学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
夏祭りの時は、受験の事とかまだ私は考えたくもなかったけど──先輩はそんなこと考える方が馬鹿らしいと思えていたようだった。迷いなんかない。行く道は1つしかないのだと思っているのだろう。
私は彼の灰色の目をじっ、と覗き込んだ。
そこには、夜空に爆ぜる火のアートが花のように咲き誇り、映り込んでいた。
純粋で、無垢で、とても綺麗だった──
向こうでデュエマ部の先輩と、紫月がわいわいやってるのなんか、もう目にも入らなかった。
「にしても、桑原先輩。今日は何時にも増して元気でしたね」
「白銀に負けたヤケついでよ! もう疲れたの何の」
彼は冷たいラムネを私の頬に押し付けた。
思わず甲高い声がのどの奥から出た。
「良いんですか?」
「奢りだ! 貰ってけ!」
「……はい。ありがたく貰っておきます!」
私は、嬉しかった。
桑原先輩は高らかに語る。
色を重ねる喜び、自分が筆を振るう事が出来る喜び。
そして、今目にしている最高の芸術を目に焼き付ける事が出来る喜びを。
次の作品は、花火に決定したらしい。
この人は本当に、何処まで行くのだろう。
「……本当に、綺麗ですね」
「……そうだな」
「花火、って何でこんなに綺麗なんでしょうか」
「……俺は知ってるぜ」
にっ、と彼は優しく笑みを浮かべた。
「一瞬で、消えちまうから……じゃねえか」
何処か、その語り口は寂しそうだった。
「……今生きてるこの瞬間も、花火も、一瞬で消えちまう。人の一生も同じだ」
彼は花火に手をかざした。
そして、花火のように笑顔を花開かせた。
「──限りがあるから、俺達は──最高に燃える事が出来るんだ」
その時、私の時間は止まっていた。
人が押し寄せて、いつの間にか皆の姿も見えなくなって。
だから人肌が恋しくなって──ぎゅぅ、と私は彼の手を握る。
先輩の手が、温かい。
彼はこれからどこに行くのだろう。
どこの大学に行くのだろう。
何の仕事に就くのだろう。
誰と過ごすのかな。何をするのかな。
もし、私と過ごす時間が、今のこの時だけだったなら──とても切ないな。
私も、先輩も、同じ道を進むのなら──私は先輩の歩いた道を踏んで歩いていきたい。
走って、追いついて、そして手だけじゃなくて、先輩の全部抱きしめたい。
「? どうした翠月。手なんか握り締めて」
「わああああ!! 何でもないですっ!!」
思わず放してしまった。
私ったら何やってるんだろう、はしたない。
すっかり浮かれてしまってた。迷惑じゃなかったかしら。
「ははは、寂しくなったか? もう皆どっか行っちまったしな!」
「しづが居ないから寂しいんですよ……」
そんなウソをついてしまう。
しづが居たら、安心できたかもしれない。
だけど、この胸の高鳴りが妙に心地いい。
「……ねえ先輩。本当に綺麗ですね」
頬っぺたが、とても熱かった。
これはしづと一緒に居るだけだったら、絶対に経験出来なかっただろう。
先輩の掌よりも、残暑なんかよりも、とても熱かった。
今でも、夏祭りの事を思い出す度に熱くなる。くらくらして、湯当たりしたみたいに熱くなる。
冬の寒さなんか忘れてしまうくらい。
……もっと、先輩と一緒に居たい。
でも、もう先輩、卒業しちゃうなあ。
どうせ思いが叶わないなら……せめて勇気を振り絞ってみよう。これが、最後だ。
※※※
「桑原先輩!! 今度の土曜日、一緒に買い物でも行きませんか!?」
桑原は思わず、絵筆を落としそうになった。
いつものように昼休みにキャンバスへ思いをぶつけていた彼だったが、毎度のように現れる後輩・翠月からいきなり言い渡されたのはこのような誘いであった。
一緒に買い物……? 女子で、まして同じ部活だった後輩から?
彼は今、自分の身に起こっている出来事に耳を疑った。
「空いてないなら別の日でも良いのですがっ」
「いや、どうせ暇だからそれは問題ねえんだが。どうしたんだ?」
「が、画材の買い出しですっ! 相談したい事があって! で、でも、それだけじゃ折角受験が終わった先輩にとって味気ないと思うので、ついでに一緒に映画でも見に行こうかなとか考えてるのですがっ! どうせ先輩、絵ばっか描いて他の事ロクにやってないでしょ! アウトプットも大事ですが、インプットと休憩も大事かなと思いまして!」
間に合ってる、とは口にも出せなかった。
流石にそれは健気な翠月を傷つける。普段、ガサツな桑原でもそれは察せられた。
これでも、姉が居るだけあって白銀よりは女の子の事は分かっているつもりである、と希望的観測をする。
しかし。
「いや、待て待て待て! テメェも年頃の女子だろ!? 俺みてーなチビと一緒に買い物に行ったりしたら、それこそ味気ねーぞ? 他にも良さそうな奴は沢山いるじゃねえか、同じ3年でも、同級生にも2年にも……」
それを自分の劣等感と、チキンな魂が邪魔をする。
というか、本当なら自分の人生の中で大事件も良い所だ。
「ほ、ほらっ、桑原先輩が一番慣れ親しんでますし!」
「……良いのかよ、俺、気遣いも遠慮もありゃしねーぞ」
「そこが先輩の魅力です!!」
微妙にディスられた気がした桑原だったが、気を取り返して頼み込む彼女の瞳を見た。
あくまでも本気のようで、彼女なりに勇気を振り絞ってきたのか、手はぷるぷる震えているし、顔は少しほんのり赤みを帯びていた。
確かに、期間こそ丸1年というわけではなかったが、一番接する時間の長かった1年生は翠月だった。
桑原も彼女の才能を磨いてきたつもりだったし、中学の時から美術をやってきた彼女の実力は2年に上がろうとする今、花開こうとしている。
もっとも、翠月の方はそれだけではないことも察してはいた。他の3年生よりも自分に情景を向けている事は、流石の桑原も分かった。
だが、それはあくまでも絵の話だろう……作品の良さと作者自体の人間的な魅力は比例しない、むしろ反比例している例さえある、と桑原は重々承知していた。
喧嘩っ早いし、短気だし、大人げないし、そして何よりチビだし……。
「め、迷惑だった、でしょうか……」
「……」
まあ、良いんじゃないだろうか。
一応画材の買い出しと相談という名目はあるみたいだし。
そう桑原は自分を納得させる。流石に、この上目遣いには勝てなかった。
後、翠月を泣かせると後でもっと怖いのが待っている。具体的には、双子の妹の方である。
「……迷惑じゃ、ねえよ?」
「やたー!! ありがとうございます、先輩!! それじゃあ今度の土曜日、鶺鴒駅前に集合ですよ!」
「お、おう」
彼女はすごくはしゃぎながら、ターンし、屋上の扉へダッシュしていく。
そのまま走り去っていった。
「……大丈夫かアイツ」
『やれやれ、マスターはオトメゴコロってもんが分かってないねえ』
「るっせー、いきなりだったから仕方ねえだろ」
からかうゲイルを黙らせ、桑原は唸った。
自分なんかで大丈夫なのか、と。
「……買い物と、映画、ね……」
※※※
「というわけでみづ姉から聞きましたよ。みづ姉とデートに行くんじゃないですか」
「はぁ!?」
それから3日程経った、ある金曜日の放課後の事。
桑原は早速、デュエマ部の部室を通りかかると同時に、ぬうっ、と伸びてきた手に引きずり込まれた。
そして、そこにはかなり難儀な表情を浮かべた紫月の姿があった。耀はというと、頭を抱えており彼にはどうにもならないということが示されていた。
火廣金は我関せずと言わんばかりにパチパチとプラモデルを組んでいたが、こちらの表情も若干やつれていた。
既に紫月が部室の中で暴走したことが伺える構図だった。
「ちょ、ちょっと待て! あいつ早速お前に言ったのか!?」
「言ったも何もみづ姉がやたらと嬉しそうだったので、聞いたら『いいえ! 何も無いのよ! 別に桑原先輩とデートに行くとかそんなんじゃないの! うん! はっ、今私何にも言って無いわよね!?』と言ってたのでてっきり、先輩とデートに行くことになったもんかと思っていましたが」
「あのヤロ……嘘がつけねえタイプだからな……だけどデートと言うと聊か語弊が──」
「あんなに嬉しそうなみづ姉を見たのは久しぶりです。が」
ぎらり、と紫月の瞳の色が変わる。
「みづ姉を泣かせたらどうなるか……分かっていますね?」
次の瞬間、何本もの氷の剣が桑原の周囲を舞う。
あばばば、と狼狽えた彼は冷や汗たらたらで地面に伏せそうになった。
見ると紫月の背後に居るシャークウガも、申し訳なさそうにしていた。
「ま、待て! 分かった! すまん!」
「ははは、冗談ですよ。少し羨ましかったので、からかっただけです」
声も顔も笑っていない。
氷の剣こそその場で溶けて消失していくが。
「……く、くそ、このシスコンめ……」
桑原は毒づいた。
既に身体は汗だくである。
その中には溶けた剣による水も混じっていたが。
「仕方がないでしょう。自分の姉の事ですから」
「つってもよ……デートと言うより買い出しに一緒に付きあってくれって言ってるように俺には思えたんだが」
「それをデートと言うのですよ」
「レディ。デートの定義は日時や場所を定めて恋人と会うこと、だ。二人はあくまでも部活の先輩後輩であって恋人ではないからデートではない」
塗装をしながら火廣金が言った。
そういえばこの部屋、やけに寒いなと思ったら、火廣金がプラモを作っているから接着剤のシンナーが充満しないように開け放しているのだ。
本当に傍迷惑だ、と毒突きながらも桑原は助け船を出してくれた彼には感謝を禁じ得ない。
「確かに──やりますね、火廣金先輩」
「まだまだ先輩には及ばないなレディ」
「テメェらは何の張り合いしてるんだ?」
