「……よし、出来た」
朝。早くから起きて作っていたおかずを全て詰め終わり、重箱の蓋を閉じる。
「おはよう。あら、早いのね」
重箱を包んでいると、キッチンに姉さんが入って来た。
「あ、おはよう姉さん。昨日は遅かったみたいだね」
「えぇ。事務所の先輩たちとご飯に行ってたら少し遅くなっちゃって。……それにしても、凄いお弁当ね」
ピクニックにでも行くの? と尋ねてくる姉さんに「違うよ」と首を横に振る。
「実は今日――」
『聞いてアカリ! アタシついにステージに立つことになったんだ!』
既に日課であるメグとの夜の電話において、開口一番メグは嬉しそうにそう告げた。
アイドルデビューを目指してダンスレッスンやボーカルレッスンを重ねていたメグだったが、ついにそのときがきたらしい。
「おぉ、おめでとう、メグ」
『えへへ、ありがと! ……まぁ、と言っても事務所の先輩の曲を歌わせてもらうだけだから、正式なデビューってわけじゃないんだけどね』
「それでも凄いよ。それで、いつになるの?」
『あ、やっぱり観に来たい……?』
「勿論だよ。自分の恋人が……違うな、メグがアイドルとしてステージに立つ姿を楽しみにしてたんだから」
恋人だから、なんて理由じゃない。所恵美という一人の少女が大好きだから、そんな彼女がアイドルになる姿を観たいと思うのだ。
『……うぅ、そう言ってくれるのがすっごい嬉しいんだけど、やっぱり恥ずかしい……』
「相変わらずメグは恥ずかしがり屋だなぁ。これからアイドルとしてデビューしたら、ファンのみんなからもっと沢山褒められるんだろうから、これぐらいは慣れておかないと」
『……アカリに言われるのが恥ずかしいんだってば……』
「え? それは困ったな……俺はこれからもメグのことを可愛いって褒めていきたいし、大好きだって気持ちも言葉にして伝えていきたいんだけど」
『分かったから! ちゃんと慣れるから! 今はちょっと勘弁して!』
自分の気持ちに素直になるということも些か不便だなぁと思いつつ、話を戻す。
「それで、いつ?」
『次の日曜日。定例ライブの合間に『
『七彩ボタン』って言うと、確か……。
「『竜宮小町』さんの曲だね。でも、三人ユニットの曲を一人で歌うのかい?」
『おっ、流石に鋭い。勿論アタシ一人じゃなくて、琴葉とエレナと一緒なんだー』
それにしてもそうか……三人でステージに立つのか。別に彼女一人だけのステージじゃないことに対して不満があるわけじゃない。逆に三人で、しかも気心知れた友人と共にステージに立つのだから、きっとそれほど緊張しなくて済むだろうと少しホッとしている。
『それで、招待用のチケットをアタシも貰ってるんだけど……』
「俺がメグの家まで取りに行けばいい?」
『それでもいいんだけど、わざわざ来てもらうのも悪いかなーって思って』
「別の俺は気にしないけど」
確かにメグの家へ行くには電車を乗り継ぐ必要があるが……それでも、それぐらいの労力はどうってことない。
『ううん。だから当日、劇場の前で直接渡そうと思って』
「それは……大丈夫なの? 公演前ってことは、リハーサルとか打ち合わせとか色々忙しいと思うんだけど」
『その辺はダイジョーブだって! なんとかするから!』
「……メグがそう言うんなら」
一応、こちらでも当日チケットを購入できるか確認しておこう。万が一、入れませんでしたなんてことにならないように。メグのことは信じているが、念のため。
『それで~……アカリにお願いしたいことあるんだけど、いい?』
「いいよ。何?」
メグのお願いは、しっかりと俺の叶えることが出来る範囲のことだと確信している。故に了承してから内容を尋ねる。
『えっと……お弁当作って来てほしいなー……なんて』
「お弁当?」
『うん。お昼ご飯は自分たちで用意するんだけど……折角だから、アカリが作ってくれたお弁当を食べて気合を入れようと思って!』
それぐらいならばお安い御用だ。自分が作ったお弁当なんかでメグのモチベーションが上がるというのであれば、いくらでも作って持っていこう。
「分かった。それじゃあ俺も気合を入れてお弁当を作るよ」
『ありがとっ! その代わり、今度のデートのときはアタシがお弁当作ってあげるね。それ持って公園にピクニックっていうのはどう?』
