「あ、副会長だ!」
「副会長! こんにちわー!」
放課後。職員室から生徒会室へと帰る途中、渡り廊下で声をかけられたので足を止める。見ると、女子生徒二人がこちらに向かって手を振っていた。
「こんにちは。君たちは……今年からの新入生だったね。確か――」
記憶の中にある名前を告げると、二人とも驚いた表情を見せた。
「うわっ!? もしかして副会長、生徒名前全員覚えてるんですか!?」
「副とはいえ、これでも生徒会の長の一人だからね」
これぐらいだったら生徒会長も覚えてるよ、と告げると、二人とも「すごーい!」とはしゃいでいた。
「学校はどう? 入学して一週間経つけど、もう慣れた?」
「えっと、まだちょっとだけ……」
「やっぱり中学と高校って全然違うんですねー……」
「もし困ったことがあったら、気軽に何でも相談して。そのための生徒会だから」
「はーい!」
「存分に頼っちゃいまーす!」
「ただし、そのときは制服を着崩さずに、ちゃんと身だしなみを整えてからにしてね?」
「「あっ……は、はーい」」
二人はバツが悪そうにいそいそとシャツをスカートに仕舞ってリボンを整えた。
さようならーと手を振って去っていく女子生徒二人に手を振り返してから同行者に「すみません」と謝る。
「お時間を取らせてしまったようで」
「あ、いや、気にしてない。……というか、やっぱりお前が生徒会長やらない?」
「ご冗談を。生徒会長は三年から選出するっていう決まりじゃないですか」
どうしたんですか急に、と尋ねると生徒会長はハハッと乾いた笑い漏らした。
「いや、隣の生徒会長に全く気付かず副会長が挨拶されるこの現状がちょっと辛くて……」
「何を言ってるんですか、生徒会長は知名度だけじゃありませんよ。もっと自信を持ってください」
「ホント、お前からのその信頼が重い……生徒会長だからって、生徒の顔と名前が一致するってわけじゃないんだよ……」
「大丈夫ですよ、少しずつ覚えていきましょう」
「勘弁してくれって……」
そんなことを話しながら、生徒会室への歩みを再開させる。
「それにしても、相変わらずの人気だよなぁ、我が生徒会の副会長様は」
「そうですか?」
「成績優秀で運動神経抜群で品行方正。おまけにイケメンと来たもんだ。俺は今でもお前が物語の住人だって信じてるからな」
「それは褒められているのですか……?」
「褒めてるよ」
自分では意識したこと無いが、世間一般自分は所謂『完璧超人』と呼ばれるらしい。しかし、俺が目標としている
「それだけ人気だと、告白の一つや二つあるだろ」
「告白……ですか。生憎今のところは……それに自分には恋人がいますし」
「多分みんな気後れしてるんだろうな……ん?」
あと少しで生徒会室、というところで突然会長が足を止めた。
「どうかしましたか?」
「……お前今、恋人がいるって言った?」
「はい、言いましたが」
「……エイプリルフールのジョークとかではなく?」
「四月一日はとっくに過ぎましたよ」
「………………」
何故か眉間を押さえる会長。一体何があったのだろうか。
「……あんまりこういうことしたくないんだけどさ、生徒会長命令出していい?」
「? はぁ、よほど変なものでなければ」
この人のことだし、そんな無茶なことは言わないだろう。
「いいか? 絶対に恋人がいるってことを公言するな? いいか、絶対だぞ?」
「別にいいですけど……どうしたんですか急に」
「お前に恋人がいるって知られたら、絶対に一部で暴動が起こるからな……」
「またまた、そんなまさか。そんなのは少女漫画の中だけですって」
たかが生徒会副会長に恋人がいるっていうだけで、そんな大騒ぎになるはずがない。
「俺だってそう信じたいよ……」
生徒会の会議はこれからだというのに、何故か会長は疲れ切った様子だった。
しっかしお前に恋人ねぇ……と何故か感慨深げな会長。
「……お前の恋人なんだし、さぞや可愛い子なんだろうな」
「はい、それはもう」
それは自信を持って肯定することが出来る。
