温かい…。自分の掌が温もりに包まれているのを感じた。
「…んぁ…」
ゆっくりと瞼を開ける。蛍光灯の光が眼に射しこんでくる。明久は体を起こす。体には包帯などが巻かれ、病院のベッドに居る。ということは此処は病院なのだろう。
だが、そこは大した問題ではなかった。明久の視界に真っ先に入ってきたのは…。
「ようやく起きたわね、吉井君」
ニコリと微笑む少女がそこに居た。薄い茶色の髪が腰まで伸びたせいで少し雰囲気に違和感を感じてしまうが、間違えない。彼女は…。
「木下さん…」
明久は驚いたように目を見開いた。
しかし、彼女が今此処に居る理由は納得出来た。先日まで彼女の体にはアリスが憑依していた。四年前の高城の戦いで優子は命を落とすものの、アリスがその時既に優子の体に憑依していたため、完全な死から仮死状態と死の状態は和らいだ。そして再び現れた時は『アリス』として復活を遂げた。
しかし、そのアリスはもうこの世から消えた。明久に別れを告げ、涙を零し、光となって消えた。そうなったことで優子は本来の自分をようやく取り戻したのである。
「吉井君、傷は痛まない?三日間くらい目を覚まさなかったけど…。」
「え?ああ、うん。まぁ、大丈夫。」
明久は目の前にいる優子の姿に目がいってて自分の体の傷のことなどすっかり忘れていた。
そうだ、彼女は再び此処に戻ってきてくれたのである。
「ようやく…。君に会うことが出来た。」
「…吉井君…?」
すると明久は包帯だらけの体で無理やり立ち上がり、優子を力強く抱いた。
「…おかえり。木下さん。」
明久は笑顔で言う。
優子はその顔を見て涙を滲ませた。明久はずっと優子が帰ってくるのを待っていたのだ。そして、ようやく会えたのだ…。
「うん、ただいま。」
優子は泣き笑いのような表情で言った。
離れていた二人の距離はようやく零となった。ようやくこの手の温もりに触れられる。
窓から差し込んでくる太陽の光が二人を照らした。
‐――――――――――――――――――――――――――――――――――
戦いは終結し、二か月ほど経つ。
しかし、戦いの終わりには何人…いや、そんな極小の単位ではない。何千、何万の命が犠牲の上で終結を迎える。そうして国は平和を得る。
今回の戦いもそうだ。フミヅキの住人も逃げきれず命を落としたものが多数いる。町人だけではない。騎士達も命を落とした。
皮肉なことに平和は犠牲の上で成り立っている。国を治めるカヲール二世はそれを痛いほど理解していた。
二か月前よりは荒廃した町も復興しつつある状況だが、やはりこの町が戦地となった証拠が所々残っている。そんな町中をカヲール二世と竹原は見回っていた。
「フン。あの男を殺したものの、こちらの戦死者の数はこの町の人口の約半数は超える。」
「ええ。終結したものの、外面的に無事でも心に傷を負ったものも何人もいるでしょう…。」
カヲール二世の言葉に竹原は言った。心に傷とはつまり、この戦いで当然、家族や親族、友人などを失った人間は多い。そう言われると、戦いは終わっただけであり、平和は何処か程遠いものがある。今の現状はきっと仮初の平和というのが妥当なのかもしれない。
そして二人はある場所にたどり着いた。そこは美しい海が見える場所だった。そこには早くも、此度の戦いで命を落とした者を癒すための慰霊碑が建っていた。そこには死んだ一人一人の名が刻まれていた。
カヲール二世はその慰霊碑に触れる。
「お前たち…よく、戦ってくれたね。本当に感謝してる。同時に護れなくて済まなかったと思っている。けど、お前たちの死は無駄にしないよ。この町を、国を必ず平和に導く。必ずだ。」
カヲール二世は死者達に自分の誓いを口にした。この先、再び戦いは起こらないと断言できる人間はきっといない。しかし、それでも平和を遠ざけるような真似は絶対にしないと誓った。
もしかしたら平和までのその道のりがこれからの戦いなのかもしれない。
―――――――――――――――――――――――――――――――
朝の七時くらいだった。明久はまだ眠っていた。
「おい、コラ。明久、クソババアが呼んでるぞ、コラ。」
雄二はドアを勢いよく開け、明久の部屋に入ってくるが、明久は起きない。眉一つ動かさず、起きる素振りを一切見せない。
