学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】   作:タク@DMP

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Ace26話:正義(ジャスティス)ノ裁キ

 押されるスマートフォンのボタン。

 一度焼き付けてしまえば手慣れたものだ。

 これだけ書いてしまえば崩壊は必然。

 全て崩れ去る。

 

 

 

『絶交デス』

 

 

 

 デュエマ部はお終いだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ブーランッ」

 

 

 

 サイドポニーの少女は、放課後に帰ろうとする友人に駆け寄った。

 

「あれ? カリン、どうしたデスか?」

 

 ブロンドが揺れる。

 細いラインが暮れかかった夕陽に当てられた。

 どうして彼女がこんな所にいるのだろう、という疑問を隠せないまま、花梨は説明した。

 

「どうしたもこうしたも、ちょっと生徒会の方に用事があって今武道場に戻ろうとしてた所。あれ? そういうブランは? 部活あるんじゃないの?」

「……あー、私も……用事デス。ちょっと今日はここらへんで」

「……嘘」

 

 ぎゅうっ、と彼女の裾を花梨は引っ張った。

 顔に浮かぶ一筋の光。

 それが見えたからだ。

 

「ブラン、涙が出てる」

「ええっ!?」

 

 自分では気づけなかったのか、彼女はすぐさまそれを拭いとる。

 明らかに、今の彼女は異様だった。

 

「……ブラン。やっぱり、あたしで良かったら、話聞くよ」

「……カリン」

 

 彼女は俯いた。

 もう黙っているのが堪えきれなくなったようだった。

 

「ごめんなさい……最近、何もしてなくても涙が出てきて……」

「……」

「私、此処最近失敗続きだった。カリンにも迷惑かけちゃったし、部の皆にも……これじゃあ、デュエマ部失格だよ」

 

 ぽつ、ぽつ、と彼女は言葉を零していく。

 

「……やっぱり、私、ダメダメだ。昔っから何も変わってなかった。デュエマ部に入って少しは変わったと思ったけど……駄目だった」

 

 ぼろぼろ、と大粒の涙が地面に落ちていく。

 

「結局、何も守れなかった……私は……駄目な子だ」

「そんなことない」

 

 きっぱり、と花梨は言った。

 

「変わる変わったとかそんな事関係ない。ブランはブランのままが一番に決まってるのに、変わるも変わったもない」

「……でも」

「ブラン。私は今のブランが大好きだよ」

「っ……」

「私は最初の頃からブランを見てたから、今更関係ないって感じ。確かにワンダータートルの件は……悔やんでも悔やみきれないはずだよ。私も……お兄の事、もっと早く気付いて上げたらって思ってた。そしてお兄は──大事な人に、手が届かなかった」

「カリン……」

 

 ブランは思い返した。

 花梨も、ノゾムが大きく傷ついた事。そしてノゾムが大事な人が守れなかったがために壊れてしまったことを悔やんでいるのだ。

 

「だから、人間、一番つらい時に一番頼れる人を頼れなきゃ、壊れちゃうんだよ。私は──壊れる前に助けてくれる人が居た。ブランにだって、居るはずだよ。前に進まなきゃ、過去に閉じこもったままじゃ、いつまで経っても辛いままだよ」

「……嫌だよ。迷惑かけちゃう……! もう、アカルに迷惑かけたくない! シヅクにも、ヒイロにもっ……」

「そんなことない。耀は、そんなことでブランを迷惑がったりしない。ブランが一番知ってるはずでしょ?」

「……で、でも」

「ブラン。疲れてるんだよ。でも、ブランの心の傷は引きこもってて治るものじゃないと思う」

 

 普通の心の傷ではない事は、花梨も重々分かっていた。

 自分達仲間以外の誰にも相談が出来ない、クリーチャーの仲間を失ったという事実。

 そして、ロードに囚われていた時の凄絶な記憶。それが彼女を苦しめていた。

 

「泣き顔なんて、見せたら……またアカルを心配させちゃうデス」

「……そうかな。耀はむしろ、安心すると思うけど」

「っ……」

 

 ブランは顔を上げた。

 

「あいつは、そういう考えだからさ。吐き出したい時には吐き出しちゃえって考えなんだ。昔っからね。あたしやお兄みたいに、無茶ばっかりする馬鹿が周りに居たら、そりゃそう思うよね」

「……あっ」

 

 彼女は思い出したようだった。

 

「……ね、ブラン。仲間の所に行こう? あいつ、頼ってもらうのが好きだからさ。慣れっこなんだよ。知ってるでしょ?」

「……カリン」

「大丈夫だよ。あいつなら、ありのままのブランを受け入れてくれるよ」

 

 ブランは何度も頷いた。

 花梨も思わず微笑む。

 ──自らの知らぬ所に、及ばぬ所に、怖ろしい悪意が潜んでいる事など夢にも思わず──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

「……」

「……昨日はありがとうございました」

 

 翌日の部室は、早速通夜のようになっていた。一先ず、俺達は今日一日、ブランと話すことはしなかった。事件の調査について本格的に動き出すなら、やはり放課後が色々都合がいいからだ。

 取り合えず、昨日の顛末はというと、大怪我をしていた紫月は火廣金が持ってきた魔導書に乗ってた治療魔法で傷一つ無く治り、残りは安静にしているようにとのことだった。

 そして、またしても大きな損傷を負ったシャークウガだったが、こちらも火廣金とチョートッQの尽力もあって回復までこぎつけた。が、流石に紫月を庇って損耗が激しかったのか、今はまだ休眠中だという。

 この間、紫月は非常に無防備となったので、魔導司達が家の周囲に張り込んでいたんだそうな。

 

「……本当なんだな?」

「本当なんだろうよ」

「……はい、事実です。確かに私はあの時、ブラン先輩にいきなり空間でのデュエルを挑まれて、そして敗北しました。何度も止めようとしましたが……ブラン先輩は聞き入れてくれませんでした」

 

 項垂れたまま紫月は答えた。

 何度聞いても信じがたい話だ。だけど、彼女がこれだけ言うのだ。事実に違いはないのだろう。

 だけど、俺にはどうも理解しがたい。ブランが、紫月を襲ったなんて、受け入れがたいことだ。

 ならば、別の方向から攻めてみよう、と思った矢先、火廣金も同じことを考えていたのか俺が言わんとしていたことを先に言ってくれた。

 

「それは、ワイルドカードが化けたクリーチャーだったのではないか?」

「只言えるのは、エリアフォースカードの力ははっきりと感じられたし、シャークウガも本人でほぼ間違いないと言ってました」

 

 しゅん、と紫月の肩が更に小さくなった。

 

「ただ、エリアフォースカードの性質だけが不明瞭で読み取れなかったようで……シャークウガは正義(ジャスティス)自体の能力なのではないか、と推測していましたが」

「それ以外は全て或瀬と一致したわけだ」

 

 ショックなんだろうな、やっぱり。あれだけ仲の良かったブランに傷つけられて。

 最初は俺も、ワイルドカードか何かがブランに化けたんだろうと思った。

 だけど──

 

「メールまで、来てました。『絶交デス』って……その後、どんなにメールしても電話しても答えてくれなくて……私、私、どうすれば良いのか……分からなくって」

「……メールなら、俺の方にも来ていたぞ」

 

 そして、俺の方にも、だ。

 その後どんなにメールしても電話してもあいつからは何も来なかった。

 ……絶交だ、なんてあいつから言われるなんて信じられなかった。

 火廣金は首を振った。

 

「状況、そして後から送られてきたこれから見てクリーチャーが化けたという線は薄い」

「……だけど、あいつがいきなりこうなるなんて信じられねえよ」

「しかし。人間病んだら何をしでかすか分からない」

「だとしてもだ!!」

 

 思わず机を叩いた。

 

「きっと、何かがあったに……違いねえんだ!! あいつが、あいつがいきなりこんな事するわけねえんだよ!!」

 

 火廣金が俺の胸倉を掴む。

 そして珍しく声を荒げた。

 

「根拠も無く物事を言うんじゃない!! 現に暗野紫月は或瀬ブランに襲われたと言っているし、スマートフォンはパスワードがあるから本人しかあのメールは送れない。だからこそ、感情論だけじゃなくて理論的に物事を見ていく必要があるんだよ!!」

「でも、仲間を疑うなんて、俺には……!」

「現に後輩が傷ついているのに、か!!」

「っ……!!」

 

 がたり、と身体から力が抜けた。 

 そうだ。俺の言おうとしている事には大きな矛盾が生じる。

 ブランを今此処で信じる事。それは、紫月を疑う事になるのだ。

 そして現に紫月は大怪我を負って、俺の目の前で倒れていたのだ。

 事態は既に引き返しの出来ない所まで来ている。

 

「俺は……もう、何を信じれば良いんだよ」

「……部長」

「すまん、火廣金。俺は……感情に流されて、今見なきゃいけねえもんを見失ってた。今大事なのは、紫月がブランに襲われたってこと、そして全員に絶交を意味するメールが届いた事、だよな」

「俺も……熱くなり過ぎた。辛いのは……部長も同じなのにな」

 

 彼は一呼吸置くと続けた。

 

「彼女には護衛を付けるべきだった。一昨日の部活の後、エリアフォースカードを渡した……俺の責任でもあるのだ」

「……火廣金。お前の所為じゃねえぞ」

「いや、それでもやることは尽くそう。俺はデュエマ部の部員だからな」

 

 そうか。

 こいつも出来るだけの事はやろうとしているんだ。

 その瞳には、まだ一抹の希望が残っている。

 そうだよ。俺達……デュエマ部の部員じゃないか。

 

「物事はあらゆる方向から見ていく事が肝要だ。まずは、冷静に全ての事柄を1つ1つ調べていく必要がある」

「……ちょっと、無理かもしれません。私には……」

 

