学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
※※※
あれからどれほど経ったのだろうか。
ずっと寝ていた所為で何も分からない。
此処が何処かも分からない。
ただ一つ言える事があるとするならば、此処には逃げ場は無いということ。
そして、容易にロンドンの自分の家には帰ることは出来ないだろうという事だった。
いつ、どんな時も、危機に瀕した時に聞こえた声が、今はもう聞こえない。
何も、聞こえない。
通路は洋風の邸宅のそれだった。イギリスでも目にした事が無いわけではない。
これは屋敷か何かではないだろうか。地に足がついているのならば、誰かが助けに来てくれるのだろうか。
否──今までの経験から、それは期待できなかった。
ならば、自分にできる事は出来る限りの情報を集める事だった。
同時に彼女は酷い無気力感に苛まれていた。
半ば自棄になっていたと言っても良いだろう。
故に。当の事態を引き起こした元凶たるロードから、夕食に誘われたとしても、断る理由は十分にあったはずなのにそれを受けたのは──引き受ける理由も、抵抗する事を放棄する理由も十二分にあったからである。
「──お目覚めのようだね、ブラン」
軽い調子の声が響いた。
どの口が言うのか、とブランは顔を顰める。
だが、背後に今も立っている背の高い男に促されるように顎で自らの席を示されて座った。
通された場所は、いわば食堂とでも言うべき場所だった。
それも貴族が使うような、純白のテーブルクロスが引かれた縦長テーブルが置かれ、部屋はシャンデリアに照らされ、ステンドグラスで彩られている。
そこに居るのは、眼鏡を掛けたあのロードと自分。
そして、執事のような容貌の只ならぬ空気を放つ男の3人だけ。
「……何を、考えてるの?」
「ん?」
「まさか私も、相棒を殺した仇に呼ばれるなんて思わなかったわけだけど……貴方は逆は考えなかったわけ?」
「殺した? 何を? 僕が?」
「ワンダータートルを──」
「あんなの、生き物に含まないさ」
ぎりっ、と唇を噛み締める。無神経にも程がある。これが彼の本性だったのか、それとも彼が変わってしまったのか。いずれにせよブランは眩暈がした。最早、目の前に居るのはロード・クォーツアイトであって自分の知るロードではないのか、と。
だが、声を荒げるのをすんでのところで抑えた。
怒りも、悲しみも、絶叫も、涙も、全て押し殺す。
此処で感情的になれば、「死んだ」ワンダータートルが浮かばれない。
「……とにかく座れよブラン。スープが冷めるだろう? 今日のメインディッシュは子牛のビーフシチューだ、良かったね。君の大好きな料理じゃないか」
「……」
あくまでもロードは煙に巻くような態度で翻弄する。
ささくれ立ち、ズタ袋のようなブランの心を逆撫でするように。
「コーンスープはお好きかい? いや、ご希望ならウミガメのスープを持って来させても構わないよ。此処にはいろんな食材を蓄えてあるからね」
「……ロード!」
「おっと失礼、口を滑らせた。だけど、お腹が空いただろう? 何、毒なんか入っていやしない。うちのコックの料理は美味しいんだ。晩餐を楽しみたまえ」
「……」
わざとだ。
露骨にロードが、ブランを挑発しているのが目に見えて分かった。
その邪悪な瞳をかつて悪戯をしていた時のように煌かせ、ロードは彼女の瞳を覗き込む。
ブランはスープに口を付ける気など当に失せていた。しかし、ご機嫌のロードから出来る限り彼の知っている事を聞き出さねばならないと言い聞かせる。
もとより、毒が入っているならさっきたっぷり眠っている間に仕込まれていてもおかしくないのだ。
だが、コーンスープを啜ると、酷く味気なかった。いたたまれなくなって、ブランはスプーンをちゃぽん、と置いた。
「何を考えてるの? ロード」
「……ん?」
「人類を救済するとか、人類の原罪を裁くとか……訳が分からない」
「君に理解できないのも無理はない。何より僕も理解するのに数年の時間を要したからね。だけど安心して良い。もうじき、人類が皆幸福になるんだ」
バカにつける薬は無い。
その言葉が浮かんだ。すぐさま、彼の頬を引っ叩いてやりたかった。
彼には、今の自分がどう見えているのかと問い質してやりたかった。
「そう、君も含めてね」
「……馬鹿げてる」
「君は、少なくとも不幸だったはずだ。イギリスに居た頃も、日本に居た頃も……ハーフである事で虐められ、酷く悩んでいたからね」
彼はスープを勢いよく啜ると言った。
「だが、それにもう苛まれる必要は無い。欲望こそが人類の背負った原初の罪ならば、それを解き放つことこそが真の救済だ」
テーブルを殴りつける。
彼は、笑みを浮かべた。興奮のあまり、黄色い涎が垂れていた。
「もう何も心配しなくて良い!
