12月24日。時刻は17時46分。
この時期の王都フミヅキはクリスマスのイルミネーションで光輝いている。そのためイルミネーションを見る為に集まってくる人々が多い。
その上今日は雪も降っているためクリスマスらしい雰囲気が漂っている
「…ハア…」
アリスはそんな商店街を一人で歩いていた。本当は明久を誘おうとしたのだが、今日は成績の悪い者は訓練所で居残りさせられている。
アリスはふと足を止める。商店街の中央に立つ巨大クリスマスツリーに目がいったからだ。
「…キレイ…」
毎年この時期に見てるハズの景色だが、いつも新鮮な感じになる。
そんなツリーをぼんやり見ている時だった。肩を叩かれてたような気がした。
「…はい?」
アリスは叩かれた方へと振り向く。すると、黒いコートを着た長身の男が立っていた。小柄なアリスと立つと、大人と子供くらいの身長差だ。
その男はフードをかぶっているせいで顔が見えない。とはいえ、アリスの知人というわけでもなさそうだ。
「…あの…。誰ですか?」
アリスはその男に問う。その男は正直不気味だった。見た目的に普通の人間には見えなかった。
「…知る必要はありません。君はただ僕に従えばいい」
「?…何を…」
男の言葉に怪訝そうな表情を浮かべるアリス。「何を言ってるんですか?」と言おうとしたのだが…。なぜか口が麻痺したように動かない。
いや、口だけではなかった。両腕、両足も次第に動かなくなる。脳は自分の意志で動いているはずなのに、体はその脳の命令に無視しているようだった。
「君は僕の人造人間(ホムンクルス)です。君は僕には逆らえない。そういう風に出来ている」
「何を言っている!?」と怒鳴りたい気持ちでいっぱいだった。だが、既に体の支配権は奪われているように感じた。
町の人々はどうやらこの異常事態には気づいていないらしい。これでは助けを求めることすら出来ない。
それに気のせいか。少しずつ意識は闇に持って行かれる。
「さァ…。アリス。解放しなさい…アナタの力を。」
「何をふざけたことを言っている!?」そう言いたいはずが、アリスが口にしたのはその男を貶すための言葉でも何でもない。
彼女が言葉にしたのは「試験召喚(サモン)」という武器を召喚するための言霊だった。
そして、その時金色の光が町を包み込む。イルミネーションの光よりも強い光だった。
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町が金色の光に包まれる。
(…ついに来ましたか、この時が!)
高城は今まで見せたことのないような喜びの表情を浮かべる。
「ねえねえ、ママ。アレもクリスマスのヤツなの?」
「さあ?何でしょうね?」
近くにいた親子が不思議そうな表情でその金色の光を見る。他の人達もどうやらこの光がイルミネーションか何かの類と思っているらしい。
そんな彼らを見て高城は哀れそうな顔をする。
(この光がイルミネーションのような下等な光と一緒にしてもらっては困りますね。この輝きは騎士王が持つ聖剣の輝きだ!!)
「ククク…。ハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
高城は黒いフードを外し、大声で笑う。彼にとってこの出来事は余程歓喜のことらしい。
「あ…ああああああ…ぁあああああああああっ」
すると、アリスの手から黄金の剣が出現する。
「ハハハハハハハハハハアッハ。イヤァ、ようやく来ましたか。さぁ、アリス。その剣を僕に渡しなさい」
高城はアリスに手を差しだす。
そう、彼は初めからこれが目的だった。かれはこの聖剣を手に入れるために何人もの人間を殺し、そして、アーサー王の魂から作ったホムンクルス、アリスを造った。
つまり、彼にとってアリスは、エクスカリバーを召喚するための道具に過ぎない。
しかし、彼女がとった行動は…。
「ああああああああああああああああああああああああッ」
「……な…に?」
アリスは苦しそうな叫び声を上げ、高城の腕を斬りおとす。
「アリス…貴様…」
高城は苦痛そうに顔を歪める。そして、周りにいた人々はそれを見て「キャアアア」「うわあああ」などの悲鳴を上げ逃げ出す。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
アリスは雄叫びのような声を上げる。
どうやら召喚は成功したようだ。だが、この雄叫びを見る限りアリスは理性を失ってしまったらしい。
