「悪いな、夏休みにまで手伝わせちまって」
「いえ、これぐらいならばお安い御用です」
八月に入り、世間では夏休みの時期になっていた。俺の高校でも既に夏休みに入っていたが、十月に行われる文化祭の準備のために登校していた。尤もこれは準備の準備レベルなので、俺と生徒会長の二人だけでも十分に済ますことが出来た。
ただそれも今日で終わり。人によっては補習を受けに学校へ来ることもあるが、俺は受ける必要がないので免除されている。
「これで俺たちもようやく本格的に夏休みだな」
「そうですね。会長は何かご予定でも?」
「いや、ないよ。そういうお前は?」
「明日、彼女と一緒に海へ行く予定です」
「おーおー、青春してるなぁ」
そういう会長は何故かやれやれと呆れたような笑みを浮かべていた。
「夏休みに恋人と海デートっていうとテンプレートの極みだが、お前がやると絵になるんだろうな」
「そうですかね。……とはいえ、彼女が友達と一緒に海へ行くのにご一緒させてもらうだけなんですけどね」
劇場の友人数人と海に行くことになったらしく、どうせなら俺もどうかとメグに誘われたのだ。初めは「友人たちと楽しんでおいで」と断るつもりだったのだが、その友人たちからも「彼氏君も是非」と誘われてしまった。
「ダブルデートってことか?」
「? いえ、他のみんなには恋人はいなかったと思います」
メグは例外として、やっぱりアイドルのみんなに恋人はいないようである。今回も『劇場のみんなで』という話だから、男の人は俺と引率をしてくれるプロデューサーさんぐらいだろう。
「………………」
「なんですか?」
「いや……そこら辺の男だったら妬みの的なんだろうが……それはお前だからこそ許されることなんだろうな」
「……どういうことですか?」
「イケメンの特権ってことだよ」
「……?」
はぁっとため息を吐く会長の言いたいことがよく分からなかった。
というわけで、当日である。単純に海であれば劇場の目の前にもあるが、当然遊泳なんて出来ない。なので海水浴場までプロデューサーさんが運転するワゴンでやって来た。
「改めて、今日はありがとうございます」
「いやいや。こっちこそ、男一人にならずに済んで助かったよ」
女の子ばかりの中で一人はつらいからな……と、休日なのでいつものスーツではなくラフな私服姿のプロデューサーさんは苦笑い。
「それで、荷物はこれで全部ですか?」
既にメグを含むみんなは水着に着替えへ行ってしまっているので、俺とプロデューサーさんで先に荷物を運んで場所取りだ。ワゴンに積んであったクーラーボックス二つとビーチパラソルと簡易テントを両肩に担ぐ。
「あぁ……って、全部!? む、無理しなくても、俺も手伝うぞ!?」
「いえ、これぐらいなら大丈夫ですよ。連れてきてもらっている以上、雑用は任せてください」
「……そ、そうか?」
というわけでプロデューサーさんと共に浜辺へ向かう。休日だけあって人は多いが、それでも場所取り出来ないほどではなかった。
「……それで、最近のメグはどうです?」
簡易テントを設営しながら、同じくビーチパラソルを立てているプロデューサーさんに尋ねる。
「ん? 恵美のことなら、君の方が詳しいんじゃないかな?」
「いえ、アイドルとしてのメグのことはプロデューサーさんの方が詳しいでしょうから」
少しだけ悔しいが、どれだけ勉強してもまだ俺はそちらの業界には疎い。世間の声はネットでも見れるから、メグをプロデュースしている人の目からの評価を聞きたかった。
「そうだな……正直、自分でも予想以上の反響があると思う。恋人持ちのアイドルなんて、良くも悪くも注目の的だ。最初こそあまりいい目で見られてなかったみたいだが、最近だと劇場でのMCの最中にする君との
悪くない流れだよ、とプロデューサーさんは頷いた。
「熱愛とゴシップはアイドルにとっての弱点と言っても過言じゃない。勿論、それが足枷になることもあるだろうが……その弱点を克服した恵美は、もっと上を目指せると信じているよ」
「……そうですか」
「でも! プライベートな所恵美はいつでもアカリの傍にいるからねー!」
トンッという軽い衝撃と共に、背中に暖かな柔らかい何かが当たった。首筋にかかる暖かい吐息が少しだけくすぐったかった。
「ありがとう、メグ」
「えへへ」
振り返らなくても分かるその相手にお礼を言うと、彼女はくすぐったそうに笑った。
「着換え、意外と早かったね」
「うん! 服の下に着てきちゃったからね~!」
「下着の替えを忘れたりしてない?」
「そんな子どもみたいなことしませんー!」
俺の背中から離れて前に出てきたメグは、ベーッと小さく舌を出した。
「えっと……それで、どうかな? この水着」
