としてしまうアーチャー。
「お前も、以前言っていたんじゃないのか?全ての人間を救う事はできない、ひとりも殺さないというのは理想論だと。」
アーチャーは、呆然とするばかりだった。
“違う!やはりこいつは衛宮士郎じゃない!こいつの考えを否定していた俺が言うのもおかしいが、こんな心変わりをする筈が無い!”
また二人は無言になり、睨み合いが続く。
いつの間にか、セイバーは土蔵の前から離れていた。
焦点の合わない目で、まるで夢遊病者のようにふらふらと庭を歩いて行く。
“私が……マスターを……契約を交わし、護り抜くと誓った主を……この手で”
未だに、自分がそのような事をしたのが信じられなかった。
だが、彼女の主はそう語った。
何より、主の記憶にあるのだから間違いは無い。
自分も、その記憶をはっきりと見ている。
記憶は、嘘をつかない。
“何が、この身は貴方の剣になるだ?
どの口が、そのような戯言を言えるのだ?
私の中に、真実はなにも無い……”
セイバーは、そのまま門の外に出て行ってしまう。
しばしの沈黙の後、士郎が口を開く。
「……それで、お前はどうするんだ?お前がこの聖杯戦争に参加した目的は、俺なんだろう?……俺を、殺すつもりか?」
「そのつもりだったんだがな……もう、それも意味が無くなった。」
「はあ?……どういう事だ?」
「今のお前に説明しても、理解できないだろうよ。」
「何だと?」
「まあ待て。今は、お前と争う理由は無くなったということだ。残りのマスターがお前と凛の二人だけになるまでは、協力関係を続けよう。」
「そうか……なら、お互い知っている情報を共有したい。」
「知っている情報だと?」
「俺は、一度今回の聖杯戦争を経験している。しかし、やり直した聖杯戦争は俺が最初に経験したものと展開が大きく変わっていた。お前が生前経験した聖杯戦争は、どのような展開だったんだ?」
「生憎だが、俺の聖杯戦争の記憶は磨耗して殆ど失われている。残っているのは、凛やセイバーのような関係の深かった者との断片的な記憶だけだ。」
「……それなら、この聖杯戦争を影で操っているのが、監督役の言峰綺礼だということも覚えてないのか?」
「な……何だと?!」
「言峰は、ランサーとギルガメッシュのマスターでもある。」
「な……ギルガメッシュのマスターは、間桐慎二ではなかったか?」
「慎二が、ギルガメッシュのマスターの筈が無い。あの言峰が、十年間温存したあの英雄王を手放すとは思えない。大方、いいように利用されてるだけだろう。」
その頃、ようやく起きて来た凛が居間に顔を出す。
「おはよ……」
しかし、居間には誰も居なかった。
「あれ?……もしかして、まだ起きてないの?士郎達。」
凛は、士郎とセイバーの部屋まで行くが、そこにも誰も居ない。
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。
誰も対応する様子が無いので、仕方なく凛が向かう。
玄関の戸を開け、そこに立つ人影を見て、思わず声を出してしまう。
「き……綺礼?!」
「やはりここに居たか。捜したぞ。」
綺礼から感じる只ならぬ気配に、凛の危険予知センサーが警報を鳴らす。
「な……何しに来たのよ?」
「ふふふ……お前を迎えに来たのだ。」
すかさず、凛はアーチャーを呼ぶ。
“アーチャー!来てっ!”
土蔵で会話をしていた士郎とアーチャーだが、突然アーチャーの顔色が変わる。
「こ……この魔力は?!」
「ん?どうした?アーチャー。」
「奴だ!」
「お……おい!」
アーチャーは、土蔵の外に飛び出して行く。その鬼気迫る様子につられて、士郎も後に続く。
「ははははははは!喜ぶがいいフェイカー共。この我が、わざわざ貴様達と戯れに来てやったぞ。」
土蔵の屋根には、八人目のサーヴァント、ギルガメッシュの姿があった。
「お……お前っ!」
イリヤの件もあり、士郎は溢れんばかりの敵意をギルガメッシュに向ける。
丁度その時、アーチャーの脳裏には凛からのSOSが届く。
“アーチャー!来てっ!”
「凛、どうした?」
その様子に、士郎が気付く。
「アーチャー、遠坂がどうかしたのか?」
「判らん!だが、緊急事態のようだ!」
「だったら直ぐに行け!ここは、俺に任せろ!」
「馬鹿を言え!あの男の相手が、お前に務まるわけがないだろう!」
「そんな事を言っている場合か!俺と遠坂、どっちが大事なんだよ!お前!」
一瞬の間で、お互いの目を見て心を決める二人。
「すまん、できるだけ早く戻る。」
「いいから急げ!」
アーチャーは凛の元へ行こうとするが、ギルガメッシュはそれを許さなかった。
ギルガメッシュの背後の時空の歪から、無数の武器が飛び出してアーチャーを襲う。
「ぬっ!トレース・オン!」
アーチャーもすかさず武器を投影し、これを相殺する。しかし、足は完全に止められてしまう。
「誰がこの場を離れる事を許可した?この我直々に戯れてやろうというのだ。席を外すなど無礼であろう。」
「俺達を、ここに釘付けにするつもりか?」
「くっ……」
アーチャーは唇を噛みしめる。
「はっ?!」
マスターの危機を感じ取り、セイバーはようやく正気に戻る。
「え?こ……ここは?」
気付くと、新都に渡る橋の手前まで来てしまっていた。どうやってそこまで来たのか、セイバーには全く記憶が無かった。
「い……いけない、マスター!」
直ぐに鎧を纏い、セイバーは衛宮家に急ぐ。
しかし、セイバーが衛宮家に到着した時には、既に事は済んでしまっていた。
彼女がそこで見たのは、荒れ果ててあちこちに大穴の開いた庭に、傷付いて蹲る士郎とアーチャーの姿だった。
「マスター!……アーチャー!」
セイバーは、二人に駆け寄って行く。
「大丈夫ですか?マスター!」
士郎は、辛そうに顔を上げながら言う。
「お……俺達のことはいい……と……遠坂を……」
「え?……し……しかし……」
そう言われても、傷付いたマスターの傍を、直ぐには離れられないセイバー。
「いいから早く行け!今、一番危険なのは遠坂だ!」
「は……はいっ!」
あまりの士郎の剣幕に圧され、セイバーは慌てて家の中に入って行く。
「凛!何処にいるのですか?凛!」
だが、何処にも凛の姿は発見できなかった。
玄関には、凛のものと思われる血の流れた跡だけが残っていた。
士郎の口から語られた、失われた聖杯戦争でのセイバーの裏切り。
それは、セイバーの心に深い傷を残します。
ただ、士郎の変貌の原因が、どうしてもそれだけとは思えないアーチャー。
そして、凛が綺礼の手に落ちてしまいした。
綺礼は何故、凛を攫ったのか……
なんてのは、もう判りきってるんですが……