高城の持つ黄金の剣、バルムンクは徐々に明久との距離を詰めてく。
明久はその剣の動きを目で追うことが出来ても、体中が悲鳴を上げている為、躱すことは出来ない。
「…明久ッ!」
その場に倒れていた雄二も必死になって叫ぶが、もう間に合わない。
しかし、その瞬間――――。
明久のと剣の隙間に人影が過る。
(…え…?)
その人影…いや、その人物は明久のよく知る人物だった。
明久はその人影が自分の知人と分かった途端口を大きく開けた。「危ないッ!」という為に。
しかし、既に遅かった。黄金の剣は明久の前に現れた『彼女』に向けられていく。明久は『彼女』に手を伸ばそうとするが、その時には既に『彼女』と黄金の剣の距離は零に等しかった。
そして、ただザシュッと肉を裂くような音だけが残る。
「嘘…だろ…!」
明久は絶句する。
本来、斬られるハズだったのは間違いなく明久だった。しかし、明久の体にはその斬られた痕跡となるものが残っていない。
その痕跡となるものは明久の代わりに『彼女』に残っていた。
そう、その『彼女』とは…。
「…木下さん…」
明久は『彼女』の名前を呼ぶ。
本当に一瞬の出来事だった。バルムンクにの刃が向けた先には明久が居たはずだった。しかし、明久が斬られる瞬間、明久の前には優子が現れた。
この教会は広い。そのため、入り口からこの場まで来るには全力で走りに来たとしても10秒はかかるハズだ。
しかし、優子はほんの一瞬でその場にたどり着いた。その行為には高城でさえ、驚愕の表情を出していた。
しかし、明久がそれよりも驚いたのは彼女が自分の代わりに斬られたことだ。
「…木下さん、どうして…ッ!?」
明久は悲痛の叫びを上げる。この現実をどうしても受け入れることが出来なかった。
しかし、優子はただ優しい微笑みを浮かべるだけだった。そして、彼女は最後にこう告げる。
「ありがとう」
―――――――――――――――――――――――――――――――
優子は高城に斬られ、その場に倒れ込む。そして、ほんの数秒だけ気を失う。
そして気づくと、優子の傍に駆け寄った明久は涙を浮かべていた。
(そっか…。私、斬られたんだ…。)
自分の胸元を見てそう悟る。そして、横で泣いてる明久に向かい、何か言おうとするが声が出なかった。代わりにその気持ちを心の中で呟くことにした。
****************
私は今まで騎士としてこの国に尽くしてきた。
騎士になると決めた日から私は少女としての心も欲望も捨てた。あるのはただ騎士としての誇り…。
騎士にとってその心はきっと邪魔なものでしかない。だから、捨てるのが一番良い…。そう思った。騎士に必要なのは陛下の為に尽くしていく、忠誠心。それだけでいいのだ。
今思えば、そういう欲を捨てたから国家騎士に上りつめることが出来たのかもしれない。下らない欲や気持ちを斬り捨てた私は皆が遊び呆けている時も必死に勉強、そして剣を極めていたから…。
そして十歳を超えると同年代の少女たちの中で恋愛感情を抱き始める者が出始める。年を重ねれば重ねるほどその数は増えていった。全て捨てた私はそれを下らないという目で見た。そんな余計なものに囚われているからいつまでも並以下の力しか発揮できない。
そんな考え方をしたためだろう。私はいつの間にか一人になっていた。しかし、私はその孤独には何も不安を感じなかった。私は周りの人達とは違う。そう心で訴えていたからだ。
しかし、その心の中の訴えも日に日に虚しくなっていくだけだった。何故なら、一人であることを他人のせいにし始めたから…。
そう分かった途端、私は初めて自分の孤独さに寂しさを覚えた。しかし、私は周りを遠ざけ続けてきた。その私に温もりをくれる人はいないだろう…。
そしてちょうどその時だった。陛下からある任務を一任される。
「吉井明久の…監視!?」
「ああ、お前が適任と思ってな。任せた」
正直、冗談じゃないと思った。
彼の存在は知っていた。何故なら彼は王都中を騒がせていた天才的なバカで、その存在は陛下も頭を悩ませていたくらいだからだ。
しかし、よりによってそんな人間を何故私が監視しなければいけないのか…?きっと最悪な監視生活が始まるだろう。
