僕と騎士と武器召喚   作:ウェスト3世

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怒り

 明久は知っていた。この感情を…。

 姉が殺された時と同じだ。抑えきれないほどの憎しみが、悲しみが明久を襲う。

「…グ…ぅ…ッ」

 明久の目からは涙が溢れ出ていた。その瞳は血に塗れたように紅い。

 何故、彼女はあんなにも苦しそうに笑って逝ったのか明久には理解できなかった。そして、何よりもこの現実が許せない。

「う…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」

 明久の叫び声が教会中に響き渡る。その叫びは何かを失い、飢えた獣の叫びにも似ていた。

「フフフ…。君は不幸ですね。大切な人を二人も僕に殺されるなんて…。」

 高城はあざ笑うように言う。その声色からは人を殺したという罪が一切感じられなかった。この出来事は偶然起きた悲劇に過ぎない…そう言われてるようにも感じた。

「…ふざけるな…」

 明久な低い声で呟く。

 そして明久はボロボロの体を無理やり起こし、再び剣を握った。

「僕とまだ戦う気ですか?言っときますけどアナタじゃ僕に勝てませんよ…。それは先程の一撃で十分理解してもらったハズなんですけどねぇ…。」

 しかし、明久にとってそれは関係なかった。相手がどれほどの強敵であってもこの男は明久の大切な人を二人も殺した男だ。

 そんな男を目の前にして剣を握らずには居られない。また、剣を握らなかったことを、きっと明日の自分は後悔するだろう…。

 

「…木下さん」

 

 明久は知っていた。

 彼女はこの国を代表する騎士だ。誰よりも騎士で誰よりも誇っていた。しかし、彼女は誰よりも臆病だった。

 明久は知っていた。

 彼女は誰よりもプライドが高くて、誰よりも強かった。しかし、彼女は誰よりも寂しがり屋だった。

 そして『特別』なんかじゃない、『普通』を望んでいることも…。

 まるで、彼女は『騎士』という重荷を背負わされているようにも思えた。全部全部分かっていた。

 しかし、彼女は望んでいた『普通』にもなれず、死んでいった。

 

「さて、目障りです。死んでください。」

 高城は再び『竜殺しの剣』(バルムンク)を構える。その黄金の剣を振り上げようとしたその時だった---。

 明久の体から黒い闘気が発せられる。その闘気は黒い竜のように形を描く。

 今までの黒い剣に起きたことのない現象が起きていた。そして、その闘気を発する明久本人にも異変が起きていた。

 紅い瞳に、獣のように鋭い牙…。その姿はまるで鬼のようだった。殺気も人間が発する殺気ではなかった。

「な…何だ!?これは…!?」

 その力に高城も驚かずにはいられなかった。闘気だけで足が竦むほどの重たい空気だった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 明久は剣を握り、その剣を真っ直ぐ高城に向けてく。それに反応し、高城も明久へ剣を向ける。

 二つの影が触れ合おうとした瞬間――――。鮮血が飛び散る。そして、鮮血と共に落ちたのは『片腕』だった。

「ぐ…ああああああああああああああああああああッ!僕の…う、腕がああああああああああッ」

 声を上げたのは高城だった。そう、鮮血と共に散った『片腕」とは高城の右腕だった。

 明久は彼の右腕を丸ごと斬ったのである。

「…お前は、此処で殺す!」

 明久の真紅の瞳が高城の苦痛にゆがんだ表情を睨みつける。

 何故、明久がこんな鬼のような姿になったのかは分からない。しかし、姉の玲や、優子が死んで生まれたこの感情…憎しみ、怒りや悲しみは彼を鬼へと変えた。

 そう、彼のこの感情の形は『鬼』だったのだ。

「うオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 明久は咆哮する。叫んでも二人の命が戻ってくることはない。それでも叫ばずして、どうやって胸の渇きを癒せばいい!?

 叫んで叫び続けた。そして、彼の意識は少しずつ闇に堕ちていく…。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……ん」

 明久は病院のベッドの上で目を覚ます。体中が包帯で巻かれ、指を動かしただけで全身に痛みが生じるほどの重傷だった。

 しばらく頭の中がボーッとしていたが少しずつ意識が戻ってくる。

 そう、いつも自分の隣に居てくれた彼女はもうこの世界の何処にもいない。そう思うと不意に涙がこみ上げてくる。

「よう、明久…。」

 病室に入ってきたのは雄二だった。

 雄二は松葉杖をついている。雄二の怪我も重傷だが、まだ体を動かせるという面では明久よりも傷が軽いようだ。

「…スマナイな…。お前を巻き込んで…。あと木下のことも…。」

「雄二のせいじゃないよ。」

 雄二は顔をゆがめて明久に頭を下げる。今の雄二には少しも彼らしさをを感じなかった。

 いつもどんなに悪いことをしても謝らない雄二が素直に頭を下げている。優子を亡くしただけにそんな彼を見るのは余計辛い。

「だから顔を上げてよ。」

 そう、誰のせいでもない。

 優子はきっと自分を守るために自ら前に出たのだ。あれはきっと誰のせいでもないのだ。

 しかし、誰のせいでもないと分かってても、自分を酷く責めたがる気持ちが抑えられない。

「明久、お前に伝えなきゃいけないことがある。」

「…?…何?」

 すると雄二は一瞬明久から視線を逸らす。余程言いにくいことなのだろうか…。しかし、その視線は再び明久に向けられる。

「オレとお前が病院に運ばれた時、木下優子の遺体がなかったそうだ…」

「…は…?」

 明久の目は驚いたように見開く。

「ど…どういうこと…!?」

「スマナイ…。オレも途中で意識を失ったから…。だが、考えられるのは二つだな。一つは高城が木下の遺体を跡形もなく消した…だ。」

「…え!?」

「高城程の実力なら…。それもあのバルムンクの剣なら、物を跡形もなく消すのは恐らく可能な筈だ。だが、もしバルムンクで跡形もなく消したなら、木下だけでなく俺達も消された筈なんだ…。」

