学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】   作:タク@DMP

125 / 316
Ace31話:卍死の獄PARTⅠ

 師弟──それは、私にとって越えられない壁とそれを我武者羅に登る登山家のような関係でした。

 何もかもが完璧過ぎて気に食わない所もありましたが、あの日、あの時、私は確かに絶対的な”強さ”に惹かれたのです。

 いえ、あれは強さという言葉で形容するには余りにも乱暴でした。

 彼の纏う氷山のように誰も寄せ付けないオーラ。

 そして、徹底的に相手を破壊し尽くしながらも、粗暴さを感じられず、むしろ花を散らせるかのような華麗な戦術。

 その全てが、私の中のデュエルを決定付けたのは確かと言えるでしょう。

 私はそれを真似をしようとは思わず──どうにかして打ち負かしてやろうとばかり考えていたのです。

 ですが、後から聞いた彼の肩書や前歴。それは、私の想像を上回る程苛烈で過酷なものであったことは語るまでもないでしょう。

 温室育ちの私にはない、凍える程に冷たい冷徹な強さは、それが裏付けていました。

 逆に言えば、彼が戦う理由はそこにしかなかったのです。

 薔薇の棘の如く今も彼を苛む過去だけが彼を縛り付けていたのです。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 「──これでお終いだ。《グスタフ・アルブサール》と《阿修羅サソリムカデ》による、阿修羅無間地獄。これで貴様の山札を全て削り取る」

 

 

 

 死の宣告と共に、獣の断末魔が今宵も街に響く。

 火廣金から聞いてはいたが、以前に比べると明らかにその勢力は増されていた。

 発生源は、どうもこの街からではなく、もっと遠くから侵食してきているという。

 あの日。

 サッヴァークの水晶から生まれたクリーチャーを殲滅した際、自分は確かにエリアフォースカードに選ばれたのだろう。

 しかし、あのカードの禍々しさ、引き込まれるような闇は他のそれとは明らかに違っていた。

 言うなれば、それは悪魔の取引。

 

「差し押さえ済み、ということか。僕は」

『そう言いつつも余り怖がってないような顔ですねェ、我が主』

「構うものか」

 

 黒鳥は不思議と恐怖を抱かなかった。

 

 

 

「──命を賭す覚悟は、とうの昔に出来ている。さもなくば僕は──何の為に強くなったのか分からないじゃないか」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「もうすぐバレンタインデー、デース!!」

 

 

 

 辻斬り事件を終えたばかりの部室で、またブラン先輩が騒がしくなっていました。

 2月もそろそろ10日を過ぎようというある日の事です。土曜日なのに学校に来てるのは、部活だからですね。

 部室は冷え込み、科学部からブラン先輩が貰って来た電気ストーブのおかげで何とか活動出来てはいますが、火廣金先輩が接着剤のシンナーを換気する為に度々換気するので結局寒いのでした。

 出来れば暖房を持ってきてほしかったところですが。

 ところが今日はそんな火廣金先輩も、そして白銀先輩も此処には居ませんでした。

 どうやら演劇部から助っ人を頼まれてしまったようですね。どうやら定期公演の美術担当と雑用をやらされているようです。 

 更に桑原先輩も参加しているんだとか何とか。

 

「シヅク……バレンタインは1年に1度の女の子の祭典デスよ?」

「まあ、バレンタインは私も好きですよ。みづ姉にチョコをたっぷり貰えるので」

「そうじゃなくてぇー!!」

 

 ブラン先輩が机を叩きました。

 

「というかミヅキはシヅクに甘すぎデース! そんなにいっぱい貰えるなら、私にも分けてくだサイ!」

「今更でしょう。私はあくまでも食べる専ですよ」

『マスターはだから太るんだよなあ』

「干しますよフカヒレ」

「うぐぐ……」

 

 私が余りにもバレンタインに興味が無いと見たのか、先輩は強引に私の肩を揺すって言います。

 

「チョコレート作らないんデスか!?」

「何でそんなに作りたいのですか」

「楽しそうだからデス! 手作りチョコに気合入れるのってバレンタインくらいなものらしいデスし!」

「らしい……? やったことないんですか」

「ハイ!!」

 

 うわあ即答。

 成程、今までやったことが無い事を後輩と一緒にやろうとしていたのですか、この人。

 

「ある意味で先輩らしい理由ですね。てっきり、特別あげたい人が居るのかと」

 

 彼女は顔色も変えずに言いました。

 

「そういうのは特に無いデスけどね」

『色より食い気だからな、探偵は』

「サッヴァーク、ちょっと黙るデス。というか、渡したい相手が居るのって、むしろシヅクの方じゃないデスか?」

「何がですか」

「チョコをあげたい特別な相手、デスよ!」

「そんなのは──」

「アカル、とかにあげなくて良いんデスか?」

「……っ!」

 

 ぼっ、と顔が熱くなっていくのを感じました。

 違う。違う違う違う!

 これは、そういうのではなくて!

 

「な、何を言ってるんですか。そもそもブラン先輩は他人の恋愛事情に深入りしすぎです」

「探偵デスからネー。でも、恋愛って言った事はぁ、やっぱ好きなんデショ?」

「あ、貴女って人は!」

「良いんデスか? アカル、あんな性格だから結構狙ってる人多いかもしれないデスよ?」

「っ……な、何の事でしょう」

「カリンとか」

「!」

 

 別に今、刀堂先輩の事は関係ないじゃないですか。

 いや白銀先輩の事も関係ないですけど。

 いや、ともかく……付き合ってられません!

 

「……知らない」

「え?」

「もう、ブラン先輩の事なんて知りません!」

「ええー?」

 

 やれやれ、やってられません。今からモンハンのG級クエストでもやりま──

 

「からかったのは悪かったデスよぉ。でも、人を好きになるなんて、恥ずかしい事でもなんでもないデスし」

「……うっさいです」

「うう……シヅクが怒ったデース……」

 

 だんだんブラン先輩の声が上ずって、泣きそうになってきました。

 3DSを取り出した私に、ブラン先輩が上目遣いで言います。

 

「シヅク……」

「……」

「私、この部に来てシヅクやアカル、ヒイロに色々お世話になったデス……だから、日頃の感謝の気持ちを伝えたいと思ったのデスよ……」

「……」

「私、楽しみにしてたのに……」

「……」

 

 ごめんなさいみづ姉。

 貴女と言い、この人と言い、私は親しい目上の人物が上目遣いして懇願するのに弱いようです。

 

「ダメ、デスか……?」

 

 本当貴女の所為ですよ、みづ姉。

 

「……仕方ないですね。やりましょう」

「やったー! シヅク、大好きデース! I love you!」

「調子の良い人ですね本当に……」

 

 この変わりようですよ。

 もう貴女が演劇部に行けば良かったのではないでしょうか?

 

「取り合えず、部員全員のチョコを作れるように頑張るデスよ!」

「はぁ……分かりました。出来ればクラスのみんなの分も作れればいいですね」

 

 小さいサイズなら、幾らでも作れるでしょうし。

 

「じゃあ、早速チョコレートの作り方から調べまショウ!」

「そこからですか。作ると言っても板チョコを溶かして成型するだけでしょう。まさかカカオから作るとか言うんじゃないですよね」

「え?」

「……やるつもりだったんじゃないですよね?」

 

 今の「え?」は天然だったのかギャグだったのか。

 それは敢えて問わないでおきましょう。

 

「まあ成型するだけにしたって、結構大変らしいデスしー」

「そんなもんですか……まあ、良いでしょう。どうせ先輩達、出払ってて居ませんし……手伝いますよ」

「わーい、ありがとデース!」

「そ、それと……くれぐれも先輩達にはご内密に……」

「……」

 

 しばらくの沈黙。

 そして、にんまり、とブラン先輩の口が弓なりに曲がっていきます。

 

「えへへへー、シヅクも隅に置けないデスねぇ」

「な、何を勘違いしてるんですか。単に恥ずかしいだけです。いつも食べてばかりの私がいきなり料理なんか始めたら、笑われるに決まってるじゃないですか。そもそも誘ったのはブラン先──」

「はいはーい、分かったデスから、早く始めるデスよ!」

「聞いてるんですか!」

 

 ……先が思いやられます。

 にしてもバレンタインのチョコ、ですか。

 渡す相手は結構多くなりそうで、身内に絞ってもみづ姉は勿論、火廣金先輩に桑原先輩……そして、白銀先輩……。

 ぎ、義理ですよ。義理に決まってるじゃないですか!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……け、結構バリエーションがあるものなんですね……手作りチョコレートって」

