禍の団の二天龍たち   作:大枝豆もやし

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第35話

 放課後、オカルト研究部は旧校舎内にある開かずの教室の前にいた。何でもここにリアスの僧侶が引きこもっているが、リアスのここ最近の活躍が認められたので封印の解除を許可されたらしい。

 

「(……リアスの活躍って、やったの橈コツの活躍じゃん)」

 

 事実を知っているイッセーはあきれ顔をしていた。

 まあ、別にイッセー自身は手柄を受け取る気はないし、どうせ赤龍帝は三大種族の敵だから手柄を認められるはずがない。だからどうでもいいのだ。

 

「(けど、手柄横取りする上司はあまり好かれないよ)」

 

 実際に行動するのは王ではなく眷属たちだ。たしかに眷属は王の手足同然のため、眷属の手柄=王の手柄と言われることがある。しかしそれでも上司ならば部下の手柄は確保しなければ誰もついてこなくなる。

 こういったのは癖だ。一旦手柄を自分のものにする癖がついてしまうとなかなか治らない。よって、たとえ敵でも手柄を横取りするような真似は避けるべきだ。

 

「(ま、彼女の場合は仕方ないと思うけどね)」

 

 しかし今回は例外だ。なにせ実際に手柄を立てたのは三大種族の天敵、赤龍帝だ。彼の手柄をどうしても認めたくない悪魔側、コカビエルが赤龍帝に倒されたことを知られたくない堕天使側の思惑によって現地の管理者であったリアスが倒したことにされてしまった。

 まあ、本人は本気で自分の手柄だと思ってる節があるが。

 

「じゃ、開けるわよ」

 

 開かずの間のテープをはがして扉を開ける。そこには………

 

「な…なにこれ!?」

 

 そこには誰もいない。代わりに赤龍帝参上の文字があった。

 

「ま……まさか既に赤龍帝が私たちの近くにいるというの!?」

「(正解)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある満月の夜。ギャスパーはいつも通り部屋に籠ってパソコンと睨めっこをしていた。

 今夜も変わらない夜のはずであった。ネットで契約者の望みを叶え、ノルマを達成してネットサーフィンにふける。そう、いつも通りのはずであった。

 

『やあ吸血鬼さん。今日は良い夜だね』

 

 ……彼が現れるまでは。

 

「だ…誰ですか!!?」

 

 ギャスパーは驚きながら声のした方向へ咄嗟に振り替える。そこには、赤い龍を模した鎧を着込んだ男がいた。

 その男を見た瞬間、ギャスパーは震え上がった。赤い龍の鎧、それを意味する存在はたった一人。

 

「さ…最凶の赤龍帝……?」

『ああそうだ。初めまして、ギャスパー・ウラディ。俺は君たちが言う最凶の赤龍帝だ』

 

 赤龍帝は満月の光が差す窓の縁に座って優雅に挨拶をする。しかし、ギャスパーはそれでも気が気ではなかった。

 最凶の赤龍帝。それは悪魔にとって恐怖の代名詞のようなもの。彼は三大勢力を敵視しており、あらゆる手段で三大勢力の重鎮を襲撃、そして貶める情報を流して失脚させてきた。

 彼に狙われて無事に済んだ者はいない。あるものは殺されて首を広場に並べられ、あるものは隠ぺいしてきた悪事を暴露されて失脚、あるものは眷属に反乱されて殺されたという。

 故に悪魔にとって赤龍帝は死神のようなもの。そいつを見るということは死を意味していた。

 

「あ、あぁ……ぁぁ………」

 

 掠れた声でギャスパーは震える。

 今の彼は隠れることも逃げることも出来ない。大声を出して助けを求めるなど以ての外だ。故に出来ることは一つ。ただ恐怖に震えること。

 

 しかし赤龍帝は彼に優しい声で話しかけた。

 

『そんなに怖がるな。俺はただ君にお知らせしに来ただけなんだから』

「お……お知らせ……?」

 

 穏やかで暖かい声。まるで野に咲く花のように凛とした、そして安心感を与える音色。ギャスパーはその声に魅了されてしまい、一瞬彼への恐怖を忘れてしまった。

 

『まずは悪い知らせだ。……君の親友であるヴァレリーが吸血鬼の国でひどい目に遭わされている』

「!!?」

 

 だが、いきなりの悪い知らせに、その安心感は一気に吹き飛んだ。

 

『彼女はハーフだ。迫害を受けるのは当然だし、純血共は使えると分かった瞬間、使い潰すまで搾取する。君だってあの国では混血がどういった扱いを受けるか身に染みているだろ?』

「そ…そんな!!?」

 

 ギャスパーは戦慄するが、心当たりは十二分にあった。

 当然である。彼は実際に目にしてきたのだから。吸血鬼の国の有様を……。

 

