「二重召喚(ダブル)」
高城の手にはもう一つの剣が召喚される。『竜殺しの剣』(バルムンク)だ。
右手には『魔剣グラム』、左手には『竜殺しの剣』(バルムンク)。
「馬鹿な…ッ!同時召喚型の武器だと…!?」
根本は唖然とした表情で言う。根本も『氷の剣アルマッス』以外にもゼウスの盾『アイギス』という武器を持っているが、同時に召喚など出来ない。
それどころか根本の持つ知識じゃ『試験召喚システム』に同時召喚なんていう機能はなかった筈だ。
すると、小山が何か思い至った表情で言う。
「アレは『白金の腕輪』…。」
よく見ると、高城の腕には銀色の腕輪がついていた。
「…『白金の腕輪』?」
根本は怪訝そうな表情で訊いた。
「あの腕輪は武器を同時に召喚できる物よ。」
「成程…。あのクソババアはこっそりあんなものを作ってたわけだ。」
根本は余計なことしやがってとでも言いたげな表情で言う。
「でも、おかしいわ」
「何が?」
根本は小山に訊く。すると、
「あの腕輪は吉井君にしか与えられてないはずよ。それもあの腕輪が二つも存在するなんて…。」
「……。」
白金の腕輪は吉井明久ただ一人に与えられた力で、腕輪は吉井明久が持つ腕輪以外はこの世に存在しない筈だった。
しかし、どういうことか腕輪は目の前にもう一つ存在している。
「何処で手に入れたの?その腕輪…」
小山は高城に訊く。すると、高城は微笑し、
「僕は昔、陛下の側近をしていました。側近ということは当然『試験召喚システム』の作成にも加わっていました。そのため、システムの構造も理解してます。武器を同時に召喚するためのシステム構造も理解している…ということは吉井明久にしか与えられていない『白金の腕輪』も複製できる。そう思いませんか?」
高城の説明に今度は根本が微笑し、
「ハッ。関係ねぇな。お前がどんな力持ってても殺せば、その力はあってもなくても変わんねえものだしな」
「ハハ。成程。君は面白い。君の力を借りれないのは残念ですが、そういうことなら殺しましょう。」
すると、一気に高城から殺気と思われる闘気が込み上げてくる。
魔剣と竜殺しの剣の力。そして、その力が高城の手にあるというのは驚異的としか言いようがない。
だが、そこで高城は何か異変に気付いた。
「……?」
まだ季節は冬でない筈なのに異様に寒気が増してくる。
さらに、先程まで晴れ模様だった空は雲に包まれて雪が降り始めていた。
「…どういうことだ?」
高城は眉間にしわを寄せる。
そして雪は段々強い吹雪となり…。
「ば、馬鹿な…ッ!」
そして、少しずつ寒さのせいで手足の間隔が消えていく。吹雪は高城の体を包み、皮膚は氷となっていく。
「………ッ!?」
高城は透明な氷となって凍りついた。
「自然をも操る大技だ。ハンパじゃないほどの疲労が襲ってくるが、流石のお前も自然には勝てねぇだろ。」
根本は吐き捨てるように言う。
「おい、友香。」
「分かってる。」
小山は前へと飛出し、凍りついた高城に目がけて剣を振るう。
剣は実際速かった。凍りついて動けない高城には当然躱すことも出来ない。
しかし、その瞬間凍って動けない筈の高城から笑みのような表情が浮かぶ。そして、高城の持つ二本の剣から殺気が込み上げる。
そして…。
「……ッ!?」
バルムンクが小山の腹部を突き刺した。
根本の瞳が驚愕に満ち、同時に怒りのような情が生まれてくる。
「…てめぇえええええええええええええええええええええぇッ!!」
高城は『氷の剣アルマッス』を振るうが振り終える前に剣は弾かれ、肺近くに魔剣が突き刺さる。
「……っがっ!」
鮮血が噴き出る。
そして高城の凍っていた体はみるみる生気を取り戻していた。
「お…前…」
「ハハ。良い攻撃でしたけど、あの攻撃で僕が死ぬことはまずありません。」
高城は余裕そうな表情で言う。
