第33話
「……なんでお前がここにいる?」
コカビエル事件の翌日、イッセーが学校の花壇や植物たちに水をやりに行くと、ヴァ―リが代わりに水やりをしていた。しかもホースの水ではなく、ちゃんと用意しておいた専用の水で。
「相変わらず植物の扱いはうまいな。この水、ちゃんと栄養のバランスを考え、中には敢えて病原菌を入れて植物に免疫をつけさせようとしている」
「……そんなことを言いに来たの?」
「他人からの称賛は素直に受け取れ。……この子達みたいに、あの無能姫も手懐けて育てているのか?」
「……」
イッセーは面白くなさそうな顔をした。
「別に僕はあいつを育てる気はない。どうせ魔王はいつか失脚するんだ。そうなれば用無しだよ」
「それにしては甚く丁寧に接しているじゃないか。あいつの見た目はお前のタイプだからな。もしかして気に入ったのか?」
「まさか。見た目だけで惚れるほど僕は単純じゃないし、胸だけで女性を選ぶほど、僕は女性をなめていない」
赤龍帝に目覚めて竜のオーラを習得して以来、イッセーはまるで嘘のように女性からモテるようになった。放課後に体育館裏に呼び出される、屋上で愛を叫ばれる、下駄箱にラブレターを入れられる等々。大抵の告白は経験した。
そのどれもが、少し前までは「とても考えられないことだった。龍のオーラだけでこうもモテるようになるのかと、いつしか彼は驚くと同時に優越感を覚えるようになっていた。
しかし、一度意中の女に振られてこうも思うようになった。
男子中学生が女の体目当てで付き合うように、あいつらも結局僕の龍のオーラが目当てなんじゃないの?
思春期の少年にとって、恋とはイコール性欲と同義である。そこに純情が無いとは言わないが、少なからず下心スケベ心ありきのものだろう。
つまり性欲魔人である彼らにとって「好きです。付き合ってください!」とは、「あなたの体が好きです。ヤらせてください!」というのがニュアンス的に正しい解釈だろう。
別に、それが悪いと言ってるわけではない。性欲の強い彼にはその気持ちは痛いほど分かる。男なら誰だってエロい美女や可愛い美少女と付き合って、あわよくばエロいことをしたいと思う。当たり前のことだ。
だからそのことについては何も言わない。だが、同時にこうも言いたくなるのだ。
「君の愛する人の想いは、そんなもんなのかっ!?」 と。
きっと、この思いは世の男たち全てに対するものだ。
本当にその人が好きなら、他人なんか目に入らないはずだろ。余所見なんかすんなよ。おっぱいだけ見ないで、ちゃんとその人の悪いとこも良いとこも全部見てやれよ。誰かを好きになるって、そういうことだろ。
故にイッセーはすべてを見ようとする。悪い部分も、嫌な部分も、もちろん好きな部分も。そういったとこを全部見て、愛することができる覚悟を持てると確信したときにのみ、愛を示すのだ。……これを言うと部下や上司とかには重いと言われるが。
彼は決しておっぱいだけで人を見ようとはしないのだ。むしろ胸だけで女を愛する人は吉良みたいにその部分だけ切り取って愛すればいいと思う。
「それで、本当に嫌味だけ言いに来たの?ならさっさと帰れ」
「いや何、少し礼を言いに来ただけさ」
「礼?」
「ああ、計画通りコカビエルは聖剣を盗み出し、そっちに面倒事を起こした。おかげで俺は実に動きやすかった」
「……お前のせいだったのか」
確かに考えてみればおかしかった。いくらコカビエルが戦闘バカでも、いきなりあんな大胆なことをするのだろうかと。まあ考えられないでもないが、いくらなんでも急すぎる。
その原因はコイツだ。ヴァーリはコカビエルを唆し、陽動に利用したのだ。天使陣営がコカビエルに注意を向け、その情報の隠ぺいに汗を流している間、ヴァーリは他のことが普段より一層杜撰になった所を突いて、様々な工作活動を行ったのだ。
「慌てていたのは堕天使も同じ。だからその間に色々と悪だくみ出来た。情報を盗んだり堕天使の上層部を離反するように誘った。……本当に楽な仕事だった」
「ふ~ん。それで人が一生懸命町を守っている間、君はそれを陰で笑ってたんだね」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は少し背中を押しただけだ。『もし聖剣を盗んで魔王の妹を殺せば戦争になるかもな』とな。まさかこんな短時間でやるとは予想してなかったが。……思っていた以上に教会の管理は笊ということだ」
「…それで、僕に厄介ごとを押し付ける成果はあったの?」
