「それは…」
ジャンヌは口を開いた。自分は何を背負い、何の為に神を信じるのか…。
そして、そのとき下方から雷撃が攻めてくる―――。雄二だ。
「何度やっても私の十字架は貫けない」
「うるせぇな。分かってるよ。」
雄二は吐き捨てるように言った。しかし、これ以外彼女を攻める方法はない。
彼女の十字架から発動する『神の加護』(グレイス・オブ・ゴット)は恐らく絶対防御と言っても過言ではない。
「雄二、怪我大丈夫?」
「大丈夫なわけあるか」
彼の右肩はジャンヌの天から降り下る十字架、『十字架の墓』(クロス・グレイヴ)によって貫かれてしまっている。そのため、意識が朦朧とする。肺近くというせいもあり、呼吸がきつい。
「フ…。神からの天罰よ。」
ジャンヌは微笑んだ。
「チッ…。ヤバいな、コレ」
先ほどの十字架攻撃でフミヅキ兵は何百人という単位で倒れた。
もう一度あの攻撃を受けて、生きている自信がない。
「…なら…」
雄二の雷切の刃が青白い閃光から白銀へと色を変える。
「…『雷切』…最大限解放…ッ!」
先程よりも強い殺気を放っていた。
同時に翔子も再び『蜘蛛切』を強化した。
「憑依しろ『土蜘蛛』」
翔子の背中から黒い蜘蛛の影が浮かび上がる。
「やはり国家騎士はそう簡単には罰することは出来ないみたいね。」
とジャンヌは呑気そうに言う。
瞬間、左右から白銀の刃と黒い蜘蛛の影を纏った刃が攻めてくる。
「…ッ?」
先ほどと同じくジャンヌは『神の加護』(グレイス・オブ・ゴット)の炎で剣戟を防いだ。
しかし、刃から伝わる振動が明らかに強くなっている。気を抜けば、ジャンヌの十字架の炎が破られる可能性もあった。
「…なら…ッ」
すると、巨大な十字架が刃へと形を変える。
「…『火刑王』…ッ」
ジャンヌは凄まじい炎の斬撃を放つ。
だが、雄二と翔子は何とかその攻撃を耐え、前方へと進む。
「…『十字架の墓』(クロスグレイヴ)」
そして再び十字架の雨が天から降り下る。しかし、数本もの十字架は無残にも銃弾で撃破される。
「な…に…?」
ジャンヌは素直に驚きが隠せなかった。
「起きてみて何かと思ったらとんでもないことが起きてるようですね。」
「そうみたいだね」
出てきたのは眼鏡をかけた男と銃を持ったツインテールの少女。第四国家騎士の久保利光と清水美春だった。
「お前ら重傷の筈じゃ…」
雄二は何してるんだ、コイツ等と言いたげな表情で言う。
そう、この二人は死霊兵の軍勢により重傷を追っていた。それなのに彼らは包帯やテープを付けたまま病院から抜け出してきたようだ。
「こんな五月蠅い音が響いていたら気になるに決まってるじゃないですか」
と美春は言う。そんな美春の意見を同感だ、と言わんばかりに久保が頷く。
「…成程…。国家騎士が四人…かぁ。」
少し分が悪いな…と顔を顰めるジャンヌ。しかし、その表情はすぐに消えた。
「ホントは使いたくなかったけど仕方ないわね…。」
すると、死霊兵達がジャンヌの下へと集まってくる。まるでジャンヌに引き寄せられるかのような勢いだった。
「憑依しろ『死霊兵』…」
すると、数万近い死霊兵の魂はジャンヌの中で一つとなり、融合する。
それはジャンヌの魂が数万近い人間と同等の魂の大きさを放つことを意味する。
顔、美しい金色の髪はそのままだ。
そして彼女の背中からは天使のような羽。頭の上にも天使のような輪。しかし瞳の方は悪魔のように赤く、そして悪魔のように鋭い爪を持っていた。
天使と呼ぶにも少し抵抗があり、悪魔と呼ぶにも何処か抵抗あるそんな異形な姿。
「…何だ、アレは」
久保が思わず呟く。
「分からない」
それに翔子は正直な気持ちを述べる。
「ヤバい…ぞ。あれは」
「そうですね」
雄二の言葉に清水も頷く。
とにかく目の前にいる彼女は既に人が持っていい力の許容範囲を超えていた。
もう、彼女はフランスの聖女でも何でもない。数万人の死霊兵の魂を纏った化け物だ。
「おい、一般兵どもは下がってろ」
「は…?いや、しかし…」
「いいから下がれ」
雄二は一般兵を下がらせる。彼らは目の前にいる化け物の次元の違いさに戦意喪失していた。
しかし、それは国家騎士である雄二達もそうだった。
四人一斉に掛かってもあ、あの化け物からすれば雄二たちなど蟻を潰す様なものだ。
しかし、四人一斉に攻撃する…それ以外に方法はなかった。
「行くぞ…。一斉にアイツを攻撃するぞ。」
雄二は他の三人に呼びかける。そして三人は頷いた。
まず、雄二が飛び出す。雷切から凄まじい雷撃を解放する。
「…『雷斬月破』(らいざんげっぱ)」
雄二が凄まじい斬撃を放つと共に翔子も『蜘蛛切』の青い刀身に黒い蜘蛛の影を纏い、
「…『蜘蛛の太刀』ッ」
斬撃を放つ。そして、久保も槍を勢いよく投げる。
「『鋭利な投槍』(シューラ・ヴァラ)」
そして美春も『断罪者』(ジャッジメント)を銃から弓矢へと形を変え、
「…『原罪の矢』…」
勢いよく射る。
そして四つの攻撃は化け物とも呼べる少女、ジャンヌに命中する。
しかし…。
「これが攻撃…?」
傷跡一つない。全部攻撃は当たった。しかし、無傷のままだ。まるで今の攻撃が攻撃ではないと思わせてしまうほどに彼女の力は圧倒的だ。
