土方、近藤、沖田、山崎はフミヅキよりも西の方角に位置する『ミナヅキ』という町に居た。
カヲール二世からは根本恭二を見たという目撃情報が多く、ミナヅキよりも少し離れた『キサラギ』という町を調べるよう言われたのだが、近藤、沖田、山崎が土方の言うことを無視し、勝手な方向を歩いたため、変なところに来てしまった。
「…コイツら、後で絶対シメてやる」
そう呟くものの、土方の精神的疲労は限界を迎えようとしていた。
これほど物分かりが悪く、言葉が通用しない人間はコイツらくらいしかいないだろうと土方は嘆息する。
「……ッ」
しかし、ある意味ではこの『ミナヅキ』という町に来て良かったのかもしれない、と土方は思った。
確かに根本に関する情報は得られなかったが、この町はカヲール二世に報告するだけの異常性が表れていた。
「…妙だな…」
土方は目をしかめる。しかし、いくら土方が真剣でも他の三人はサボっている。
近藤は裸でヨガ、沖田はアイマスクを被り寝ている。山崎に関してはバドミントンの素振りをしていた。
しかし、この町は本当に異常だった。
何故なら人が誰一人いないのだ。土方は他の三人を放って、遺体がないかの確認もしたがそれすらもない。
(この町で一体何が起きた…?)
仮に町人全員が死んだとしても遺骨、血筋が一切残らないとは明らかに変だ。
町は荒廃している。
土方はそんな劣環境で何が起きたのか、また手がかりになるもの必死に探した。
…しかし…
「どうなってんだよ、コレ。」
土方は混乱したような表情を浮かべる。
そんなとき何もない殺風景の町に殺気らしきものが通りかかったような気がした。
「…!」
それは一人二人だけではない。総計しても200人くらいはいる。
「おい、武器を構えろ!」
土方は沖田、山崎、近藤に思いっきり怒鳴る。
普段、突っ込み入れる時とはまた違う怒声だったので、三人は言われた通り武器を召喚し、構える。
「試験召喚(サモン)」
土方も召喚する。土方の武器は下級騎士の時と同じ日本刀。しかし、その時とは決定的な違いがあった。それは剣術の腕、身体能力もあの頃とは段違いだった。
そして、それだけじゃない。刃の部分には呪力がかかっていた。斬ったダメージだけでなく、呪力による呪いも受ける。
その為、その辺の刀とはレベルが違かった。
四人は刀を構える。
そして殺気の源となるものが現れる。
「…な…っ!?」
四人は驚愕した表情を浮かべる。その殺気の源となるもの。それは200体の武装した骸骨だった。
「「…ァ…アアアアアア…ァアアアアアアッッ!!」」
200人の兵士は4人に一斉に襲い掛かる。
*************
200人ほどの骸骨が一斉に襲い掛かる。そんな中、影でそんな出来事を見ている男がいた。
「…フ。第七国家騎士、土方十四郎…。まんまと罠にはまりましたね…。」
男は歓喜に近いような笑みを浮かべる。
「土方十四郎。アナタの命は此処で終わります。200人の『死霊兵』に殺されるがいい」
そう言い、男は闇に姿を消す。
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明久と従者の優衣は町の巡回任務に当っていた。特にこれといって町の中では異常はなく、いつも通り、平和に賑わっていた。
「あ、明久だ!」
「あ、ホントだ。バカの明久だ。」
明久を見るなり町の子供たちが明久のところに集まってくる。
明久はこう見えて町の子供たちには好かれている。実際、公園などに行ってみると一緒に遊んでいる光景が見られる。
「なぁ、明久。遊ぼうよ~」
子供たちは明久のズボンの裾を掴んで言う。子供たちの目は今にも遊びたくて遊びたくてうずうずしている様子だ。
「い、いや~。そうしたいのは山々…なんだけど…。」
そう言いながら、明久は横にいる優衣を見る。優衣は少し険しい表情を浮かべていた。
それもその筈で、明久は国家騎士の頂点に立つ有力な騎士なのだが、彼は巡回任務に当っていると、毎日と言っていいほど子供たちに絡まれる。そして、「今、任務中だからゴメンね」と言えば済む物を彼もそれに釣られ、ついつい遊んでしまうのである。
そのため、従者である優衣をよく困らせている。優衣は明久の友人である雄二にこの事を相談してみたりするのだが、雄二は「明久は町のガキ共と精神年齢があまり変わらねぇし、仕方ない」と言う。優衣にとっては全く役に立たないアドバイスである。
「今日は遊んじゃダメですからね。絶対ですよ」
優衣はキッと睨んで言う。
「いや、分かってる。分かってます。」