 紫月は零した。

 当事者だからだろう。無理もない話だった。

 空間のデュエルで負けたら、身が裂けるような苦痛が襲い掛かる。

 今回の彼女の場合、手加減抜きで攻撃を加えられたからか、下手したら死んでいたかもしれないのだ。

 ぎゅうっ、とフードを深く被ると紫月は震えていた。思い出すと怖くて仕方が無いのだろう。

 

「私は、何を信じれば……」

「普通なら当然の反応だ。今はそれでいい」

「大丈夫だ、紫月。後は俺達に任せとけ」

 

 俺のやることは決まっているじゃないか。

 ブランにまずは話を聞きに行こう。今日も部活には来ていないが、今ならまだ帰ってるあいつに追いつけるかもしれない。

 そう思った矢先、ガタン、と音がする。教室の外だ。

 チョートッQが叫んだ。

 

『エリアフォースカードの反応……ブラン殿でありますよ!』

「なっ!?」

 

 俺は急いで駆けだした。

 扉を開けると、そこには──壁にもたれかかって、蒼白とした顔面と怯えた表情でこちらを見るブランが尻餅をついているところだった。

 彼女は俺、そして後に続いてやってきた火廣金と紫月を見ると青々とした顔面になって恐る恐る言葉を紡ごうとしたのだろうが、言葉になっていない。

 その表情は明らかに怯えている。何か様子がおかしいぞ。

 昨日後輩を襲って、絶交を突き付けたという人物とはとてもじゃないが同一人物には思えない。

 ……やはり今回の件、何かがあるな。

 飛び出したのは紫月だった。

 

「っ……!」

「シ、シヅク……?」

「ブラン、先輩……!!」

 

 火廣金が彼女を制そうとする。

 紫月は絞り出すように言い出した。

 

「ブラン先輩は……ひっく、紫月の事、嫌いになってしまったのですか……?」

「わ、私は……」

 

 決壊したように泣き崩れると、床にへたり込んでしまう。

 今まで堪えていたのだろう。ショックが大きかったのか、ブランをいざ目にすると言いたい事を抑えきれなくなったようだった。

 だが、それを聞いてブランの形相が錯乱の入り混じったものに変わる。

 

「私は、私は何も知らない!! 昨日の放課後、下駄箱に行ってないからシヅクとも会ってない!!」

「違うんですか!? 私の相棒に酷い事を言ったり、私をこんな目に遭わせたり、メールでデュエマ部の全員に絶交だなんて送ったのは先輩じゃないんですか!!」

 

 爆発したように紫月は叫ぶ。

 

「ブラン先輩ッ……!!」

「落ち着け紫月! おい、火廣金!」

「了解した」

「待って、離して下さい、火廣金先輩っ……!!」

 

 無理矢理紫月をブランから引き離すように火廣金が羽交い絞めにして部室へ連れていこうとするが、紫月も必死に抵抗する。

 今此処で言い争われたら、余計にややこしくなってしまうぞ。

 

「私は何もしてないっ……!! 部室から聞こえてたけど、皆よってたかって私の事を悪く言って……!!」

「待て待て、ブラン!! 落ち着け!!」

 

 全部聞かれてたのか!?

 俺はブランの手を掴んで引き留めようとするが、振り払われてしまう。

 

「違う……違う違う違う!! 私は……!!」

「おい待てブラン!!」

 

 彼女は駆けだした。

 俺も一目散に駆けだした。

 

「チョートッQ、追いかけるぞ!」

『了解であります!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……えぐっ、ひっく」

「落ち着いたか?」

「……」

 

 紫月は首を横に振った。

 昂った感情は未だに収まらない。

 何故、あんなに仲の良かった先輩とこんな形で仲違いしてしまったのだろう。 

 

「……ブラン、せんぱぁい」

「暗野。やはり今回の件、俺には引っかかっている事がある」

「……火廣金先輩」

「レディ。泣いてばかりでは話は進まない。それどころか、場合によっては今回の事件、怖ろしい悪意が裏に潜んでいるやもしれんからな」

「悪意、ですか?」

 

 紫月は首を傾げた。

 火廣金は唸りながら続けた。

 

「俺は口下手だ。だから、思った事は整理してからでないと上手く言えない。だから、何度も何度も今回の事件を頭の中で考えていた。そして今、ようやく整った」

「!」

「紫月。1つ問おう。君の敗因は何だと思う?」

「そ、それは……」

 

 彼女は口ごもった。

 やっぱりな、と火廣金は結論付ける。

 そもそも、紫月はブランよりも素の実力は上だ。

 経験も、そしてスキルも、そしてデュエルに於ける観察眼も同様だ。

 だから、ブランのプレイングミスから彼女の精神的な不調を読み取ることも出来た。

 では、逆にブランはどうだろう。ただでさえ、実力は紫月に及ばない上に、此処最近の彼女は周囲の話を聞いてもスランプ続きだった、と。

 

「刀堂から聞いたんだ。昨日の2限の体育でも失敗続きだったらしい。気になって或瀬と同じクラスの奴にも聞いたが、3限の英語の小テストでも失点ばかりだったらしいな」

「そ、そうなんですか……あれ?」

「分かったか? これらは全て昨日の事だ。つまり、精神に多大なストレスを抱えている人間に起こる不調と考えれば納得が行く。そして、そんな状態の或瀬が動揺していたとはいえ君に勝てると思うか?」

「そ、それは恐らく無理だと思います。一昨日のブラン先輩には私は1度も負けていませんし……」

「そうだ。だから、ブランが君を倒すのは不可能なんだよ」

「じゃあ、私が負けたのは……」

「単純に相手の実力が高かった、ということだろう。そしてそれは或瀬では有り得ない」

 

 紫月は口をきゅっ、と縛る。

 

「……火廣金先輩もブラン先輩を信じていたんですね」

「いいや、違う。君の事も信じていたよ。そしてそれは部長も同じだ。俺は──真実を見通す為に理屈と筋道を立てて考えた、それだけだ」

 

 火廣金は冷たいように見えて、熱心にブランの無実を証明しながらも紫月の見たものの正体を説明しようとしていた。

 しかしそうなると、尚の事疑問は尽きない。あのブランの姿をしたのは誰なのだろう。

 エリアフォースカードを持ち、尚且つブランと瓜二つだった上にあらゆる特徴が一致していた。

 彼女は一体──

 

 

 

「おい、テメェら!! 居るか!? あれ!? 白銀は!?」

 

 

 

 その時。

 けたたましい声が部室に轟いた。

 そこには、息を切らせた桑原の姿があった。

 

「……桑原先輩」

「あ、あれ!? 紫月テメェどうした!? 何で泣いてんだ!? 誰に泣かされたんだァ!?」

「落ち着いて下さい、桑原先輩」

「げっ、火廣金、テメェは居るのかよ……」

 

 そういえば、と紫月は思い返す。

 桑原には昨日連絡しようとしたが結局手が回らなかったのだ。

 彼にも早く連絡すればよかった、と後悔する。

 そして事情を話したのだった。

 

「そ、そんな事早く伝えろよ!? 昨日のうちによォ!?」

「それは……ブラン先輩から絶交のメールが来たのでそれどころではなくて」

「いやいや……つか、それはもう本人じゃねえのか? 俺も信じたくはねえが、数え役満と言わんばかりに証拠は揃ってるしよ……」

「いえ、そうでもありませんよ。さっき言ったように、昨日までの彼女の状況で暗野を倒せるとは考えにくい。……そう言えば桑原先輩。一体どうしたんです? そんなに息を切らせて」

「あ? ああ……一言で言えば、ワイルドカードだ」

 

 紫月と火廣金は顔の色が変わった。

 この忙しい時に、ワイルドカードが再び発生してしまうとは、かなり厄介な事になってしまった。

 だが、彼の話は続く。

 

「実は昨日から追ってたんだよ。だけど捕まえ損ねててな……」

「なっ、それこそ何故俺達に何も言わなかったんですか」

「その後色々立て込んでてな……忘れてた」

 

 呆れたように火廣金は手で顔を覆う。

 耀が居ないと、彼が胃薬担当になってしまうのだろう、と紫月は世の無情さを適当に嘆いておいた。

 

「それで、何時頃ですか?」

「2時間目くれえだ。ワイルドカードの反応がしたから、自習室から抜け出して追っかけてたんだよ。俺は、やることねえしよ」

 

 相変わらずやってることがアグレッシブな先輩だった。

 

「だけど、まだ誰にも憑依してねえみてえでな……ゲイルが追いかけてたんだが、結局特別棟の女子トイレに入って消息が途絶えたらしい」

「……そうですか」

「おう、何だその眼は。役に立たなくて悪かったな」

「……待てよ」

 

 火廣金は首を捻った。

 

「その時、女子トイレから誰か出てきませんでしたか?」

「あ? よく分かったな。ゲイル曰く誰か出てきたらしいぜ」

「ゲイルを出して下さい、いや出せ」

 

 鬼気迫る様子で火廣金は言った。

 

「おいコラ命令になってんじゃねえか、つかそんな事何の関係があるんだ」

「良いから出しやがれ下さい」

「テメェもなのね紫月……」

 

 もう先輩の威厳丸潰れじゃねえか、と言いながら彼はゲイル・ヴェスパーのカードを取り出した。

 威厳など最初から無かったじゃないかとは誰も言わなかった。

 

『やあ諸君!! このスーパーヒーローたる僕に何か用か──』

「昨日、ワイルドカードの消息が途絶えた女子トイレで誰が出て来たのか今すぐ答えろ」

『ひぃっ!? 何で君、そんなにキレてるの?』

 

 鬼のような形相で火廣金がゲイル・ヴェスパーのカードに詰め寄る。

 

「良いから言え!」

『でもヒーローはモラルってもんが……女子トイレから誰が出て来たなんて言う訳には──』

 

 ぎりぎり、と音を立てた。

 もうすぐカードが破れそうだった。

 

『ちょ!! 破れる!! カードが破れる!!』

「このお調子者め!! そんなもので世界が救えるならとっくに世界は平和になっている!! とっとと言え!!」

『横暴だなあ!?』

 