「……まあ良いでしょう」
「良いのかよ」
紫月は溜息をつくと続けた。
「──何であれ、みづ姉は桑原先輩の事を信頼しています。まあ、ロリコン師匠ならいざ知らず、桑原先輩なら大丈夫でしょう」
「自分の師匠にも辛辣だなテメェ……ところで、白銀と火廣金。大丈夫なのか?」
「ああ、あの2人ですか。どうせまた、私が部室で暴走したとでも思ったのでしょう」
「他にあるなら聞いてみたいぜ」
すっ、と彼女は火廣金を指差した。
「まず、火廣金先輩は戦艦・ペトロパブロフスクを完成させる為に二日前から学校に泊まり込みしています」
「ペト……何て!?」
「桑原先輩は世界史を取っていないのか? クロンシュタットの反乱で検索だ」
「知らねえよ!!」
「後、これはれっきとしたサバイバル訓練だ」
「テメェは何やってんだ!! がっこうぐらししてんじゃねえよ!!」
桑原は怒鳴る。
デュエマ部は頭がおかしい奴の集まりか。
「明かりを自前で用意し、守衛に見つからぬよう、部室でこっそりとプラモデルを作る……これは実戦でも生かされる訓練だ」
「テメェやっぱ馬鹿だろ!! 俺の事笑えねえじゃんよ!!」
「そして2時の方角を注目」
今度は項垂れている白銀耀の姿。
火廣金がやつれている理由は分かったが、そうなるとこちらはどうなのだろうか。
紫月は色っぽく唇をなぞる。そして、頭をもたげた白銀の耳元に小さく囁いた。
「ニ・ヤ・ゲ」
「ぬおおおおああああ!! ガンバトラーでVV言わせる俺の今年の夢があああ!!」
発狂したように頭を抱えて叫ぶ耀。
殿堂発表が原因のようであった。
「テメェ、最近ロクに殿堂入りした《ニヤリー・ゲット》使ってなかっただろーが!! 被害者ヅラしてんじゃねえ!!」
思わず桑原は耀の胸倉をとっ掴んで揺らす。最近の耀は火ジョーカーズばかり使っていたからだ。
しかし、殿堂発表のショックは思ったより大きかったらしく、彼はあくまでも被害者ヅラを貫くようであった。
「ニヤゲもナッシングも無いのに、もう無色ジョーカーズなんざ組む意味ないでしょーがよ!」
「メラビートばっか使ってるのに、もう無色ジョーカーズなんか組むつもりなかっただろが!」
「組んでたよ! これで大会に出るつもりだったよ!」
『まあ、ぶっちゃけ自己責任でありますなァ』
そうチョートッQが言うと、また耀は膝を抱えてしまった。
火廣金はククッ、と愉快そうに笑みを浮かべる。
「時代は変わった……やはり時代は大艦巨砲主義だな」
「テメェはもう寝ろ火廣金!! 俺達ゃ戦艦の話はしてねえぞ!!」
すっかり突っ込みに疲れてしまった桑原。
普段常識人の耀が機能停止すると、此処までデュエマ部は酷くなるのか。
もっとしっかりしているのかと思っていたが、耀も所詮は根っからのデュエマバカだということだろう。
「待てよ……ニヤゲが規制されたってことは、火ジョーカーズがプッシュされる、つまり俺のデッキが更に強化される可能性がある……!?」
「結果的にポジティブな方向に居直っちゃったよ」
「希望的観測でしょうが、この人も大概におめでたい頭をしていますね」
「お前もうちょい言い方どうにかならねーのか……ん? そういえば」
桑原はふと思い出す。
そういえば最近居ない事が多かったのですっかり忘れていたが、ブランはどうしたのだろうか、と。
部室を見るに何処にも居ないようだった。そう思ってると──がらがらっ、と部室の戸が開いた。
「ただいまデース!! ”デート用メンズファッション100選”、借りてきたデース!!」
「余計なお世話だァァァァーッ!!」
突如、そんな趣旨の本を突きつけてやってきたブランに桑原は今度こそ頭を抱える。
「どうせ桑原先パイ、ユニクロしか持ってないんデショ? デートならこの中から服を選ぶデース!」
「何時買いに行けっつんだよ!! てかたけぇ!! こんなの勿体ねえよ!!」
ぐいぐい、とファッションカタログを顔に押し付けるブラン。彼は思わず苦言を呈した。
「多分みづ姉、よっぽどダサくなければ、そこまでファッションを気にしたりはしないと思いますが……」
一応紫月は大会の時に桑原の私服を見ているので、大丈夫だろうとは思っていた。
外を出歩く時はヘアバンドも外しているらしいし。
「何言ってるデスか!! 初デートで彼女をガッカリさせないための当然のタシナミ、デスよ! ね? サッヴァーク?」
『いや、探偵よ……儂に振られてもよく分からん』
「彼女!? いつの間にか話が盛られに盛られているじゃねえか!!」
「え? デートってことは、つまりそういうことデショ!?」
「違う!!」
「じゃあ、この今時話題の恋愛映画のパンフレットをどーぞ、デース!」
「はァ!?」
どっさり、とテーブルの上に置かれたのは映画のパンフレット。
読んでみると、どれもこれもハートが焼けそうな恋愛映画ばかりであった。
「う、うげえ……退屈そ……まさかあいつ、よりによって俺とこんなの見に行きたいんじゃねーよな……」
「何ならダン〇ルクとかはどうでしょうか」
「ヒイロは黙っててくだサイ、それもう終わったデショ」
「ふむ。みづ姉の見る映画はバラバラなので、正直分かりませんが、良いチョイスだと思います」
「だからダン〇ルクとかはどうだろうか」
「火廣金先輩は黙って下さい」
「俺、バッ〇トゥザフ〇ーチャーみたいなあ、純粋無垢で平和だったあの頃にタイムスリップしたいなあ」
「白銀先輩はいい加減平常運転に戻ってください」
パンフレットのタイトルを流し見していきながら、桑原の顔が真っ赤になっていく。
「なんでだよォ……俺こんなの見ねえよ……恥ずかしいじゃねえかよォ……」
「それでもみづ姉が見たいって言ったらちゃんと見るんです、良いですか? 絶対に寝てはいけませんよ」
「こ、こんな事になるなんて……」
桑原は項垂れた。
「この冬最高の恋をしませんか?」だの「2人の恋愛の衝撃の結末は?」だのキャッチフレーズにも見覚えがあるものばかり。
そうじゃなくても恋愛映画など見た事が無い。
だから桑原は自信が無かったのである。自分が女の子の趣味に合わせてやれる自信が無かったのだ。
そもそも姉が居ると言っても、彼女は男勝りな性格で趣味もその方向が多かったからか違和感を感じた事は今までなかった。
だが、翠月はむしろ少女趣味が強いのだ。
桑原の不安が募るばかりであった。
※※※
帰りがけの事である。
桑原は結局うんうん悩んでいた。
デート(厳密に言えばそうではないかもしれないが)とはこれほど気を遣うものなのか、と。
結局色々言われたりアドバイスされたが、桑原は何一つ出来る気がしなかった。
『マスター、大丈夫かい?』
「あ? ああ……何とかな」
『やれやれ、彼女たちはどうも自分の事のように舞い上がってるみたいだね……』
どうもそのようだ、と桑原はヘアバンドを締め直した。
坂道を下りながら、桑原はぽつりと呟いた。
「俺、全然自信がねーんだよ」
『何故? マスターは十二分に強いじゃないか』
「男は強いだけじゃダメなんだよ」
桑原は足を止めて暗くなって来た空を見上げた。
「俺はチビだし、顔もそんなに良い訳じゃねえ。クソっ、せめて火廣金みたいに目がキリッとしてたり」
『彼は常時瞳孔が開きすぎな気がするけど』
「黒鳥さんみたいに背がシュッと高かったらなあ」
『それはどうにもならないから諦めてくれ』
「諦める……諦めるっきゃねえのかなあ」
『いいかい、マスター。
「……そうかねえ」
『それに、自虐しすぎるのもわざわざ誘ってくれた彼女に失礼だというものだよ。あの子は、君の事を大分好いていたように思えたけど?』
「……俺に女に好かれる資格なんざねえよ」
彼はヘアバンドに刺した筆を一本、取り出した。
「……俺ァ……昔っから、これしか見てこなかった人間だ。それが今じゃ、視野が広がり過ぎちまって忘れてたが……」
『彼女は、そういう君に憧れたんじゃないかな』
「……」
『上っ面じゃなくて、ありのままの自分を好きになってくれる人は貴重だよ。彼女だけじゃない。白銀耀達もそうじゃないか? 君を仲間として受け入れてくれてるじゃないか』
「……そうかねえ?」
少なくとも、火廣金には余り良い顔はされていない気がするが。
『自信を持ちたまえ。伊達に君の守護獣はやっていない。君が自分の悪い所を100個言うなら、僕は君の良い所を101個言ってみせよう』
「……ゲイル」
『
そう言われると、少し気が楽になった。
桑原は笑みを浮かべる。そうだ。どっちにしたって、メインは画材の買い出しに過ぎないのだから。
「まあ、そういうことなら気楽にやるかね」
『あ、でもファッションはともかく、身だしなみには気を付け給えよ! 映画を見るんなら、最近の映画のチェックもやっぱりしておかないと……』
「……まあ、出来る事はやっとくよ」
『自分を磨くのと、無いモノねだりするのは違うからね! そこは気を付け給えよ!』
そこは重々承知である。
自分の認識の甘さを思い知らされたのだから。
「さてと。明日、だからな……相手が顔の見知った後輩とはいえ気を引き締めていかねえと。そうだ、景気づけにうどん屋にでも寄って──」
『待ちたまえ』
ゲイルは何かを感じ取ったようだった。
ピイン、とマフラー状になっている羽根が伸びる。
張り詰めた眼差しで虚空を睨んだ。
先程のおどけた雰囲気とは明らかに違っていた。
「どうしたゲイル? まさか……」
『そのまさかさ。ワイルドカードだ』
「……マジかよ!」
この間は自分達がワイルドカードを逃したばかりに、ややこしい事態になってしまった。
ゲイルもその辺りは責任を感じていたのだろう。
『しかも複数の強い反応だ。僕でも分かるほどだよ。マスター、命令してくれ』
