『鬼切』(おにきり)…。源氏の宝刀『蜘蛛切』(くもきり)と並ぶ鬼殺しの刀である。
刃は紅く染まり、それに釣られるかのように優子の瞳も紅く、美しい火眼となっている。
『召喚武器』は下級騎士クラスだと明久みたく、木刀のようなモノしか召喚されないが、優子みたく、国家騎士レベルになると、神話の英雄が使っていたような聖剣、魔剣のような武器の使用も可能である。
「……。」
ヒュンヒュンと高音を立てながら何十本にもわたるクナイが優子を襲おうとしている。しかし、優子はその攻撃を簡単に刀で弾いてしまう。
そしてクナイが飛ぶ高音は止まり、優子の刀もピタと止まる。森の奥から黒い人影が見える。
「ホゥ、全て躱したか…。流石は第三国家騎士、木下優子と言うべきか…。」
優子をバカにするような態度で喋る。
全身を黒い衣服で包み、顔は仮面で隠され、黒いフードをかぶっている。
「アナタは何者なの?敵の軍兵なの?」
優子は焦りを見せず、冷静な態度で質疑する。
「いいや、違う。オレはこの王都の騎士兵だ。」
「どういうことか、説明してもらおうかしら?」
優子は黒尽くめの男に刃を向ける。この男はどう見ても怪しい、と判断したのだ。
「フ…。オレに刃を向けるか。」
「私に殺気を向けたのはアナタでしょ?」
「国家騎士の力がどんなものなのかが知りたくてな…。」
男はそう言い、今度は西洋剣を召喚する。事情さえ話せば見逃そうと思った優子。だが、自分に刃を向けてくるのであれば仕方ない…。とため息をつく。
「国家騎士の実力がどんなものかその身で知ることね。」
優子は左足に力を入れ、一気に前へ走り出し、加速していく。しかし、その男は優子の瞬速的速さを見ても動じることなく、静止した状態で立っていた。
(此処よ!)
優子は相手の急所に刃を向ける。『鬼切』の紅い刃は徐々に相手の体に迫っていく。
「――――!」
一瞬だった…。優子が狙っていたハズの黒尽くめの男は目の前にいなかった。。
「う…そ…?」
国家騎士である優子が相手の気配に感づかないというのはあり得ないことだ。すると、後ろからヒュンという高音が聞こえる。
「…!」
優子は瞬時に後ろを向き、後ろから聞こえたその『高音』のモノを刀で弾く。弾いたものは西洋剣。そこには相手の姿があった。
「ホウ、今の動きをよく見きったな。」
黒尽くめの男は優子をからかうように言う。
(ウソでしょ!今の攻撃は速すぎる!)
そんな気持ちを抱きながらも優子は刀を握り素早い太刀で相手を斬り捨てる…が、しかし。
ギィイイイイン
優子の刀に衝撃が走る。
「…コレは…!?」
優子の攻撃を弾いたのは黒尽くめの男が持つ西洋剣ではなかった。彼がとっさに召喚したのは盾。
それも、普通の盾ではない。
「コレは『アイギス』!?」
黒尽くめが召喚した盾、『アイギス』。ギリシャ神話ゼウスの盾であり、恐ろしいほどの魔力を蓄えていると言われる。
こんなモノは国家騎士レベルにでもならなければ召喚できない武器である。
「アナタ、一体…!?」
優子は黒尽くめに正体を問いかけるが、男は「ふっ」と口をならし、
「今日はここまでにしておこう…。だが、お前はいずれ殺す。必ずな…。」
男はそう言い残し暗い森の闇の中へと消える。
「何だったの、一体…」
優子は男に疑問をもったまま、暗い森を抜けていく。
☆☆☆
既に夜の八時くらい。優子は明久のいる訓練所へと向かう。
(確か保健室にいるはず…。)
保健室のドアを開けると、明久はスヤスヤと寝ていた。
「まったく、こんなとこで寝て…。」
しかし、優子はそう言いつつも明久の寝顔をジッと見つめる。彼は精神的にも幼さを感じるが、寝顔にまでその特徴が表れていた。
しかし、普段感じる精神的な幼さは優子をイライラするようなものばかりだが、寝顔から感じる幼さは何処か小動物を見ているようだった。
「寝ている時は可愛いのにね…」
優子は小さくクスッと笑う。そのとき…
「あ、木下さん。何だ戻っていたの…」
「ひゃあっ!」
明久がムクッと起き、不意に小さな叫び声を洩らす。
「な、何だ…。起きてるんなら言いなさいよね!」
「い、イヤ。今起きたとこだけど…。」
