命日
教会の鐘が鳴り響く。まるでその時間の流れを止めるかのようにゆっくり鳴り響く。
少年の腕の中には紅い鮮血を流した少女が眠っている。少女は大きな傷を負って苦しいハズだ。
しかし、彼女は少しも苦しそうな表情を見せない。ただ少年に優しい微笑みを浮かべ、二度と醒めることのない永い眠りにつく。
少年はその現実を受け入れることが出来なかった。ただ心の底からは抑えきれない負の感情が込み上げてくる。
そして少年は悟る。これが憎しみなのだと…。
少年の瞳は血のような紅い光を映す。
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午前八時。今日は土曜日の為、普段、六時に起きる優子も少し遅めに目覚める。
「ふわぁ~…」
優子はまだ眠たそうな顔で目を擦る。しかし、このまま寝てしまえば隣で寝てる少年はそのまま昼まで眠り続けるだろう。それでは自分が監視役に選ばれた意味がない。
優子は無理やり体を起こす。そして…。
「吉井君、起きなさい!」
優子は無理やり明久の布団をめくる。しかし…。
「アレ?」
明久の姿はそこにはなかった。
コレはかなり異常なことかもしれない。何故なら明久は今まで優子が起こさなきゃ絶対に起きなかった。
絶対何かあるに違いない…。
「ああ、もうッ!」
優子は急いで明久を追うことにする。
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その頃明久は霊園に居た。墓参りに来るには少し早い。この時間帯で来るのは恐らく明久くらいだろう。
明久はある墓石に立っていた。その墓石には「吉井玲」という名が刻まれていた。
そう。今日は明久の姉、玲の命日だった。玲が死んでもう六年が経つ。
「姉さん、僕は今でも元気でやってるよ。食事も木下さんが来てからはまあ、そこそこ食べるようになったよ。成績はダメ。訓練所でも問題ばかり起こしてるけど、信頼できる友達は…皆バカばっかりです。だから安心して。僕は姉さんが居なくても、もう大丈夫だから…」
こんなことを言われて安心しろと言われても正直不安が増すばかりである。明久は自信満々の表情をしてるが、他界した玲は恐らく心配して明久を見ているだろう。
明久はお供えの花を供えて、手を合わせ黙祷する。
グゥゥ~~~~
その時、空腹の音が鳴る。明久は朝、何も取らずに家を出たので腹がすいていたのだ。
以前の明久は多少の空腹なら耐えられるが、優子が来てからは朝、昼、晩と一日三食食事を摂取するようになったので多少の空腹が耐えられなかった。
すると、明久はお供えの為に用意した花をジーと眺める。
「ゴクリ」
明久はそーっとその花に手を伸ばす。
「い、頂きます」
明久はお供えの花を手にし、口の中に入れようとする。その顔は実に幸せそうな顔だったが次の瞬間、その幸せそうな顔が険しいものへと変わってゆく。
理由は背中に思いっきり蹴りの衝撃が襲ったからだ。そのまま明久は吹っ飛んでしまう。
「い、痛っ!誰だ!?」
顔を上げるとそこには優子が立っていた。
「何処にもいないと思ったらこんなところに居たのね…。」
優子は呆れたようなため息をつく。
「アレ?何で此処が分かったの?」
明久は不思議そうな顔で聞く。今朝何も言わずに家を出たので、明久の居場所を優子が知っているはずがないからだ。
「ああ、それは昨日の夕飯の時にこっそり超小型の発信機を仕込ませたのよ。相手の居場所を私の脳に直接リンク出来る物なの。」
優子はニコニコしながら事情を話す。しかし、明久にはそれは恐怖でしかなかった。何故なら明久は監視役の優子の目から一切逃れることが出来ないと知ったからだ。
かといって、こんな発信機を優子自身が持っていたとも思えない。
つまり…。
(あのババア…ッ!何てことしやがるんだ!)
