もう三百年も前のことかもしれない。
各国で戦争が起こる動乱の時代。決して平和な世の中ではなかった。
そして多くの国々が新しい兵器を開発する為に実験を繰り返し、そしてその開発された兵器を何の迷いなく放っていった。
しかし、それは『物』だけではない。『人』も同じだった。
身体能力,反射神経、語学。全てを常人以上の力を引き出す人間を超える新たな人種『超人』という人種を造ろうとしていた。
だが、それはほとんどが失敗し、実験体にされた人間は死んでいった。
幼い西村宗一もその実験体の一人だった。
毎日のようにきつい訓練、肉体労働、勉学を強いられ、毎日のように体を弄られる毎日。
その繰り返しのせいで異形の姿と成り果てた者もいた。
―――いつ戦争が終わる――――?
そんなことばかり考えていた。ひょっとしたら生きている間には終わらないのかもしれない。
それでも仲間が毎日のように変わり果てそして死んでゆく姿は耐えられなかった。
自分たちは何も悪いことはしていない。死ぬ理由が分からない。
しかし、それでも人間を超える存在『超人』に至る者はいなかった。
そしてある時研究員が言った。
「今から殺し合え。そして生き残った者だけ此処から出してやろう」
そして実験体の一万人の目がギラリと変わった。
今まで痛みを共有する仲間だったが、『生き残る』という言葉の前では酷く脆かった。
殺した。何人も。イヤ、そんな単位ではない。何十人も何百人も。
だが、そこで西村は気づく。一人一人殺してく度に自分の力が増大してくことを。
それは研究員達の術によるものだった。
『蠱毒』―――――。
西村は殺してく度にその殺した人間の力を吸収し、そして力を得ていく。
西村だけではない、他の実験体の者達もだ。
そして、最終的に残り二人となる。そして、その残り一人となる。
生き残ったのは西村だった。
それはこうも言えた。一万人を殺した…。
そして一万人殺し、『蠱毒』により相手の力を奪ったことで人間以上の身体能力、反射神経、そして寿命を得た。
そして研究員は言った。
「いや、おめでとう。君は生き残りだ。自由だ。」
だが、そう言った後で西村は研究員を殺した。
こいつ等さえ居なければ自分はこんな思いはしなかった。自分は人を殺さずに済んだ。
そして研究員も全員殺した。
これで自分を陥れた人間はもう居ない。本来なら喜ぶべきなのだ。
だが、どうしようもないほどの後悔が込み上げてくる。
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「ハッ!それが本当ならお前は化け物だな」
晴明は吐血しながら言う。西村から受けたダメージは抜け切れていなかった。
「ああ、そうだ。オレは化け物だ。人間をやめた化け物だ。」
晴明の言葉に西村は否定しなかった。それは事実であり変えようのない現実だから…。
「それでもオレが化け物でも人間としてあろうしたのは陛下と出会ってからだ。」
「陛下?カヲール二世か。」
西村は頷く。
「あの方が化け物であるオレを拾ってくれなければ今頃オレの心は死んでいた。だが、彼女はオレに力の使い方を教えてくれた。本当に力を使うべき場所も時も。」
カヲール二世は西村に化け物でない自分を教えてくれた人物だった。その彼女の為に西村は尽くすことにした。
「そして、オレは教官…教師となった。元々人に何か教えられるような資格など持っていなかったが、ただ生徒達に教え、生徒達といることが幸福となった」
そして西村は思う。自分の心奥底に眠る地獄を決して忘れたわけではない。
ただ、教官としていられることに幸福を感じた。
「ハハッ。ならその幸福は此処までだなッ」
晴明は新たに式神を取り出す。
「…『式神・死滅呪』(しめつじゅ)」
すると、急に西村は鮮血を噴きだした。さらには吐血―――。
「…な…にが…?」
何が起きたのか分からない。『超人』となってから西村は怪我や病気は一切しなかった。
だが、今―――。
「この式神だけはお前でも回避できない。どんなものにも死はある。この式神は対象を急速的に死に至らせる式神だ。」
血が止まらない。
だが、それでも西村は動いた。そして拳を握った。
「な…に?」
拳が晴明の心臓部分を貫通した。
「な…んで」
晴明は何が起きたか分からなそうに言った。実際分からなかった。
式神で死に至る筈が至っていない。それが疑問だった。
「いや…。」
そこで自分の思考を改めるように遮った。それは疑問ではないと。それこそが西村宗一であると。
「はは。オレの負けかよ」
晴明はそう言い消えていった。
