紅い刀と黒い剣がぶつかり合う。
その瞬間、空間が歪んだように激しく振動する。
「フフ。その剣…。」
優子の姿をした少女―――アリスは明久の黒い剣を見て笑みを浮かべる。明久は構わず剣を振るう。一瞬の隙も見せない斬撃。しかし、アリスは容易くそれを躱す。
「明久君。その剣、良い剣ですね。」
アリスは微笑しながら言う。だが、明久は無視してそのまま刃を向ける。
「でも、その剣、まだ不完全な紛い物の剣よね」
そこで明久は反応する。
「…どういう意味だ?」
だが、アリスは答えない。そして明久の速攻の斬撃を刀で弾き、そのまま距離をとる。
「やっぱり、その剣の正体…。気になりますか?」
「別に。」
明久は構わずアリスの下へと走る。先程よりも加速し、一瞬で後ろへと回る。そして、間違いなく攻撃が当たる…そう思った。その筈だったのだが。
一瞬でアリスは消える。気がつけば、明久の背後を襲おうとしていた。
明久は地面を蹴りその攻撃を何とか回避する。
「…っ。」
明久は眉を顰める。
アリスの攻撃は正直目で追うのがやっとで、体で回避するまでには及ばない。
明久も常人には見えない程の速度で動いている筈だったのだが、アリスはその一段階上に立っていた。
「…なら…。」
明久の剣から黒い闘気が発する。禍々しいほどの殺気を帯びている。
その闘気を利用し、明久はさらに加速する。
「…ッ?」
あまりの速さにアリスも驚きを隠せなかった。
明久はそのまま黒い闘気を纏い、斬撃を放つ。その斬撃は建物を一瞬で崩壊へと導いた。
だが…。
「…嘘…だろ!?」
アリスは『鬼切』の刃でその斬撃を受け止めた。
「明久君。前より強くなりましたね。」
そんなことを言い、アリスは明久に掌打を放つ。
正直、少女のものとは思えない力だった。明久は二百メートル先まで吹っ飛ばされる。
これで解る。彼女は明久の斬撃を躱そうと思えば躱せたのだ。でも、攻撃を受け止めた。それは何故か?どちらにしても力の差は圧倒的なほどのものだったからだ。
「…チィ…」
明久は舌打ちして立ち上がる。しかし、そこで痛みが走り吐血する。
「ぐ…ッは!」
今の掌打で内臓に酷くダメージを受けたらしい。だが、それに構わず明久は立ち上がる。
「アレ?まだ戦うんですか?」
力の差を知ったのにまだやるんですか?と言わんばかりの表情でアリスは言う。
「…力の差…ね。」
明久は少しだけ笑みを浮かべる。
だが、今までも圧倒的なまでに力の差がある者と戦い続けてきた。今更それがなんだ?それが明久の正直な気持ちだった。
しかし、いくら戦わなきゃいけないとは言ってもやはりアリスを…優子に刃を向けるのはやはり辛い。
それでもやらなければフミヅキの人々は犠牲になる。その事実は変わらない。
「なら、やるしかないな。」
明久はポケットから腕輪を出す。そして、そのまま腕につける。
その腕輪の名は『白金の腕輪』。明久が第一国家騎士に上りつめたことで得た力。
「二重召喚(ダブル)ッ!」
そこで黒い剣とは別にもう一つ白い剣が召喚される。形状は黒い剣と全く同じだ。
「アレ?試験召喚システムにそんな同時召喚なんて機能は確かない筈でしたけど…」
不思議そうな表情でアリスは聞いてくる。
「当然だ。これはババアが僕だけに与えた力。能力は今、君が言った通り同時召喚だよ。」
明久は二本の剣を強く握る。
明久の持つ白い剣は嘗て明久の姉、玲が所有していた剣だった。明久が『白金の腕輪』を発動させることで召喚出来る剣だ。
「行くぞ…。」
明久は前へと飛出し、そして、黒い剣がアリスの頭上を襲おうとしている。
「……っ!」
アリスはその斬撃に反応し、攻撃を受け止める。
しかし、明久の持つ剣は二本。アリスは黒い剣に目が向き、明久の持つ白い剣の存在に気づかない。
「ラ…ァアアアアアアアアァッ!」
明久は白い剣をアリスの首筋に目がけて振るう。
「…く…そっ」