「ああ。仕方ねえ、一番近い所に連れていってくれ!」
『了解だ!』
ゲイルの背中に桑原は飛び乗った。
すぐさま気流を味方につけると、旋風の翼は地面を蹴って空を飛んだ──
※※※
「《メラビート・ザ・ジョニー》召喚!! その能力で、手札から《ルネッザーンス》と《サンダイオー》をバトルゾーンに! 場にある俺のジョーカーズは5体以上だから、相手のクリーチャーを全て破壊だ!!」
一瞬で、俺達の攻撃を今まで阻んでいたブロッカー軍団は《メラビート・ザ・ジョニー》の放った斬撃で全て真っ二つになり、爆散する。
だが、これだけで攻め手を緩めない。
『マスター! アレを使うでありますよ!』
「おうともよ! マナに6枚、場に5体! ジョーカーズが合計11枚あるので《ジョジョジョ・マキシマム》を唱える! 《王盟合体 サンダイオー》は《ジョジョジョ・マキシマム》でマキシマム・ブレイカーだ!! お前のシールドを全て焼き尽くす!!」
『サンダイオー、マキシマムモードであります!!』
轟!! と大きな炎が機体を包み込んだ。
《サンダイオー》の剣が巨大な炎を得て、彼の身の丈の何倍もの大きさに巨大化する。
そして、一挙に相手のシールドを全て薙ぎ払った。
『オメガ・マキシマム、であります!!』
一瞬で焼失するシールド。
最早、何も守るものが無いワイルドカードに《メラビート・ザ・ジョニー》が愛馬シルバーに跨って突貫した。
「《メラビート・ザ・ジョニー》でダイレクトアタック!!」
クリーチャーが真っ二つに切り裂かれ、そこで空間は消失。
幸い、強さは大したことが無かったので俺は安堵の息をつく。
「ま、ニヤゲが殿堂入りしようが何だろうが俺のやる事は変わらねえがな」
『はーはっはっは! マスターも分かってきたでありますなぁ? ガンバトラーに鞘替えしようだなんて、心にもない事言っちゃってこのこのぉ』
得意げに言い放ち、肘を頬に押し付けてくるチョートッQ。こいつ今すぐにでもガンバGに交代させてやろうかな。
そんなことはさておきだ。まだこの辺りにクリーチャーが居るらしく、多くの気配を感じる。
だけど──一番大きな気配があった。
まだ大量に居るクリーチャー達──そして、それを食らう更に巨大な炎だった。
「な、何だありゃ……!」
炎の中に、不気味に輝く数多の星。それは黒く、周囲の光を吸収してぼんやりと浮かんで光っていた。
炎は不定形なので、一体何なのかは分からなかったが、眼を凝らすとまるで鳥のように翼を広げているようだった。
そして、現れたクリーチャーを1体ずつでは飽き足らないのか、触れただけで自らの身体の中に取り込んでいく。
『とにかく放置するのは危険であります! どんどんあのクリーチャーの力が強くなっているでありますよ!』
「ああ、どうにかしねえと……!」
そう思って身構えた時だった。
クリーチャーはそのまま消えてしまう。
完全にこちらに感づいたのか、逃げられたようだった。
そもそも相手は上空に居たので、捕捉するのは難しかったのだが。
「……あのクリーチャー、何なんだ?」
俺は虚空を睨む。
まるで、鳥のように現れ、音も無く飛び去ってしまった。
燃える翼が振りまくのは間違いなく災厄。まさか、先日のエリアフォースカードが原因だろうか、と推測した。
どうも、この街にとても恐ろしいものが訪れているのは確かなようだった。
※※※
降り立った場所は、街の裏路地。
人目のつかない場所を選んで降りたものの、既にワイルドカードと思しき反応は感じられた。
そして、ほぼ同じ場所へ近づいていく反応も──
「桑原先輩!?」
「紫月!!」
2人は鉢合わせした。
紫月はシャークウガを引き連れており、やはりワイルドカードを探していたことが伺えた。
「帰りがけに大きな反応を見つけて……たまたま一番近くに居た私が向かう事になったんです」
「そうか。まあいい。1人だと万が一の事があった時が大変だからな。助かる」
「同感です。この間の件で重々思い知りました。不測の事態は常に起こりうるものですからね」
こいつも成長したじゃねえか、と桑原は感心する。
1人で突っ走るのではなく、確実に敵を排除するために仲間との共闘を優先する。
それが最も安全策であるということだ。
「丁度この先に敵が居るはずです」
『既に実体化してるみてーだな。さっさと処理するぞ。もう偽者っぽいのが出てきても驚かねえからな』
「笑えねえ……」
桑原は呆れながらも、道行く人々を避けて発生地点へ駆けていく。
そして、辿り着いたのは公園。
そこにあったのはぐらぐら、と歪む空間から現れたクリーチャーであった。
「──憑依元と思しき人間は見えませんね。最近、直接実体化していることが多いような気がします」
「何か理由があるのかもしれねえな」
ともあれ、犠牲になっている人が居ないのは良い事だ、と桑原は思い返す。
その代わり、最初から実体化したフルパワーのワイルドカードと戦わなければならないが。
『とにかく、姿を現しやがれ!!』
『怖いのかい? ん? 怖いのかい? ヒーローを前にして!』
叫ぶシャークウガ。煽るゲイル。
そこから大人しく実体化する──わけではなく。
ぐわん! ぐわん! ぐわんぐわん!
突如、ノイズのような音が桑原の頭の中で鳴り響く。
紫月も耳を抑えてうずくまっている。
頭の中を何度も何度も揺らされるような感覚。
胃の中のものがまぜっかえされるような嘔吐感。
次の瞬間──キャハハハハ、と甲高い笑い声が響き、一瞬だけ亡霊のように透き通った影が見えた──
「
言いかけた紫月だが、その手は上がらない。
精神を?き乱されているからだろうか。
いや、これは──
「うおああああ!!」
桑原は叫んだ。
次の瞬間、彼の意識は何処かへ飛んだ──
「……あれ?」
我に返る。
桑原は目を開いた。
もう、そこには何のクリーチャーも居なかった。
「に、逃がしてしまったのでしょうか」
「……ああ、そうみてえだな」
紫月は落胆する。
また取り逃してしまうとは情けない。
しかし、妙な術を使う相手だったな、と彼女は思い返した。
「……仕方ありません。深追いは危険です。今日は此処までにしましょう」
「そうだな……まあ、俺も明日見かけたら潰しておくぜ」
「……デートの事を忘れてませんよね?」
あ、と桑原は思い出したように言った。
紫月が肩をすくめた。
「今日はもう解散だな」
「……そうですね。この事は一応報告しておきましょう」
※※※
結局、その日はそれで各自現地解散であった。
疲れた体を引きずって家に戻り、ベッドに飛び込んだところまでは覚えていた。
そして、眼を瞑ると自然と瞼が重くなる。
そのまま意識が無くなっていった。
そこまでは覚えているのである。
妙な倦怠感と共に目を覚ますと──違和感に気付いた。
誰かに抱き着かれている。
横を見ると──そこには、寝間着姿の後輩が腕に絡みついていた。
「んー……しづ……」
「どえええ!?」
叫んだ自分の声に違和感を覚えた。
甲高い。そして聞き覚えがあった。思わず自分の手を見る。
次に飛び起きて翠月の腕を振り払い、視界の違和感に気付く。
かわいい小物で彩られた部屋。ベッドで眠る翠月。
”俺”は、思わず自分の顔を触った。妙にすべすべしている。
ベッドから飛び降りた俺は更に重りが大きく揺れるような痛みを感じる。
思わず触った。手では包みきれない程豊満な胸が俺の膝を隠していた。
今、ぐわん、って言わなかったか? これだけで数kgはありそうだぞ!?
ちょっと待て。俺は男だ。何で男の俺にこんなデカ乳が付いてるんだ!?
机の上にあった手鏡を思わず取った。
俺の顔は、いや──
「うっそだろ……!?」
──紫月の顔は、蒼白としていた。
『何だマスター……どうしたんだ一体、そんな様子で起きて。今日は妙に目覚めが良いじゃねえか』
「シャークウガ……」
ふよよよ、とカードのまま飛んでくる鮫。
助かった。不安だったがこいつが来てくれたのは、はっきり言って助かる。
「なあ、シャークウガ。俺、紫月じゃねえんだよ」
『……は? ”俺”? どうしたマスター。昨日のクリーチャーの攻撃で頭がヘンになったか?』
「妙な事を言ってると思うが、信じてくれ!!」
俺は顔をひきつらせた。
「──俺は”桑原”だ!!」
シャークウガが飛び出して、あんぐりと口を開けた。
※※※
「……あ、お前らも来たのか」
「……何でおツゥーヤみたいになってるデスか?」
「……大変な事だと聞いて来たが……俺は早く学校に戻ってプラモの続きを作りたいのだが」
「おう一生やってろ」
俺は白銀耀。組もうとしていたデッキのパーツが殿堂入りで逝って、心が折れそうになってたけど一晩寝たら割と何とかなった。
それはともかく、今朝は紫月からいきなり電話がかかったかと思ったら敬語の桑原先輩が出て来た上に今すぐ公園に来てくれと言うのでただ事ではないと感じ、駆け付けた次第だ。
公園のベンチに座って顔を覆う桑原先輩。よく見ると、既に余所行きの服に着替え終わっている。
項垂れたようになっている紫月。よく見るとパジャマに何時ものパーカーを羽織っただけの服装だ。
何があったのかさっぱり分からない。だが、本人は勿論、今実体化している守護獣の方も無事みたいだ。
だけど雰囲気は完全にお通夜、いやお葬式状態だった。
「先輩、大変な事になりました……」
覆っていた顔を開けてそう言ったのは──桑原だった。
「先輩? 桑原先パイ、いつから私達の後輩になったデスか?」
「違うんです!!」
駄目だ。敬語の桑原先輩に違和感があり過ぎる。
一体どうしたというのだろう。まさか、クリーチャーの攻撃を食らって、性格が変わってしまったとか?