「お、興味が出てきたデスか?」

「まあ……そうですね」

 

 ノートパソコンに出て来る手作りチョコレートの種類の多さに、私は感嘆が隠せませんでした。

 

「……ですが、料理は専門外です。みづ姉は出来ますけど」

「そうなのデスか!?」

「はい。料理なんて彫刻に比べれば簡単よ、だなんて石膏掘りながら言ってました」

「……器用さが凄まじいデス。女子力高くないデスか!? 私も、そしてシヅクも猶更見習わないとデス!!」

「何で私を巻き込むのですか……」

 

 女子力とかそういうものは、みづ姉に任せる事にしているのです。

 私にはそういうものは似合いませんし……。

 

「そもそもカードゲームなんてやってる時点で女子力なんて地に落ちてるでしょ、私達」

「うっ……」

 

 ブラン先輩が胸を抑え、倒れる真似をしました。

 この間2人で見た刑事ドラマのやつですね、判事が射殺されるシーン。確かタイトルは”撃たれるのは日常さ、判事は”だったような。

 まあ、女子力なんてものはこの2人とは無縁ということで。

 ……でも、よくよく考えてみたらいつも髪とかボサボサで無造作の私に比べれば、ブラン先輩は艶々にセットしてきてますし、服装にも気を遣ってるし、色んな女子向けの雑誌も持ってるし……私に比べたらよっぽど女子力ありますよねブラン先輩。一部自分でかなぐり捨ててるだけで。

 そんなことを思っていた矢先でした。

 

 

 

「あ、しづ、先輩、居るかしら?」

 

 

 

 戸が開く音。

 思わず私はブラウザタブを全て閉じてしまいます。

 ブラン先輩が怪訝な顔で私を覗き込んできますが、勘弁してください。

 先輩たちが帰ってきたのかと思ったのです。

 

「あ、ミヅキ! どうしたのデスか?」

「もうすぐ3時でしょう? おやつの差し入れを持ってきたんです」

 

 時計の針を彼女は指さした。

 納得したように掌を打ちながらブラン先輩は喜んで飛びつきます。

 

「オヤツデスか! ミヅキ、サンキューデス!」

「みづ姉ありがとうございます。でも、こんなにどうしたんですか?」

「実は……」

 

 みづ姉は頬に手を当てます。

 そして恥ずかしそうに言いました。

 

「バレンタインチョコの練習……してたんです。それで、ちょっと作りすぎちゃって」

『渡したい殿方が居るのだと。乙女にしては何といじらしい事か、天晴れ』

「オウ禍武斗っ! もう、茶化さないでよ……」

「おお、それがミヅキの守護獣デスか」

 

 飛び出したのは小さなカブトムシのようなクリーチャー。

 今こそ魔力消費を抑えるために小さくなってるとはいえ、貫禄が凄まじいです。

 興味深そうにシャークウガが飛び出してきます。

 

『アレがガイアハザードかァ? ちっこい身体にやべー力が秘められてやがる。フルパワーを目の当たりにしてみたいもんだぜ』

『鮫の若造。相撲の稽古でもつけてやろうか?』

『あっ……結構です、まだ俺死にたくねぇんで』

「チキンですか鮫の癖に」

 

 とはいえ、あのシャークウガがビビる程とは。

 やはり並大抵の力は持っていないようですね。

 

「オウ禍武斗が来てから、色々手伝ってくれて……助かるわ。ありがとね」

『うぬが忙しいのは十分承知している。主の為に尽くすのが守護獣の務め』

「ちょっと、そういうことは私に頼めば……」

「ダメよ、しづ。しづにはしづの生活があるんだから、私なんかの為に時間使ってる暇は無いでしょ?」

 

 どうやらオウ禍武斗はみづ姉の身の回りの手伝いまでやっているようです。

 確かに重い美術用具とかが最近きっちり整理されていたのはこういう事なのでしょう。

 まさに忠臣、と言ったところでしょうか。

 

「ところでミヅキ……チョコレートをそろそろ」

「急かさないで下さいブラン先輩、みっともないです」

「まあまあ……これです、これっ」

 

 言うと彼女は、持ってきたであろう箱を取り出して蓋を開けました。

 そこには、緑色の粉が塗された丸いチョコレートの姿が。

 

「和風トリュフチョコ! 抹茶パウダーを塗したの!」

「おお、凄いデス!」

『この緑色。記憶に刻まれた自然文明を思い出す』

『そんなもんかのう』

「あ、クリーチャーの皆さんにもありますからっ!」

 

 飛びついたのはシャークウガでした。

 

『マジかよ、サンキューだぜ翠月の姉ちゃん!!』

『甘いものには、あまり詳しくはないが……どれ、たまには1つ』

 

 くあぁ、と欠伸をしながらサッヴァークが言います。

 それを茶化すように鮫が突っ込みました。

 

『爺さんは縁側で煎餅ばっか食ってそうだな』

『鮫よ。何故分かった。ヌシ、ひょっとしてエスパーか?』

『……』

 

 どうやら珍しくそれはアタリみたいでしたが、ワンダータートルの頃のイメージが先行して私も同じ事考えていました。

 

「まあまあサッヴァーク、たまの甘いものデスし楽しむデスよ! あ、美味しいデスコレ! 柔らかいしクリーミーだし」

『おお、すまんのう。む、うまい』

『いやあ、にしてもマスターたちがスイーツ好きで助かったぜぇ、こうしてたまにありつけるからよ』

『うぬよ……鮫が甘味を欲するのは何かがおかしいと気付かんか?』

『るっせぇ別に良いだろーが』

 

 うん、よくよく考えたら何かがおかしいですが今更考えるのはやめましょう。

 相手はクリーチャーですし。

 

「えへへぇ、気に入ってもらってよかったです。でも、本番はもっと愛情と全力を込めたものにしないと……今より、もっとです!」

「愛情、ですか」

「そうよ、しづ! 愛情は料理のスパイス! それも最の高に素晴らしいものだわ!」

『左様。料理にも心を込める事が出来る』

「分かってるわねえ、オウ禍武斗! 貴方はやっぱり最高に芸術だわ!」

 

 いずれにせよ、渡す相手が大体想像できるからか、気合の入りようも理解が出来ます。

 ……愛情は料理のスパイス、ですか。なかなか面白い言葉です。

 ところでみづ姉。だんだん人の褒め方が桑原先輩に寄ってきてませんか。芸術がゲシュタルト崩壊しそうな勢いです。

 

「よーし、私達も負けてられないデスね! シヅク!」

『そうだぜマスター! もっとうめぇチョコを作らねえとな!!』

「えっ? しづとブラン先輩もチョコを?」

『その通りだ。探偵がマスターを誘ったのだ』

「……」

 

 あっさりとバラしましたね、ブラン先輩……。

 みづ姉には余り知られたくなかったのですが……いや、でもどうせ家のキッチンを使ったら時間の問題でしたか。

 

「……白銀先輩達には内緒ですよ、みづ姉」

「もう、しづったら! 言ってくれたらチョコの作り方くらいお姉ちゃんが教えてあげたのに」

 

 私だってみづ姉に頼る事も考えました。いや、少し前の私なら躊躇なくみづ姉に頼っていたでしょう。

 ですが……。

 

「ごめんなさい。でも折角ですし、今回は出来るだけ、みづ姉に頼らずにやりたいのです。誘ってくれたのはブラン先輩ですし……何よりみづ姉に一度頼ると頼りっきりになってしまいそうで」

「しづ……」

 

 少し不安そうな表情。

 しかし、次の瞬間にはパッ、といつもの朗らかな顔に戻っていました。

 

「大丈夫よ。しづがそう言うなら、きっと出来るわ」

「初心者は初心者同士で悪戦苦闘しながらやるってことデス。まあ、何かあったらまた教えて欲しいデスけどね」

「ええ、勿論! ばっちり頼ってくださいね! お姉ちゃん頑張っちゃうんだから!」

 

 腕まくりをして張り切るみづ姉。

 凄い……私達一応同い年なのに……。

 

「それでそれでっ、しづは誰に渡すの?」

「とりあえず部の皆さんの分は作っておきたいです」

「あら。師匠の分は?」

「……あ」

 

 素で師匠の事を忘れてました。

 まあ、あの人にも色々とお世話になっていますし……1個増えるくらいは誤差でしょうね誤差。

 

「でも、あの人チョコレートで喜ぶでしょうか」

「さあ……少なくとも目に見えて喜びはしないでしょうね。顔が分かりづらいし」

「分かりづらい……確かにブッチョーヅラってやつデスからネ」

「ええ。昔からああなのよ、あの人は」

「昔から、デスか……」

 

