「…どういうことか説明してもらおうか…?」
西村教官は強張った声で二人の訓練兵に問い詰める。すると、
「「コイツが悪いんです」」
同時に全く同じセリフを吐き、指を指しあう。お互い自分の誤ちを認めない気だ。
「お前らは子供か。何をどうしたらトイレがこんなコーラまみれなのかを教えろ」
西村教官の表情は徐々に険しくなっていく。
「いえ、違うんですよ。僕と雄二がここでゲーム(PSP)やってたんですけど、雄二が自分のPSPが壊れたとかで僕のPSPを無理やり奪おうとしたんですよ。そして最終的にこのバカがコーラをぶっかけてきたんです。あともう少しでイビルジョーを倒せたんですよ、クソッ!」
すると、隣にいた雄二が明久を否定するように、
「いえ、全くの嘘です。明久は妄想癖の強い男なんで…。確かにオレはPSPが壊れましたがそれはコイツがぶっ壊したのであって、オレはそれに相応しい罰を与えようとしただけです。全くの無実です。」
すると、明久は納得のいかない顔で、
「雄二、貴様、被害者の面して逃げようたってそうはいかないぞ!」
「やかましいッ!テメーがPSP壊さなきゃこんなことにはなんなかったんだよ!」
ギャーギャー言い争う明久と雄二。
ゴスッ!
二人の顔に西村教官は思いっきり正拳突きをする。
「二人とも此処を綺麗にするまでは絶対に出るな。出来なかったら鼻フックで背負い投げだ。鬼の補習よりも恐ろしいものを見せてやる。それが嫌ならちゃんと綺麗にしておけバカ共!」
鼻フックの背負い投げとは鼻の穴に二本の指を入れ、その指に力を入れた状態で相手を投げ飛ばす必殺技だ。多くの生徒は鬼の補習よりも恐ろしいと言われている。
西村教官はそう言い残し明久達の前から去る。
「な…何で…」
「こんなことに…」
明久と雄二は無言で清掃用具を取り出し、掃除に専念する。
――――――――――――――――――――
「そう言えば明久と雄二がいないの?」
「あ、そういえばそうね…。」
今の時間は講習の時間なので講習に出席していない明久と雄二に疑問を持つ秀吉と美波。
「明久達なら鉄人にシバかれている…。」
会話にヌウッと入り込むムッツリーニにびっくりしたのか美波は
「う…うわッ!つ、土屋!?びっくりしたァ~」
と声を上げる。どうやら影が少し薄いようだ…。
「さっきまで明久達とゲームしてたが、鉄人の気配にいち早く気付いて…」
「二人を置いて逃げてきたのじゃな…」
秀吉の説明の補足にムッツリーニはコクコクと頷く。
「要するに二人を見捨てたのね…。」
さらに美波が説明を補足し、それにも素直に肯定する。
今はちょうど休み時間で周りの訓練兵も互いに喋りあってザワザワしている。しかし、急に教室のざわつきが静まる。
「よい…しょ!」
窓から姫姿の少女が入り込んでくる。桜色の髪に高価そうなドレス。訓練兵全員その少女に視線を集める。少女は少し戸惑っているようだったが、ニコッと微笑み、
「こんにちは」
と一礼する。
そんな静まった空気の中に、
「ハア~、疲れた…。」
「やっと終わったぜ…」
掃除を終えた明久と雄二が部屋に入り込んでくる。すると、少女はパアッと目を輝かせ、明久に飛びつく。
「明久君ッ!」
「へ…?」
いきなり飛びつかれた明久は何が起きたか分からない、そんな顔をする。
☆☆☆
その頃、優子は王都の街中を回り、カヲール二世の娘、正確には姪のヒメージ三世を探した。
しかし、探してもそれらしき人物は見つからない。派手な髪の色に服装をしているので、探すのにそんな手間はかからないハズなのだが…。
「…いない…」
優子は王都のざわついた商店街の中を歩く。そんな中、漆黒の長い髪の少女を見かける。