優子を明久の監視役に選んだカヲール二世の仕業だろう。彼女の仕業と知った明久は一層表情を険しくさせた。カヲール二世はどうやら明久の監視を強化させるようだ。
「それより吉井君。」
「何?」
優子は話を切り替えるように明久を呼びかける。
「霊園に何か用でもあったの?」
「いや、用がなきゃ来ないよ。」
「え?そうなの?てっきり此処でも問題を起こすのかと思ったけど…。」
「………。」
どうやら明久はかなり警戒されてるようだ。普段の明久なら普通に店の商品を壊したりする。そのため、此処でも墓石を壊したりとか供え物を荒らすといった行為を優子は明久なら普通にするものだと思ったからだ。
しかし、いくら明久でもこんな霊園の中では問題を起こそうなどとは思わない。それに問題を起こすといっても大抵それは雄二と一緒にいるときである。優子のあまりの警戒には少し傷つくものもある。
とは言っても先程明久は供えの花を食べようとしていた。そこはやはり問題視するところかもしれない。
「今日は姉さんの命日なんだよ。だからこうして霊園に足を運んできてるんだよ。」
「あ、そうだったんだ…」
優子は納得する。
「その…。ゴメン、聞いちゃいけないこと…だったよね?」
優子は自分が失言を吐いたように感じる。しかし、明久は「そんなことはない」と首を振る。
「どんなお姉さんだったの?」
「優しかったよ。姉さんが怒った姿なんて一度も見たことない。『あの時』を除けば…。」
「…『あの時』…?」
急に明久の表情は真剣なものへと変わる。優子も眉間にしわを寄せる。
「…姉さんが死んだときだよ…。」
「…え?」
「木下さんも知ってると思うけど、姉さんは前第一国家騎士だったんだ。姉さんはそこである騎士の討伐任務に当たったんだ」
「…ある騎士…?」
「騎士…というよりは術士かな。その討伐だよ。そいつはSランク犯罪者と認定され、国家騎士の頂点に立つ姉さんが討伐することになったんだ。」
優子は明久の顔をじっと見つめる。その顔は何処か悲しげにも見えた。
「姉さんはその術士と戦うんだけど、その術士は最終的に王都の人々を襲う形となった。その術士は正直姉さんよりも強かったらしい。その上、姉さんは町の人達を守るようにしながら戦った。しかし、姉さんが戦ってると知った僕はどうしてもそれを黙って見てはいられなかった…。結局その術士を何とか倒すけど、姉さんも命を落とした…」
「そっか…」
それが真実だよ、と明久は告げる。
その過去は今も明久の心の傷そのものだった。その傷はきっと癒えることはないだろう。
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町は悲鳴に包まれる。そんな中一人の女騎士と一人の術死が凄まじい戦いを繰り広げていた。町は二人の戦士を色濃く映していた。
「まさか、君のような騎士が居たなんてね…。この僕に傷をつけたのは君が初めてですよ。」
「戯言は地獄の底で吐いてください。アナタは此処で終わりです。」
女騎士は白い剣をギュッと握る。怒りに満ちたような目で術士を睨む。
「…此処で終わり…か。確かに君は強い。だが、君は先程から町の住人を守りながら戦ってますね…。それじゃ、僕は殺せない。」
術士は上からモノを見るような態度で言う。その目は酷く冷たい目だった。そして男は建物の影を指さす。
「あそこの建物の影に隠れてる子、君の弟だろ?」
「ア…アキ君!」
すると術士はその子供に禍々しい闘気を纏った矢を放つ。
女騎士は一瞬でその子供の下へ移動する。
「アキ君、大丈夫ですか…?」
「ね、姉さん…?」
女騎士の背中には術士が撃った矢が突き刺さっている。女騎士の実力ならその矢を躱すことも出来た。しかし、弟を守るために彼女は自らを犠牲にした。
「姉さん…矢が…」
「フフ…。大丈夫ですよ。これくらい。」
女騎士はニコリ微笑む。本当は苦しいハズだ。だが、弟のために必死に笑顔を作って見せる。
「さ、アキ君。逃げてください」
「い、嫌だ!」
しかし、近くにいた騎士が少年の身柄を安全な場へ移そうとする。
少年はそれでも何度も何度も姉の名前を呼ぶ。
「アキ君。アナタは生きてください。」