クルリと小さくその場で回るメグは、黒のビキニを着ていた。肌の露出面積が大きく、紫外線や周りの視線が気になったが、手にはしっかりとラッシュガードを持っていた。多分、わざわざ俺に見せるためだけに脱いでくれたのだろう。
「うん、凄い似合ってる。流石メグ、可愛いし綺麗だよ」
「えへへ、ありがと。後で日焼け止め塗ってね?」
「俺でよければ、喜んで」
「おっとアカリ! 恋人を褒めるのはいいけど、男の子なら他の女の子を褒めるのも忘れちゃダメだヨ!」
なんなら今から……とメグの手を取ると、エレナさんからそんな待ったの声が。どうやら他のみんなも着替えが終わったらしい。
メグの手を取ったまま振り返ると、オレンジのビキニのエレナさんと、その後ろからやって来たピンクのフリルが付いたツーピースの琴葉さんの姿があった。
「もうエレナ、ダメよ邪魔しちゃ」
「エー?」
「俺は気にしてないですよ。お二人とも、とてもよく似合ってます」
流石アイドルですね、と褒めると、エレナさんが嬉しそうに笑うのに対して、琴葉さんは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「メグ、これぐらいは勘弁してね? 俺にとっての一番は勿論メグだから」
「もう、わざわざそんなこと確認しなくていいってば。……アタシだって、アカリのこと信じてるんだから」
俺が二人を褒めたことではなく、イチイチそんな確認をしてしまったことに対しての不満を口にするメグ。勿論メグのことは信じているが……たまにはこういうメグの表情を見たかったからわざと言ったのは内緒だ。
「……ありがとう、メグ。俺の恋人が君で良かった」
「ア、アタシも、アカリの恋人になれて良かったよ」
「メグ」
「アカリ……」
「あのーお二人さーん」
「ワタシたちのこと、忘れちゃダメだよー」
潤んだメグの眼が綺麗でジッと見ていたら、プロデューサーさんとエレナさんに声をかけられてメグが顔を赤くしてバッと離れてしまった。残念。
「ホント、二人はラブラブだネ~! 太陽よりも情熱的!」
「これはイケメンにのみ許される所業なんだろうなぁ……」
「二人とも茶化さないの! アカリ君と恵美も、少しぐらい周りを気にすること!」
「はい、ごめんなさい、琴葉さん」
勿論これは俺が悪いので素直に謝ると琴葉さんは「よろしい」と許してくれた。メグが琴葉さんを「委員長みたい」と称していたのがよく分かった。
そんなことを一人で納得していると、クイッと小さくメグが俺のシャツの裾を引っ張った。
「えっと、アカリ? そろそろ日焼け止め塗ってもらいたいんだけど……」
「あぁ、うん、いいよ。それじゃあ、テントの中で……」
「言ってる傍からコラー!? 周りを気にすることって言ったばかりじゃない!?」
再び琴葉さんから注意を受けてしまった。
「えー!? これもダメなの!?」
「ダメよ! いくら付き合ってるからって……そ、その、素肌を男の人に触らせるなんて……!」
「へ、変な言い方しないでよ! ただ日焼け止め塗ってもらうだけなんだよ!?」
顔を赤くする琴葉さんに釣られるようにメグの顔まで赤くなる。これが羞恥から来る赤さならまだいいが、日に焼けてメグの白い肌が実際に赤くなってしまう前に日焼け止めを塗ってあげたいのだが……。
「なに? メグミ、アカリに日焼け止め塗ってもらうの? だったら、ついでにワタシもお願いしていーい?」
「「エレナ!?」」
はいはーいと随分軽いノリで手を挙げたエレナさんに、ギョッと目を剥いたメグと琴葉さん。これには流石に俺も面喰ってしまった。
「貴女まで何考えてるのよ!?」
「アタシの彼氏なんだよ!?」
「えー? ただついでにお願いしただけなんだけど……」
「二人とも私が塗ります! ほらこっちに来なさい!」
「えぇ!? あ、アカリー!?」
「ムラなく塗ってもらっておいで」
琴葉さんに腕を掴まれてエレナさんと共にテントの中へと引きずられていくメグを、流石に大人しく見送るしかなかった。
「……なんというか……本当に凄いな、君は」
さて、そろそろ俺も着替えをしようかと考えていると、何故か凄いものを見るような目でプロデューサーさんに見られていた。
「何がですか?」
「いや、俺が君ぐらいの歳の頃に女の子から『日焼け止めを塗ってくれ』なんて頼まれたら、そんなに落ち着いていられた自信がないよ。寧ろ今でも平静を保てる自信がない」
大変失礼なことを聞くけど……と前置きした上で、プロデューサーさんはキョロキョロと周りを見渡してからこそっと耳打ちしてきた。
「……枯れてるってわけじゃないんだよな?」
「一応これでも、健全な男子高校生のつもりですよ」
実は色々な人から既に何度か問われている質問なので、思わず苦笑してしまう。
「現に今も、メグの体に触る大義名分が無くなって少しガッカリしてます」
テントの中から、女の子三人が仲良く日焼け止めを塗っているのであろう声が聞こえてくる。