「チッ…。やっぱ、寝てたか」
仕方ないと呟き、雄二は明久に踵落としを食らわした。
「いっ…だぁアアァアアアアアアアアアアッッ!?」
流石の明久でもこれほど重い一撃を寝てる間に喰らったら、起きざるを得ない。それどころか痛みを堪え、悶えてしまう。
「雄二…。一体何の用…?てか、後で殺す!」
「あ?クソババアが呼んでるんだよ。」
「は?今日は休みの筈じゃ…」
「いいから行くぞ、ハゲ」
ハゲじゃねーよ、と心の中で突っ込みつつも明久は身支度の準備をする。
そして、王宮の間には明久以外に国家騎士が集まっていた。しかし、この高城との戦いで、第七国家騎士の土方と第六国家騎士の小山が戦死した。そのため七人居た国家騎士は今は五人しかいない。
「あ~、よく来たね。」
カヲール二世は気怠そうな表情で奥の部屋から出てきた。
「おい、ババア。何で今日は僕らを呼んだ?」
「馬鹿、私語を慎め、馬鹿」
態度の悪い明久を雄二はチョップして静める。正直、雄二も毎度のことかのように生意気な口をきいているので、あまり人のことは言えない筈なのだ。明久は少し不服そうにムスッとした顔をする。
「確か今日は休暇を頂いた筈ですが、任務か何かですか?」
清水はカヲール二世に訊く。
「あー、違う。」
カヲール二世は端的に答えた。
「では自分たちは何のために呼ばれたのですか?」
と、今度は久保が訊いてくる。
「あ~。実は今日はだな。おい、霧島。二人を部屋に入れさせろ」
カヲール二世は翔子に命令しその二人とやらを部屋に入れさせた。
入ってきたのは…。
「え~。紹介する。今回の戦いで国家騎士が二人戦死した。そこで新たな国家騎士を用意しなければならないということで、今回昇格した騎士だ。」
その二人は明久もよく知る人物だ。一人は沖田総悟。一人は木下優子だった。
「え~、木下には第四国家騎士、沖田には第七国家騎士として就任してもらう。」
と発表があったところで不服そうな顔をする者が現れる。
「あの、すみません。陛下。自分が第四国家騎士の筈では…?」
不安そうに訊いてきたのは第四国家騎士の久保利光だ。
「ああ、今回の国家騎士昇格試験で沖田は七位相当の実力のため七位に就任はすぐに決まったが、木下優子の実力は四位以上の実力だった。実際に以前、優子が第三国家騎士の時の実力はお前も知ってる筈だ」
「ええ、それは、まぁ」
久保は頷いた。確かに実力としては以前も木下優子の方が上だった。
「しかしだ。そこで以前のように第三国家騎士に就任させても良いだろうという風にも考えたが、今現在、第三国家騎士についている坂本の戦闘力のデータと見比べると、劣っている部分がある。そこで私は四位相当と見て第四国家騎士に就任させる。」
「はい。まあ、話は分かりましたが…。ということは僕は降格するということですか?」
「ああ、悪いがこれは他の王族騎士達とも相談して決めたことだ。悪いとは思うが従ってもらう。久保利光は以後第五国家騎士、清水美春は第六国家騎士に就任してもらう。」
そう言われた二人は僅かに受け入れられないような表情をしていたが、二人は顔を見合わせ、「ま、仕方ないか…」と納得したように頷いた。
今回の戦いで死んだ国家騎士もいるのだ。久保も清水も死にかけたものの、今こうして生きている。それに比べれば順位など大したことはなかった。
しかし…。
「いやぁ~。隊長。これから宜しくお願いします」
「く…。沖田がまさか国家騎士になるとは…。」
沖田の軽い態度に清水は眉を顰めた。
嘗て清水は警務部隊の部隊長に勤めていて、沖田はその副隊長だった。そのとき、沖田は清水の弱みを幾つも握っており、そしてその弱みを何度も突かれた。その為、彼は中々侮ることの出来ない人物だった。
そして今回の国家騎士の就任でも、きっと同じことが言えるだろう。
ある程度の話がついたところでカヲール二世は、
「じゃ、これから再びこのメンバーで国家騎士には活躍してもらう。以上、解散」
そう言われ国家騎士達は部屋から出ていく。
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王宮から出ると、そこには明久の従者、木下優衣がいた。