「……テメェら、よく聞け。これは今現実に起こっている異常事態なんだよ」
頭を上げて、少しやさぐれたような声で言ったのは──紫月だった。
こ、こっちもこっちで違和感がある。お前、何時の間にグレちまったんだ? って程だ。
「ちょっと待て、君達口調が入れ替わってないか。また何か新しい遊びかコレは」
『遊びだったなら良かったんだけどねえ……ヒーローとしては実にまずい事態だと思うわけだよ』
肩を竦めたのはゲイル。こっちはどうも平常運転のようだった。
『ふむ、まずい事というのは本当のようじゃのう』
「サッヴァーク? 分かるデスか?」
『ああ。我が眼は真実を見通す眼』
実体化したサッヴァークが、胸元にある《オヴ・シディア》譲りの巨大な瞳で2人を見回した。
『暗野紫月と桑原甲は──精神が入れ替わっておる』
2年生組3人の顔がただちに凍り付いた。
「い、入れ替わってる? そんな事があるのか?」
俺がげんなりと肩を落とすと、桑原先輩がインしていると思しき紫月が怒鳴る。
「るっせぇ!! 現に起こってるからそう言ってるんだろが!!」
「ひっ、紫月。そんなにキレなくても」
「えっ、あっ、俺は桑原だ、っつってんだろーが!」
「デモ、男言葉で怒るシヅクも新鮮でGoodデスね!」
「いや状況はどう考えてもBadだろ」
ともかく此処までの経緯を整理することにした。
話を聞いたところ、桑原先輩と紫月はたまたま同じ場所に発生したワイルドカードを撃破しに向かったらしい。
しかし、その時実体化したクリーチャーが謎の攻撃を発動した。
それによって桑原先輩と紫月の身体と心は入れ替わってしまったというのだ。
「まさか、時限式とは思わなんだ……不意打ち食らったぜ」
とは桑原先輩の弁。何も無いと安心させておいてから隙を生じぬ二段構え。何処まで性格が悪いクリーチャーなんだ。
ついでにクリーチャーには逃げられたという。何と言うか……最近の紫月、ワイルドカードが絡むと不憫な目にしか遭ってないな。
「じ、人格は愚か性別まで入れ替わってるって事デスか!? シヅクがBoyに、桑原先パイがGirlに!? Unbelievable!!」
「やめてください……割と真面目に凹んでるんです……」
「お、おう……桑原先パイの低い声で言われると本当に深刻そうに聞こえマスね」
「どういう意味ですか!」
「まあ、騒いでも仕方ねえ。性別ってのはデリケートな問題だからな」
こくこく、と紫月──ではなく桑原先輩が頷いた。
「……にしてもよ、変な感じだぜ。女の身体ってのは……」
「先輩。間違っても変な所触らないで下さいよ」
「わぁーってるよ」
「そういえば、2人とも服装はどうしたんだ?」
俺が聞くと、紫月──外は桑原先輩──が恥ずかしそうに言った。
「実は、朝飛び起きたらゲイルが居て……只事ではないと気付いてくれたんです」
『ああ。余りにも挙動不審だったからね。それで、一先ず皆を集めようって事になったから、僕がマスターの余所行きの服を適当に調達して高速で着替えさせたのさ』
「凄かったですよ……竜巻が渦巻いたかと思ったら、いつの間にか着替えが終わってるんです」
「どういう技術なんだよもうそれは……」
漫画かアニメの早着替えだな、それは。
……ん、じゃあ桑原先輩はどうしたんだろう。
「ああ……下手に女モンの服を触るのもいけないと思ってだな……紫月のいつものパーカーだけ羽織って来た」
「……待ってください」
桑原先輩が紫月に襲い掛かった。
いや、中身は紫月と桑原先輩だけど、桑原先輩の格好で紫月に襲い掛かってる構図は完全に犯罪だ。
「ちょっと、紫月!? ……どわぁっ!?」
「……」
もにゅ、もにゅ、とでも擬音が聞こえてきそうだった。
紫月は桑原先輩の身体で自分の身体の胸を揉みしだく。
桑原先輩の入った紫月が、恥ずかしそうに言った。
「……ちょっと、お前! やめろ!」
「……ノーブラじゃないですか!! 何でせめてブラくらい付けて来なかったんですか!!」
「いや、確かに、そうだけどよ……!!」
がばっ、と紫月を振り払い、桑原先輩は紫月の胸を腕で隠す。
「寝る時外してるんです!! あー、もう、恥ずかしいから言わせないでください!」
「だけどよー、ブラって一体何の役割があるんだよ。あっても無くても変わるか? いや確かに先っぽが布地に擦れてこそばゆいが」
「言うなって言ったでしょ!!」
顔を真っ赤にして紫月が桑原先輩の声で怒鳴った。
「桑原先パイ!! デリカシー無さすぎデス!!」
「……うー、すまん」
「それとブラジャーを付けるのは主に胸の形を整える為、後クーパー靭帯ってのが切れないようにするためデス。必需品なのデスよ!」
「私は寝る時はきついので外してますが」
「へーえ、そんな役割があったのか」
俺も初めて知ったぞ。
「す、すまん、俺が浅はかだった。だけどよ、ブラを付けるってことは、イコール、テメェのおっぱいを俺が見ちまうってことになっちまうが」
「そこをどうにかしてください」
掃きだめでも見るような目で紫月は睨んだ。
流石にそれはあんまりだと思うぞ。
桑原先輩も涙目で訴える。
「どうにか出来る訳ねえだろ!」
『何? 服を脱がずに着替える? そのくらいなら別に出来ねえ事はねえぞ』
突如言い出したのはシャークウガ。
桑原先輩も思わず首を傾げた。
「は?」
『ったく、着替えが居るならそう言えば良かったのによォ』
そう言うと、シャークウガは指を鳴らす。
『錬成「リクリエイト・ブレイン」!!』
そう叫ぶと共に、空気中から水のようなエネルギーが桑原先輩がインした紫月の周囲に纏わりついていく。
そして、それが激流のように包み込み──次の瞬間には違う衣服へと変わっていた。
「お、おお……!?」
『上着、スカート、そして靴下まで完備! 水文明の技術力と魔法を嘗めんなよ!!』
「す、すごいデス! 完全に私服姿になってるデス! まさにマジックデス!」
「で、でも、スカートってスースーするな……それにちょっと恥ずかしいんだが……」
「いきなり服を錬成するなんてすごいです、シャークウガ。しかも私のパーカーにさりげないアレンジ」
確かにデザインが変わってるな。今までよりも色が明るくなってるし、鮫の牙のような意匠がフードの片方にだけ着けられている。
そして、同じサイドの側頭部にはサメの目をデフォルメしたようなマーク。
紫月のインした桑原先輩も流石に彼を誉めた。
俺も目の前で起こった事が信じられねえ。
『そりゃあそうよ、繊維の性質を変化させ、再錬成する……我ながらなかなかよく出来たと思ったぜ』
「……え? 待って下さい、じゃあその繊維は何処から調達して──というか、パジャマ何処行ったんですか? アレみづ姉とのお揃いで大分気に入ってたのですが」
『そりゃおめー決まってんだろ、何から錬成したなんてよ』
シャークウガはあっけらかんと言った。
ま、まさか……こいつ、やっちまったのか。
やらかしちまったのか。そうだ。この状況で何処から繊維を調達したかなんて、1つしか思いつかない。
『今着てたパジャマ』
「シャークウガァァァーッ!!」
桑原先輩の身体の紫月が鮫に飛び蹴りを浴びせた。
すげえな。さっき入れ替わったのに気付いたばかりの身体をもう使いこなしてやがる。
「それ結局パジャマが駄目になってるじゃないですか!! パジャマ作り変えて私服作っても、本質は結局パジャマでしょうが!!」
『ほ、ほら、言ったじゃん、錬金術って等価交換が基本じゃねえかマスター、何もねえ所から服を作り出せるわけねえだろ』
「戻せるんですよね!? 戻せるんですよねコレ!?」
『多分ムリ』
「シャークガァァァーッ!! みづ姉とお揃いのパジャマをよくもーッ!!」
この後、桑原先輩ボディの紫月によるお説教がかなり続いたので割愛。
そして一通り言いたい事を言い終えたのか、俺達がげんなりする中、彼女(外面は桑原先輩)が拳を開けたり閉じたりしながら感心した。
「しかし、案外この身体も悪くないかもしれませんね」
「え?」
「今、思いっきり動き回ったのですが、全然重くなくって。まるで重りを外したような……そんな感覚です。肌は油っぽいのは不満点ですが、軽くて全体的に引き締まったような気さえします。少し肩が凝ってるのは変わりませんが」
「テメ、俺の身体であんまり無茶苦茶するなよ……? 俺、あんまり運動はそこまで得意じゃねえんだからよ……」
「まあ考えておきます。それに安心してください。私も余り運動は得意ではないので」
今のシャークウガへの飛び蹴りを見るに、どうもそうには見えないのだが。
しかしまあどうしたものだろう。このままでは、翠月さんとの買い物どころではなくなってしまう。
どうにかそれまでに、クリーチャーを発見しないといけないが、生憎もう時間が無いらしい。
「──桑原先輩」
「何だ?」
「最早こうなってしまっては仕方がありません。先輩のデートの待ち合わせ時間までにクリーチャーを見つけられる保証もないでしょうし……」
「まさかテメェ……」
「今日のデートは、私が代わりに行きましょう」
ちょっと待て紫月。
確かに外観は完璧に桑原先輩だけど、それは色々大丈夫じゃないだろう。
そして桑原先輩も当然憤慨した。
「テメェ、画材の事とか分かんねえだろ!?」
そっちかよ。
「そうですけども!!」
紫月は言い返す。
とてもやりきれないような表情を浮かべた。
「……みづ姉はとても楽しみにしていました。今日のデートの事を」
「だからデートじゃねえんだけど」
「みづ姉ががっかりする顔は……見たくないです。確かに身体は桑原先輩ですが、それで私が桑原先輩の代わりになれるとは思っていません」
ぎゅう、と彼女は拳を握った。
やっぱり違和感あるデスね敬語の桑原先パイ、と言ったブランを引っ叩いておき、その彼の方を見やる。
彼も後輩の期待を裏切りたくはないのか、眼を伏せていた。
「でもどうするんだ?」
「提案があります。要は、クリーチャーさえ倒せれば、私達の入れ替わりは元に戻るはずです」
「ああ。定石通りならそうだろう」
火廣金が頷く。
それなら話は早い。
「だから、一先ず私がみづ姉とデートに行きます。その間に──皆さんは、クリーチャーを探して下さい。勿論、私も出来る限りワイルドカードが居ないかどうか探しますので」
「……成程な。デートとクリーチャーの捜索を並行してやるってことだな」
「はい。これが恐らく最善でしょう。何、男言葉くらい任せて下さい。普段あれだけ白銀先輩やシャークウガと一緒に居るんです。多分大丈夫でしょう」
「それなら良いんだが……」
つまり、紫月は桑原先輩を演じながら翠月さんとデートをする。
そして、桑原先輩含む俺達は幾手に別れてクリーチャーの捜索。
勿論、どうもここ最近ワイルドカードが大量発生しているので、俺達は勿論だが、デートをしながらそれらに対応しないといけない紫月の方が大変だ。
「後は互いのスマートフォンだけ交換しておきましょう。諸々の連絡はそれで。画材の事なども教えて頂けると嬉しいのですが、どうせ言葉だけでは分からないと思うので画像付きでお願いします」
「オッケー、任せとけ。その程度なららくちんだ。後、翠月の前では使うなよ」
「分かってますよ。ですが先輩方……またご迷惑をおかけしてすみません」
何、そんなに謝る事はない。
後輩、そして先輩のピンチに俺達が黙ってられるかよ。
「クリーチャー放って置いたら後々面倒くさい事になるのは見えてるだろうが」
『その通りでありますよ。ドン、と任せるであります!!』
「そうだな。プラモデルは何時でも作れるが、ワイルドカードは放置したが最後、だ」
「パワーアップした、探偵・ブランちゃんに任せておくデスよ!」
『我が眼に、見通せぬ影無し』
そうと決まれば話は早い。
俺は拳を突き上げた。
絶対に、クリーチャーを見つけ出して、2人の身体を元に戻す!