俺の恋人は、可愛くて、美人で、とても明るくて、とても優しくて――。
――とても、愛おしい
ブーッブーッ
「ん?」
ポケットの中のスマホが振動した。どうやらメッセージが届いたらしい。
流石に副会長が廊下でスマホを使っていては示しがつかないので、ポケットから少しだけ出してチラリと画面を確認する。
そこに映っていたのは、その恋人からのメッセージだったのだが……。
「……んん?」
「ん? どうした?」
「あ、いや、何でもないです」
サッとスマホをしまい、そのまま会長と共に生徒会室へと戻る。これから会議なのでしばらくスマホは使えそうにないが、特に急ぎの用事ではなかったので問題は無いだろう。
ただ――。
(……アイドルにスカウトされた、ねぇ)
――その内容は、とても気になるものだった。
『――で、名刺差し出しながら「アイドルに興味はありませんか!?」って』
「なるほどね……」
その日の夜。自室のベッドに腰かけながら、恋人との通話タイム。話題は勿論、昼間に送られてきたメッセージの内容についてである。
なんでも放課後に友達と遊びに行ったところ、街中でスカウトされたらしい。
『少しだけみんなと離れてるときだったから、思わずナンパかと思ったよー』
「メグは可愛いから、スカウトもナンパも寄ってくるんだよ……メグ?」
だから気を付けてくれ、と続けようとしたのだが、何やら向こう側のメグが『うあああぁぁぁ……!?』と悶えていた。
「どうかした?」
『「どうかした?」じゃないよ! もー! もー! だから恥ずかしいから、イチイチそーいうこと言わなくていいってばー!』
「そういう? ……あぁ、メグが可愛いって? でも事実じゃないか。メグは可愛いよ」
『可愛くないよー……アタシより可愛い子なんてたくさんいるよー……』
「可愛い子がたくさんいても、メグが可愛いことには変わりないさ」
そう告げると、メグは『あうあう』と言いながら黙ってしまった。
普段は明るく快活なメグだが、自己評価が低くこうして可愛いと褒めると恥ずかしがりながら謙遜する。その様子がまた可愛いのだが、これ以上続けると俺の歯止めが効かずに話が進みそうになかった。
ただ最後に一言だけ。
「メグ、俺は君が一番可愛いと思ってるし、他の誰よりも大好きだからね」
『だからぁぁぁ!? もぉぉぉ! アタシも大好きぃぃぃ!』
「ありがとう、メグ」
『……もー、変なこと言うから話が進まないじゃん』
「ははっ、ごめんごめん」
しばらく電話の向こうでバタバタしていたメグが戻ってきてくれたので、話を元に戻す。
「それで、アイドルにスカウトされたって話だったけど……興味あるの?」
『あ、いや、そのー……ちょ、ちょっとだけね?』
どうやら興味はあるらしい。
先ほどから何度も言っているが、恋人としての贔屓目を抜きにしてもメグは可愛い。勿論それだけで成功するほどアイドルの世界は簡単ではないだろうが、それでも挑戦する価値はあるだろう。
しかし、一つだけ懸念すべきことがある。
「えっと、そのスカウトしてきた人は俺のことを知ってるの?」
それは
つい先日の俳優の
「メグのことだから『アイドルになりたいから別れて』とは言わないだろうけどさ」
『……へへっ、そこで「アイドルになるなら俺は身を引く」とか言い出したら怒ってたよ』
「メグのことを信じてるからね」
『ありがとっ! ……で、勿論アタシも言ったよ。「アタシ彼氏がいるんで」って。そしたら――』
――そ、そうか、それは残念……ん? いや、待てよ?
――?
――いや、それはそれでアリかもしれない!
――えっ。
――彼氏持ちアイドル! よそには人妻アイドルだっているんだから、それだってアリだろ!
――は、はぁ……。
――そう! 堂々と『恋人がいる』と宣言することで、純粋に『アイドル』としての魅力で勝負することが出来る!
――あのー……。
――さらに! 一部のファンからは『おいおい、その恋人ってのは俺のことだな?』と特殊な充足感を……!
