僕と騎士と武器召喚   作:ウェスト3世

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ワスレナグサ

「…あの、ホントにどこ行く気なの?」

「着いてからのお楽しみって言ったハズですよ」

 明久達は今、暗い森の中を歩いていた。まだ日は落ちてないが、森の中を歩いていると、外は夜なのか、と思ってしまうほどである。

「って、ぎゃああああっ!蛇だァ!?」

 明久は先程から手首に何か巻きついている…そんな感触をしていたのだが、見てみるとそれは蛇だった。

「まったく蛇ぐらいで情けなですね…」

 アリスはつまらなそうに息を吐く。

「え?いや、だってコレ蛇…ぎゃあああああああああっ!?」

 明久は再び叫び声を上げる。もう一回叫び声を上げたのは、蛇が手首から徐々に肩のあたりまで上り詰めてきたからである。

 森の中だから蛇がいるのは当然と言えば当然なのだが、実際巻きついてくると、気持ち悪い。

 しかし、アリスはそんな明久を見て呆れている上に、他人事のように「そんな怖くありませんよ」と言う。「じゃあ、この蛇どうにかしてくれ~」と明久は情けない声を出す。

 すると、アリスは明久に巻きついている蛇にそっと触れる。そして、その蛇の瞳をジッと見つめる。蛇も思わずアリスの瞳を見つめる。

 アリスの淡いブルーの瞳が蛇に何かを伝えようとしていた。

 そして、しばらくすると、蛇は明久の腕から離れ、元の草むらへと戻っていく。

「これで大丈夫ですか?」

「う、うん…」

 明久は少し戸惑ったように頷く。

 それもそうだろう。今の光景は何処か不思議だった。アリスと蛇が互いに心が通じ合っているような、そんな光景だった。

「あの…。どうやって蛇を僕から引き離したの?」

 明久はその光景の真実を知るためにアリスに恐る恐る質問してみる。

「何って、目で蛇と会話してたんです」

 アリスは当然のように答える。明久は「はい?」と疑問の表情を浮かべる。

「まあ、確かに普通の人からすれば、不思議…なんでしょうね。でも、私、昔から人間じゃない動物たちの声も聞こえるんです」

「それって、動物の言葉が分かるってこと?」

「…はい」

 アリスはニコリと微笑む。

「まだ、言葉も喋れない赤子の時からまだ何も喋れないはずなのに、動物と触れると、動物の気持ち…例えば喜び、悲しみ、苦しみ…。そういった感情が読み取れるんです。…変ですよね」

「…いや、そんなことないよ」

 明久は感じた。彼女はいつもは気が強くてプライドも高い。しかし、彼女は本当は優しいのだと悟る。それは人間だけでない、動物に対しても。そんな彼女から器の大きさを感じる。そして、そんな彼女の笑顔からは太陽の光のような温かさも感じる。器と言う心の広さも太陽のような温かさも明久にとって心を癒すような心地よさがあった。

