禍の団の二天龍たち   作:大枝豆もやし

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登校前のビギナー
第70話


 僕は最初、獣医や動物学者になろうとは思わなかった。

 たしかに動物は好きだったけど、好きって程度だった。ほら、子供って動物が好きじゃん。動物園でライオンとかキリンとか見てはしゃいだり、犬や猫とかに触って興奮したり。僕も最初はそんな感じだった。

 動物博士になりたいとは思ってなかったし、どちらかというと女の子を囲ってハーレムを作ろうと考えてた。

 あの人に出会う前は……。

 

 

 

 

 

 

 

 十二年前………

 

「ほらイヌごはんだぞ~」

 

 僕たちは幼稚園で一匹の犬を飼っていた。

 誰かは忘れたけど、ある日幼稚園の子が捨て犬を拾ってきた。けど、その子の家はマンションで飼えないらしい。だから特定を飼い主をつけることなく、みんなの秘密基地で飼うことにした。

 餌やりとか散歩とかの当番を決めて皆で育てる。犬を飼えない子にとっては犬を触れる絶好の機会だった。

 

 けど僕はこれが嫌いだった。

 

 動物を飼うっていうのは可愛いだけじゃない。人間と同じよう心を持って生きているんだ。だから汚い所や大変な所がある。

 ウンチはするし、毛が落ちて部屋は汚れるし、ちゃんと躾けないと誰にでも吠える。

 

「ワンワン!」

「うわッ! コイツまた俺にだけ吠える! なんなんだよ!?」

 

 何よりもイヌは僕に敬意を払ってくれなかった。他の子にはお手とかお座りを聞くのに、僕のは一切聞いてくれない。なんていうか、イヌになめられているような気がした。だから僕はイヌが嫌いだった。

 そのことを紙芝居のおじさんに相談すると、笑って解決案を教えてくれました。

 

 犬を育てるのに大事なことはその人に利益があると思わせること。利益といっても物を上げるだけじゃなく、たくさん褒めたり遊んでやったりするのが大事だって教えてくれた。

 それで僕はどんな態度で接してきたか思い出した。たしかに僕は犬に対して高圧的な態度で接しており、言うことを聞くのが当たり前だって思ってた。

 

 僕は反省した。たしかにあれじゃ僕だって言うことを聞かない。だから俺はおじさんの言う通りにしつけをした。

 

 犬はどんどん覚えて、僕のいうことを聞いてくれるお利口さんになった。正直、子供の頃の僕よりも頭が良かったと思うそれぐらいにいい子に育ってくれた。

 だって、この子は絶対に暴走したり、他人に吠えてかかったり、気に入らないからって殺しにかかったりとかしないもん。

 

 そんなある日、おじさんが僕たちの秘密基地に遊びに来てくれた。

 

「あ、おじさん。来てくれたんだ」

「うん。今さっき通りかかってね」

 

 おじさんは犬をチラ見だけして僕たちに目を向けた。

 

「それで、君たちがこの子を飼ってるの?」

「ううん、ただご飯あげてるだけ」

「……そっか」

 

 おじさんは何処か残念そうな顔をして犬をなでる。……知らない人にはすぐ吠えるのに。

 

「……じゃあ、あまりこういうことはしちゃいけないね」

「え?なんで?」

 

 僕は聞き返した。

 今では野良に餌をやったりするのは無責任だと思ってるけど、その時はまだ理解出来なかった。

 

 

 

「なに言ってるか全然わかんねえよ。犬だって生きてるんだからいいだろ」

 

 先生が野良犬の弊害について教えてくれたけど、僕は一切聞かなかった。

 感情に任せて拒否して、先生を無視。犬を連れて先生から離れていった。

 

「……そう思えるのも今のうちなんだけどね」

「?」

 

 その言葉の意味を知るのは、もう少し後になってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 いつも通り犬に餌をやっていると、犬が突然餌を吐き出してしまった。

 おかしい。いつもなら喜んでバクバク食べるのに。

 

 気になった僕は犬を医者に見せた。すると……

 

「これは心臓の手術が必要だね」

「……え?」

 

「拾った犬なんだろうね。遺伝子上の病気だ。心臓が生まれつき病気になりやすくなっている。これは手術が必要だ」

「け、けど手術なんて……そんなお金俺ないよ!」

「だろうね。これは50万は必要だ。子供には無理だろうね」

「ご……ごじゅう!?」

 