天候さえも操る根本の攻撃はいわゆる自然の力を借りた攻撃である。人間がどうこう出来る力では無い筈なのだ。
しかし、この男は数秒で根本の攻撃を破り、形勢逆転という状況下に追い込む。
「流石は元第一国家騎士。天候を操るとは驚かされましたが、殺しちゃえば結局そんなものは関係ありません。」
高城はそのまま根本に背中を向ける。
「待て…。何処へ行く…?」
「何処って帰るんですよ。もう決着はつきました。」
高城は蔑んだ目つきで言う。
「此処で君たちに止めを刺すというのもアリですが、どうせ君達は時間が経てば命が尽きる。」
すると、小山は悔しそうに唇を噛んで負傷して動けない筈の体を無理矢理起こし、飛び出していく。
しかし、そんな小山を見て高城は呆れたように溜め息をついて、小山を斬り捨てる。
そして、それを見た根本も傷を抑えながら立ち上がり、無意味だとは思いつつも高城に剣を振るう。
だが、結果は同じ。高城に斬り捨てられるだけだった。
「全く、僕に何度も剣を振るわせないで下さいよ。ゴミの分際で。」
高城は二人をまるで人として扱っていないような口ぶりで言う。
そして、高城はそのまま背を向け、根本達から姿を消していく。
根本は傷を抑えながら苦しげに息を吸い、言う。
「おい、友香。無事か?」
「無事…な訳ないでしょ…。」
根本の言葉に小山は答える。それを聞き根本は「だよな」と言う。
「悪いな、巻き込んで…。」
「…え?」
根本の意外な言葉に小山は少し驚いたような表情を見せる。根本が素直に謝るところを初めて見たからだ。
そんな根本に小山は「気にしないで」と言う。
「だって私がアナタの傍に居ることを望んだんだもの。」
そして小山の脳には記憶が甦ってくる。
根本恭二との記憶が…。
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私が彼と出会ったのはまだお互いに訓練所に通う下級騎士だったころだ。
私達はまだお互い年齢的にも大して差は無い筈で子供同士の筈なのに、その少年の目は子供と呼ぶには、あまりに世間に対する憎しみを知ったような目で、そして時々悲しそうに何かを見つめているところが印象的だった。
他の訓練兵は彼に近づこうとはしない。私も最初は遠くから彼を見ているだけだった。
しかし、暫くそんな彼を見てると何処か放っておけなくて、ある日彼に初めて声をかけた。
きっと余計なお世話なのかもしれないが私は声をかけた。
「アナタも一緒に遊ばないの?」
周りはソフトボールやバスケなどで休み時間を楽しんでいた。
すると、少年は「ハァ~」と深いため息をつき、
「オレに話しかけるな、ブス。」
などと言ってくる。
私はムッとなり、彼に「何よその態度はッ!?」と言う。すると彼は、
「余計なお世話なんだよ。それにあんな風に遊び呆けてっから、何時までも凡俗な下級騎士に留まってんだろーが」
と言ってくる。
確かに彼は下級騎士の中では成績も上位で、西村教官からも高く評価されていたが「凡俗の下級騎士」などと言うのは少し違う気がした。何故なら彼も同じ下級騎士だからだ。
そして何より彼の態度が気に入らなかった。同じ子供のくせに自分だけ大人ぶってるその態度は何処か許せなかった。
私は無理やり彼の手を引っ張り無理やり皆のところに連れてく。「何すんだよッ」と言ってくるが気にしない。
そしてそれを明日、明後日、明々後日も続け、それが一か月、二か月と度重なっていく。
最初は彼と遊ぶのを嫌がっていた皆だったが、後に受け入れるようになっていった。
理由は彼に少しずつ笑顔のようなものが出てきたからだ。
そして、ある日彼は私に「ありがとう」と言ってきた。「殻に閉じこもってるだけの自分を解放してくれてありがとう」と。そのときの彼はとても照れ臭そうだった。
