「……ん……」
意識が徐々に覚醒していき、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
ぼやけた視界はまだ意識がしっかりとしていないからではなく、ここ二年で視力がガクッと落ちたからだ。卒業してからというもの、それはまでは使う機会のあまりなかったパソコンの使用する頻度が増えたことが原因だと思われる。
そして日常生活にも支障が出始めたため、眼鏡をかけるようになった。周りからはコンタクトレンズを勧められたのだが……少々情けないことに目に異物を入れることが怖かったのだ。……そのことを正直に告白したところ、何故かテンションの上がったメグに強く抱きしめられたということは、全くの余談ということにしておこう。
さて、このまま布団の中で微睡んでいるのも大変魅力的なのだが、今日は忙しい一日になるので、早く起きて準備をしなければならない。
だから――。
「メグ、朝だよ」
「……ううん……」
――
「……アカリー……?」
「おはよう、メグ」
目と鼻の先にあるメグの瞼がゆっくりと開いた。視力は落ちていてもこれだけ近ければ彼女の瞳がしっかりと見ることが出来る。
「………………」
どうやらまだ完全に起きたわけではなさそうで、メグはぼんやりとこちらを見つめ返してきている。
少しだけ視線を下げると、そこには寝起きだというのに瑞々しいメグの唇。まるで吸い寄せられるような魅力で溢れていて……そのまま吸い寄せられて思わず『おはようのキス』をしてしまった。
「っ……!? ……ん」
突然のことに一瞬だけ体を強張らせたメグだったが、すぐにトロンと目を閉じてこちらに身を委ねてきた。
しかし寝起きの口腔内は細菌が多い。メグと舌を絡めたい衝動を抑え、軽く啄むようなバードキスを繰り返す。
「……んん……?」
十回を超えた辺りでようやくメグの意識がハッキリしてきたらしい。
「起きた? 今日は忙しいから、そろそろ起きて支度しないと」
「え、うん……あ、あれ……?」
俺の言葉にしっかりと頷きながらも、イマイチ今の状況が呑み込めていない様子のメグ。
現状を把握しようとキョロキョロと視線を彷徨わせ――。
「……っ!?」
――
「………………」
「メグー。そろそろ出ておいでー」
一足先にシャワーと浴びてから二人分の朝食を作ったのだが、メグは一向に布団の中から出てくる様子を見せなかった。下着やパジャマはベッドのすぐ下に落ちていたので、布団の中のメグは未だに裸のままというわけではないのだが……。
「……メーグ」
優しく呼びかけながらベッドの縁に腰を下ろす。ギシッとベッドが軋むと同時にメグの身体がビクリと震えるのが分かった。
「……あのさ、アカリ」
「うん」
くぐもった声が布団の中から聞こえてくる。
「……えっと、その……アタシたち――」
――……し、
か細い声ではあったが、なんとか聞き取ることが出来た。
「……うん。約束通り、メグが
今日、四月十五日は所恵美の二十歳の誕生日であり……メグと初めて
日付が変わり、メグが二十歳になったその瞬間……俺とメグは初めて結ばれた。今までも彼女を愛していた自信はあるけれど、これでようやくしっかりとした形で彼女を愛することが出来た。
「もしかして気分悪い? どこか痛かったりする?」
お互いに初めてのことだったが故に、もしかしたら体調が優れないのかもしれない。心配になり、布団を捲って中のメグの様子を窺う。
「………………」
布団の中で丸まっているメグ。下着はしっかりと付けていたもののパジャマは羽織っているだけのやや煽情的な姿だ。その顔は未だに赤く、俺と視線を合わせてくれなかった。
「……その、ちょっとだけお腹の所に違和感があるけど……痛くないよ。それに、気分も悪くない……寧ろちょっとふわふわしてていい気分……」
しかしメグは「でも……」と言ってうつ伏せになって顔を隠してしまった。
「……なんか色々口走っちゃったような気がするから、恥ずかしくて……!」
足をバタバタと動かして悶えるメグ。確かに色々と言っていたが……果たしてどれのことを言っているのか、心当たりが多すぎて見当が付かなかった。
「俺はメグから言われた言葉、全部嬉しかったよ。それだけ本気で俺のことを愛してくれてるってことが分かって、本当に嬉しかった」
「だからって『もっとぉ!』とか『赤ちゃん欲しい!』とかはないでしょおぉぉぉうわあああぁぁぁん!!」
枕に顔を埋めてさらにバタバタと悶えるメグ。ないとまでは言わないが……うん、確かにこうして明るいときに落ち着いた状態で聞くと恥ずかしい気もする。ちなみに避妊はしっかりとしていた。