――もしもーし……。
『――って』
「……なんというか、随分と……チャレンジ精神溢れる事務所だね」
少し言葉を選んだ末に、そう表現するのが最適だと判断した。
「何ていう事務所なの?」
『それが聞いてよー! アタシも変な事務所だなーって思いながら名刺貰ったの! そしたらそこに何て書いてあったと思う!?』
事務所を聞いた途端、急にメグが興奮し始めた。
「ふむ……」
メグがこういう聞き方をするということは、それを知った俺が驚くと考えたのだろう。つまりそれは俺も知っている事務所ということだ。知らないと驚けないからな。
俺の知っている事務所は基本的に有名どころばかりなので数が知れている。すなわち、『
まずは男性アイドル事務所の315プロは除外しよう。あとスカウトの人は『よそには人妻アイドルがいるんだから』と発言したらしいから、高垣楓さんが所属する346プロも除外。1054プロも、アイドルでありプロデューサーでもある
ここまでで765プロと961プロにまで絞られたわけだが……先ほどの反応を見る限りでは、メグはその事務所にスカウトされたことを喜んでいる様子だった。となると、メグのお気に入りのアイドルである
「……いや、降参」
でもまぁ、メグは俺を驚かせようとしてくれているわけだし、ここは気付かなかったことにしよう。
「一体何処の事務所だったの?」
『実はー……なんと! あの765プロなの! スゴくない!?』
「おぉ、スゴいじゃないか!」
『でしょー!』
気付かなかったことにはしたが、驚いているのは本当だ。何せ765プロと言えば、天海春香さんだけでなく、あの
「それで……やってみるの? アイドル」
『……とりあえず、話だけ聞いてみようかなーって』
「そうか」
自分の恋人がアイドルになるかもしれない。誇らしいような、少し寂しいような、そんな複雑な気分だ。
まさか、メグ
『それで相談なんだけどさ』
「何?」
『今度の日曜日のデートのついでに、765プロの事務所に行ってみたいんだけど……いーかな?』
「俺は別に構わないけど……メグはいいの?」
日曜日はメグの……。
『アタシはいーの。……だってその日は、一日中一緒……なんでしょ?』
「門限までね」
『えーっ!? そこはホラ、「今夜は帰さないよ」みたいなさぁ!』
「そういうのは、お互いに責任が取れる大人になってから」
俺だってそうしたいのは山々だが、お互いに親の保護下にある学生の身だ。メグの両親が門限を定めている以上、それは遵守しなければ、こうして交際をさせてもらっている身としては申し訳が立たない。
『……そ、そうだよね、大人になってから、だもんね』
何故か電話の向こう側で照れているメグはともかく、とりあえず明日は俺も一緒に765プロの事務所に向かうことになりそうだ。
その後も、それなりに夜遅くまで恋人との他愛ない会話を楽しむのだった。
さて、日曜日である。予定通りにメグとデートなので、朝から待ち合わせ場所である駅前へと向かう。
(……よし)
腕時計を確認すると、約束の時間の三十分前。いつも通りである。後はゆっくりとメグが来るのを待って――。
「おっはよー!」
――そんな底抜けに明るい声と共に、左腕に衝撃。後ろから誰かに勢いよく抱き着かれらしく、チラリと視界の端には茶色の長い髪が見えた。そんなことをしてくる人物には一人しか心当たりが無かった。
「おはよう、メグ。うん、今日も可愛いよ」
「え、えへへ、ありがと」
ややブカブカのタンクトップにレオパード柄のスカートを履いたメグ。やや露出が多いような気もするが、これはこれで春らしい装いだろう。
「それにしても、今日は早いね。まだ時間まで三十分あるよ?」
「たまにはアタシが先に来て待ってようかなーって思ったんだけど……っていうか、え、何、いつもこんなに早く来てたの!?」
「まぁね」
流石に毎回三十分前とは言わないが、大体それぐらいにはいつも集合場所で待っている。
「もー! だったら先に言ってよー! ずっと待たせっちゃってたってことでしょ!?」
「俺は気にしてないよ。メグのことを考えながら待ってるだけで、俺は楽しいから」
「むー……」
「そんなことより、今はもっと大事なことがあるだろ?」
「えっ」
「誕生日おめでとう、メグ」
――今日、四月十五日はメグこと
「……え、えへへ……うん、ありがとう」
一先ず、往来の邪魔にならないところに移動してから、メグにプレゼントを渡すことにする。
「その前に、一つ謝っておかないといけないことがあるんだ」
「へ?」
「実は、今回メグへのプレゼントを買うに当たって、姉さんからアドバイスを貰ったんだ」
「お姉さんから?」
生憎、女性との交際経験がない自分には、何をプレゼントすればメグが喜んでくれるのかを考えるのが難しかった。今回、メグと付き合い始めてから初めての誕生日と言うことで、変なものをプレゼントして失敗もしたくなかった。
そこで、自分の一番身近な女性である姉にアドバイスを貰うことにしたのだ。
