フミヅキ軍は状況的には劣勢だった。
高城率いる死霊兵軍は日ごとに数を増やしていく。それに対しフミヅキ兵の国家騎士は二人も戦死し、もう二人は重傷を負い、とても戦場に送り出せる状況ではなかった。
フミヅキ兵の最も有力な戦力となる国家騎士がたったの三人しかいないというのは痛手だった。
「…これからどうなるんだろうか…?」
そんなことを呟きながら明久は夜の景色をベランダから眺めていた。
「…どうなるんでしょうね?」
と横から声が聞こえた。咄嗟に右を向くと明久の従者である優衣が隣に居た。
「…わっ、何だ、優衣ちゃん居たのか!」
彼女の存在に気付かなかった明久は「うわぁッッ!」と驚いた表情になる。
そんな明久を見て優衣は溜め息をつき、優衣は夜の空に浮かび上がる月を眺めた。
「…これからどうするんです?」
優衣は不安を募らせた声で言う。
「…いや、それを僕に言われても」
明久は疲れたような表情で言う。
実際、高城を、死霊兵を簡単に始末出来れば、それが一番良いのかもしれない。
しかし、現実は違う。死霊兵の数はフミヅキ兵の数を何万と上回り、高城の実力は国家騎士の頂点に立つ明久でもまるで歯が立たない。
実力の差は二年前の戦いで経験していた。たとえ、二年前よりも強くなっていたとしても殺されるのは間違いない。
それでも明久はこの先の戦いでこの王都を町の人々を護ると心に誓っている。
何故なら今まで大切な人が消えていく姿は何度も目にしてきた。たとえ、それが護りきれないと分かっていても、やめてはいけない、やり遂げるのだと心が自分に訴えてくる。
理論理屈は関係ない――――。
そう言いたいが、やはり戦力的な面での差はやはり大きい。
「う~ん…」
明久は思い悩むように下を俯く。
そんな明久を見て優衣は、
「明久さんは姉さんをどうするつもりなんですか?」
と聞いてくる。明久は思わず「え?」と言う。
「姉さんは今、敵側に属している。明久さんは姉さんを殺すつもりですか?」
と優衣は訊いてくる。
明久は心臓に矢でも突き刺さったように何か重たい不安のような恐怖のようなものが込み上げてくる。
明久は優衣に言われるまでずっと今後どうなるか?そればかりを考えていた。
いや、もしくはその不安をずっと心の奥底に放置していたのかもしれない。彼女を殺すことに不安、恐怖、迷いが生まれてしまうから。
「………………。」
明久は何て言えば良いのか分からなかった。
優子の妹である優衣に何を言えば納得してもらえるのだろうか?きっと答えは「ノー」だろう。
だが、優衣の目は明久に訴えていた。「明久さんはどう思っているんですか?」と。
「……ぁ」
明久は口を開いた。だが、何を言えば良い?
「明久さんが本当に思っていることを言ってください。」
優衣は明久に言う。
彼女が高城に属し、フミヅキを襲う敵であるならやはり殺さなければいけない。
しかし、優衣の言うように、ただ純粋に、明久の望みを言うのであれば…。
「木下さんを助けたい。」
それが明久の本当に思っていること、そして望みだった。
しかし、その望みは現実を現実的な局面から目を背けた都合の良い理想だった。
それはきっと優衣にも分かっているはずだ。
しかし、優衣はクスッと微笑み、
「やっぱり私は明久さんの従者で良かったです」
と言う。そんな予想もしない優衣の言葉に明久は思わず「え?」と声を上げる。
「姉さんを助けることが不可能でも、それでもそんな嘘を言ってくれるのは嬉しいです。」
「優衣ちゃん…」
明久は少し自分が悔しかった。本当なら堂々「助けたい」と言いたかった。
しかし、町の人々も優子も全て助け出す大きな力はなかった。
それでも優衣はそんな明久を信じてくれた。
「明久さん、私、明久さんが好きです。」
優衣は明久に自分の素直な気持ちを告げる。
「私の姉がそうだったように…。」
そして笑みを浮かべた。
「優衣ちゃん……。」
明久は拳をギュッと握り締めた。
優子を助けよう…。そう思いを込めて。
「「「アアアアアアアアアアァアアアアアアァアアアアアアアアアアアアッッ!!!」」」
その時、雄叫びのような凄まじい響き声が聞こえた。
それも一人二人なんてものではない。もっと膨大な数だ。
「何だ、コレ?」
見ると、外には溢れるほどの死霊兵が王都に侵入していた。
「嘘…?こんなの…」
優衣の顔は青ざめたように真っ白になる。
「…高城…ッ!」
死霊兵を陰で操る死霊術士の名を呼ぶ。
****************
そのとき高城は陰で死霊兵の軍勢がフミヅキに侵入してくのを愉快そうに見ていた。
「フフフ。終わりにしましょう。フミヅキを。」
そう言い、彼は姿を消していった。
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その頃王宮に居たカヲール二世は王都に死霊兵の軍勢が侵入してきたという情報を聞き、不安と焦りを抱く。
「クソッ、高城のヤツ、もう攻めに来たか!」
しかし、この状況はほぼ絶望的であった。
何しろ、フミヅキ兵と死霊兵の人数の差は圧倒的な上にさらには高城やアリスと言った強敵もいる。
そんなカヲール二世を見て竹原は「私も参戦します」と言う。
「今、この状況では側近とはいえ、私だけ王宮に残るわけにもいかない。ここは私も参戦させてください。」
竹原は頭を下げ言う。
カヲール二世は少し迷った表情になる。しかし、すぐに返答する。