 ゲイルはぶつくさ文句を言いながら、ぼそり、と呟いた。

 

 

 

『うう……見知った顔だから、よーく覚えてるよ。或瀬ブランだ。正真正銘、間違いなくね』

 

 

 

 全員に衝撃が走った。

 

『クリーチャーを追っかけてたんだが、そいつは外の窓から女子トイレに入ってね。追いついたと思ったんだが、もうそこにクリーチャーの反応は無かった。その代わり、制服姿の或瀬ブランが出てきたから僕は慌てて壁に隠れて彼女の背中を見送ったんだよ』

「……2時間目、だと!?」

 

 火廣金も紫月も顔が青褪めていく。

 ゲイルの話を止めた火廣金はまくし立てるように言った。

 

「丁度その時間は、2年生の体育があったはず……! 或瀬は運動場に居たはずだ! 屋内に、増して制服姿で居るわけが無い!」

『僕がウソをついてるとでも!?』

「そうではない。むしろアテが当たったと言ったところだ。貴様……彼女の後を追わなかったのか!?」

『追う訳が無いだろう? 僕だって長くマスターの下を離れてはいられないんだ。飛んでマスターの下に戻ったさ』

「俺でもそうしただろうぜ。俺ァ2年生の時間割把握してるわけじゃねえしよ」

「……何という事だ!」

『あれ? じゃあ火廣金緋色が言ってる事が本当なら、同じ時間に違う場所に或瀬ブランが居た事になっちゃうね?』

「そういえばそうだな……」

「今気づいたんですか……」

 

 火廣金は最早、敢えてド脳筋の単細胞コンビとは言ってやらない事にした。

 だが、重要な情報が手に入った。同じ時間にブランは二人居た。

 しかも、怪しいのは──都合よくクリーチャーが消息を絶ったタイミングで現れた方のブランだ。

 

「全てが繋がったぞ。今回の事件を引き起こしたのは……精巧に出来た偽物だったという訳だ。クリーチャーが、偽物に化けていたんだ」

「凄いじゃねえか。ブランより探偵してんじゃねえのテメェ」

「もし、クリーチャーが実体の無い移動形態と或瀬への偽装形態を自由に変える事が出来るなら、彼女のスマホのパスワードを盗み見るなりして彼女のスマホにログインすることも出来たはず。奴は俺達の分裂を狙ったということだ」

「随分と回りくどいですね」

 

 火廣金は唸る。

 

「……まあ、そこは問題ではないさ」

「でも、ワイルドカードに変身……そんなこと出来るんですか?」

「だけど、デッドゾーンみてえに自分の本体造らせようとしてた奴もいるし、割と高位のクリーチャーなんじゃねえか?」

「ああ。出来ない、とは言えない。更に、裏付けるようにしてそれを可能にする要素が1つある」

「おおっ、本当に探偵っぽいな!!」

「桑原先輩、言ってる場合ですか! そうなると、さっきの白銀先輩に着いていったブラン先輩は本物と偽物、どっちなんでしょう?」

 

 火廣金は思い出す。

 さっきのブランの台詞を一言一句全て。

 幸い、記憶力には自信があった。そしてその中で気掛かる言葉があったことを思い出す。

 

『私は、私は何も知らない!! 昨日の放課後、下駄箱に行ってないからシヅクとも会ってない!!』

 

 これだ。

 

「”下駄箱に行ってない”……!?」

「どうしたんですか?」

「俺達は部室の中で君が昨日何処で襲われたか話していない。にもかかわらず、さっきの或瀬は下駄箱の事を持ち出した。普通、”部室に行ってないからシヅクとも会ってない”と言うんじゃないか?」

「あっ……! 確かにそうです。おかしいです。だって、ブラン先輩が昨日本当に私と会ってないなら、私が下駄箱で襲われた事を知るはずがありません」

「偽物はボロを出したってことだな! じゃあ、白銀が追いかけていったって方が偽物なんだろ! ……ん? ってことは、白銀やべーんじゃねえか!?」

「ああ。そうなればやるべきことは1つ──」

 

 火廣金が言いかけたその時。

 がらがらっ、と部室の扉が開く。

 

 

 

「ハロー、皆サン! ちょっとカリンと話してたので遅くなっちゃったデース!」

 

 

 

 全員は目を見開いた。

 そこに居たのは──まさしく、明るそうに振る舞うブランであったからだ。

 偽物か、本物か、最早彼らにも見分けがつかなかったが……。

 

「どっちだ?」

「頭が痛くなってきました……」

「? どーしたのデスか?」

 

 首を傾げるブラン。

 火廣金はもう1度、問う事にした。

 

「或瀬。昨日、暗野に会ったか?」

「……え? ……あー、昨日は部室に顔出さなくてSorryデス」

「いや、それについては構わない。君にも色々あるだろうからな、レディ。だが、今日に関しては部室に顔を出してくれて心から感謝しているよ」

 

 そして、と彼は付け加えた。

 

 

 

「──部長が危ない」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 違う、違う違う違う。 

 あいつはやってない。

 あいつのはずがない。

 嘘だ。嘘に決まってる。

 俺は、あいつを信じてる。

 だって、俺はあいつに言ったんだ。

 俺はお前の味方だ、って──

 

 

 

「ブラン!!」

 

 

 

 危機一髪だった。

 もう少しで階段で足を踏み外してブランは大怪我していただろう。

 ともあれ、これで彼女に追いつく事が出来た。存外足が速いから思った以上に苦労したけど……。 

 やっと、彼女から話を聞く事が出来る。

 

「ブラン、落ち着いたか? もう1回深呼吸するか?」

「……もう、いい」

 

 ふるふる、と首を横に振った。

 体育座りで壁に寄り掛かるブランに俺は目線を合わせた。

 

「……全部、聞いちまったんだな」

「……私が……シヅクを襲って、酷い事を言ったって、絶交ってメールを送ったって」

 

 彼女は唇を噛み締めた。

 

「そんなこと、してないっ……昨日部室にはいかなかったけど、そのまま帰ったし、スマートフォンもログインできなくて……!」

「ログイン出来ない?」

「パスワード……何度打っても間違ってるって出ちゃって……私、駄目だなあ。パスワードまで忘れちゃうなんて」

「そう、なのか。……良かった」

 

 俺は胸を撫で下ろした。

 

「やっぱり俺の信じた通りだ。ブランは、やってなかったんだ」

「信じてくれるの?」

「当たり前だ。信じてるに決まってるだろ」

 

 彼女は俺の肩を掴んだ。

 

「良かった……良かったデス」

 

 俺は溜息をつく。

 ようやく落ち着いたようだったからだ。

 とにかく、1つ1つ聞いていこう。

 

 

 

 

「本当に良かったデス。……アカルが底抜けの馬鹿で」

 

 

 

 ──え?

 次の瞬間、凄まじい力で俺の胸倉は掴まれて引き上げられた。

 立ち上がった彼女の形相は、まるで鬼のようで──

 

『マスター!?』

「こざかしいデスよ」

 

 彼女はもう片方の手で白紙のエリアフォースカードを掲げる。

 それが光ると、一瞬でチョートッQを吹き飛ばす。

 そして、凄まじい力で俺も同じ方向へ投げ飛ばされた。

 壁にぶつかり、頭を打つ。

 太鼓が鳴り響いたような衝撃が脳の中で跳ね返った。

 

「ブ、ラン……!」

「貴方もシヅクのように……! 痛い目を見せてやるデス」

 

 エリアフォースカードが光り輝く。

 ウソだろ。

 そんなはずはない。

 

「どうしたんだよ、ブラン……!」

「何でアカルの相棒だけ生き残ってるのか、考えてるうちに……アカルの相棒も殺せば一緒だって気付いたデス」

「お前……!」

 

 こいつがワンダータートルが死んで相当気に病んでいたのは知っていた。

 だけど、此処までとは俺も見抜けなかった。

 いや、それでもおかしいぞ。それでも引っかかる点が残る。

 しかし、こうして今相対して見ているものが全てだ。

 ”今目の前にいる”ブランは、敵だ。

 

「──貴方は馬鹿デスよ、アカル!! そうやって人を、仲間を簡単に信じすぎるのが悪い所デス! だからこうやって、裏切られるんデスよ!」

「……そうだな」

 

 ああ、そうだよブラン。

 その通りだ。

 

 

 

 だけど。

 

 

 

「──やっぱりテメェ、ブランじゃねえな」

 

 

 

 俺はあいつの心の中に入り込んだから分かる。 

 裏切りを誰よりも恐れたブランが、そして他人に裏切られることの辛さを知っているあいつが、やっぱりこんなことをするはずがねえんだ。

 そして俺は知っているんだ。

 あいつがどれだけ優しいのかを。

 

「な、馬鹿デスかあ!? 何処までお人好しなのデスか!!」

「うるせぇ!! あいつの上っ面だけ真似ても──心は誤魔化せねえぞ。俺はあいつの抱えた過去を全部知ってるわけじゃない!! だけど、あいつの優しさを知っている!! そして、あいつの強さを知っている!! あいつを、ブランを馬鹿にするんじゃねえ!!」

 

 彼女は痺れを切らしたように、エリアフォースカードを掲げる。

 俺も応戦しようとしたその時だった。

 

「愚かな……まともに相手をするとでも」

「!」

 

 次の瞬間、彼女のエリアフォースカードが大量に光り輝く。 

 その光で彼女の顔が見えなくなった。

 すると、大量の光の矢が周囲に現れていく──!

 

 

 

「やはり此処で死ねッ!! 白銀耀!!」

 

 

 

 俺は目を見開いた。

 いけない。避け切れない。

 このままでは──

 

 

 

『ちょっと待ったァァァーッス!!』

 

 

 

 何かが俺とブランの間を飛ぶ。

 そして──また、別の閃光が煌いた。

 

 

 

『《テレポーテーション》!!』

 

 

 

 次の瞬間、俺の身体は宙に浮いた──!

