「白い剣…?」
カヲール二世は昔明久の黒い剣と全く同じ剣を使っていた人物がいたという。それも色が違うだけで刃の長さ、柄といった形状は全く同じらしい。
「ソイツもお前と同じようなことを言っていたよ。その剣を初めて召喚するとき『黄金の剣を持った少女』が見えた…とね。」
カヲール二世は焼いた肉を口に頬張る。とても美味しそうだ。
「誰ですか?その剣を持つ人間は…?」
すると、カヲール二世は「ハア」とため息をつく。同時に肉を食べるために進んでいた箸がピタリと止まる。
「…嘗て第一国家騎士を務めた騎士…。吉井玲だ。」
明久は聞いた途端、体全身が硬化する感覚に襲われる。硬直したまま動けない。
…その名前は…。
固まったままでも話が進まないのでゆっくりと口を開いていく。
「姉さんが…?」
「そうだ。」
吉井玲。その名前は明久の死んだ姉の名前である。
「お前の姉の持っていた武器は本来は『祢々切丸』(ねねきりまる)だった。だが、その刀はあるときに『白い剣』に変化した。」
明久も少しだが、この刀の知識があった。『祢々切丸』(ねねきりまる)室町時代に作られたと言われている。
しかし、今現在、この刀に関する話はどうでも良いのだ。吉井玲が使っていたこの刀が明久の持つ黒い剣と全く同じ白い剣に変化したというのだ。
だが、明久も今、召喚武器に今まで使っていた木刀はない。玲と同じ現象なら明久の木刀も『黒い剣』に変わったといえる。
「いいかい。どんな騎士でも下級騎士の時に使ってた武器、中級騎士、上級騎士と階級ごとに武器は使い分けしてるんだ。例えば、優子の持つ『鬼切』。これも優子が国家騎士に昇格して得た武器であって、優子が下級騎士時代に使っていた日本刀とは違う武器と言える。」
「…なるほど」
明久はカヲール二世の難しい説明に何とかついてくる。
「だが、お前の姉に関してはイレギュラーな召喚をしていた。下級騎士時代は木刀、中級騎士に昇格したらその木刀は日本刀に変化し、上級騎士に昇格すると『祢々切丸』、国家騎士になると『白い剣』に変化…イヤ、進化していった。」
「えーと…要するに?」
「『召喚武器』は絶対に進化しない。どの騎士も昇格したら新たな武器を召喚出来るんだからな。そのハズがお前の持つ黒い剣と玲の持つ白い剣はその現状を覆してるって言ってるんだよ。」
「どうして、こんな…。」
自分でも分からなかった。明久はカヲール二世に呼ばれた時、何となくだが『剣』の話をされるんだろうと分かった。明久も正直、自分の剣の正体ぐらいは知っておきたかったからだ。下級騎士のハズが何故こんな強力な剣を召喚したのか…?少しそれが怖かった。カヲール二世なら何か知ってると思ったが、剣に関する情報を少し持ってるだけで、剣の正体までは把握できていないようだった。
黒い剣を召喚する前、『黄金の剣を持った少女』が何もない白い異世界の中に現れた。きっとその少女は明久の持つ黒い剣に何か関係してるのは間違いなかった。
だが、その少女は一体何者なんだろう…?そう考えた瞬間だった。
「…ぐ…っ!?」
急に頭痛が襲う。
「よ、吉井君ッ!?」
倒れ込む明久に駆け付ける優子。再び焼肉を食べ始めたカヲール二世も食べるのをやめ、傍に居た竹原に「医者を呼べ!」と命令する。
「うっせーな、今そうしてもいいかな~なんて思ったところだボケ!」
こんな時でもカヲール二世に反抗する態度は忘れない。
明久の意識は少しずつ闇に呑まれていく。
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そこには一面に花が咲いていた。バラや桜といった目立つ花ではないが、金色の髪を靡かせたその少女にはその花が異様に似合っていた。
「この花の名前、知っている?」
その少女は明久に静かに尋ねる。
「いいや、知らない。何ていうの?」
明久は少し興味があるかのように聞いてみる。
「ワスレナグサ。綺麗でしょ?」
「うん。」
明久は頷く。しかし、その少女がその花を輝かせているようにも見えた。
「この花はねある騎士が死に際に恋人にこんな言葉を残したの。」
「どんな…?」
明久は再び興味があるかのように聞いてみる。すると、少女はニコリと微笑み、こう答える。
「…『私を忘れないでください』…」
それがこの花に込められた思いだと彼女は告げる。
「明久君はもし、私が死んでも、私を覚えててくれる?」
彼女は笑って言う。しかし、その笑顔は何処か悲しさを感じさせる笑顔だった。
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ワスレナグサという花に囲まれ立つ少女。靡く金色の髪が一層ワスレナグサを輝かせているようにも見えた。
何処か懐かしい光景。しかし、それは何処か悲しくもあった。それはあの少女が悲しそうに笑うせいだろう。
少しずつ世界は夢から現実へと戻っていく。
「吉井君!」
明久の目の前には優子がいた。
「ここは?」
気づくと明久はベッドの上にいた。見覚えのない場所に不思議そうな顔をする。
「病院よ。ホント心配させないでよね」
平静を装うとしている優子だったが、顔には本気で心配した表情が浮かんでいる。
「医者も少し休めば大丈夫ってことだそうだ。」
奥から出てきたのは竹原だった。無言で病室に入って来たので明久と優子は同時にビクッとする。
「そ、そうだ。何か飲み物買ってくるね」
そう言い優子はさっさと病室を出る。普段ならこんな気の利くことをしない優子だが、いきなり激しい頭痛で倒れたりでもしたら、気を使いたくなってしまうのも無理は無い。
「んじゃ、失礼」
竹原も低い声で言い、病室を出てしまう。
「………。」
それにしてもあの光景は何だったのだろうか…?何故か懐かしく感じる。
しかし、明久はあの少女を知らない。長い金色の髪を靡かせるあの少女を。
知らない。知らない筈なのにどうしてこんなに懐かしく切なく感じてしまうのよく分からない。それほど懐かしい光景だった。
…まるでその少女の記憶を失っているかのような…。
そんな風にも感じられたのだった。
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「陛下。」
「何だい?」
カヲール二世に話しかけたのは竹原だった。
「この機会に話しても良かったのでは?『彼の記憶』について…。」
しかし、カヲール二世は眉間にしわを寄せる。「それはダメだ」というような表情だ。
「無理さね。まだ話すわけにもいかないし、話したところで本人を傷つけさせるだけだ。」
しかし、竹原も食いつくように、
「しかし、陛下。先程、彼の部屋に行ったとき彼は魘されていました。彼は『彼女』の名前を呼んでいた。」
すると、カヲール二世は驚愕の表情で、
「思い出したのか!?『記憶』を…!?」
「そこまでは知らねーよ!」
「おい、言動が綻び始めてんぞ!」
竹原の言葉遣いに突っ込みを入れる。
「竹原、このことを知るのはお前以外にいるのか?」
「いいえ、いないゼ。」
「お前、敬語使うか、私語使うかどっちかにしろよ。」
竹原の妙な言葉づかいに溜め息をつくカヲール二世。もういろいろと性格(キャラ)が定まっていない感じだ。
「いいか?このことは絶対他言するな。無論、私も他言しない。特にアイツの前ではな…。」
「分かりました。」
竹原は静かに頷く。
今まで封印されていたフミヅキの過去という鍵がほんの少し…。ほんの少しだけ開く瞬間だった。