「ああ、お前の負けだ。」
西村もそう言った。
そして疲れたように座り込んだ。
しかし、戦いはまだ続いている。恐らく高城が生き続ける限りこの戦いは終わらない。
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「ジャンヌ・ダルク…だと!?」
雄二は唖然としたように言う。
彼女はフランスの王位継承戦『百年戦争』に活躍したカトリックの聖女である。
そこでの活躍は誰もが英雄と見做し、誰もが彼女を信頼し、着いてきた。
だが、彼女の最後は異端の不服従ということで19歳で火刑された。
しかし、目の前にいる彼女はそのジャンヌダルクと言う。
「ええ。私がジャンヌ。今じゃ私を『オルレアンの少女』とも呼ぶらしいけど。」
ジャンヌと呼ばれる少女は薄く微笑んだ。
だが、雄二と翔子、周りの騎士達も堅く身構えた状態となる。
「まぁ、無理もないかもしれないわね。死霊兵は霊力の高さから姿形は生前の姿に近い状態となる。」
「ってことはアンタは…。」
雄二は顔をしかめる。間違えなく今までの死霊兵とは違い、強力な何かが秘められている気がした。
「…試験召喚(サモン)」
ジャンヌは武器を召喚した。それは炎を纏った剣にも似た十字架だった。
「…『裁定の十字架』(クロス・オブ・アービトレイション)…」
ジャンヌの瞳はまるで雄二たちを敵と見做していないようないないような瞳だった。それは遠い過去を思い出す様な瞳。
ジャンヌは巨大な十字架を剣のように振るう。
「ぐぁああああああああああああッッ」
「熱い…あつ…ぁアアアアアアアアアアアアッ」
フミヅキ兵が次々と十字架の炎によって燃やされていく。
「てめぇえええええええええええエッ!」
雄二は雷切の刃をジャンヌに向けてく。雷切を纏う雷撃が徐々に力を増していく。
「…『雷斬月破』(らいざんげっぱ)…ッッ!」
巨大な三日月の形をした雷の斬撃が真っ直ぐジャンヌに向かっていく。
だが、ジャンヌは表情を変えない。まるで避ける必要がない。そう言う様な目をしていた。
「…『神の加護』(グレイス・オブ・ゴット)」
ジャンヌの体は炎に包まれ,雄二の一撃を軽々防いだ。
「マジかよ…」
雄二は舌打ちをした。
実のところ『雷斬月破』は雄二の持つ技の中でも最も威力のある斬撃であり、この技以外はジャンヌの炎を打ち破る技がないということになる。
そんな窮地に立たされる雄二にジャンヌは質問した。
「アナタは神を信じてる?」
「ああ?」
雄二はジャンヌの訳の分からない質問に鬱陶しげに声を上げる。
「ああ、別にただの興味本位で聞いているだけよ。ただ信じているのか、そうでないか。」
雄二にとってはそんなことはどうでも良い質問だったが彼女の表情が異様に真剣さを放っていたので渋々答えることにする。
「…信じてねえ」
雄二はそう答えた。
その理由としては雄二は疑問に感じていたからだ。神とは決して絶対的な存在ではない。
雄二にとっては神が何故、人々にあそこまで崇められるのか、そして信仰されるのかまるで分からない。
絶対的な存在でもし、自分の願いが叶うのであれば辛い、苦しい思いなど不要なのだ。
「…そう」
ジャンヌは静かに頷く。そして彼女は巨大な十字架を再び剣のように振るう。
「……『十字架の墓』…(クロス・グレイブ)」
すると天から雄二に向かい十字架が降り注ぐ。
あまりの一瞬の出来事で雄二はそれを躱すことが出来ず直撃してしまう。
「…っがぁッ」
十字架が右肩を貫通した。
「ゆ…雄二ッ!」
それを見た翔子は雄二に駆け寄る。
そして駆け寄ろうとしたときに翔子の方にも十字架が降り注いだ。いや、翔子だけではない、周りにいたフミヅキ兵達にも十字架が襲う。
雨のようにする十字架によりフミヅキ兵は次々倒れていく。
「…神を信じない外道どもめ…」
ジャンヌは怨みを込めて言った。
彼女にとって神とはそれほど偉大な存在である。それ故に神と絶対的な存在。
しかし、何がそこまで彼女に『信仰心』という執着心を起こしているのかはまるで分からない。
「…憑依しろ…『土蜘蛛』…ッ!」
瞬間、大きな黒い蜘蛛の影が現れる。それと共にジャンヌに真っ直ぐ刃が向かう。ジャンヌはその一撃を十字架の『神の加護』により防ぐ。
「…無理よ。あなた達じゃ私を倒せない。」
ジャンヌは笑う。それは妖艶の様に美しい笑み。
「あなた達じゃ私と背負っているものが違いすぎる。」
そう言い、翔子に向けて炎を放っていく。
「なら、ジャンヌ・ダルク。アナタは一体何を背負っているの?」
翔子が訊く。
彼女は一体何を背負い、何の為に神を信じるのか…?
