学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】   作:タク@DMP

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Ace30話:桑原の長い一日・後編

「──ん?」

 

 

 

 気が付くと、景色が変わっていた。

 どうやら駅前のショッピングモールらしい。

 ブルー・モヒートを倒した事で、俺の身体と紫月の身体が元に戻ったようだ。

 ふぅ。やっぱり慣れた身体は違うぜ。生まれ変わっても男で良い。

 ……にしては空気が異様だ。

 しかも、妙に身体が重い。今度は重量じゃねえ。なんか、空気が重苦しい。辺りを見回す。

 

「何だ? どうなってんだ?」

 

 苦しそうに呻いたり、気を失った人々。

 一体何があったのだろう。

 

「せん、ぱい……」

 

 そして──それは、後ろで悶えている翠月も同じだった。

 

「翠月ィ!!」

「く、くわばら、せんぱい……!!」

「おい!! 大丈夫か!! しっかりしろ!! おい!!」

『マスター! 戻ったのか!』

 

 声がする。

 ゲイルだ。良かった、コイツから話を聞こう。

 

「ああ、戻ったぜ。それよかこりゃどうなってんだ!?」

『ともかく、空を見てほしい!』

 

 ゲイルは指差す。

 空? そういえば妙に暗い。

 俺は恐る恐る空を見上げた──そして、眼を見開いた。

 

 

 

「何だありゃ──!!」

 

 

 

 それは、絶望を振り撒く黒い翼。

 星を食らい、希望を食らい、そして命を食らう。

 余りにも巨大で、余りにも絶対的。

 太陽さえ覆いつくすその巨大な炎に──俺は、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 

 

 俺は、あいつに直々に絵の事を教えることが多かった。勇気を振り絞ったのか、そんなに畏まらなくても良いのに頼み込んできたのだ。他の1年は俺の事を怖いだの言って俺の事を避けていた。2年の時からそうだったから、別段気にしてなかったし、教えるだけなら他の奴でも別に良いだろう。

 だけど、何故よりによって翠月が俺にわざわざ教わろうとするのか、それが分からなかった。

 

 

「うるせぇ。絵ェ描く邪魔だ」

 

 

 

 最初に会った時、彼女に言い放ったのはこの言葉だ。

 ステップルに憑依されていた時の俺は、狂ったように桜に打ち込んでいた。だから、やってきた彼女が邪魔で突き放した。そういったこともあって、翠月は紫月に俺の事を相談したらしい。今思えば、あの頃の俺は最低だった。

 なのに、ステップルの事件が終わった後に彼女はもう1度俺の所にやってきた。ワイルドカードに憑りつかれて、狂ったように桜を描いていた俺を止めようとして、それを俺は無下にも突き放した。にも拘わらず、あいつはまたやってきた。

 

「だって、先輩の絵でこの高校に入ろうって決めたんです! 何回断られても、着いて行きますよ! 勝手に!」

「……いや、別に構わねえが」

「え? ……やたー!! それってOKってことですね!!」

 

 俺にだって良心の阿責ってもんがある。

 あの時、突き放してしまったのを正気に戻ってから悔やんでいた。

 

「いや、そもそも……こないだは、済まねえことをしたな。あんな事言ってよ」

「い、いえ! 別に良いんです! 私も、邪魔したなあ、って思って」

「……でも俺で良いのか?」

「桑原先輩じゃないとダメなんです!」

「お、おお……」

 

 俺は、それからというものの若干彼女の熱血気味な所に圧されつつも、再び美術への情熱を取り戻していった。

 白銀とのかかわりで、また人間関係の中に入る事の楽しさを覚えたのもあるのだろう。俺の罪悪感と負い目で冷めた心は、だんだんまた熱くなっていった。

 気が付けば、一番近くに居た後輩は翠月だけだっただろう。彼女は気が付けばすぐ近くに居たからな。

 だけど、俺はそんな後輩に大きな秘密を隠している。

 

「先輩、また怪我してる」

 

 それから大分経って、冬休みが明けた後の事。

 ある日、翠月は俺に向かってそう言った。

 ワイルドカードと戦った次の日のことだった。

 俺は白銀達みたいに、キリキリ戦えるわけじゃねえ。だから、どうしても傷が増えてしまう。

 そんでもってこの頃から感づいていた。最近、妙にワイルドカードが多いな、と。

 屋上にやってきた翠月は、そんな事情知る由も無く絆創膏を貼った俺の顔を見て不安そうな顔を浮かべた。

 

「……先輩。大丈夫ですか?」

「ああ?」

「最近、妙に怪我する事が多いですけど」

「気にすんな!」

 

 俺は絵筆を走らせた。

 こいつに心配されたくない。

 翠月の不安な顔を見ると、俺が辛い。

 こいつは──1度、ファウストに操られている。

 そして紫月によって介錯するかのように、倒されている。

 翠月だけには、こんな戦いに巻き込みたくねえんだ。

 

「先輩も、何も教えてくれないんですか。そうですよね。私は、先輩にとって沢山いる後輩の中の1人に過ぎないんですから」

「……翠月……」

「でも、何かあったら言って下さい。例え、先輩にとって私が沢山いる後輩の中の1人でも──私にとって、最高の先輩は桑原先輩しか居ないんです」

「テメェ……」

 

 ……俺ァ、本当に駄目な奴だなあ。

 こんな年下に心配までされたら、先輩の面目丸潰れじゃねえか。

 

「先輩。翠月からお願いです。無理だけは、しないで下さいね。絵も、他の事も」

 

 何でだろうなあ。

 こいつ、いっつも俺の事、そうやって信じてくれるんだ。

 最初のステップルの事件の時だって、こいつだけは俺の事の無実は信じてくれてた。 

 でも、犯人は俺も同然だ。事件を引き起こしたのは、俺に憑依したステップルなのだから。

 今回だってそうだ。

 俺は……こいつに、何時も隠し事してばかりだ。

 胸が苦しい。出来る事なら言ってしまいたい。だけど──それは出来ねえんだ、翠月。

 

「ああ、程々にやる」

 

 俺ァ……最低の先輩だぜ。褒められたもんじゃねえ。

 彼女が盲目的に俺の絵に憧れてるのを良い事に、俺はこの有様だ。

 こんな会話、紫月に知られたらどんな面して顔を合わせたら良いのかね。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「桑原……せん、ぱい?」

 

 屋内に連れていき、しばらくすると翠月はゆっくりと目を開けた。

 あの怪物が居る屋外よりは、多少マシなのだろうか。

 ゲイル曰く、あの怪物が放散している瘴気が、エリアフォースカードを持たない人間に作用しているらしい。

 生命力を文字通りじわじわ奪っていく、”死の霧”とのことだった。このままでは、死に至るのも時間の問題だという。

 既に救急車の音が鳴り響いているが、病院に運んだところで無駄だろう。打つ手なしだ。瘴気は、町全体に広がりつつあるというのだ。止めるには、怪物を倒すしか方法はない。

 

「ゲイル。何で俺は無事なんだ?」

『エリアフォースカードの所持者だからね。影響を、ある程度は軽減しているのだろう』

 

 そういうことか。

 なら助かった。俺は動くことが出来る。

 そして、窓から見える、空からゆっくりと落ちているクリーチャー達。

 あれは──

 

「魔導具……!」

『ああ、暗野紫月もそんな事を言ってたねえ』

「ああ。マフィ・ギャングの新しいクリーチャーだ。となると、あの黒い炎の正体も想像がつくぜ」

 

 それは、最近現れたカード群だ。それぞれがポットやグラス、家具や絵画などの小道具の姿を模しており、揃う事で強大な存在を呼び出すことができる連中だ。

 俺はまだゲームで見たことはねえが……何でこんな連中がワイルドカードになってんだよ!?

