仮面に亀裂が入る。
「…!…」
優子と翔子の顔は今まで以上に真剣なモノとなる。
仮面は少しずつ剥がれ、黒尽くめの男の正体が遂に明かされる。
「チッ…」
男は舌打ちをし、優子と翔子を睨みつける。
「…フン、流石は国家騎士の二位、三位というところか…。オレの正体が明かされるとはな…。」
仮面は全て剥がれ落ち男の顔が明らかとなる。しかし、男は焦る様子もない。
「…え…?」
優子と翔子の反応は驚きへと変わる。その正体は優子も翔子も良く知る人物だった。
「根本…恭二…。」
根本恭二(ねもと・きょうじ)。フミヅキの国家騎士の頂点に立つ『第一国家騎士』だ。カヲール二世の信頼も厚く、他の騎士たちからの人望も厚い。だが、当然そこで二人は疑問を抱く。フミヅキの頂点に立つ騎士が同じフミヅキの騎士を襲撃していたことになるからだ。
「何故、アナタがこんなことを…!?」
すると根本は、
「貴様らに知る理由などない。ただ、何も言わず消えればそれでいい。」
優子の質問には答えず、ただ二人の存在理由を否定する。
その瞬間―――。場は根本の殺気で押しつぶされそうな空気となる。
「―――――――っ!?」
「何、コレ?」
ただの殺気―――。ただそれだけである。だが、こんな殺気は今まで感じたことのないような殺気だった。
「さあ、楽しませてくれよ。二位と三位。」
根本はニヤリと笑い、西洋剣を召喚する。
――――――――――――――――――――――
その頃、王都の商店街では―――――。
「た、大変だ!街の外れで黒尽くめと国家騎士が戦りあっているぞ!」
一人の男がその場にいた全員に知らせるように伝える。どうやら現場を見たようだ。
「またか!?」
「今度は誰だ?」
街の人々は再び不安に包まれる。ザワザワと騒がしく落ち着きがない。
「どうやら、木下優子と霧島翔子が黒尽くめとやり合っているらしい!」
街のざわめきは一層強くなる。それもその筈…。この二人がやられれば国家騎士は全滅。フミヅキは退化の道をゆくことになる。
そして、偶然街の中にいた秀吉、ムッツリーニ、明久は…
「危険…。」
「このままでは姉上が…!」
秀吉にとって優子はたった一人しかいない姉だ。当然、この事態には不安が高まるばかりだ。そして、秀吉は隣にいる明久の方へ振り返る。
…しかし…。
「明久?」
先ほどまで隣にいたハズの明久の姿はなかった。
「…まさか…!」
―――――――――――――――――――
根本との戦闘が始まり、約七分…。
「ホウ…。」
優子、翔子と黒尽くめは互角の戦いを繰り広げていた。
「流石は上位の国家騎士なだけあるな…。この程度では倒れないか…。」
互角…とは言っても優子、翔子は体力的に限界に近かった。根本の攻撃は一瞬でも気を抜いたらあの世に行ってしまうほど速い。呼吸をする時間すら与えてはくれない。そのせいか、二人の息は上がっている。
「だが、そこで終わるのはまだ早いぞ…。」
彼が先程まで使っていた西洋剣の代わりに現れたのは『アルマッス』。以前、小山を刺した氷の剣だ。
翔子はその剣に抵抗するかのように前へ飛び出す。そして凄まじい斬撃が根本を襲う。
だが、根本は顔色一つ変えず『アルマッス』で翔子の『蜘蛛切』を防ぐ。
―――そして―――。
「…っ!?」
『アルマッス』の吹雪のような冷気が翔子を襲う。その冷気を避けるように翔子は根本から距離をとる。
「大丈夫、霧島さん!?」
「大丈夫…。けど…。」
翔子は根本の持つアルマッスに目をむける。
「あの剣、真面にくらったら大変…。」
そう、根本はまだアルマッスを振るっていない。ただの冷気…。それだけで、致命的なダメージを受けると翔子は言っている。
「…なら…!」
優子は刀を向け、走り出す。
「無闇に突っ込んでも意味はないぞ」
優子と根本の距離は徐々に近づく。そして近づいたところで…。
「…『紅桜』(べにざくら)…!」
優子の刀、『鬼切』の刀身が消え、代わりに紅色の桜が散る。
「…何だ?」
すると紅色の桜が根本の肌に触れた瞬間、スパっと音を立てわずかに鮮血が噴く。
「チイ…ッ!」
そして後ろから翔子が…
「…『蜘蛛の太刀』(くものたち)…!」
『蜘蛛切』の凄まじい斬撃が根本を襲う。
ガキイイィイイン!