「アカリぃ! 絶対に誰にも言っちゃダメだよ!?」
「言わないって」
流石に恋人との情事を他者に話すようなことはしないと苦笑す。
「さぁメグ。そろそろ起きて、シャワーを浴びて」
「……分かった」
のそのそと動き出したメグに一安心したところで野菜スープを暖め直すためにキッチンへ……向かおうとしたのだが、クイッと背後から服を引っ張られた。
一体何だろうかと振り返ると、そこには恥ずかしそうに顔を赤くしつつも目を閉じて唇をこちらに突き出すメグの姿があった。
「……はい。分かりましたよ、お姫様」
そんなメグの姿が可愛くてクスリと笑った後、彼女の頬に手を添えて……今度は深いキスと交わすのだった。
二年前、俺は宣言していたように高校卒業と同時に765プロへと入社した。
業界でその名を轟かす有名事務所にも関わらず、社長一人事務員二人プロデューサー三人という超少数精鋭体勢だったため、入社してすぐに俺も現場で働くことになってしまった。
しかし進学のための受験勉強や就職活動を一切しなかったため、三年生の冬から大分暇になった俺は度々765プロを訪れては先んじて仕事のあれこれを教わっていた。おかげでプロデューサーさんから「……いや、分かってはいたけど……本当に優秀だな君は」とお世辞を言ってもらえる程度には仕事を覚えることが出来た。ただそのおかげで、先も言ったように視力が落ちてしまったのだが、些細なことだ。
そして去年、メグの高校卒業と同時に……俺たちは同棲を始めた。お互いの両親には既に話は通してあり、俺とメグは既に『結婚を前提としたお付き合い』ということになっている。
ちなみにメグも卒業と同時に765プロに入社したため、お互いに働いている身となり生活費は二人で出し合っている。と言っても、俺の稼ぎというのは基本的にメグの稼ぎなのだが……。
そしてメグの入社と同時に俺は彼女のプロデューサーとして正式に任命された。勿論プロデューサー不足の現状を解消するために、彼女だけでなく琴葉さんやエレナさんも一緒にプロデュースしているが、基本的にメグのプロデューサーだと二人も認識しているようだ。
業界の人間としてはメグよりも若輩者の俺ではあるが、メグのアイドルとしての魅力を世間がより一層認識してくれたおかげで、ついにアイドルたちの最高峰『アイドルエクストリーム』への出場を果たすことが出来た。
そして――。
「んー! このスープ美味しい!」
「ありがとう。おかわりする分もあるから、遠慮しないでね」
「あーいや、食べ過ぎはどうかなーって思うんだけど」
「ちゃんと計算してるから、大丈夫だよ」
こうして一緒に暮らすことで、メグの健康管理の手助けをすることもできる。あまり束縛しすぎるのも嫌がられるかとも思ったのだが、彼女は笑顔で受け入れてくれた上に「むしろやらせちゃってゴメン……」と謝られてしまった。確かにメグの手料理というのも大変魅力的ではあるのだが……彼女と一緒の時間はまだまだ長いのだから、少しぐらい我慢しよう。
「それに今日は本当に忙しいから。ちゃんと食べておかないと」
一応すぐに食べられるケータリングも用意しておくが、それも食べる時間を確保してあげられるかどうか怪しかった。
何せ今日はメグの誕生日。アイドル『所恵美』の誕生日を祝いたいファンのためのイベントがいくつも用意されている上に、夜には事務所でのパーティーも予定されている。祝われるのに引っ張りだこというのも考えものだが……それだけメグが人気だということだろう。
「それなら、寧ろアカリの方がちゃんと食べておかないと」
「え?」
「……今日、だよね」
「……うん」
――今日、俺は所恵美の恋人として初めて表舞台に立つ。
「緊張してる?」
「ちょっとね。人前に立つなんて、高校のとき以来だよ」
劇場での誕生日記念公演の最後の挨拶のときに俺もメグと一緒に舞台上に立ち、そこで自分が所恵美の恋人だということを告げる。劇場には記者も呼ぶので、それが正式な公表ということになるのだ。
「誕生日のこのタイミングは、ちょっとファンのみんなには意地悪かもしれないけど……それでも、この間のアイドルエクストリームのことも含めて、俺の口から色々と……」
「アカリ」
「メグ……」
顔を上げると、対面に座るメグは少し怖い顔をしていた。
「アタシはあの結果で満足してるし、みんなも喜んでくれた。だから、そのことでアカリが『自分の責任だ』とか言い出したら流石に怒るからね」
「………………」
アイドルエクストリーム。俺とメグの全力を持って挑んだその大会は、
