何故、和夫が死ななければならない?
何故、真子が死ななければならない?
その現実が許せない。そして二人を殺したコイツ達が許せない…。…殺す…!
「うああああああああああああああああああッ!」
恭二は手元にある氷の剣を握る。その剣は恭二の憎しみに反応し、冷気を呼び出す。
「な、何だ!?」
「どこからこんな冷気が…ッ!」
予想外の出来事にフミヅキ兵も動揺を隠せない。…すると、
ドシュッ
肉が裂けるような音がする。氷の剣を持った恭二がフミヅキ兵の一人を切り殺したのである。
「このガキィッ!」
そこにいたフミヅキ兵全員が恭二に銃口を向ける。だが…。
向けた重工は氷の剣より発せられる冷気により氷結される。これでは武器を扱うことはできない。そんなフミヅキ兵を恭二は容赦なく斬り捨てていく。
そして、残り一人…。
「ヒイイッ!頼む、見逃してくれ!オレが悪かった!」
最後の一人は命乞いをした。だが、そんなものは当然許されるはずがない。
「……。」
恭二はそのまま最後の一人を斬る。
「…うるせえよ…。」
そして恭二は倉庫の外に出る。外にはまだたくさんの兵士がうろついている。恭二はフミヅキ兵に端から襲い掛かる。
憎くて仕方がなかった。きっとこの憎しみが癒えることはない。だが、それを敵を斬っていくことで癒えると思った。だが、それは叶わなかった。
燃える炎の中ただ一人、恭二だけが立っていた。他の人々は既に死んでいる。自分だけが生きている…。
「…っ……」
彼に目から血のように紅い涙が零れる。
「まるで地獄だな…。」
そんな世界に彼一人しかいない。残酷としか言いようがない光景だった。
『私、もし恭二が平和を守る騎士になったら私は恭二の妻になる。そして一生支えてあげる。ずっと傍に居る。約束だよ?』
不意に彼女の言葉が脳内によぎる。
だが、もうそれは叶わない。平和を守る騎士になるどころか自分は憎しみにおぼれた殺人者。そして何より彼女はもういない。
―――――――――――――――――――
「だから、オレは殺す。フミヅキ兵を。」
真実を聞かされた明久、優子には衝撃的だった。卑劣な殺人鬼にそんな過去があったなんて誰も思わなかったからだ。
「何故、フミヅキ兵だけが戦争の罪の十字架を背負わずのうのうと生きている!?それだけがどうしてもオレは我慢できない。それに吉井明久、お前なら分かるだろ?この国の卑劣さを。国の為ならこの国は何でも壊す。お前の『姉』と『幼馴染』がいい例だ。」
嘗て明久は大切な人を二人失った。本当に大切な人だった。
「君は僕のことを知っているの!?」
まるで自分を知っているような口ぶりの根本に明久は問う。
「知ってる。この王都を代表するほどのバカと聞いたからな。興味本意でそれなりにお前の過去を調べ上げている。だが実際お前の過去を見た時は衝撃的だった。お前ならオレの憎しみが分かるだろ!?」
少しずつ根本は自分を理解してほしいというような口ぶりになっていく。
分からなくはなかった。大切な人を失う気持ちは…もうその人に二度と会えないという苦しみは痛いほど身に染みてるから。
でも、だからこそだ。だからこそ大切なものを失った者たちはその苦しみを乗り越えなきゃいけなかった。そのことも明久は理解していた。
「でも、君は結局逃げたんだ。その苦しみを、悲しみを乗り越えなきゃいけないハズが『殺す』という道で癒えもしない自分の心の傷を癒そうとしたんだ。君はただ逃げていただけだ。でも、そうじゃない、その苦しみを乗り越えることこそが僕らが背負うべき本当の十字架だったんだ!」
明久の黒い剣が黒い闘気を呼び起こす。
「黙れええええええええええええええッ!」
根本の『アルマッス』も冷たい凍えるような冷気を呼び起こす…。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」
「ウラァアアアアアアアアアアアアッ!」
しかし、明久の剣は弾かれる。そして明久は蹴り飛ばされる。
「吉井君ッ!」
優子が呼びかけるが、返事はない。
「終わりだ、吉井ッ!」
根本の剣が明久を襲う。その瞬間――――。明久はアルマッスを素手で止める。
「…なっ…!?」
あり得ないことだった。当然素手で止めたため彼の手は血に染まる。だが、今まで国家騎士レベルの武器を素手で止めるなんていう馬鹿な行為に走ったのは明久が初めてだろう。
「うおおおおおおおおおッ!」
明久は足を踏ん張り、右の拳をギュっと握る。その拳は根本の顔面を食い込むように入る。
「ぐあああああああッ!」
そして、隙だらけになった彼を一発、二発と次々に拳を入れてく。そして、最後に明久は剣を取り、その剣を根元に向ける。根本も明久に剣を向ける。
…お互いにこの一撃が最後…
一撃は根本の方が速かった。明久の剣よりも先に根本の剣が入る。
(これで終わりだ!)