アリスの顔に焦りが生まれる。そこでアリスがとった行動は地面に転がることだった。
綺麗な躱し方ではないのかもしれないが、おかげで白い剣の斬撃を真面に喰らわずに済んだ。
「……っ」
アリスの頬から紅い雫が零れ落ちる。明久がアリスにつけた傷だ。
今の斬撃を完璧には防ぎきれなかった…ということになる。
明久は二本の剣を構えて再び前方に飛び出す。しかし、どういうことか、明久の姿が途中見えなくなる。
「…!」
気づけば、明久はアリスの右横に居た。そして、白い剣で突こうとする。
間一髪、その攻撃を躱すアリス。しかし、次の攻撃が既に後方に迫っていた。黒い剣がアリスの腹部に目がけて直進する。
「…『紅千本』(べにせんぼん)ッ!」
アリスは咄嗟に紅い闘気を纏った鋭利な千本を放つ。しかし、明久は怯むことなく、二本の剣で全て躱す。
そして、明久は止まらず二本の剣を同時にアリスに向けて振るう。
「……っ…う!」
アリスは『鬼切』の刃で止めるが、流石に一本の刀で二本の剣の斬撃を止めるのはやはり辛い。
証拠に苦痛にゆがんだ表情が見える。
「ゥ…オオオオオオオオォッ!」
明久はさらに強い力で押してく。
「う…ぐ…っ」
このままではアリスは押し切られる。
アリスにとっても予想外のことだった。明久が二本の剣を同時召喚することで、ここまで素早い攻撃を浴びせてくるなんて想像もつかなかった。
攻撃を喰らうアリスからすれば、明久が一撃重ねる度にスピードが上がっていくように見える。
異様な加速度だった。反応するのでやっとだ。このまま加速していけば、反応すら出来なくなるかもしれない。
「…成程」
アリスは苦痛にも耐えながらも、笑みを浮かべた。何かに納得したようだった。
「明久君。アナタがこの四年間で此処まで強くなったのは正直驚きました。ここまで私に圧倒する騎士も少ない。」
「ですが」とアリスはそのまま喋り続ける。
「いくらアナタでもこの剣の存在には勝てない。この剣の存在で前世の私は多くの世界に語り継がれてきた。」
そこで『鬼切』の刀身が紅色から金色に変わるのが見えた。
「…ッ?」
明久は一回アリスから距離をとることにする。
そして、『鬼切』の召喚を解き、代わりに新たな剣が召喚される。
黄金の光が彼女を包み込む。そして現れた剣。
「…『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)。」
これが彼女の前世の証。この剣こそが前世の彼女を英雄とした剣。
明久は息を飲む。この町中を輝かせるような光には圧倒されたようなものを感じてしまう。
だが、前に出なければいけない。彼女を今止められる人間は自分しかいないのだから…。
明久から黒い漆黒の闘気と白い純白の闘気が包み込む。
「ォオオオオオオオオオオォッッ!」
明久は疾風のような速さで駆けてゆく。
明久の二本の剣から出る闘気が黒と白の龍を描いていく。禍々しいほどの殺気が出てくるのを感じる。
明久は二本の剣を凄まじい勢いで振るう。常人には決して受け止めることなど出来ない防御不可の一撃。
いや、どんな達人級の剣士であったとしてもこの斬撃からは逃れることは出来ない。
しかし…。
「無理ですよ。明久さん。」
アリスは軽々とその斬撃を止める。決して止められるような斬撃ではなかった筈なのだが、この少女はそんな一撃を何もなかったように容易く防ぐ。
「…そん…な。」
明久は感じた。この剣は次元が違う、と。この黒と白の剣もかなり高度な剣なのだが、そんなレベルではなかった。
天と地。それほどまでに大きな差を感じた。
「所詮、その剣では無理なんです。不完全な剣ですからね。」
アリスは言う。だが、そこで明久はそこで疑問を抱く。
「不完全…?」
「ええ。」
そこでアリスは明久の疑問を解くように言った。
