僕と騎士と武器召喚   作:ウェスト3世

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明久とアリス

「…アリス…」

 明久は彼女の名を呼んだ。

「ああ、明久君ですか」

 アリスはニコリと微笑んだ。彼女の手には優子の刀、『鬼切』を手にしている。

「私の下に来た…ということは決着をつけに来たということでしょうか?」

 アリスは明久に訊く。明久はそれに応える。

「ああ。終わりにしよう、この戦いを」

 その言葉にアリスは頷き、

「そうですね、終わりにしましょう。この戦いを」

 そう言い、アリスは動き出す。明久も動き出す。そして黒い刃と赤い刃が交わる。

 そして二人は距離をとる。そして、アリスの刃から凄まじい千本攻撃が放たれる。

「…『紅千本』(べにせんぼん)ッ!」

 向かってくる数本の千本を明久は物ともせずに躱していく。そして、そのまま前進し、アリスに剣を向けていく。

 しかし、アリスはその攻撃を完全に見切り、右手の指先でそれを止め、逆にアリスの方から刃を向けていく。

「ぐ……ッ!」

 明久は呻く。今の攻撃が回避されることが予想できても素手で止められるとは思わなかったからだ。

「アレ?明久君。この前の方がもっと手応えあったような気がするんですけど気のせいですか?」

 アリスは腑に落ちない表情で言う。

「それなら君こそご自慢の聖剣で僕を殺せばいいじゃないか。そうすれば簡単に僕を殺せる。」

 明久も少しムキになりなり言いかえす。

「フフフ。それでは戦いにはならないからですよ。アナタは最後の『戦い』を望んだ。なら、それ相応の力で応えるべきでしょう?」

 アリスは笑って言う。

 つまりは明久とアリスにはそれほどの戦闘力の差があったのだ。

「…成程…」

 すると明久の刃から黒い闘気が竜の形を描く。それと共に明久の瞳も紅く輝いた。

「…最大限解放…ッ」

 明久の体は黒い闘気に包まれる。

「成程…。武器を最大にまで解放しましたか…」

 アリスはまたしても「フフフ」と笑う。まだ余裕が残っているかのように。

「オオオオオオオオオオォオオオオォオオオオォオオオオォッッッ」

 明久は飛び上がる。その跳躍力は常人を超えるものだった。そしてそこから明久は剣を振り下ろしていく。

「………く……ッ」

 その剣圧は実際重かった。アリスの何処か余裕そうな表情は何処か苦痛に歪んだものへと変わる。

 そして、黒の闘気から描いた竜がアリスを襲う。

(まさか、闘気の力を具現化させるなんて…)

 アリスはそれをギリギリで躱すが、わずかに掠めて傷がつく。

 そしてさらに明久の黒い闘気が刃に集中する。そして、明久はその最大にまで闘気を溜めた剣を振るう。そしてその斬撃は巨大化してアリスの下へと向かっていく。

 そして巨大な斬撃から発生する破壊の轟音が鳴り響く。

「く……そ」

 アリスはその攻撃を鬼切の斬撃で明久の巨大な斬撃の規模を軽減し、何とか回避することが出来た。

 しかし、明久は既に目の前に迫っていた。

「………!」

 明久は既に剣を振り上げようとしていた。その動きは早かった。

 しかし、アリスほどの実力者であればその攻撃は躱すことも出来た。しかし、アリスはそれをしようとしない。むしろ、その攻撃を受け入れようとした。

(…これで良い)

 アリスはそう心の中で呟いた。

 きっとこのフミヅキは終わる。そしてこの王都が滅んだ後は、自分も高城の手により消えてしまうかもしれなかった。

 しかし、それが高城ではなく明久の手で殺されるのであれば、それは本望だった。 

 おそらく、今自分が憑代としている優子の体も朽ちてしまう。それでも、あの男に消されるよりはまだ良かった。

 アリスは目をつぶった。

 見えていたものは見えなくなる。そして感覚的に明久の刃がこちらに向かってきているのが分かる。

(ああ、これで終わる。これで終えられる。)