 そして、視界は一気にぐるり、と変わっていった。

 

 

 

「……ってえ!!」

 

 

 

 どすん、と身体は何処かへ自由落下。

 痛いと声は出たものの、実際はソファベッドの上だったので痛覚は殆どない。

 辺りを見回すと、そこは俺達の部室で間違いなかった。すぐさま、火廣金、紫月、桑原先輩、そして──

 

「アカル!? 何で落ちてきたデスか!?」

 

 今さっきまで俺の目の前に居たブランが、部室にも──と思ったが、明らかに雰囲気が違う。

 先程の鬼気迫る猛獣のような形相ではなく、いつも通りのどこか間の抜けた表情でぽかんと口を開けて俺の方を指差していた。

 

『火廣金の兄貴ィ! 連れ戻してきたっスよ!』

 

 高らかに叫ぶ火廣金のホップ・チュリス。そういえば久々に見たな。

 どうやら、こいつがやったらしい。

 

「え、えと、どういうこと? 俺どうなったんだ?」

「ああ、先程色々分かってだな。君がピンチになった時に備えて、ホップに《テレポーテーション》の呪文を持たせて、君の向かった方へ送っておいたんだ」

「そ、そうだったのか」

 

 となると、火廣金とホップに助けられたってことだな。隠密、諜報、小さな体でよくやるもんだ。

 ……さてと。これで証明された事がある。

 部室に居るブラン。さっきまで俺と相対していたブラン。

 完全に別人であることが俺の中で証明された。

 テレポートは一瞬。ブランが同じ時間に違う場所に居るはずが無いのだから。

 

「どうやら、俺達の仮説は──」

「──当たってたみてーだな」

 

 頷き合う俺達。

 良く分かって無さそうだけど取り合えずうんうん頷いている桑原先輩。

 若干呆れ気味に「まさかそれがやりたかっただけなんじゃないですよね……」と毒づく紫月。

 そして──

 

 

 

「えーと……つまるところ、どういうことデスか?」

 

 

 

 ……当のブランはまだ何も知らないようだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 で、聞いたところによると、言動の不自然さ、そして桑原先輩の目撃情報で完全に偽物が居た事と今目の前に居る彼女が本物であることは証明されたらしい(尚、本物と偽物が合わせて二人しか居ない前提での推理だが、流石にこれ以上偽物が居るという可能性は考えたくない)。

 そもそも此処までの高度な変身自体が只のワイルドカードに出来る芸当ではないというので、そう何体も居てたまるかってんだ。

 

「私の、偽物、デスか……」

「そうだ」

 

 火廣金は頷く。

 偽物のブランが紫月を襲撃したこと。そしてメールで俺達に絶交を告げる内容のものを送信したこと。そして、今しがた俺も襲撃された事だ。

 彼女は寒気だったようだった。そしてすぐさま、紫月に向き直ると恐る恐る言った。

 

「……シヅク。大丈夫、デスか?」

「……ブラン先輩。私は良いんです。私、先輩の事疑ってて……本当にごめんなさい。私、ブラン先輩に嫌われたかと思ったんです。私が、先輩にきつい言い方したから……」

「そんなことでシヅクの事嫌いになるわけないデショ!?」

「それでも……私は、やっぱり……悪い後輩だったみたいです」

 

 彼女はしゅん、と肩を落とす。

 結果的に偽物だったとはいえ、ブランを見た途端に疑ってかかり、取り乱した自分を許せていないようだった。

 

「……暗野。気持ちは分かる。だが、或瀬に裏切られた、嫌われた、襲われたのは──結局の所、偽物が君に見せたまやかしに過ぎなかった。それで良いじゃないか」

「そうだぜ。結局の所、全部偽者で嘘っぱちだったんだからよ」

「……本当にまやかしだった、のデショウか」

 

 ブランが言った。

 一体どういうことなのだろうか。

 

「シヅク。私の偽者は、何か言いましたカ?」

「えと……そんな事……言えるわけないじゃないですか。そもそも先輩が聞く必要はありません。全部、まやかしだったと思って忘れました」

「お願いだから聞かせてほしいデス」

「……」

 

 真剣な顔つきでブランは言った。

 

「……偽者は……”何で貴方の相棒は生きてたんだ”とか”相棒を失ってから深く絶望しろ”といったことをしきりに言ってた気がします。私は……あまりにも最近のブラン先輩と一致したことを偽者が言ったから動揺してしまったんです」

「……これは、仮説デスけど」

 

 しばらく吟味するように考えていたブランは、申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさい、シヅク。その偽者は、恐らく私の記憶をコピーしたんだと思いマス」

「記憶をコピー……?」

「だって、そう考えると納得が行くんデス。スマホのパスワードを割られた事、私の話し方で違和感が無いようにしていたこと」

「そういえば、さっき現れた偽物も途中まで本当にブランなんじゃないかって思うくらい完璧だった。途中からおかしいと思ったんだけど」

 

 ……本当の所を言うと、部室の前で動揺している彼女を見た時は完全にこれが本物だと信じ込んでしまったくらいだ。

 

「私も……思っちゃったんデスよ。何で、私の相棒だけ居ないのか、って」

「ブラン先輩……」

「そうか。記憶の転写。上位のクリーチャー、魔導司にはそれが出来る者がいるという。それを使って、敵は或瀬の姿と記憶を完全に真似たってことだな」

「そんなのがあるのか!?」

「やっぱり、デスか……」

 

 ブランは俯いた。

 

「昨日、私……部活に行けなかったんデス」

 

 俺は言葉を失った。

 やはり、事件が解決しても彼女の中では何も折り合いが付けられていなかったのだろう。

 

「日常の中で生活してるだけで、辛い事……昔虐められた時のことやロードに捕まった時の事、そしてワンダータートルが死んだ時のことばっかり考えてて、何もしてないのに涙まで出てきて……」

 

 フラッシュバックだ。

 あんな出来事……トラウマにならないわけがない。

 

「とても、顔を見せられなかった。見せたくなかった。デモ、もし私が昨日部室に行ってたら、シヅクは辛い目に遭ってなかったかもしれない。私が、逃げたから──」

「ブラン先輩の所為じゃ、ないです」

 

 紫月にそう言われても、ブランは首を振るばかりだ。

 

「……私の考えている事を読み取って、偽者は実行に移した。私と偽者は一緒だったんデスよ」

「んなわけねーだろ、迷探偵」

 

 ぽん、と俺は彼女の頭に手を置く。

 このままネガティブな方向にまた転がってもらったら俺が困る。

 お前は絶対に、偽者なんぞと一緒じゃねえ。一緒にしねえ。そんな事、俺が許してたまるかよ。

 

「良いか。先に言っておくぜ。辛けりゃ無理して笑ったりしなけりゃ良かったんだ。辛いときは辛い、って言ってくれれば良かった。俺達は仲間だろ。心配掛ける? 迷惑? 水くせーんだよ、俺からすりゃ今更だろーが!」

「……アカル。でも、私は……」

「そして、ブラン。お前と偽者は一緒なんかじゃねえよ」

 

 偽者は、俺達の相棒も奪おうとした。だけど、お前は──自分が辛くても他の誰かも同じ目に遭わせようだなんて事考えたりしなかった。

 そんなお人好しだから、お前は今まで我慢してたんだろうが。そんなお人好しだから、俺は──あの日、図書館でたった一人だったお前を放っておけなかったんだ。

 

「俺が保証する。絶対に」

「アカル……」

 

 あいつと最初に出会った時の事を思い出す。

 人と話す事、接する事すら拒み、怯えていたあの目。

 今思えば──それは、自分だけじゃなくて他の人も傷つけたくないという思いから来てたのだろう。

 

「何度でも、言うぜ。俺はお前の味方だ。俺だけじゃねえ。紫月も、火廣金も、桑原先輩も、皆お前の味方なんだ!」

「……アカル」

「だから、忘れるんじゃねえぞ。何があっても、俺達が付いてるぞ。ドンと頼れ!」

「へっ、部長らしい事言うじゃねえか」

 

 ニヒルに桑原先輩が笑った。

 

「或瀬。良かったな。テメェには、こんなに良い仲間が居るんだからよ」

「……そうだ。俺達は同じ部活の部員だからな。当然の事。理由など、それだけで十分だ。他に要らない」

「桑原先パイ……ヒイロ……私……」

「そうと決まれば──さっさと偽者をぶちのめしに行こうや!」

 

 俺は掌に拳を打ち付ける。

 絶対に許して堪るかよ。

 ブランの頭を勝手に覗き見た上に、あいつの姿を借りて紫月を傷つけた。

 誰かを踏みにじったり、利用したり……それは、一番人を傷つける事だ。

 ブランは誰かに踏みにじられたり、利用されてきた。だけど、今周りに居る俺達は違う。

 

「ブラン!」

「は、ハイッ。何デスカ? アカル」

「さっさと決着を付けに行こうぜ。行くか?」

 

 彼女は一瞬躊躇ったようだった。

 

「やっぱり、こうなっちゃうデスね……」

「嫌か?」

「……正直、まだ怖いデス。でも、不思議と──皆サンと一緒に居るからか、今まで抱えてたキモチがだんだん解れてきた気がするデス」

 

 ブランは胸に手を当てる。

 

「私……昨日は部室に来るのが嫌デシタ。あんな顔、見せられないって思ってたから……でも、皆サンになら見せて良いかな、ってやっと思えたデス」

「……へっ、じゃあ答えは決まってるな。探偵!」

「……勿論、Lets Goデス!」

 

 彼女は再び立ち上がった。

 

「……私は今まで傷つき続けてきた──だけど、今は違う。こんなに沢山、私には仲間が居るんデス。もう、遠慮なんかしないデスよ!」

 

 よし。

 やっと、いつもの調子に戻ってきた。

 確かにまだ解決していない事だらけだ。だけど、彼女は再起してくれた。

 それは、俺達を真の意味で仲間だと、信じてくれる味方だと認めてくれたことを意味していたのだろうか。

 