「デート作戦、決行だ!!」
「だからデートじゃねえって!!」
※※※
どうも、暗野紫月です。
どういうわけか、桑原先輩とTSFしてしまいましたがみづ姉とのデートついでに首謀のワイルドカードをただちに殲滅しに掛かるとします。
「あっ、桑原先輩!」
みづ姉が手を振っています。一瞬、自分の事を呼ばれているのだ、と気付きませんでしたが何とかこっちも手を振って出迎えます。
……なんか、他人の名前で呼ばれるのって何処かもやもやしますね。
一応、普段の桑原先輩らしく振る舞えるようにアシストしてくれるのはゲイルです。正直心配ですが。
まあ、男言葉なら先ほど練習したので自信があります。クリーチャーが見つかるまでに、どうにか持ちこたえられると良いのですが。
「はい、みづね──」
ガリッ
私はそこで思いっきり、わざと自分の舌を噛んでそれ以上言葉が出るのを止めました。
とても痛かったです。ごめんなさい桑原先輩。
まさか開幕でずっこけるとは私も思わなかったのです。危うくみづ姉と呼ぶところでした。
『ちょっと! 何やってるんだい! いきなり君普段の素が出てるじゃないか!』
「すいまへん……やり直しです」
「? どうしたんですか?」
「いや、すまない。み、づき。待ったか?」
うう、慣れません。
みづ姉を呼び捨てするなんて……やはり、普段やらない事はやるもんじゃないですね。
「いえ! 私全然待ってません!」
キラキラと目を輝かせて、掌を合わせるみづ姉。
憧れという名のキラキラです。いや、これが恋心なのでしょうか?
「コホン、それでだな、みづき。画材買いてえんだろ? 見てやるよ」
「はいっ! 今日はよろしくお願いします! 先輩!」
……こんなにテンションの高いみづ姉、初めて見ました。
私でさえ一度も見た事がありません。
「とにかく、行きましょう! 私、色々楽しみだったんですよ!」
「……お、おう! そう、だな!」
……いけません。テンションに圧されて口調がたどたどしくなっています。
私はみづ姉に手を引かれるようにしてショッピングモールの中へ飛び込んでいきます。
※※※
「──おいおい、おかしいだろこりゃあ」
俺は思わず声を上げた。
紫月の身体は動きにくいし慣れない。そして重い身体で走っていくと、待ち受けていたのは異様な光景だった。
空中から舞い降りている無数のクリーチャー。
それら1体1体が飛び回っていく姿は、まさに魑魅魍魎と言わんばかりだ。
まずいな。アルカナ研究会の方からも既に応援出動が出ているらしい。
こんなにワイルドカードが実体化しているのを見るのは久々だ。ちなみに、現在は白銀と火廣金。俺と或瀬の組み合わせで動いているが、そうなったのは単純に効率と──
『はぁぁぁーっ、くっそ迷惑な奴等だぜ!』
『はぁぁぁーっ、元はと言えば、どっかのクソザコナメクジコバンザメが取り逃したりなんかするからでありましょう』
『ああ!? テメェ、確かにマスターは抜けてる所はあるが強いのは強えんだぞ!? 相手が悪かったからに決まってらあ!』
等と守護獣共が喧嘩するので、この組み合わせで行くことになったのだ。
俺も新幹線に回し蹴りでもしてやろうかと思ったが、流石にこの身体では無理だ。代わりに白銀が拳骨を入れてくれた。
……しかし、太腿をすり合わせると、妙にすべすべしているし、これで回し蹴り? 冗談じゃねえ。
「大丈夫デス? シヅ──桑原先パイ。息切れしてマスよ」
「ああ!? これくらいどうってことねえよ」
おまけに身体には2つの重りが付いてるのも同然だ。資料──薄い本──に書いてあることなんざ全部嘘っぱち。
《Tプルルン》じゃねえ、《Pブルルン》だぞコレは。我ながら下品でつまらん例えだが。
おかげさまでさっきから走ってるけど、動きにくい事この上ねえ。身体を拘束する下着の所為で、締め付けられている。
女ってのは、こんな面倒な拘束具だらけで動いてるのか?
「フフフ……桑原先パイ、女の子って結構面倒デショ?」
「そういうテメェはどうなんだ」
「あっ、テメェってシヅクに言われるの結構新鮮デス」
テメェは何を言ってるんだ。
「……正直男の方が楽だと思った方が良いと思った事もありマスよ。私結構動き回りマスし」
「ああ……確かに」
「ま、でも苦労はシヅクには及ばないんじゃないデスか?」
すっ、と彼女は自分の胸元を見下ろした。
そして俺──紫月──の胸を見た。
そして、死んだような目をした。
「……私も揉んで御利益貰うデース!!」
「待てやテメェ!! これは紫月の身体で、まして今は俺が入ってるんだぞ!! しかも今は緊急事態だぞ!!」
『やめんか探偵、みっともない!』
『やってる場合かテメェら!!』
「ら、って複数形にするんじゃねえコバンザメ!!」
『俺ァホオジロザメの魚人だ!!』
或瀬を押さえつける俺。
そんな事言ってるうちに、クリーチャーがわらわら寄ってくる。
「──待て或瀬!! 来やがったぞ!!」
「分かってるデスよ!!」
彼女はエリアフォースカードを掲げようとする。
しかし、そこに現れたのはもやもやとした影。
正体がつかめない。また、あの時のような攻撃をしてくるかもしれない。
『儂の出番じゃな!!』
そう叫ぶと、サッヴァークが実体化し、胸元にある黒曜の瞳から光を発する。
すると見る見るうちにクリーチャーはその正体を現していく。すげえな。この能力使えば、偽者も一瞬で暴けたんじゃないか。
「見えたデース! 《傀儡将ボルギーズ》に、《爆走ザバイク》デス!!」
「じゃ、《ザバイク》はテメェに任せるわ」
「なっ先パイ!!」
「サッヴァークならどうにかなるだろ、まあガンバれ」
「もう、仕方ないデスね……私も闇の相手は余りしたくないデスし」
俺達はエリアフォースカードを今度こそ掲げた。
『Wild……DrawⅠ……MAGICIAN!』
『Wild……Draw?……JUSTICE!』
……紫月よ。
どうか、俺が目標のクリーチャーを倒すまで持ってくれよ。
お前確か、美術からっきしだろ。
※※※
画材売り場から出て来た私の顔は若干やつれていた気がします。
逆に、みづ姉はお肌がツヤッツヤでした。貴女は一体、身体のどこから何を摂取したのですか。
「桑原先輩! ありがとうございますね!」
「お、おう……大丈夫、だぜ」
とってつけたような語尾を付けて、私は自分の美術への無知を恥じました。
みづ姉、画材、筆や絵の具の話になると止まらないんです。こんな時、桑原先輩なら話が分かるのでしょうが。
どうもつたないデートになってしまって申し訳ありません、みづ姉。多分つまらなかったでしょうに……これでは怪しまれても仕方ありません。
「ごめんなさい、私ばっかり喋っちゃって」
「いや、大丈夫だぜ! みづきが楽しそうで何よりだ!」
「……いえっ、こちらこそありがとうございました。これから長く付き合っていく子達でしょうし、私も先輩と一緒に買えて良かったです」
そう言って、ちらちら目線を逸らしてきます。
……あれ? そういえばみづ姉が持ってた恋愛本に「デキる男は聞き上手!」ってあったような。
もしかしてこれ、アレですか。出来る男だって思いこんじゃったパターンですか。だって目を合わせてくれないけど、顔を赤くしていますし。
「……ぱい」
『暗野紫月! 呼ばれてるぞ』
「先輩、どうしたんですか?」
「い、いやっ、何でもない。ちょっと緊張してるみたいだ、お前との買い物でな」
「桑原先輩……!」
何口走ってるんですか私は!
どう考えても今のは勘違いされたと取られてもおかしくないですよ!