しかし、翔子の斬撃は弾かれる。
「これは…『アイギス』…」
根本はとっさにアルマッスからアイギスを召喚する。そしてまた入れ替えるようにアルマッスを召喚し翔子を斬り捨てる。
「…が…っ」
翔子の右肩から鮮血が噴く。
「霧島さんッ!」
優子は翔子の下へ駆け寄ろうとするが、
「おっと、何処へ行く気だ?」
根本は優子を足止めする。
「…『桜花』(おうか)…!」
『桜花』…。連続20回攻撃。『鬼切』の目に見えないほどの斬撃が根本を襲う。しかし、根本は表情を変えることなく、再びアイギスを召喚。
「グ…ッ」
『鬼切』の斬撃はゼウスの盾により防がれる。
「お前も終わりだ。木下優子。」
すると、素早くアルマッスを召喚し、優子に斬りかかる。優子はかろうじて鬼切で防ぐ。
「よく防いだ…と言いたいところだが、アルマッスは氷の剣だ。その刀で防いだところで冷気までは防げない。」
「…ぐ…ッ」
徐々に優子の体は冷気に包まれ氷結していく。鬼切の紅色の闘気がアルマッスに抵抗するが、既に体の半分は氷結していき、意識がその冷気に奪われていく。
「…終わりだ、国家騎士。」
目の前は真っ暗になる。もうコイツには何をしても勝てないんだ、そう心の中で悟る。
「…?」
しかし、どういうことだろうか…?体全身が冷気に包まれ、感覚がマヒしているのに掌だけまだ感覚が残っていた。それに温かい。
「コレ…は」
そう、明久に手を握られた部分だ。ここの部分だけまだ感覚がある。
次々と国家騎士が襲われていき、優子の心の不安は徐々に高まっていた。いつ自分が襲われるのだろう?と恐怖していた。
だが、そんな不安と恐怖に包まれた冷たい手を明久は優しく、温かい手で握ってくれた。多少、頼りなさも感じられたが、彼は「大丈夫だよ」と優しく微笑んだ。
それが優子にはたまらなく嬉しかった。あの温かさがなかったらきっとここまで根元には立ち向かうことは出来なかった。
「…吉井君…。」
ボソリとその少年の名前を口にする。決してこの場に来るわけでもない少年の名前を…。
――――――瞬間――――。
「木下さんッ!!」
「…え?」
何かの勘違いだろうと優子は思った。しかし、この声は間違いなくあの少年の声だった
ザシュッ
「グッ…!」
根本の頬に僅かだが傷が入る。そのせいで根本の気が緩んだせいか、アルマッスの冷気がおさまる。
しかし、優子には分からなかった。彼がここに居る理由を…。彼は下級騎士で相手は国家騎士。天と地の差である。
当然、勝敗の行方何て問うまでもない。子供でも分かる答えだ。
「吉井君…。どうしてアナタがここに…。」
疑問を感じずにはいられない優子。だが、彼はニコリと笑い、
「もちろん、木下さんを助けにきたんだよ。」
あまりの単純すぎる答えに優子は
「バカッ!アナタではアイツには勝てない!」
状況判断を全くできていない明久に優子は思いっきり怒鳴る。しかし、明久は
「僕は負ける気なんて一切ないよ…。」
明久は決してふざけてるわけでもない。彼の目は今までにないほどに真剣だ。そして視線を優子から根本へ向ける。
「…下級騎士のお前に何が出来る?三分で殺してやる。」
すると、明久は『召喚武器』ではなく、背中にさした二本の剣を鞘から抜く。かなり高価そうな剣だが…。
「おい、その剣はどうした?」
根本は召喚武器でなく高価な剣を使おうとする明久に質問する。
「武具店でパクッてきた。」
正々堂々と答える。普通に犯罪である。
しかし、優子の危険を知り、すぐにこの場に来た明久にそんな余裕はなかった。
「フン…。で、二本剣を抜くってことは『二刀流』か?」
「もちろん」
根本は「フン」と鼻をならす。
「来い、三下。」
「うおおおおおおおおおおおッ!」
明久は二本の剣を根本に向け、走り出す。