「いいね。アイドル『所恵美』のステージの次は、そっちを楽しみにしてるよ」
「――というわけで、そのお弁当。どうせだから他の人にも食べてもらうと思って、多めに作ったんだ」
「そうだったの。それにしても、恵美ちゃんもついにステージに立つのね……ふふっ、私も楽しみだわ」
「姉さんにそう言われると、メグもきっと喜ぶよ」
包み終わり、それを大きめのスポーツバッグに入れる。
「あ、そこのテーブルに乗ってるおにぎりとおかずは余分に作ったやつだから、良かったら姉さん、朝ご飯に食べてよ」
「いいの?」
「勿論」
「なら、いただくわね。ありがとう――」
――とー君。
「……着いた着いた」
そんなわけで、スポーツサイクルを走らせ、やって来たのはとある海沿いの建物。学校の体育館ほどの大きさで、屋根の上には『765 LIVE THEATER』というネオンが設けられているその建物は、言うまでも無くメグが所属する765プロダクションが関わっている建物。ズバリ、765プロ専用劇場である。
以前ここへ来たときはメグと一緒に事務所からプロデューサーさんの車で連れてきてもらったのだが、今日は自宅から直接来てみたのだ。
「意外と近くにあったんだなぁ……」
とはいえ、自転車で30分ほどの距離。言うほど近くは無いが、それでもメグの家と比べると十分近かった。これならば自宅からでも通うことが出来そうだ。
さて、今日は日曜日。平日は十六時からの一公演だけらしいのだが、土日祝日はお昼の公演も合わせて二公演やるらしい。二つの公演は同じセットリストらしいので、メグはその両方に出演するということだ。
とりあえず先にメグへ到着したことを伝えるメッセージを送ってから、駐輪場へと自転車を停めに行く。先ほどチラリと見えた駐車場もそうだったが、駐輪場もそれなりの台数が停まっており、今日この劇場へと訪れた観客の多さが窺えた。
メグがチケットを持って来てくれるまで、何処か分かりやすい場所で待機を――。
「やぁ、久しぶりだね、彼氏君」
「――え? ……プロデューサーさん」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに立っていたのは765プロのプロデューサーさんだった。メグと共に何度か顔を合わせているので、どうやら向こうも俺のことを覚えていてくれたらしい。
「お久しぶりです。今回、恵美をステージに立たせていただき、ありがとうございます」
自分がそれを言うのもお門違いかとも思ったが、それでもメグがアイドルとしての第一歩を踏み出せたのは彼のおかげだ。故に、しっかりと頭を下げて感謝の意を示す。
「いや、俺自身はそうたいしたことしてないよ。こうしてステージに立てるようになったのは、恵美自身の実力だ。そこはしっかりと彼女を評価してあげてくれ」
「それは勿論です」
「まぁ、君にだったらわざわざ俺が言う必要もなかったかな。……はい、恵美からの預かりものだよ」
そう言ってプロデューサーさんは一枚のチケットを俺に差し出してきた。
「本当は恵美が直接来るつもりだったらしいんだけど、流石に本番前で既にステージ衣装に着替えちゃった状態で外に出すわけにはいかなかったからね。代わりに俺が持ってきたよ」
「それは……ご足労をかけてしまったようで」
やっぱり、本番前のこのタイミングにメグが出てくるのは難しかったらしい。
「なんの、これぐらい気にしないさ。それとついでに、君からお弁当を受け取ってくるようにも頼まれてるよ」
そうか、それもあったんだ。メグがチケットを持って来てくれるならばその際に渡すつもりだったが、それも出来ない。彼女にお弁当を渡すためには、プロデューサーさんにお願いするしかないだろう。
「……それじゃあすみませんが、よろしくお願いします」
「任せてくれ」
チケットを受け取り、代わりに肩から下げていたスポーツバッグからお弁当の包みを――。
「……あぁ、そうだ。どうせなら、直接君が渡してもいいよ」
「え?」
――取り出そうとして、プロデューサーさんの言葉に手が止まった。
「それはどういう……?」
「このまま君が楽屋まで会いに行くってことだよ」
「い、いいんですか?」
「本当はダメだけど、君なら大丈夫だろう。俺も一緒に行動すれば他の人からの文句も無いはずさ。それに、恵美も本番直前に恋人から直接激励されたら気合入るだろうしな」