「ブラン先輩」

「シヅク?」

 

 ぎゅう、と紫月もブランの手を握る。

 

「私も……ブラン先輩の味方で居て、良いでしょうか? これからも、ずっと……」

「当たり前デスよ! シヅクはずっと、私の大好きな後輩デス!」

「……ブラン先輩」

 

 彼女も強く、紫月の手を握り返した。

 が、思い出したかのように呟く。

 

「あーでも、条件があるデスよ」

「条件?」

「今度一緒にまた、スイーツバイキングに行く。約束デス!」

「……勿論です」

 

 ……やっぱ食い気か。本当にいつものブランに戻ってくれたのかもしれない。

 トレードマークの帽子を久々にかぶり、彼女は笑みを浮かべた。

 俺達は部室の外に足を踏み出す。

 この校舎に居るであろう偽者を倒す為に──

 

 

 

「──ところで、良い所なのを済まないが、敵の居場所は分かっているのか?」

 

 

 

 俺達はそこで、ずっこけた。

 そういえばそうだ。シャークウガが寝たままだから、探知するのすら難しいし……。

 ワンダータートルも今はもう居ない。ソナーとマップの役目を務める2体が居ないのがどれほど戦術的に痛手なのか、改めて思い知る。

 

「……ど、どうすりゃ良いんだ?」

「……はぁ。何も考えていなかったのか部長」

「お、お前だって! 何か、こう……前にブランが持ってたような発信機的なアレの魔術バージョンを付けるとか考えなかったのかよ!?」

「そもそもそんな便利な道具知らん! 考えられるか! 君が飛び出した後に結論に辿り着いたから仕方がないだろう!」

 

 そういやコイツ、その時はまだ敵対していた頃でブランの持ってる科学部特製の発明品の事は知らないんだっけか。

 それじゃあどうしようか。そう思っていたのだが──

 

『どうやらその必要はないみたいでありますよ』

「……え?」

 

 次の瞬間だった。

 廊下に異形が現れた。

 俺達は身構える。

 いずれも、金銀煌びやかな装飾に身を包んだ天使たちであった。

 

「どうやら、既に始まってしまったようだな。ワイルドカードが──溜めた魔力でトークンを生成しだしたようだ」

 

 トークン。それは、ワイルドカードが呼び出す、本体に対する分身だ。

 それを次々に召喚し始めたということは、既に本体の力が高まりつつあるという事。

 だが、逆に言えば力が高まりだしたが故に、もうチョートッQでも居場所を特定できる程になっていること。

 自らの力を増していくことがワイルドカードの本能だからか、最早逃げる気も隠れる気も無いようだった。

 俺達は大量のクリーチャーを前に包囲されたことになる。

 

「だけど、5人もいるんだ。何とか突破出来るはずだぜ!」

「難しいですね。シャークウガという守護獣が眠ったままである以上、魔術師(マジシャン)は大分弱体化しています。私は、そう何度もは戦えないでしょう」

「なら、雑魚を大量に相手取るなら(ストレングス)の出番だ!」

 

 だけど、流石に桑原先輩1人だけじゃこの量を捌き切るのは無理だろう。

 どうにかしないと──

 

「やるしか、ないデスよ。強行突破、あるのみデス!」

 

 彼女は白紙のエリアフォースカードを掲げた。

 ほのかに、それが光っていたのは俺の気の所為じゃないはずだ。

 

「もう二度と、誰の泣いてる顔も見たくないデス! 私の仲間を泣かせる奴は──私がこの手で捕まえマス!」

「……へっ、言ってくれるじゃねえか或瀬! んじゃあ、やっぱり前を切り開くのは俺の役目だ!」

 

 桑原先輩が手を振るう。

 同時に実体化したゲイル・ヴェスパーがその羽根を激しく羽ばたかせると──異形達が次々に壁に叩きつけられていく。

 

「此処は任せな。先に行け!! デュエマ部!!」

「っ桑原先輩……!」

「トークンなんぞに遅れは取らねえよ!!」

 

 そう言いかけた矢先、もう1体残っていたクリーチャーが桑原先輩にとびかかる。 

 不意を突かれたからか、顔を強張らせる先輩。

 しかし。その時。何かがその間に割り込み、先輩の胴を付き飛ばして転げた。

 頭をぶつけて痛がっていた先輩だったが、彼が自分を突き飛ばした誰かを見て驚いたのと同時に、突如やってきた”彼女”は得意げに言った。

 

「雑魚狩りならあたしにもやらせてほしいんだけどね!」

 

 何故か木刀まで帯刀して駆けつけてきたのは、花梨だった。

 

「花梨!? よく此処が分かったな!?」

「流石にエリアフォースカードが知らせてくれたよ……ヤバそうだってね。此処に邪悪な”気”が充満してるって私でも分かったよ」

「にしても刀堂テメ……乱暴だなオイ!?」

「まあまあ、怒らない怒らない」

 

 思わず憤慨する先輩。

 感嘆する俺。彼女の肝も大分クリーチャー慣れしてきたのか、その顔に怯えも戸惑いも無い。

 

「ブラン! 何があったか知らないけど、やる気じゃん! ぶっ飛ばして来なよ!」

「っ……ハイ、カリン! 全力ぶつけてきマス!」

 

 そう言って、いの一番にブランは駆けだした。

 俺も急がないと置いていかれる。後耳から花梨と桑原先輩のやり取りが聞こえて来た。

 

「桑原先輩。手を貸すよ。1人じゃヤバそうでしょ?」

「テメェ……何ならやってみるか? どっちが何匹狩れるかよ!!」

『マスター、そんな事やってる場合かい!?』

「るっせぇ! 先輩の面目丸潰れだ!」

「良いよ! ちゃちゃっと終わらせちゃおう! とゆーわけで、耀達は大将首取りに行ってきな!」

 

 後輩に良い所取られっぱなしで不服そうな桑原先輩と、久々に腕が振るえそうで胸が昂っている様子の花梨。

 彼らが同時にエリアフォースカードの空間を開いた──

 

 

 

「ストレングス、出番だ!!」

『Wild……DrawⅧ……Strength!!』

「あたしも行くよ──デュエルエリアフォース!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──やっぱり、嗅ぎつけて来たか」

 

 

 

 屋上の真ん中で立っていた彼女は、静かに呟いた。

 ブラン──いや、その皮を被った偽者だ。

 何故か、その周囲には誰も居なかった。

 一応、此処に来るまでクリーチャーは立ち塞がるようにして襲ってきたが、いずれも苦なく撃破している。

 だけど、何故コイツの他に此処には誰も居ないのだろう。

 

「理解できない。意味不明。これだけの策を弄したというのに……結局あなた達は4人で来た」

「お前、クリーチャーだな? 覚悟は決まってるみてえじゃねえか」

「最早隠し立ても不要だからな」

 

 偽者は言葉を紡ぎたてた。

 

「私は鏡……慈悲も慈愛も全て捨て去り、醜悪なる感情を映し出す鏡……人間とは社会的な繋がりのある生き物。故に、人間を滅ぼすのに世界を滅ぼす必要は無い。人間の繋がりを内側から滅せば良いのだから」

「繋がり……デスか」

「成程な。それが、お前が偽者という手段を選んだ理由か」

「……相変わらずですね。ワイルドカードの手口はどうしてこうも皆悪趣味なのでしょう」

 

 最も、人間を滅ぼすのに効率が良い方法とでも言わんばかりに偽者は語る。

 確かに、俺達は今回の件で疑ったり、仲間割れしたり、一歩間違えればデュエマ部自体が崩壊していたかもしれないのだ。

 だけど、そうはならなかった。

 

「しかし妙だ。貴方たちは何故、そこまでして他者を信じる事が出来る? 人間の絆とは此処まで強固なものなのか?」

「仲間だからだ!」

 

 俺は叫んだ。

 理由はそれだけで十分だ。

 

「お互いの事を良く知ってるから、簡単には疑いたくない。お互いの事を良く知ってるから、僅かな違和感に気付く事が出来る。馬鹿にするんじゃねえよ、人間の絆を!!」

「だが、私は鏡。或瀬ブランの思った事を元にそれを全て実行したまでよ」

「確かに思ったデスよ!」

 

 ブランは叫んだ。

 

「信じてた人に裏切られて、信じていた相棒に死なれて、私は絶望の底へ突き落されたデス。それでも──私は覚えている!! 私を必死で引き揚げてくれた人の事を!!」

 

 そして、何かを決心したかのように前に進み出た。

 

「その人たちを傷つけるのは、私が許さないデス。もう、私みたいな思いをする人が増えるのは嫌デス!」

 

 その手には──覚悟された正義が握られていた。

 気圧されて目を見開いた偽者は1枚のカードを懐から取り出した。

 

「ならば示せ。貴女の力を!」

 

 偽者の周囲から異様な空気が漂う。

 その手に握られたカードから、まるで空間を淀ませるような重い雰囲気が漂った。

 

「──やはり持っていたのか。エリアフォースカードを」

「あ、あれは本物なのか!?」

「ああ。ようやく合点が行ったぞ。幾らクリーチャーと言えど、エリアフォースカードまで偽造出来るわけが無い。いや、むしろここまで高度な擬態はエリアフォースカードを持っていたからだったのか」

「パンダネルラの時と同じ……エリアフォースカードを取り込んだワイルドカードってことですか」

「関係ないデス! 誰が相手でも、私の仲間を傷つけるのは許さないデス!」

 

 ブランのデッキケースが光り輝く。

 彼女の意思に応えるようにして。

 そこから飛び出したエリアフォースカードに、その名が焼き付けられていく。

 

「……私にもう1度、身を預けて下サイ。正義(ジャスティス)!!」

 

 俺達はその様を見ていた。

 浮かび上がるXIの数字。

 それは、正義の名を刻み、再びブランの再起の意思を汲み取ったようだった。

 余りにも神々しく、だけど優しい光。

 荒ぶる全てを食い荒らす、ロードと戦った時の光とは違っていた。

 

 

 

「私が守りたいのは過去じゃない! 仲間と一緒に居る今、そして仲間と共に進む未来デス! そのために、この新しいデッキで貴女を倒しマス!!」

「やれるものか。私はお前そのものだ」

 

 

 

 空間がその場を包み込んでいく。

 煌いたエリアフォースカードの光を握り締め、ブランは力の限り叫んだ。

 

 

 

「行きマスよ、正義(ジャスティス)起動!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)XI(イレブン)……Justice(ジャスティス)!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

「《タイム1 ドレミ》を召喚。ターンエンド」

「呪文、《フェアリー・ライフ》を唱えて I'm doneデス!」

 

 ブランと偽者のデュエル。

 自分自身と決着を付けるため、彼女は自ら進み出た。

 絶対に負けるなよブラン……偽者なんかにお前が負けるわけが無いんだ!