誰かから何かを搾取される心配はない!
もう何も心配しなくて良い。何も得なくても幸せになれるから!」
「ふざけないで!!」
金切り声がロードの三段笑いを遮った。
「ロードが私にしたことはどうなるの? 私から大事な物を奪っていって──救世主にでもなったつもり?」
「これは全人類の救済のためだ。これさえ成就すれば今までの不幸を君は全て忘れられる。忌まわしき思い出から解き放たれて、君は幸せになれるんだ」
「この悲しみを、思い出を、全部忘れるくらいなら、全部捨てろっていうのなら──幸せになんか死んでもなってやるもんか!」
「何で分からないんだ、ブラン。人類が救われるには人類すべてが同じ救いの道を、贖罪の道を歩むしかないというのに……それが正義だということが何故分からない?」
自分に酔った口調で、だが血走った目でロードは立ち上がり、テーブルの料理を全て薙ぎ払う。
がちゃん、がちゃん、と食器が割れる音。料理がカーペットの上に飛び散っていく。
そのまま彼はブランにつかつかと詰め寄る。
「今、世界中にはDGが目覚めた影響が早速出ている」
「っ……!」
次の瞬間、ホログラム状の映像が近くに現れる。
そこに映し出されたのは世界の各都市の映像だった。
生中継で放映されている。
アメリカ、中国、イギリス、フランス、そして──日本。
その都市にあのDGに酷似した水晶が次々と侵食していっているのだ。
「映画か、何かだよね……?」
「そんなわけないだろう。これは全て現実だ。遂に、正義の裁きは序曲となって世界中に流れ出したという事さ」
実感がわかない。
ロードが仕組んだ嘘の映像かもしれない。
しかし、これが本当ならば?
「こんなの、正義じゃない……! 勝手な、思い込みと偽善……! 誰かから当たり前を奪う正義なんて、誰も幸せにならない……!!」
「ははは、じゃあ君の正義は?」
「……」
あの少年の顔が浮かんだ。
「守る事……! 絶対に、失いたくない絆を、友達の笑顔を守る事……だから、力で事を成そうとする貴方のやり方は納得できない!」
「それで君はあのクリーチャーもどきを守れたのか?」
「っ……!」
「脆いんだよ。君の正義は。そもそも誰かを守るために正義を行使するなんて馬鹿げてる。だって、君か守るべき対象。どちらかが傷ついた時点で幸福じゃあない。それに、守る者が弱ければ意味がない」
「……」
「おい、教えてくれよ。ワンダータートルは誰が弱くて死んだんだ? ええ?」
「……」
唇をかみちぎりそうになった。
地に伏せて、彼に屈しているような気分だった。
「僕には覚悟がある。自分の正義の為に切り捨てるべきものは全て切り捨てる覚悟だ。君は……10のために1を切り捨てられる覚悟があるのか?」
ブランは答えられなかった。
ロードには、冷徹で残酷すぎる覚悟が確かに瞳に宿っていた。
自分との友情も、思いでさえも捨て去るつもりでいるのだ。
「僕はそのためにDGを完成させる。僕の一族が、先祖が、何百年もかけて造り上げてきた最終兵器で人類を皆平等に幸福にするんだ」
「……ッ!!」
平手打ちを飛ばした。
しかし、それは彼の頬には届かない。ロードはそれを右手で握る。彼女を睨みつけた。
「この手は何だ?」
「……全部、勝手に決めつけばかり……あたしの幸せを、勝手に決めるな!」
次の瞬間。
ロードの背後に何かが浮かび上がった。
「何故分からない? 僕の崇高な理想をさ」
手を掴まれたままのブランは抵抗できずにそれをまざまざと見せつけられた。
ぼんやりとではあるが──大空を切り裂くであろう翼が見えた。感情を閉ざした仮面が見えた。その凶暴さを封じ込める首輪が見えた。
