学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
第1話:弾丸VS剣─デュエマ部部長、白銀耀
「えーっと、今日の活動は――」
新学期にも、もう慣れた頃の土曜日。
古臭い木の匂いがする旧校舎の元・物理教室は俺達の部室。
とは言っても、部員はとても少なく、部費も降りないので同好会状態だが、何とかやっていけている。
そして問題はその部員達にあった。間髪入れず、ブロンドの髪の少女が手を挙げる。
「はいっ! アカル、全員で今日はシャーロック・ホームズの”空き家の冒険”を朗読するのが良いと思いマス!!」
「オイ、開幕で関係ないこと言うんじゃねえよこのシャーロキアン」
そんなことを言い出したのは、
そのため、ブロンドの髪は染めているのではなく勿論自毛で目も碧眼、顔立ちも整っている上に快活な性格で、皆からは人気者。そんな彼女が以前に此処に入部したいと言ってきた時はまあビビったもんだった。
しかし、重度の推理小説オタク、特にシャーロック・ホームズをこよなく愛するシャーロキアンで、暇になると推理小説を片手に没頭してしまうという問題点があり、今日も暇であるというアピールがしたいのか、こんなことを抜かしてきたのだ。
そんな彼女に突っ込んでいる間に、今度は向かいの席に座っているパーカーコートを羽織った小柄な女の子が、
「はいっ……ずっと寝ます、白銀先輩」
と抜かしてきた。
俺は悲しい。なぜこんなに悲しい思いをしなければならないのだろう。
彼女は後輩で、1年生の
まさかまさかの、電撃入部の新入生だったのだが――よく寝てる。正直何で入部してきたのかよく分からない。デュエマは一応できる上にそこそこ強いが、いつもうつらうつらしているし、今日も開口一口これである。もう俺泣いていいですか。いや、気持ちは分からなくはないのだ。
「畜生、分かってるんだよマンネリは!! でも此処は一応デュエマ部なの!! 暇だろうがマンネリだろうが、万年部員不足で同好会状態で予算不足だろうが、取り合えずデュエマするのが筋だろーが!」
デュエマ、正式名称はデュエル・マスターズ。
日本で今大人気のカードゲームだ。
そして、此処は鶺鴒学園高校のデュエル・マスターズ研究部、略してデュエマ部。
わいわいとデュエマをするのがコンセプトで建てられたらしいが、ただでさえ部員が少なかったのを俺の上の学年の代の先輩たちが別のカードゲームをやっていた所為で全然部員が集まらなかった上に、去年部員の大多数を占めていた3年生が卒業してしまったことで、デュエマ部は俺とブランだけになってしまったのだ。
結果、自動的に部長は2年生であるこの俺、
「休日にわざわざ出てきてあげてるだけでも、まだ良い方だと思いマスけどネー」
「ねえ、一応俺2年で部長だけど、泣く一歩手前だよ!?」
「いい加減に飽きました。ずっとこの3人で延々とデュエマしてるだけですし」
「あー……まあ、そうだよなあ……昔は部費でカードも買えたらしいんだが、今は同好会扱いな所為で……とにかく、追加の部員を呼び込まねえとこの同好会はいつまで経っても同好会のままだ。それじゃあ、卒業していった先輩たちに申し訳が無――」
「ところでブラン先輩。今日は、剣道部の練習試合を一緒に見に行こうとか言ってませんでしたっけ」
言いかけた俺を遮るように紫月がそんな約束を持ち出す。
俺、聞いてないんだけどそれ。ハブられてる? ひょっとしなくても。
剣道部の練習試合を一緒に見に行くとか初耳なんだけど。
「忘れてマシた。アカル、Sorry! 今から武道場に行くネ!」
「ちょっと待てや」
既に俺は泣きそうだった。知らない約束が俺の知らないところで結ばれてた事実に。
何よりその約束、デュエマ部としての活動をボイコットすることを前提としてるだろ、やる気ねーなこいつら。
「なあ、なあ!? デュエマ部の活動は!?」
「そういえば、アカル。剣道部のカリンってアカルのGirl friendデスヨネ?」
「ガールフレンドじゃねえが腐れ縁の幼馴染だ、いやそうじゃねえ、質問に関係ねぇ質問で返すな」
俺の抗議はガン無視されたが、同時にブランの問いに首をかしげた。
今更確認、念押しするような言い方だ。まるで、俺にも試合を見に来いと言わんばかりに。
確かに剣道部には、剣道がとても強い俺の幼馴染・