ごめんなさい、桑原先輩……このデートが終わったら多分、ややこしいことになってるかもしれません。
「そうだ桒原先輩、もう1つ買いたいものがあるんです」
「な、何だ?」
「桑原先輩、よくデュエマ部に出入りしてますよね?」
「ああ」
どうしたのでしょう、みづ姉。
デュエマには余り、興味を示してなかったと思いますが。
「……あのっ。桑原先輩が、そんなにデュエマにハマってるのなら、私もまた本格的にやってみようかなあ、って」
私の心がずきり、と痛みました。
私では動かなかったみづ姉へのデュエマへの想い。
間違いなくこの時、私は桑原先輩がみづ姉に与えた影響の大きさというものを思い知らされました。
高校では絵、一本で通すつもりだったみづ姉が──それを曲げてしまうほどに。
「……桑原先輩が2年の時に描いたドラゴンの絵、拝見させていただきました。タッチがリアル調で私も思い出しちゃって」
ここで断ってしまおうか、と意地悪な思いが浮かびました。
お前にはまだ2年ある、もう少し絵一本で頑張れ、って言えばみづ姉なら従ってもおかしくありません。
『暗野紫月。彼女は君とデートしてるんじゃないんだ。桑原甲とデートしてるんだ。マスターなら、何と言うと思う』
「っ……」
ぎゅっ、と手を握る。
そう、ですよね。幾ら桑原先輩の身体だからって好き勝手言うのは余りにも酷すぎますよね。
こんな時なら桑原先輩は喜んで翠月の背中を押すはずです。
みづ姉がデュエマがしたいって言うのなら、それに合わせてあげるのが妹である私の役目でもあるじゃないですか。
「……良いぜ! カードショップに行こう」
「わあっ、ありがとうございます! 桑原先輩! これでまた、しづともデュエル出来るわ! あの子強くて……私なんかじゃ相手にならないもの。新しいデッキで驚かせてあげるんだから!」
私は自分がどんなに自分勝手で惨めだったのか思い知らされました。
この人は……本当に……デュエマしたかったのなら言えば幾らでもしたのに……。
どれだけ自分がちっぽけで自分本位なのかを思い知らされました。
ゲイル、ありがとうございます。私は、自ら最低女に成り下がっていました。
「いやあ、そんな事はねえと思うがな。黒鳥師匠の所でデュエマ教えて貰ったんだろ?」
「買い被りですよ。しづはとても強いですから」
……分かりました。みづ姉。
貴女がそこまで言うなら、私も全力で桑原先輩に代わってデュエマを教えましょう。
そしてまた──デュエマしましょう、みづ姉。
※※※
「ゲイル・ヴェスパー。ワイルドカードの反応は?」
『今の所、無しだ』
「そうですか……」
まあ、出て来たら出てこられたで困るのですがね。
どうやって言い訳して離れれば良い事やら。
「わあっ、沢山カードがありますね! 先輩!」
そんな事をこそこそ言ってる間に、ショッピングモール内にあるカードショップに到着しました。
走って、はしゃぎながらみづ姉が言います。
「えとえと、それでどれから手を付ければいいのでしょう?」
「みづきは……何使いてえんだ? そっちの希望に合わせるぜ」
「えっと……折角ですし桑原先輩と同じタイプのデッキで!」
……やっぱり、ベタ惚れじゃないですか。
まあ、桑原先輩なら自然文明中心でグランセクトが丸いでしょう。
多色もあまり使わない人ですし、桒原先輩に影響されたというのならば折角だから良いモノを勧めましょう。
「俺が使ってるのは《天風のゲイル・ヴェスパー》ってカードを使った自然文明のデッキだが……」
「じゃあそれで!」
「いや、ちとハードルが高い。復帰勢には少し難しいだろうな。そこで、コレだ」
私は棚に置いてあったデッキを取り出しました。
「自然の……スターターデッキですか?」
「最近は自然文明のプッシュが始まった」
「すごいです! 私がやってた時とか、自然文明って地味・オブザ・地味って感じだったのに!」
やめてあげてください。
私が桑原先輩本人じゃなくて良かったですね、みづ姉。
私は冷や汗をかきながら、デッキを清算しようとします。
「あっ、お金くらい払いますよ!」
「何言ってんだ、俺まだ今日は買い物してねえし別に良いぞ」
ちなみに、自分の財布からお小遣いを少々抜いてきたのでこれくらいの出費は想定済みです。
桑原先輩は飯代や俺に必要そうなものは財布から抜いてくれって言ってたので、あまり彼の財布から無駄遣いは出来ません。
さっさとレジに通してしまうと、私はみづ姉にデッキを手渡しました。
「はい」
「く、桑原先輩……本当にありがとうございます! わあ!」
彼女はパッケージの切札の名を呼びました。
「《キングダム・オウ禍武斗》!! とってもカッコ強そうなクリーチャーです!」
それは巨大な角を持つカブトムシのグランセクト。ガイアハザードと呼ばれる自然文明の四天王の一角です。ゲイルも興味深そうでした。
バトルに勝てば相手のシールドを9つブレイクする
豪快さ、強さ、文句なし。みづ姉が、とても嬉しそうで何よりです。
さて、と。後は早速回して、デッキの感覚を掴ませるとしましょう。
「じゃあデュエルスペースに──」
「おめでとうございまぁーっす!!」
え?
一体何なのでしょう。
いきなり店員の人が叫んだので、私はびっくりして振り返ってしまいました。
「何ですか?」
「お客様は来客のべ1000人目なのでプレゼントを贈呈します!」
「は、はぁ、そうなんですか」
「貴女には、この光り輝く自然のマスターカードをどうぞ!」
「わあ! ありがとうございます!」
みづ姉は嬉々としてそれを受け取りました。たったの1枚だけですけど。
にしてもなかなか都合が良いですね。このカード、このスターターを直接強化するものじゃないですか。
というかそのまま突っ込むだけで強いと言いますか……。
『……ん』
神妙そうな顔を浮かべるゲイル。
私は小声で問います。
「ゲイル? どうしましたか」
『いや、何でもないよ』
彼はそれっきり、腕を抱えてしまいました。
……何でもない事はないようですが。
※※※
「桑原先輩、楽しかったです! デュエマ!」
「そうか」
結局あの後、何戦かしました。
私は、桑原先輩の持っていたデッキのうち、エンジョイ用に用意していたと思しきものを選び勝負しましたが……昨今の構築済みデッキとはずいぶんと完成度が高いのだと実感しました。
使い慣れて無いデッキだったというのもありましたが、1回負けてしまいましたし、なかなか手強かったです。
私は──すっかり桑原先輩とみづ姉のデートだったことを忘れてエンジョイしていたのかもしれません。こうして、みづ姉と一緒に遊ぶのは久しぶりですから。
「……ビマナって此処からどうやって強化すれば良いのでしょう。ビマナって一撃必殺のデッキですよね?」
「ああ、そうなるな。黒鳥師匠もよくそんなことを言っていた」
「ああ確かに! 師匠のドルバロム、とても強かったの覚えてます!」
そう、ビマナとは一撃必殺。10枚前後の大きなマナを払うからにはゲームを終わらせなければなりません。
カイザー刃鬼、ターボドルバロム、ターボゼニス。オールデリート。デュエマの歴史上でも数々のビマナデッキが存在しますが、いずれも切札を使えば一方的にゲームを終わらせる事が出来ます。初代ボルバルの話は禁句で。そっちのゲームを終わらせる、じゃないですよ。
「桒原先輩のデッキもビマナですか?」
「俺のはまたちょっと違うんだけどな。だけど、そのデッキは順当にマナ溜めていくし……何か無いのか」
「……うーん。コレとか」
「……何だ?」
「名前がとっても強そうです! 後安そうですし!」
「あー……」
……そう言ってみづ姉が指さしたカードは──大当たりとでもいう物でした。
それを購入した後、また数戦かしましたが、デッキを使い慣れたのか、みづ姉の勢いは破竹のようでした。更にもう1勝奪われてしまいました。
もっとも、素の《オウ禍武斗》自体が、ゲームを終わらせるスペック持ちなので強いのは当然でしょう。ただ、やはり追加した1枚積みカードには期待できないのか、買い足したカードはあまり役に立ちませんでしたが。
さて、そろそろ昼から見に行く映画の話をしていました。
「というわけで翠月。映画はどうするんだ? そろそろチケット取りに行こうぜ」
やっと呼び捨てと男言葉にも慣れてきました。
まだ油断したら素が出そうですが。
「えーと、私はこれですね!」
みづ姉は笑顔で言い放ちます。
「……え? オールデッド3呪いの館?」
「はい!」
「み、みづき……お前、大丈夫なん? コレ」
「私ホラー映画大好きなんですよ!」
待ってください。
どう考えてもこれは一般人が見たら肝を冷やしかねないものですよ。
みづ姉、そんなにホラー映画が好きだったんですか。
ですが、私がみづ姉に合わせろ、って桑原先輩に言った手前、引き下がれませんね。
「……良いぜ。付き合ってやらぁ」
「やたー! 桑原先輩男前ー!」
はしゃぎながら、みづ姉はシアターのある場所まで走っていきます。
ショッピングモールを出て、人工地盤に辿り着きます。此処を少し歩けば、すぐシアターに辿り着くので昼食前にチケットを買っておきましょう。
「あ! 見てみて! 先輩!」
……ああ。そういえば此処、絶好の撮り鉄スポットと言われるくらい景色がいいんでしたね。
あまり普段出歩かないからか、すっかりみづ姉はプラットホームの電車に夢中になってしまいました。
「ねえねえ桑原先輩! この風景、スケッチには最高だと思いませんか!」
「あ、ああそうだな」
「先輩、風景画得意じゃないですか! もっとテンション上げて! ああ、規則正しく並んでるこの光景、今すぐ此処で描き始めたいくらい!」
ははは、と私は苦笑しました。
「ねえ、先輩! しづにも見せてあげたかったわ!」
「……そう、か」
「でも、今は……先輩と一緒に見られるのが幸せなんですよ!」
彼女が詰め寄ってきました。
待ってくださいみづ姉。その手を握らないで。
だって、意味が無いんです。貴女がときめいている相手は、今日デートしていた相手は、桑原先輩じゃなくて私なんです。
そして──妙に空が暗い事に気が付きました。
おや? 雲でも出てきたのでしょうか。そう思ったのですが──
何だ、あれは。
私は目を疑いました。
そこにあったのは、大きな翼を広げた漆黒の炎──黒く煌く幾つもの星。
不定形で、何のクリーチャーかは全く分かりませんでした。
「ゲイル。あんなの、いるなら教えてくださいよ──」
『暗野紫月。違う。あいつは今、まさに顕現したばかりだ──!』
次の瞬間。
上空からクリーチャーが降り注ぎました。
異様な姿をしたマフィ・ギャングのクリーチャー軍団。
ですがその中には、ガラスコップ、傘、ナイフ、日用品のような容貌のカードも落ちていきます。
「まさかあれって──」
嫌な予感がします。
振り返ったみづ姉が「どうしたんですか? 桑原先輩」と首を傾げていることに気付きました。
まずい。みづ姉を戦いに巻き込むわけにはいきません。もう、私は自分が桑原先輩であることも忘れていました。
「──下がってて!!」
「……え?」
次の瞬間、ゲイルが羽ばたき、クリーチャー達が吹き飛ばされていきます。
宙に舞うクリーチャー。あれ自体は弱いトークンなのか、ゲイルのマフラーが舞うと切り刻まれていきました。
まさか、これって──空に翼を広げた、あの黒い炎の仕業──!?