 ブラン先輩が腕を組みました。

 

「……アレ? と言うか、そもそも2人はどうやって黒鳥サンと知り合ったデスか?」

「え? 言ってませんでしたっけ」

「聞いてないデスよ! そもそも、Darkな雰囲気の黒鳥サンとうら若いGirlsの接点が思い浮かばないデス!」

「いや、間違ってはないですけどねぇ……まあ、そもそも師匠と知り合ったのは私がきっかけですし」

 

 目を丸くするブラン先輩。

 全てを知っている私も、今思い返すと不思議な出会いだったと思います。

 いえ、あれは偶然ではなく必然だったのでしょう。

 

「話は長くなるので、座って続けましょう」

 

 そう言うと、私はみづ姉と先輩をソファに座らせました。

 今更隠す事も無いので、全部洗いざらい話してしまいますか。

 

「それじゃ、お願いしマス!」

「わくわくドキドキ……しづが語るの楽しみだわ!」

 

 貴女は当事者でしょ、みづ姉。

 ……まあ良いです。始めましょう。

 

「元々、師匠は鎧龍から転校した後、鶺鴒の近くの高校に通っていました」

「そうだったんデスか!?」

「じゃないと会う機会なんてありませんからねえ」

 

 今思えば、クリーチャーを追っていたのでしょうが、単身で此処に住んでいました。今は親戚を頼ってそこに住んでいますが、昔は1人暮らしだったのです。

 

「ええ。そして、丁度私が中学生の頃、学校でデュエマが流行りました。丁度その時、みづ姉も友達に誘われてやっていたのです」

「デュエマを、デスか?」

「はい。私もみづ姉に誘われるがままにデュエマを始めました。対戦する相手はみづ姉しか居なかったんですけど」

「まあ、シヅクはダウナーデスからねぇ」

「それでもある日、みづ姉の誘いでカードショップの大会に行く事になったんです。でも、その時どうやら初心者をカモにしてシャークトレードを働く悪質な輩が居たらしく」

「シャークウガ?」

『俺じゃねえよ!』

 

 でも残念ながら今回シャークウガは関係がありません。

 何時の時代にも悪い奴は居るものなのです。

 シャークトレード、つまりはレートの釣り合っていない交換を無知に漬け込んで持ち掛ける事です。

 

「実はその時の私達も、シャークトレードを持ちかけられたんです。狙いは直前に偶然当てたSRのカード……確か《ダイハード・リュウセイ》だったような気がします」

「あー……確かに欲しがる人、いるかもしれないデスね」

 

 私は頷きました。

 

 

 

「──ですが、その時に偶然現れたのが──」

 

 

 

 そう言いかけた時、扉がガラガラと開きました。

 何ですか。これからが大事な所というのに。

 思わず振り向きます。全員の視線がそこに注がれました。そこにいたのは、刀堂先輩でした。

 確か今は、部活中だったはずですが……。

 

「どうしたんデスか? カリン」

「花梨……って、あの刀堂先輩!? あの剣道最強勝利と伝説のレジェンドと言われるあの!?」

「みづ姉。間違ってないですが盛り過ぎです」

「カリンー、部室に来るなんて珍しいデスね! どうしたんデスか?」

「……」

 

 刀堂先輩は一言も言葉を発しませんでした。

 一体全体どうしたというのでしょうか。

 そう思っていると、彼女はブラン先輩の前に立ちます。

 言い知れない雰囲気を纏った彼女に、ブラン先輩は思わず息を呑みました。

 

「どうしたんデスか、カリン? ちょっと目が怖いデスよ?」

「……そこな異国の別嬪の」

「……ハイ?」

 

 言うなり刀堂先輩は、くいっ、とブラン先輩の顎を手で持ち上げました。

 

「綺麗な瞳だ。まるで翡翠のような……そして髪はまるで西洋人形のように透き通っている」

「ど、どうしたんデスか? カリン?」

「あ、あわわ……何かすっごいの見ちゃってるわ、私……!」

「いえ、みづ姉。あれは……」

 

 みづ姉が動揺しているのも構わず、刀堂先輩はすんでのところで鼻がぶつかる距離で囁きました。

 

「か、顔が近いデス、カリン……竹刀で頭打っておかしくなっちゃったデスか?」

「気に入った。拙者とこの後、でーとしないか?」

「ふぇ?」

「拙者と付き合えと言っている」

「ふぇ、ふぇええええ!?」

「オウ禍武斗!!」

 

 鶴の一声。

 みづ姉の指示通り、オウ禍武斗は飛んでいき──刀堂先輩の背中に手を突っ込みました。

 それは、彼女の身体を貫通するように見えましたが、どうやら彼女の体内に入り込んだ”何か”を探しているようでした。

 しばらくまさぐるように腕を動かすと間もなく何も無かったかのように、引っこ抜きます。刀堂先輩が猫のような鳴き声を上げました。

 

「ふにゃっ!」

「あ、なんか取れてる」

 

 巨大な掌には何かがとっ掴まれていました。

 見ると、全身を青い装甲で包んだチビドラゴンでした。

 ドラゴンは見るからに不機嫌な様子で怒鳴り散らします。

 

『オアアアーッ折角良い所だったのに、何をするのだ貴様等ァ!!』

「やっぱクリーチャーでしたか」

「うわあ、しづの言う通りだったわ……」

『力技が通用するバカで助かった。これにて一件落着』

「じゃないです、とりあえず何やってるんですか──バルガ・ド・ライバー」

 

 そう、このチビドラゴンの正体は刀堂先輩の切札、《無双龍幻 バルガ・ド・ライバー》なのです。

 それが何故、プライドとか色々投げ捨ててこんな真似をしているのかみっちり問い質す必要がありそうですね。

 

「……あ、あれ? あたしはいったい何を!? 此処は誰!? あたしは何処!?」

「先輩取り乱し過ぎです、そしてここはデュエマ部です」

「取り合えずもとに戻った……のかしら」

「……って、バルガ・ド・ライバー!! よくもやってくれたなぁ!! あたしの身体乗っ取って好き勝手したの分かってんだかんね!!」

 

 やっぱりそうですか。

 さて、動機を聞くとしましょうか。

 と思った矢先、いけしゃあしゃあとバルガ・ド・ライバーは言ってのけました。

 

『主君よ……何故理解しない。主君程の益荒男ぶりがあれば、例え女子(おなご)でも落とす事が出来るというのに。主君はモテる、俺は堂々とナンパが出来る。これぞぎぶ・あんど・ていく、OK?』

「な訳あるかァ!! てか、誰が益荒男よ、あたしは女だっての!!」

『俺は龍幻郷最強の龍王だぞ? 富も、女も、自由自在に出来る権利が──』

「あるわけないよね! あたしはあんたのマスターで、あんたはあたしの守護獣なんだからさぁ!」

『そんなものは忘れた!!』

「じゃあ思い出せェーッ!!」

 

 刀堂先輩が取り出したのは、自衛用の特殊警棒。

 チビドラゴンの尻尾を掴むと宙に放り──フルスイング。凄まじい音が響き渡りました。

 そのまま自称・龍幻郷最強の龍王は「あ~れ~」と古典的な断末魔と共に掃除ロッカーに頭から突っ込んだのでした。

 飛び出した足がぴくぴくと痙攣していましたが、しばらくしてカードの姿に戻ってしまいました。

 

「ふぅーっ、スッキリしたぁ。元旦の朝に新しい胴着を着て素振りしてる時と同じくらいスッキリしたよ」

「刀堂先輩……これは一体どうしたのですか。アレは先輩のクリーチャーではなかったのですか」

 

 例のアレを親指で指すと、彼女は癖っ毛を掻きました。

 

「見ての通り、あたしの不始末だよ。ごめん……あいつ薄々感づいてはいたけど、すっごい女好きで……」

「女好き、ですか? クリーチャーが?」

 

 みづ姉が不思議そうに言います。

 私も、何故クリーチャーの嗜好に人間のようなものがあるのか考えていた時がありますが、諸説はあれど今は1つの結論に辿り着いています。

 

「幾らクリーチャーと言えど、守護獣は元々魔導司が作ったものですから、人間の嗜好が反映されてることもあるのでしょうね」

『ああ、それは一理あるかもしれねえな! さっきの菓子然り』

 

 とは言ってもこの通り、当の本人たちにも理由は分からないようで未だに真相は不明です。

 

『しかしまあ、ふしだらな守護獣も居たもんじゃのう』

「あたしが陥落しないのを見るに、とうとうあたしの身体を乗っ取って学園の女子に声を掛けまくってたみたいなんだよねえ……その結果──」

 