「ある程度
そりゃあ、許されるのであればメグの体に触りたいという欲求ぐらい、俺にもある。それでも、それを上回るぐらいメグと一緒にいるという事実が俺を満たしてしまっているのだ。
「見慣れるって……あぁ、もしかして君のお姉さん?」
「はい。父さんが海が好きで、家族で良く海水浴にも来ていたので」
「成程な……
ウンウンと納得したように頷くプロデューサーさん。その言い方をされると俺が女性の体に関して一家言あるみたいで多少不本意であるが、あながち間違いでもないので強く否定は出来なかった。姉さんはアイドルとしてとても女性らしい身体つきをしているのは、弟としての贔屓目を抜きにしても間違いないことだった。
というか。
「プロデューサーさん、楽しそうですね?」
「……いやぁ、男が殆どいない職場だろ? 男兄弟もいなかったし、こういう話が出来る相手がいるのが嬉しいんだよ」
そう言いながらニヤリと笑うプロデューサーさん。
「……へぇ」
「っ!?」
突然ビクリと体を震わせたプロデューサーさんの後ろには、いつの間にか四人の女性の姿があった。
「お着換え終わったんですね。皆さん、とても魅力的な水着です……見惚れてメグに怒られないようにしないと」
「ふふっ、ありがとう、アカリ君。お世辞だって分かってても嬉しいわ」
そう言いつつ上機嫌に俺の肩をポンと叩いたのは、メグのものよりも少しだけ露出が多めの黒いビキニに身を包んだ
メグには申し訳ないが、劇場内で大人の魅力に溢れるメンバーが水着姿で揃っているのは圧巻の一言だった。馬場さんは少しだけ背が低いが、話せば彼女もちゃんとした大人の女性なのだとすぐに分かる。
「それでー? プロデューサー君は男子高校生を捕まえてどんな話をしようとしてたのかしらー?」
「ちょーっとお姉さんにも教えてもらいたいかなー?」
「え、いや、その……」
ニッコリと笑いながら詰め寄ってくる百瀬さんと馬場さんに、この暑い日差しに似つかわしくない冷や汗を流しながら後退るプロデューサーさん。豊川さんもプロデューサーさんを睨んでいるが可愛らしい容姿ゆえに迫力が無く、桜守さんはそんな様子を見ながら苦笑していた。
一応これは俺にも責任があるので、プロデューサーさんへ助け舟を出すことにしよう。
「アカリ」
「メグ、日焼け止めはちゃんと塗れた?」
しかしテントからメグが出てきたので、申し訳ないがそちらに意識を戻す。
「うん……アカリに塗ってもらいたかったんだけどね」
少しだけ唇を尖らせ、チラリと期待をするような目線を向けてくるメグ。
俺はテントから琴葉さんが出てきていないことを確認すると、そっとメグの耳元に口を寄せた。
「また別の機会に。……楽しみにしててもいいかな?」
「っ!?」
自分から切り出したくせに、再び真っ赤になったメグは、それでも蚊の鳴くような声で「………………うん」と頷いた。
さて……それじゃあ、高校生らしい夏の海を楽しむことにしよう。
8月11日
今日はアカリや劇場のみんなと一緒に海水浴に行った。
みんなと言っても、勿論全員ではなく時間が空いていたメンバーで、アタシと琴葉とエレナ、それに莉緒とこのみと風花と歌織の七人。それにアカリとプロデューサーを足した九人だった。
元々劇場のみんなで海へ行く話だったのだが、アタシが「アカリも連れていきたい」と言ったらみんなオッケーしてくれたのだ。少し我儘だったかもしれないけど、アカリと海へ行くのは初めてなので嬉しかった。
海に着くなり、早速アカリにおニューの水着を披露! この日の為に琴葉とエレナと一緒に選んだもので、アカリは可愛くて似合っていると褒めてくれた。
そこで少しだけ大胆にアカリにアピールをしようかと、日焼け止めを塗るのを頼んだのだが……琴葉に止められてしまった上に、琴葉によって塗られてしまった。
……まだキスもしたことないから、これぐらいからアカリとの関係を進めたらいいなって考えていただけに、少しだけガッカリしてしまった。
ただ、その後アカリに「また今度期待している」と言われてしまった……今思い出すだけでも顔が熱くなる。もー! あんなにカッコイイ声を耳元でささやかないでよー!
……そういえば、そのときのプロデューサー、莉緒たちに詰め寄られてたけど……なんだったんだろ?
「……くちっ!」
「? カゼ、ですか?」
「ううん、違うと思うんだけど……?」
恵美の黒ビキニ姿がみたいです……(儚い願望)
名前の方は引っ張るけど、そろそろ姉の正体は気付かれていると思う。そろそろ登場かなー?
そして内容が以前から「実際に遊びだす前に終わっている」ということに書き終わってからようやく気付く。今度は今までの前段階をすっ飛ばして始めないと、流石にマンネリだな……。
九月はその辺り気にして書きますので、よければまた一ヶ月後によろしくお願いします。