ころめぐといっしょ   作:朝霞リョウマ

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最終話に向けて助走をつけるお話。


所恵美と将来を語る3月

 

 

 

 ピンポーン

 

「ん?」

 

 とある休日の朝、キッチンにいた俺は呼び鈴の音に顔を上げた。

 

「はいはいっと」

 

 濡れた手を前掛けで拭き、インターホンを取る。

 

「はい」

 

『こんにちは!』

 

「あれ、メグ?」

 

 カメラ付きインターホンのモニターに映し出されたのは、俺の恋人でありアイドルでもあるメグがにこやかに挨拶をする姿だった。そしてその笑顔はインターホンに出たのが俺だと分かった途端、パアッとさらに明るいものになった。

 

『あっ、この声はアカリ! ヤッホ! 来ちゃったっ』

 

「来ちゃったって……」

 

 確か今日は仕事があるって話だったはずだけど……とりあえず、中に入ってもらおう。

 

「今開けるね」

 

『はーい!』

 

 モニターを切ると前掛けを外して玄関へ向かう。

 

 内カギを回してドアを開けた途端、飛び掛かるような勢いでメグが抱き着いてきた。

 

「えへへ、おはよー! アカリ!」

 

「おはようメグ」

 

 そのままギューッと身体を強く抱きしめ、恒例の挨拶をする。まだまだ寒い三月の空気が流れ込んでくる玄関ではあるが、お互いの体温が心地よかった。

 

「色々聞きたいことはあるんだけど……とりあえず上がって。時間は大丈夫?」

 

「うん、ダイジョーブ! お邪魔しまーす!」

 

 メグは廊下に腰を下ろしてブーツを脱ぎ始める。そして視界にチラチラと入っていたであろう()()に苦笑していた。

 

「いやー相変わらずアカリの家の玄関は凄いね」

 

「まぁね」

 

 俺も一緒になって苦笑しつつ、廊下の壁に掛けられた『姉さんのグラビア写真』の額縁の数々に視線を向ける。姉さんのグラビアは、水着もしくはそれと同じぐらい肌の露出が多い衣装ばかりだ。おかげで少々刺激の強い廊下になってしまっていた。

 

 こんなことになってしまっている原因は、勿論そういった方向性でアイドルをしている姉さんではない。姉さんがそういう衣装を着ると怒るくせに、新しいグラビアが発表されるたびに拡大印刷して堂々と玄関に飾る父さんである。

 

「ホント、怒ってるんだか喜んでるんだか」

 

「でもこれだけ素敵な写真なんだから、自慢したい気持ちは分かるなー。ここなら、お客さん全員の目に入るもんね」

 

「おかげで初めてウチに来る人はみんな驚いているよ」

 

 ご近所の人は知っているからいいが、配達の人には「苗字が同じだから大ファンなんだろうな」と思ってもらえているといいのだが……まさか実家だとは思わないだろう。

 

「……俺もメグの写真を飾ってみようかな」

 

「ちょっと!?」

 

「冗談だよ」

 

 メグの写真は自分の部屋に飾って自分だけで楽しむことにしよう。

 

「それで、今日はいきなりどうしたの? お仕事じゃなかったっけ」

 

 廊下を歩きながら先ほどから疑問に思っていたことを尋ねると、メグは「それが聞いてよー」とうんざりした表情を浮かべた。

 

「お仕事の入りの時間をプロデューサーが間違えててさー」

 

「それはそれは」

 

十一時(じゅういちじ)十七時(じゅうしちじ)を聞き間違えたらしくて……」

 

「四半日違うじゃないか!?」

 

 流石に六時間は間違えすぎだった。

 

「だから夕方まで完全にオフになっちゃって。……時間が空いたから、無性に会いたくなっちゃんったんだ」

 

「メグ……」

 

 恋人に『会いたい』と言われて喜ばない人はいないだろう。だからわざわざ現場から俺の家まで来てくれたメグのことが愛おしくて、もう一度ギュッと抱きしめてしまった。

 

「大丈夫だった? いきなり押しかけてきて、迷惑じゃなかった?」

 

「迷惑なわけないよ。……あ」

 

 はたと()()が途中だったことに気が付いて言葉を止めてしまった。

 

「え……もしかして、本当に何か用事あった……?」

 

「あ、いや、用事と言えば用事なんだけど……」

 

 そんな俺の様子に「まさか……」と顔色を悪くするメグ。

 

「……まぁ、メグにだったら話しても大丈夫か」

 

「へ?」

 

 

 

「クッキーを焼いてた?」

 

「うん」

 