「あれ?優衣ちゃん、待っててくれたの?」
「あ、いえ。そう言う訳じゃないんですけど…」
妙に照れくさそうな表情で優衣は言う。
「その…何て言うか…。ありがとうございます。姉さんを助けてくれて…。」
優衣はペコリと頭を下げた。
どうやら今までずっとそれを言いたかったらしい。
「…確かに僕は木下さんを助けた。でも、僕が最後まで立てたのは優衣ちゃんや、皆が居てくれたからだよ…」
その言葉を聞いた途端、優衣は顔を赤くした。
「あの…。明久さん…」
しかし、優衣が何か言おうとしたところで…。
「あ、吉井君。アレ優衣も居たの?」
「お姉ちゃん…」
後ろからヒョッコリ現れたのは優子だった。
「吉井君。少し用があるんだけど、いいかしら?」
「え?ああ、まあ…。優衣ちゃん、何か言おうとしてたけど何?」
明久の質問に優衣は首を振り、「いいえ、なんでもないです」と言う。そして、明久と優子は行ってしまう。
すると、建物の陰から人影が現れる。
「よう、優衣ちゃん」
出てきたのは雄二だった。
「良かったのか?明久に自分の想いを告げなくて…」
そう言われ優衣は少し悔しそうな表情をしたが、すぐにそれは消えて笑みを浮かべた。
「はい、良いんです。それでも私は今の自分のこの気持ちを大切にします。」
「…そうか…」
恐らく優衣なりに二人に気を使っているのだろう…。雄二はそう思った。
暖かい春の風が吹いてくる。
――――――――――――――――――――――――――――――
そこは桜に覆われた場所だった。此処は恐らくフミヅキの中でも一番桜が見渡せる場所なのだが、何故か人の通りが少ない。そのせいか今、この小道を歩いているのは明久と優子だけだった。
「へぇ、スゴイ綺麗な場所だね」
「でしょ?此処は私のお気に入りの場所なんだ…。」
優子はニコリと微笑んだ。
だが、不意に思い出してしまう。この桜もとても美しい。しかし、アリスが最も愛した花、ワスレナグサも。
彼女がこの世から消えて約二か月。しかし、未だ頭から離れない。
そんな明久の思惑を見透かすかのように優子は訊いた。
「…吉井君は…アリスのこと、好きだったの?」
「……え?」
予測もしないその質問に明久は思わず戸惑う。かと言って誤魔化そうとも思わなかった。
「好きだよ。彼女が例え僕の敵だろうと、この世から去ったとしても僕は彼女を愛している。」
そして恐らくそれはアリスも同じだったのだろう。
「そっか…。そうなんだ。」
そんな明久の言葉に優子は妙にしおらしく頷いた。
「でも、多分。それは木下さんにも同じことが言えるのかもしれない…。」
「え?」
優子は驚いたように顔を上げた。
「君が居ないこの二年間、僕は君を忘れたことがない。君といた日々がとても懐かしかった。」
明久はこの二年間を振り返るように言った。
高城の剣で優子が斬られた時、あそこまで身を引きちぎるような想いをきっと明久は今までしたことなかった。そして、今こうして優子が居てくれることが本当に幸福である。
そしてそんな言葉を発した明久を見て優子は言う。少し、赤面した表情で、とても言い難そうなものはあったが口を開いた。
「私、吉井君のことが好き。例え、アナタがアリスを愛したとしても。私は世界の誰よりもアナタが好き。」
優子は笑って言う。
アリスは確かに消えた。しかし、だからといって全て失ったわけではなかった。明久にとって得た物もあった。
「ああ、僕も木下さんが好きだよ。」
明久も笑って言った。そして、その言葉に嘘はなかった。
そして明久は優子に手を差しだす。その差し出された手を優子は迷うことなく自分の手で重ねる。
そして二人はこの桜の舞った道を歩いていく。一歩ずつ、一歩ずつ。
きっとこの手が離れてしまってもこの手の温もりは永遠に消えない。永遠に残り続けるだろう。
日の光が二人を照らす。恐らく、明日もその先も照らし続けるだろう―――――。
「僕と騎士と武器召喚」完結です。
約半年間という時間ではありましたが、この作品を見てくださった方、ありがとうございます。
また、今までコメントを書いてくれた人もありがとうございます。
多分、皆さんのコメントなしで最後まで書き続けるのは難しかったと思います。
本当にありがとうございます!