「あ、着きましたよ」

 アリスが到着の合図を出す。すると、暗い森に光が照らしていた。

 明久達はその光に向かい、一歩踏み出す。

「ここは…。」

 するとそこは一面に広がる花畑だ。様々な種類の花が咲いていて、沈みかけの夕日がその花畑を明るく照らしていた。

 季節は冬だ。なのにこの光景はそんな季節という縛りに囚われていないようだった

「すごい…」

「でしょ?」

 明久はこれ程綺麗な景色を生まれて一度も見たことがない。まるでそこは天国にでもいるのではないか…?そんな感覚すら感じてしまうほどに。

 そして、アリスは明久より一歩前へ出る。すると、夕日とアリスの影が重なる。夕日はアリスの白い肌、青い瞳、金色の髪、彼女の全てを照らしていた。

 そんな彼女がいるだけで花畑は一層強い美しさを放っていた。

「明久君はどんな花が好きなんですか?」

「え?いや…。僕、花の名前とかよく分からないんだけど…。」

「まあ、明久君らしいですね」

 アリスは「フフ」と笑う。明久は少し馬鹿にされたような気になるが、この光景を再び目にすると、その気持ちは自然と消える。

「私はこの花が好きです」

 彼女が指差した花は小さい花だった。

 バラや桜といった目立つ花でもない。どこか儚いようにも見えるが、どこか力強さも感じる不思議な花だ。

「この花の名前は『ワスレナグサ』っていうんです」

「…ワスレナグサ…?」

「はい。この花はアラスカとかの寒い地域でも力強く咲いてます。」

「へぇ…。」

 明久は彼女が好む花、ワスレナグサに目をやる。

「この花はある騎士が死ぬ直前に恋人の為にある言葉を残した…そんな伝説が残っています」

「へぇ、どんな言葉なの?」

 明久は興味深そうに訊く。すると、アリスは…

「…『私を忘れないでください』…」

 その瞬間、冬の冷たい風が明久とアリスの間を過る。

 そう、この花言葉は騎士のルドルフという人物が恋人ベルタに残した最後の言葉である。ワスレナグサにはそんな悲恋の伝説が残っていた。

「明久君はもし私が死んでも覚えてくれますか?」

 アリスが何故こんなことを言ったのかは分からない。しかし、彼女が悲しそうに笑っていたのは確かだ。

 どうしてそんな顔するのか、明久にはよく分からなかった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 その頃王宮ではカヲール二世が夕食を食べようとしているところだった。

