僕と騎士と武器召喚   作:ウェスト3世

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羅刹

 斬る、斬る、斬る。ただ只管に斬っていく。

 ただ斬るだけと言われれば、単純な作業と思うかもしれない。

 しかし、目の前の敵の数は数百という一目では数えきれない数。どんどん数が増えてくのを見ると数千に達しているのかもしれない。これを全て斬らなければいけないと思うと、気が遠くなる。

 もうどれくらい斬ったのだろうか…?相当斬った筈だ。もう敵の数は零になってもいい頃だ。

 だが、たった四人では数百の敵の敵の前では、いくら個人が強くても脆いものだ。

「ハア…ハァ…。」

 体力は限界を迎えようとしている。息づかいも荒い。倒れてもおかしくないかもしれない。

 なのに、敵は腐るほどいる。

「うォオオオオオオオオオオォオオオオォッ!!」

 斬る、斬る。そして、枯れそうな声で叫び続けていく。

「土方さん、俺達…このままじゃ…」

 山崎が言う。彼の瞳にはもう限界だ、今にも逃げたいという感情が出ていた。

 気持ちは痛いほど分かる。…しかし…。

「馬鹿野郎ッ!今、此処で諦めるってことは此処で死ぬって意味だぞ!」

 土方は目の前の死霊兵を斬り捨てながら言う。だが、山崎は握っていた刀をポロリと落とす。

「……ッ?」

 土方は目を見開く。何故そうなる…?とでも言いたげな顔だ。

 いや、山崎もきっと分かってる筈なのだ。土方の言ってることも全て頭では分かっている。

 しかし、もう身体も心も悲鳴を上げているのだ。どうしようもないほどに。

 そんな山崎の背後を死霊兵は容赦なく襲う。刃が首筋を狙って。

「避けろォオオオオオオオオオオォッッ!!」

 土方は叫ぶ。

 しかし、山崎は動かない。既に戦意喪失している。

 刃が容赦なく山崎を貫いた。いや…。

 山崎を貫いたように思えた。実際に貫かれたのは…。

「こ、近藤さん……」

 山崎、沖田、土方の三人が言う。

 刺されたのは近藤だ。戦意喪失した山崎を庇ったのだ。

「こ、近藤さん…何で、オレを…庇って」

 山崎は目を潤ませて言う。自分のせいで他人が犠牲になった。そう思えて仕方ない。

「ハハ。何…で…だろうなァ。でも、気付いたら体が動いちまってよ…。」

 近藤は吐血しながら言う。

「でもよ、自分がいくら傷ついてもオレは他人が傷つくのは耐えられない。自分…勝手…かもしれね…ェが、お前達はこんな…死に方…すんな…よ。」

 苦痛にも耐えながら近藤は言った。そして、目を閉じた。

 苦境に立たされている筈なのにとても安らかな顔をしている。

「近藤さん!近藤さん!」

 沖田は悲痛そうに叫ぶ。

「近…藤…さん」

 土方は茫然と近藤の顔を見た。

「どうして…なんだよッ…!俺達は今まで騎士になって高みを目指して此処までやって来た筈だろぅがっ!近藤さんッ!!」

 こんな現実、誰が認められるか…。

 認めない、絶対にこんなの認めない。

 そんな気持ちが込み上げてくる。

「ぐあァッ!」

「ぐ…っオオオオッ!」

 山崎と沖田の悲鳴が聞こえる。まだ死霊兵は死んでいない。

 状況の焦りと近藤への思い…。そんな心の葛藤が土方を苦しめた。

 近藤の死すらも悲しむ余裕がない。

 

 

 そのとき、肩をポンと叩く音がした。不意に肩に温もりを感じた

『後は頼んだぞ、トシ』

 温もりはそう告げ、消えていく。

「…近藤さん…」

 土方は思った。恐らく今の温もりは近藤が土方達に、お前たちは生きろと言っていたのかもしれない。

 しかし…。

「…フ。」

 土方は僅かに笑みを浮かべた。

(済まない。近藤さん。約束は守れそうにない。『オレは』な。)

「…だが、」

 土方は再び刀を握り、死霊兵に向かい振るっていく。

 そして服から赤い液体の入った小瓶を出す。そして、その小瓶の中に含まれた赤い液体を何の迷いもなく口に含んでいく。

「ぅ…ァアアァアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 土方は叫ぶ。瞬間、禍々しいほど力が増幅していく。

 髪は深い漆黒の色から白銀へと変わり、瞳の色も紅く染まっていく。その姿はまるで鬼のようだった。

 土方は刀を振るう。

 直接土方に触れていない死霊兵も一瞬で粉々になる。剣圧だけでも相当の斬撃だった。

 そんな土方を沖田と山崎は見た。

「…土方さん、アンタ、『変若水』(おちみず)を飲んだんですか…ッ?」

 『変若水』(おちみず)。これはカヲール二世が土方が国家騎士になったと共に与えた力。

 これを飲めば、通常の何倍以上というほどの身体能力が上がる。この力を得た人間を『羅刹』(らせつ)という。

 別名を速疾鬼、インドではラークシャサとも言う。常人離れした力がその証だろう。

 だが、『変若水』にはリスクもあった。

 一つは理性を失うこと。あと、力は増幅するものの、この力は人間が『未来』に使う力を『今』使うこと。

 つまり、未来に使っていく力を現在という時制で借りていくこと。そのため『羅刹』なんて大層な名を掲げても未来の力を使っていくということは、寿命を縮めるということになる。