 廊下から声が聞こえてきました。

 刀堂先輩は急いで部室の扉を閉めます。

 そして、窓から見えないように壁にへばりつきました。

 すると間もなく外から黄色い声が聞こえてきます。

 

「ちょっと! 刀堂先輩は何処行ったの!?」

「馬鹿!! 先に誘われたのはあたしよ!!」

「うるさい! 私が先なんだから! てか、さっきこっちに行ったと思ったんだけど──」

 

 これは酷い。

 あれは全部、今のように刀堂先輩が取り付いたバルガ・ド・ライバーが陥落させたという女子ですか。

 侍ぶってたくせに、口説き文句は一丁前だったようですね。

 

「……行ったか。はぁ……巴にたっぷり絞られるなあ、こんなんじゃ」

「成程、種族のハンターはそういう……」

「絶対違うと思いますみづ姉」

「これに懲りてやめてくれればいいんだけど……とんでもないクリーチャー引いちゃった気がする」

 

 完全に困り顔です。

 まあ、これについては追々考えていきますか。

 正直、制裁だけなら刀堂先輩だけで十分出来ますし。

 あ、そういえばブラン先輩の事を忘れていました。あの人大丈夫でしょうか。

 今まさに床にへたり込んでいますけど。そう思っていた矢先でした。

 

「ねぇ、カリン……」

「え?」

 

 いきなり、しおらしい声でブラン先輩が言いました。

 

「……もし、カリンが良いならデート付き合っても良いデスよ?」

「ちょ、ちょっとブラン!?」

「私じゃダメ、デスか?」

 

 ぐいっ、と腕を抱き寄せるブラン先輩。

 まさか先輩もさっきので陥落してしまったのでしょうか。

 いや、この茶番劇の一部始終は見届けていたはずです。

 じゃあ、まさか本当に当てられてしまったのでしょうか。

 

「カリン……」

 

 何処か色っぽい声で彼女は刀堂先輩に迫りました。

 でも何かこういうのドラマで見た事ありますね。

 まさかこの人……。

 

「だ、ダメ、っていうかダメじゃないっていうか、でもあたし達はあくまでも友達同士──」

 

 顔を真っ赤にしてパニック気味になる刀堂先輩。

 どうすれば良いのか分からない、と困惑するみづ姉。

 大体タネが分かったけど、割と面白いので行く末を見てる私。

 とうとう頭が沸騰してしまった刀堂先輩が叫びます。

 

「だ、だめぇぇぇーっ!! あたしやっぱこういう展開は恥ずかしくて無理ィーッ!!」

「……ぷはははははーっ!! 引っ掛かったデース! カリンも割と可愛い反応するんデスねー!!」

「……え?」

 

 次の瞬間、そこには既に元通りのブラン先輩の姿がありました。

 探偵スキルの一環か、演技も上手な彼女ですが……こんな悪戯に悪用するとは。

 当然、純情を弄ばれた刀堂先輩が怒るのも無理はありません。

 

「ブ、ブラン……からかったなぁーっ!?」

「まあ、大丈夫デスよカリン! カリンも、ちゃんと女の子っぽいところあるじゃないデスか!」

「あっ、もしかしてそれを教えてくれるために……って騙されないよ! 皆揃ってあたしの事を馬鹿にしてぇ!」

「まあまあ、お詫びに後で美味しいラーメンの店を──」

「ラーメン飽きた、あたし今日はうどんが良い。勿論ブランの奢りで」

「……ハイ、スイマセンデシタ」

 

 これはもう自業自得ですね、ブラン先輩。

 でも、それで済むってことは、やはりそれだけ2人が仲が良いってことなのでしょう。

 こうして一部始終を見届けたみづ姉は最後にこぼすように言いました。

 

「……デュエマ部って、いつもこんな感じなの?」

「これに白銀先輩と火廣金先輩が加わるともっと面白いですよ」

「あらあら……随分と楽しい所なのねえ……」

 

 げんなりした様子のみづ姉ですが、振り回す側に回るともっと面白いですよ。

 主に白銀先輩のやつれっぷりが。

 

「それよりもみづ姉。戻らなくて良いんですか? 部活」

「あっ、そうだった。じゃあ、そろそろ戻るわね。それと、しづ。風邪には気を付けてよ?」

「え? 何故いきなり?」

「高熱の風邪で入院してしまった部員が居るのよ……」

「うちもだよ。1人休んでる。聞いた話によると入院したんだとか何とか」

「……」

 

 流行り病、なのでしょうか。

 私は妙に嫌なものを感じていました。

 そして、それはブラン先輩も同じだったらしく。

 

「妙デス。1つの部活につき数こそ少ないデスけど、入院するくらい重い風邪が同時多発的に起こってるなんて」

「というのは?」

「この間から学校に来てない生徒を調べたんデスけど……この学校で、入院していると思われる生徒は今」

 

 カタカタパソコンを打つと、ブラン先輩は言いました。

 

「合計で6人デス」

「6人? 少ないのかな? 多いのかな?」

「いや、入院するくらい重い風邪でも普通は此処まで同時には発生しないよ。しかも、インフルじゃなくて風邪なんでしょ?」

「ハイ。耀達が手伝いに行った演劇部も──美術担当が入院してしまったんだとか。これ、そろそろ学校側も対策を出す頃だよ」

「……これ、あたし達が疑い深くなってるだけ? 冬ならこんなもんなのかな?」

「いいえ、インフルエンザでもワクチンさえ打っていれば入院するほど重篤にはならないはずです。警戒するに越した事はありません」

 

 私は寒空を仰ぎました。

 

「……クリーチャーが関わってなければ良いのですが」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ひゃあ、流石っすね、桑原先輩。カキワリをこんなに早く塗れちまうなんて」

「ペンキの扱いも慣れてんだ。つかテメェら雑に扱い過ぎだ!! ハケの先がバッキバキだったぜ!!」

「は、はは、今度しっかり言い聞かせておきます」

「ったく、引退したテメェらの先輩は何と言うだろうねぇ……」

 

 クレームを入れる桑原先輩の怒号を背中で受けながら、俺は演劇部の雑用を手伝っていた。

 と言っても、それは部員が休んでいるが故に人手不足になっているカキワリや小道具作りで、かなり重要な部分。

 俺は「どうせ暇だろうから」という腑に落ちない理由で招集され、火廣金は「器用だから」、そして桑原先輩も演劇部の前部長と知り合いだからという理由で呼ばれたのだった。

 

「おい見ろよ火廣金の作った小道具の完成度高いぞ!!」

「凄い! 本物そっくりだわ、このリンゴもバナナも!」

「幾ら褒めても何も出ないぞレディ」

「あっ……しかも火廣金君、地味にカッコ良くない? 日本人離れした顔の整い方してるし……ちょっともう1回今のトーンでレディって──」

 

 女子の演劇部員がそう言いかけた途端、演劇部の部長が飛んできた。

 そして桑原先輩も一緒だ。

 それも鬼のような顔であった。

 

「おいいい!! 病室の背景のフルーツバスケットはカキワリで済ませるっつっただろーが!! 何で余計なもんまで増やしてんだおめぇは!!」

「テメェ!! 何、折角描いたもんをわざわざ作るんだ、俺の絵が霞むだろうがァ!!」

 

 桑原先輩よ、突っ込むポイントはそうじゃないと思うぞ。

 この火廣金という男、どうやら絵で描いたものと同じものをわざわざ小道具にして作ってしまったらしい。

 場面転換の時に手間が掛かるのは目に見えていた。

 

「リアリティが足りない、この火廣金緋色の辞書には妥協と言う言葉は存在しない」

「妥協、か……チッ、痛い所を突いて来たな」

「痛い所なの!? ねえ桑原先輩、そんな事言ってる場合!?」

「仕方ねえ、前言撤回だ。タンスも増やすか。コロコロが足に付いた奴で」

「オァァァァーッ!! こいつら呼ぶんじゃ無かったァ!!」

 

 あんたら職人過ぎるだろ。

 向こうの労力も考えてやれよ……。

 

「場面転換の時に片付けるのが大変なんだろーが!! 余計なもんばっか作りやがって頼んだ所は全部……出来てんじゃねーか悔しいなオイ!! 演劇部来いよ、もう!!」

「事前に言われていた所は家で作ってきた。大方だがな」

「お前本当器用だなぁ!!」

「2人のおかげで今日の作業の所、大分終わったねえ」

 

