「お疲れ様です」
「おー、お疲れさん……って」
二月十四日。放課後、生徒会室にやって来た俺を見るなり生徒会長がギョッとした。
「おいおい、結局
「はい……
思わず苦笑しながら両手に提げた紙袋を目線の高さにまで持ち上げる。
中身はカラフルなラッピングが施された贈り物の数々で、全てバレンタインの贈り物として渡されたものだった。
「彼女持ちを公言したから大人しくなると予想してたんだが……まだそんなに貰ってくるか」
呆れ半分感心半分といった様子の生徒会長に「正直俺もそう思ってました」と返す。
去年のバレンタインもありがたいことに、紙袋が一杯になるほどプレゼントを貰ってしまった。しかし今年は文化祭の一件で自分に
「……もしかして、彼女がいるから逆に渡しやすくなったんじゃないか?」
「というと?」
「んー……『0を1にするのは難しい』って表現でいいのか分からんが、前例がある以上自分にも可能性があるって考えたとか」
生徒会長の言わんとすることはなんとなく理解出来たが……そういうものなのだろうか。
「どちらにせよ、貰った以上はお返しを考えないと」
「今年も全部返すのか? 去年もそうだったが、律儀な奴だな」
生徒会長は「基本的に渡して自己満足してる奴らばっかりだろうに」とはいうものの、流石に貰ってばかりでは申し訳ない。
「それでも高校生には手痛い出費です」
最近ではシアターでお手伝いをするとプロデューサーさんから強引に渡される賃金があるものの、毎月の小遣いでやりくりをしている身としては苦笑を禁じ得ない。
「それじゃあそんな副会長様のために、今年も俺は渡さないでおいてやるよ。ホワイトデーは気にしなくていいぞー」
「はい、ありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが……」
生徒会長の前に簡単なラッピングをした箱を置く。
「稚拙な手作りのものではありますが……日頃の感謝を込めて、チョコレートです」
「……はぁ……どうのこうの言って、結局お前はそういうことをするんだもんなぁ」
「あれ、チョコレートお嫌いでした?」
「いーや、なんでも。ありがたくいただくよ」
生徒会での会議を終え、生徒会役員からの贈り物によってさらに重くなった紙袋を携えながら俺はシアターへと向かう。
今日のシアターはバレンタイン特別公演ということで、ステージ終了後にアイドルから小さなチョコレートを手渡しされるというイベントが予定されていた。
アイドルからチョコレートを貰うというだけでも十分なのに、それが手渡しなのだ。当然ファンは今日の公演を是が非でも参加したいと思うだろうし、現に今日の公演のチケットは発表と同時に即完売という有様だったらしい。
「……なるほど」
……という話を、楽屋へと続く通路を共だって歩くプロデューサーさんから聞いた。
「それだったら、俺は今日の公演の参加を遠慮した方が良かったかもしれないですね……」
「まぁ、アカリ君は恵美から本命のチョコを貰うしね」
確定事項として納得するプロデューサーさん。
「ならどうせなら、恵美以外のアイドルから貰うっていうのはどうだい?」
今回のイベントはファンがチョコレートを貰いたいアイドルを選べるようになっているので、当然俺もメグ以外のアイドルを選んでその子から貰うという選択肢も存在する。
「貰うと思います?」
「思わない」
自分で提案しつつ、プロデューサーさんはあっさりと断言した。
「アイドルとファンという関係になっても、俺の一番の
「だろうな。野暮な質問だった」
そんな会話をしつつ、毎回恒例のメグの楽屋訪問である。
今日はたまたま用事があるプロデューサーさんと一緒だったが、最近では一人で普通に楽屋を出入りしている。アイドルやスタッフの皆さんからは既に関係者として扱われているのが、ありがたいような申し訳ないような複雑な気分だ。
今日もメグは琴葉さんとエレナさんの二人と一緒の楽屋のため、三人の楽屋をコンコンとプロデューサーさんがノックする。
『はーい!』
「俺だ。アカリ君も来てくれたぞー」
『えっ!? アカリもう来ちゃったの!?』
「ん?」
『ちょっと待っててー!』
メグの声が聞こえたかと思うと、何やら楽屋の中がドタドタと騒々しくなった。
「……何してるんでしょうね?」
「さてなぁ……」
プロデューサーさんと二人で首を傾げる。
『……お待たせー、入っていいよー』
数分後、メグからようやく入室許可が下りたので、プロデューサーさんがドアノブに手を伸ばす。
『ただし! 入っていいのはアカリだけ! プロデューサーはもうちょっと待ってて!』
「……えぇ……?」
困惑してドアノブから手を離すプロデューサーさん。