 まだ小学生になってなかった僕でも、50万がどれだけの大金かは想像出来た。

 そのあと僕は医者に突っかかったが現実は変わらなかった。

 当然だ、そんなことでタダになるなら今頃ペットの治療費なんてシステムあるはずがない。ただ喚いて何でも解決するなんて、ラノベでもありえないのだ。

 

 幼稚園にかえって事情を説明するも、先生は『仕方ないね…』と寂しそうに言うだけだった。園児たちも最初はみんなで集めようとするも、先生の説得で泣きながらも仕方ないみたいな雰囲気になってしまった。

 

「なんでだよ……なんで仕方ないって言えるんだよ!?」

 

 誰もいない公園で怒鳴る僕。そんな時だった、お兄さんが音もなく僕の隣にいつの間にか座っていた。

 

「仕方ないよ。生き物は遅かれ早かれ死ぬ。その時期が来てしまったんだ」

「……紙芝居のおじさん」

 

 僕は少し怒気を含んだ目でおじさんに振り向いた。

 

「……おじさんなら何とか出来るの?」

「出来るけど……お金はちゃんと払ってもらうよ」

「結局金かよ!!大人はどいつもこいつもカネ金金!! 金がそんなに大事かよ!!?」

「そうだよ」

 

 あっけらかんと、当たり前のようにおじさんは言った。

 

「僕たちはお金で生きてるんだ。君だってお父さんやお母さんのお金で生きているだろ? ならお金がどれだけ大事か分かるよね?」

「け……けど困ってるなら助けるのが当たり前だろうが!!」

「そうか。じゃあ君は世界中にいる人を助けるためにすべてを我慢出来るかい? ゲームや漫画や玩具。服や食べ物も我慢して世界中の困っている人に分ける気はあるかい?」

「出来るわけないじゃないか!」

「君が言っていることはそういうことだ。他人のためにお金を出せ、出来ないやつはクズだ。……それは君も当てはまるんじゃないのかい?」

「……」

 

 おじさんの言ってることが堪らなく気に入らなかった。癇癪を起こしておじさんを殴り飛ばしたくなった。けど出来なかった。

 だから僕は黙ることしか出来無かった。ただ黙ってうつむき、うーうー唸るだけ。それが当時僕に出来ることだった。

 

「じゃ、その子のことは諦めて」

「待って!」

 

 だからあれは僕に出来る最後の悪あがきだった。けど、それで今ではよかったと思う。

 

 

「それでも……僕はこの子を助けたい……!」

 

 

「自分のことすら満足に守れないくせに?」

「……大人になったら返す!」

「君が立派な大人になっている保証は?」

「……なってみせる!」

「それで信じてくれるのは両親だけだよ」

「だったら信じさせてみる!!」

 

 どれもこれも口から出まかせの、根拠のない絵空事ばかり。今になっては吐き気すら感じる。

 おそらくあの時の僕は何も考えてなかったんだろう。身の程を弁えず、自分が与えられて当然だと思っていた。

 

「……そうか。ならやってみるよ」

 

 けど、おじさんは僕の虚言を信じてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おじさんが犬を病院に連れて行って、さっそく手術が始まった。

 僕は犬の手術に立ち会うことになった。おじさんが犬に手術する条件の一つだ。僕に手術を間近で見てほしいって言っていた。

 

 

 

 

 

 そして、僕はそこで『神』に出会った。

 

 

 

 

「(す……すごい!!)」

 

 おじさんの………先生の手腕に僕は目を奪われた。

 まるでピアノの演奏をしているかのよう。機敏に動き、繊細なパフォーマンスを魅せるその指に。僕は唖然と立ちつくしてしまった。

 犬の心配をしてなかたわけじゃない。けど、僕はこの演奏をもっと見ていたいと、この現場に立ち会ってよかったと心から思ってしまった。

 

 早く終わってほしかった。早く犬が救われるようにと願って。

 もっと続いてほしかった。もっとこの演劇を見たいと思って。

 

「はい、これで終わりだよ」

「……」

 

 先生はあっさりと手術を終わらせてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで先生……お金の方は?」

 

 手術の後、僕はビクビクしながら聞いた。

 本当はもっとあの演劇の感動に浸りたかった。けどこのことを思い出して一気にその熱が冷めてしまう。現実に引き戻されたのだ。

 