私もそれを「うん」と微笑んで返した。
それから少しずつ彼の傍に居るようになった。そして一緒に居るうちに彼を好きになってしまった。
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オレはフミヅキに来てからは復讐のことしか考えていなかった。
まだ体も、年齢的にも幼かったが、フミヅキ兵がオレの家族に、友人にした仕打ちを考えれば、これくらいの気持ちが湧いても当然な筈だ。
当然、こんなことして家族と友人が戻ってくるわけではないが、「やめろ」と言われてやめられるようなものでもなかった。
フミヅキの全ての人間が悪だと思いながら生活し続けた。
だが、そんなオレを見てたのか、アイツはオレに手を差し伸ばして無理やりオレの手を引っ張り、導いた。
最初は余計なお世話だと思っていたが、段々それが嬉しくなってしまった。心の中が安らぐ感覚を覚えた。
そしてアイツと一緒に居る時間も増えて、一年、二年と時を過ごし、そして訓練兵だったオレは何時しか国家騎士の頂点にまで上りつめた。
アイツと一緒に居られるのは実際嬉しかった。素直に気持ちを出すことは不器用なせいで出来なかったが、只々一緒に居られることが幸福だった。
しかし、オレはだからと言ってフミヅキに対する憎しみが消えたわけじゃなかった。
やはり家族を、友人を殺したフミヅキが許せない。
フミヅキを地獄の底に陥れるのなら、やはりフミヅキの主力となる騎士、国家騎士を潰してくのが妥当だろう。
国家騎士の一位にまで昇格したオレなら国家騎士全員を一気に相手にするのは無理でも、一人一人潰してくのは容易い。
だが、そこで気づく。「アイツ」も国家騎士であったということを。
オレに微笑んでくれたアイツもオレが潰そうとしてる国家騎士の一員だった。
…どうする…?
オレは悩んだ。やはりこんな復讐なんてものはやめた方が良いのだろうか…?
フミヅキは憎いが、アイツには生きてて欲しい…そんな感情が込み上げてくる。
だが、そうしたら今までのオレの憎しみは何処に持ってけばいい―――?
オレは迷いに迷った末、剣を握ることにした。
そして、アイツを何の躊躇なく刺殺した。
だが、何故だろう―――?オレは心の迷いも全て押し殺して覚悟して刺殺したのに生まれてくる情は復讐を達成した快感でも何でもない。
それは間違いなく「後悔」だった。
その情の正体を知った途端オレは自分の愚かさに初めて気付く。
憎しみに溺れ、憎しみに振り回されていた自分の、どうしようもないくらいの愚かしさにオレは泣き叫び続けた。
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二人は高城から受けた傷を抑えながら会話をする。
「悪いな。オレはあの時お前に剣を向けたことを今でも後悔している。フミヅキは憎くて憎くて仕方なかったが、お前のことは嫌いじゃなかった」
と根本は苦しそうに言った。
「良いのよ。あの時、剣を向けたのは私も…同じだっ…」
すると小山の声は止まり、吐血する。
「ホントに、後悔ばかりだよ。オレはお前と一緒に居られることが幸福だったのに…」
根本は悔しそうに言う。
それを聞いた小山は自分を必要としていると言ってくれた根元に少しだけ笑みを浮かべた。
そして暫く沈黙が訪れた。
二人とも意識が遠のき、限界が訪れようとしていたのだ。
そこで小山は「ねぇ」と呼びかける。根本は鬱陶しげに「何だよ」と聞いてくる。
小山が言った言葉は意外なものだった。
「私ね…。恭二のこと…好きだよ」
小山はそう言い、静かに目を閉じた。
それを聞いた根本は少しだけ驚いたように目を丸くし、そして…。
「お前、本当に馬鹿だなァ…」
そう言い、根本は目元から涙を浮かべた。
そして涙の雫が零れると共に根本も瞼を閉じた。