訓練所の帰り。美波は真っ直ぐ家に家に向かう道は通らず、別の道を歩く。理由は病院に行くためだ。
友人である美春が怪我をしたためである。根本の事件で自分の部下を何人も死なせてしまった。その上、彼女の左腕は根本恭二に切り落とされてしまった。
腕だけでなく、足も麻痺した状態となり、医師からは「もう二度と騎士として戻ることはできない」と断言される。美春の目には少しも希望なんてものは映ってなかった。ただただ絶望しかない。
今まで国家騎士として、警務部隊部隊長として誇りを持っていた彼女には誇り何て言葉ももうない。あの事件を境にその誇りは消えてしまったのであった。
しかし、それでも美波は彼女に少しでも元気づけるために毎日、見舞いに訪れていた。
「こんにちは、美春」
「お姉様…」
美春の表情はやはり暗い。しかし、美波もそんな彼女を見るのはやはり辛い。しかし、それでもそんな気持ちも必死に抑え、笑顔を忘れない。少しでも気を抜けば、一気に目から涙が零れそうだった。しかし、それだけは避けないといけない。私は彼女を支えたい。その私が彼女に悲しそうな表情を見せてはいけない。それが美波の気持ちだった。
「毎日毎日、ありがとうございます。」
「ううん、いいのいいの。」
美波は精一杯笑顔を作って見せる。美春もそれに反応し、少しだけ笑っていたような気がした。
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「み…ん…な」
気づけば警務部隊の隊員はみんな血まみれになって倒れていた。いや、正確にはほとんど生気は感じられない。隊員のほとんどが命を落としたのである。唯一生き残っているのは5、6人だろうか?
今、唯一その場で立っているのは美春だけだ。
「フン。王都を守る警務部隊もこの程度か…。」
根本はあざ笑うように言う。警務部隊員の命を勝手に価値づけてるような物言いだった。部下を失った美春にとって根本は憎い仇だ。
そう、憎い仇…。だが、先程から足が動かない。動かなければ殺される。だが、足は言うことを聞かない。見ると、震えている。
「…うそ…?」
今まで戦闘においてこんなことはなかった。敵に対し、一切恐怖の感情なんて持ったことのない美春。ただ任務を遂行する一心で敵と戦いを交えていた。
だが今、体はどうしようもないくらいに震えている。今までこんな現象はなかった。そこで悟る。コレが恐怖なのか…と。
「うああああああああああああああああああああッ!!」
美春は銃型の召喚武器『断罪者』(ジャッジメント)を装填する。そして、その弾丸を根元に向ける。
「フン…。」
根本はそれを軽々躱してしまう。
しかし、『断罪者』(ジャッジメント)の弾丸は方向転換をする。一直線に走っていた弾丸は根本を追いかけるように走っていく。
「…追尾型か…ッ!?」
そして、弾丸は根本を直撃する。正確には直撃したように見えた。よく見ると、そこには盾があった。
「…『アイギス』…!?」
ゼウスの盾『アイギス』で弾丸を防いだのである。
美春はかなり正確に根本を狙ったハズだった。しかし、それを防がれては戦いようもない。おそらく根元に同じ手は通用しない。
根本はジリジリと間を詰めてく。そして、アイギスから氷の剣『アルマッス』を召喚する。そこから発する冷気はとても寒く恐ろしかった。
そして気づくと、根本の姿はそこにはなかった。同時に左腕あたりに猛烈な激痛が走る。
上を向くと何かが空中に浮いていた。だが、それはすぐに分かった。それには赤い血が飛び散っていた。
「私の…腕が…」
根本はニヤリと笑う。そして切り落とした腕は氷漬けにされる。
「大丈夫だ、一瞬で楽にしてやる。」
そして気づけば、美春は冷たい地面に倒れていた。根本の姿ももうない。
目に映るのは死んだ部下たちの姿。
そこで気づく。部下を殺したのは自分だ。自分のせいで部下たちは命を落としたのだ。
だからせめて自分も部下たちと一緒に死にたい。それが彼女の願いだ。だが、その願いは彼女を裏切った…。
「ここは…。」
ゆっくりと瞼を開く。自分がいたのは病院のベッドの上だった。
「ウソ…だ」
自分がここに居るはずがない。なぜなら、あの時彼女は部下と一緒に死んだハズなのだ。こんなところに居ていいはずがないのだ。
「どう…して…」
目からは一滴の涙が頬を伝う。