どうだい? と尋ねてくるプロデューサーさん。
それは勿論二つ返事で飛びつきたい魅力的な提案なのだが、やはり部外者がそこまで立ち入って大丈夫なのかという一抹の疑問が過る。
しかしそれでも
「……お言葉に甘えても、いいでしょうか」
「勿論だ!」
というわけで、プロデューサーさんに着いて行き、関係者入り口から劇場の中へと入っていった。
「ここが楽屋だ」
途中すれ違ったスタッフさんにやや不思議そうな目で見られたものの、それ以外は何もお咎めなく楽屋の前までやって来た。中からはわずかに年若い女性たちの声が聞こえてきている。
「恵美以外にも他のアイドルたちが待機してるが……いくら可愛いからって目移りするなよ?」
「大丈夫です。例え他のアイドルが可愛くても、俺の中での一番はメグ以外にありえませんから」
流石だな、と笑ってからプロデューサーさんはコンコンと楽屋のドアをノックした。
「俺だ。入ってもいいか?」
プロデューサーさんがドア越しにそう呼びかけると、中から「はーい」という返事が返ってきた。
入室許可が下りたところで、プロデューサーさんがドアノブを回してドアを開けた。
「恵美、お前にお客さんだぞ」
「ほえ? アタシに?」
ドアを開けるなり開口一番に放たれたプロデューサーさんの一言に、姿は見えないが恵美のそんな声が聞こえてきた。中に入っていく彼に続いて、俺も楽屋の中に足を踏み入れた。
「失礼します」
「えっ!? アカリっ!」
俺の姿に気付いたらしいメグの驚く声が聞こえてきたと思うと、そのままタタッと駆け寄ってきた彼女の姿がすぐ目の前にあった。
「やぁ、メグ。驚かせてゴメン」
「えーっ!? なんでなんで!?」
「プロデューサーさんが『折角だから会いに行ったらどうだ』って言ってくれたから、お言葉に甘えさせてもらったんだ」
「プロデューサーありがとう!」
メグが満面の笑みでプロデューサーさんにお礼を言うと、彼は「なんのなんの」とひらひらと手を振った。
「それで、それがステージ衣装?」
「そう! かわいーっしょ?」
尋ねると、メグは一歩後ろに下がり全身を見せるようにその場でクルリと回った。赤と白を基調とした衣装で、下は青のミニスカート。下にオーバーパンツを履いているだろうが、それでもこの短さでステージの上に立つと思うと恋人としては少々複雑な気分になる。
「ハーイ! キミがアカリだネー?」
「恵美から話は聞いてますよ」
メグへ「可愛いよ」と答えていると、声をかけられた。明るい緑色の長い髪の少女に、赤みがかった長い茶髪の少女。二人ともメグと同じ衣装を着ていた。
「俺もメグから話は聞いてます。初めまして、島原さん、田中さん」
「エレナでいいヨー! ……ウンウン! 写真見せてもらってたけど、やっぱりカッコイイ恋人だね、メグミ!」
「でしょー!」
エレナさんから褒められると、メグが嬉しそうに笑いながら俺の腕に抱き着いた。
「恵美、折角整えた衣装が崩れちゃうわよ」
「後で直すから、もうちょっとだけ~」
「もう……」
田中さんの忠告に聞き流すメグ。嘆息する彼女に、代わりに俺が申し訳なくなってしまった。
「すみません、田中さん」
「あ、そんな、貴方が謝るようなことじゃないから。……あと、私も名前でいいわ。一人だけ名字で呼ばれるのも、少し寂しいから」
「それじゃあ、琴葉さんで」
「……二人と仲良くなるのが早いねー」
彼女の目の前だぞーと言いながら、先ほどまでニコニコしながら俺の腕に抱き着いていたメグが、やや非難するような目になって人差し指で脇腹を突いてきた。そんな風にヤキモチを焼きながら拗ねるメグの姿も可愛いが、大事な初ステージを目前に控えていることだし、早々に誤解を解いておくことにしよう
「そんな顔をしないでくれ、メグ。もし本当にメグがそれを嫌がるんだったら、俺も琴葉さんのことを名前で呼ぶことをやめるよ。だけど、優しいメグはそんなこと絶対に言わないって俺は知ってるよ」
スッとメグの首筋から頬に向かって撫でると、彼女はくすぐったそうに身を捩った。
「だからホラ、笑って、メグ。アイドルとして客席の人たちに見せる前に、今だけはメグの笑顔を独り占めさせてほしいんだ」
「……もう、アカリってばしょうがないなー!」