『そしてこれは朗報だ。君との取引次第で彼女をこの俺たちが助けてやる』

「……え?」

『取引だギャスパー。お前が俺たちの軍団に入れば、俺たちはあの国からヴァレリーを助けてやろう』

 

 一瞬、ギャスパーは赤龍帝の言った意味が分からなかった。しかし赤龍帝は混乱するギャスパーを他所に、さらに畳みかける。

 

『俺はお前の望むものを提供しよう。今の時点で用意できるものは三つ。まずはヴァレリーの救出。太陽の光を生み出す術を持つ俺なら、吸血鬼など太陽光で全員塵に変えてやれる。つまり吸血鬼から救出するなんて俺には朝飯前さ』

「……残り二つは?」

『お前の師匠を用意しよう。俺たちはあらゆる魔術や神器のノウハウがある、魔眼系の神器の訓練など容易い。すぐにコントロール出来るよう手配してやる』

「………」

 

 沈黙。ギャスパーは影のある顔で黙って下を向いてしまった。まるで出かかった言葉を腹に押し戻すかのように。

 

「……無理ですよ。最初は訓練しましたけど、結局このざまです……」

『侮るなよ小僧。俺の前ではお前の神器など雑魚だ。何ならここで使えないよう封印することも出来る』

「ほ…本当ですか!?」

『当たり前だ。信じられないならここで証明しよう』

 

 赤龍帝の言葉を聞いて一瞬光を取り戻すギャスパー。普段疑り深い彼だが、突如現れた蜘蛛の糸には冷静さを保つことが出来なかったようだ。

 

『我は望む、かの者の美しき眼を。かの者の気高い力を。

 おお、その宝物をわが手中へと導け。かの者から簒奪せよ』

 

鸛の小さな悪戯(スティールユアセンス)

 

 赤龍帝が魔法をギャスパーにかける。これは封印の術ではなく相手の感覚や能力といった、本来盗めないものを盗むための術。

 だがそんな情報はどうでもいい。大事なのはギャスパーの力を抑えること。それが適しているがどうかが重要だ。

 

「ほ……本当です!力が消えました!!」

 

 見事術は成功してギャスパーの力を抑えることに成功した。

 ギャスパーは狂喜した。この忌々しい力から解放されたと。もう誰にも迷惑をかけずに済むと。

 今までこの神器のせいで散々な目に遭ってきた。しかしそれも今日でおさらば。もう誰も迷惑をかけることがなくなったのだ。

 

「(ああ、なんで今日はいい日なんでしょうか!!)」

 

 ギャスパーは可憐な笑みを浮かべながら小躍りする。今日以上にうれしい日はない。もし悪魔に神がいるのなら、めいっぱい感謝しよう。

 今までは散々恨んでいたが、これでもうチャラだ。僕は自由だ。もう誰にも迷惑をかけない。夢なら一生冷めないでくれ。

 

『別に消えたわけじゃない。今は抑え込んだだけで、力は残っている。だから君が望めばすぐに返そう』

「いえいいです!僕は力なんていりません!」

『そうか。しかし俺の軍団に入れば、この力を完全に制御できるよう指導することが出来る。もし完全に力を制御できるようになれば返そうと思っている』

「………いいです、そんな日は……一生来ませんから……」

 

 途端、ギャスパーはいつものテンションに戻ってしまった。

 

『それは違う。君はただ環境が悪いだけだ。君を指導できる教員や君を止めることの出来る大人がいなかった。だから暴走したんだ。君だけの責任ではない。君をちゃんと指導しない主の責任だ』

「そ…そんな!リアス様は僕を拾ってくれたんです!!なのに僕は……」

 

 先ほどとは打って変わって、泣き声でギャスパーは唸るように語った。

 彼とて怠けていたわけではない。何度も練習してきたのだ。しかしだめだった。どれほど練習しても、神器が強くなる速度が速かった。

 どんなに練習しても努力は実らない。ちょっとした拍子で発動して誰かの時を止めてしまう。なんとか制御しようとしても、慌てた状態ではコントロール出来ず、また被害が拡張してしまう。完全な悪循環だ。

 

 そんなことを何回も繰り返し、封印処分が下った日。ギャスパーは遂に諦めた。今では封印が解除される夜中でもこうして籠っている。もう誰にも迷惑をかけないように。

 

『……なあギャスパー、鳥は最初から飛べたわけじゃないんだ』

「…え?」

 

 しかしそんなことは赤龍帝には関係なかった。

 彼は演技を忘れ、素の時分に戻って言葉を紡ぐ。ギャスパーの鎖を解くための呪文を紡ぐために。

 