 とまあ、このように紆余曲折あったものの、良くも悪くもやたらと拘りの強い職人気質の2人のおかげで俺の出番はと言えば本当に雑用に留まっていた。

 最も、人が少ないから雑用と言ってもかなり量があるんだけどな。片付けに準備、セットの移動。全部が大変だ。

 美術担当が休んでしまうと滞るくらい、演劇部も部員が少なくなっているらしい。同好会状態の俺達に比べたら断然マシではあるが。

 

「じゃあそろそろお前らも帰って良いぜ。もう夜の7時だからな」

 

 夜の7時、と言われて気が付いた。

 外は既に真っ暗だった。

 俺達助っ人組は急かされるようにして演劇部の部室を追い出される。

 向こうも気を遣っているようで、片付けは自分たちでやるようだ。乗りかかった船なのだから、それくらいやるんだけどなあ。

 スマホを開く。先に帰るという紫月とブランからのラインが入っていた。万が一何かあってはいけない、と部室に2人を残していたが、明日もこの様では活動自体を辞めにすることも考えた。

 だけど、一応デュエマ部は俺達の事件捜査の拠点になりつつある。火廣金曰く、アルカナ研究会で調査を進めている件があるから明日も学校に来ねばならないだろう。

 3人で冷たい夜空を仰ぎながら、帰路につく。

 

「最近、入院してるやつが増えてるらしい。今日の演劇部だけじゃなくて、学校でも入院患者が増えている」

「ひえぇ、気を付けねえと。マスクマスク」

「聞いた所、風邪をこじらせて入院、というのが殆どらしいな」

「風邪もワイルドカードの所為だったりして」

「実は今、この件についてアルカナ研究会が調べている」

「!」

「まったく同じ症状の入院患者だ。しかし、挙動がおかしいらしい。如何なる治療を施してもなかなか快復しないらしいのだ」

 

 そんなことが起こっていたのか。

 しかもインフルエンザとかじゃないらしいし、新手の病気かあるいは──

 

「上が何故調査に乗り出したか。それは被害を次々に拡大させていくワイルドカードが増えているからだ。それだけではない。前回のように眠っていたクロスギアが覚醒したことも無関係とはいえない」

「何かが起こってるのか?」

 

 桑原先輩が腕を組んだ。

 俺も同感だ。ワイルドカードは元々厄介だったけど、此処最近のものは輪を掛けて悪質だ。

 人同士の魂を入れ替えたり、人の姿に化けたりといった類、何よりデ・スザークのような超巨大なものだ。

 

「起こっているに違いない、だろうな。ワイルドカードは普通のカードが何らかの原因で魔力を吸い、カードの情報を媒体に実体化するという不明瞭な怪現象。だが、此処最近出現したものは魔力の補給源があることによって更に勢力を増しているようだ」

「補給源? 何処なんだ」

「これは最近出た結論なのだが……以前、地球を覆っていたサッヴァークの水晶だろう、ということだ」

「!」

 

 おいおい、それってロードの事件で地球上を覆いつくしたあの水晶の事か。

 だけどあれはとっくに破壊したはずだ。俺がロードを倒したあの時に。

 それが何で今になって問題になるのだろう。

 

「オイオイ、魔導司サマよ。あの水晶は消えちまったんだぞ!?」

『いや、有り得ないことは無いと思うでありますよ。実は気になっていたでありますが、あの時消えた水晶が何処へ行ったのか、ずっと考えていたであります』

「粒子自体の解析が事後処理で遅れていたから、完全に結論が出たのは先日の事だ。済まない」

「粒子?」

「ああ。部長がロードを倒したあの時、同時にサッヴァークもその体を維持できなくなり、水晶を含めた全てが空気中に分散したのではないか……という仮説だ」

「分散って……まさか、飛び散ったってことか!? 空気中に!?」

 

 桑原先輩が素っ頓狂な声を上げる。

 

「そうだ。粒子はマナとなって空気中を漂っており、ワイルドカード、及び休眠中のクロスギアといった負の遺産(レガシー)を再び目覚めさせているということだ」

「とんだ置き土産だな。それで最近のワイルドカードは、やたらと強かったのか」

「なんてこった……倒しても被害を出すなんて」

「部長の所為ではない。それだけは言っておくぞ。あの時は一刻でも早くサッヴァークを止める事が先決だったからな。あれを止めなければ、世界は終わっていた」

「ああ……」

 

 だけど、どうも釈然としない。

 唯元凶を倒せばそれで良いというわけではないのが、クリーチャー事件の難しい所だ。

 結局、ロードを倒しても事態は良くなるどころか、悪くなる一方なのだから。

 

「それもあって、『不和侯爵』にも協力を要請した」

「アンドラス、って黒鳥さんの事か?」

「ああ。と言っても、自衛を促すついでに彼の居る地域に発生しているワイルドカード駆除の依頼だがな。魔導司も数が少ない。だから、何処も彼処もというわけにはいかないのだ」

「そうなると、結果的に何時か言ってた暴走のリスク云々よりよォ、俺達がエリアフォースカードを持ってた方が良かったんじゃねぇか魔導司サマよォ」

 

 にたにた笑う桑原先輩。

 あんたがそれは言えないとは思うが、同じことを火廣金も思っていたのか啖呵を切った。

 

「真っ先に手玉に取られていたが、どの口で言うのやら」

「んだとォ!? 俺ァ一応先輩だぞ敬えや!!」

「貴方の何処に敬う要素があるんだ」

 

 睨み合う両者。

 友好色使い同士、頼むから仲良くしてくれと言いたい所だ。

 

「結局ファウスト様がカードを回収するための口実に過ぎなかったのは確かだ。だが、暴走のリスクを忘れたわけではないだろう」

「まあ、そうなるよなあ。身近に体験者がいると説得力が強いぜ」

「白銀までェ!?」

「現に、『不和侯爵』の持つ死神(デス)のエリアフォースカードは奇妙な挙動を度々見せている」

「え? そうなのか」

 

 いやな予感しかしないぞ。

 確かアレは、トリス・メギスが黒鳥さんに直接渡したんじゃなかったっけか。

 

「それ自体が闇のアルカナの集大成と言っても良い一品だ。どういった仕組みの魔法が組み込まれているかは、今現在進行形でトリスが解析中。エアロマギアで収集したコピーデータを調べているらしい」

「ブラックボックスってことか……」

 

 桑原先輩が腕を摩った。

 

「で、黒鳥さんはそれ以降大丈夫なのか?」

「何度か検査を受けてはいる。今の所、カード、本人、ともに正常だが……さっきも言った通り、死神(デス)自体がブラックボックスそのものだ。安易に扱えないというのが現状でな」

「……そうか」

「この力は制御しきれば文字通り俺達にとって最高の戦力に成り得る。だが、制御しきれなければ──」

 

 火廣金は立ち止まった。

 

 

 

「──文字通り、死神は俺達の最悪の敵になるだろうな」

 

 

 

 背中に寒気が奔った。

 それはつまり、黒鳥さんが俺達の敵に回るということでもある。

 あの人とは何度か対戦したが、はっきり言って相手にしたくはない部類のプレイヤーだ。

 というのは、あの美しささえ感じさせる徹底的な破壊戦法へ対策が取りづらいからである。

 特に命を懸けたデュエマであの人とは二度と戦いたくはない。

 それほどまでに、純粋に、強い。経験、構築、運。全てに於いて文句が無いのだ。

 

「……そうならねえようにするのが、お前らの仕事なんだよな?」

「その通り。尽力させてもらう。最も……結果は保証できないが」

「保障出来ねえだァ!? 人の命に関わるんだぞ!!」

 

 桑原先輩が怒鳴った。

 魔導司への不信感を、彼は捨てていたわけではない。

 

「……その言葉は甘んじて受け入れよう。だが、無責任に”出来る”と言い切る事は出来ない。出来ない事を出来ると押し通した結果が、俺達の最大の過ちだ。成功の保証が無い事は、成功するものとして処理するのではなく、あくまでも保証の無いものと受け止めて処理していかねばならない」

「っ……」

「とは言っても、所詮は予防線を張っているのに過ぎないわけだが……これが今の俺達に出来る全力だ。出し惜しみはしていない。君達の誰1人欠ける事を、少なくとも今此処に居る俺は望まない」

 

 何かを決意したような眼差しだった。

 それと、負い目。

 俺には、火廣金が何処か悲壮な覚悟を何処かで決めている事を悟っていたのかもしれない。

 

「いや、俺も……悪かった。テメェらが出来ない事を俺らが出来るってわけじゃねえ。テメェらだって精一杯やってるのに……すまん」

「人が作ったものは、人が制御出来なければならない。しかし、エリアフォースカードの力は存在するだけで魔導司達の運命を狂わせ続ける。俺達は魔法を制御するつもりが、魔法があることを当たり前とし、翻弄され続けている。人間の科学が物神化しているのを、こんな状況で誰が嗤える?」