「よ~し。今日は焼肉だよ!食うぞ~」

 カヲール二世は鉄板に肉を敷き始める。敷かれた肉は「ジュ~」と美味しそうな音を放つ。

「陛下、毎日のように肉を食べるのはどうかと思いま…ブッ!」

 肉を焼くカヲール二世に口出ししたのは側近の竹原だった。しかし、途中で何故か下を噛んでしまったらしい。

「あ?何ていった?」

「だから、毎日のように肉食うと豚みたいになるぞボケ!って言おうとしたんだよ、クソババアッ!」

「おい、言動が綻んでんぞ。何がババアだ、コラ。それにいいだろ?肉食うくらい。生い先短いんだから、好きな物食って死なせろ、馬鹿」

 二人とも、荒い言葉遣いで言い争う。本当に皇族の人間か?と目を疑いたくなる。

 そんな言い争いをする中――――。

「……ッ!!」

「……!?」

 凍えるような寒気が二人を襲う。恐らくこれは殺気だ。

「何だい?一体何処からこんな…!」

 しかし、その殺気の源と言うべき人物はすぐそこにいた。

「お久しぶりです。陛下。そして竹原さん。」

 言葉遣いからして、竹原とカヲール二世の知人らしい。

「誰だい?」

 しかし、黒いフードを被っているせいで顔が隠れ、知人とはいえ誰かは認識できない。

「…忘れたはずはないでしょう?この顔を…」

 すると、その男は黒いフードを外す。カヲール二世も竹原も驚愕の表情を浮かべる。

 それは有り得ない人物で、この世に居てはいけない存在だった。何故なら彼は四年前に死んだ人間なのだから。

「…高城…!」

 彼の名前は高城雅春(たかしろ・まさはる)。四年前に第一国家騎士の吉井玲に殺された筈の人物だった。当然生きているはずがない。

「何故、お前が生きている…!?」

「意外な反応ですね…。僕は死霊術士です。肉体が壊れたぐらいでは死にませんよ。」

 高城は嘲るように笑う。

 彼は死霊術士だ。肉体という入れ物が滅んでも魂が無事なら彼は再び復活できるのだ。

「またフミヅキを襲うつもりか?」

「いえいえ。肉体を取り戻したとはいえ、まだ吉井玲に受けた傷が痛みましてねぇ。そうしたいのは山々ですけどね。」

 「ふふ」と不気味な笑みを浮かべた。

「ですが、一応気を付けた方が良い…とだけ言っておきましょうかねぇ。」

「…どういうことだ?」

 カヲール二世はギロリと高城に睨みつける。四年前のような出来事が再び起きてはいけない、彼女なりの覚悟だ。

 しかし、高城はそんなカヲール二世の瞳を見ても表情を変えることはなかった。

「この王都に『アリス・セイラ―』という少女がいるでしょう?」

「ああ。訓練兵の中で最も優秀な成績を持つ騎士だ。」

 カヲール二世は王都の騎士全ての顔と名前を認知している。今更、そんなことを聞いてどうする?そんな表情を浮かべる。

「四年前、僕が死霊術を使い、人造人間(ホムンクルス)を造ろうとしたのは知ってますよね?」

「ああ。そのために何人もの民間人が犠牲になったな…」

 カヲール二世は怨がましく言う。高城は「ええ、まあ」という。だが彼には自分が罪を犯したという意識はほとんどない。

 彼にとって民間人が犠牲になったのは人造人間を造る過程に過ぎなかった。

「…だが、アレは失敗したハズだ。」

「…失敗…?」

 カヲール二世の言葉に高城は「一体何をいってるんですか?」という表情をする。

「…確かに失敗例の方が多いですけどね…。でも、『成功例』が一つもないとも言ってませんよ?」

「…何だと…!?」

 カヲール二世は高城の意外な言葉に思わず声を上げる。一緒にいた竹原も驚きの表情を隠せないようだった。

「ああ。実際、このフミヅキに住んでますよ。『成功例』は。」

「……馬鹿な…!」

 一体何がどうなっている?とドンと机を叩き、カヲール二世は焼いていた肉をやけ食いする。竹原もそんな事実を聞いて落ち着いていられないのか急に筋トレをし始める。目の前に敵とも言える人間がいるにも関わらずだ。

「ああ。ちなみに、『アリス・セイラ―』。それが『成功例』の名前です」

 するとやけ食い、筋トレしていた二人の動きがピタリと止まる。

「…何を言ってるんだい?あの娘は生まれた時からずっとこの町で暮らしている!お前が『成功例』とやらを完成したとしてもそれはたった四年前だ!」

 すると、高城は混乱した二人を面白そうに見ながら「フフ」と笑う。

「同情しますよ。混乱するのも無理は無い。でなければ、僕の『計画』は成功とは言えない。ちゃんと記憶を狂わせるための結界を張ってんですよ。まるでアリスが生まれた時からこの町にいた、という認識を作るために」

「…結界…?」

「ええ、まあ。まあ全部理由あってのことです。実は以前からある剣が欲しくてねぇ…」

「剣…だと?」

「アナタが創ったこの『試験召喚システム』…。このシステムが完成したことでいろんな聖剣、魔剣などが召喚されるようになった。だが、一つ。一つだけ召喚されていない『聖剣』がある。」

 カヲール二世は眉をピクと動かす。彼女にも心当たりがあるようだ。

「ま…まさか…!」

「そう…。『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)。」

 誰もが知るこの剣。実はまだフミヅキでは召喚されたことのない剣だった。どんなに優秀な騎士でもこの剣は召喚された経歴がない。

「しかし、例え世界中の誰もその剣を召喚できないとしても、『本人』だったらどうでしょう?」

「お前…まさか…!」

「そう、『アリス・セイラ―』はエクカリバーの担い手『アーサー王』の魂を植え付けた『転生体』と言ってもいい。いや、まさかアーサー王が女性だとは思いませんでしたが…。ああ、勿論アリス自身も自分の前世の記憶なんてものは存在しません。だが、彼女の魂は間違いなくアーサー王そのもの。ただの人造人間(ホムンクルス)と思わない方がいいですね。」

「その為だけに造られた人造人間(ホムンクルス)ってわけか?」

 ええ、と高城は頷く。そして、その剣はいずれ僕の物となる…そう言い残し彼の姿はスーと影のように消えていく。

「陛下…今の話は本当なのでしょうか…。」

 竹原は不安そうに訊く。

「本当と断言できないが…。嫌な胸騒ぎはするね…」

 カヲール二世は眉間にしわを寄せて再び肉を焼き始める。


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