 

「聞いてねえぞ畜生……!」

 

 言いながら、俺はスマホに手を掛けた。

 今すぐ応援が必要だ。あの化け物、俺1人でどうにか出来るとは思えねえ。

 何より敵の数が多い。

 

「……やっべ」

 

 俺はスマホを起動しようとして、あることに気付いた。

 あらかじめ、紫月と入れ替えていたのだ。俺では紫月のスマホにログイン出来ない。

 かといって、このご時世公衆電話なんぞ簡単には見つからない。

 我ながら、電子社会の弊害というものを身を以て味わっている所である。

 いや、言ってる場合じゃねえ。とにかく苦しむ翠月──いや、それどころか他の人もこのままでは危ないのだ。

 

「……せん、ぱい。助けてくれて、ありがとう」

「翠月。苦しいよな。今俺が何とかしてやるからよ」

 

 朦朧とする意識の中、彼女は頷いた。

 

「せん、ぱい……くわばらせんぱい」

「何だ?」

「せんぱい、やっと何時もの調子に戻った……今日、ずっとヘンだったから……」

「言ってる場合か! 良いか。そこで大人しくしてろよ」

 

 俺は上着を脱ぐと、彼女の身体に掛けてやる。

 そして──一目散に駆けだそうとする。

 しかし。袖を、彼女が掴んだ。

 

「せんぱい──ひとりは、やだぁ」

「翠月……」

「わたしを、おいて──いかないで」

 

 自分の置かれている状況。

 苦しそうに呻きながら、蒼白させた顔面で言い放つ翠月。 

 見ると、屋内に居た人々も次々に倒れていくのが見える。

 最早、一刻の猶予もねぇようだ。

 弱々しい力で握られる俺の手。とても冷たくて、柔らかくて──脆く、今にも壊れてしまいそうだ。

 ……この子を此処に置いて行けっていうのか。歯を食いしばった。

 思い返す。今まで、翠月の知らない所でずっと戦ってきたことを。

 そして、彼女もまた知らないうちにその戦いに巻き込まれてしまった時の事を。

 強く、手を握り締めて──その手を離す。

 今度も、信じてくれるテメェの手を振り払う。

 だけど──俺だって、テメェが大事なんだぜ翠月。

 一度だって、テメェが傷ついて良いだなんて思った事はねえよ。

 ……だからテメェを置いていく。

 今度は他でもねえ。テメェを助ける為だ。

 

 

「──すまん、翠月」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ゲイル。俺を背中に乗せて飛ばしてくれ!」

『はいはい、分かってるよマスター!』

 

 そうと決まればやるべきことは1つだった。

 屋外に飛び出した俺は、ゲイルの背中に飛び乗る。

 彼も意気揚々と翼を広げ、風が彼の周囲に纏わりつく。

 どうやら、守護獣も俺の身体に紫月が入った状態では100%の力を発揮できなかったらしい。

 だけど、今の俺とゲイルなら──あのクリーチャーの下まで飛び立つことが出来る!

 

『さあ、飛ぼうか!!』

 

 言って、旋風と共に魔導具が降りる空へ──

 

「っ!?」

 

 ──飛べなかった。

 ゲイルは手を地面に突き、息を切らせる。

 

「ゲイル!! どうしたんだ!?」

『馬鹿な。(ストレングス)の魔力は、こんなものでは……まさか』

 

 ゲイルは黒い炎を睨んだ。

 まさか、弱体化しているってのか。

 あの黒い炎の瘴気に、ゲイルもやられているのか。

 そうなるとまずい。敵は空に居るのに、これじゃあどうにもならねえじゃねえか!

 どうすりゃ良いんだ!

 

「!!」

 

 パリンッ!! 

 パリンッ!!

 音を立てて、魔導具が地面に触れると砕け散る。

 そして、どくどく、と溢れ出して地面に流れた紫色の液体が勝手に魔法陣を描いた。

 

 

 

 グリ……

 

           ドゥ……

 

     

 

 

    ザン……

 

 

 

 

 

 

      ゼーロ

 

 

 

 不気味な声が響き渡った。

 すると、どくどく、と液体が流れる音と共に魔法陣が開き、次々に異形を象っていった。

 紫色の炎に包まれてフードを纏った男の影。

 

「……《ストロング・ゲドー卍》か」

 

 それも1体だけじゃない。

 2体、3体、と次々に現れて俺を取り囲んでいく。

 どいつから倒せば良いんだ……!

 

『駄目だ!! 旋風を巻き起こしても靡きやしない!! 実態が無い、亡霊のようだ!!』

「くそっ、こうなったら1体ずつデュエルで──!!」

 

 俺が(ストレングス)を掲げたその時だった。

 突如、何体もの《ストロング・ゲドー卍》が手を上に上げた。

 すると、魔法陣が俺の周囲に描かれていく。

 間もなく、紫色の炎が俺達の身体を焼いた──

 

 

 

「ぐあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 身体の奥底から絞り出されていく絶叫。

 それと共に、生命力も全てこし出されていくようだ。

 駄目だ。このままだと絞りカスになっちまう。

 そして、身体が熱い。

 苦痛が、熱感が、俺の肌を焼いていく──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何とかよお、辿り着いたのは良いが……」

 

 成程、あれが全ての元凶か。

 ショッピングモールの近辺に浮かぶ巨大な鳳を見上げた。

 俺達デュエマ部は、紫月曰く巨大なクリーチャーに襲われている桑原先輩を助ける為にショッピングモールへ急行していた。

 そして、そこにあったのは、昨日俺が見た巨大な黒い炎だったのだ。

 翼を広げ、咆哮する巨大な怪物。

 その姿は伝説上の生物・朱雀に似ている。

 

「あれはワイルドカードなのでしょうか?」

「分からんな。流石に巨大すぎる」

 

 火廣金が眉を顰める。 

 こんなに巨大なクリーチャーを見たのは、アルカクラウン以来だ。

 そして、純粋な脅威で言えばあの鳳だけでもサッヴァークに並ぶだろう。

 

「サッヴァーク! あのクリーチャーの正体を見通せるデスか!?」

『うむ。心得た──』

 

 ブランの指示通りに、胸の眼でクリーチャーを見通そうとするサッヴァーク。

 しかし──

 

 

 

「その必要はない」

 

 

 低く、ノイズの掛かった声が響き渡る。

 振り返ると──そこにあったのは、貴族のような服と帽子を身に纏った男だった。

 しかし、その顔面は漆黒。

 切れ目のような瞳から不気味に光が放たれていた。

 白髪を撫で、彼は優雅な仕草でお辞儀すると名乗る。

 

「我が名はハインリヒ・ダーマルク。影の者だ」

「影の者……マフィ・ギャングのクリーチャーか!」

「左様」

 

 彼はマントを翻す。

 そこには、幾つもの小道具のようなクリーチャーが備え付けられている。

 俺達は身構えた。こいつも、今までのクワイルドカードとは一際違う力を持っている。

 

『ワイルドカードでありますよ! しかし、どうやって此処まで成長したのでありますか!』

「関係ねえ! 要は、テメェの仕業か。ハインリヒ・ダーマルク!」

 

 俺が叫ぶと、ハインリヒ・ダーマルクは不気味な笑い声をあげた。

 

「違うな。私は所詮、マスター・ドルスザクに生み出された存在に過ぎない。そして、マスター・ドルスザクの命に従って、魔導具を振り撒き、新たなるドルスザクを作り出す」

「ドルスザク、って……最近現れたというマフィ・ギャングのクリーチャーだよな」

 

 俺が言うと、紫月も頷いた。

 ということは、あの黒い炎のような奴がマスター・ドルスザクってことか。

 道理で今までの奴とは格が違うと思ったぜ。

 

「ということは、あのマスター・ドルスザクも恐らくワイルドカードなのだろう」

「そうだ。だから、我が主の邪魔はさせぬぞ。この時の為、多くのクリーチャーを食らい、最強のクリーチャーとなっているのだからな」

「……文字通り、史上最悪、史上最大のワイルドカードってことデスか!」

「その通り! このまま、人々の負の念を最大限まで吸収すれば、あの方は更に強くなる」

 

 そう、ハインリヒ・ダーマルクが言い放つと、俺達の影から何体ものクリーチャーが俺達を取り囲んだ。

 くそっ、こんな取り巻き相手にしている暇はないのに!

 今もこの間にも、翠月さん、そして桑原先輩が危険な目に遭っているんだ。

 早く助けに行かないと──!

 

 

 

「諸君、新しい暗黒の太陽による月無き夜が訪れる時を心待ちにしているだろうが……此処で死んでもらおう!!」

 

 

 

 そう言って、ハインリヒ・ダーマルクは影に溶けて姿を消す。

 くそっ、自分だけ逃げやがった! どっちにしたってこの群れをどうにかしねえと!