「チッ…。」
高城は舌打ちをし、その場を離れる。
そしてアリスは獣のような雄叫びを上げ、人々を無差別に襲う。
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『強制召喚』…。
これは下級騎士などの位の低い騎士が強力な武器を無理矢理召喚することを言う。
普通、武器を召喚する際は下級騎士だろうと上級騎士だろうと試験の点数を召喚するエネルギー源として召喚する。騎士の位が上がれば当然点数が高い訳なので、召喚する武器もレベルの高い武器となる。
しかし、『強制召喚』は試験の点数を源とした召喚ではない。この召喚は召喚者の精神力、生気を主体としたエネルギーで召喚される。この召喚方法は7年前に禁じられた召喚である。
何故ならこの召喚は召喚者の寿命を奪い、下手すれば死ぬこともある。仮に寿命を奪わなかったとしても、理性、または心を失うこともある。
いくら下級騎士で優秀なアリスだとしても、この召喚に堪えられる保証はない。
「フ…。エクスカリバーを手に入れるのは失敗…というわけですか…」
高城は悔しそうに唇をかむ。
今までずっと求め続けた剣がようやく召喚されたと思ったら、その持ち主は高城を襲ってきたのだ。高城にとってそれは悔しくてたまらない。
彼にとっても彼女に無理やり聖剣を召喚させることで、理性を失い、暴走するなんて思ってもみなかったことだ。
しかし、先程まで悔しそうにしていた高城だったが、次第にその表情は笑みに変わる。
「ですが、これはこれで良いかもしれませんね。あのフミヅキがたった一人の少女に崩壊される。それはそれで僕にとっては喜劇だ。」
高城の悪意に満ちた笑みが何処に向けられているのか、それは彼だけしか知り得ないことだった。
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「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
アリスは声を上げる。
彼女は逃げる子供、妊娠している女性、老人、命乞いをする人までも手にかける。彼女から逃げきれた者もいるが、死者の数も相当なものだった。
今の彼女には心がない。ただ無差別に人を殺す殺人者だ。
町は血に染まり、たくさんの命が消えている。
握る金色の剣にも赤い鮮血がこびり付いている。
そのとき―――。
「動くな!」
約五十人もの騎士がアリスの目の前に現れる。王族に仕える上級騎士だ。
しかし「動くな」と呼びかけたところで、理性を失ったアリスには言葉は通じない。アリスはそのままその騎士たちに襲いかかる。
騎士達も剣や槍、弓、銃などを構える。前列の方に居た騎士たちは自分たちが襲われるかもしれないと緊張してるようだった。
しかし、意外なことに悲鳴が上がったのは前列よりもずっと後ろの列からだった。そして、気付けばアリスは目の前には居なかった。
「…バカな…!瞬間移動か…!?」
ある騎士が叫ぶ。こんな動きを普通の人間が出来る筈がない。先程まで騎士達の前方にいたアリスが一瞬で後方に移動した。
しかし、何処かおかしい。瞬間移動と呼ぶには妙だった。
地面を見ると、アリスの靴裏に付いた血がしっかりと付いている。
つまり、移動の形跡がしっかりと地面に表れていた。つまり、正確には瞬間移動ではなく…。
「これは超高速移動…!?」
ある一人の騎士が叫ぶ。
そして、一斉に大人数の人間がアリスに襲いかかる。剣、刀、弓矢、槍、銃弾…。様々な武器が彼女を貫こうとしたが、アリスはそんな攻撃をヒョイヒョイと躱してしまう。
そして、アリスは金色の聖剣で、彼らを次々と切り裂いていく。
そして、最後には彼女しか残っていなかった。
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「はぁ~あ。ようやく終わったぁ~。」
明久は情けない声を出す。彼は今日、成績が悪いために西村教官の補習を受けていた。
ちなみに彼以外に雄二、土方、近藤、沖田が居た。
そんなわけでクリスマスという誰もが楽しむこの一日を彼達は補習で終わってしまった。
「こんな日くらい休ませろよ。クソが…!」
雄二は不機嫌そうに怒鳴る。
「流石にこんな日まで鉄人と付き合うってのはね…」
明久は苦笑いをしていた。疲労のせいか目が虚ろになっている。