明久はビクビクと震えながら言う。
優衣を怒らせると必ず病院に行ってレントゲンをとる破目となる。それだけ彼女はキレやすい。そのため出来るだけそういった事態を避けなければならない。
「あれ、冷たっ!」
子供たちの内の一人が言う。
先程まで青空が見えて居たはずなのだが、気付けば青空は消えていた。黒い雨雲が出ていた。
「うわっ、雨か。」
「帰ろうぜ~」
「じゃあな、明久」
などと言って子供たちはそれぞれ家へと帰る。
それと共に明久も、
「どうする?僕達も一回王宮に戻る?」
「そうですね、そうしましょう」
二人も巡回任務を一端ここで止め、王宮に戻ることにする。
町に異常性があれば、もう少し巡回をつづけた方が良いのだろうが、今は特に王都が危険に陥るほどの危険性はない。
雨の道を歩く中、明久の脳内では記憶が甦っていた。それは、少女が明久に残した最後の言葉だった。
************
それは二年前の高城との戦いだった。
そこで明久はある事実を知った。それは死んだ姉が高城に殺されたという事実。
それを聞いた瞬間、明久の心の中では今までにないほどの沸々と込み上げてくるものを感じた。
そう、憎しみだ。その負の感情が抑えきれないほど胸が痛みを訴えていた。
明久は刃を振るった。それは、姉を殺したこの男を殺す。それだけを考え、剣を握った。それ以外の感情はその時の明久にとって余計なものでしかなかった。
「高城ォォオオオオオオオオォッ!」
明久は吠える。
殺意を込めた一撃。しかし、その一撃は高城に届かず終わる。
「…竜殺しの剣(バルムンク)…!」
高城の黄金の剣が凄まじい光と共に斬撃を放ってくる。光の斬撃はそのまま明久を襲う。
「ぐ…ぁ…っ」
鮮血が噴きあげる。意識は朦朧とし、片足、片腕が思うようには動かなかった。
「ゴホ…っ!」
そして吐血。この一撃で内臓部分にも相当なダメージを受けた。
体中が痛い。
もう、このまま剣を捨ててしまおうか…?体中がそう悲鳴を上げていた。死んでしまっては何もないと、そんな風にも感じた。
しかし、心は違う。心は剣を捨てることを許してはくれなかった。こいつは姉を殺した憎い仇だ、剣を捨ててはいけない、そう告げていた。
「っ……」
明久は苦痛に耐えながらも立ち上がる。
体は何故立ち上がる?もう立ち上がらなくていいのに、と言う。
それに対し、心はまだ倒れてはいけない。倒れていいのはコイツを殺してから…それからだ、そう言う。
「うォオオオオオオオオォッ!」
明久は高城に剣を向け、駆けてゆく。それと同時に高城も剣を振るう。
しかし、高城の剣を振るう方が圧倒的に速かった。明久は「これは避けなきゃ死ぬ」とすぐに脳が反応する。
しかし、躱すことはできない。明久には躱すほどの力が残っていない。今の彼は立っているのもやっとの状態。
終わりだ……。
そう、思った。
誰が見てもそう考えるはずだ。
そのはずだった。
しかし…。
「…え?」
明久は瞬間、目を丸くする。目を丸くするだけの出来事が目の前に起きていたからだった。
目の前には薄い茶色の髪をした少女が立っていた。
そして高城の刃はそのまま少女へと向けられる。
そして、高城の黄金の剣が少女に触れた瞬間、紅い血が噴き出る。そして、高城が剣を振り切ったと共に少女はそのまま横に倒れる。
「木下…さん…。」
その出来事はほんの一瞬。明久はその出来事をただ茫然と眺めていた。眺める以外他がなかった。
同時に教会の鐘が鳴る。まるで、この出来事を待っていたかのように鳴り続ける。
「木下さん、どうして…」
しかし、彼女は何も言わない。そのままニコリと微笑み「ありがとう」と告げる。すると彼女はゆっくり瞼を閉じる。
***************
…「ありがとう」…
あの言葉は何に対しての感謝なのか、明久はこの二年間ずっと考えていた。
きっと分かる日が来ると信じているものの、未だにこの感謝の意味が分からない。
自分は彼女を護れなかった。そんな自分に何故そんな言葉を告げたのか分からなかった。
「あの、明久さん?明久さんってば!」
「…え、何?」
隣ではムスッとした表情で優衣が明久を呼んでいた。
「大丈夫ですか?ボーッとしてるようですけど…」
「ん?ああ。うん。決してアレだよ?嫌らしいこと考えてた訳じゃないよ!?」
「それは何となくわかります」
明久は「アレ?」というような表情をする。
普段ボーッとしてると、嫌らしい、変な妄想を繰り広げているんじゃないかと疑われるのだが、どうやらそうではないらしい。
「いや、その…」