「火廣金……」

「俺は自分の生い立ち、そして自分で勝ち取った立場に対して優越感さえ抱いていた。他の魔法使いは勿論、人間に対しても、だ」

 

 俺は、初めて火廣金が目の前に現れた時の事を思い出した。

 そういえば、人間そのものを見下していた気がする。

 

「だが、それは違った。俺は最初に、人間の成長する力に負かされた。そして──同族の情けに胡坐をかき、大きな過ちを犯した魔導司というものにすら、一度失望しかけた」

「火廣金……」

「自分が作ったものは、自分の手で制御しなければならない。それが俺達の責務だ。しかし、俺達は魔法に、あまつさえ幾ら偉大と言えど同族の作ったクリーチャーの掌で踊らされていたんだよ。こんな滑稽な事があるか?」

 

 火廣金は妙に饒舌だった。

 それだけ彼の肩には重責が負わされていたのだろう。

 

「だから、俺が止める。そう決めていた。魔導司の事は……魔導司で解決するべきだ、と。だが……結局今も、君達の力を借り続けている。そうでなければ、俺1人ではどうにもならないと悟っていたからな。……すまない、部長。桑原甲。俺は……」

 

 部長として俺が言える事は1つだ。

 

「そんなに抱え込むなよ、火廣金」

「部長。しかし……」

「って、俺が言えた口じゃねえんだけどさ。部員が抱えてるものを一緒に抱えるのは、部長なら当たり前だろ? 魔導司だけでどうにかならないものは、俺達人間が一緒にどうにかすれば良い。俺達は、そうしてきたじゃないか」

「だが、それでは……」

「お前が負い目を感じる事なんか、何にも無い。これは、お前らだけの事じゃない。俺達の事でもあるんだ。エリアフォースカードのこと、ワイルドカードのこと、そして黒鳥さんがヤバくなったら、俺も一緒に止める。俺に出来る事があるなら何でも言ってくれ」

「……チッ」

 

 桑原先輩が舌打ちすると腕を組む。

 

「しゃーねぇなぁ。デュエマ部部長サマがそこまで言うんだ。俺も協力しねえわけにはいかねえよなあ」

「桑原甲……」

「忘れんなよ。テメェは俺の後輩だぜ。一応な。先輩は、後輩がやべー時に代わりにケツ拭く為に居るようなもんだからよ」

「……真っ先に暴走してたあんたが言うのか? 誰があんたのケツを拭いてやったと思っている? 単細胞先輩」

「テメェ!! 今すぐ其処に居直れ、この野郎!!」

「まあまあまあ、喧嘩は2人とも止そう! な!?」

 

 まあ、何だ。

 取り合えず、この二人が仲良くなるのは当分先になりそうだ。

 だけど、街灯に照らされた火廣金の表情は心なしか少し穏やかだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……バレンタインチョコ、かあ」

 

 小鳥遊玲奈の日曜の朝は、前の晩に読みっぱなしだった雑誌のページを捲る所から始まった。

 元々ファッションだとかアクセサリーだとか女子が好みそうな特集をピックアップした雑誌だったが、彼女の興味は専らあるページに注がれていた。

 ”女の子必見! 恋が叶うバレンタインチョコ特集”と見出しにはあり、手作りチョコの作り方は勿論、果てには告白のコツだとか半ば眉唾物の恋愛テクニックまで書かれていた。

 とはいえ、思春期真っ盛りの玲奈と言えど、特段クラスに好きな男子が居るとかそういうわけではなく、むしろ家族、そして普段口うるさい従兄兼居候への義理チョコであった。

 ──お母さんとお父さんに贈るのは勿論だけど……ハブったら可哀そうだし、あの美学馬鹿もたまには労ってやろうかなあ。どうせあんな性格だから誰にも貰えないだろうし。

 意地悪な理由をわざとでっち上げて自分を誤魔化し、彼女はチョコレートの作り方を調べる。

 しかし調べた所で、家のキッチンで作るとあの美学馬鹿に見られるのが恥ずかしい。そう考えた彼女は、知り合いの家で作ることを考えて、事前に予定を入れていた。

 と言っても今日作るものは、まだ練習も練習である。玲奈も手作りチョコを作るのは初めてだった。

 

「午前中に材料買って、午後はオウカとユヅキも呼んで……ミタマの家で集合、だよね」

 

 予定表を確認しながら、生真面目な彼女は立ち上がると髪をセットして着替えようと振り返ったのだが──

 

 

 

「何だ貴様、まさか徹夜で雑誌を読んでたのか?」

「……きゃああああああああああ!?」

 

 

 

 びっくりして彼女は悲鳴を上げてしまう。そして慌てて雑誌を閉じた。

 白昼堂々、従妹の1人部屋に朝から入って来たのは、涼しい顔をした黒鳥レンであった。

 

 

 幸い、まだ寝間着に手を掛ける寸前であったが、そうでなければ今頃彼の顔に雑誌を投げつけていただろう。

 

「何やってんの!? ノックくらいするのがマナーなんだから!!」

「したのだがな。おまけに鍵まで開いていると来た。何事と思ったぞ」

「っ……」

 

 彼はあくまでも心配していたのだろう。

 多少デリカシーに欠ける所はあるにしても。

 そして鍵を掛け忘れたのは迂闊だった、と玲奈は後悔した。昨日、雑誌を読みふけっていた所為だ。

 

「わ、悪かったわ。でも、今日は友達の家に行くんだからっ。そろそろ支度するからね」

「そうか。気を付けて行ってこい」

 

 冷淡ささえ感じさせる返答。

 興味無さげなのが癪に障る。

 元より、感情の起伏が少ない男だ。それ以上を求めるのは酷で、しかも自分勝手であることは玲奈は分かっていた。

 しかし、”子ども”扱いされるのは勿論、適当にあしらわれるのも嫌いな彼女にとって気持ちのいいものではなかったのである。

 何時か絶対に認めさせてやる。その思いで、デュエマも鍛えているし日々「大人のレディ」を目指している。

 最も、上手くいっているかというとそうではないのだが。

 

「それと、いい加減出てってよね!!」

「ああ、すまん」

 

 押しのけるようにして従兄を部屋からほっぽり出す。

 あの仏頂面を見ているとどうも落ち着かない。

 

「……ほんっとムカつくんだから!」

 

 理不尽な怒りをぶつけながら、彼女は椅子にどかっと座り込むのだった。

 そして──乱暴に閉じた雑誌のページをもう1度開く。

 バレンタインチョコレートのページだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『バレンタインのチョコって何なんですかァ?』

 

 朝食を済ませると、阿修羅ムカデが興味深そうに聞いて来た。

 こんな事、蟲には関係ないだろうと黒鳥は鬱陶しいと感じつつ答える。

 

「日本の奇妙な風習だ。親愛な人に黒い菓子、チョコレートを送る」

『親愛だのなんだの下らないですねェ』

「貴様には解せんだろうな」

 

 クリーチャーに、まして闇文明のこの男には分かるはずもない。

 そう思っていたのだが──

 

『ヒャハハハ、まさか。私、ページをちゃんと読みましたよォ。つまるところ、人間の雌が雄に求愛する為の行動。または、チョコを代価に番となることを要求する。これでしょう?』

「……貴様。思ったよりも核心を突いて来たな」

 

 強ち間違ってはいない。少なくとも日本ではそういう側面もある。生々しい言い方で純情等ロマン等あったものではなかったが。

 しかしそうなると、玲奈はチョコレートを渡したい相手が居るということになる。

 阿修羅ムカデの言葉で言い表すなら、求愛するに足りる男が居るということだ。

 

「……ハッ」

 

 それを彼は鼻で笑った。

 あのお子様が? 玲奈だぞ?