「俺もお前たちに用があるんだけど……」
『すぐ終わるから! プロデューサーはステイ! 中を見るのもダメだから!』
「……だ、そうだ」
「なんか、すみません……」
はぁ……とため息を吐くプロデューサーさんに、申し訳なくなって頭を下げる。プロデューサーさんの用事を早く済まさせてあげるためにも、まずは俺が早く楽屋に入る以外なさそうだ。
「それじゃあメグ、入るよ」
『う、うん』
プロデューサーさんが中を見るのを禁じていたので、ドアを小さく開けて素早く中へ体を滑り込ませてすぐにドアを閉じる。
「お疲れ様、メグ。俺だけ入っていいって、一体……」
どういう理由なのか……と尋ねようとして、思わず言葉を失ってしまった。
「……は、ハッピーバレンタイン!」
そこにいたのは、ステージ衣装に着替える前の制服姿のメグだった。しかしブレザーとカーディガンを脱いでおり、その上からピンク色のリボンがまるでラッピングをするかのように巻かれている。そして両膝に両手をつき、胸を強調するようなポーズでウインクをするメグが、そこにいたのだった。
「……えっと」
咄嗟のコメントが思いつかずに困っていると、徐々にメグの顔が赤くなってプルプルと震え始めた。
「……ちょ、ちょっと莉緒!? アカリ引いてない!?」
「おかしいわね……雑誌にはこうすればイチコロだって書いてあったのに……」
どうやら楽屋には莉緒さんもいたらしく、メグの叫ぶような問いかけに「あれー?」と首を傾げていた。どうやらこのメグの格好及びポーズは莉緒さんの指導によるものだったらしい。
「だから言ったじゃないですか……」
はぁ……と頭を抱えた琴葉さんがため息を吐く。
「そもそもアカリはメグにぞっこんなんだから、今更イチコロにするのもおかしくない?」
「……はっ!? そういえばそうよね!?」
そんなエレナさんの指摘に「そうだった!」と手のひらを叩く莉緒さん。
確かにぞっこんではあるのだが、これはちょっと驚いただけである。
「っと、ごめんメグ……あまりにも魅力的すぎて思わずビックリしちゃったんだ」
「うぅー……ホントーに? 引いてない?」
「引かないよ」
その格好が恥ずかしくなってきたのか、体を隠すように自身を抱いていたメグの両手首を優しく掴む。すると身長の関係上、リボンを巻いたメグの体を見下ろす形になり、いつもより一つ多く外されたブラウスの胸元にどうしても目線がいってしまった。
「……えっち」
俺の視線に気付いたらしく、メグは恥ずかしそうに頬を染めながら可愛らしく睨む。
「ごめんって。……それで、バレンタインの贈り物はメグ自身って解釈でいいのかな?」
「………………」
ついっと無言のまま目線を逸らすメグ。
そんな彼女の耳元に口を寄せる。
「……否定しないなら、食べちゃうよ」
「~っ!?」
「い、いい加減にしなさーい!」
そろそろ来るだろうなぁと予想していた通り、琴葉さんからのストップがかかったので止める。
「ごめんなさい、琴葉さん」
恥ずかしさのあまり俺の胸元に額を押し当てて顔を隠すメグの背中をポンポンと叩きながら、琴葉さんに謝罪する。
「……アカリ君、もしかして私が止めること前提にこういうことやってない?」
「まさか」
やんわりと否定するが、ジト目の琴葉さんはまるで信じた様子はなかった。
「……はっ! ほ、ホラ見なさい! 私のアドバイス通り、アカリ君をイチコロに出来たでしょ!?」
「どちらかというと、メグミの方がイチコロだったけど」
なにやら固まっていた莉緒さんが再起動したが、エレナさんの一言で再び固まってしまった。
「いや、俺も十分イチコロにされちゃいましたよ。こんな素敵なメグを見せてもらえて、ありがとうございます」
「……まぁ、アカリ君は例外よね……」
さて、そろそろメグたちに用事があるっていうプロデューサーさんも中に入れてあげないと。
「ほらメグ、ちゃんと服着直して。相手がプロデューサーさんとはいえ、他の人にメグの今の姿を見られたら、俺が嫉妬しちゃうよ」
着替えを促す言葉とは裏腹に、俺の腕はギュッとメグの体を抱き締めていた。
「っっっ!!」
「コラそこ! 然り気無く追い討ちかけない!」
バレンタイン特別公演は、大成功という結果で幕を閉じた。
最後の手渡し会も大きな問題はなく、ファンのみんなは大興奮しつつもしっかりとマナーを守ってアイドルたちからチョコレートを受け取っていた。勿論手作りではないが、一つ一つにアイドルたちが手書きしたメッセージカードが付属するため、ファンからしてみたら垂涎ものだろう。
当然、俺も『所恵美』からチョコレートを貰うために列に並んだ。一人、また一人とファンがチョコレートを受け取っていき、ついに俺の番がやって来た。
――はい! 今日はありがとー!