 リビングにコートと鞄を置いたメグと一緒にキッチンに戻ってくると、そこにはまだまだ練っている最中のクッキー生地と、今まさに中でクッキーを焼いているオーブン、そして焼き上がって冷ましている途中のクッキー。誰がどうみても、クッキーの制作過程の真っ只中である。

 

「さっきからしてた甘い匂いはこれだったんだー。美味しそー!」

 

「食べる?」

 

「いいの!?」

 

「勿論」

 

 目を輝かせるメグの口元に焼き立てのクッキーを一つ摘まんで持っていくと、躊躇なくメグはそれに「あーん」と食いついた。

 

「んー、美味しー! アカリってばお菓子も作れたんだ!」

 

「ありがとう。でも、ただレシピ通りに作ってるだけだから、そう大したことじゃないよ」

 

 「もっとちょーだい!」と口を開けるメグに、そのままクッキーを数枚『あーん』する。

 

「それにしても、随分沢山作って……いや、沢山ってレベルじゃないよねコレ」

 

 租借しながらふと我に返ったらしいメグが、大量に焼かれたクッキーとまだまだ練っている最中のクッキー生地の量に少し引いていた。

 

「どーしたの、コレ」

 

「ホワイトデーのお返しだよ」

 

「……あぁー! なるほど!」

 

 俺の返答に、納得がいったとメグは手のひらを叩いた。

 

 というわけで、今日は朝からずっとホワイトデーのお返しとして渡すクッキーを焼いていたのだ。

 

 会長に「わざわざ手作りするのか」と驚かれたが、なにせ返す数が数だ。学校で貰った分や近所の人から貰った分、さらに今年は765プロのみんなから貰った分も返さなければならない。そうなると全員分を買っていては流石にお金が足りない。

 

 そこで材料を買って自作することで、少しでも費用を減らそうという魂胆なのである。勿論量が量なので、それでもかなりの出費だったが……あらかじめ今日のために安売りの材料を買いだめしておいて良かった。

 

「今日は父さんと母さんが知り合いの結婚式に呼ばれて朝からいないし、姉さんも昼前から出かけるらしいから、こうやってキッチンを独占してクッキーを焼いてたんだ」

 

「なるほどねー……あれ、それじゃあコレ食べちゃダメだったんじゃないの!?」

 

 口元まで運んだ五枚目のクッキーを慌てて口から離すメグ。

 

「大体の数で作ってるから、今からおやつとして食べても大丈夫だよ。寧ろゴメンね?」

 

「え? 何が?」

 

「いや……なんというか、メグっていう恋人がいるのに、こうやって他の女の子に渡すためのクッキーを焼いてて……」

 

 それがメグに対して言い淀んだ理由。要するに後ろめたかったわけである。だから、出来ればメグに内緒で作ってしまいたかったんだけど……。

 

「まーちょっとだけ妬いちゃうけど……こういうことも手を抜かずにしっかりとやる、アタシはそんなアカリが好きになったから」

 

「……ありがとう、メグ」

 

「それに、アタシは一足先に貰っちゃったしねー」

 

「あ、これはメグの分じゃないよ」

 

「……え」

 

「こんなまとめて作ったクッキーじゃなくて、もっと丁寧に愛情を込めて作るから……十四日を楽しみに待っててほしい」

 

「……うん、分かった。楽しみにしてる!」

 

 メグはクッキーの欠片を口の中に放り込むと「それじゃあアタシも手伝おうかな!」と袖捲りを始めた。

 

「ありがとう。でも俺一人でも大丈夫だよ」

 

「こんなに沢山焼くんだから、一人じゃ大変でしょ。だから手伝ってあげる」

 

 わざわざメグの手を煩わせるわけにはいかないと思ったのだが、彼女は「それに」と言って唇を尖らせた。

 

「『アカリの手作り』を他の子に食べさせるのがなんかイヤだから、アタシも手伝って『アカリと彼女の手作り』にしてやろーかと思ったの」

 

「……ははっ」

 

「あ、笑ったなー!? 子どもっぽいとか思ったんでしょ!?」

 

「違うよ、可愛いなって思ったんだ」

 

「……そんな嬉しいこと言っても誤魔化されないぞー」

 

 そう言いつつ、ニヤけた笑みを隠そうともせずに「えいえい」と殴るように拳を肩に当ててくるメグ。

 

「……あら、お邪魔しちゃったかな?」

 

 ふと、そんな声が聞こえてきた。

 

「恵美ちゃん、いらっしゃい」

 

 振り返ると、そこには自室のある二階から降りてきた姉さんがキッチンの入り口から顔を出していた。

 

「あっ! おはよーございます! おじゃましてまーす!」

 