 

皇帝(エンペラー)、起動!!」

魔術師(マジシャン)、お願いします」

正義(ジャスティス)、行くデスよ!!」

「起動術式──戦車(チャリオッツ)!!」

 

 叫んだ俺達は空間の中に包み込まれる。

 エリアフォースカードの起動音が無機質に木霊した。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 くる、しい。

 息が詰まって、胸が締め付けられて、喉がイガイガして、頭がくらくらして──周りには誰も居ない。

 嫌だ。死ぬのは嫌だ。 

 何故か分からない。でも、瞼の裏にあの人が酷く苦しむ姿が浮かんでいた。

 折角楽しかったデート。でも、私はまだ桑原先輩に言いたい事が沢山あるのに。

 ああ、でも、どうせこの恋は叶いやしないんだろうな。だったら、もういいや。

 それに桑原先輩、またどっかに行っちゃった。

 どうしたんだろう。まだ戻ってこない。せめて、早く戻ってきてほしいよ。

 私は苦痛で喘ぎながら、上着を抱きしめた。

 あの人が、傍にいてくれるように感じた。

 ……あれ? 

 そういえば、さっきまで起きているのも辛かったのに……どうして、身体を動かせるんだろう。

 今も辛いけど、辛うじて動ける。

 見ると、周囲の人達も倒れている。どうして? どうしてこんなことになってるんだろう。

 駆け寄って声を掛けたけど、反応を示さずに唯々苦しそうに呻くばかり。

 まるで、悪夢にうなされているみたい。

 

 

 

『そこなお嬢さん、あいや待たれい!』

 

 

 

 何処からか、声がした。

 見ると、デッキケースからだ。

 ……え?

 

「しゃ、喋ったぁ!?」

『うぬよ。我が声が聞こえるか』

「え、えと、何でしょう? どこの誰だか分からないけど、どーなってるんですか!?」

『奇怪に思えるかもしれぬが、助太刀し致す。うぬは我が仮の主であるが故』

「あるじぃ!?」

 

 私は困惑を隠せない。

 すっごい貫録のある重厚な声。

 だけど、まるで歌舞伎のような言い回しで分かりにくい。

 そしていきなり私の事を主とか言い出した。いよいよもって分からない。

 けほけほ咳き込んで、私は声のする方に向かって言った。

 

「悪戯が酷いわ! いるなら出て来てよ! 一体誰!?」

『それは出来ぬ。だが──うぬが我と契約をするというのならば、それも出来よう。そして──うぬの大事な人を助ける事も』

「!」

 

 大事な人──今この場に居ないしづと、桑原先輩の顔が浮かぶ。

 2人が危ない目に遭ってるの?

 

『我は探していた主に相応しき、人間を。そして見つけた──』

「私が……?」

『あれを見よ』

 

 その時、デッキケースが飛び出して何処かへ行きだす。

 私はそれを追いかけた。

 すると外に飛び出し、気味の悪い空気が私を包み込む。

 だけどそこには──人工地盤の上で手を突き、苦しむ桑原先輩の姿があった。

 近寄ろうとする私を、デッキケースが制した。

 

「桑原先輩!!」

『待てい。止まれ!』

「な、何で!?」

『うぬには、まだ見えておらぬ。あの男が、何故苦しんでおるのか。そして、うぬが何故苦しんでおったのか』

「見えて、ない……!?」

『そう。我と契約する事で、うぬはこの世界の真実を知る事になる。だが、それはとても厳しい戦いの始まりでもある』

「この世界の……真実」

 

 その時。

 桑原がこちらを見て、はっとしたような表情をした。

 

「翠月ィッ!! 逃げろォーッ!! 何やってんだァ!!」

「くわばら、せんぱい……!?」

「何でこんなところに来たんだ!! あっちに行ってろ、って言っただろ!!」

「先輩……でも」

「うるせぇ、俺ァ大丈夫だ!! ぐああああああああああああ!!」

 

 先輩。何で嘘をつくの。

 そういえば、怪我してた時もそうだ。

 大丈夫、平気、何てことはない。

 そんなことばっかり言って──!

 

「何で……!」

『うぬは、優しい周囲に囲まれていたのだろう。それは優しい嘘だ。うぬを心配させない為故』

「でもっ……」

 

 ぎゅう、と私は手を握り締める。

 

 

 

「優しくても、ウソはウソですよ、先輩ッ……!!」

 

 

 

 見たい。

 見ないといけない。

 この世界の真実というものを。

 それが、先輩を助けることに繋がるのなら──私は見なきゃいけない。

 

「ねえ、契約して! 私と──!」

『その心は?』

「私は、もう大好きな人が知らない所で傷ついてるのは──嫌なの!!」

 

 ふっ、と笑みが聞こえる。

 

『──御意』

 

 次の瞬間、何処からともなく白紙のカードが飛んでくる。

 そして、それは不気味な声を放ち、私の前に現れる。

 

「な、なにこれっ」

『我ハハーミット(隠者)……全テヲ覆イ隠ス神秘ノ輝キ』

「……ハーミット……タロットの、カード……?」

 

 とても禍々しいエネルギーだ。

 ただの白いカードなのに、何かが居るってはっきりとわかる。

 

『それはエリアフォースカード! うぬが戦うための剣よ!』

「エリアフォースカード……?」

『恐れるな、覚悟を見せい。その手で、うぬの覚悟を示してみろ』

「……私の、覚悟……!」

 

 私は躊躇なくそれを手に取った。

 助けたい。桑原先輩を、助けなきゃ。

 暖かい何かに手が包み込まれる、

 光が、私の前に現れる。

 叫んだ。覚悟、そして私の望みを。

 

 

 

「悔しいけど……私だけじゃ、大好きな人を守れない」

 

 

 

 だけど、このカードを取れば──私は戦える。

 

 

 

「だから、私に、誰かを守る力をくださいっ!!」

 

 

 

 次の瞬間、白紙のカードに刻まれていく、ローマ数字のⅨ。

 そして、焼き付けられていくイラスト。それは、灯りを照らすローブを被った老人の姿があった──!

 

「!!」

 

 その時。世界は変わった。

 私の眼前には──無数の異形の姿があった。

 

 

 

「キャアアアアア!!」

 

 

 

 思わず声が飛び出し、扉にぶつかって、しまう。

 何、あれ……!

 とても怖い。だけど、桑原先輩を取り囲んでいる。

 それだけじゃない。桑原先輩の背後にも、巨大な蜂のような怪物が居る。

 

「あ、あ、あれって……!」

『左様。クリーチャー也。あの黒いフードを被った異形のクリーチャーはワイルドカード。人に寄生し、仇成す存在よ』

「あんなのと、どうやって──! もしかして桑原先輩は、今までずっとあんなのと戦ってたの……!?」

 

 こんなものを見せられたら例えウソだったとしても、信用せざるを得なくなる。

 桑原先輩だけじゃない。

 思えば傷ついて帰ってくる時もあったしづも、そして誰なのかはっきりと分からないけど──その仲間達も。

 ずっと、あんなのと戦ってきたっていうの。

 その時。キィン、と頭に何かが響く。

 何だろう、脳裏に焼き付いてきたこの記憶。

 私が──しづと戦ってる!? そして、倒れた私を見てしづが泣いている……!?

 ごめんなさい、守れないで、ごめんなさい、って謝って──!

 

「……何のために」

『守る為。うぬと理由は微塵も変わらぬ』

「!」

 

 嫌だった。

 大事な人達が、こんな戦いをしているなんて。

 大事だから傷ついてほしくなんかなかった。

 でも、あの人たちも──守る為に戦っていたのならば。もう私は、守られるだけは嫌。

 さっき、そう覚悟したんだから!

 

「……良いわ。やってやる……!」

『うぬには我がついておる!! うぬに危険が及んだ時は我が守ろう!! ッ……!!』

 

 私は思わず、手で顔を覆った。

 大嵐が吹き荒れる。

 あの蜂のクリーチャーが物凄い速度で、黒い異形を切り刻んでいった。

 そうだ。あの蜂は見た事がある。桑原先輩の切札の、《天風のゲイル・ヴェスパー》じゃない!

