学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
夜も更けた頃。
今頃、俺達の街はどうなっているだろうか、とミニベッドに寝っ転がった俺は思索した。
スマートフォンを開く。
あちこちに、この”災害”の記事が、ツイッターには夥しい数の悲鳴の如き反応が上がっていた。
自衛隊、打つ手なし。アメリカ軍、手に追えず。
避難場所が足りない、原因が分からない。
問題は余りにも多すぎる。
俺は不安になった。
これだけの数の人の不安を、俺は今背負っているのだ。
確かに、デッキは大幅に改造出来た。今日だけで、かなりの回数戦った。
それもあるのだろうか、胸が鳴り響いて眠れない。
だからだろうか。コンコン、と扉をノックする音が聞こえるとすぐに俺は気付いた。
1人で居るのが何となく不安だったのもあるが。
「誰だ──?」
「……すみません、先輩。夜分遅くに失礼します」
やってきたのは、紫月だった。
びっくりして、俺は飛び退く。
しかし、そういえば夜の特訓にも彼女は顔を出さなかった。
ずっとシャークウガの治療に付き添っていたのだそうだ。
「先程、シャークウガは完全に再生しました」
「そうか。……良かった。まあ、あいつはやっぱ頑丈ってことだな」
「……先輩もですよ。それで──」
「……なあ、入るか? 立ち話もアレだし」
彼女は頷いた。
その瞳には、不安がやはり渦巻いていた。
「……少し、疲れました。先輩さえ良ければ」
彼女は、よろけるようにベッドの上に座った。
大丈夫か? もしかして、技術室とやらでずっと立ちっぱなしだったんじゃないだろうか、こいつ。
「……とんでもないことに、なってしまいましたね」
「ああ」
「みづ姉は、私の家族は、無事だそうですが……何時、今居る住宅が水晶に襲われるか分かりません」
あの水晶が、どのように広がっていくのかは予想がつかない。
ただ一つ言えるのは、奴はドラゴンのように形を成して成長していっている事。
そして、その本体が吐いたブレスによって、更に水晶は拡散していくこと。
今の俺達では、水晶の直接の破壊は無謀であること。
「だから──鍵は、あの怪物達が握っている。エリアフォースカードまで持ってるんだ。無関係なわけあるもんか」
「先輩らしいです。でも、私は……不安です」
彼女は珍しく、ストレートに思いのたけを吐露した。
「また、シャークウガをあんな目に遭わされないか……」
「紫月……」
「あんなのでも、私の相棒です。うるさくて、やかましくて、でも、いつも──私を励ましてくれて」
ぎゅう、と彼女はスカートの端を握り締めた。
「……あの声が聞こえなくなった時……私は、とても怖かった」
俺は、ハンマーで殴られたようだった。
そして、同時にまた怒りがこみあげてくる。
しかし。
「だから──あの時、怒ってくれてありがとうございます」
「え?」
「仲間を傷つけて許さない、って……シャークウガも、先輩から、人間から大事に思われてて嬉しかったと言ってます」
「……!」
あの時の言葉は咄嗟に出たものだった。
「……私は……あの時、焦ってばかりで何も出来なかったから」
「それはお前も言ってやれよ。お前のクリーチャーなんだから」
「私は……なかなか、恥ずかしくて、言い出せなくって」
「あいつとまた話せるようになったらさ、良い機会だし普段言えない事いっぱい言ってやれよ。あいつは、うるさいけどお前の事いっつも気にかけてるんだから。それに俺らが応えるのは当然のことだぜ」
俺は精一杯に笑み掛けた。
「だって、クリーチャーも立派な仲間なんだからな!」
「……勿論です。先輩」
「それにな、何も出来なかったなんて言うんじゃねえよ」
ぽふ、と俺は彼女の帽子を脱いだ頭に手を置いた。
「俺が倒れた時、お前が真っ先に飛び出して立ちはだかったのはしっかり見えていたぜ。怖かったはずなのに──」
「……無茶ですよ。半ばヤケクソでした」
「……だとしても、だ。俺は嬉しかった。自慢の後輩だ」
紫月はぷい、と向こうを向いてしまう。
照れているのだろうか。