生きてて嬉しいのか、それとも死んだハズなのに生きているのが納得できないせいなのか分からない。でも、このまま生きてても苦しいだけだ。なら、あの時部下と一緒に死んでいた方がどんなに楽だったか…。
「う…っ…ああああ…」
もう左腕もない。足も麻痺してる。とても騎士としてはやっていけない。その上何人もの部下を死なせてしまった。
そんな彼女に、もう希望なんてものはなかった。ただ絶望…。それだけだった。
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静かな夜だった。病室の窓には綺麗な月が見える。
「…サモン」
美春は『断罪者』(ジャッジメント)を召喚する。
そして美春が銃を向けた先は…。
「美春…?」
「…ッ!?」
気づくとそこには美波が立っていた。
「お姉…さま…。」
「あ、アンタ何やってんのよ!?」
美春は銃を自分の頭に突き立てていた。
「随分、タイミングの悪いときに来ましたね…。お姉様」
「アンタ、何バカなこと言ってんのよ!?」
美波は息を荒くして怒鳴る。美波にとってこの現状は許し難いものだった。
「言っておきますけど、止めても無駄ですよ。」
「美春…どうして!?」
すると、今まで無表情だった美春の顔には怒気に近い悲しみの表情が浮かんでいた。
「どうして?私は何人もの部下を死なせたんですよ…?そんな私に生きる価値なんてありますか?仮に生きてても私は騎士としてはもうやっていけない」
彼女は全てをなくしてしまったような顔をしていた。自分にはもう何もない…と。
しかし…。
「ふざけてるんじゃないわよッ!」
美波は先程よりも強く怒鳴る。病室中…いや、下手したら病院中響き渡るような声量だった。
「ここで死んだら私は本当に許さないからね!」
美波の目には涙が浮かんでいた。どうしてそこまでして自分をひき止めようとするのか美春には分からなかった。
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美波はドイツから来た訓練兵だった。来たのは4年前。まだ日本語が上手く喋れない時だった。
ドイツ語を喋っても「何言ってんだ、お前?」みたいな顔をされてしまう。
毎日が不安だった。私はきっとこのまま一人なんだ…。そう思っていた。
そんな時―――。
「それ、ドイツ語ですか?」
ある一人の少女がドイツ語で美波に話しかけてくる。日本で初めて真面に交わした会話だった。
そして、コレが美春との出会いであった。
彼女は常に美波の傍に居てくれ、いつしか美春は美波にとって心の拠り所ととなっていた。
そして一緒に過ごしてくことで二人には全く同じの共通点が生まれる。その共通点とは騎士になることだった。
二人は一緒に立派な騎士になることを心に誓った。そして美波と美春の「約束」でもあった。
結果、美春はどんどん昇格していく。そして今現在、国家騎士の位に立っている。美波は未だに下級騎士のままだが、それでもいつか彼女の隣にいられるように…。そう思い、夢を決して諦めなかった。
…それなのに…。
「こんなところで死んだら、あの時の約束はどうなっちゃうのよ!?」
美波は悲痛の叫びを上げる。美春が自ら命を絶とうとするのを黙って見過ごすことが出来ないからだ。
「私はずっとアンタの隣に居たくて…。アンタとの『約束』があったから私は今ここに居るのに…」
「お姉…さま…」
美波の目からはボロボロと雫が落ちる。その雫は目から溢れるように出てくる。
美春は胸から何か込み上げるような物を感じた。自分はたくさんの部下を死なせた…。そんな自分に生きる価値はない。
しかし、そうすれば美波との約束はどうなる?
彼女との約束を…夢をまだ叶えられていない。それなのに今自分が死んだら、その夢はもう永遠に叶うことはない。
「…あ…」
瞬間、その込み上げた思いは一つの想いに定まっていく。
――――――生きたい…。
「美春…?」
美波は美春にそっと呼びかける。
美春はギュッと握っていた銃をポロリと手放す。
「私は…生きたい…生きたいです。お姉様と一緒に…夢を…」
涙が邪魔して最後の「夢をかなえたい」という言葉が声にならなかった。しかし、美波はその言葉をちゃんと察した。
「…夢を叶えよう。美春」
二人は身を抱きしめ合うように泣く。
立派な騎士になる…。それは遠い理想の世界なのかもしれない。
しかし、二人の足は止まることはない。
夢に向かい、また一歩ずつ、一歩ずつ踏み出していく。
次回から新章に移ります。