 有り得ん。しかし彼女ももう14歳。中学2年生で思春期真っ盛り。

 例えレストランでお子様ランチを注文していたとしても、だ。

 黒鳥は考える事をやめた。今彼女について気を揉んでも詮無きことだ。

 

「馬鹿らしい。それよりも、ワイルドカードの事が先決だろうに」

『はいはい、昨日現れたのは凶鬼09号ギャリベータでしたかァ』

 

 それよりも、最近増えているワイルドカードのことだ。

 自分の部屋に戻ると、黒鳥は電話を手に取った。昨夜の戦果をライングループで耀達に報告するのだ。

 アルカナ研究会の事件後、黒鳥はグループラインという形で自分の周囲で起こったワイルドカードの事件の事後報告を心がけていた。

 2つの遠く離れた町同士での情報共有だ。

 こちらには黒鳥しか居ないものの、それでもワイルドカードの事件の発生件数は少ないようだった。火廣金に聞くとこちらでは鶺鴒に比べるとワイルドカード事件の発生件数は明らかに少ないという。

 エリアフォースカードが鶺鴒に集中しているからか、と問うとそういうわけでもないらしい。どうやら、昔からクリーチャーが好き好んで発生する場所は地下水脈と温泉の在処の如く決まっているのだという。

 しかし。此処最近に限ってはそうではなかった。

 

「サッヴァークの水晶の影響で、ワイルドカードが大量発生している……か」

 

 この間から耀達が出くわした事件で出てきたワイルドカードはいずれも強敵揃いだったという。

 

「やはり、ただのワイルドカードで此処まで苦戦するのはおかしい。おまけに過去の遺産のクロスギアまで覚醒する等……明らかに、大気中のマナの濃度が上昇している」

『どうするんです?』

「しばらくはこの状況が続くだろう。得るものも何も無い戦いだが、失うよりは余程マシだ」

 

 黒鳥は頭をベッドに投げ出した。

 

『ところでマスター。玲奈さんについてはどうするつもりなんですかねェ?』

「どうするもこうするも……人の恋愛に首を突っ込むのは野暮だ。ただし、それが悪い男だった時点でそいつの運命は決まっている」

『介入する気満々じゃないですかねェ!! ギャーハッハッハッハッハ!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……えーと、これで全部かな」

 

 何処か軽い足取りで彼女は百貨店を出ようとしていた。

 チョコレートだけではなく、アラザン──銀色で粒状の製菓材料──やココアパウダー、その他諸々。

 必要そうなものを全て集めた玲奈は早速友人宅へ急いでいた。

 向こうで集まって一緒に昼食をとる約束をしているのだ。

 そう思っていた矢先、着信が入る。見ると、いつもの仲間の1人だった。

 

「はいはい、小鳥遊ですけど」

『レナか? 早く来てくれよ。あたしはもう腹減ったぜ』

 

 急かすようなハスキー声が飛び出してきた。

 苛立ちを隠せないまま彼女は言葉を返す。

 

「……開口一口がそれって流石脳筋オウカね」

『るっせー、わりーかよ。それよか、材料は全部買ったか?』

「今終わったんだからっ。まさか、私が買い物の途中で道に迷って泣きべそかくだなんて本気で思ってたんじゃないよね?」

『思ってた』

「失礼なんだからぁ!!」

『まあまあ……それよか、今年になっていきなりチョコ作る練習しようとかやたらと気合が入ってんだなあ、レナ』

「……」

 

 玲奈は口を噤んだ。

 動機を素直に言ったらからかわれるに決まってる。

 単純で、子供っぽいものだった。

 結局の所、また1つ出来るようになったことを増やして、あの仏頂面を少しでも驚かせてやろうと思ったのだ。

 

 

 

『あ、黒鳥さんに本命渡すからとか? 絶対そうだろ? なあ?』

 

 

 

 だから、こういった指摘は返って玲奈の怒りに油を注ぐようなものだった。

 

「絶っっっ対に違うんだから、このバカオウカ! あいつは水たまりの泥でも啜ってるのがお似合いなんだから! ええ!?」

『お、おう……何時に無く辛辣だな』

「オウカが悪いんでしょ! とにかくすぐ行くんだから。切るねっ」

『あ、ちょ、おま──』

 

 言い終わらない間に彼女はそのまま通話を打ち切った。

 ぷんすかぷんすか、と子供っぽく怒っているのは誰の目に見ても明らかだった。

 ──他の誰かが居れば、の話であるが。

 

「……あれ?」

 

 通話している間は止まっていたはず。

 歩きながら話してしまっていたのだろうか。

 気が付けば、玲奈は普段通らない道に足を踏み入れていた事に気付いた。

 人通りが少なく、目に付かない。

 コンクリートの壁が左右にそびえ、昼なのに暗い裏通りのような場所だ。

 

「こんなところ普段通らないんだけど……」

 

 辺りを見回す。

 さっさと出てしまおう。

 地図を確認して、出口を探す。

 しかし──さっきまで通話出来たはずのスマホの電波は何時の間にか圏外に。

 いよいよ玲奈は困った。どこから入って来たのかも、もう分からなくなっていた。

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

 

 刹那。

 首筋が何かに貫かれた。

 脊髄反射で触る。 

 穿かれたわけでもなければ、血が出ているわけでもないようだった。

 しかし、一瞬感じたのは刃物で突き刺されたような鋭い痛み。

 それは麻酔を打たれたかのようにすぐ薄まった。

 

「……あれ?」

 

 くらり、と眩暈がする。

 そういえば頭が妙に熱い。

 熱中症? 幾ら昼間と言えど、今は2月の頭である。

 着込んでいても肌寒かった程なのに、有り得ない。

 だんだん、歩く気力も無くなってくる。

 ぐるぐるぐるぐる。

 何度も同じところを行ったり来たり。

 しかし一向に出口は見つからない。

 ぐるぐるぐるぐる。

 ぐるぐるぐるぐる。

 ぐるぐるぐるぐる──

 

「あ、うっ」

 

 呻いた。 

 壁に手を突く。

 喉から何かが絞りでそうだった。

 頭が痛くて割れそうだ。

 

「な、に、これっ」

 

 口からぼとぼとっ、と涎が垂れる。

 そのまま彼女は地面に崩れ落ちた。

 

「おおえええっ」

 

 口を抑えた。

 胃の中のものが吐き出される。

 気持ちが悪い。

 気持ちが悪い。

 頭が痛い。

 苦しい。

 

「おええっ……い、いだいっいだいっ……!!」

 

 目の前の光がちかちかと瞬いた。

 一瞬だけ──背後が暗くなった。

 笑みを浮かべる影。

 そして、自らの首筋にくっきりと浮かぶ牙痕。 

 それに玲奈は最後まで気付かなかった。

 悪意と犯行の形跡は徐々に薄れ、姿無き悪魔と共に消えた。

 誰にも気づかれる事は無く。

 当の本人でさえも。

 自らを刺した凶器を捉える事は無い──

 

「ギャーハッハッハハハハハハハハ」

 

 嗤い声が響き渡った。

 

「苦しめ! 苦しめ! もがけ! それが我が主の糧になる!」

「あ、あぁ……だ、誰……!?」

「苦しめ苦しめ! 助けてくれる奴は誰も居ない! お前は孤独の中、あがき、もがき、生に縋りそして──死ぬんだよ!!」

 

 身体が焼けるように熱い。

 痛い。苦しい。

 いっそ、死んで楽になりたいほどだ。

 

 

 

「玲奈!! 玲奈!!」

 

 

 

 その声で、玲奈は正気に返った。 

 しかし、未だに頭は激しく痛み、吐き気が襲う。

 霞む視界に、見慣れた黒髪と仏頂面が浮かび上がる。

 いや、今ばかりは仏頂面では無かった。

 必死そうな形相で自らに呼び掛けているようだった。

 

「ええい、騒ぐんじゃない!! 僕はこの子の……」

 

 彼は寄って来た野次馬を大声で怒鳴って追い返す。

 何時もの余裕は、最早そこには無い。

 

「とにかく救急車は呼んである、もう大丈夫だ。正気を保て、嘔吐物で喉を詰まらせないように気を付けろよ」

「あ、うっ……」

 

 たす、かった。

 玲奈は薄れゆく意識の中で、彼の名を呼んだ。

 

 

 

「れ……ん」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 救急車への同伴は遅れてやってきた玲奈の母に任せ、レンは病院へ向かうそれを見送った。

 まだやらねばならない事がある。

 

「今回の件……貴様のサーチが珍しく仕事をしたことに感謝せねばなるまい」

『いえいえー。妙に今回は胸騒ぎがしましたが故ですねェ。お宅の小娘が死のうが死ぬまいがこっちには関係が無いですからァ』

 

 そう言ってくれた方が、黒鳥にとっては負い目を感じずに済んだ。

 お世辞にも魔力探知に決して優れているとは言えない阿修羅ムカデが珍しくクリーチャーの気配を感知した。

 それは彼の技能が上昇したと考えるよりも、より厄介な脅威が現れたと考えた方が合点が行く。

 

「症状は嘔吐、高熱、か。阿修羅ムカデ、あれは──」

『間違いなく、何者かの仕業ですねェ。クリーチャー、でしょうよォ。だんだんその痕跡が消えていってましたけどねェ』

「……っ!!」

 