「な…成程」

 雄二の小難しい説明に何とかついてくる明久。

「そして、二つ目は木下の遺体を持ち帰った…だ」

「持ち帰る…!?何で!?それこそ、可能性は低い筈だよ!」

 明久は必死に訴える。明久の言う通り死体となった彼女を持ち帰る理由が分からない。それなら、バルムンクで跡形もなく消されたという方が話の流れとしては、しっくりくる筈だ。

「確かにな…。お前の言うように、木下が唯の少女であるならそれは別だ。さっきオレが言ったように跡形もなく消された…という方が自然だろう。だが、木下は唯の騎士じゃない。」

「…え…?」

 雄二の言葉が分からず戸惑う明久。しかし、次の言葉でその言葉の意味を理解する。

「木下は巫女の力を持っている。」

「巫女…?」

「木下の持つ刀、『鬼切』はあの刀で斬られた鬼の怨念が込められている。常人があの刀を持てば、正気を保てなくなり、自らを破壊していくだろう。でも、そんな自滅するような刀を木下が扱えるのは木下が巫女の力で、鬼の怨念を浄化してるからだ。」

「じゃ…じゃあ…!」

「ああ。高城は昔、死霊術で人造人間(ホムンクルス)を造ろうとしていた。しかし、それは失敗に終わった。だが木下程の霊力を持った巫女なら、その霊力を使い、人造人間(ホムンクルス)を造ることも難しくはない筈だ…。」

「そ、そんな…!」

 衝撃の真実に明久は病院で寝てなどいられなかった。そして動かない体を無理やり動かそうとする。

「バカ野郎!お前、何やってんだ!」

「決まってるじゃないか、あの下衆野郎から木下さんの遺体を…取り戻すんだ!」

 明久は高城の良いように扱われていることが悔しくてたまらなかった。姉を殺され、優子も殺され、優子に至っては、死んでも尚、利用としているその下劣な心に怒りが込み上げる。

「バカ野郎ッ!!!」

 すると雄二は病院中響き渡るような声量で明久を怒鳴りつける。

「今のお前に何が出来る。指を動かすことすら困難で、足で一歩も歩くことのできない今のこの状態で、何が守れるんだよ!」

「…こ、コレは…!」

 自分の体を見ると、体を無理やり起こそうとしただけで血がにじみ出ていた。

「それに高城の行方は捜索班が探し回ってるが、見つかりそうもない。」

「…そんな」

 悔しそうに手を握る明久。そんな彼を見て雄二はこう言う。

「明久、この事件に関してお前らを巻き込んだのはオレの責任だ。だけど、お前も今回の件で自分のことを酷く責めてんなら、強くなれ!」

「…っ!」

「お前は確かに高城に大事な人間を二人も殺された。でも、お前の周りには他にも大切な人間がいるだろ?」

 明久の脳裏に浮かんできたのは普段一緒にいる秀吉、ムッツリーニ、雄二、美波…。それ以外にもたくさんの王都の町人。皆、大切だ。

「いつまでも悔やんでねーで、次にソイツ達が殺されない様に、守るためにも強くなれ。オレもお前と一緒に強くなるからよ…。」

 その言葉は雄二なりの覚悟でもあった。その言葉は明久の心の芯にまで響いた。

「分かったよ…。」

 まだまだ周りには大切な人がいる。失ったものも明久にとっては大きい。しかし、今在る大切なものも、たくさんある。

 前を向くしかないのだ…。

 少しだけ、普段の自分に戻れたような気がした。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 そこは闇のように暗い世界だった。そしてその暗い世界には少しだけ光が灯ったいた。

 何かの術式の魔法陣…というべきか。

 その術式の真ん中には一人の少女が眠っていた。…木下優子である。

「くそ…腕が…!」

 そしてそこには高城も居た。彼の右腕は明久に斬られ、今も痛みが続いている。

 しかし、彼の表情には、傷の痛みに耐える苦痛の表情のほかに、何かを得たような嬉しそうな笑みも浮かんでいた。

「…まさか、木下優子が『彼女』の転生体だっとは思いもしませんでした…」

 すると魔法陣で組み立てられた術式の中央に眠る優子の体から微かだが、金色の光が灯る。

「ッハハハ…。ようやくお出ましですか…」

 すると眠る少女は瞳をゆっくりと開く。

 しかし、その少女は優子の筈なのに、雰囲気から優子の気配が少しも感じられない。

「…お早うございます、『アリス』…。」

 優子はゆっくり体を起こす。そして、彼女はこう告げる。

「…私は『二年前』のあの日、永遠の眠りについたはずなのに…どうして…」

 彼女は今にも泣きだしそうな顔をする。

 もう、この世で目醒める筈はなかったのに…。そう告げようとしていた。

 しかし、その雰囲気からは優子らしさが一つもない。

「さあ、『アリス』…。これから僕の為に働いてもらいますよ。」

 

 この出来事が何を意味指すか…?

 それは後々のフミヅキにも大きく関わることだった。

 

 





 死霊術士編、完結です。

 

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