「…『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)」
明久は黄金に輝く剣を手にした。その矛先は真っ直ぐ高城に向けられる。
それを目にした高城は………。
「アハハハハアハハハハハハハハハハハアハハハハッッ」
高城は声を高くして笑う。もう精神が何処か壊れてしまっているかのような態度だった。
「君は一つ勘違いしている。その剣は確かに人間界では最上級に位置する剣だと思うよ。それは僕も認めるよ。だが、忘れているだろう?僕はさっき、この世の武器では僕に傷を付けることが不可能…。そう言った筈だ。」
「………。」
そう、高城の真名は阿修羅。修羅界の主だ。そして高城雅春という人間の肉体を捨て《神》の肉体を手にしている。つまり、人間である限り彼は斬れない。そしてこの世のどんな武器でも彼は斬れない。
もしかしたら死後の世界に武器という物が存在していたら阿修羅界も一つの死後の世界。同じ神で死後の世界に存在する武器であるのなら、きっと高城に傷を付けるのも可能かもしれない。
しかし…。
「勘違い…してるのはアナタの方です」
倒れているアリスの口が動いた。
「確かに私の聖剣は元々はこの世の武器。ですが《今》はどうでしょうか…?」
すると高城の中に疑問が生まれる。
そう、確かに聖剣エクスカリバーはアリスがアーサー王として活躍していた時に使われた剣。即ちこの世で活躍した剣であるのでこの世の剣と言える。しかし、それは旧時代的意味においてだ。
昔は確かにこの世に存在する剣でしかなかった。
しかし、アリスという少女は高城がアーサー王の死霊を人造人間(ホムンクルス)として転生させた人間。つまり、魂は死霊。死者である。死者とはこの世の人物というよりはあの世に生きる存在だ。
そして『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)もその死者であるアリスから召喚された剣。
つまり、この世の剣でも死者から召喚される剣であるのなら、その剣は自動的にあの世の剣となる。
「ハ…ハハハハハッハハハハハ。良い…良いよ。面白い…。面白いじゃないか。吉井明久。なら、貴様にはそれ相応の報いを受けさせなければならない。しかし、僕に傷を付けられる剣を持っているからと言って力の差が埋まるわけじゃぁないだろう?」
瞬間、高城の姿は消える―――。
「…ッ!?」
明久は辺りを見回す。何処にいるのか―――?右、左、上、下、正面、後方、斜め下、斜め上。全ての方向を見る。
「…遅い…。」
そして、すぐ目の前に高城は居た。それも正面。
「これでは容易く殺してしまいそうだ。」
高城は剣を振り上げ、すぐに振り下ろそうとする。速い。人間の反射神経を超えるほどの速さだ。
そう、結局は高城を殺す剣を手にしても明久の肉体は人間。この世の体。そのため限度が定められ、人が扱える力にも許容範囲という物がある。
しかし、あの世に生きる高城にそんな制限という物はない。使いたい力は扱うがままに発揮される。
「…くそ」
明久は唸る。この一撃は躱せない。この世の概念に縛られた体では躱せない。
エクスカリバーと同じく死者から召喚されて自動的に死の世界の武器になるのならともかく、人間そのものが肉体を保ったまま死者になるのは不可能だ。
「いや…。」
明久は咄嗟にアリスの方を振り向く。
たった一つだけ…。たった一つだけだが、自身を死者化する方法があった。
「ゴメン、アリス。辛いところ悪いけど君の力が必要だ。」
明久はアリスに懇願する。アリスはそれを笑みを浮かべて受け入れる。
「…憑依しろ『アリス』。」
今まで優子の体に憑依していたアリスの魂は明久の体に憑依する。
それを見た高城は…。
「そう…か。そういう…ことなのかッ!」
高城は少しだけ悔しそうな表情を浮かべた。
そう、あの世の存在に唯一勝つ方法は同じあの世の魂を自分の体に憑依させること。そうすることで一時的にではあるが、憑依した人間は死者の力を得る。
そして同じあの世の者同士なら例え敵が《神》でも、この世の制限された身体よりは随分と対抗性も上がってくる。
アリスを憑依した明久の髪と瞳は金色に輝き、体全体も光に包まれる。
「餓鬼がぁアアァアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアッッ!!」
高城は六本の剣を明久に向け突っ込んでくる。しかし、明久はそれを見切り躱す。
「な…ッ!?」
高城は絶句する。
今の攻撃は普通の人間が躱せる速度ではない。見切れる速度でもない。人間の反射神経なんてものは何も役に立たなかった。
「貴様…」
それは有り得ないことだった。いくら自分に対抗できる武器と体を手に入れてとしても高城は神。そして明久はアリスの霊体を憑依しているものの、やはり人間だ。
「ォオオオオオオオオオオォオオオオォオオオオォッッ」
明久は剣を振るう。高城はその一撃を六本の剣の内の一つ、『ガラチン』で防いだ。今の明久は人間としては強大な力を持っている。しかし、今の明久は二刀流ではないためにもう一本の剣で攻めることは不可能だった。