「その明久君の持つ黒と白の剣は、この『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)を二分割にした不完全な剣です。つまり、黒と白の剣の原型がこの『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)。その二本の剣は二分割されてる為に力そのものも上手く引き出せない。結局のところ、原型に勝つのは無理ですよ。」
と、アリスは言う。
衝撃的な事実だった。明久の持つ黒と白の剣は『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)を分散した力。そのために本来持つ力を最大限に活かすことは不可能と言う。
そこで明久はもう一つ疑問を抱く。
それは、二年前の根本恭二との戦いで初めてこの黒い剣を召喚したときのことだ。
そのとき、ある光景を見た。金色の髪を靡かせ、明久に金色の剣を差し出そうとした少女。あれがきっかけで黒い剣は召喚された。
ならば、あの少女は―――。
「この黒い剣を僕に与えたのは君…なのか?」
明久は恐る恐る尋ねる。
あの金色の剣は間違いなく騎士王の剣(エクスカリバー)。そんな剣を持つのはアーサー王を除いて生まれ変わりのアリスだけ。
つまり明久の言う通りになる。それに、アリスは答える。
「はい。アナタなら私の力を扱えると思ったんです。その手始めとして、分割した力ではありますが、黒い剣を与えました。アナタならあの男の呪縛を破ってくれると思ったから。」
「あの男…高城か。」
恐らくアリスを縛る者は彼女を転生した高城雅春しか考えられない。
「でも、足りません。武器の同時召喚というのには驚かされましたが、その程度の力であの男に敵う筈もない。」
すると、アリスの姿は明久の視界から消える。
そして、ザクッと突き刺すような音が聞こえる。
見ると、腹部が聖剣によって貫かれていた。背後には悲しそうな笑みを浮かべるアリスが立っていた。
明久は驚愕の表情を浮かべた。一体何が起きたのか―――?それほどまでに彼女は速かった。
「残念ですけど、今のアナタじゃ足りない。私の方が悲しいくらいに強い。」
アリスは言う。明久は酷く悔しく思った。だが、彼女の言うことは正しかった。
自分は今まで大切な人を何人も失った。失ったから、悲しくて悔しいから強くなった。こんな思いは二度としたくなかったから。
けど、今のこの現状を見ると、自分は本当に強くなったのだろうか…?そんな思いに呑みこまれる。
「さようなら…」
アリスはそう告げ、剣を引き抜く。
そして、明久はゆっくりその場に倒れる。
(ああ、死ぬのか…。)
そして少しずつ意識は闇に呑まれていく。
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深い闇の中に明久は居た。暗い漆黒の世界に明久だけがその場に立っていた。
「…僕は死んだのか…?」
だがそれよりも疑問に思っていたことがあった。
「…ん……て」
声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。そして虚ろな姿が見える。
そして、少しずつ、声も姿もはっきりしてくる。
「吉井君……助けて」
それは木下優子だった。優子の姿をしたアリスと見て取れなくもないが、何となくではあったが、今の優子にはアリスの精神が見えなかった。
「お願い…」
悲痛に歪んだ表情で彼女は言う。
明久は心を貫かれたような気持ちになった。どうして、自分はいつも大切な人を護れない?
何故――――?
「木下さんッ!」
明久は彼女に必死に手を差し伸ばすが、差し伸ばした手は届かない。全力で走ってもどんどん離れていく。
「どうして届かないんだよッ!?」
明久は漆黒の世界で一人叫び続けた。
だが、その叫びは何処にも響かない。何処にも届かない。
そして再び意識は消えていく。