「おはよう。今日はどうしたの?」

 

 姉さんは「確かとー君から今日はお仕事って聞いてたんだけど……」と首を傾げる。

 

「それがちょっとした手違いでスケジュールに穴が空いちゃって……ちょっとでもアカリに会いたかったから、来ちゃいました」

 

「ふふっ、相変わらず仲が良いのね」

 

「勿論!」

 

 姉さんの言葉に「ねー?」と腕に抱き付くメグ。家族の前でのスキンシップはやや気恥ずかしいものがあるが、勿論振りほどくなんてことはしない。

 

「私は今から出かけちゃうけど、仕事に遅れない程度にゆっくりしていってね」

 

「はーい!」

 

「あ、良かったらコレ持っていって」

 

 メグと話している間に簡単にラッピングしたクッキーを姉さんに手渡す。

 

「ありがとう……でもいいの? 沢山作らないといけないんでしょ?」

 

「大丈夫。去年の姉さんのバレンタインよりは大変じゃないから」

 

「あ、あれは……もう!」

 

 去年のバレンタインに姉さんは『事務所の人たちに配るから』という名目で大量のチョコレートケーキを作っていた。そのときは俺も少し手伝ったのだが……父さんは「そんなに渡す相手がいるのか!?」とやや誤解していた。

 

 そんな姉さんのチョコレートケーキと比べれば、楽とは言わないがマシである。

 

「それじゃあ、いってきます」

 

「いってらっしゃい!」

 

「いってらっしゃい、姉さん」

 

「うん。……とー君」

 

 ちょいちょいと姉さんが手招きするので、そのまま一緒に廊下へ出る。

 

「何? 姉さん」

 

「……えっと――」

 

 

 

 ――()()()()、恵美ちゃんには言ったの?

 

 

 

「……ううん、まだ言ってない」

 

「……そっか」

 

 正直にそう告白すると、姉さんは小さい子を諭すような優しい笑みで俺の胸に手を置いた。

 

「まだまだ先の話だし、勿論とー君自身が決めること。それでも恵美ちゃんのことでもあるんだから、キチンと話しておかないとダメだよ?」

 

 そのまま姉さんは「とー君なら分かってるよね?」と俺の頭を撫でる。姉さんよりも身長が高いのでやや不格好なことになっているが、姉さんの優しさが嬉しかった。

 

「……大丈夫。ありがとう、姉さん」

 

「うん、頑張って」

 

 

 

 

 

 出かけて行った姉さんを見送り、メグと一緒にクッキー作りを再開する。

 

「そーいえばちょっとアカリに聞いてみたいことがあったんだけどさー」

 

「聞きたいこと?」

 

 オーブンの様子を見つつ、焼き上がったクッキーを袋詰めしてくれているメグの話に耳を傾ける。

 

 

 

「アカリってさ、高校卒業したらどーするの?」

 

 

 

「………………」

 

「ガッコのセンセーが『まだ二年生だけどそろそろ決めとけ』って」

 

「……メグは、さ」

 

 オーブンから目を離し、メグに視線を向ける。メグは「ん? なにー?」といつもの様子で聞き返してきた。

 

「これからもアイドル、続けるんだよね?」

 

「え? ……そりゃーね。今すっごく楽しいし、琴葉やエレナと色んなところで色んな歌を歌えるのが嬉しいし……一年や二年で辞めるつもりはないよー。だからアイドルを続けるのは前提条件として、大学に進学するのか事務所に所属するのか……っていう二択かな?」

 

「……そっか」

 

 手を止めて「でもなー大学で勉強しながらアイドルかー……アタシには難しいかなー……」と悩んでるメグを見て、俺は内心でホッとしていた。そしてそれと同時に、やっぱり()()をきっちりと彼女に話しておくべきだと感じた。

 

「あのさ、メグ。実は俺、夢が出来たんだ」

 

「え!? アカリの夢!?」

 

「あぁ、やりたいことが出来たんだ」

 

「なになに!? アカリからそーいう話聞いたことなかったから、超興味ある!」

 

 身を乗り出して尋ねてくるメグに、俺は意を決してそれを口にした。

 

 

 

 ――メグを世界一のトップアイドルにする。

 

 

 

「……え」

 

 俺の発言が予想外だったらしく、メグはポカンとした表情になった。

 

「前々からプロデューサーさんや社長さんからウチの事務所にこないかって言われててさ」

 

 当初、それは二人の冗談だってずっと思っていた。しかし、先日『本気にしていいですか』と尋ねてみたところ、とても喜びながら「是非!」と改めて勧誘してきたのだ。

 

「だから高校を卒業したら……そのまま765プロの事務所に入るつもり」

 