「本当は自分で考えるのが一番だってことは分かってたけど……ゴメン」
「別にアタシは気にしてないよ。……というか、それを素直に言っちゃう辺り、ホント真面目君だよね~」
もーカッコイイくせにそういうところがカワイイんだからーと俺の頭を撫でるメグ。
「初めは薔薇の花を一輪、っていうのを考えたんだけどさ。姉さんに『それは少し重すぎるかも……』って止められたんだ」
「んーアタシはそれでも嬉しかったけどねー」
「それに薔薇だといつかは枯れちゃって、形に残らないからね。だから、形にも思い出にも残るようなプレゼントにしてみた。はいコレ」
「封筒? ……って、わっ!? これ『夢と魔法の王国』のチケットじゃん!?」
というわけで、これが俺の誕生日プレゼント。要するに、遊園地の入園券だ。
「本当は今日行こうかなって思ったんだけど、765プロの事務所に行くって言うから、チケットの日付を変えておいたよ。また次のデートで行こうか」
「わざわざ変えてくれたの!? ゴメン……でもありがと! めっちゃ嬉しい!」
「園内に、アクセサリーに名前を入れてくれるお店があるらしいからさ、そこで一緒のアクセサリーでもどうかなって思ったんだ。そうすれば、形にも残るし思い出にもなるでしょ?」
「わー……! ホントありがと!」
ガバッと真正面から抱き着いてきたメグの身体を、優しく抱き止める。
「……あぁ、なんか幸せだなー……こうやって、
「……俺も、こうしてメグを抱きしめることが出来て、幸せだよ」
それはまだ、付き合いたての男女特有の浮ついた夢を見ているような感覚に近いのかもしれない。
けれど、今の自分がメグのことが大好きで、メグも俺のことを大好きでいてくれるという事実には変わらない。
ならば、今はその幸せを満喫しよう。
……言葉にしなくても、俺とメグはそれを確信している。
――きっとこの人が、最初で最後の恋人になるのだと……。
4月15日
今日はアタシの16歳の誕生日! 折角なので、今日から日記を付けようと思う。三日坊主にならないように、頑張らないと。
さて、今日はアタシの誕生日ということで、一日アカリと一緒にデートをした。
まずはアカリからの誕生日プレゼントは『夢と魔法の王国』のチケットだった。なんでもアルバイトでお金を貯めてくれたらしい。生徒会の副会長がアルバイト……? と思ったが、アカリ曰く「これまでの素行と成績を考慮して、特例で認めてもらった」らしい。相変わらずハイスペックな恋人だった。
ちなみに元々考えていたらしい薔薇の花でもアタシは嬉しかったので、それを伝えると「それなら来年からは薔薇を送るよ」「来年は一本、その次は二本……いつか、その腕に抱えきれないぐらいの薔薇を送らせてほしいな」と言われてしまった。……これって、よく考えなくてもプロポーズだよね!? そうだよね!?
ホントもう、ナチュラルに女の子口説くから、彼女として少し心配になっちゃうよ。
……でも、それを全部アタシに言ってくれるんだから、それだけで顔がにやけてくる。
そうそう、デートのついでに、前々から行くつもりだった765プロの事務所にも行ってみた。あらかじめ連絡は入れておいたけど、流石に彼氏同伴だとは思っていなかったらしく、凄い驚いていた。
前回街中であったプロデューサーに、事務所の社長さんも交えて話してみたが、やはり例え彼氏持ちだったとしても、アタシをアイドルとしてスカウトしたい気持ちに変わりはないらしい。
アカリは「メグがやりたいなら、やってみるといいよ」と言ってくれたので、前向きに考えてみようと思う。また後日、レッスン風景などを見せてくれるらしいから、そこでまた考えてみることにしよう。
その後は、アカリと一緒にお昼を食べに――。
「いやぁ、なかなかの逸材だったねぇ。……恋人の彼も、思わずスカウトしたくなるぐらいの才能を感じてしまったよ」
「自分もです、社長。……しかし彼、どこかで見たような顔立ちだったな……?」
「……ぴよ……私も、あんなステキ彼氏が欲しかったぴよ……」
・アカリ
無駄な真名隠しシステムにより、もうしばらくこの名前だけで通そうと思う。
完全無欠な王子様キャラが書きたかった。
なお、実は裏では腹黒とか黒い部分を抱えているとか『そういうのは一切ありません』
・所恵美
四月十五日生まれのギャル天使。
こんな同級生が欲しかった定期。
ミリシタで悲しい事故が起こり、その行き場のない感情を叩きつけた結果、連載をもう一つ始めることになった。ちょっと後悔してるけど、満足もしている。
作者の別作品『かえでさんといっしょ』と同じ世界線という設定ですが、そこまで深く考えなくてもよいです。ただシンデレラガールズとのクロスオーバーはあります。
というわけでこちらも毎月十五日に更新……と言いたいところですが、他作品の更新との兼ね合いを含めて、毎月一日の更新、四月のみ十五日の更新、という形にさせていただきます。
というわけで皆さま、これから一年間よろしくお願いします!