『鳥は親鳥の飛ぶ姿を見て、自分が実践して、練習を積み重ねて、初めて飛べるようになるんだ。中にはなかなか飛べない鳥もいる。もしかしたら飛ぶ才能なんてないと、鳥に生まれるべきではなかったかもしれない個体もいる。……けど、最後はそんな鳥も空を飛べるんだ』

 

『ギャスパー、君は才能にあふれている。魔術を習得し、デイウォーカーである君はどんな吸血鬼よりも優れている。この俺が保証しよう。

 もし君が自分を信じられないというなら、この僕を信じてほしい。魔王さえも恐れるこの赤龍帝が君の力を認めよう』

 

 手をギャスパーに差し伸ばす赤龍帝、いやイッセー。しかしギャスパーをそれをつかむことはない。依然と下を向いていた。

 

 

 

『ギャスパー。君は絶対に力を克服できる』

 

 

 

 

「……もしかしたら、僕…僕は貴方の期待を裏切るかもしれません…」

『その時は僕の目が節穴だったってことさ。僕が勝手に君に期待した以上、君が気に病む必要はない。僕の責任だ』

「……また、暴走するかもしれません……」

『その時は僕たちが全力で止めよう。後輩の神器使いが困ったら先輩の神器使いが止める。当然のことだ。僕だって何度も暴走したり道を違えた時、止めてくれた』

「……何度やってもダメかもしれません…」

『なら何度でも。僕はやるといったんだ。なら最後までやって見せる。それが拾った者の責任というやつだ。僕は拾っておいて放置するなんて真似はしない』

 

 ギャスパーは顔を上げて、赤龍帝に泣き顔を見せた。

 

「僕なんかが…誰かの役に立とうとして、助けるために戦おうとしていいんですか!?」

 

 その言葉を聞いたイッセーは鎧の下でニイっと笑った。

 

『無論だ。俺たちは君を歓迎しよう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(こうして停止の魔眼を持つギャスパーを僕は味方に引き入れた)」

 

 現在、ギャスパーは力の制御とそれを使っての応用の修業をしている。

 イッセーの率いる赤龍帝の軍勢は強者揃いだ。ギャスパーの魔眼など屁でもない。よって彼が暴走しようが平気で止めることが出来るのだ。

 そう、もう彼は孤独ではない。その力で忌々しそうな眼を向けられることも、逆に混血だからと蔑まれることもない。今の彼は幸せそうに暮らしている。

 

「私の眷属に手を出すなんて…!なんて卑劣なの赤龍帝は!?彼も大事な眷属なのに!!」

「(大事な下僕……ねえ。ならなんで今まで放置してきたんだ?)」

 

 イッセーは慌てるリアスを冷めた目で見下す。

 

 本当にこの女は下僕を愛しているのだろうか。彼女たちグレモリーは慈愛の悪魔と名乗っているが、イッセーにはとても信じられなかった。

 もし本当に慈愛の悪魔だというのならば問いたい。何故ギャスパーを閉じ込めたまま何もしなかったのかと。

 

 魔王の妹という肩書があるなら、ギャスパーを鍛えるために神器使いの師匠を用意できるはず。たとえ神器使いがいなくても、魔眼や邪眼などを使える悪魔から指導を受ければいい。魔王の人脈を使えば簡単なはずだ。なのに何故そういったことをしないのか?

 本人が引きこもっているから何も出来ない。それもあるだろう。ならば真摯に向き合い、共に克服するよう努めるべきではないだろうか。

 なのに何故彼女はそういったことをせず、ギャスパーをほったらかしにしていた。その上自分は優雅に学園生活を楽しみ、まるで最初からいないように振る舞っている。……こんなありさまで下僕を大事にする悪魔と本気で言えるのか。

 

 甘やかすのと優しくするとは違うのだ。ただ甘やかすだけの飼い主にペットを飼う資格などない。王も同様に、ただ下僕を甘やかし、かわいいかわいいと愛でるだけの王に下僕を持つ資格などない。

 その違いを出す源こそ慈愛。ただ甘やかすだけの王はお人形さんごっこでもしていろ。それがイッセーの意見だ。

 

「(この女はギャスパーの望むものを提供出来なかった。彼の弱さを克服し、彼自身の強さに気付かせる義務を怠った。これで王と名乗るのだから片腹痛いよ)」

『(おいおい。まだ18の赤ん坊同然のガキに何を言っている。そんなこと出来るのは相棒だけだぞ)』

「(うっさい、王に年齢なんて関係ない。出来ないなら最初から王なんてするなよ。ま、だからこそ僕は漬け込むことが出来た。本当に簡単な交渉だった)」

『(悪ぶるなよ相棒。本当はギャスパーとやらに同情したんだろ?)』

「(……うるさい)」


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