メグは抱き着いていた俺の腕から離れると、左手を腰に当て、右手を横ピースにしながらニコッと笑った。少々頬が赤い気もするが、それはどんな人が見ても虜になると確信できる、メグらしい最高の笑顔だった。
「うん、やっぱりメグは拗ねてる顔も可愛いけど、やっぱり笑ってる方がもっと可愛いよ。はい、それじゃあいいものを見せてくれたお礼」
スポーツバッグの中からお弁当の包みを取り出し、メグに差し出した。
「約束のお弁当。沢山作ったから、皆さんも一緒にどうぞ」
「ヒャッホー! 待ってましたー!」
「お弁当!? 貰っていいの!? アリガトーアカリー!」
メグが喜んで受け取り、エレナさんも一緒になって喜んでくれた。これだけ喜んでもらえるのであれば、早起きして作ったお弁当は三文以上の価値があることには間違いないだろう。
「琴葉さんもよかったらどうぞ」
「ありがとう。……ねぇ」
「なんですか?」
「……きっと大変だってことは、貴方も分かってるのよね?」
曖昧に主語が抜けた言葉。メグの話から聞く琴葉さんのイメージにそぐわない曖昧な質問だったが、彼女が言いたいことは何となく分かった。
「勿論。メグがアイドルになると決めた以上、俺はそれを全力で応援する。そしてその上で、俺はメグから離れないことを決めたんだ」
きっとその道のりは優しいものではないだろう。『アイドルに恋人がいる』ということがどれだけ厳しい物なのか、容易に想像が出来る。
それでも。
「メグと別れること以上に辛いことなんて、ありはしないさ」
「……君は本当に恵美のことが好きなのね」
「あぁ。流石に彼女の両親には負けるだろうけど、いずれその一番は貰っていくよ」
「筋金入りね」
クスクスと笑う琴葉さん。流石にアイドルを目指しているだけあり、その姿も大変絵になっていた。
「ちょっとー、また二人でコソコソ何してるのさー」
「何でもないわよ、恵美」
「そうそう。琴葉さんに、俺がどれだけメグのことを大好きかを教えてたんだ。……そうだ、本番前で衣装を汚したら大変だから、俺が食べさせてあげるよ」
「えっ!?」
「ほら、前にメグが美味しいって言ってくれた甘い卵焼き。はい、あーん」
「「おぉ……!」」
「あ、アカリ!? 流石に二人の前だと恥ずかしいんだけど……二人もマジマジと見ないでよ!?」
……どうやら、緊張はしていないらしい。大丈夫だとは思っていたけど、俺の杞憂に終わって何よりだ。
後は、観客席から見守ることにしよう。
(……頑張れよ、メグ)
6月3日
ついに……ついに! 今日はアタシが初めてステージに立つ日!
……と言っても正式なデビューではなく、先輩たちのステージの合間に、先輩たちの曲を歌わせてもらうだけ。それでもアイドルとしての初めてのお仕事。とても気合が入る!
ちなみに曲は『七彩ボタン』で、琴葉とエレナの三人でステージに立つことになった。
アタシのアイドルとしての姿、少し恥ずかしい気もするけど、やっぱりアカリに見てもらいたかった。そこで少しだけおねだりをして、お弁当を作って応援に来てもらうことに! 二つ返事で断らないアカリ、優しくて大好き! しかもプロデューサーの気遣いで、楽屋にまで直接応援に来てくれるというサプライズ付き!
本番前にアカリにギュッてもらったおかげで、緊張なんてせずにステージに立つことが出来た。勿論ステージは大成功! 練習以上の歌とダンスが出来た気がする!
……ただ、そこで調子に乗ってしまったのがいけなかった。歌い終わった後に、トークで繋ぐことになってしまったのだが……そこで思わず、自分には恋人がいることを言ってしまったのだ。
観客は大分ざわついており、裏に戻ったらプロデューサーからも「言うのが早すぎる」と怒られてしまった。アカリは「もう怒られてるメグを怒るのは、俺の役目じゃないよ」と言って抱きしめてくれたけど……これから、どうなるんだろうか。
「おい、今日の子だけどよ」
「あぁ、あの『恋人がいる』って公言した子な」
「……ありじゃね?」
「……ありだな」
『姉』
・高校二年の主人公より年上
・第7回シンデレラガール総選挙50位圏内(ツイッター参照)
もう口調と上記の情報で分かる人には分かると思う。ただ主人公の本名と共にまだまだ隠す。
今回はそんなに甘くなかったので、次回七夕でもっとイチャコラさせるぞ!