高城はそれを見逃さず『不滅の聖剣』(デュランダル)で攻めてくる。明久は聖剣でそのまま攻めようとするが、一度距離をとって体制を立て直すこととする。
何しろ相手は神だ。一撃でも喰らうのは相当な危険行為と見なすことが出来る。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ。まだまだぁッッ」
高城からもう四本腕が生える。彼の腕の本数は合計十本となる。さらに彼は四本の剣を召喚して剣の数も十本に達する。
召喚した剣の内一本は『アロンダイト』。アーサー王に仕えていた騎士、つまり円卓の騎士ランスロットの愛剣である。もう一本は『オートクレール』。『ローランの歌』に出てくる武器で、シャルルマーニュ12勇士のオリヴィエの名剣である。さらにはケルト伝説に出てくる英雄ディルムットの『赤槍』(ゲイ・ジャルグ)、そしてクフーリンの『雷の投擲』(ゲイ・ボルグ)の二槍。
だが、それを見ても明久は表情を変えない。今更腕が増えようと、剣が何本になろうと高城が神、明久が人間という立ち位置が変わるわけでもない。高城の圧倒的な力も十分に理解している。
「…『二重召喚』(ダブル)」
明久はもう一本の剣を召喚した。銀色の光を帯びた剣だ。
名は『騎士王の宝剣』(クラレント)。アーサー王の重宝とされる宝剣だ。
黄金の輝きを放つ聖剣と、白銀の輝きを放つ宝剣を手にして明久は前へと向かう。
―――――――――――――――――――――――――――――
何かがおかしい…。高城はそう思った。
相手は《神》である自分よりも遥かに弱い人間だ。少しでも自分が本気を出せば、簡単に身を滅ぼしてしまうほどに弱い存在なのだ。
それなのに何故目の前の人間は自分に刃向ってくる?何故勝てない筈の勝負だと分かっていながら刃を向ける?あまりにも無謀な行為だ。
しかし、この人間はそんなことは少しも考えてはいない。自分に勝てると信じ切った瞳をしている。それは異様に腹立たしかった。
無謀だ、無謀なのだ。しかし、何処か焦りが生まれる。力は圧倒的に自分が強い。しかし、何処か自分が劣っているのではないか…?自分が強大な存在でなくてはならないという焦り。
戦場で此処まで光り輝いた戦士は見たことがない。
その力はある意味、他の神よりも脅威的なものだと高城は思った。
高城は十本の武器を一斉に振るった。回避不可の絶対的な一撃だ。しかし、目の前の戦士は前進しながらその攻撃を躱した。
そもそも躱せるはずがない。しかし、後退して躱したのならまだ分かる。だが違う。目の前の戦士は前進して躱した。そして、それだけでなく何かを斬った。
「な…っ!?」
それは高城の腕だった。十本の内の一本ではあったが、《神》の腕が消失した。
そして彼は今度は九本の武器を振るう。そしてまたしてもその剣士は前進して躱し、そしてまたもや高城の腕を斬り下ろした。
「ァァアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」
おかしかった。これは有り得ない。あってはならないのだ。
しかし、振るう度に腕は消えていく。腕が消えれば当然召喚していた剣も消える。
高城はそこで最後の一撃を放つ。この攻撃こそ絶対に回避は出来ない。今度こそ目の前の戦士は消える。
「…『千手阿修羅剣』(せんじゅあしゅらけん)…ッッ!!」
千本の剣が明久に向かって一斉に襲ってくる。攻撃範囲も広く、何処へ行っても剣の時雨が襲ってくる。
だが、動じない。彼は真っ直ぐ高城を睨み、振り下る剣は一切気にしない。敵は彼一人だった。
「ォオオオオオオオオオオォオオオオォオオオオォッ」
明久は『騎士王の聖剣』(エクスカリバー)、『騎士王の宝剣』(クラレント)を同時に振り下ろした。
その斬撃は巨大化され、真っ直ぐ高城に向かっていく。高城はその一撃を見切り躱した。
しかし――――。
「な……?」
明久は聖剣を高城の胸に突き刺した。
「馬鹿な……」
それは阿修羅の敗北…。帝釈天と戦った時以来の初めての負けだった。
「アンタの負けだ。」
明久は言う。確かにこの状況は負け以外の何でもない。
「く………そ…」
高城はこの世界から消える。
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人間に負けた…。これは神にとって恥じるべき敗北だ。何故、自分が敗けたのか全く分からない。自分の方が何においても圧倒的な筈だった。それなのにこのザマだ。
そしてこれが二度目の敗北。
そして一度目は帝釈天との戦いだ。そして、あの戦いの敗北が元で悪神、戦闘神なんて言う風に崇められるようになってしまった。そして自分のいる世界は修羅。戦いこそがその世界の存在意義。
もし、自分があの時、帝釈天に戦いを挑まなければ違う未来もあったのかもしれない。だが、やはりそれはなかった。
娘の舎脂を奪われた。だが、その舎脂は帝釈天を愛した。
しかし、その時の自分に「戦わない」なんて選択肢はなかった。どうしようもないほどの怒りが自分を戦いへと導いた。
だが、後悔はないか…?そう問われれば、「ない」と断定した答えにはならなかった。
だが、オレはあの時どうすれば良かった?どうすれば一番良かった…?