「……え、えぇぇぇ!?」

 

 驚愕の声を上げながら、メグは椅子から跳ねるように立ち上がった。

 

「だ、大学行かないの!? 高校の先生から国立の推薦勧められてたんでしょ!?」

 

「うん……だから『進学しません』って言ったら進路相談の先生が倒れちゃって」

 

 あれは本当にびっくりした。

 

「………………」

 

 メグは呆然とした様子で立ち尽くしている。

 

「……また先走っちゃったのかもしれないね」

 

 これは俺だけの問題じゃない。俺の進路は俺自身の問題だが、これには()()()()()も重要になってくる。そもそも彼女が『トップアイドルには興味がない』と言ってしまえばそれで終わりなのだ。

 

「でも俺は……もっと輝くメグが見たいんだ」

 

 思えば、メグが初めてアイドルとしてステージに立ったそのときからずっと、俺はそれを願っていたのかもしれない。メグはとても素敵な女の子で、それはアイドルになったことでさらに輝きを増して……その『輝きの向こう側』を見たいと()()()が思ってしまった。

 

 そしてアイドルとしての道を進み続けるメグの隣に立っているプロデューサーさんに、俺は()()()()()()()()。『たとえアイドルとプロデューサーという関係であったとしても、メグの隣は譲りたくない』という、我ながらバカみたいな理由である。

 

 だからこれは、メグの意志なんて全く考えていない俺の独りよがりの我儘。

 

「メグなら絶対に誰にも負けないトップアイドルになるって……俺は信じてる」

 

「で、でも、大学を卒業してからだって遅くは……! そ、それにほら、アタシと一緒に大学に通いながらとか!」

 

「………………」

 

「……はぁ……『もう決めた』っていう目ぇしてるよ、アカリ」

 

 苦笑したメグは、そのままストンと椅子に座り直した。

 

「……本音、言っていい?」

 

「うん」

 

 俺もメグの隣の椅子に腰を下ろす。

 

「……アタシは、アカリの期待に応える自信がないんだ。アカリはいつも褒めてくれるけど、アタシは今でも『アタシなんかより可愛い子はいっぱいいる』って思ってるし、アイドルだって心のどこかで『トップアイドルは流石に無理』って思ってる」

 

 メグは「でも……」と俺に向かって手を差し伸ばしてきた。俺がその手を取ると、彼女は俺の手を両手で握りしめた。

 

「アタシもアカリと同じで、()()()()()()()()()()()()()。アタシに自信がなくてもアカリに自信があるなら……きっと大丈夫だって思ってる」

 

「メグ……」

 

「今分かったよ。アタシがずっと持ってなかった自信っていうのは……アカリのところにあったんだね」

 

 おもむろに椅子から立ち上がったメグは、ひょいっと俺の膝の上に座って来た。

 

「……でも一つだけ訂正して。それしてくれたら、アタシもアカリの考えに賛成してあげる」

 

「なに?」

 

「……アカリがアタシをトップアイドルにするんじゃなくて……アカリとアタシが一緒に頑張ってトップアイドルになるの」

 

 コツンと額と額が合わさり、メグの顔で視界が埋め尽くされる。

 

「……あぁ、一緒に頑張ろう」

 

「でももしかしてー……アカリが高校を卒業するより前に、アタシとプロデューサーの二人でトップアイドルになっちゃったりして」

 

「……それはそれで、メグがトップアイドルになるんだったら」

 

「そんな拗ねた顔しないでよー」

 

 コイツー! と真正面から頭を抱きしめられてしまった。メグの柔らかい身体で呼吸が阻害されて、少々息苦しい。

 

「でも……アカリが本気でそう思ってくれてるんなら、アタシだって本気でいくよ。手加減だってしない」

 

「ぷはっ。あぁ、それでいい。そのとき、世界一のトップアイドルになってたなら……今度は宇宙一のトップアイドルを目指そう」

 

「うん!」

 

「だからこれから先もずっと、一緒にいてほしい」

 

「うん! ……うん?」

 

 また先走りすぎと言われるかもしれない……でも、俺はこの想いを胸の内に留めておくことが出来なかった。

 

 

 

「あのさ、メグ――」

 

 

 

 

 

 

 3月10日

 

 今日は

 

 とても言葉では言い尽くせないぐらい

 

 今までの人生で

 

 最高に幸せな一日だった

 

 

 

 

 

 

「……そっか。あれからもう、三年も経つんだ」

 

 

 




 次話、完結。

※注意!!

 次回は 4月15日 の更新です! 恵美の誕生日が更新日です!

 お間違えの無いよう!

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