 

『《ストロング・ゲドー卍》の群れを一瞬で粉砕するか。凄まじい力。あの男と、男の守護獣も、同様であるか。だが、もう限界だろう』

「桑原先輩!!」

 

 私は駆け付けた。

 呆然とした様子で、桑原先輩は力なく私を睨んだ。

 

「な、何で来やがった……! テメェ、契約したのか……! 何で……」

『どうも、そうらしいね……我がマスター。あれは、行方不明だったエリアフォースカードとエネルギーが同じだ』

「ウッソだろ……! 翠月! テメェ、どうして……!」

「分からないです。今だって怖いし……でも、それだけじゃないんです」

 

 私は言い放つ。

 伝えなきゃ、桑原先輩に。

 

「これ以上、大好きな人が、知らない所で傷つくのは──嫌だったんです!!」

「翠月……」

「しづも、今年に入って怪我して帰ってくることが多かった。桑原先輩も、気が付けば怪我だらけだった。私は、踏み込めない自分が嫌だったんです」

「俺ァ……テメェに、こんな事知ってほしくなかった。大事な後輩だから……守りたかった。こんな非日常から──!!」

「……良いんです。先輩のその気持ち、分かります」

 

 先輩はボロボロだった。

 全身が傷だらけで、服は焼けこげている箇所も所々あって、本人はもう立てそうにないようだった。

 

「でも、先輩に守られた分、今度は私が守る番です。女の子だって、見てるばかりじゃつまらないから……!」

「……翠月……!」

 

 彼は後悔しているように、言った。

 

「俺は……テメェが日常の象徴だった。何も知らねえテメェが、日常の象徴だったんだ。……でも、そんなの自分勝手だよな。テメェに、隠しきれてなかったんだからよ」

「当然です。伊達にお姉ちゃんはしていませんから。ね?」

「……済まねえ。情けねぇ。だけど、頼めるか? このままじゃ、俺だけじゃねえ。今倒れてる人全員、あの世送りだ!」

「……死んじゃうん、ですか」

「ああ。さっさと元凶を叩かねえ限りは……出来るか?」

「……やります。大好きな、先輩の頼みなら……頑張れる!」

 

 次の瞬間。

 空から何かが降り落ちて来る。

 それが、パリン、パリン、と音を鳴らして割れた。

 すると魔法陣が描かれて──

 

 

 

  グリ……

 

           ドゥ……

 

     

 

 

    ザン……

 

 

 

 

 

 

      ゼーロ

 

 

 

 

 

 現れたのは巨大な虎のようなクリーチャー。

 その頭には大きな角が生えていて、全身は炎に包まれている。

 また化け物だ。それも、今度はさっきのとは比べ物にならない!

 

「《卍デ・ルパンサー卍》だと!? 駄目だ。もう、戦う力が……!!」

 

 桑原先輩が悔しそうに言い放つ。

 それなら、もう私がやるしかない!

 

『任せい、この程度なら──語るに及ばず』

「え!?」

 

 飛び出したデッキケースから1枚のカードが飛び出す。

 それが光と共に──実体化した。

 

「あ、あなたは……!!」

『──知らざぁ言って聞かせやしょう』

 

 身の丈に見合った拳。

 岩石に包まれた、頼もしい程に大きな身体。

 そして、全てを打ち砕く大きな角──とても、強そうなクリーチャー。

 よく覚えてる。先輩に買ってもらったデッキの切札だから。

 

『生まれは椚林、喧嘩の尽きねえ自然文明、売られたなら買わずにゃいられない、足を振り下ろせば大地が悲鳴を上げ、拳を突き上げれば天に穴穿つ、角に九つ、拳に九十、合わせて九十九(つくも)、その物語聞けば誰も震える大地の災害此処に一つ』

 

 そして、その羽根を大きく広げて、地面を蹴り飛ばした。

 めきめきっ!! と音を立てて、人工地盤が抉れた。

 瞳が赤く光る。その身体全身に、黄金の罅のような模様が迸り、胸のカブトの紋章が輝いた。

 

 

 

『名せえゆかりの《オウ禍武斗》たぁ、俺がことだぁ!!』

 

 

 

 飛び出したオウ禍武斗は巨大な炎の化身に躊躇なく角を突き刺し、空へ放り投げる。巨大なのに、余りにも機敏な動き。目にも留まらない。

 とても、カッコ良い。何て頼もしい姿なんだろう。

 空中に放り投げられたデ・ルパンサーに、オウ禍武斗が角を突き刺して、地面へ振り落とした。

 叩きつけられると共に、その身体はバラバラに砕け散った──

 

『一昨日出直してこい、三下』

 

 ドスン、と大地に降り立ち、オウ禍武斗は私の方を見た。

 とても強くて、でも優しい目。

 まるで、桑原先輩みたいだ。

 

『あれがガイアハザードの一角……キングダム・オウ禍武斗……!! 自然文明最強の”力”の象徴……! 余りの強さに、(ストレングス)でさえ守護獣には選べなかった。まさに、全てを崩壊させる大地の災害……故に、神秘を司る隠者のアルカナでなければ、抑える事は出来ないだろう』

「翠月の奴……とんでもねえクリーチャーに目ェ付けられちまったみてえだな……!」

 

 驚いてるけど、私何もやってないよ、先輩!?

 そんなことを思ってたけど、オウ禍武斗が降り立って満足そうに言った。

 

(あるじ)と契約したおかげで、我は本来の力が出せる』

「そんな。私は何もやってないよ」

『うぬの覚悟が、我の力を増幅させるのだ。さて、終わらせようぞ』

 

 指を指した先にはとても巨大な翼。

 アレを倒しに行くのだろう。

 

「ま、待って! わ、私に出来る事ってあるの……!?」

『あの鳳は、我のみでは堕とす事が出来ぬ。うぬの力が必要だ』

「っ……分かった」

「翠月!!」

 

 桑原先輩の声が聞こえた。

 

「……テメェ、無茶だけはすんじゃねえぞ。絶対に、帰って来やがれ」

「分かってます。先輩。待っててくださいね!」

「……ああ。負けるんじゃねえぞ、翠月」

 

 オウ禍武斗が大きな手を私に差し出す。

 私はそれに躊躇なく飛び乗ると、私を優しく包んで背中の上に乗せた。

 

『手を離すな。落っ死ぬなんて、洒落にならぬ』

「……はい。よろしくお願いします──オウ禍武斗!」

 

 風が私を包み込む。

 大丈夫。何故だか分からないけど安心できる。 

 そうだよ。私だけじゃ無理でも、二人なら──戦えるわ!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「辿り着いた……!」

『あれが親玉だ』

 

 不定形な黒い炎。

 翼を広げたそれは、私達を見つけると、ぐにゃぐにゃと形を変え始めた。

 そして、真の姿を現す。

 それは言うなれば不死鳥。身体に幾つもの黒い星を抱え、紫色の炎で象られた不死鳥だった。

 いや、不定形なのを見るにあれが真の姿かどうかも怪しい。

 どうやって倒すんだろう。

 

『うぬよ。デッキケースを持ってるな?』

「デッキケース? 一応は」

 

 まさか投げて使えだなんていうんじゃないわよね。

 

『奴を倒すには──決闘が必要だ』

「決闘……って、まさかデュエマ!?」

 

 私はうっかり手を離しそうになった。

 此処に来てカードゲームで勝負をつけるの!?

 

『侮らぬことだな。これは只の札遊びではない。文字通り戦いであり、決闘。負けた方の命は保証されぬ』

「っ……!」

『だが、勝てばあのワイルドカードを倒す事が出来ようぞ』

「……やる。それしか方法が無いのなら!」

『エリアフォースカードを、隠者(ハーミット)を掲げよ! そして、起動を命じるのだ! うぬらのルールで、ねじ伏せよ!』

 

 私は隠者(ハーミット)のカードを掲げた。

 巨大な不死鳥が迫ってくる。その前に──

 

 

 

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)(ナイン)……Hermit(ハーミット)!!』

 

 

 

 いきなり無機質な電子音が響き渡る。私はうっかり取り落としそうになったけど、そんな暇はなかった。

 その瞬間、私の視界は光に包まれた──

 

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 

 私は何故か地面の上に立っている。

 そして、気が付けば5枚の盾が目の前に展開されている。

 透明な、ガラスのような──そして、私の手元には5枚のカード。

 さらに山札があった。

 これって、やっぱりデュエマしろってことなのよね。

 

「……やるしかない。やるっきゃない!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 悍ましい叫び声のような咆哮。

 不死鳥のようなクリーチャーは、この謎の空間の中にさえそれを響き渡らせる。

 これ以上、誰も傷つけさせたりしない!