 すぐに肉を裂くような痛みが走るだろうと思った。

 だが、その痛みは来ない。それどころか痛みではなく、温かい温もりを感じた。

 アリスはゆっくり目を開ける。この温もりが何なのかを知るために。

「………!」

 それは驚くべきものだった。

 アリスは剣を捨て、アリスを抱きしめていた。

「…な…んで」

 アリスは小さな声で言う。何故明久がこんなことをするのか分からなかった。

「何やってるんですか?」 

 アリスは言う。

 自分はもう彼に抱かれるような資格などない。彼はこんな血に染まった殺人者に触れるべきではなかった。そして自分はこんな幸福を望んではいけなかった。

 しかし、それでも彼は強く強く抱いた。

「君は…もう自由だ。」

 明久はそう言う。

 ―――自由―――?アリスはその言葉に疑問を抱く。

「自由じゃありませんよ。高城が生きている限りは私の中の呪縛は消えない。そうでなくても私は何人も殺しました。決して自由なんて言う言葉は存在しませんよ。」

 アリスは悲しげに言う。

 しかし、それでも明久は…。

「いいや、自由だ。君の命は高城のものではない。君の命は君のものだ。あんな奴の為に君が不自由になることはない。…それに前も言った筈だ」

「…え?」

「君の罪は僕も背負う」

 その瞬間―――。アリスの心の中から強烈な感情が込み上げてきた。今まで必至に堪え、溜めこんできた感情。

「…何…言ってるんですか…」

 アリスは下を俯き小さく言う。

「高城の呪縛は簡単に解けない…。今まで犯した罪は消えない」

「…………」

「それでもアナタは私を自由だと…そう言ってくれるんですか?」

 アリスは下を俯いたまま訊く。それに明久は「うん、勿論だ」と言う。

「誰が何て言おうと君は自由だ。僕が保証するよ」

 そう断言した。

 しかし、そう断言出来るほどの保証は実際なかった。それは明らかに非現実的でただの夢にすぎなかった。

 それでも…。

「…明久君…」

 彼女の瞳から溢れるほどの涙が零れ落ちる。彼女は喉を詰まらせるように声を上げ泣いた。

 そして、明久に抱き付いた。明久はそんな彼女を強く抱いた。

 アリスの心の傷はあまりにも深かった。それでも今、この瞬間、傷が僅かではあるが癒された気がした。

 ようやく長年の呪縛から…

 まだ高城も生きている、罪も消えない。しかし、長年の呪縛から解放された…そんな風に思えた。

 そんな風に――――思った――――。

 

 

「まさか、此処まで来て裏切るとは―――――」

 

 

 声が聞こえた。何かを呪うように低い低い声。

「た、高城?」

 現れたのは高城だ。しかし、その姿は異形とも言えるべき姿だった。白銀の髪に真紅の瞳、六本の腕。明らかに人ではない。

「…消えなさい、アリス」

 高城はそんな風に言うと、アリスは急に全身に痛みが回ったかのように悶え始めた。

「ぅ……ぁああああああああああああああああぁっ」

 アリスは叫んだ。

「君はもう用済みです。聖剣だけ置いてとっとと消えろ。」

 怨みの籠った声でアリスは言う。

「お前、アリスに何をした!?」

「いえ、何も。ただ消えろと言っただけです。彼女はこの世から消えるだけです。ああ、安心してください。木下優子には何にもしてませんので。」

 しかし、それはこうも言える。アリスには何かした…と。しかし、明久は何故、アリスがこんな苦しそうに声を上げているか分からない。

「いいから、アリスに何をしたか答えろ。」

 明久は命令口調で言う。その声には怒気が籠っていた。高城はやれやれと言わんばかりに首を振り、答えた。

「いいですか?《人間》としての僕は死霊術士だった。死霊の魂なら僕は生かすことも殺すことも出来る。つまり…。もう、分かりますかね…」

「そういう…ことか」

 つまりはこういうことだった。死霊術士は死んだ者の魂なら自由に操ることが出来る。生かすことも可能であり、魂の存在自体をも壊せる圧倒的な存在である。その死霊術士が「消えろ」と言えば、その死霊の魂は存在そのものが消えざるを得ない。