その腕は中学の時から指折り付きで、女子の中ではトップクラスだったというし、男子と試合しても引けを取らない程だ。現に、中3の夏では女子剣道チームの大将を務めており、結果は全国大会個人の部で準優勝という好成績。
それだけではなく、居合道に長刀もやっている凄い奴。
昔は俺とデュエマもよくした仲だが、最近はさっぱりだ。完全に剣の道に進むことを決めたらしい。俺も応援する意味合いであいつとの付き合いは距離を置いていたのだが――
「ええ、それなら……先輩にも一度見てもらった方が」
「俺にも? 俺、剣道の事はよく分からねーよ?」
「いえ、実はデスね――」
※※※
「一本!!」
練習試合が行われている武道場(剣道部以外の生徒の観戦可)に駆け付けた頃には、既に対戦相手の高校は皆男子の主力が負けてしまっていた。後で聞いた話だが、彼らは去年県で優勝も飾っている程強いらしく、うちの高校は女子のメンバーは皆強いのだが男子は今一つだったので意外だ。
話を聞くと、どうやら今1本を取ったうちの生徒が他の面子も皆倒してしまったらしい。練習試合の後の軽い対外練習のつもりだったらしいが――
「お、遅かったデスか……」
「え?」
「白銀先輩、あれを見て下さい」
「見て、ってあれうちの男子だろ? 今練習試合やってんの男子なんだからよ――」
俺が言ったその時。
こっちに帰ってきながら面を外す生徒。
露わになった顔を見て、俺は思わず声が漏れる。
「花梨……!!」
確かにそれは俺の幼馴染の花梨だった。女子が男子に勝った、それも相手のスタメン全員に――という事実には驚きだが、もっと気になるのはその表情が別人のようだったことか。快活で明るかったあの顔は何処へやら、目の下には濃い隈が出来ており、更に修羅のように表情筋が強張っている。
怯えているような声があちこちから聞こえてきた。
「おいおいやべーよ……向こうの女子にあんな化け物がいたなんて」
「つかアホかよ、あれ一応うちのスタメンだぞ!?」
「あんなバーバリアンがいたなんて……やばいわよ、アレ……」
口々にそう言っている。向こうの生徒だけじゃない。そんな声は、こちら側からも聞こえてきた。
しかし、花梨は気にする素振りも見せず、そのまま武道場から外の修練場に出て行ってしまう。
まるで物足りないと言わんばかりに。
いつの間にか、俺の知っている花梨ではなくなってしまったようだった。
「マジかよ……向こうの男子みんな伸したのが、花梨っていうのかよ?」
「ZZZ……」
「いや寝息で答えんな暗野」
「この間もカリンは別の高校との練習試合で、腕試しと言って男子チームと対戦を取り付け、圧勝していマス」
確かに花梨は強い。
同じ女子のカテゴリーの中では。
しかし、流石に男子とでは筋肉の差もあり、どうしても不利が入るのは彼女の重々承知していたことだ。
だが――今目の当たりにした光景は、性差さえも揺るがすものだった。
「だけど、それだけじゃないのデス。練習では丸太を素振りするようになったり……」
「丸太ァ!?」
「腕立て百回、状態起こし百回、その他野球部なんかでも音を上げるようなトレーニングをこなしたり……なんて噂が立っててデスね」
「噂かよ、マジかと思っちまったじゃねーか」
俺は流石に頭を抱えた。
つまり、そんな根も葉もない噂が立つくらい、最近の花梨は常軌を逸しているレベルで練習を行っているというのだ。
そんなことを続けていれば、いつか彼女の体が壊れてしまう。
丸太を素振りとか正気の沙汰じゃない。これは流石に嘘臭いが……。
「ちょっと俺、花梨と話してくる!!」
「アカル!?」
「心配に決まってんだろ!?」
もう、こうなると気が気じゃなかった。
たった1人の幼馴染のことが不安で仕方なかったのだ。放っておけるわけがなかった。
走る。
足が止まらない。
「花梨!!」
慌てて駆け付けた修練場。
剣道部の武道場がある離れには、そう呼ばれる林がある。
そこでは、素振りなど基礎練習の稽古を下級生が積む場所でもあるらしい。
勿論、上級生も此処で練習をすることがあるが、結局のところ武道場に入れるのは最初は上級生だけだという。
だが、今ここにいるのは花梨1人。それと――俺だ。
名前を呼ばれたことに気付いたのか、彼女は振り向く。
寝不足からくるような深い隈が目の下を穿っていた。
「……何?」
人を遠ざけるかのような冷たい返答。
