「うおおおおおおおおおッ!」
二人の叫びが訓練所中に響く。
明久は止めを刺そうと木刀を勢いよく振るう。
「ぐああああッ!」
空中にいた明久と土方はようやく地面に足を付ける。
周りの訓練兵も最初はダルそうだった表情がいつの間にか真剣な表情に変わっていた。それだけこの二人がいい勝負をしていたということである。
が、明久も土方も体力は限界に近い。『召喚武器』の点数も残り少ない。
明久 土方
古典 8点 vs 古典 5点
『召喚武器』のエネルギー源はテストの点数だ。その点数が消える、つまり0点になると『召喚武器』は実体化できず消えてしまう。
つまり明久も土方も残り一撃を与えるくらいしか点数が残っていないのである。
…この一撃が最後…
「ゥオオオオオオオオオオッ」
「オオオオオオォッ!」
明久と土方は互いに咆哮し、刃を向ける。そして二人の間隔は零距離になり、土方は刀の刃を瞬速の速さで当てようとする。だが、明久は木刀を構えていない無防備な状態だった。それどころか躱す素振りすらない。
(…もらった!)
土方は勝ち誇った目をする。刃は徐々に振り下ろされ明久に向かってくる。
ガッ
振り下ろされた刃は明久に触れる。
(…終わったな…。)
土方の勝ち誇ったような目は一層強くなる。自分が勝ったと確信したのだろう。周りの訓練兵も戦闘が終わったかのように思わされてしまう。ただ一人を除いて…。
「いいえ、まだ終わってないわ」
声を出したのは優子だった。
その言葉に反応した土方は明久を見る。すると驚くことに明久は素手(左手)で土方の刀を受け止めていた。
当然、素手で受け止めたので明久の右手は血だらけだ。だが、明久はコレを狙っていたのだ。確実に最後の一撃を当てるためにわざと土方の攻撃を喰らったのだ。
「ば、バカな…!?」
土方は驚愕の表情を浮かべる。明久に刀を握られ身動きは取れない。攻撃の回避もしようがない。
「行くぞォオオオオオオッ!」
明久の木刀は勢いよく土方の腹部を突く。
腹部を強く突いたせいか、
「オボロシャアアアアアアッ!」
土方は口から液体のようなモノが出る。
(し、しまった!今朝食ったマヨネーズカツ丼が…)
「うわ、ゲロったよ…。しかもマヨネーズ臭い」
明久は正直な感想を述べる。
「テメッ!どんだけ腹部を強く突いて…オボロロロロロッ」
もはや会話にならない。
周りの訓練兵は土方の姿を見て逃げ出す者もいた。クサくて。土方に好意を抱いていた女子たちもドン引きしていた。クサくて。
しかし、今のこの状況…。勝ったのは間違いなく明久だ。
『臭いクサいッ!』
と文句を言う訓練兵もいれば、
『吉井が土方に勝ったぞ』
『いい試合だった』
と歓声を上げる者たちもいる。
「勝ったんだ…。」
勝った本人も信じられないという表情だった。
そして敗者の土方を哀れそうに見る3人がいた。土方の友人、沖田、近藤、山崎だった。
「近藤さん近藤さん」
「何だ?総悟…。」
「土方さん、負けちまいましたね…」
「というより吐いたな」
「でも、これはマヨネーズやめる良い機会ですぜ。」
「山崎はどうした?」
「ミントンしてますぜ、ミントン。」
「というより、アレは見て見ぬ振りをしてるような…」
「近藤さん近藤さん」
「何だ?総悟」
「マヨネーズ買って帰りましょう」
「そうだな…。」
☆☆☆
「ま…マジか…。明久が勝ったぞ!?」
明久が勝利し、真っ先に反応したのは雄二だった。
「信じられない…」
ムッツリーニも雄二と同じような反応をしていた。
「明久、お疲れなのじゃ」
「アキ、スゴイじゃない、相手にあんな汚物吐かせるなんて」
「あの、美波。褒めるトコはそこなの?」
誰もが明久と土方の勝負に感心していたのに対し美波は何故か土方に汚物を吐かせたことに対し関心を抱いていた。
(美波は頭のネジが抜けているのだろうか?)