『…お父様…』
その時、天から声が聞こえた。娘の舎脂だった。
そして舎脂は言う。
『ごめんなさい。悪い…とは思ってます。私はきっとアナタを苦しませた。でも、私はあの人と居られたことに後悔はありません』
そう言った。
「お前は…不幸じゃなかったのか…?」
『はい、幸せでした』
舎脂は嬉しそうに笑った。
それと共にオレは気づいた。自分の愚かしさに…。
そうだ、舎脂は幸福である、そう言ったのだ。親は娘の幸せをただ願うだけで良いのに…。なのに、オレは怒り狂い、帝釈天と戦うことしか考えられなかった。
愚かだ。とんでもなく愚かだ。
苦しめたのはオレの方だ。娘の幸せを願う筈の親が逆に娘の幸せを奪おうとしてしまった。
「済まない…。舎脂」
謝罪の言葉を述べる。そして、瞳が濡れる。濡れた瞳から雫が零れ落ちた。
修羅界に生きる王の涙だった。
――――――――――――――――――――――――――――――
戦いは終わった。これでようやく長年の因縁も斬ることが出来た。
「………。」
明久は聖剣と宝剣の召喚を解く。そしてアリスの憑依も解いた。
アリスは再び肉体のない霊体となった。姿は四年前と何一つ変わらない姿。金色の長い髪と淡いブルーの瞳がとても印象的である。
「…終わりましたね…」
その声は今にも消えてしまいそうなほどに小さい。
アリスの存在が薄れている。この世から遠ざかろうとしていた。
「アリス…。」
明久は何か言おうとしたが言葉に出来なかった。
「高城が先程放った言霊が私の霊体…いえ、魂にまで響いている。もうじき私はこの世から…いえ、存在までもが消えてしまうでしょう…。」
アリスはそう言った。それはとても悲しそうで、とても儚げな感じがして見ててとても辛かった。
「ゴメン…。君を最後まで護れなくて…」
明久は拳をブルブルと震わせて言った。
自分が護ると言った。なのに、何故自分は護るべき相手がただ消えていくのを茫然と見ることしか出来ないのだろうか…?悔しくて仕方ない。
「良いんですよ。私はアナタに感謝している。」
「何言ってるんだ?そんなこと…」
しかし、アリスはそんな明久の言葉を遮って「いいえ」と言う。
「アナタのお陰でアリスという少女の魂は救われた…。ようやく騎士でも王でもない、ただの少女になれた。」
ニコリと微笑み言う。
「アナタのお陰で前世から背負っていた王という枷が騎士という枷が外れたような気がします。前世に望んでも望んでも出来なかった恋をアナタにすることが出来た。」
「…アリス」
「…アナタと居られることが私の幸福だった」
そしてアリスは悲しそうに笑う。
「本当はもっと一緒に居たかった。もっとアナタを愛したかった。」
それが今のアリスの望みだった。叶えられそうもない、今にも消えてしまいそうなアリスの望み。
「僕だって君と同じだ。君のことが好きで、君と居られることが幸せで…それ…で」
しかし、涙が邪魔して言葉にならない。明久だけでなくアリスも同じだった。瞳からは溢れるほどの涙が頬を伝う。
そしてアリスは光の粒子となって消える。その粒子は天を駆けのぼるかのように空を舞った。
『私を忘れないで下さい』
アリスが愛したワスレナグサの花言葉だ。
忘れる気などなかった。アリスという少女は明久の中で永遠に生き続けるだろう―――。
次回、最終話になります…。