ちなみにこんな時でも帰りのHRがある。正直いらないだろ、というのがこの五人の意見だが、反抗するとまた補習の時間が増えそうなので敢えてそれはしない。
そんなとき、電話の為、外に出ていた西村教官が戻ってくる。
「先生、帰りましょう。もうアンタの顔を見るのは懲り懲りだ。」
明久はつい本音を口にしてしまう。普段の西村ならここで「お前は明日も補習」とか言うのだが、表情を見るにそれどころではないような…そんな感じがした。
「お前ら。今日は此処に泊まれ」
西村は静かにそう言った。
「えぇ~!何でですか?」
「…少しは休みくれよ…」
五人からそんな声が漏れる。彼らにとって大事な冬休みの時間が消えるのは大きなダメージなのだ。それをまだ残される…それどころか泊まれというのは正直どうなんだ?そんな気持ちが過る。
「悪いとは思っている。だが、今外は危険だ。」
「…どういうことだ?」
珍しく謝る西村教官に真っ先に質問したのは雄二だった。他の四人とは違い、何か危険を感じ取った風だった。
「…お前らに言葉で説得するのは難しいだろうな。今、送られてきた画像を開くから少し待ってろ」
すると、西村は送られた画像を拡大して明久達にその光景を見せる。それは息がつまりそうなくらいに悍ましい光景だった。
「…おい、何があったんだよ!」
衝撃的な表情で土方は西村に向かい怒鳴る。
無理もない。それは血に染められた王都の姿だったから。普段の華やかな王都の姿なんてどこにもない。
「…スマン、オレもよくは分からん。だが、分かっただろう?今、危険だということは…」
明久は目をしかめる。拡大された画像の中央に黄金の剣を持った少女が立っていた。その少女は腰まで届く金色の髪で小柄だった。
「鉄人、この少女は…?」
明久は西村に問い詰める。すると鉄人は眉をわずかに動かす。そして、「さぁな」と言う。
しかし、今の西村の反応は今まで見たことのない反応だった。どうやら西村も明久と同じことを考えていたのかもしれない。
「………」
それだけで十分だった。明久は部屋から飛び出す。
「待て!吉井!」
「おい、明久!?」
そうだ。あの黄金の剣を持った少女は間違いなくアリスだ。あんな派手な髪の色をしてるのはアリスくらいしかいない。
西村も恐らくそれに気づいて、知ってて黙っていたのだ。
恐らく、今王都で起きていることはアリスが何か関係しているに違いない。
今、明久に出来ることなんてきっとない。しかし、ここでジッと待っても居られなかった。心の中で「止まるな!」と叫び続けていた。
(…アリス…)
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明久が訓練所から抜け、西村は急いでカヲール二世に電話をかける。
『何!?あのバカが訓練所を抜けた!?』
「ええ、抜けたというか飛び抜けたというか…」
『くっそ!とにかくアンタはそこに残りな!』
「私はでなくていいんですか?」
『アンタはそこにいるガキ共を守りな、バカの方は王族の方で探しておく』
「…了解です」
ピッと電話を切る。明久のみによくないことが起こらなければいいのだが…。西村の心には不安が募る。
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明久は商店街にたどり着く。その光景は酷いとしか言いようのないものだった。
店は荒らされ、下を向けば命を落とし、倒れている人々が大勢いた。そして、そんな中一人金色の剣を握った少女が居た。
「…アリス…」
明久は金色の髪を靡かせる少女の名を呼ぶ。
「…どうして…」
明久はギリと音をたたせ、唇をかむ。
ようやく彼女とお互いを分かち合えた…。そう思っていた。普段プライドが高いからよく分からないだけで、彼女が誰よりも優しいことに気付けた。
そんな彼女がどうして人を殺している?どうして、あんなに苦しそうに血の涙を流している!?
「う…おおおおおおおおおおおおおおっ!」
明久は絶叫する。真っ直ぐアリスの方に向かいながら。
そして、地面に落ちていた王族の騎士の剣を二本とる。そして、それぞれ左右に一本ずつ持ち合わせる。
「アリスゥーーーーーー!」
明久の持つ二本の剣が真っ直ぐアリスの方に向かっていく。
(君が人を殺せるハズがないんだ!優しい君がこんな…)
その証拠に彼女からは真っ赤な涙が頬を伝っていた。
だから、この剣は彼女を殺すためではない。彼女を止めるために…。