「お前らは逃げろ。」

 土方は言う。

「何を言って…」

 山崎は戸惑ったように言う。そして沖田は、

「ふざけんなッ!近藤が死ぬまで戦ったんなら、オレも死ぬまで戦う!それに、いくらその力でもコイツ等全員殺せるとは限らねぇだろうがッ!」

 沖田は普段見せない、怒気に近い表情で怒鳴る。

 そんな沖田を土方は力強く殴る。

「…何すんだ、テメェ」

 沖田は土方を睨みつける。しかし、土方はそれを無視して言う。

「此処で全員死んだら意味ねえだろうがッ!今此処で全員死んだら誰がフミヅキ護んだよッ!?道は作ってやるから、さっさと行け!」

 土方は怒鳴る。それでも山崎と沖田は、

「けど…」

「いいから行けっ!」

 土方は二人の言葉を遮って怒鳴る。

 そして…。

「行くぞ、山崎」

「いや、でも」

「いいから行くぞ」

 そう言い、二人はその場を離れていく。

 そんな二人を見送り土方は少しだけ安心したような顔をする。

(…これが正しいことなのかどうか分からない。俺一人だけ残るのはもしかしたら間違っているのかもしれない。)

 土方はそんなことを心の中で呟いた。そして、死霊兵に向き直り、再び刀を振るう。

(けど、オレはそれを後悔しない。突き進むだけだ) 

 土方は死霊兵達を斬って斬って斬り裂いていった。

 

 

 ***************

 

 

 山崎と沖田は夜の野原を駆けて行った。

「沖田さん、俺達はこれでよかったんでしょうか…?オレは…オレは…」

 しかし、沖田はそんな山崎の言葉を遮るようにして言った。

「言うな。何も。アイツがそう選んだんだ。なら、俺達は俺達の道を進むだけだ…進む…だ…け」

 沖田の声が震える。口元が歪んでいく。

「ぅああああああああああああああああああああああああああッ」

 沖田は目元から大量の涙を浮かべ、叫びながら走り続けた。

後ろを振り向きたいという感情が込み上げてくるが耐えて耐えて只管に走り続けた。

 月の光がそんな二人を照らした。

 

 

 

 *****************

 

空は少しずつ明るくなる。朝を迎え、そして闇夜を照らした月は消え、明るい日差しが荒廃した町を照らす。

 溢れるほど居た骸骨の兵士―――死霊兵は数百体全てが骨の破片となって消えている。

 そんな戦場のど真ん中に一人だけ立っていた男が居た。髪は白く、瞳は赤い。そして、体中に刀や槍、弓矢、剣などが突き刺さっていた。

 普通だったら死んでいてもおかしくはない。だが、その男は立っていた。

 男の手には血にまみれている上にへし折れた刀を手に持っていた。その刀をスルリと落とすように手放す。

「近藤さん…。約…束…、守れなかった…けどよ。アイツら…は守ったぜ」

 そう言い、土方はその場にゆっくり倒れた。

 明るい日差しが彼を抱擁した。彼は安らかな顔で瞼を閉じた。

 

 

 

 

 ***********************

 

 

 

 そして二日後――――。

 沖田と山崎は病院で療養していた。二人は怪我の割には特に体調が悪いということはなかったが、心の傷だけがどうしても癒えなかった。

 普段、嫌だと思うくらいの腐れ縁というべき二人が自分たちの前から消えたのだ。

「沖田さん。オレ達はこれで良かったんでしょうか…?オレはどうしても後悔の気持ちが込み上げてくるんです。土方さん、近藤さんを置いて逃げた自分がどうしても許せません。」

 山崎は言う。どうしてもその気持ちがやまない。

「…もう…忘れろ…」

 沖田はそう言い、ベッドに寝そべる。

 そして、シーツをギュッと掴み…。

(本当はオレだって……!)

 心の中で叫んだ。涙を滲ませ悔しそうに唇を噛んだ。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 木下優子には今、二つの心がある。

 一つは木下優子本人の心、もう一つはアリスという少女の心だった。

 しかし、今は表向きの精神は優子ではなくアリスの精神が顕わになっている。

「何で吉井君を殺したの!?」

 優子はアリスに怒声を放つ。

 しかし、アリスは冷静な表情で、

「言ったでしょう?高城の呪縛がある限り私は高城の為に尽くさなきゃいけない。その為だったらどんな敵も殺さなきゃいけない。それがどんなに愛しい人であったとしても…ね。」

 すると優子は悲しそうに眉を動かし、

「そんなの…違う…。間違ってるよ」

 と言う。しかし、アリスは小さな拳を握り、

「…知ってますよ。こんなことしても虚しいだけ…。そんなことは自分が一番知ってますよッ!!」

 アリスは目元に涙を滲ませ、優子に言い放つ。

「誰が好き好んで好きな人を傷つけたりしますかッ!?どんな思いで明久君に刃を向けてるか、アナタなんかに分かりますかッ!?」

 アリスは決して自ら望んで明久を傷つけているわけではなかった。本当はこんな互いに刃を向けるような再開などしたくはなかった。

 しかし、高城がアリスを転生させ、高城がアリスの生き死にを握っていた。

 そして、彼に逆らえば「アリス」という少女の存在そのものが消えてしまう。それだけは耐えられなかった。

 優子は分からなかった。どうすればこの状況を脱することが出来るのか?何が彼女にとって一番幸せなのか?

 しかし、そんな都合の良さそうな答えは何処にもない。

 

 

 このまま明久とアリスが刃を向け合うしか方法はないのだろうか――――?

 

 

 

 


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