しかもこれだけの数──捌き切れるでしょうか。
「げほっ、ごほっ」
後ろで咳き込む声が聞こえます。
見るとみづ姉が苦しそうに呻いていました。
私はもう、自分が今桑原先輩であることも忘れて駆け寄ります。
「ねえ!? しっかりしてください!!」
「……喉が……頭が……苦しいの……! いきなり……!」
辺りを見回すと、みづ姉同様胸や頭を抑えて倒れていく人々。
まさか、あの空の黒い炎が原因──?
沸々と怒りが湧いてきました。みづ姉のデートを台無しにするやつは──許せません。
これは私のワガママかもしれない。だって、桑原先輩の中に居るのは私だから。
でも──これが、みづ姉の思い出になるのなら、それをぶち壊すやつは許せないのです。
「殲滅します。ゲイル、行きますよ」
『分かったよ、仮のマスター!!』
私はエリアフォースカードを掲げました。
『Wild……DrawⅧ……STRENGTH!!』
※※※
「とうとう見つけたぜ……!」
黒い靄に包まれたクリーチャーを探して早2時間。
とうとう、目的のクリーチャーが見つかった。
最初は正体がつかめなかったが、サッヴァークの超真眼によってすぐさまそれは暴かれることになる。
現れたのは──青いドレスを広げた女型のクリーチャー。
まあ何だって関係ねえ。此処でさっさと始末してやるぜ!
「桑原先パイ! どうデスか!?」
「間違いねえ! こいつだ!」
『魔力もほぼ一致している! 絶対当たりだぜ!』
嗤う女型のクリーチャー。
その中心には強力な力が、ヤバいものが鼓動している。
薄っすらとだが、白いカードが見えた。
『道理で強いと思ったぜ……こいつ、
「何てこたぁねぇ──おい鮫、力借りるぞ!」
『おうともよ!』
俺はエリアフォースカードを掲げる。
いつもと感覚が違うけど関係ねえぜ! さっさと終わらせてやらぁ!
『Wild……DrawⅠ……MAGICIAN!』
※※※
こうして、俺とクリーチャーのデュエルが始まってしまった。
エリアフォースカードがいつもと違うので、多少デッキも変えてあるが自然中心には違いねえ。
俺は早速、2枚のマナを使ってカードを使うことにした。
「2マナで《ジャスミン》召喚!! 効果で自爆してマナをチャージだ!」
「私のターンねぇ?」
ねっとりと喋るクリーチャーは、2枚のマナをタップする。
現れたのは《デスマッチ・ビートル》。踏み倒しを規制する、俺もよく使うクリーチャーだ。
同型だろうが? 上等! 今更容赦はしねえぜ!
「俺のターン! 4マナで《ムシムタマ》召喚! 効果で墓地の《ジャスミン》をマナに置いてターンエンドだ!」
「ふふふっ……何故抗うの?」
「ああ?」
俺は不機嫌さを押し出して凄んでやった。
テメェがこんな目に遭わせたんだろうが、ふざけんなよ。
「良いじゃない、貴女、芸術家なんでしょう? 見たままのモノを描きとるのが好きなんでしょう? 今、貴女は体験したことのない世界に居るわ?」
「ざっけんじゃねえぞ!!」
俺は叫ぶ。
「男だろーが、女だろーが、俺が自分らしく居られるのはあの身体だ!! さっさと返して貰うぜ!」
「言ってなさい?」
彼女は1枚のマナをタップした。
「呪文、《フェアリー・ギフト》。効果でコストを軽減して──この私を召喚!」
激流が目の前で吹き荒れる。
俺は目を思わず覆った。こいつは、やべえ予感がするぞ。
一体何が出て来るって言うんだ?
「《ブルー・モヒート》、華麗に参上なさい!」
顕現したのは水の舞姫。
あのクリーチャーと同一、つまり俺と紫月の身体を入れ替えたクリーチャーだ。
どんなクリーチャーだったかは忘れちまったが、今の俺には生憎処理する手段が無い。
「くそっ、俺のターン……! 6マナで《剛撃古龍 テラネスク》召喚! 効果で山札の上を3枚捲って──クリーチャーの《ドルツヴァイ・アステリオ》を手札に加えて残りをマナに置く! ターンエンドだ!」
手札とマナを増やしたのは良いが……どうする。
あのクリーチャー、何なんだ。何をしてくるんだ?
まあ、生半可なクリーチャーなら、今手札に加えた《ドルツヴァイ・アステリオ》のマッハファイターで処理出来るが。
「おほほ! ターンの始めに《ブルー・モヒート》の効果発動! 私の手札を1枚、裏向きにして相手に選ばせるわぁ!」
「? どういうつもりだ」
あいつの手札は今2枚。
何なのか分からないまま、俺は手札のうちの1枚を選択する。
「これだ!!」
俺は右を選んだ。
しかし。
「ふふふっ、大ハズレよ! それがクリーチャーなら自分のクリーチャー……今回は《ブルー・モヒート》を手札に戻して、手札から直接場に出すわぁ!」
「何だって!?」
『おい、桑原甲……テメェクジ運わりーだろ。だから《マスティン》のデッキやめて《ゲイル・ヴェスパー》に変えたとか──』
「うるせぇ!! 黙ってろ、クソザコナメクジコバンザメ!!」
『俺はホオジロザメだ、このチビ!! 後でマスターに、テメェがマスターのおっぱい自分で揉みしだいてたってでっち上げてやるからな!!』
「卑怯だぞ!!」
が、言い争っている暇はないようだ。
地鳴りが響く。
どうやら俺は、とんでもなくデカいクリーチャーを引き当ててしまったらしい。
「──《デスマッチ・ビートル》NEO進化!! 《ハイパー・マスティン》!!」
俺は顎が外れるかと思った。
紫月の小さな口では、驚愕を表現するのには余りにも足りない。
身の丈の数倍はあろうかという巨大なカマキリのNEOクリーチャー。
自分も使っていたから分かる。こいつは早期に出されたら、早々にゲーム・エンドだ。
「テメェが《マスティン》の事持ち出すから、本当に出て来ちまったじゃねーか!!」
『俺の所為じゃねえだろーが!!』
「《ハイパー・マスティン》でシールドを攻撃──するとき、山札の上から3枚を見るわぁ! その中からパワー12000以上の《カブトリアル・クーガ》を場に出して、残りを手札に加えるわよぉ! そしてシールドをT・ブレイク!!」
一気に破壊される3枚のシールド。
まずいぞ。トリガーも何もねえじゃねえか。
「くそっ打つ手無しか……!」
「うふふっ! 《カブトリアル・クーガ》はパワー13000のマッハファイターよぉ! 砕くわぁ! 貴方の《テラネスク》をねえー!」
一瞬でカブトムシのグランセクトに粉砕される翼竜。
それと共にブルー・モヒートのマナがさらに増えていく。
「《カブトリアル・クーガ》のバトルに勝った時の効果で、山札の上から3枚を見て、その中から《カブトリアル・クーガ》を手札に加えるわよぉ! 残りをマナに置いて、ターンエンド!」
「ぐっ……一体次のターンに何するつもりだ?」
『普通に負けそうだけどな』
「黙りやがれ!」
くそっ、怒鳴るのも普段全く声を荒げない紫月の声帯だからだんだん枯れて来やがった。
あいつには悪いけど……。
「うふふっ、いい加減に諦めたらぁ……?」
「……俺のターン。2マナで《ステップル》を召喚。更に6マナで《潜水兎 ウミラビット》召喚だ。ターンエンド!」
浮かび上がるのはⅠ。
そして、現れたのは潜水艦に兎の頭が付いたようなでっぷりとしたクリーチャー。
正直、お世辞にも強そうとは言えない。一応、自分のNEOクリーチャーが攻撃するときに相手の山札の一番上を墓地に置いて、それが呪文なら唱えられるという能力も持つが……正直相手依存だ。
「あーら、そんな可愛い子で勝てると思ってるの?」
「……」
「うっふふ、そんなので身体を取り戻そうだなんてぇ、甘いんじゃないかしらぁ?」
「……るっせぇ! まだやってみないと分からねえだろ!」
「どうかしらぁ?」
邪悪な笑みを浮かべる《ブルー・モヒート》は、5枚のマナをタップした。
「
「なあっ……!?」
唱えられたのは先程手札に加えられた《カブトリアル・クーガ》のカード──その呪文面。
こいつ、ツインパクトのカードだったのか!
「その効果で山札をシャッフルして、表向きにするわぁ。それがクリーチャーなら、場に出すわよぉ!」
何だそりゃ、S・トリガーが無いだけで殿堂入りした《ミステリー・キューブ》と同じ効果じゃねえか!
もうこの際、何でも来やがれ! 腹ァ括るぜ!
「っ……来るか! 来やがれ!」
「現れなさい、《古代楽園 モアイランド》!!」
めきめきぃっ、と地面が隆起して、そこから巨大な石造のクリーチャーが姿を現す。
《古代楽園 モアイランド》。これで俺の呪文は封じられたことになるのか。
どうしてこうも、俺が前に使ってたクリーチャーばっかり出てくるんだろうな!