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──こうして始まった2ターン目。マナを置くだけでさっきは終わったけど、もう私はカードを使う事が出来る。

 早速使おう。まずは手札を増やす!

 

「2マナで、呪文《ジャンボ・ラパダイス》!! その効果で、山札の上から4枚を表向きにしてパワー12000以上のクリーチャーを全て手札に!」

『《イチゴッチ・タンク》、《コレンココ・タンク》、《トメイテオ》、《ナ・ハナキ・リー》が手札に加わったな』

「カードショップで改造に改造を重ねたこのデッキ……そう簡単には負かせないわ! ターンエンド!」

 

 鳳の怪物の周囲には、カードが舞っている。

 そこから、2枚のマナがタップされた。

 

『《ドゥグラス》……』

「!」

 

 現れたのは硝子で出来たコップのようなクリーチャー。《堕魔(ダーマ)ドゥグラス》。

 

「これって、クリーチャーが実体化してるの!?」

『左様。これが、真のデュエル也。怖気づいたか?』

「馬鹿にしないで。私はこれでもお姉ちゃんなんだから。それにこんなこと、今更じゃない!」

 

 出て来るなりケタケタ笑ってくるグラス。

 な、何なんだろう、この不気味な感じは……。

 

『だけど、気を付けろ。そこらの相手じゃあねえ』

「分かってるわよ……私は3マナで《ボント・プラントボ》を使うわ!」

 

 桑原先輩に、有用そうな基本パーツは教えて貰って既に組み込んである。

 3コストで唱えられるこの呪文は、成功すれば次のターンに6マナまで伸ばす事が出来るわ!

 

「その効果で山札の上から1枚をマナに! それがパワー12000以上の《ボント・プラントボ》だから……あれ?」

『そいつはパワー12000どころかクリーチャーですらねえな』

「外したぁ!? 何でぇ!?」

『そう言う事もあるだろう。それが人生故』

 

 何か良さそうな事言ったけど、全然良くないわよ!

 

「てか、他人事みたいに言わないでよ!」

 

 もうやだ、恥ずかしい……。

 大丈夫なのかなあ、これ。相手はどう考えてもさっきまでのクリーチャーとは格が違うし。

 

『《グリペイジ》……』

「……手札が!」

 

 現れたのは本のようなクリーチャー。

 その効果で私の手札から1枚が焼けて墓地へ落とされる。よりよって《コレンココ・タンク》が……!

 闇文明。師匠と同じだ。相手の手札を捨てさせていくスタイルなのね。

 

「でも、負けないわよ! こっちはマナを増やすわ! 2マナで呪文、《レッツ・ゴイチゴ》! 山札の上から1枚をマナに! そして残りの5マナで《龍装者 トメイテオ》を召喚ですっ!」

 

 この子はマッハファイター。

 桑原先輩曰く、とても相性の良いカードがあるし軽いから入れておいた方が良いって言ってた。

 このまま一瞬で打ち砕く!

 

「《トメイテオ》で《グリペイジ》を攻撃! パワー12000よ!」

 

 竜の骨を装備した戦車が

 でも、幾ら墓地を増やした所で何にも怖くはない!

 グランセクトのパワー。桑原先輩と同じ力があれば、戦える!

 

『《ヴォガイガ》……!』

「!」

 

 鳥の怪物のターン。

 現れたのは巨大な絵画のようなクリーチャーだった。

 罅が人の顔のようになって、笑っている。

 その効果で山札の上から4枚が更に墓地へ置かれて行った。

 

『《ルソー・モンテス》……』

「……クリーチャーを回収する効果?」

『らしいな。奴は、登場時に山札の上から4枚を墓地に置く。そして、闇のクリーチャーのみならずカードなら全部回収出来るみてえだ』

「今のはクリーチャーみたいだけど」

 

 それも、ツインパクトカードみたい。

 このデッキにもあるけど、どんな効果のカードなんだろう。

 

「とにかく、私は出来る事をやらないと……! 6マナで、《ナ・ハナキ・リー》召喚! マッハファイターだから、《堕魔 ヴォガイガ》を攻撃して破壊するわ! パワーは12000よ!」

 

 現れたのは、桃色の身体のハナカマキリの幼虫のクリーチャー。

 それが地面を蹴って、巨大な絵画を切り裂こうとする。しかし。

 

『《ドゥグラス》』

「っ……!」

 

 その攻撃は硝子のコップに阻まれた。

 こいつ、ブロッカーだったのね!

 

「《ナ・ハナキ・リー》は攻撃後にマナに置かれるわ。ターンエンドよ!」

『ギュアア……』

 

 唸る死の鳥。

 翼を広げると、黒い星が光る。

 何だろう。マナも増えてる。クリーチャーも排除してる。

 なのに、全く優勢になっている気がしない。これって一体──

 

『死兆星ハ……見エテ……イル、カ?』

「……え?」

 

 次の瞬間。

 5枚のマナがタップされて、魔法陣が展開された。

 

 

 

双極(ツインパクト)変換(チェンジ)……詠唱(ソーサリー)、《法と契約の秤(モンテスケールサイン)》』

 

 

 

 やっぱり、ツインパクト呪文だ!

 その時、鳥の怪物の墓地から何かが湧きだす。

 とても恐ろしい魔獣が、鎌を振り上げて現れた。

 

 

 

『蘇レ、《獄・龍覇 ヘルボロフ》』

 

 

 

 私は慄いた。

 あれも師匠が使ってたカードじゃない!

 知っているわ。登場時に、コスト5以下の闇のドラグハートを出せること。更に、登場時に山札の上から2枚を墓地に置くこと。

 そして、あのドラグハートは──

 

 

 

『現レ出デルハ、《極魔王殿 ウェルカム・ヘル》』

 

 

 

 魔王の咆哮とと共に、神殿のドラグハートが姿を現した。

 そして、そこから夥しい数の魂魄が立ち上っていく。

 更に間もなくして、魔導具の悍ましい笑い声が聞こえて来た。

 

『《ウェルカム・ヘル》……呼ビ出セ、《グリペイジ》』

「また手札がっ!」

 

 現れた書物のクリーチャーによって、私の手札が再び焼け落ちた。

 《ウェルカム・ヘル》は場に出た時とドラグナーが攻撃するときに、墓地から1枚をマナに置く

 だけど、それだけじゃない。

 今度は墓地に落ちていた《ドゥグラス》と《グリギャン》も、現れる。

 あ、あんな効果、《ウェルカム・ヘル》には無かったはずだけど──まさか。

 

 

 

『場ニ2枚、墓場ニ2枚、魔導具揃イシ時──無月の門ヲ開ク』

 

 

  

 私は戦慄した。

 無月の門……!? 聞いた事が無い。

 だけど、この感じ。さっきのデ・ルパンサーが出て来た時と同じだ!

 

 

 

朱雀(スザク)……朱雀(スザク)……(デス)朱雀(スザク)……!!』

 

 

 

   グリ……

 

           ドゥ……

 

     

 

 

    ザン……

 

 

 

 

 

 

      ゼーロ

 

 

 

 

『開門、無月ノ門』

 

 

 

 不気味に笑う魔導具たちが砕け散り、地面に紫色の液体がばら撒かれた。

 そして、それが魔法陣をなぞっていき──巨大な何かを生み出す。

 

 

 

『──《卍デ・スザーク卍》』

 

 

 

 それは、墓場から現れた。

 翼が広げられ、黒い星が幾つも輝く。

 それは悪夢。それは絶望。それは──天に羽ばたく闇夜の化身。

 月の光さえも食らいつくす。

 まさに、無月の魔鳳だ。

 

「──こ、怖いっ……!」

『チィ、出て来やがったか!』

『我ハ死……全テヲ破壊スル死……!』

 

 黒い星が輝き、無月の魔鳳が羽ばたくと、一瞬で《トメイテオ》の身体が朽ち果てて破壊されてしまう。

 ほ、本当に死んじゃうんだ。

 

「っ……何、こいつ……!! 何なの!?」

『マスター・ドルスザクカード。全てを覆う、闇の化身よ。奴は魔導具が揃えば、手札や墓地から出てくる』

 

 手札だけじゃなくて墓地までも──!?

 じゃあ破壊しても無駄じゃない! これが、無月の門だっていうの!?