 見たところ、デッキは同じかと思ったが、大分様相が違うようだ。片や手札を減らさずにクリーチャーを出し、片やマナを増やしている。

 

「……読めた。3マナで《タイム3 シド》を召喚。更に、《タイム1 ドレミ》で攻撃するとき──革命チェンジ」

 

 冷淡に偽物は言い放つと、その手札からカードが飛んでいき、攻撃していった星型のクリーチャーと交代する。

 

「2体目の《タイム3 シド》をバトルゾーンへ」

 

 《シド》は相手が唱える呪文のコストを2増やすクリーチャーだ。

 それが2体で、合計コストは+4。

 そして、シールドが割られるものの何もトリガーしなかったのか、ブランは少しまずそうな顔をした。

 

「これは、私がやられたのと同じ戦法です……!」

「確か相手は光水のエンジェル・コマンド・ドラゴンデッキだったか。しかも相手の動きを序盤に縛っていくスタイルのようだな。光らしい」

 

 マナブースト呪文がこれでは封じられたのも同然だ。

 切り返す手段をブランが持っていれば話は別なんだが……このままじゃ、攻めあぐねている間にやられ放題じゃないか。

 

「私のターン! 3マナで《絶対の畏れ 防鎧》召喚デス! その能力で、ハンデスとコスト踏み倒しを封じるデス!」

 

 現れたのは水晶に包まれたゴーレム。

 ブランも相手の動きを邪魔しに掛かる。

 

「それが出来れば良かったな。出来れば、だが──!」

「!」

 

 偽者のマナが無情に4枚、タップされた。

 

「荒魂よ沈まりたまえ、呪文《スパーク・チャージャー》!」

「チャ、チャージャーデスか!?」

「そうだ! その効果で《防鎧》をタップ。そして、そのまま《シド》で《防鎧》を攻撃して破壊!」

 

 《シド》のパワーは4000。対して、《防鎧》は3500。僅差ながら、星型のマシンに水晶のゴーレムはひき潰されてしまった。

 

「──その程度で邪魔をしたつもりだったか?」

「くっ……悔しいデスけど手も足も出ないなんて……!」

 

 ブランは歯噛みした。早速大ピンチだ。

 呪文は封じられたも同然、おまけに折角出したメタクリーチャーまで排除されてしまう始末。

 おまけに、相手のマナは次のターンで6枚に到達する。

 

「私のターン……! マナにカードを置いてターンエンドデス」

「悔しいか。何も出来ないのが。それが今のお前の限界だ。お前がお前自身を超えでもしない限り、例えエリアフォースカードを覚醒させた所で意味はない」

「くぅ、好き勝手言ってくれるデスね!」

 

 だけど現にブランのエリアフォースカードの守護獣は、未だにうんともすんとも言わない。

 一体どうなってるんだ。まだ何かが足りないというのだろうか。

 

「私のターン──そろそろ面白い物を見せてやろう」

 

 偽物は5枚のマナをタップする。

 

 

 

「天網恢恢疎にして漏らさず──《太陽の精霊龍 ルルフェンズ》!」

 

 

 

 現れたのは剣を携えた天使龍。

 そして、その剣に宿るようにして稲光が落ちる。

 

「効果発動。手札からコスト6以下の光のクリーチャーをバトルゾーンに」

 

 その場に光が満ちた。

 

「《指令の精霊龍 コマンデュオ》召喚。その能力でカードを1枚引き、コスト5以下の光のクリーチャー、《音感の精霊龍 エメラルーダ》を場に出す」

 

 彼女は思わず身構える。

 

「《エメラルーダ》の効果でシールドを回収。S・トリガーは《サイバー・ブック》。手札を3枚引いて1枚を山札の一番下に置く。そしてシールドを1枚手札から置いて、ターンエンド」

「……並ばれたデス。でも!」

 

 彼女は負けじと5枚のマナをタップした。

 

「5マナで《青守銀 ルヴォワ》召喚! その効果で自身をタップして、《ルルフェンズ》をタップデス!」

「防戦一方だな、或瀬ブラン。無様だ」

 

 彼は6枚のマナをタップする。

 そこから現れたのは──更なる天の翼だった。

 

 

 

「──我は鏡、愚か全てを映し出す無貌の鏡──《侵略者 フェイスレス》」

 

 

 

 次の瞬間、そこに居たのは顔無き異形。

 翼を生やし、光の輪を頭に携えた侵略者。

 同時に、そこにはもう偽者の姿は居なくなっていた。

 

「──正体を現しましたネ!! 侵略者 フェイスレス……それが真の姿デシタか!」

「これが負の念の力か。或瀬ブラン。お前によって、私は完全に実体化に成功した。だが、感謝するなどという感情等私には無い。あるとすれば、お前から得た仮初の物のみ。故に、此処から私は無情の明王となろうぞ」

 

 これが今まで俺達を惑わせていた偽者の正体。

 成程、顔が無い故に他の奴から顔を借りなきゃいけなかったんだな。

 

「では、行くぞ──《エメラルーダ》で《ルヴォワ》を攻撃して破壊」

 

 一瞬で杖から放たれた稲光が銀人を砕く。

 ブランのなけなしの防護壁は一瞬でなくなってしまった。

 そして、好機と言わんばかりにクリーチャーが雪崩れ込む。

 

「《ルルフェンズ》でシールドを攻撃──するとき、革命チェンジ」

「!」

 

 抑揚のない声でフェイスレスは言った。

 星が降り注ぐ。

 その場に眩い閃光が落ちた。

 

 

 

「──現れよ、《時の宮殿 ベルファーレ》」

 

 

 

 現れたのは宮殿を身体に宿したドラゴンだった。

 

「このクリーチャーは……!」

「《ベルファーレ》が破壊されたとき、または自分のシールドがブレイクされた時、このクリーチャーがタップされていればそのターンの残りを飛ばす。これでもう、攻めるのもままならぬまい」

 

 無貌の異形はじりじりとブランを追い詰めていく。

 だが、それだけではない。2枚のシールドが天使龍の一踏みで砕け散る。

 その破片を浴びるブラン。しかもそれだけでは終わらない。

 

「S・トリガー、《フェアリー・トラップ》! その能力で山札の上から1枚を表向きにして、それよりもコストが小さいクリーチャーをマナ送りにしマス!」

「無駄だ。この私──《侵略者 フェイスレス》──の効果で、相手のシールドが2枚以下の時、私のターンに私のクリーチャーは場を離る代わりに場に留まる」

「うぐぐっ……マナに置くデス……!」

 

 除去耐性を盾に殴っていくビートダウンスタイルというわけか。

 数でも押されているし、そろそろブランは危ない。

 まだ、《シド》が2体、場に残っているのだから。

 

「さあ、残る《シド》で攻撃!!」

「ッ……!」

 

 砕けるシールド。それが降り注ぐ。

 気が付けば、既にブランもボロボロだった。

 序盤からジャブのような連続攻撃が続き、彼女も消耗しつつあったのかもしれない。

 

「負け、ないデスよ……!! 私はもう、諦めないデス!!」

 

 それに彼女も答えたのだろうか。

 

「S・トリガー! 《ルヴォワ》を召喚して《シド》をタップデス!!」

 

 再び姿を現す《ルヴォワ》。

 危機一髪、ブランは凌ぎ切ったようだった。

 

「──ふむ。耐えたか」

「……Oh……あ、危なかったデス……!」

 

 だ、大丈夫なのだろうか。

 既にブランのシールドはゼロ。

 これで後は無くなってしまった。呪文のコスト上昇は4から2に減ったといっても、まだ続いている。

 次のターンでブランのマナは6枚。あいつは逆転できるのだろうか。

 

「……やはり、理解が出来んな。どうしてそこまで粋がる? 人間。仲間を傷つけられたのがそんなに悔しいか? 私の感情など移入出来ない。だが、移入出来ないからこうして利用してやったのだが」

「ぐっ……」

「何故仲間の為に戦う? 彼らはお前を疑っていたのだぞ。裏切ったのだぞ。裏切られるのは、一番悲しかったんじゃなかったんデスか?」

 

 ぐにゃり、と無貌の顔が捻じ曲がる。

 そこに現れたのは──うすら笑みを浮かべたブランの表情だった。

 あまりの悍ましさに、ブランは膝をつく。

 その顔には、薄っすらと恐怖が浮かんでいた。

 

「結局、弱い癖に粋がるから傷つく羽目になるのデスよ。何で諦めないんデスか。集団で虐められて、幼馴染に裏切られて。それでもまだ、誰かのために戦う事を止めないのデスか」

 

 彼女はスカートを握り締めた。

 息を切らせ、傷だらけになりながらも立ち上がった。

 

「……何回も、何回も裏切られたデス。虐められたし、傷つけられたデス。でも、そんな私でも暖かく迎えてくれた場所があった。涙も、弱さも、全部受け容れてくれる人たちが居た」

 

 彼女は拳を握り締めた。

 

 

 

「そして──利用されて付け込まれるような弱い自分なんか、もう……懲り懲りデス!」

 

 

 

 震えた声だった。

 

「──もう、私は誰も傷つけたくないのデス。私の周りで皆が私を笑わせてくれた。笑顔なんか浮かべる事なんて考えられなかった私が、ずっと1人ぼっちだった私が、居場所も出来て仲間も出来て──いつの間にか私も自然と笑顔になってて、私らしく振舞えた!!」

 

 デュエマ部での思い出、そして今の俺達の事をそこまで思ってくれていたのか。

 あいつにとって、デュエマ部は特別な居場所だったんだ。

 

「だから──それは誰にも壊させない!! 私の居場所も、私の仲間も!! もう、誰も傷つけさせない!! 傷つける奴は……私が許さない、デス!!」

 

 彼女は6枚のマナをタップする。

 正義(ジャスティス)のカードが光り輝いた。

 

 

 

 

 ──見せてみよ、正義(ジャスティス)に選ばれし者よ──!!