「何、これ──!!」
覇気が、畏怖が、全て肌から伝わってくる。
「──人造龍・DG……またの名をサッヴァーク。人が人を裁く為のドラゴンだ」
最早立っていられなかった。
ブランは、己の小ささを思い知る。
ああ──相棒も居ない自分は、こんなにちっぽけなのだ、と。
今、自らが目の当たりにしているのは何なのか思い知る。
彼が作ろうとしているのは──地球全てを喰らっても飽き足らない程巨大な、怪物だ。
ロードは高笑いしていた。その支配者は自分であることを誇示するように。
「夜が明けたら……日本に着く。君にも、役割を果たしてもらうよ。僕の理想の礎になってもらう」
「に、日本!? 何で……!?」
「全てが終わる場所。それは日本にある」
ブランは訳が分からなかった。
日本にそんな場所があるというのか。
そして、今彼は”着く”と言った。
今自分の足がついているこの場所は、移動しているとでも言わんばかりに。
「そこで僕は全てを終わらせ、全てを始めよう」
※※※
持って来られた所謂機内食(洋食風。メインディッシュはマカロニグラタン)を掻き込んだ後、俺はこの広い飛行艇を散策しようとした。
が、個室がある通路を抜けると、すぐにロビーに辿り着く。
俺の目に入ってきたのは、久しい仲間達の姿だった。
「っ耀! もう大丈夫なの!? 何処も痛くないよね!?」
真っ先に飛びついてきたのは花梨だ。
本当に不安そうな顔だった。どうやら別行動だった彼女たちはトリス・メギスに助けられたらしい。憎たらしい奴ではあったけど、此処は感謝するべきだろう。
見ると、安堵した様子の桑原先輩に、火廣金の姿もあった。
紫月と黒鳥さんの姿は無かったが。
「……良かったぁ」
「心配かけたな。だけど、この通りピンピンしてるぜ」
「まあ、テメェは殺して死ぬようなタマじゃねえからな」
俺は苦笑いした。悪運が強いだけだ。
それに割と洒落になっていない。
それを見てか、火廣金も溜息を吐く。
「ともかく、君の無事が何よりだ」
「それより、火廣金こそ大丈夫なのか?」
「ああ……魔力の減少は一時的な物だ。しかし、今のままでは水晶のクリーチャー相手では無駄死にするだろうな」
「……そうか」
「やっぱり、あたし達人間がやるしかないってことだね……」
「だけど勝機はあるのか? あの白銀も負けたのに」
「勝機があるかねぇかは、この際問題じゃねぇよ」
俺は歯を食いしばる。
あの大男の圧倒的な力を思い出す。
凶悪な戦法だったには違いないが、次は負けない自信がある……と言えば嘘になる。
正直、次は負けられないという思いと共に極大のプレッシャーがかかっている。
「だけど、やるしかねえ。あいつを絶対にぶっ倒してやる」
「でも、相手は人じゃない敵なんだよ? 今度は情けも容赦もかけてもらえない」
「……死ぬのが怖くないわけじゃねえよ。だけど……他にやれる奴は居ない」
「どうにか出来ねえのか? 新しい切札があれば」
「持ってるカードは殆ど置いてきちまった……」
「……もう、家に帰ってるどころじゃなねえもんな……住宅街も水晶に呑まれた所があるらしいし」
「……状況が刻一刻と悪くなっているのは間違いないだろう」
全員、押し黙った。
「……何でこんな事になっちゃったのかなあ」
だんだん、堪えていたものが抑えきれなくなったのか、花梨が漏らした。
押し潰されるような声がぽつぽつと続いた。
「……こんな災害みたいな事件、本当に解決できるの?」
「そんな事……まあ、確かにデカすぎるけどな今回の件は」
桑原先輩も呻く。
疲れもあってか、だんだん全員本音が漏れてきたようだった。