 

「師匠の《ヘルボロフ》だけならいざ知らず、こんな怪物までついてくるなんて……!!」

『何だ。その師匠ってのは、そんなに強いのか?』

「ええ」

 

 強いなんてもんじゃない。

 黒鳥師匠は、私としづにデュエマを教えてくれた存在。

 だけど、あんなに強いしづでさえ今の今まで一度たりとも黒鳥師匠に勝てた事は無い。

 それどころか、あの人は昔デュエリスト養成学校に居たらしいし。

 その師匠と同じカードを使われてるだけで、物凄いプレッシャー……!

 だけど──

 

「使ってるカードが同じでも……師匠が相手じゃないならーッ!!」

 

 カードを引く。

 そして、迷わずそれを使うことにした。

 今のマナは8枚。

 手札はぎりぎりだけど──まだ、大丈夫!

 あの《ヘルボロフ》をマッハファイターで破壊するわ!

 

『やめておけ』

「え?」

『奴にマッハファイターは無力だ』

「ど、どうしてよ!」

『《卍デ・スザーク卍》の効果だ。場に出た相手のクリーチャーは皆、タップされてしまう』

「ええ!?」

 

 それって、《永遠のリュウセイ・カイザー》と同じ類の効果じゃない。

 確かに、それだとマッハファイターは意味がない!

 

「うう、《コレンココ・タンク》を今度こそ召喚! 効果で山札の上から3枚を表向きにして、《リ・ハナッキ・パンツァー》を手札に加えて、残りをマナに!」

 

 オウ禍武斗の言った通りだった。場に出た《コレンココ・タンク》がタップされている。

 

『《卍デ・スザーク卍》を倒さぬ限り、勝機は無いだろう』

 

 その通りだ。このままじゃ、まずい。

 そうこうしてたら、相手のターンに。

 《ヘルボロフ》が攻撃したら、また魔導具が出てくる……!

 

『……《爆霊魔 タイガニトロ》』

「ま、またなんか出て来た……!」

 

 私は怯えながら言った。

 だけど、これだけではもう終わらない。

 そのまま、《ヘルボロフ》は鎌を振り上げた。

 

『《ウェルカムヘル》ヨ……《ニンジャリバン》ヲ呼ベ』

 

 次の瞬間、忍者のようなクリーチャーが現れる。 

 確かあれもドラグナー。しかも出てくる時は、3コスト以下のドラグハートも一緒だ。

 

『《龍魂城郭レッドゥル》……《タイガニトロ》ヲ「スピードアタッカー」ニ』

 

 私のシールドを2枚、切り裂いた。

 破片が──襲い掛かる。

 

「きゃあっ!!」

『大丈夫か!?』

「っつ……!」

 

 切れてる。

 身体のあちこちが、すうっと肉を裂かれてる。

 鋭く、細い鋭利な切り傷だった。

 

『《タイガニトロ》』

 

 次は爆発音。

 耳が壊れるかと思った。

 シールドが爆破されていく。

 砕けた破片が、再び私の身体に突き刺さった。

 

「い、たい……何でっ……!」

 

 血が流れる。

 べっとりと手についたそれを握り締めて、私は地に伏せた。

 桑原先輩や、しづが怪我して帰ってきてたのって──デュエルの時はダメージをこうやって食らうから?

 

「何やってんのよ……あの人たち……猶更、猶更何で私には何も言ってくれなかったのよ……!」

『……うぬをこんな目に遭わせたくなかったのだろう』

「だけどっ……!」

『そして、こうなってでも守りたい物があるのだろう』

「っ……!」

 

 そう、か。

 覚悟ってそういうことだったんだ。

 例え傷ついて、命の保証もない死と隣り合わせのデュエルに身を投じてでも守りたいものを守る覚悟だったんだ。

 

「……ねえオウ禍武斗」

『何ぞ』

「私、強くなる。そうしたら、少しでも……桑原先輩や、しづの負担、減らせると思うから……!」

 

 ぎゅう、と拳を握り締める。

 こんなところで、こんなあところで負けて堪るか。

 折角、こうして力を手に入れたのに、何もせずに死ぬなんて嫌だ。

 あの人が、何かの為に戦うのなら、私は抱きしめてでも着いていく。一緒に──戦うんだ!!

 

『消エ失セロ』

 

 降下する不死鳥。

 最後の残り2枚のシールドが叩き壊された。

 それが砕ける。

 今度はそれが四肢に突き刺さった。

 激痛が走り、私の身体から絶叫が絞り出された。

 

「──っああ」

 

 声が枯れ果てた。

 膝をつき、シールドの破片を見やる。

 ま、まだ、終わってない。

 

「──まだ、終わってない……!!」

 

 破片は──光になって収束した。

 そうだ。デュエマには窮地に追い込まれても逆転の手段がある。

 相手は軍勢を見るに、このターンでは私にトドメを刺せない! そして、私が勝つ方法は1つしかない!

 

 

 

「S・トリガー、《ゼノゼミツ》! 効果で《卍デ・スザーク卍》とバトルして破壊!!」

 

 

 

 あの鳥のパワーはたったの9000! こっちはパワー12000!

 グランセクトの敵じゃないわ! 現れた甲虫のグランセクトが、一瞬で黒い鳳を破壊した。

 

『《タイガニトロ》──』

「えっ!?」

 

 次の瞬間、私の手札が全て宙に浮かぶ。

 そうだ、思い出した。《タイガニトロ》の効果はターンの終わりに発動する。

 

『手札ヲ1枚選ビ、残リヲマナニ置ケ』

「っ……! 分かったわ」

 

 私は1枚を残して全てを墓地に置いた。

 基本、決められない状況でのシールドブレイクはリスクがある。

 だけど、《タイガニトロ》はそれをターンの終わりに1枚を残して全て捨てさせることで、相手の手札が増えることを防いでいるんだ。

 

『排除は出来たが、手札は残り1枚。しかも、破壊したとなると、奴はまた戻ってくる』

「うん。だから、きっと次にターンを渡したら今度こそ私の負け」

『それどころか、あの《ドゥグラス》にはS・トリガーが付いていたから、相手のシールドが悪いと、例えあの盤面を更地にしたとしても返り討ちされるが落ちよ』

「そうなった場合、私は今度こそ負ける」

 

 でも、分かってるでしょオウ禍武斗。

 私が残した1枚が何だったのか。

 そして師匠、貴方の言う通りだったわ。デュエマでは、10枚もマナを支払ったなら、もう勝たなきゃってことを!

 私はマナゾーンのカードを全て、横向きにした。

 

「10マナをタップ──」

 

 エリアフォースカードが光り輝く。

 そして、眼前にⅨ──神秘を意味する隠者(ハーミット)を意味する数字が浮かぶ。

 もう、ここまで来たんだ。何も怖くはない!

 

双極(ツインパクト)災害(ハザード)……最終詠唱(ラストワード)

 

 (タワー)から無機質に流れる声。

 力の限り、私は持てる全てを叩きつけた。

 これで全てを終わらせる!

 

 

 

物語りなさい(ナラティブ)──突き崩すは、《轟破天九十九語(ごうはてんつくもがたり)》!!」

 

 

 

 浮かび上がるのはMASTERの紋章だ。

 《オウ禍武斗》が現れ、地面に手を突く。

 そして、大地が割れて、樹の根が溢れ出た。

 地面を揺るがし、マナを根こそぎ食い荒らす大災害そのものだ。

 

「効果で、互いにマナゾーンからクリーチャーを全て場に出すわ!! そして、この効果で場に出たクリーチャーが場に出たことで発動する効果は全て無視される!」

 

 大地から、大量のクリーチャーが全てその姿を現した。

 此処からは私の土壇場。

 そう、私だけが描けるキャンバス。

 

『ハハハハハハハハハ!! 絶景かな!! 絶景かな!! まさに咲き乱れる桜吹雪よ!! これぞ我が奥義也!!』

 

 笑い飛ばす《オウ禍武斗》の声が景気よく響き渡る。

 

「私は《ナ・ハナキ・リー》、《イチゴッチ・タンク》を2体、《タルタホル》を1体、《ゼノゼミツ》を2体、《リ・ハナッキ・パンツァー》を1体、そして《キングダム・オウ禍武斗》──そして」

 

 場には、元からいた《コレンココ・タンク》と《ゼノゼミツ》を合わせて、丁度10体のクリーチャーが出揃った。

 そして、これがマナにある最後のクリーチャー!