 

 

 

 声が空間に響き渡る。

 紫月も、火廣金も辺りを見渡す。

 老練とした声。だけど、とても威厳に満ちた声だ。

 

 

 

 ──汝が刻んだ正義、正しい事を証明して見せよ!!

 

 

 

「──OK、言われるまでもないデス! 《サッヴァークDG》、降臨(アドベント)!!」

 

 

 

 ブランが叫んだその時。

 稲光と共に、天空から結晶の龍が降り立つ。

 刻まれるMASTERの紋章。

 仮面にその顔は覆われ、表情は伺えない。

 だけど、あの姿──どこか、懐かしく思えた。

 

「これ、サッヴァークのデッキだったのか!?」

「成程な。自然文明を入れてブーストに特化する構成だったのか」

「そうデス!! これが私の過去からの決別の証!! 正義は振るう人の心で形を変えるなら、私が──サッヴァークを使いこなしてみせるデス!! サッヴァークDGの効果発動! 山札の上から3枚を表向きにして、メタリカ、ドラゴン、呪文を全て手札に!」

 

 叫んだ彼女の手札に次々にカードが加えられていく。

 そして──

 

「《サッヴァークDG》の効果で、ターンの終わりに手札から裁きの紋章を唱えるデス!」

 

 龍の仮面が光り輝く。

 そして、天空から飛翔する銀色の光。

 それが戦場を蹂躙した──

 

 

 

「これでも食らうデスよ! Cast&Engrave(裁き、そして刻め)、《断罪スル雷面ノ裁キ》!!」

 

 

 

 雷雲が現れ、《フェイスレス》と《ベルファーレ》がシールドへ叩きつけられ、水晶に包み込まれていく。

 

「これはっ……!」

「《断罪スル雷面ノ裁キ》は、相手のクリーチャーを2体選び、その後相手のシールドを2枚選んでその上に重ねるデス!」

「っ……だが、その程度。私の場にはまだ4体のクリーチャーが居るのだから──」

「No! 終わりまセンよ!」

 

 今度は《サッヴァークDG》が胴を上げる。

 腹に埋め込まれた巨大な水晶が青く煌いた。

 そこから、ぐにゃぐにゃ、と何かに形を変えていく。

 そういえば、《サッヴァークDG》はターンの終わりに互いのシールドに表向きのカードが3枚以上あれば、自身を破壊する事で手札から光のドラゴンを出せるという効果を持っている。 

 あの時、ロードはすぐさま進化形態である《煌龍 サッヴァーク》を出していた。

 だけど──その時とは様子が違う。仮面が割れず、水晶が変化していく。

 

「──《サッヴァークDG》の効果で、自分のターンの終わりに全てのシールドゾーンにある表向きのカードの合計が3枚以上なら、このクリーチャーを破壊してもよい。そうしたら、光のドラゴンを1体、自分の手札からバトルゾーンに出しマス!」

 

 稲光が再び降り注ぐ。

 咆哮する龍の器は、全く違う姿へ変貌していく──

 

 

 

獅子(Leo)の瞳は全てを見通す! 召喚(Summon,this)──《獅子頂龍 ライオネル》!!」

 

 

 

 水晶から極光と共に舞い降りたのは、黄金の装飾に身を包み、阿修羅の如く6本の腕を携えた獅子の王。

 その腕には、蒼き剣が掲げられており、ブランを守らんとばかりにフェイスレスの軍勢の前に立ち塞がった。

 司るは?番。正義を意味する数字。そして、勝利を表すVの紋章も空中に誇らしげに刻まれる。

 

「《ライオネル》……《サッヴァーク》ではなくこちらですか……!」

 

 紫月が詠嘆しながら頷いた。

 ブロッカーが付いていないから簡単に踏み倒せない《ライオネル》を簡単に召喚するギミックを搭載していたとは!

 これが今回の、ブランの切札ってことか。

 

「それがどうした。ブロッカーの付いていないクリーチャーを1体増やしたところで今更勝てるとでも思ってるのか」

「さあ? どうでしょう? 貴方はどう思うデスか?」

「……あくまでも真面目には答えないということか」

 

 彼女は不敵に笑うのみ。

 フェイスレスは痺れを切らして、遂に一斉攻撃を始めた。

 

「《ルルフェンズ》召喚。その効果で手札からコスト6以下の光のクリーチャー、《聖霊龍王 アルカディアスD》を出して直接進化だ」

「……此処が正念場デスか」

「まずは、《コマンデュオ》で残る1枚のシールドを狙い撃つ」

 

 最後のシールドが、精霊龍の放った電撃で砕かれた。

 しかし。その破片は彼女には降り注がなかった──

 

「──《獅子頂龍 ライオネル》の効果(アビリティ)発動。私の手札に加える光のシールドカードはすべて「S・トリガー」を得るデス!」

 

 最初から相手も織り込み済みだったのかもしれないが、ブランの残り1つのシールドには2枚のカードが存在していた。

 1枚はまだ見ぬカード。

 そしてもう1枚は──先程刻まれた裁きの紋章だ。

 

「S・トリガー、《断罪スル雷面ノ裁キ》!! 《アルカディアスD》と《シド》をシールドに封じ込めマス!! 更に《ライオネル》はシールドが0の時、ブロッカーとなるデス!」

「だが、まだ《シド》と《エメラルーダ》が居る! これでお終いだ!」

「そう、これだけならお終いだったデショウ」

 

 彼女はもう1枚のシールドを手に取った。

 それを見ると、何処か切なそうに微笑む。そして、吹っ切れたように口を引き絞って──突きつけた。

 

「S・トリガー……発動デス!!」

 

 その場は暗雲に包まれる。

 今までに無い比で光がその場に降り注がれ、水晶が屋上を覆いつくしていく。

 だが、それは徐々に龍の形を象っていく。

 それは壊す為の大義名分ではない。

 真に守るべきモノを守る為の、正真正銘の彼女の正義(ジャスティス)だった。

 

 

 

「これは煌く私の正義──再び銘ずるデス! 降り立つ時デス(descend to earth)、《煌龍(キラゼオス) サッヴァーク》!!」

 

 

 

 金色のマスター・ドラゴン・カード、その名はサッヴァーク。

 一度はロードによって銘じられた正義を、再びブランが定義する。

 全てを見通す黒曜の瞳、断罪を執行する数多の剣。そして、暗雲が晴れて差し込んだ太陽の光によって煌く、黄金の鎧に包まれた漆黒の身体。

 裁きの魔龍は新たなる正義を胸に、今、再び戦場へ舞い降りたのだ。

 

 

 

『──永い間、眠っていたようだ。顕現するのは、初めてなのに──』

 

 

 

 裁きの龍は口を開く。

 そして、ブランの目を見通した。まるで、尊い大事な誰かに向ける優しい瞳だった。

 彼女も、何処か懐かしいような眼差しをサッヴァークに向ける。

 

「ワンダー……タートル?」

正義(ジャスティス)に選ばれし小娘よ。その名で呼ぶのは止めよ。儂は守護獣の役割を引き継いだ──後任者に過ぎぬ』

「……それでも、もう手放したりなんかしまセンよ」

『……そうか』

「……それと何べんでも訂正デス。私は小娘じゃありませんヨ。私は――」

 

 

 ブランは帽子を深く被った。

 そして──微笑む。曇天から強く差し込んだ太陽のように。

 

 

 

()探偵・或瀬ブラン、デス!」

 

 

 

 サッヴァークは吐息を漏らす。

 そして、まるで古き懐かしい友人に呼びかけるように告げた。

 

 

 

『良いだろう、乗ってやろうではないか──名探偵よ!』

 

 

 

 俺は黙って見届けるしかなかった。

 新たなる守護獣の誕生の瞬間を。

 だけど、初めて会ったはずなのに、まるで旧友のような二人の関係に危うさは微塵も感じられない。

 

「さあ、行くデスよ! 《サッヴァーク》の効果で、《シド》をシールドに封じ込めるデス!!」

『受けるが良いぞ!! 裁きの雷鳴を!!』

 

 投槍のように、サッヴァークが手に掲げた剣を振り上げて、《シド》目掛けて狙い放つ。

 稲光の如き眩い一閃が、天使龍を貫き、シールドへ封じ込めた。

 

「くっ……!! そんな事があってたまるものか……!!」

「これでYouの場には《エメラルーダ》だけデスよ! 《ライオネル》はシールドが無い時、ブロッカーになってるので攻撃は通らないデス!」

 

 完全に不意からの一撃。

 それが、あれだけ居たフェイスレスの軍勢を完全にそぎ落としてしまった。

 6体も居たクリーチャーは、5体もシールドへ貼り付けられてしまっている。

 もうブランのシールドは無い。あと少しで攻め落とせるのに──それはもう、絶対に届かないだろう。

 

「──私のターン! 《煌龍 サッヴァーク》で攻撃──するとき、アタック・チャンス発動デス!」

 

 彼女の手札から1枚のカードが飛ばされた。

 そして、そこに巨大な龍の紋章が浮かび上がる。

 