正直な話、俺も簡単に解決できるとは思っていない。
気持ちで負けるなと言っても、無理な話だ。
俺達は……デュエリストである以前に、ただの高校生なのだから。
「規模が大きすぎて、あたし達だけでどうにかなりそうな問題じゃないよ。それに……エリアフォースカード、あたしはまだ守護獣も目覚めて無くて、足手まといなのに……」
「……」
こんな時に、ブランが居てくれれば、とふと頭に浮かんで振り払った。
違う。今、不安なのは花梨だ。泣きそうな顔をしている彼女を慰めてやる言葉1つ掛けてやれない俺が恨めしい。
励ますのは余計に彼女に無理をさせてしまうかもしれない。
だからと言って、諦めて良いと促しても結局責任感の強い彼女は良しとしないだろう。
「……なーんてね」
「!」
努めて、明るく彼女は言った。
次の瞬間には、思いっきり開いたような笑顔が飛び込んできた。
「ちょっと言ってみただけ。でも、あたし達がやらなきゃ、誰もやってくれないんだもん。退路がないなら前に進むしかないよね!」
「……花梨」
「とにかく頑張るしかないよ。気持ちで負けたら、デュエマでも負けちゃうよ?」
「しかし、今のままではデッキの強化もままならねえぞ?」
桑原先輩が訝し気に言ったその時だった。
「カードならある」
声が響いた。
ロビーに入ってきたのは、トリス・メギス。そしてティンダロスの2人だった。
その手には、アタッシュケースがぶら下げられている。
開けると、そこには大量のカードが入っていた。
「と言っても、これだけで足りるかは分からないけどな。あくまで気休め程度のものしか入ってないが」
「──!」
「それに、空間でのデュエルはお前らの守護獣に最大限適合したデッキを作らないと意味がなイ。魔導司なら、自らのアルカナ属性に合ったデッキダ」
「無暗やたらに強いデッキを組んでも、意味がないって事だ」
「守護獣に……」
「適合したデッキ、か……!」
「あたし、守護獣居ないんだけど……」
「まあ、そこは追々だ。まずは、エリアフォースカードを出来る限り強化する必要がある。そしてお前ら自身も」
彼女は口角を上げた。
「あたし達だって、出来る事をやるぜ。お前らが万全の状態で戦いに行けるように! 根性論は結構だが、それだけじゃどうにもならねえもんな」
「エリアフォースカードの強化は魔導司に任せロ。お前らの強化は……俺達がやル」
「出来るのか!?」
「出来る限り、解析したデータを元に魔力を注ぎ込む。より多くの連戦に耐えうるように、そしてよりお前達に馴染むようにな。幸い、技術者は居る。あたしのデータ、そして製作者の娘であるファウストの持っている資料を基にする。任せろ」
自信たっぷりにトリス・メギスは胸を張った。
「お前達……」
「勘違いすんなよ? あたしはファウストの命令だからやってるだけだかんな」
「その割には、興が乗っているように見えるがな」
背後から更に声が聞こえた。
そこにあったのは、黒鳥さんの姿だった。
聞いていた限りでは、かなり消耗していたらしいがそんな様子はもう無い。
「黒鳥さん! 良かった、ずっと医務室に入っていたから……」
「心配するな。ちょっとしたメディカルチェックだ。それよりも、特訓というのならばこの僕を忘れてはいないだろうな」
「……あ」
ギラリ、と魔王の瞳が輝いた気がした。
「ともあれだ。無茶な事かもしれないが……やるだけの事をやるしかねえし、あたし達が今は全力でプッシュアップしてやる」
「ああ、頼んだぜ!」
──こうして。
俺達は眠くなるまで、最後のデッキ調整。
さっきの剣呑とした雰囲気は何処へやら、全員が腹を括ったのか──俺達の特訓が始まったのだった。