「そしてぇ──おしまいよぉ! 《ハイパー・マスティン》でシールドをT・ブレイク!! その時、山札の上から3枚を表向きにして、その中から《カブトリアル・クーガ》、《ハイパー・マスティン》を場に出すわぁ! 《マスティン》は1体目の《クーガ》から進化よ!」
シールドが一気にすべて砕け散る。
美しくステンドガラスが割れた時のように。
だけど、紫月の身体を傷つけたくなくて、俺は腕で顔を庇う。
だが、容赦なくシールドは紫月の身体を切り裂いていった。
「あはははっ! どうかしらぁ? 苦痛でしょぉ? 他人の身体が、それも仲間の身体が傷つけられていくのはぁ!」
「テメェ……!」
ブルー・モヒートは嘲笑する。
「でもこれで良かったんじゃないかしらぁ? あの子、何か独占欲のような感情が強かったしねぇ? それも、貴方との関係でジレンマになるような程大事なモノ──入れ替えて正解だったかもしれないわぁ!」
「……オイ」
俺は静かに言った。
「……な、何よ。急に静かに──」
「S・トリガー、《
「っ……!」
言わせておけば好き勝手言いやがって。
テメェに紫月の何が分かるっていうんだ。
テメェに俺の、何が分かるっていうんだ!
「紫月はな……誰よりも姉ちゃん思いなんだよ」
「な、何よぉ、いきなり」
「俺ァな……あいつが人一倍心配性で、いっつも姉ちゃんの事気ィ遣ってるのを見てきて知ってた。姉妹揃ってああだからな……それがどうだ? 今回の俺と翠月の買い物で、自分の事のように色々気を揉んでな」
ぎりっ、と歯を食いしばった。
「あいつが腹の底でどう思ってようが関係ねえよ。あいつは──俺と翠月の買い物を優先してくれたんだよ! 翠月の、翠月の希望を何より優先してくれたんだ! その心意気も知らねえで、他人の心を覗いて好き勝手言ってんじゃねえ!!」
「ぎいっ!?」
「よくも性別入れ替えて、色々邪魔してくれたな。これ以上、後輩に迷惑は掛けられねえんでよ。さっさと終わらすとするぜ」
俺はフードを取り、チャックを降ろす。
そして、袖を腰に巻き付けて、ブルー・モヒートに指を突き立てた。
「このターンでシメェだ!!」
「や、やれるものなら──」
「言われるまでもねぇよ!! 10マナをタップだ!!」
今まで溜めた全てのマナをタップした。
そして、俺は突きつける。このデッキ最大の切札を。
大地が震えた。古代の龍を呼び出す準備が整ったのだ。
「
背後に現れたのは、超巨大な恐竜。
轟轟轟!! と轟く咆哮が俺の身体を揺さぶる。
そうだ。何と言われようが、俺は後輩の期待を裏切るわけにはいかねえんだよ!!
「覚悟決めろよテメェ!! ……背負ってるモンの違い、思い知らせてやらァ!!」
「な、何をするつもりっ!!」
「こいつはな。自身、または自然のクリーチャーが場に出た時、そいつよりコストが2低いクリーチャーを場に出すんだよ! お返しだ! 《ステップル》からNEO進化!」
思い返せば、この《ステップル》が全ての始まりだっけか。今度は俺に力を貸してくれよ!!
マナゾーンから飛び出す俺のクリーチャー達。
さあ、美しい芸術の始まりとしゃれこもうや!!
10の次は8コスト! 出すのは当然こいつだ!
「
大量に鳴り響く羽音。
その中から姿を現す王冠を被った蝗の王。
高貴なる紫色のマントを翻し、槍を携えた。
さあ頼むぜ。久々に暴れてくれよ!
「はっ、そいつの効果は知ってるわぁ! 今更1体除去した所で──」
「一先ず《モアイ》をマナに置くぜ。そして、《チェインレックス》の効果を引き続き解決だ。次は6コスト、《テラネスク》! 能力で山札の上から3枚を表向きにして、全部マナに置くぜ」
『マナを溜め込んでいる? 今更何のために?』
「へっ、見てろよ鮫野郎。次は4マナ。《霊騎ラグマール》だ。自身をマナゾーンに置くが、そっちもマナにクリーチャーを置けよ」
「ぐう、《カブトリアル・クーガ》をマナに置くわ!」
「最後に《ステップル》を出してマナを増やす。連鎖終了だ」
「でも残念ねぇ! 貴方の負けは──」
「俺の勝ちだ」
「!?」
確かに打点は足りていない。召喚酔いしてるクリーチャーばかりだからな。
でも、もうS・トリガーも何も関係ない。俺は最も確実に、安全に、勝利を決める事が出来る。
これで全てお終いだ。
「女と札遊びの山札は花だ。テメェの花を散らす──全て丸ごとな」
「なっ!? 何をしても無駄よ!!」
「《グレート・グラスパー》で攻撃──するとき、NEOクリーチャーが攻撃したので《ウミラビット》の効果発動。山札の上から1枚を墓地に」
「成程、私の《ミステリー・ディザスター》を狙ってるのね! 無駄よ! そんなの当たらないわ!」
「ああ、分かってるよ」
「……!?」
目的はテメェの呪文じゃねえ。
「蝗と兎は全て食い荒らす──」
《ウミラビット》がばくり、とブルー・モヒートの山札のカードを咥える。
呪文では無かったのか、そのまま墓地へ捨ててしまった。
「──今度は《グラスパー》の攻撃時効果で、こいつのパワー14000より低いパワー13000の2体目の《チェインレックス》を場に出す」
「っ!?」
「1体目の《チェイン》の効果で2体目の《グラスパー》を”今攻撃している”《グラスパー》に重ねるぜ。その効果で、たった今進化させた《グラスパー》をマナに置くぜ。これで攻撃は中止だ」
「な、な、なっ」
「そして、2体目の《チェイン》の効果で1体目の《グレート・グラスパー》を《テラネスク》から進化だ」
「ッ……!」
そう。攻撃中の《グレート・グラスパー》で場に出した《チェイン》の能力で2体目の《グラスパー》を場に出し、1体目の《グラスパー》から進化させる。
その効果で攻撃中の自身をマナに置くことでアタックキャンセルが出来るのだ。
「そして、今出した《グレート・グラスパー》の効果で《チェインレックス》をマナに置く。で、もう1体の《チェイン》の効果で6コストの《ドルツヴァイ・アステリオ》を場に出すぜ。一先ず連鎖終了」
「こ、これってまさか──」
「《グレート・グラスパー》で攻撃! するとき、《ウミラビット》の効果でテメェの山札を食らう」
「っ……今度は呪文……《ミステリー・ディザスター》よ!」
「ヤだよ。テメェの呪文なんざ唱えたら、こっちの山札が切れちまうだろうが」
「あ、貴方、何言ってるの!?」
「マナゾーンから、もう1回《チェインレックス》を場に出し、2体目の《グラスパー》を攻撃中の《グラスパー》に進化させ、さっき同様マナに。そしてまた、《アステリオ》を場に出してから、元から場に居た《チェインレックス》の効果解決だ。再び《グラスパー》を《アステリオ》から進化させて、登場時効果で《チェインレックス》を1体マナに置く」
「あ、ああ」
ようやく気付きだしたみてえだな。
このコンボは──正真正銘の無限ループ。
ビッグマナってデッキは、10マナ払ったら絶対に相手を殺せなきゃいけねえ。黒鳥さんがそう言っていた。
ゲイル以外のデッキを使うのは久々だけどよ……これが俺なりの覚悟って奴よ。
絶対に負けない、魂の現れって奴さ!!
「覚悟決めろよゴラァ。《グラスパー》が攻撃するたびに《ウミラビット》の山札を墓地に置く効果が誘発して、更に1体目の《グラスパー》の効果で《チェインレックス》2体目を場に出す。
その後、1体目の《グラスパー》に2体目の《グラスパー》を重ねて自身の効果でマナに置く。
次に《チェインレックス》1体目の効果で、6コストクリーチャーを場に出す。
最後に《チェインレックス》2体目の効果でマナからもう1回、1体目の《グラスパー》を場に出す……後は今のを延々と繰り返すだけで俺の山札は減らずに、テメェの山札だけ削り取れるコンボの完成よ。俺ァ頭が悪いからな。覚えるまで大分時間掛かったんだぜ」
「や、山札を全て削り取るゥ!?」
「覚悟決めろや!! テメェの山札が擦り切れるまで全部、《グラスパー》の攻撃は予約しておいてやるぜ!! ゲームが終るまでな!!」
「ぎいいいいいい!!」
蝗と兎。
これらは害獣としても知られる動物だ。
彼らは食いつくす。ブルー・モヒートの山札を、枯れるまで食い尽くす。
誰にも彼らの食害を止める事は出来ない。
「ああああああああ!! 私の、私のおおおおおおおおおおおおこんな、こんなことがあああああああ!!」
ばくり、と最後の山札を《ウミラビット》が食い尽くす。
その瞬間──槍を掲げた《グレート・グラスパー》が文字通り、蝗の大群に分裂してブルー・モヒートへ襲い掛かった。
「シメェだ! 全部元に戻して貰うぜ!
無数の
そして、容赦なく全てが彼女を貫いた──ライブラリアウト。
山札が切れたプレイヤーは敗北する。
つまり──俺の勝利だ!
※※※
「……紫月!!」
紫月の身体に彼女の心が戻ってきたという急報を受けて、俺達は一度集合した。
しかし、彼女の様子は変だった。妙にやつれている。身体は戻ったけど、全く喜べないという状況らしいのは確かだった。
そこに落ちているのは、エリアフォースカード。
入れ替えを行うほどの力を持つのだから、驚くことではなかった。
「白銀、先輩……!」
だが紫月は、憔悴した様子で俺達に向かって乞うように手を伸ばす。
一体何があったんだ。
「おい、大丈夫か」
「私は大丈夫です。でも──みづ姉が。そして私が戻ってきた、ってことは今度は桑原先輩が……!」
彼女は泣きそうになって言う。
「──皆さん、お願いです。2人を、助けて──!!」