「……先輩。私も、精一杯のデッキを組んで、万全の準備を期していきます。絶対に、この事態を終わらせましょう」
「ああ。勿論だ」
「だから……私と、特訓してくれませんか?」
「……え?」
ずいっ、と彼女の顔が近づく。
「私……ずっとシャークウガに付きっ切りだったので」
「いや、勿論構わないけど……眠くないのか?」
「先輩も、眠いのならば……別に構いませんが、先輩……目がかなり冴えていたようなので」
どうやら、俺が眠れる状態ではないのはバレていたらしい。
よし、此処は先輩が一肌脱ぐとしよう。折角、後輩がやる気を出しているんだ。
俺もそれに応えてやらないとな。
ベッドの上にカードを並べる。早速、2人だけの特訓が始まったのだった──
※※※
で。
予想していたと言えば予想していたのだが、先にうつらうつらと眠りこけてしまったのは、やはり紫月の方だった。
仕方なく、俺はデッキを片付けると、彼女を何度か揺すり起こすが、起きる気配がしない。
結局、彼女を此処で寝かせるわけにもいかず(俺があらぬ誤解を受ける)、そのまま負ぶって部屋の外へ出る。
そこで間が悪かったのは、何故か通路に出ていたチビ先輩こと桑原先輩と対面したことであろうか。
「……」
「……」
流れる気まずい沈黙。
彼は俺の事をまるで、掃きだめでも見るような目で流し見すると言った。
「……テメェに女の子を自室に連れ込む度胸があったとはな、しかも非常時に」
「待って! 誤解! これは違うんです! てか先輩は何やってるんすか」
「水を飲みに行って帰ってきただけだが?」
「むにゃ……先輩……まだ特訓は終ってない……です」
間の悪い事に、紫月の寝言が耳に直で聞こえた。
桑原先輩の顔が、にんまりと嫌な笑顔に変わっていく。
「そうかそうか、昨夜はお楽しみだったか」
「まだ夜も終わってねェ!!」
「夜の特訓っていったら、それしかねえだろ、今の寝言は何なんだ!?」
「むにゃ……」
「しぃーっ、起きちゃうでしょ、紫月が! いや、起こさなきゃコイツを部屋に入れられないか」
「大体何でそんな事になってんだ」
疑惑はまだ晴れない。
そんなに俺の信用は無いのだろうか。
「こいつが俺の部屋にやってきただけで……」
「もうそんなに関係が進んでたのかよ!?」
「何も進んでねぇから!! 誤解なんですよォ!?」
「……ぷははは、本当からかうと面白いなテメェ、わぁーってるよ、テメェにそんな度胸がねぇのは分かってるっての」
「……あんたなあ。取り合えず、こいつの部屋教えてくれませんか?」
「2回戦は紫月の部屋でか?」
「何でだァ!! この手の話は自重しましょう、非常時ですよ!?」
「んだよ、テメェ。いい年した高校生が……大体テメェは草食過ぎんだよ。こないだまで男が自分しかいなかった部活なのに、未だにそういう気配が全くねえのは不思議だ」
「あんたも人の事言えないでしょうがよ……」
「俺は……その……何だ、作らねえだけだ! そもそも俺は忙しくてそれどころじゃねえ……でもそういうのにもうちょい興味があっても良いんじゃねえのか、ったく……」
ぶつぶつと言った桑原先輩は、そのまま俺を紫月の部屋に案内する。
彼女を何とか立たせると、寝ぼけ眼で紫月は無言のままカードキーを使って部屋の中に倒れ込むようにして入った。
しばらくすると、もう1度カードキーが掛かる音がして、俺は安堵する。良かった。最低限の危機意識は持っていてくれて。
「で、実際の所ナニやってたんだよ」
「ナニもしてませんよ、特訓自分だけ出来なかったから俺相手にデュエマ挑んできて……後デッキ調整とか」
「はっはっはっは、本当に何もやってねえんだなあ。でもよ、わざわざテメェに頼むってところが紫月らしいぜ」
「どういうことですか」
「あいつ、絶対お前の事好きだろ」
「!?」
俺は、紫月の顔が咄嗟に浮かんだ。
確かに前に比べるとつっけんどんな態度も減ったし、むしろ俺の事を慕っているように思える。
だけど──
「いやいや、何言ってるんですか先輩。あいつは重度のシスコンですよ」