優子の態度にやや戸惑う明久だが
「さーて、帰ろう。もう夜じゃん。」
「そうね…。」
そう言って二人は訓練所を抜け、自宅へと帰る。
「そういえばさ、木下さんて秀吉のお姉さんだよね…」
「そうだけど、それが何?」
「普段、家にいるときは秀吉と何か喋ったりするの?」
「しないわよ。そもそも私は家族を離れ、一人暮らしだったからね」
「……」
「どうしたの?」
明久が難しい表情をする。
(ホントに一人暮らしなんてしてたのだろうか?木下さん料理出来なかったけど、そんなんでどうやって生活を送ってたんだろう…?外食かな)
そんなことを考える明久だが、まともな食事をとっていない明久がどうこう言える立場でもない。
「吉井君も一人暮らしみたいだけど、家族はどうしてるの?」
すると、明久は急に表情を変える。何処か寂しげな表情だ。
「…いないよ…。」
「いない?」
優子は明久の言ってることがよく理解できなかったせいか、明久に聞き返す。
「もう、皆死んだよ。父さんも母さんも姉さんも。」
「…え…?」
優子は聞いてはいけないこと聞いてしまった気がした。普段、能天気な彼が妙に沈んだ態度をするので余計済まなく思ってしまう。
「ごめんなさい、聞いちゃいけないことだったわね」
優子は自分の行動に対して明久に謝罪する。
「いいや、いいんだ。もう過ぎたことだし…。それに父さんと母さんが死んだのは僕が幼い時だからよくは覚えていないんだ。両親が死んでからは姉さんがいろいろしてくれたけど…。まあ、何ていうか姉さんが死んだときのことは確かにいろいろ傷だったけど、それももう過ぎたことだし…。」
「…そっか」
無理やり笑顔を作り、喋る明久に優子はそう答えるしかなかった。
そのとき優子は思った。まだ、彼と出会い、間もないが彼はきっと自分の弱みを人に見せたくないだろうと思った。
彼は自分がどんなに苦しいときであっても、笑顔を絶やさない。それが明久の『強さ』なんだと知る。しかし、それは誰にも自分の弱みを話せないという『弱さ』でもある。
普段はだらしない上に物分りも悪くて、人に迷惑ばかりかける明久だが、そんな彼の傍にいてあげたい…。そう思った瞬間だった。
☆☆☆
優子の『明久監視任務』が始まり約二週間が経つ…。
その頃、王宮では…
「どうだい?この二週間であのバカの世話は慣れたかい?」
カヲール二世はカツカレーをガツガツ食べながら優子に質問する。ちなみに七杯目だ。
「はい。まあ…。」
優子は少し引いたような目で答える。カヲール二世の行動が不可解だったのだろう。
「んで、今はあのバカは学校か?」
「はい、そうですが…。」
「…監視任務を頼んでるアンタにこんなことを言うのは失礼かもしれないが…。」
カヲール二世は少し思い悩んだような表情だ。
「どうかされたんですか?」
「ああ、実は…」
いつも以上に真剣な表情…。きっと王宮で何かあったに違いない、と優子は判断する。
「娘の…娘の瑞希がいなくなっちまった…。」
「……ハ?」
優子は呆けたような声を出す。
瑞希とはヒメージ三世のことである。カヲール二世の娘…ということになってるが…。実は姪(めい)である。ヒメージ三世の両親は当然、カヲール二世と同じ皇族なのだが、彼女が幼い時に他界。それからはカヲール二世が母親となってるらしいのだが…。
「不覚…。コレが反抗期というヤツか…。」
カヲール二世は再びカレーを食べ始める。ちなみに十杯目だ。
しかし、優子はイマイチ状況が呑み込めていなかった。
「あの、要するに家出ですか?」
「ああ、家出さ。ありゃ、間違いないよ、反抗期だ。」
「その家出の原因ってなんですか?」
「ん?ああ、マックのダブルチーズバーガをアイツの分まで食ったら喧嘩になって、それで家出さ。困るね~、最近の若い者は…。年寄りのいうことも聞いた方が得するというのに…。」
優子は事情を聞き、
(何で私がわざわざこんな親子関係に巻き込まれなきゃいけないのよ…)
と呆れたような目でカヲール二世を見る。
「既に、瑞希の側近の霧島は探しに行ってる。お前も早く探しに行くんだ。」
「はい…。」
優子はイヤイヤながらも返事する。