 

「私は、場にある10体のクリーチャーを進化元に、超無限進化!!」

 

 場にある全てのクリーチャーを重ねて、その頂上に私は突きつける。

 死の鳳凰なんて目じゃない。

 私の知っている不死鳥は、全てを飲み込む宇宙そのもの。

 さあ見せてやるわよ。私の切り札(ワイルドカード)を!

 

 

 

物語れ、極大宇宙(ナラティブ・マクロコスモス)──《無限銀河ジ・エンド・オブ・ユニバース》!!」

 

 

 

 それは銀河そのものの概念。

 もう、死とか生だとか関係ない。

 これはまさに塗りたくられていく絵画そのもの。時間と共に、無限の空間へ広がり続ける可能性の銀河だ!!

 

『フ、シ、チョウ……!!』

「さあ、貴方の場にもクリーチャーが出て来るわ。最も、さっきも言ったと思うけど場に出たことでトリガーする効果は無視されるから、無月の門は使えないわよ」

 

 現れたのは《グリギャン》に《ドゥグラス》、《ヴォガイガ》。

 だけど、もう無意味だった。《轟破天九十九語》の能力で出て来たクリーチャーは、場に出た時の効果だけじゃない。魔導具が場に出る事で発動する無月の門でさえも封じられるのだ。

 

「この辺りは桑原先輩に教わったから、よーく覚えていた。むしろ、無月の門を見た時、これしか勝ち目はないって思ったもの!」

『ギィッ……!』

「これが私の描いたアート!! 《ユニバース》で攻撃するとき、効果発動!」

 

 強大なる銀河が、死の鳳を飲み込んでいく。

 

 

 

「メガメテオバーン10で、下にある進化元を全て墓地に置けば、私はゲームに勝利する!!」

『九十九の伝説、語るに及ばず!! 終わりだ!!』

 

 

 

 次の瞬間、極光が辺りに溢れ出る。

 それが、鳥の怪物を覆い隠し、一瞬で消し去った──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お、終わったの……かしら」

 

 オウ禍武斗に抱きかかえられながら、私は呟いた。

 究極の闇は、今まさに討たれた。

 その影は、形を失い、黒き星と共に消滅していく。

 そして1枚のカードが落ちてきた。

 

ハングドマン(刑死者)……これが、奴の動力となっていたエリアフォースカードか』

「これ、もう大丈夫なの?」

『心配無用。今の決闘で毒抜きしたからな』

 

 どうやら、放っておくとエリアフォースカードはこんな風に悪い影響を受けるそうだ。

 

「でも……あたし、勝ったんだ」

 

 終わったんだ。身体に力が入らない。

 これで、やっと帰れる──

 

 

 

『──待てい、主よ!!』

 

 

 

 そう思っていた矢先だった。更に3つの魔法陣が浮かび上がった。

 現れたのは、黒いローブを被った異形。まさか、待ち伏せされていたの!?

 そう思う間も無く、紫色の炎が私を狙う──油断、した!

 最後の最後で──!

 

 

 

「翠月ィィィーッ!!」

 

 

 

 ──その時。

 私が一番安心できる声が響いた。

 それと同時に、旋風が異形の影を薙ぎ払う。

 見るとそこにあったのは、ゲイル・ヴェスパーとそれに掴まった桑原先輩だった。

 

『やれやれ、最後の最後でツメが甘いよ』

「煽んなゲイル。まあ、あの鳥野郎とお前が空間から出てきた途端、ゲイルがすぐさま今なら飛べるって行ってよ」

「そうだったんですか……」

 

 結局、守るつもりが最後の最後で助けられてしまった。

 最も、流石の桑原先輩もぐったりしていたけど。

 取り合えず地上に降りよう。このままじゃ、生きた気がしないわ。

 

「……先輩」

「何だ?」

「助けてくれて、ありがとうございます」

「……当然のことをしただけよ」

 

 

 ※※※

 

 

 

 倒れた人たちはみな起き上がっていく。もう、何があったのか忘れているようだった。

 翠月はエリアフォースカードの力で瘴気を浄化されていたらしく、もうデュエルしている時は平気だったらしい。

 にしても偉い目に遭ったな。まだ身体がまともに動かねえ。エリアフォースカードの魔力で、回復はしてるけど、それでも今回は(ストレングス)の魔力が枯渇するほど戦ったので、回復は緩やかだし、こりゃしばらく怪我は残るな。

 オウ禍武斗とゲイルは、どうやら他にワイルドカードがまだ残ってねえか探知しに行くらしい。という訳で今は二人っきりだ。

 ま、それはともかく。

 

「あのなぁ、翠月。俺一応身体が色々痛くてよ。そろそろ離してくれね?」

「駄目です。私に散々嘘吐いて隠してきたんですから、その罰ですよ。精々恥ずかしい思いしてくださいね? 公衆の面前で」

「お前やっぱ紫月の姉だよな」

 

 隣には翠月の姿がそこにはあった。

 だけど、彼女は俺の右腕に抱き着いて離れようとしない。

 正直、人工地盤のベンチでこんなことやられたら恥ずかしくて仕方がねえんだけど。

 

「……でも、先輩たちがこんな事に巻き込まれてたなんて」

「まあ、詳しい事はまたデュエマ部の連中に聞けば良いだろ。俺じゃ説明がグダる」

「ふふ、先輩らしいです」

「だけどな、翠月。俺は、テメェらを守る為に今まで戦ってきたんだ。その……気持ちは分かるが、これからも無茶しねえ程度にやってくれると助かる」

「先輩もです」

「……はい」

 

 申し訳なさそうに俺は言った。

 取り合えず、コイツの前では自重しておこう。

 と思ったけど、もう知られてしまったからには俺が無茶してたらオウ禍武斗と一緒に飛んできそうだな。

 

「ねえ、先輩。今度は私にも守らせて下さい。先輩の事を」

「……翠月」

「そのために私は覚悟したんです。先輩や、皆の辛い事、私にも分かち合わせて?」

「……テメェ……」

 

 ぽふん、と彼女の頭に手を乗せた。

 ……紫月。テメェは本当に良い姉ちゃんを持ったぜ。

 こいつは自分が傷つくのを分かってて、今だって怪我だらけなのに、こんな事を言ってるのか。

 

「やっぱ、紫月の姉ちゃんだな……心が強ぇわ」

「そうですか?」

「ああ。まあ、テメェなら任せても良いんじゃねえかって思うぜ」

「ふふっ、大好きな先輩に認められて、翠月は嬉しいです」

 

 こいつはまた恥ずかしげもなく……。

 

「……あのなあ、さっきから思ってたが大好きとか軽々しく言うんじゃねえよ」

「むっ……」

 

 彼女の顔が不服そうに歪む。

 

「……いい加減気付いて下さいよ、馬鹿」

「え?」

「先輩が隠し事全部話してくれたから、私も言おうと思ってましたけど……言っても分かってくれなさそうですし」

 

 翠月はいきなり──顔を近づける。

 俺の顔が、熱くなった。

 今朝、紫月と入れ替わっていた所為で一緒に寝ていた時を思い出す。

 

「おい馬鹿ッ」

 

 頬に柔らかい感触が押し当てられる。

 しばらく、それは続いて、惜しむように彼女は顔を離した。

 

 

 

「お慕いしてます。先輩」

 

 

 

 そう、彼女の唇は紡いだ。

 俺の頭の理解力が臨界点を超えた。

 

「馬鹿野郎、テメェ、いきなり……」

「……あ、あれ? やっぱり恥ずかしいな……」

 

 オイこら。

 

「テメェやってみたかっただけだろ!」

「失礼な! 私だって、無暗やたらにやったりしません!」

 

 初めてだ、とは言わない辺り妹には普通にしてそうだなコイツ。

 俺は勿論──初めてだ。頬が熱くなる。本当、浮かれやがって。何やってんだテメェは。

 

「むしろ、此処までやってまだ分からないんですか」

「……いや、流石に分かった。すまん。だけど、俺みてえな絵しか取り柄の無い奴好きになっても後悔するぞ」

「先輩は自分の事、絵しか取り柄が無いって言ってるけど、違うよ」

「だけど俺は──」

「確かに先輩は、絵を描いてる時とっても真剣で、カッコ良い。いつも、前向きで真っ直ぐな瞳で、吸い込まれそうで。でも、それだけじゃない。ぶっきらぼうだけど、誰よりも情に厚い人。素直じゃないけど、優しい人。何だかんだ言っても断れない人」