「そうかぁ? 俺は、あいつは単に甘えられる相手が少ないだけだって翠月から聞いてたんだけどな。むしろ姉妹の溺愛っぷりは俺から言わせれば翠月の方が酷い」
「……え?」
「喜べよ。紫月は、お前を認めてる。弱みを見せて良い、甘えられる相手って認めてんだよ。聞いた話によるとだな。あいつは、とても不器用なんだとな。他人になかなか心を開かない。警戒心が強いんだ。カードゲームはある程度それを改善したらしいが……周辺関係は本人の性格もあって、なかなか良くならなかった」
「……」
「でもな。デュエマ部に入ってから、あいつは変わったってな。現に俺がその様をずっと見届けてる。俺は……あいつら姉妹の事を両方見てきたからな。分かるんだよ。翠月との会話で、紫月が最近どうなのかすぐに分かる、ってか向こうから話してくれるからな」
彼は俺の肩に手を置いた。
「白銀。お前にしか出来ない事だ。誰かを引っ張って、誰かを支えて、誰かに寄りそう……お前はとことんまで、誰かの為に尽くせる人間だ。だから……あいつのことを受け止める事が出来た。あいつが安心できる場になれた」
「俺は……」
「俺はお前らの障壁になるものを全部ぶっ壊す。テメェは安心してどっかり構えろ。前も言ったはずだぜ?」
「……よろしくお願いします、先輩!」
「ああ。それと、紫月の事もよろしく頼むぜ。恋愛相談なら受け付けるぞ?」
「先輩……」
折角良い話だったのに……声のトーンが無意識に下がった。
そういうのでからかうのは勘弁してほしいんだが……。
「つか、珍しいですね。先輩がそんなに愉快なのは」
「……何、俺もずっとしんどいままじゃダメだって思っただけさ」
彼は続けた。
「白銀。もっと肩の力抜け。お前の中で辛い事ばっかり考えているままなのは、お前も辛いはずさ」
「そうですけど……」
「白銀。最近、姉貴が妙に楽しげだったんだ」
「?」
「……こないだ見舞いに行った時の事さ。あんなに辛いがん治療なのに、何でそんなに幸せそうなんだ、って聞いたらよ。何て答えたと思う?」
「……」
俺は答えられなかった。
桑原先輩のお姉さんは、ずっと白血病の治療で闘病生活を送っている。
抗がん剤の苦痛は、想像を絶するという。ろくに物を食べられない時もあったし、髪も全部抜けてしまったらしい。
そんなお姉さんのために桜の絵を描こうとしていた先輩がワイルドカードに憑かれたのが、思えば出会いのきっかけだったな。
あれから治療はずっと続いている。だんだんと良くはなっているらしいが、当の先輩はずっと心を痛めてきたはずだ。そして先輩は、その辛さを忘れるために美術に打ち込んでいたんじゃない。ずっと、お姉さんに報いるために絵を描いてきたのだから、人一倍心の苦痛に耐えていたのは見ていても分かった。
「……辛い中に幸せを見出すのが楽しいんだって言うのさ。朝起きて、飯食って、夜寝るのが人間の幸せだって言ってた姉貴が……ロクにそれが出来なくなって一番辛かったはずの姉貴が言うのさ。俺が辛そうだと、あたしも辛いってな」
「……」
「白銀。俺は、時には忘れる事も必要なんだと思ったのさ。そして、思い出さなきゃいけない時にまた思い出せばそれで良いのさ。じゃなきゃ、いつかぶっ壊れちまうよ。人間の心は案外脆いんだ。テメェも見てきたなら分かるだろ?」
「先輩。俺は──」
「今は確かに俺達はどん底だ。だけど、這い上がれば良い。そうだろ?」
桑原先輩の言うとおりだ。
ずっと辛いままなのは、周囲にも負担を与えてしまうのだろう。
「そうすりゃ、ちっとは気持ちよく眠れるだろうよ、って思ってな」
「あ、確かに……」
それと眠れてない俺に気遣ったのもあるのだろう。
桑原先輩も人の事は言えない気がするが……それを指摘するのは酷だ。
なるべく、今は気を楽にするしかない。張り詰めるのは、その時になってからでも遅くはない。
「んじゃあ俺は寝る。お前もさっさと寝ろよ。明日から忙しいぞ」
「……はい。それじゃあ、おやすみなさい」
そうだ。もう夜も遅い。
皆、寝ているはずだ。いや、不眠不休で頑張ってくれている魔導司達が居る。
彼らのためにも──今は休まないと。