(アレって……)
優子は迷わずその少女に話しかける。
「霧島さん。」
優子の声に気付いたのか、その黒髪の少女は優子の方を向く。
「…優子…何してるの?」
「霧島さんと同じ。陛下からお姫様を探せって命令されたんだけど、みつかった?」
すると、その少女は首を振る。
優子は「そっか」と頷く。
彼女の名前は霧島翔子。優子と同じ国家騎士で第二国家騎士という実力を持つ。つまり、第三国家騎士の優子よりも実力的に上ということである。さらに彼女は姫の側近を務めている。
「後はどこを探せばいいんだろ?」
真剣に悩む。すると翔子は少し不安そうな顔をする。
「優子、私、妙な男にあって…」
「妙な男?」
優子は何ソレ?と聞く。
「全身黒尽くめで仮面被ってる男だった。」
「…それって…!」
そう、優子はその男を知っている。ソイツは急に襲ってきて国家騎士レベルにならないと召喚できないゼウスの盾『アイギス』を召喚していた。
「結構強かった…。苦戦したくらい。」
「霧島さんが…苦戦…」
翔子も苦戦するほどの強敵。それにあの男はフミヅキに住まう者と言っていた。なおさら誰なのか気になる。
そもそも翔子がよりも強い者となると、第一国家騎士もしくは王族の者くらいしかいない。
しかし、今は優子も翔子もお互いに姫を探している途中だ。
「霧島さん、その話はあとにしよ?今はヒメージ三世を探さないと」
「うん…。」
「でも、その前に寄りたいとこあるんだけど、いい?」
「何処に行くの?」
「え…と、訓練所。」
そう、優子は『吉井明久監視任務』がある。いくら姫様を探さなきゃいけない状態とはいえ、そっちも放っておくわけにはいかない。
翔子は「うん、わかった」と言い、二人は訓練所に向かう。
そして、訓練所に着き、中に入ると優子はとんでもない光景を目にする。
「何これ…?」
なんと、優子と翔子が探していたヒメージ三世が訓練所にいた。さらには明久に抱き付いている。
上手く状況がつかめなかった。
☆☆☆
いきなり姫姿のその少女は明久に飛びつく。明久はどうしていいか分からない、戸惑った表情だ。
「ちょ…ちょ、君は誰?」
どうやらまったく見覚えがないらしい。すると、少女は
「覚えてないのも無理ありません。でも、私はアナタのことを覚えています。」
ニコッと微笑みながら言う。
すると…。
『おい、コラ!吉井、貴様は俺達の知らないところで彼女なんて作ってたのか、裏切者!』
『こんな可愛い女の子と知り合いとはどういうことだ、裏切者ッ!』
『モテない男イコール吉井明久だと思ってたのに、裏切者!!』
男子訓練兵は明久に殺気を向けてく。何故か全員「裏切者」扱いにしている。
「ま、まって!知らない、僕は知らないってば!」
必死に弁解しようとするが既にそんな状況ではない。
「明久、まさかお前に『人生の転換点』(じんせいのターニングポイント)が来るとは…」
「暢気なこと言ってないで、助けてよ、雄二!」
しかし、この男は人の不幸を喜ぶ男だ。助けを求めるだけ無駄である。
「…明久…今なら死刑三回程度で罪は免れる。」
「…ムッツリーニ、人間は一回死んだら終わりだよ…。」
雄二、秀吉以外のほとんどの男子が殺気が漲った状態だ。そんな中に何故か一人女子が紛れ込んでいた。
「アキ、今なら足の骨を折るだけで勘弁してあげるわ…」
唯一、女子は美波だけが明久に殺気を向ける。
(ヤバい…。)
しかし、明久はさらに窮地に立たされる。
「吉井君、何してるのかしら」
後ろを振り向くと、優子が今までにないほどの満面の笑みで立っていた。
「…き、木下さん…!?」