俺がもっと彼女をPR出来ていたら、もっと彼女の仕事やレッスンを効率よく回すことが出来たら、もっと早くから彼女のプロデューサーに就いてあげることが出来たら……どうしてもそんなありえないIFを考えてしまう。
「コラ。言ったそばから暗い顔して」
対面から手を伸ばして俺の鼻先を指で突くメグ。
「アタシはまだこれで終わりだって思ってないし、アカリも終わったって思ってるわけじゃないんでしょ? なら、まだこれから。反省はしても落ち込むのはダメ」
メグは「ホント、アカリってば失敗に慣れてないんだから」と苦笑した。
「アタシはもう、自分に自信がないなんて言わない。だからアカリも自信を持って。アカリは『所恵美』にとっての最高のプロデューサーで、いずれアタシを日本一に導いてくれる存在なんだって」
「……あぁ、約束するよ」
絶対に、君を
「よーし、それじゃあ準備準備! 洗い物はアタシがやるね!」
「うん、お願い」
キッチンの流しで洗い物を始めたメグの後姿を横目で確認しながら、俺はこっそりと鞄の中に
(……よし)
彼女は知らないし、知らせていない。知らせるはずがない。
俺は今日、ステージの上で彼女にプロポーズをする。
三年前のあの日。俺はメグに「いずれ結婚したい」としっかりと言葉にして伝えてある。けれどそれはまだまだ子どもの口約束。メグも信じてくれてはいると思うが、しっかりと言葉にしたいのだ。
お互いにまだまだ若輩者の身として、早すぎる話なのかもしれない。
しかし、それが
「……メグ」
「わっ、どーしたの?」
洗い物をしているメグを後ろから抱き締める。
「……俺はメグと恋人になれて、本当に幸せだよ」
「もう、どーしたのさ、いきなり」
突然のその言葉に、もしかしたら気付かれてしまったかもしれない。
メグは水道を止めて濡れた手を拭くと、振り返って俺を抱きしめ返してくれた。
「アタシだって幸せ。あの日、アカリと……燈也と出会って、恋人になって、今日までずっと幸せ。今日からもずーっと幸せ」
「……うん、ありがとう、恵美」
これは年齢だけ大人になったばかりの、子どもの恋愛事情。きっとその言葉はまだまだ軽く、本当の愛を語るには生きる時間は短すぎるのかもしれない。
けれどそうじゃない……これを
だからこれは俺たちのプロローグ。これから始まるアイドル『所恵美』の軌跡であり、新田燈也と所恵美の人生の始まり。
アイドルとして、人生のパートナーとして、ずっとずっと――。
――
4月15日
今日はアタシの誕生日! 一日中イベントに引っ張りだこで、本当にヘロヘロで、正直日記を書くのも辛いけど……それでも、書いておきたいことがあった。
まず、初めてアカリとエッチをした。……こうして書くと、本当に恥ずかしさがこみあげてくる……でも、本当の意味でアカリと愛し合うことが出来て嬉しかった。
そして劇場でアカリをアタシの恋人として初めて紹介したのだが、そのときにみんなの前でプロポーズをされてしまった。
正直に言うと、なんとなく気付いていた。普段だったらこういうサプライズをしっかりと隠しておくアカリなのだが、ここ最近は少々その完璧さ加減が薄れてきているような気もする。それが可愛かったりもするのだが……。
そんなわけで正確にはサプライズではなかったのだが……それでも、思わずアタシは泣いてしまった。勿論悲しいわけじゃなくて、嬉しくて泣いてしまった。
ようやく……ようやくだ。ずっとずっと想い続けたアカリと一緒になる日が来たのだから。
……アカリが「まだ寝ないのか?」と聞いてきているから、最後に一言だけ。
「愛してるよ、アカリっ!」
『新田燈也』
主人公。『いっそのこと突き抜けて爽やか優等生イケメン』が主人公だったらという考えのもと、恵美の同年代の高校生になった。尚当初は同級生の予定だったが、誕生日と年齢の関係上一つ上の学年になった。
名前の由来は「優等生な主人公→姉は美波っぽい→じゃあ海関連の名前で→燈台から燈也で」という感じになった。
姉はデレマスの新田美波。多分みんな気づいてた。
めぐみぃ、誕生日おめでとう!
去年、恵美の誕生日記念という名目で更新を挙げたこの小説も、無事一年続けることが出来ました。これもひとえに読者の皆様のおかげと、恵美の可愛さのおかげです。
そして今回をもって『ころめぐといっしょ』は完結です。たまに短編を更新することがあるかもしれませんが、定期更新は終わりになります。月並みな言葉ではありますが、長いような短いような楽しい一年でした。
本当に皆さん、一年間ありがとうございました。
それでは、また別の作品でお会いしましょう。