「……」

 

 最後の所はちょっと白銀に影響されたかもしれねえ。気を付けよう。

 

「それだけじゃない。綺麗な物、変わった物を見た時の桑原先輩が、まるで子供みたいに目をキラキラさせてるところが好き。ちょっと捻くれてるけど、とっても熱いハートを持ってる所が好き。ふざけたら、ノリよく突っ込んでくれるところが好き。親しい人が悪く言われてたら、黙っていられない所が好き。ちょっと抜けてるところとかも」

 

 彼女は少し、俯いた。

 

「先輩が自分の悪い事100回言うなら、私101回言えるように頑張ります」

「……」

 

 俺は呆れて物も言えなかった。

 見事にゲイルと同じことを宣ってやがる。

 

「それに、本当は卒業を期に先輩と接点が無くなったらどうしよう、って思ってたんですけど」

「……?」

 

 確かにそうだ。俺達は元々美術部の先輩後輩と言う関係に過ぎなかった。

 だから俺が卒業したら、積極的に会いにでも行かない限り接点は薄くなる。

 はずだった。

 

「でもエリアフォースカードがあるし、これで私達、戦う仲間同士ですよね!」

「……あ」

「デュエマ部の皆さんが戦ってるってことは、あの4人でチームってことでしょ? ということは、私達も美術部組ってことでコンビを組めば良いんですよ!」

「俺、もう引退してるし──」

「でも美大行くじゃないですか」

「ぐっ……確かに卒業しても、ワイルドカードの事件が終わらねえ限り出来るだけ関わろうとは思ってたが……」

 

 こいつ、完全に外堀を埋めて来やがった。

 

「……やっぱ、迷惑、ですか?」

「……別に、迷惑じゃねえけど」

「やたー!! じゃあOKってことですね!! 先輩!!」

 

 はしゃぐ翠月。本当にコイツ、こういう喜んでる時は子供っぽいんだなあ。

 

「あ、桑原先輩見つけた!! 翠月さんも!!」

「大丈夫デスか!?」

「みづ姉! 良かった……元気そうで」

「無事打倒出来たようだな」

 

 騒がしい声が聞こえた。

 見ると、白銀達の姿が見える。

 どうやら、クリーチャーと戦っていたらしく、その姿に疲れが見えた。

 

 

 

「──おう、何とか無事だ」

「ええ、2人ともね!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──というわけで。

 全ての事情を俺は白銀に説明。

 当然、隠者(ハーミット)のエリアフォースカードの件はかなり驚いていた。

 どうやら、今の今まで姿を眩ませていたらしい。それも正気を保ったままで。

 これも神秘を司り、邪悪を跳ねのける隠者のアルカナがもたらす力だという。

 それで、当然俺達が経験してきた今までの事も全部かいつまんで翠月に話すことになったのだが──

 

「しーづー? お姉ちゃんに黙って危ない事してたんでしょー?」

「待ってください、これには深い訳が──そう、みづ姉を守る為だったんです、仕方が無かったんです」

「それとこれとは話が別!! お姉ちゃんに黙って危ない事したらダメだって言ったでしょ!」

「みづ姉、お説教は勘弁してください!!」

『ちったぁ勘弁してやれ、主よ』

「オウ禍武斗。これが姉の役目ですから!」

 

 暗野姉妹がそんな追っかけっ子をする中、人工地盤の広場で俺達は今後の事について話し合っていた。

 

「てことは、桑原先輩と翠月さんで自然文明コンビが出来たわけデスね!」

「ああ。ある意味では進歩だろうな」

 

 エリアフォースカードが着々と適合者を見つけている事について、火廣金は何処か安心を覚えているらしかった。

 正しい奴の下に行くこと。それがエリアフォースカードを安定化させる最大の方法だからな。

 だは、俺は本音を吐露した。

 

「出来れば……翠月には関わってほしくはなかったけどよ」

「桑原先輩……」

「……先輩心って奴よ。心配性がどっかのシスコンから移っちまった」

「大丈夫デス。ミヅキが、自分で決意したのデスから」

「……ああ」

 

 だからこそだ。

 あいつに何かあったら、俺が守ってやらないといけねえ。

 ……つまるところ、美術コンビとやらは是が非でも結成しないといけないということだ。

 俺にだって先輩として責任があるんだから。

 

「先輩方! これから、よろしくお願いしますね!」

 

 げんなりする妹の横で笑顔で挨拶する翠月。

 ああ、これは後で紫月にも文句言われそうだな。仕方ねえけど。

 白銀が景気よく「ああ、こっちもよろしく頼む」と言ってる。 

 まあ、デュエマ部も居るしそこまで気を揉む事もねえか。

 俺は無邪気な後輩の顔をもう1度見やる。

 彼女との新しい関係に、不安と何処か一抹の期待を抱えて。

 

 

 ※※※

 

 

 

「──先輩。この間はお疲れ様でした」

「あ、ああ。そっちこそな」

 

 後日。紫月がわざわざ屋上で絵を描いてる俺の所までやってきた。

 

「……そっちも大変だったみてえだな」

「ええ。どの道デートはオジャンでしょう。みづ姉は懲りずにデート第2弾を計画しているようですが」

「まあ翠月の所為じゃねえしなあ」

「……デートを否定しないんですね」

「……」

 

 あんなこと言われたら、嫌でも意識せずには居られなくなる。

 俺、本当に単純だなあ……。

 

「にしても身体が入れ替わる、って本当に変な感じでしたね」

「あ、ああ……」

「私なんか、先輩を演じるのが精一杯でした」

 

 俺も俺で女の身体が大分大変なのがよく分かった。

 しばらくセクハラネタは控えるとしよう。

 

「そういえば、みづ姉がなんか嬉しそうにしてたんですけど、2人っきりの間に何かしていたのですか」

「な、何もねえよ」

「そうですか」

 

 何だ。随分とあっさり引き下がるじゃねえか。

 彼女は踵を返す。まあ、さっさと帰ってくれるなら何よりだ。

 

 

 

「まあ、何であれ──みづ姉を泣かせたその日にはどうなるか、分かっていますね?」

 

 

 

 ……あー、これ感づいているな。

 まあ、結果がどうあれ、今の俺に出来ることは暴走しがちな翠月を助ける事。

 色恋沙汰はさておきコンビを組むことを承諾してしまったのだから仕方がない。面倒を見るしかないだろう。

 

「……わぁーってる」

 

 俺は生返事を返して、再びキャンバスに向かう。

 

「……あ」

 

 そういえば──お慕いしてます、って好きだって意味だったか。

 あいつらしい奥ゆかしい言い方だ。

 ……告白の返事、結局出来てねえなあ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おお、デ・スザーク様。あの者達の力を更に取り込んでいるとは」

 

 

 

 手を広げる影の者。

 翼を広げる強大なる無月の魔鳳。

 その炎は徐々に姿を変えていく。

 憎悪、絶望、嫉妬、全ての負の感情を取り込んでいき、死の鳳は更に強大になって行く。

 核となるのは、もう1枚のエリアフォースカード。

 鳳は死んでいなかった。

 

「その牙竜の如き獰猛さ──最早その力、朱雀の身に余る程」

 

 ハインリヒ・ダーマルクの笑い声が響き渡った。

 無月の魔鳳は、更なる進化を遂げようとしている。

 

 

 

「もうじき、太陽は漆黒の闇に覆いつくされるのだ──!!」

 




 エリアフォースカードはだんだん揃っている。
 俺達が今持っている皇帝、正義、魔術師、戦車、力、死神、そして翠月の手にした隠者の7枚。
 そして、アルカナ研究会で保管されているという愚者、運命の輪、女教皇、審判、星──そして今回の事件の引き金になった女帝と刑死者の7枚。
 それに加えて、ノゾムが持っていた白紙のカード。
 これで合計15枚。まだ見ぬエリアフォースカードは残り7枚だ。
 だけど──その中の1枚が、俺達にとって最悪の事態を引き起こすなんて思わなかったんだ。
 そう、遠くない未来に。
※リメイクに伴い、翠月のエリアフォースカードのアルカナが塔から隠者に変更されています
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