しかし、明久は剣をピタリと止め、代わりに左の拳を根本に入れてく。根本の剣より、明久の拳の方が速かった。
(…しま…っ)
気づいたときは遅かった。明久の拳は根本の急所に入り根本はそのまま倒れる。
「…勝った…!」
そう言った直後明久も立つことに限界を感じ、倒れる。
戦いは終わりを迎えた。
――――――――――――――――――――――
「おい、吉井…」
「…何?」
根本は倒れた状態で明久に呼びかける。明久も倒れた状態で返事をする。
「何故、お前は自分が変わらないと言い切れる?何故自分を信じれる?」
根本の質問の意味がよく分からず少し戸惑いの表情を見せる明久。だが、その表情はすぐに消える。つまり、彼はこう言いたいのだ。大切な人がいなくなり、根本は自分が自分でなくなることを感じていた。平和を望む少年から憎しみにおぼれる殺人鬼へと。
しかし、明久は違った。口には表してなかったが、彼の眼差しにはどんなことがあっても自分は変わらない、そう断言していたのだ。
「いいや、信じてなんかないよ。僕は自分を信じるほどの勇気なんかないよ。ただ自分の周りにいる人たちの存在が吉井明久という存在を支えてくれている。だから強くいられる。ただそれだけだよ。」
人間一人が強いわけではない。それを取り囲む人間がいるから強くいられる。
それは当たり前のように見えて当たり前じゃない。
ずっと忘れていた。あの頃も和夫に真子といった存在があったから国を平和にしたいという大きくて叶いもしない夢を抱いていられたのだろう。
そう、叶いもしない馬鹿げた夢。しかし、夢でもいい。もう一度だけその馬鹿げた夢を抱いて走っていきたい、そう思えた。
――――――――――――――――
翌日…。
優子は明久の見舞いに来る。
ノックをしそっと病室に入る。明久はいつも通り「スピースピー」と鼻息を立てて眠りについていた。
優子はホッと胸を撫で下ろした。この光景を見てるとようやくいつも通りに戻れたんだと思った。
大怪我してるものの、医師たちの医療系の召喚武器で治療すれば、一週間で退院できるという話だ。
そっと明久の額に手を当てる。すると、パチッと目が開く。
「ひえっ!?」
甲高い声を上げて驚く優子を明久は何?という目で見る。
「アレ?木下さん?今日は日曜だけど…。」
「吉井君、アナタ寝ぼけてるでしょ?」
どうやら自分の家と病院を勘違いしているらしい。
「そっか、根本は地下牢に…。」
「うん。『八大地獄』(はちだいじごく)と呼ばれる八つの監獄の内最下層の『無間』(むけん)に配送されたわ。」
これだけの騒ぎを起こしたのだ。当然といえば当然だが…。
それにしても先程から優子がそわそわしている。何か言いたそうに明久をチラチラと見ているのだが…。
「どしたの?木下さん。そわそわしてるけど…。あ、もしかしてトイレ行きたいとか?」
「…吉井君、ここの手首の骨を折ればその口は閉じるのかしら?」
そわそわした態度から殺気に近い表情に豹変したため、明久は素直に「すみません」と謝る。
「よ、吉井君」
「何?」
「そ、その…ありがとう…。」
優子は頬を赤くさせて言う。
「え…?」
今まで優子が素直にこんな言葉を口にしたことがなかったので明久は正直驚いた。
(…毒キノコでも食べたのだろうか?)
そんな風に推測する明久。根本を倒した後でも馬鹿は変わらないようだ。
「その、吉井君が助けに来る前まで私、根本に殺されるんじゃないかって、ずっと不安だった。でも吉井君が来た時、私、心の底から安心したの。おかしいよね、私は国家騎士だからホントは吉井君を守らなきゃいけない立場なのに…。」
すると明久は、
「ううん。そんなことはないよ。木下さんが無事で良かったよ」
そう答えると優子は小さく「そう」と言い、頬を赤く染め下を俯きながら
「ねえ、吉井君。その、これからもずっと私の傍に居てくれる?」
すこし緊張してるようだった。
しかし、明久の答えには迷いはなかった。
「もちろん。ずっと傍に居る。約束する。」
ニコリと笑い、言う。
瞬間、優子は爆発したように顔を赤くする。
優子はこの気持ちが何なのか後になって知ることになる。
国家騎士消失編、完結です。