明久は口籠る。何故なら今、脳裏に浮かんだ記憶は優衣の姉である優子の記憶。彼女にとっても優子のことはかなりショックを受けたはずだ。今の記憶を容易く口にすることは出来ない。
しかし、優衣は「…もしかして、姉さんのことですか?」と聞いてくる。
「え、いや…。その」
明久は優衣から視線を逸らす。まさか自分が思っていたことを当てられるなんて思ってもみなかった。
「隠さなくていいですよ。二年くらい一緒に居たんです。明久さんがその表情で何か考えてるときは大抵姉のことなんだって分かりますから」
「え…そうなの?」
明久はそこまで把握されてるのか…と驚いたように目を丸くする。
そんな明久に優衣は「はい」と言い、薄く微笑む。
「別に構いませんよ。姉が死んで辛い思いをしたのは私だけじゃないって分かってますから。」
「うん。いや、そのゴメン」
明久は特に謝る状況ではないのかもしれないが、この話題を持ち出したことに責任を感じた。彼女にとって辛い記憶を…。
「謝らなくていいんですよ。むしろ、明久さんには感謝してるんです。」
「感謝?」
何故、そんな言葉を自分に向けるのか明久には分からなかった。そもそも、あの時、高城との戦いで負けるようなことがなければ、優子は死なずに済んだ。死なせてしまったのは自分、感謝されるどころか自分に対して憎しみを覚えるのが妥当ではないのか?
…しかし…
「姉は本当に優秀でした。誰よりも努力家で誰よりも強くて…私はそんな姉の後ろ姿を見るのが好きでした。いつか、あんな風になりたい…。そう思ったんです」
そして優衣はそのまま言い続ける。
「でも、姉はいつも一人でした。誰もそんな姉を見てくれなくて…でも、姉は私には優しかった。本当は辛い物を抱えてる筈なのに家族に対しては笑顔で、でも何処か寂しそうで…」
「……」
明久は優衣の話を真剣な眼差しで聞いていた。
優衣の言うことはよく分かる。彼女は強気でそして、優秀で。しかし、強気のように見えるが、優しくて、何処か寂しそうで…。
「でも、そんな姉を変えてくれたのはアナタですよ、明久さん。」
「え?僕?」
明久は何故?と言いたくなる。
「姉がアナタの監視役に選ばれてからはよくアナタの話をしてました。その時の姉の表情は今までにないような楽しげな表情で話してました。アナタは分からないかもしれませんが姉は本当に変わりました。アナタと出会ったことで。だから、ありがとうございます。明久さん。」
優衣はニコリと微笑む。
そして、その微笑みは何処か優子と重なって見えた。まるで優子が「ありがとう」と言っているようで…。
「うん。どういたしまして…」
明久は頷いた。実際のところ自分では優子を変えたとかそんな実感はなかった。
ただ、もし、自分が彼女たちの力になれたのなら、それは嬉しいことである。
雨が止んだ…そんな気がした。
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美波と美春は巡回任務を続けていた。
彼女たちが今、いる場所はフミヅキの中でも奥地にある教会だ。その教会は二年前明久と高城が戦った場所だ。今でもその戦った形跡が残っていた。
それにしても、此処は気味悪い場所であった。何処か邪気に包まれたような…体が重力で押しつぶされそうな感覚である。
「お姉様、一番怪しいと思った此処も特に問題はなさそうですね」
「そ、そうね。」
美春の言葉に美波は頷く。
とはいえ、もし異常事態があると仮定したとしたら、やはりこの邪気が怪しい物と言えるが、ここ周辺が不気味なのは今に始まった話ではない。
ここは遥か昔に寺が建っていたそうなのだが、この地が襲撃された時に町人全員がこの寺に逃げ込んだと言われる。そして敵がいなくなったと思い、人々は寺の外に出ようとする。すると、驚くことに周りは火に包まれていた。これでは逃げようもない。人々はそのまま逃げ道なく焼かれていったという。
この場所はその人々の怨念がそのまま残っている、と言われているがこの邪気がその怨念とも言えるのかもしれない。
「じゃあ、帰りましょ……」
帰りましょうと言おうとする美春の言葉が途切れる。
理由は後ろからガシャッという不自然な音がしたからだ。そして、その音の理由は後ろを振り向いたところにあった。
「何、コレ…骸骨…?」
100体くらいの武装した骸骨。骸骨たちはそのまま二人に襲いかかる。
「「ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」
二人は武器を召喚する。