「無論だ。お前が慌てふためいている間、俺は天使陣営に工作員を送り込んでおいた。……おかげで準備は整った」
「……そうか」
目を瞑って答える。まるで当たり前の成果だと言わんばかりに。
「あと、お前の土産にこんなものも用意した」
「……へえ。悪くないね」
イッセーはヴァ―リからの贈り物を確認してニヤリと笑う。
「ついでに残されたエクスカリバーと聖遺物。機密情報と一緒にごっそり盗んでやったさ」
「“聖剣計画の全貌についての映像データ”と“ハッキングして冥界と天界に全国報道する準備”だけでよかったのに。君は働き者だ」
「なあ、お前今日は部活にプール掃除とプールに泳ぐ予定があるんじゃないのか?」
校舎のビニールハウスで畑を耕していると、ヴァ―リが収穫しながらそんなことを聞いてきた。
「僕は園芸部だよ。オカルト部員じゃない」
「そりゃそうだが…付き合いとかあるだろ」
「知らないよ。第一僕はプールが嫌いだ。髪の毛が塩素で傷んじゃう」
「……お前は女子か」
皆様忘れているかもしれないが、イッセーはオカルト部には所属していない。彼の所属している部は園芸部であり、オカルト部は助っ人のようなものだ。よって園芸とオカルト、どっちを優先するかは既に決まっている。
「しかしよくここまで育てられるな。これ冥界の植物だろ。悪魔連中に怪しまれないのか?」
「うん。だから僕だけしか入れないようになってるんだ。冥界の植物でもパッと見じゃ誰も気づかない。……第一部員たちは植物じゃなくて僕目当てっぽいし」
「………苦労してるんだな」
今時本気で園芸なんて地味な作業をしたいと思うような女子高生がどれほどいるであろうか。
汚い土に触れ、臭い肥料に触れ、服を汚してまで植物に触れあいたいと思うようなJKはそれほどいないのではないのか。
第一自然とは本来汚いものなのだ。虫はいるし、動物の糞はあるし、動物に作物とか荒らされるし。
「けどそれはそれで好都合なんだ。家じゃ怪しまれるもので、ここに置いてたら十分隠ぺいできる」
「……なるほど。ここはお前(マッド)の研究室でもあるのか」
ヴァーリは怪しい薬を発見するも、見なかったことにする。一応彼らは応危険物取扱の免許を取得してるから大丈夫……だと信じたい。
「あ、そうだ。……コカビエルの一件の顛末、聞いたか?」
エクスカリバーを強奪したコカビエルの襲撃。この一件によってリアスは次期当主としての資質を危ぶまれる事となった。
短期間で堕天使に二度、はぐれ悪魔に一度の計三回も縄張りへの侵入を許し、あまつさえ好き勝手に行動された。
天界も同様だ。貴重な聖剣を強奪された上、その首謀者が聖剣計画の責任者であったバルパーだったせいで聖剣計画の全貌が顕になった。おかげで信頼はガタ落ち。
よって彼らは以下のような記事を発表した。
『現地住民の協力もあってリアス達がコカビエルを撃退。眷属の木場祐斗は首謀者の一人を討ち取った』
『聖剣使いイリナとゼノヴィアは見事聖剣を奪還。しかし今回の件で責任を感じ、現場から引退した』
「見事に手柄横取りされたな、最凶の赤龍帝殿。コカビエルを倒したのはお前の部下だし、聖剣を奪ったのもお前じゃないか」
「何を言う。むしろ好都合じゃないか」
「どうせ君のことだ。リアスたちがコカビエルにボコられるとこ、イリナ達がフリード相手に手こずってるとこ、そして檮コツがコカビエルを倒したとこを撮っちゃっているんでしょ?」
「無論だ。真実を映した証拠はちゃんとある。これを冥界と天界に流し、この情報が嘘であることを愚民に教えてやる」
確かにリアス達はコカビエルの手下のケルベロスを撃退した。しかし、この発表ではリアス達が活躍したように聞こえ、実際にそれを聞いた民衆はそう思い込んだ。しかし実際は檮コツが一人で倒したのだ。リアスたちはなにもしてない。
聖剣うんぬんも同様だ。この報道によって信徒たちはイリナ達が聖剣を奪還したお思い込んだ。あの時、聖魔剣で聖剣を破壊したと見せかけたが、実はフェイク。こっそり隙を見て偽物の聖剣と入れ替えたのだ。よって本物はイッセーが所持している。
「だから彼らが嘘ついて隠したことはむしろ好都合なんだ。一気に暴露して地位を下げよう」
「だな」
彼らは悪い顔をしながら農作業に戻った。
「お、これは香草だな。蒸し焼きとかで臭い消しに使えそうだ」
「ああそれね。とり肉にかなり相性いいらしいんだ。使いこなせる?」
「任せろ。飛び切りうまいローストチキンを作ってやる」