俺の顔を見て一瞬だけ口元が緩んだメグだったが、すぐさま持ち直して他のファンと同じように笑顔でチョコレートを渡してくれた。俺もそれを「こちらこそありがとうございます。これからも応援しています」と他のファンと同じように受け取った。
そうして無事、手渡し会も終わったわけなのだが……。
「まさかこんなのを仕込んでたとはね……」
「えへへ、ビックリした?」
「寧ろ何かの手違いがあったときのことを考えて肝が冷えたよ」
暗くなった帰り道。メグを駅まで送りながら、話題は先ほどメグから渡されたメッセージカードだった。
他のファンの人の話を聞く限り、メグのカードに書かれていたメッセージは『これからも応援よろしくねー!』というものだったらしい。しかし、俺に渡されたカードにはそのメッセージがなく、代わりにキスマークがついていたのだ。
「俺に渡す分だけこっそりと入れ替えるとは思わなかったよ」
「……もしかして、怒ってる?」
思わずため息を吐いてしまったが、それに気付いたメグが恐る恐る顔を覗き込んできた。
「怒ってないよ。でも、もし何かの間違えでこれが他人の手に渡ってたらって考えると……」
「うっ……それは、ゴメン……」
シュンとしてしまったメグの頭を「だから怒ってないよ」と撫でる。
「メグが俺だけに特別な想いを込めてくれたことは嬉しい。だから、例え小さなカードにしたものであっても、君の唇を誰にも渡したくないんだ」
「……うん。アタシの唇は……」
立ち止まり、俺の顔を見上げながらメグは「ううん」と首を振った。
「唇だけじゃないよ。……身も心も、アカリのものだよ」
だから……とメグは俺の胸に手を当てて一歩距離を詰めてきた。
「バレンタインのチョコの前に、
目を瞑るメグ。人通りの少ないとはいえ、ここは往来。それでも、今こうして唇を突き出すメグがとても愛おしくて。
それは先ほど貰ったチョコレートよりも、甘かった。
2月14日
今日はバレンタイン! 昨日事務所の給湯室で他の子たちと一緒に作ったチョコをアカリにあげる日であり、同時にシアターでの特別公演の日でもあった。
バレンタインということで、ライブ終了後にファンのみんなにチョコとメッセージカードを手渡しするというイベント。ファンのみんなは喜んでくれて、アタシのところにもいっぱいチョコを貰いに来てくれて嬉しかった。
そしてライブを見に来てくれたアカリも、アタシのチョコを貰いに来てくれた。勿論アカリに渡す本命のチョコは用意してあるしアカリもそれを知っているはずなのだが、それでもアタシのところに貰いに来てくれたのが嬉しかった。
そしてアカリが来てくれることを信じて、こっそり用意しておいたキスマークを付けたメッセージカードを渡したのだが……ちょっとアカリに怒られてしまった。
確かに、何かの間違いでアカリ以外の人に渡してしまったらということは考えていなかった。反省。
でもその怒ってくれた理由が、アタシの唇を誰かに渡したくないというものだったから、思わず嬉しくなってしまった。
アカリから貰ったチョコも美味しかったし……アカリの唇も、素敵だった。
最高の一日!
「それで? 莉緒は得た知識を自分で使わないの? プロデューサーとか」
「え? なんで?」
(……これは、どっちの意味なんだろ……?)
『プレゼントは私』がやりたかっただけだったりそうじゃなかったり。
うーん、イチャつきが足りない……足りなくない? これが作者の衰えか……。
恵美一緒も、残り二話です! ラストスパート、頑張ります!