「分かった。なら、お前に戦闘の許可を出す。元側近の高城と戦えるのは同じ側近のお前くらいだろうしな。」
そう、数年前まではカヲール二世の側近は高城と竹原だった。しかし、彼が反逆者となってからは竹原一人でカヲール二世を支えていったのだ。
「…お任せください、クソババア」
深々とお辞儀をする。しかし、態度とは裏腹に言葉は毒舌だ。
「ああ、任せた。けど、死ぬなよ」
カヲール二世は言う。それを聞いた竹原は「じゃあな、ウンコババア。」と言い、そのまま部屋を出る。
そんな竹原を見てカヲール二世は、「本当に死ぬなよ、クソ野郎」と呟く。
壮絶な戦いが始まろうとしていた。
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第七国家騎士の土方、第六国家騎士の小山は戦死。そして第五、第四国家騎士の清水と久保は重傷を負い、まだ目を覚ましていない。
現に戦える国家騎士は三人。国の有力な騎士が三人しかいないというのは実に劣勢の状況だった。
しかし、此処で厄介な問題が生まれる。
死霊兵の数が多く、フミヅキ兵の数が少ないというのもそうなのだが、死霊兵に斬られ、命を落とした人間は死霊兵となることだった。
一般人は全員避難場へと逃げるのだが、その逃げる途中で死霊兵に襲われ命を落とす人間が現れる。
当然フミヅキ兵も尽力を尽くすが、当然命を落とす兵も出てくる。
死霊兵の数はそんな戦いの最中でも増えていくのだ。つまり、フミヅキ兵が全滅すれば、この王都は全ての人間が死霊兵となってしまう。
何故、命を落としたものが死霊兵となるのか分からない。
しかし、予想は出来る。それは死霊術士である高城による『死霊転生』という術による力なのかもしれない。
その術が発動している状態であるのならば、命を落とし死者となった人はその術に抗えず、すぐに死霊兵と化してしまうのかもしれない。
フミヅキ兵はそんな恐怖を抱きながら、死霊兵に立ち向かう。
斬る、斬られる、斬る、斬られる…。そんな繰り返しが続いている。
「……『蜘蛛切』(くもきり)…!」
死霊兵が一気に20体ほど斬られる。
「…あ、アナタは第二国家騎士の…ッ!」
フミヅキ兵の一人が言う。今の斬撃は第二国家騎士の霧島翔子の斬撃だ。
「…『雷切』(らいきり)…!」
一直線に走る閃光が死霊兵達を襲う。
第三国家騎士、坂本雄二の斬撃だ。
「…ォオオオオオオオオオオォオオオオォッッ」
続いて第一国家騎士の吉井明久が黒い刃で死霊兵を次々と斬り捨てていく。
三人の攻撃で大分死霊兵の数が減ったように見えたが、まだまだ死霊兵の数は数えられないほどだ。
「おい、明久。お前は先行け。お前は自分の仕事をしろ。」
雄二は明久に言う。
それを聞いた明久は雄二が自分に何を言いたいのか直感で理解した。
明久は頷いて「分かった」と言う。
「でも、雄二。死ぬなよ」
そう言い、明久は前へと進む。
「ハッ。死ぬかよ。俺達は生きる、絶対にだ」
そう言い、雄二は再び刀を振るう。
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普段、フミヅキ内では人が通らない道。しかし、この非常事態の中、この通りを使う人々は多数いた。
しかし、そこの通りには生きた人間は存在しない。皆、生首だけの状態で死んでしまってる。
いや、正確には皆死んだわけではない。そこには生首に囲まれ立ち尽くす成人男性がいた。服装は平安時代の正装の束帯を身に纏っていた。
そして草むらに隠れて、その男性を恐怖する幼い兄妹。
「…そこに隠れているのは分かっているぞ。」
男は静かに言う。
その声は殺気に満ちていると兄妹は幼いながらも理解した。この男は危険だと。
「まぁ、良い。殺す」
男は静かに言い、式神を出す。そして式神を発動するための祝詞を唱え始める。
しかし、その詠唱は遮られた。唱える途中、男性の頬が太い拳に襲われたからだ。
「…何だ…?」
男はその一撃を受けながらも何気ない表情で言う。
「ハハハ。悪いが、此処からはオレが相手だ。」
出てきたのは大柄でガッチリとした体つきの男だ。その男の名は西村宗一(にしむら・そういち)。訓練所の教官であり、訓練兵からは鉄人と呼ばれる男だ。
「君達は早く逃げなさい。」
西村は幼い兄妹に言い、二人はそのまま逃げるようにその場から離れる。
それを無事見送った西村は平安時代の装束を着た成人男性の方へ向き直る。そこで西村は疑問を抱く。
それは、その男性から生気を感じられないことだった。そして死霊兵もまた生気が感じられないという情報は耳にしていた。それもその筈で名前の通り死霊なのだから。
しかし、この男は死霊兵みたく骸骨という姿ではない。生存している人間と見た感じは何処も変わらない。
だが、何かが違う。そこで西村はその成人男性に訊く。
「お前は死霊兵なのか?」
すると男はニヤッと笑い、「ああ」と単調に答えた。
「まあ、他の死霊兵と見た目が違うのも無理もないだろう。それは霊力の差から生まれるものだしな。」
男はそう言う。
すると西村は「霊力の差?」と訊き返す。
「ああ。死霊兵は霊力が大きければ大きいほど生前に近い形で転生される。」
と、男は答える。
「お前も名前くらいは訊いたことがあるだろう…。オレの名前は『安倍晴明』(あべの・せいめい)だ。」
男は冷ややかな笑みを浮かべた。
「な…に?」
西村の目が見開く。それは驚きの感情から生まれるものだった。