 つまり、死霊に対し、言霊の力だけで殺せる。そして今、高城はアリスに「消えなさい」と言った。要するに今のアリスは……。

「アリスの存在が…消えようとしている…のか?」

 明久は唖然とした。そんな言霊だけでアリスの存在は消えてしまう。

「…ぁ…き…ひさ…君」

 アリスは辛そうに息を荒くさせながら、明久の名を呼んだ。

「アリス…、アリスッッ!」 

 明久は必死に呼び返した。悲痛にも似た叫びだ。

「御免…なさい。…ようやく…アナタに…アナタの優しさに…もう一度触れることが出来たのに私は…」

 それ以上は言葉にならなかった。涙が邪魔してきて言葉に出そうとしても、声にならなかった。

「しゃべるな…ッ!君は必ず助けるッ!僕が護るッ」

 明久は声を張り上げて言う。アリスの負の感情を打ち消すかのように声を張った。しかし、それでも今のアリスを助ける方法はなかった。助けると口にしても助けられるほどの力が今の自分にはなかった。口先だけの弱い自分がそこには居た。

 アリスの存在が薄れつつあるのを明久は直感的にではあるが、感じた。そして、自分はこのまま彼女が消えていくのを見るしかない。

「ぁァァアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」

 明久は天に向かって叫んだ。

 何故、彼女が消えなければならない?一体、何故、どうして…?神に訴えるかのように明久は大声で叫んだ。

 胸が酷く痛んだ。痛くて痛くてしょうがない。この胸の渇きは決して埋まることはない。そう考えると余計に苦しかった。

「あき…ひさ…君」

 アリスは明久を呼んだ。明久はアリスに視線を送った。

 すると彼女の手には花が握られていた。

「…これは…」

 明久はその花の名前を知っていた。

 この花は四年前、アリスが教えてくれた花だった。

 この花には歴史があり、ある騎士が死ぬ際に恋人に別れを告げる際に残した言葉があった。

 『私を忘れないで』…。

 それが花に込められた思いだった。そして、それを教えてくれた時のアリスの顔が酷く悲しそうだったのも覚えている。

 そして四年前の『血のクリスマス・イブ』と言われたあの日も彼女は死ぬ際にこの花を手にしていた。自分が居なくなっても自分の存在が明久の中で生き続けるよう、そう願いを込めて。

「ふざけるなッ!君は助ける……ッ。簡単に…自分の命を諦めるなよ…」

 明久の瞳からは溢れるほどの涙が頬を伝った。

「君は、この世から消えられるほどの満足な思いをしていない。それなのに消えるのは、僕が許さない…ッ」

 明久はそう言った。その言葉にアリスは薄く微笑んで言った。

「そう…ですね。でも良いんです。私は…もう。それでも私はアナタに愛されたから…。」 

 苦しい筈なのに、悲しい筈なのにアリスは笑った。

「アッハッハハハハハハアァ~。悲しい恋物語ですかぁ?ァハハハハハ。残念ですねえ。」

 すると背後から高城があざ笑うように言ってくる。

 明久は今にも消えそうなアリスを手放し、高城を睨みつけた。

「あれ?何ですか…?その眼。あれ、嫌だな。僕に勝てるとでも思ってんですか、この野郎」

 全ての元凶はこの男だった。この男が居なければ、フミヅキの町人は死ななくて済んだ。優子を苦しめられずに済んだ。アリスを失わなくて済んだ。

「二重召喚…ッ!(ダブル)」

 明久は黒と白の二本の剣を召喚した。

「高城ォォォォォォッッ!!」

 明久は咆哮して前へ飛び出す。

「餓鬼が…。《神》の僕に勝てると思っているのか…?ああ?」

 高城は吐き捨てるように言った。そして高城も前へと駆けだす。

 

 

 

 ――――最後の戦いが始まろうとした――――。

 

 


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