明久はそんな気持ちを抱いてしまう。
「明久…」
「何?雄二…」
妙に真剣な表情の雄二。
「明久、勝利の記念にコレをやる。」
雄二が明久に差し出したのは食べかけのソーセージだった。
「雄二、コレって昨日喧嘩で取り合ったソーセージだよね?」
妙に異臭がするソーセージだと思ったら昨日、明久と雄二が必死に取り合っていたソーセージだった。
「お前、昨日コレ欲しがっていただろ?オレの気持ちがこもったソーセージだ。異臭はするだろうが味は本物だ。」
雄二はニヤニヤとした表情で明久に言う。明久にとっては非常に不愉快である。…ハズだが…。
「雄二、貴様ァアアアアッ!ありがとう!」
明久は食べかけのソーセージに飛びつく。
「やはり食ったか。」
雄二は初めからこうなることを予想していたのだ。普段、食料のない明久にとってはこんなソーセージも御馳走である、と。
「普通なら嫌がるハズじゃが…」
「バカ丸出しね…」
秀吉と美波は哀れそうに明久を見る。
すると、明久に迫る人影があった。
「ホラ、さっさと帰るわよ!」
その人影は優子だった。
「はは、じほひははん。(ああ、木下さん)」
ソーセージを食べながら喋る明久。何を言ってるかさっぱり分からない。優子はそんな明久の姿に「ハア…」とため息をつくが次の瞬間…。
「吉井君、傷が…。」
よく見ると、明久は体中ボロボロだった。特に腕の刀傷はひどい。今なお出血している状態だ。
(何でこんな状態で暢気にソーセージなんて食べれるのよ!)
「秀吉、アンタの召喚武器って回復関係の奴よね?吉井君を治療できる?」
「ム、済まぬ。今、ワシは点数がなくて武器は召喚できんのじゃ。」
優子は苛立った表情をし、
「ああ、もうっ!分かったわよ!吉井君、こっちに来なさい!」
「わあああっ!ちょっ、木下さん、腕痛いよっ!」
優子は明久の腕を引っ張り、去っていく。
「どうも怪しいのよね、アキと木下のヤツ…。」
美波は異様に嫉妬深い表情をする。
「何だ?気になるのか?」
雄二はニヤニヤと美波をからかうように言う。
「う、うるさいわねっ!何よ、その顔はっ!?」
何故か雄二に自分の気持ちが見透かされたように思えてならない美波。そんな美波の表情を見たムッツリーニと秀吉は、
「正直じゃない…」
「素直じゃないの…」
と、ムッツリーニと秀吉にも自分の気持ちが見透かれたように感じてしまう。
「ああっ!もうっ!」
美波は複雑そうな表情で怒鳴る。
――――――――――――――――
訓練所の治療室。ここで明久は優子に傷の手当てをしてもらっていた。
「はい、これで良し。」
「イヤ~。ありがとう。木下さん。」
まったく感謝のこもっていないお礼を言う明久。優子はムッとし、
「アナタ、ホント無茶するわね。アナタはちゃんと監視しないとダメということが分かったわ」
優子に注意され「ははは」と苦笑する明久。…そして…
「木下さん、さっきはありがとう。」
「え?」
さっきと違い、明久の礼の言葉には感謝が感じられた。急にそんなお礼をされ優子は不意にドキッとする。
「あの時、木下さんが呼びかけてくれなきゃ僕はきっと負けていたよ。」
「…確かに呼びかけたわ。何かイライラしてたから、つい…ね。でも、アレは吉井くんの実力でしょ」
あの勝負で何とか勝てたのは優子の叫び声でも何でもない、明久の実力で勝ち取ったものだと優子は感じたのだろう。しかし、明久は首を振り、
「違う。木下さんのあの言葉で僕は思い出したんだ、あの言葉を…。姉さんの言葉を。あの言葉が僕に力を与えた。だから、ありがとう木下さん」
素直に感謝され不意に赤面する優子。
「ま、まあ私はアナタの監視役だし…。その…まあ、何というか…」
優子はぎこちなく喋る。
しかし、その表情はすぐに変わる。直に変わってしまう理由があった。
ドンッ!
優子の体に重たい圧力がかかる。
(…コレは殺気!?)
しかし、明久はそんな殺気を感じてる様子はない。ということは優子に向けられた殺気ということになる。
「吉井君、訓練所から出ないでね!絶対よ!」
そう言い残して優子は去ってしまう。
「あ、ちょっと優子さん!?」
明久が声を上げた時には、優子の姿はなかった。
☆☆☆
(あの殺気は一体…)
優子は疾風のごとく王都の街を走り抜け、王都の外れにある森の中へと入る。殺気の発する場所へと駆ける。
既に空が暗くなる前だ。森の中はそんな空を一層暗くしているようにも見える。
すると、森の奥からキラッと光るモノが見える。
ヒュンッ!
何か金属製のモノが飛んでくる。優子はそれを軽々躱す。
(…これはクナイ?)
すると、そのクナイは数百本単位で飛んでくる。
「……!」
流石にこの数では優子でも簡単には躱せない。
「試験召喚…サモン!」
優子は『召喚武器』を召喚する。
優子が召喚したのは紅い刃を持った日本刀。その日本刀の刃が紅いように優子の瞳も紅くなる。
「妖刀…『鬼切』(おにきり)…!」
優子が召喚した武器は嘗て源満仲(みなもとの・みつなか)が鬼を斬ったという伝説を持つ源氏の宝刀だった。
「…行くわよ…」
優子は紅く輝く刀を構える。そして複数本ものクナイを斬り捨てていく。