「…それは…」
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深い闇の中。月の光が暗い夜空を照らしていた。
「今日は満月ですか……」
高城は呟く。その後ろで…
「敵の前で悠長に月見とはずいぶん余裕そうだな、高城。」
高城の後ろにはカヲール二世の側近、竹原が立っていた。
「やぁ、竹原君。」
高城はフレンドリーに竹原の名を呼んだ。そんな高城に竹原は怪訝そうに眉を顰めた。
高城は元々カヲール二世の側近だったため、竹原とは当然長い付き合いであり、親しくもあったが、八年前、彼は裏切った。
まだ『試験召喚システム』上、召喚されていない『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)。その剣を召喚する為に彼は町の人々を何人も殺し、そしてその犠牲の上でアーサー王の魂を内蔵させた人造人間(ホムンクルス)を完成させた。
「…何故、八年前あんなことをした?」
竹原は静かに訊く。
その犯罪に気づくまでは彼は町の人々にも慕われ、カヲール二世にも信頼されていた優秀な騎士だった。誰もが尊敬する騎士だった。
それ故に、八年前のあの出来事が突然すぎて理解できなかった。
「何故…ですか。」
すると高城がつまらなそうに溜め息をついた。
「じゃあ、逆に訊きましょう。何時から僕が誰もが憧れる『高城雅春』だと錯覚したのですか?」
瞬間、竹原の表情が凍りついた。
「何時から君は犯罪を犯す前の僕が『善良な人間』と錯覚したのですか?」
竹原は理解した。
高城雅春とは元々自分が思うほど尊敬、慕う、憧れるべき人間ではないことに。
だが、それは同時に裏切られた気持ちだった。長年ずっと一緒に側近として仕えていたため、その気持ちはより強かった。
「…同情しましょう。この世には本当に信じられる『真実』とは何処にも存在しない。『真実』のように思われてもそれは実は『嘘』だったり、一見『嘘』のように思われるものでも意外に『真実』であったり。本当に醜い世の中ですよね。」
まるで他人事のように話す高城。だが、フミヅキに一番混乱を招いている人間はこの男である。この男が元凶だ。
竹原にもう迷いはなかった。
それまでの竹原は高城のことは共に歩んだ仲間、八年前のこともきっと何か原因があった…そう信じたかった。
しかし、そうではない。ただ自信の欲の為に悪事を働くのであれば、それはフミヅキの敵…即ち竹原の敵だ。
「…試験召喚(サモン)」
竹原は武器を召喚する。
全身が結晶のように光り輝く剣。
その剣の名は『ガラチン』。ブリテンの王、アーサー王に仕えた騎士、ガウェインの剣である。
「高城、死ぬ覚悟は出来てるだろうな…?」
「いいえ。そんな覚悟を持ち合せた覚えはありませんねぇ」
高城は笑う。
そして、彼も『魔剣グラム』、『竜殺しの剣』(バルムンク)を同時召喚(二重召喚)する。