「ああそれね……。もういいよ」

「……え?」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 

「僕は嬉しかったんだ。君みたいな子が理屈に押されて尚それでもって言える心がね。

 ほら、動物の命って軽い扱いじゃん、同じ命だっていうのに。なのに君は重く考えて、背負う覚悟を示した。……それがとてもうれしかったんだ」

「……」

 

 開いた口がふさがらなかった。

 覚悟? そんな立派なものなんてないよ。あれは単なる子供のダダだ。

 現実を受け入れることができなくて泣き喚くだけの、思い通りにしようと癇癪を起して怒鳴り散らすだけのタダのガキ。

 さっきのだってただの口から出まかせだ。言葉の意味を考えずに口から洩れた戯言。正直その言葉の意味を全く理解していない。

 それをこの人は覚悟だと錯覚した。……あまりにも人が良すぎる。

 

 当時の僕はそれを言葉に出来る頭がなかった。だから何も言うことが出来なかったけど、胸の中にはモヤモヤした何かが燻っているのだけは感じた。

 その何かを吐き出そうと言葉を選ぶ。だけど、そんな都合のよいものはなかった。

 

 それを見かねたのか、先生は僕に言葉を送ってくれた。

 

「本当に困ってる人がいたら、今度は君が助けてやってくれ。それが僕にとって何よりのお返しだ」

「はい!いつか先生みたいに誰かを助けられる人間になってみせます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうして今の僕がいるんだ」

「へえ~。お師匠さんってそんな素晴らしいお方だったんですね!」

 

 僕の自宅にあるビニールハウス。そこで僕は昔のことを皆に話していた。

 

 自分の昔話をするというのは照れ臭い感じもするけど、アーシアから執拗に言われたのでついゲロッてしまった。

 けど昔の話を、尊敬した人をほめてもらえるのは悪い気はしない。……ただ一人を除いて。

 

「そんな素晴らしい出会いをしてどうやったらあんなエコテロ野郎になるのか理解出来ん」

「黒歴史掘り返すのやめてほしいんだけどね~」

 

 このクソ白髪は胡散臭そうな眼で俺を見ている。

 

「さっきの話を聞く限りだと、お前とその先生とやらは会話が成立していたのだが……そこが一番嘘くさい」

「それどういう意味!?」

 

 なんてことを言うんだこの白蝙蝠は!?

 

「言葉通りだ。だってお前、最初にあったときはこちらが論破しても『うっせえ!』とか『訳わかんねえこと言ってんじゃねえ!』とか言って無視してきたろ」

「あ、あれは戦いの熱で頭に血が昇ってただけだよ!」

「そのうち半分は非戦闘時だったが?」

「………」

 

 そ、そんなこともあったな~。

 

「しかも自分のことは棚上げするわ、話をすり替えて矛先を別に向けようとするわ、相手を悪者に仕立て上げることで自身に向く矛先を変えようとするわ……。本当に自分の都合の良い会話しかしない物体だったからな」

「人どころか生物扱いすらしてない!?」

 

 全部本当のことだから何とも言えない。

 

「そう言うお前の原点は何なんだよ?」

「話をすり替えるな。……そうだな、後で話してやってもいい」

 

 ヴァーリが時計に目をやる。……もうそんな時間か。

 

「じゃあ次の任務に行ってくるよ」

「あ、最後にその師匠さんがどこにいるか聞いてもいいですか?」

 

 席から立ちあがると、アーシアが明るい声で聴いてきた。

 

「僕の中の師匠は……一度死んだよ」

「そ、そうですか……」

 

 部屋の空気が重くなる。僕はそれを無視して行こうとした途端、扉が開いて一人の男性が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、もう出発? いってらっしゃ~いイッセー」

「うん、行ってくるよ師匠」

「っておい! 師匠生きてるじゃねえか!!」

 

 いつ師匠本人が死んだって僕は言った? というか何を不吉なこと言ってるんだこの白髪は!!?




これを書くようになってもう大分経ちましたが、ふと『なんか淡々としていて熱がない。これじゃあ飽きられてしまう』と思うようになりました。
ですので今回はこのイッセーの原点を書くことにしました。やっぱり主人公の行動理由や信念の理由があった方がよいと思いまして。
みなさん楽しましたでしょうか?
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