一瞬だけ怯んだが、俺は詰問した。
「何、じゃねえよ。最近のお前、ちょっと頑張りすぎじゃねえかなあって……だってお前、練習でもオーバーワーク気味なんだろ? しかもその顔、寝てないみたいだし……」
「はぁ? ほっといてよ。耀には関係ないでしょ」
「関係あるだろ!? 俺達――」
「あたしには剣しか無いの。剣の道しか、無いの!」
パシン、と竹刀で威圧するように地面を叩く。敵意を剥き出しにした行動。
とても気が立って苛々しているようだ。
こんなの、昔の彼女からは考えられない。
「いい? 今度あたしの練習の邪魔をしたら、本当に絶交だからね!!」
その剣幕に流石の俺も、何も返せなかった。
何が彼女をそこまで入れ込ませるのかも分からない。
だが1つだけ言えることがある。彼女は、もう俺の知っている花梨じゃなくなってしまったということだった。
※※※
その日は最悪の気分での解散となった。
どうして彼女があそこまで変わってしまったのか、分からないが、心配そうに声をかけてきたブランに俺は無理して笑顔を作って「駄目だった」と返して帰路についた。
どうも気分がすぐれなかった。不安と、分からないことだらけだったからだ。
中学最後の大会で団体の大将を務め、チームを準優勝にまで導いた彼女が、あそこまで練習にのめりこんでしまった訳。
最早あれは異常と言えるレベルだ。あの様子だとろくに寝ていないようだし、筋肉も悲鳴を上げているだろう。
だが、もうあれは人がどうこう言って止められるレベルじゃない。練習を例え禁止されたとしても、彼女は家で、いやどこででもオーバーワークを続けるに違いない。
そんな確信に近い推測が俺の中で渦巻いていた。
「ねえ、知ってる? 音神君、今度留学に行くんだって!」
「すごーい! 確かバイオリンが凄く上手いからでしょ? ああ、管弦楽部としては憧れちゃうなあ」
「桑原の奴、最近また別の絵にのめり込んでるみてーだぜ」
「すげぇなアイツ。今年は受験だって言うのに……」
「そういやこの間も出たんだって? あのへんな仮面を被った人」
「ああ。この辺りで怪事件が出る度に解決していくんだとか」
そんなのが居るなら解決してくれよ、この問題も。
多くの生徒が行き交う商店街で俺は溜息をもらす。
「……花梨のバカヤロー……」
運動神経抜群で快活な性格故に皆から頼られていた花梨。
昔からずっといた俺からすれば同い年でありながら姉貴分だった幼馴染。
それが、あんなに荒んでしまうなんて。
(なあ。剣道の試合、全国大会に行けそうなんだろ? 俺の事なんか気にしないで思いっきり練習してこいよ)
(そ、そう? じゃあお言葉に甘えようかな)
(ああ。期待してるぜ)
昔の事を思い出した。中学3年の夏。あいつが全国大会に行った夏だ。
あの辺りから、これをきっかけに俺たちは疎遠になった。花梨は部活に、剣道に今まで以上に打ち込むようになったし、俺もあいつの邪魔をしないために敢えてかかわることはしなくなった。
「……ん」
そんなことを思い出してたら、ふと看板を目にした。
気付けば商店街を歩いていたらしい。
そこをしばらく歩くと人気の無い裏路地に繋がる道が見えるのだが、そこに見覚えのない看板が打ち付けられていた。
「かあどしょっぷ・れとろ」。いかにも昭和っぽいフォントで大きく書かれた店の名前らしき平仮名の下にはTCG(デュエル・マスターズ)専門と書かれていた。
あんな店あったかな? と俺は看板に近づく。いつも早足で家に帰るので気付かなかったのかもしれない。
どうやら略地図を見る限りこの先に店があるらしい。気になって俺は、気を紛らわせる為に「かあどしょっぷ・れとろ」に行ってみることにした。
薄暗いコンクリートの路地に出てしばらく行くと行き止まりになった。
そこには灯りがついたガラスの扉。アンティークなデザインのそこには、「OPEN」という掛札がドアノブに掛けられており、入ってみることにする。
どこか引き込まれるような魔力を、この店に感じながら。
「いらっしゃい」
店主は腰の曲がったおじいさんがしゃがれた声で出迎える。
店の中は小奇麗になっており、あちこちにシングルで売られているカードがぶら下げられている。
ショーウィンドーの中には拡張パックが箱で置いてある。
「あんちゃん、この店に来るのは初めてだね?」
「ええ、まあ」
そんな問いかけに俺は曖昧に返した。