結果、それは本当に最悪だった。
まず、初対面で顔を合わせた時は私のパンツを見てきたし(風でスカートがめくれたため)、訓練所では授業をサボってトイレでゲーム機器をいじってるし、いざ、テストとなると最低の成績結果。
本当に最悪だった…。
しかし、その最悪の中に私は何処か温もりを感じていた。彼は本当に馬鹿だ。しかし、彼の中には私にはない何かがあった。
そして、一緒に過ごし、何日か経ったある日、国家騎士が次々やられていく事件が相次いでいた。
次はいつ自分が殺されるのだろう…?毎日が不安でしかなかった。
当然、こんな不安、下級騎士な上に鈍感な彼にはこの気持ちは分からない、そう思っていた。
けど、実際には違っていた。
彼は他人事とはいえ、私を案じてくれた。手を握り、「大丈夫」と言ってくれた。そして「君は僕が守る」と言った。明らかに私よりも実力が下の彼が私を守れるわけがない。
でも、嬉しかった。その手の温もりも、私を案じてくれた優しさも。
それは決して、成績や剣の腕を磨いても手に入れることのできない、掛け替えのないものだった。
そして、彼は本当に私を守ってくれた。ボロボロになりながらも彼は逃げようなどと後ろめいた考えは一切しなかった。
その時から私は思った。この「最高の騎士生活」よりも「最悪の監視生活」の方が良いと思えた。
確かに「最高の騎士生活」では私は誰よりも騎士として存在できるし、こんな面倒な監視に巻き込まれることもない。でも、この「最悪の監視生活」には「最高の騎士生活」にはない温かさがあった。
その時から私は彼と一緒にいられることに幸福を感じた。最初はあれほど嫌がっていたのにもかかわらずだ。
私は誰よりも騎士として存在していたはずだった。それなのに、彼と一緒にいるときは騎士ではなく、ただの一人の少女でしかなかった。
昔の私なら少女であることにきっと反対していた。でも今の私にその反対する気持ちはない。むしろ、騎士という重い鎧を外すことに何処か清々しさすら感じるほどだ。
そして、気づけば心の底から湧き上がる熱い鼓動を感じた。それが今までは何に対して此処まで熱くさせられるのか分からなかった…。
でも、今、ようやくその気持ちに気が付いた気がする。
恋しているんだ…って。
いや、本当は気づいていた。でも、私は気づかない振りをしていた。
私は吉井君を愛していたんだ…。どうしようもないくらいに…。ようやく自分に素直になれたのに、声が出ない。
この気持ちをどうしても伝えたいのに。それどころか私はもう二度と彼と会うことが出来ない。意識が少しずつ遠くなっていく。
「…ぁ…」
せめて、死ぬ前にこれだけは言わせて…。「ありがとう」の一言を…。
アナタのおかげで私は幸せでいられた。だから、この言葉だけは…!
そして、その言葉は自然に私の口から吐き出された。
「ありがとう」
言えた。言うことが出来た。これで安心して逝ける…。
本当はもっと一緒にいたい。自分の気持ちもちゃんと伝えたい。でも、もうそれは出来ない。
伝えたくても、もう吉井君の顔が見えない。私の目に映るのは暗い闇しかないから。
それでも、「ありがとう」の一言を言えただけで十分だ…。
ありがとう、吉井君…。
愛しています…。他の誰よりも…。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ありがとう」
そう言い残し、彼女はゆっくり目をつぶる。
その時、偶然なのか分からないが、教会の鐘が鳴る。その音は外にまで響き渡るような音だった。
優子は二度と醒めることのない眠りにつく。もう二度と目を開けることはないだろう…。
「…っ…ぐ…う」
こんな現実、誰が受け入れられる!?
明久の心には自分では抑えきれないほどの何かが込み上げてくるのを感じる。
何故、彼女が死ななければならない!?
「う…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
明久の瞳は真紅に輝きだす。紅い鮮血のように…。
明久の脳裏には優子の笑顔が浮かび上がる。
優子を思えば思うほどその現実が辛く、悲しく、憎かった。