 

 

Cast&Engrave(裁き、そして刻め)、《天ニ煌メク龍終ノ裁キ》!!」

 

 

 

 咆哮する《サッヴァーク》。

 水晶で出来た身体から、光が迸り、《エメラルーダ》の身体を水晶の中に飲み込んでいく。

 そして、再び《サッヴァーク》の翼が広がり、高らかに咆哮した。

 

「その効果で、相手のクリーチャーを全てフリーズし、マスター・ドラゴンをアンタップするデス! そして、これでもう邪魔は無いデスね!」

「そんな馬鹿な……此処まで強い龍が居るというのか……!!」

「そして《サッヴァーク》がシールドをブレイクする時、ドラゴン・W・ブレイク発動デス!」

 

 それは貫き穿ち、そして吸い尽くす魔龍の剣。

 放たれたそれが、フェイスレスのシールドを貫通するとともに、ブランの眼前に2枚のシールドが光と共に現れた。

 

「どうしたことだ、どういうことなんだ!! 正義(ジャスティス)に守護獣だと……!? 今になって、こんなに強くなって現れるとは……!!」

「何言ってるデスか。私の切札デスよ? 弱い訳ないじゃないデスか! 今度は《ライオネル》でシールドをT・ブレイクデス!」

 

 一挙に砕け散るシールド。

 それがガラスのようになって、フェイスレスの身体を切り刻んだ。

 だが、奴もまだ諦めてはいないようだ。《エメラルーダ》で仕込んでいたS・トリガーがあるのだから。

 

「S・トリガー……《オリオティス・ジャッジ》!! 今そちらのマナは7枚しかない!! 《サッヴァーク》と《ライオネル》、諸共に山札の下送りだ!!」

 

 雷撃が放たれた。

 人造龍と獅子龍を目掛けてじぐざぐに撃ち落とされる。 

 すぐさまそれは爆散して、辺りに煙が漂った──

 

「これで、終わりだ……所詮、人間の絆や繋がり等、大したものではなかったな」

「──本当にそう思うデスか?」

 

 探偵の一声。

 フェイスレスは表情無き顔面を、まだ見えぬ眼前に見やったようだった。

 俺の方からもまだ見えない。

 だけど確信していた。正義はこの程度では折れはしない、と。

 

 

 

『オオオオオオオォォォーッ!!』

 

 

 

 煙から飛び出したのは、サッヴァークだった。

 無傷。全くダメージを受けていない。

 彼の羽ばたきで盤面の煙が吹き飛ばされていく。

 《ライオネル》もそこに立っていた。

 

「残念デシタね!! 《サッヴァーク》は自分のクリーチャーが場を離れるとき、代わりに表向きのシールドが墓地に置けば場に留める事が出来る能力を持ってるデス! あと、《ライオネル》も自分のシールドを犠牲に生き残らせておくデスよ! シノビとか握ってもらってても困るデスからね!」

「なぁっ……!」

「教えてあげるデス。どんなに崩そうとしたって、絆は崩れやしない! 繋がりは、絶対に途切れはしない!」

『友が為に貫く正義は、折れはしない!』

「もう、絶対に、折らせはしない! これは私を信じてくれた仲間に捧げる一閃デス!」

 

 無数の剣が宙を舞った。

 そして、フェイスレスへ狙いを定めた──

 

 

 

「──《煌龍(キラゼオス) サッヴァーク》でダイレクトアタック、デス!!」

 

 

 

 無貌の天使の身体を剣が貫いていく。

 崩壊し、崩れていく身体。

 今わの際に、偽者は悟った──

 

 

 

「──おのれ……これが、人間の……思いの力か──!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 斯くして、学校に出現していたトークンの反応は消えて無くなった。

 後には、激しい戦いが終わり、ぺたんと座り込むブランの姿がぽつんとあった。

 そして彼女に駆け寄る俺達。

 彼女は振り向くと──笑っていた。

 やっと、戻ってきたと言わんばかりに彼女も駆け寄ってくる。

 

「ただいまデス。皆サン」

「お帰り、ブラン」

 

 彼女の手には正義(ジャスティス)のカードが握り締められていた。

 もう手放さないと言わんばかりに、大事に握られていた。

 

「新たな守護獣……サッヴァークか」

「ハイ。私の新しい──相棒デス」

 

 彼女ははにかむ。

 戻ってきたわけではない。

 だけど、彼女の新しい相棒。

 

「……ワンダータートルの分まで、今度は私が守り抜きマス。そして強くなりマス」

 

 

 

『何を言う。そんな事より他に言う事があるだろう』

 

 

 

 声が聞こえた。

 見ると、空中に実体化する巨大な真龍の姿。

 彼女は、巨大な彼を見上げた。

 

「──サッヴァーク」

『……探偵には不可欠な物があるのではなかったのか?』

「……もしかして、知っててやってマスか?」

『どうだか。昔の事は忘れた』

「むぅ!!」

 

 ブランが憤慨する。

 やはり、多少はワンダータートルの残した記憶があるのだろうか。

 だけど、サッヴァークはそんな事を気にする様子はない。

 

「──まあ、良いデス。何となく、心で分かりマシタから」

『今はそれでいい。して探偵。それで儂はお前の何として振る舞おうか? 部下か? 下僕か?』

「助手デス!」

 

 ブランは高らかに言った。

 

 

 

「──サッヴァーク! これから()、よろしくお願いしマスネ! 貴方は私の助手デス!」

『良いだろう。探偵に助手は不可欠だ。こちらこそ、頼むとしようかの』

 

 

 

 そう言って、彼は彼女のデッキケースの中へ入っていく。

 完全に覚醒した正義(ジャスティス)

 これで、俺、紫月、ブランの3人のエリアフォースカードが覚醒したことになるのか。

 一番遅咲きだった。相棒さえ失った。だけど──また、戻ってきたような気さえする。

 

「ともあれ、偽者騒動もこれで終わりというわけだ」

 

 火廣金が腕を組んだ。

 こいつにもたっぷり世話になったな。

 理知的な参謀としては、かなりキレ者だってことが分かったしな。俺も部を纏める身として見習わないといけないだろう。

 

「……本当に人騒がせなクリーチャーだったぜ。でも、ブランが無事でよかった」

「そうです。デュエマ部も結局無事でしたね」

「ああ。君は無実。そして敵の殲滅を確認。エリアフォースカードも覚醒して、完全勝利だ」

「そ、そうデスね……あれ」

 

 彼女は顔を隠した。

 見ると、コンクリートに幾つも雫が落ちていた。

 

「お、おかしいデス……全部綺麗に終わったのに……」

「ブラン先輩。泣いてるんですか?」

「ち、違うデス! これは嬉し……涙デス」

 

 ぺたん、と彼女は座り込む。

 俺達は駆け寄った。

 

「……ブラン。色々溜まってただろ」

「……アカル……ハイ。辛い事ばかり、デシタ……」

 

 でも、と彼女は付け加える。

 

 

 

「……嬉しい事も、たくさんデシタ……皆の、おかげデス!」

 

 

 

 涙は零れていた。

 だけど、夕陽に照らされたブランの笑顔は──久々にとても輝いていた。

 紫月が袖で顔を拭いながら彼女に抱き着く。

 振り返ると──屋上の扉にもたれかかる桑原先輩と、何処か安心したような花梨の姿があった。

 

「──もしかしてお前も1枚噛んでたりする?」

「まーね。ほっとけないでしょ? 1年の時からの友達を見過ごすなんて、あたしには出来ないよ」

「……ま、色々あったみてーだが解決して良かったぜ」

 

 桑原先輩も頷く。

 俺は再びブランの方に向き直る。

 夕陽に負けない、嬉しそうな笑顔が返ってきた──

 

「あれ? そういえばエリアフォースカードは?」

「……あ」

 

 ブランの言葉で俺達はふと思い出した。いけない、早く回収しないと。俺達は偽者が立っていた場所へ駆け寄る。

 そこには、《フェイスレス》のカードと白紙のエリアフォースカードが落ちていた。

 エリアフォースカードをワイルドカードに奪われたら、どんなに厄介な事になるのか、今回は良く分かったな。

 

「ロードに奪われていたカードが世界中に散っている。これもその1枚だろう」

「何のアルカナか分かるのか?」

 

 火廣金は頷く。

 

「塔のカードだ。ロスが同じアルカナだからな」

「塔……道理でロクな事が起こらないと思ったぜ」

 

 確か正位置と逆位置、両方で悪い意味のカードじゃないか。

 

 

 

「残りのカード集めも……骨が折れるな」

 

 

 火廣金の言葉に俺は同意する。

 だけど、俺達の知っているブランが戻って来た。

 今はそれだけで十分だった。

 

 

 

「何とかなるさ。いや、何とかすれば良いんだ。俺達全員でな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その頃。 

 同時刻、デュエマ部部室。

 

『で』

 

 若干彼はキレ気味だった。

 確かに影が薄い事は否めないかもしれない。

 あんまり役に立たなかったかもしれない。

 だが、それでも自分は自分なりに頑張っていたのだ。寝ていたのだって、好きで寝ていたわけではないのだ。

 故に──憤慨した。

 

 

 

『何で部室に誰もいねぇんだァァァーッ!?』

 

 

 

 残念ながら、全員屋上である。すっかり鮫の事など忘れている。

 ともあれ、鮫の怪我も無事完治したようであった。それで今しがた目覚めた所である。

 

『シャークウガへ、起きても適当に寝ていてくださいbyしづ って何だこれェェェーッ! 俺完全にハブられてんじゃねーか! 俺をもっていかなかったのかよマスター!』

 

 しかし、それで納得できるはずもない。

 シャークウガは誰も居ない部室に向かって叫ぶ。

 虚しくそれは木霊して、返事する者は誰も居ない。

 

 

 

 

『誰か、誰か! もうちょい心配してくれよ、俺の事ォォォーッ!!』

 

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