すると彼女は悪魔のように鋭い爪を天に掲げた。そして…。
「…『破壊咆哮』(デス・ボール)』
爪から発生する破壊が雄二たちを襲う。それも回避することは不可能だ。それほど破壊は早く迫ってくる。
だが、次の瞬間―――。ジャンヌの攻撃は斬り裂かれる。
いや、そもそも斬り裂くなんてことは不可能だ。しかし、彼女はそれを斬り裂いた。
「あ~。ホント情けないねぇ。こんな老人に守ってもらうなんて、ホント情けない。まだまだケツの青いガキ共だねぇ」
目の前に居たのはカヲール二世だった。
「おい、ババア。てめっ、何してやがる?」
「何ってお前ら死にそうだから助けてんじゃないか」
と、さも当たり前のように鼻を穿りながら言う。そして穿った鼻糞をピンと飛ばす。
鼻糞は真っ直ぐジャンヌの背中から生える羽にくっつく。
「…汚らわしい」
ジャンヌは正直な感想を述べる。
イヤ、そんなことをされたら誰でもそう思う筈である。
「あー。元々清潔に一切気は使ってないからね」
すると、カヲール二世は殺気のこもった剣を召喚する。須佐之男命(スサノヲノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を倒した際に手に入れた剣、『天叢雲剣』(あまのむらくものつるぎ)だ。
「さーて。始めようか。フランスの聖女」
カヲール二世はニッと笑う。
そして、剣を勢いよく振るう。
「…『破壊の爪』(エッジ・エンド)」
ジャンヌも勢いよく悪魔のように鋭い爪を振るった。
しかし、ジャンヌの攻撃はカヲール二世の攻撃により掻き消された。
「馬鹿な…!」
数万人の死霊兵を背負ったジャンヌの攻撃をたった一人の人間の力で相殺されたのだ。驚きは隠せない。
「何を驚く?この程度の攻撃を防げないようじゃこの国の王になんかはならないさ」
カヲール二世は悠長な表情を浮かべる。まだ余裕がある。そんな表情。
「ォオオオオオオオオオオオオォオオオオォオオオオォオオオオォッッ」
聖女とはかけ離れたような雄叫びでジャンヌはカヲール二世に襲いかかる。
しかし、カヲール二世は表情を一切変えない。そのまま剣をジャンヌに向けていく。
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ジャンヌダルクの最後。それは火の中だった。
彼女は最後まで戦い抜いた。周りから支持を得られなくてもそれでも戦い抜いた。
しかし、イギリス軍に捕えられ、火刑を宣言される。理由はお告げの神が彼女の所属するカトリック教、即ちキリスト教でないこと、そして男装したためであった。それを異端とし、イギリス軍は死刑を宣言。
一度は取り下げられた火刑だが、ドレスを盗まれ着る服の無かったジャンヌは再び男装した。
そして再び火刑を宣言される。
ジャンヌは火刑台に立たされる。そして徐々に炎は自分の肌に迫ってくる。
そして気づけば、ジャンヌは火の中に居た。
(ああ…私は死ぬのか…)
自分の今の状況を悟る。
火は彼女の肉体を焦がし、焼いていく。
辛いか…?と問われれば世間的には「はい」と答えるだろう。
だが、不思議と辛くはなかった。自分には信じられる神がいる。傍に居てくれる神がいる。
この火刑が神による宣告であるのであれば、迷いはない。こうして焼かれて消えていくのがきっと正しいのだ。
彼女は目を閉じた。
辛くはない。苦しくはない。悲しくもない。痛くもない。ただ信じるだけ。
彼女の祈りが誰かに否定されたとしても神だけは決して自分を裏切らない。彼女の祈りは本物だ。
彼女は最後まで神を信じ、そして消えていった。
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カヲール二世はジャンヌの心臓を剣で貫いた。
そう、それはフランスの聖女、ジャンヌダルクの二度目の死だった。
「ば…か…な」
驚いた様にジャンヌは目を見開いた。
自分は一度死んだ。それは神が自分に必要な死だと、そう宣告した。だから何の迷いもなく死を受け入れることが出来た。神を信じていたから…。
しかし、二度目はどうだろう…?
確かに自分はあってはならない二度目の人生を手にした。
だが、再びこの世で目醒めても神への想いは変わらなかった。二度目の人生…。それも神が自分を望んでこの世に転生させたのだと思った。
だが、神はまたしても自分の死を望んだ。仮にこの死が必然的なものであったとしても、そうまでして自分は消えなければいけない存在だったのだろうか…?
そして今になって迷う。自分の生き様は本当に正しいものだったのだろうか…?
「ああ。決して間違ってはいないよ」
ジャンヌの迷いを掻き消すようにカヲール二世が言う。
「ただ、もっと楽な生き方もアンタは選べた…。ただ、アンタはそれを選ばなかった。それだけだ。」
そう言う。
つまり、自分の歩んだ道は決して外れてはいなかった。
「…そ…うか…」
ジャンヌは僅かではあったが満足げな表情を浮かべ消えていく。
それはまるで妖艶と言うべき笑みだった。