女騎士の瞳からは一滴の涙が頬を伝う。
そして彼女は剣を再び握る。もう二度と弟と会うことはないだろう。しかし、弟とこの町を守れるならそれでいい…。
…彼女の願いだった…。
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フミヅキの町の奥に小さな教会があった。そこは普段人が通らない場所で町の人々も気味悪がっていた。周りには墓地もあり、霊気に包まれていた。
しかし、ここ最近ここから感じる霊気は一層強くなっている。それを一番に感じ取った雄二はその場を歩き回っていた。
今の彼は下級騎士という位の低い身分だが、元は第六国家騎士と高い地位に立っていた男だ。
見た目の雰囲気からは中々感じられないが、雄二はかなり頭のキレる人物である。その為、カヲール二世からも一目置かれている。
「それにしても…」
雄二は頭を掻きながら溜め息をつく。
教会周辺の霊気の強さは尋常でなかった。正直息の詰まるくらいの心地の悪さだった。
しかし、もし仮にこの周辺の霊気を誰かが強くしたとしても騎士では考えにくかった。確かに騎士は戦闘といった類では高い能力を持ってるが、霊気を強めるといった特殊能力は持っていない。じゃあ、誰がこんなことをしたのか?という話になるわけだが…。
実はこの国はほとんどが騎士の者が多いのだが、ごくまれに『術士』という魔術、霊術を得意とする者達がいる。
彼らなら『霊術』を扱えば、此処一体の霊気も強めることは恐らく可能だ。この異様なほどの心地の悪さも納得出来るのだが、しかし、『術士』というのは本当に少ない。いるかいないかくらいの数で、嘗てフミヅキにもたった一人しかいなかった。本当にそれくらいの数でしかない。
「チッ…」
流石に術士の仕業と断定するのは考えすぎか…と少しイライラした態度で舌打ちする。
このまま考えても何か分かるわけでもないので帰ろうとする。
――――その瞬間―――――
先程まで吹いていた暖かな風は急に冷たい風に激変する。
「…っ!?」
雄二はその風の方向に顔を向ける。
「僕のことを覚えていますか?坂本雄二…」
雄二の前には長身の男が立っていた。雄二はその男を知っていた。
「…高城雅春(たかしろ・まさはる)…」
「ホゥ、覚えててくれましたか…」
男は感心そうに言う。顔の表情は笑顔に近い表情ではあったが、全身から感じるオーラは殺気に近い。
「馬鹿な…!お前は死んだハズ…だろ!?あの時…前任の第一国家騎士に殺されたはずだ…!」
雄二の顔からは焦りの表情が隠せなかった。
雄二の話を推測するに、高城雅春と呼ばれるこの男は六年前に殺されたはずだった。
「何故、僕が生きているのか?そう言いたげの顔ですね?」
「当たり前だ…!お前は確かに心臓を貫かれて…」
こんなことがあってはいけない。コイツがここに居ては間違いなくフミヅキは終わる…。そう雄二の頭が認識していた。
「確かにあの時吉井玲に心臓を貫かれ、僕は死にました…。誰もがそう思ったハズです。」
「ああ……。」
「しかし、肉体が滅んでも魂は生きている」
「…何が言いたい?」
高城の理解不能の言葉に雄二は眉を潜める。
「…覚えていますか?僕は術士…。その中でも『死霊術』を得意としています。僕は魂さえ生きていればいくらでも復活できるんですよ…。」
「…バカな…ッ!」
あまりの予想外の言葉に雄二は唖然とする。つまり何回も殺したところで彼の魂そのものを壊さない限りいくらでも復活できるのだ。
「だが、肉体は滅んでる。いくら死霊術とはいえ、代わりの肉体がなきゃ転生は出来ないはずだ」
「理解できていないようですね。代わりの肉体なんてものがなくても、僕の墓周辺にある土…墓土さえあればいくらでも入れ物の体は作れるんですよ。」
もう言っていることの全てが夢のような話だ。現実では考えられないような話だ。
「試験召喚(サモン)…」
高城は電光を帯びた刀を召喚する。名は『雷切』(らいきり)。またの名を『千鳥』(ちどり)。
戦国時代の武将、立花道雪(たちばな・どうせつ)が雷を切ったことで知られる刀である。
「懐かしいでしょう…?昔の自分の武器を見るのは…」
高城は『雷切』を構える。