すっ、と心の中を見るような視線に俺は思わず胸が跳ねる。
何なのだろう。全て、俺の思っている事考えている事が見透かされているかのような――不思議な目をした老人だった。
優しげに微笑むと、彼は続ける。
「此処はね、初めて来たお客さんにサービスをやってるんだよ。性格診断だとか、そういうのを聞いて、お客さんの”心”に合ったカードやデッキを提供するっていうね」
「は、はあ……変わってますね」
率直に俺は言った。
占いじみた事をやっているカードショップがあるとは。
だが、悪い気はしなかったのと、興味本位でそれを受けてみることにする。
一通り、性格診断や血液型。好きな食べ物など、およそデュエマには、いやカードゲームには関係無いようなことを聞かれたかと思うと、過去に買ったことのある構築デッキや拡張パックの事を聞かれた。俺は昔買ったアウトレイジのスーパーデッキを改造したデッキばかり使っていたのでそれを伝えた。正直、俺はエンジョイ勢で去年から再開した身。時代錯誤だと先輩達にも笑われたものだが、まあその通りだろう。
そして最後に、
「今、悩みは無いかね?」
「悩み、ですか?」
「ああ。誰にも口外はしないから、何でも言ってほしい。それも加味してデッキを作ってあげよう」
「は、はあ……」
と問われる。それを加味してデッキを作るってどういうことだ。やはり、この店は色々変わっている。
……悩み。確かにデュエマ部の未来も憂うべき事ではあるが、俺にとってはもっと大切な事がある。
今、とても悩んでいることがあった。
俺は、幼馴染が部活の練習にのめりこみ過ぎて、体を壊しそうだと伝えた。そして、小学生の時までは一緒に遊ぶことが多かったが、中学生の頃からは俺の方から自粛したことも伝えた。だんだん自分がやるせなくなってきて、途中から愚痴が多くなったが、老人は快く聞いてくれた。大方、全部話したんじゃないだろうか。
色々細かい所はぼかしたようだが、大方把握したかのような表情で店主の老人は「あい分かった」と言う。
「距離を置いた、か」
「はい。あいつの邪魔をしちゃいけない、って思ったから」
「……そうかあ。それがあんちゃんの気持ちだってなら間違いとは言わないさ」
でもね、と老人は続ける。
「その子は、寂しいんじゃないかなあ。剣しか縋る物が無いから――」
「剣しか、縋るものがない?」
「ああ。だけど、本当はそうじゃないはずなんだ。それを、君が教えてあげなきゃいけない」
っと話が逸れたな、と言った老人は、即興で組んだ40枚のカードの束を取り出した。
「じゃあ、これをやろう。少し構築デッキを弄った奴だが……1000円ポッキリでどうだ?」
「1000円ポッキリ、ですか?」
「ああ」
「……一応、中身確認していいですかね?」
「いいとも」
老人は笑みを浮かべる。
デッキの中身を確認すると、驚いた。俺が使った事の無いカードばかりだ。
今まで自分のデッキを強化するためにカードを買っていたので、全く新しいテーマを組むのは新鮮ではある。
「そこから君はもう1度ゼロから始めてみると良い」
「ゼロから、ですか?」
「ああ。新しい事にチャレンジするのも大事だからな、人生」
確かにそれも良いかもしれない。
そのデッキはどこか、新しい息吹を俺の中に吹き込んだような気がしたのだ。
1000円札を俺は老人に渡した。このデッキだけでも大収穫だ。今では手に入りにくいカードも入っている。
これは間違いなく、買いだった。
「それじゃあ、また来ます――」
「ああ、待ってくれ」
俺を呼び止めた老人の手には、真っ白なカードが握られていた。
イラストもテキストも何も書かれていないカードだ。
「あんちゃん、これをオマケに持って行かないかね?」
「……何ですか? コレ」
怪訝な顔をした俺に、店主の老人は驚いたような顔で言った。
「知らないのか、あんちゃん、コレ今時流行りのお守りだよお守り」
悪いがそんなお守りは知らないし、胡散臭いと思った――のだが、タダでくれるようだし受け取ることにする。
好意を無下にするのも、また罪悪感が沸くというものだ。
こうして、俺はそのまま白紙のカードを受け取り、店を後にしたのだった。
「あ、それとあんちゃん」
背中の方から、老人の声が聞こえる。
不思議な声だった。
振り返った時、老人は店の前で微笑んでいた。
「実はこの店に、”また来る”は無いんだ――」