 彼はコンクリートの壁に拳を叩きつける。

 

『まあ、恐らく……闇のクリーチャー、それも同族によるものでしょうよォ』

「白銀達が以前、ドルスザクと交戦したと言っていた。あの類だろうか?」

『いいえェ? それは違うかと。あの異類異形の召喚獣共ならば私が気付きはしませんでしたよォ』

「つまり、正真正銘同族だと」

『”ただの”マフィ・ギャングでしょうよォ。最も、これだけ人間を傷つけられるのは、余程強い魔力を持った個体かと思われますがねェ』

 

 故にレンは握り拳を解きはしなかった。

 駆け付けた時には、玲奈は人通りの多い歩道で倒れており、既に何人か駆け寄っていた。

 応急処置をその場で行い、後は救急車が来るのを待つのみだったのは良いが、朝あれだけ元気だった彼女が急病に倒れたのはやはり疑問が残る。

 

 

 

「殺す」

 

 

 

 その三文字の言葉は、黒鳥にとって報復以上の意味を持つ。

 これで何度目だろうか。身近な人物がクリーチャーの毒牙に掛かるのは。

 思い出せば思い出すだけ腹が立つ。

 無力な自分に。肝心な時に大事な人の傍にいられなかった自分に。

 

「殺すぞ、阿修羅ムカデ」

『?』

「敵を殺す。何時もと変わらない。同じだ」

『おお怖い怖い……』

「分かっているな? 何時もと同じだ」

 

 念を押すように黒鳥は言った。

 阿修羅ムカデはしばらくの沈黙の後、揶揄すように返した。

 

 

 

『本当に何時も通りで良いんですかねェ……?』

 

 

 

 何も言わずに阿修羅ムカデは彼の身体を包み込む。

 そして、人目を離れて建物の影に消えた。

 黒鳥曰く影法師。マフィ・ギャングの影の者ならば誰もが身に着けている技能。

 事態は一刻を争う。

 遠くへ逃げられる前に敵の居場所を掴まなければならない。

 そして仕留める。クリーチャーの毒牙に掛かった人間を救うには、元凶を殺すしかないのだ。

 だが、理由はそれだけではない。

 この殺意は──もう何度目か分からない、自らの周囲の者に手を掛けられた怒りだった。

 

「辿り着いた、か」

『ええ。この辺りに居ると思うのですがねェ……?』

 

 黒鳥と阿修羅ムカデは影から飛び出すと周囲を見回す。 

 そこは鬱蒼とした公園。遊具には落書きがされており、誰も遊んではいないのにブランコが揺れている。

 唯でさえ冷えている2月だが、此処だけ特に冷え込んでいるようだった。

 

『魔力を辿ったから分かりますよォ!! 出て来るんですねェ!!』

「居るのは分かっている。さっさと出て来るんだな」

 

 言った矢先だった。

 黒い影が足元を走った。

 そして黒鳥の背後を突くようにして飛び出す──が、すんでのところで阿修羅ムカデが喰らいつき、地面へ叩き伏せた。

 揉みあう2つの影。

 武器を取り出し、両者共に獲物で互いの首筋を狙う。

 黒鳥は吃驚した。

 そこにあったのは──全く姿かたちが同じクリーチャーだったのだ。

 

「成程、同族とはそういうことか……!!」

 

 絡み合い、斬り合う2匹のムカデ。

 片や自らの僕、片やワイルドカード。

 成り立ちこそ違うが、両方共全く同じクリーチャーであった。

 だが、再び黒鳥は地面に転がった。

 飛び掛かって来た影がもう1つ。その咬撃をすんでのところで躱した。

 

「ゲージゲジゲジゲジィーッ!! のこのこと出てきやがったなァ、人間共がァ!!」

「折角お前も噛み殺せると思ったのに勘の良い奴ゲジ!!」

 

 もう1匹。

 白衣を纏い、武器を構えたムカデがそこに蜷局を巻いていた。

 即ち、敵は2体。

 それも、両方共”阿修羅ムカデ”なのである。

 

『やれやれ……こういうことになるとは、面倒になりましたねェ!!』

「普段魔力探知がロクに出来ない貴様が道理で掴めた訳だ。知っているどころか、全く同じクリーチャーじゃないか」

『別個体と言ってほしいですねェ……でも奴ら、私と同じ”阿修羅ムカデ”というだけあって相当格が高いですよォ。闇医者の中でも進化の可能性を持つだけあって、ですねェ』

 

 間合いを放し、レンの元へ戻って来た守護獣は、早速難儀そうな表情を示す。

 だから、”ただのマフィ・ギャング”だったわけだ。ただし、その闇の純度は極めて高い。

 

「ゲジゲジゲジィーッ!! 人間!! 俺達に何の用だァ!」

「貴様等が咬んだ少女……あれは僕の従妹だ。元に戻して貰おうか」

「ギャハハハハハ、人間って面白いゲジねぇ!! 他人の為に俺達にわざわざ挑みに来たゲジか!! ご愁傷様ゲジ!!」

「何だと?」

「どっちにせよ、お前には此処で死んで貰うゲジ!! 噂のエリアフォースカード使いがこの辺りには居ないからぬくぬく活動出来ると思ったゲジが……此処にもいるとは予想外だったから始末するゲジ!!」

「させて堪るかよ」

 

 黒鳥は凄んだ。

 

「玲奈は……僕の従妹だ。彼女は、僕が守る。この命を捨ててでも、だ!!」

 

 死神のエリアフォースカードを取り出す。

 

「エリアフォースカードを行使する。引きずり込むぞ」

『ええ、殺し甲斐があるッ!!』

 

 言った黒鳥は死神(デス)のカードを取り出して構えた。

 しかし、空間が2体を取り込む前に、影になって対象は霧散してしまう。

 

「逃げられたか!?」

『いや、この近くに居るはずですよォ!!』

「っ……やはり弱らせねば駄目、か」

『マスター、許可を。解放しますよォ。反動に耐えて下さいねェ!!』

「……分かっている。見せてやれ、貴様の真の姿を!!」

 

 どす黒い旋風に包まれる守護獣。

 その身体はより鋭利に、より禍々しく膨れ上がる。

 蠍のような棘のついた尻尾を振り回し、暗い公園に災厄の獣が顕現した。

 

「根絶やせ、阿修羅サソリムカデ!!」

『ギャハハハハハ、御意、ですねェ!!』

 

 牙を剥き出しにし、舌なめずり。

 その腕に最早得物は必要ない。

 相手を絡めとり、必殺の毒針で腐食させるだけだ。

 阿修羅ムカデの時とは比べ物にならない速度で飛び掛かるサソリムカデ。

 そのまま、2体の頭蓋を串刺しの如く毒針で側頭部から諸共に貫いた。

 

『そのまま苦しむんですねェ!!』

 

 これで身動きは封じた。そのままエリアフォースカードを構えようとする黒鳥。

 しかし。2体の様子がおかしい。

 貫かれて苦しんでいるどころか、その表情は──悦んでいるようにさえ見える。

 

「ゲジゲジゲジィーッ、調子に乗ってる奴ァ」

「痛い目を見るのがお決まりってもんゲジねェ!!」

『ゲジゲジゲジ、ゲジゲジゲジィーッ!!』

 

 2体は腕に構えた注射針を──あろうことか、互いに突き刺した。

 そして、2体の背中から何かが現れる。

 割れた脊髄から──新たな身体が生れ落ちる。

 片や翼を生やし。

 片や数多の頭を伸ばす。

 

「なっ……こいつら……!!」

『まだ進化を……!!』

 

 片や空中を支配し、片や地平を支配する。

 阿修羅ムカデの新たなる進化。

 最早、それは蟲の枠組みさえも破壊するものであった。

 

「《牙修羅バット》に《蛇修羅コブラ》……!!」

「ゲジゲジゲジィーッ!! 俺達をそこらの闇医者と一緒にしてもらっちゃ困るぜ!!」

「流石に今のは俺達でもヤバかったゲジ!!」

「ゲジゲジゲジ、だけどこうなりゃもうこっちのモンだぜェ!!」

 

 牙修羅バットが阿修羅サソリムカデを組み伏せた。

 棘を刺そうとするサソリムカデだったが、それを蛇修羅コブラから現れた無数の蛇が押さえつけてしまう。

 2体掛かりでは、流石のサソリムカデも手も足も出ないようだった。 

 

「馬鹿なっ……!! こんな事が……!!」

『ぐっ、こいつらァァァ!!』

 

 一気に2体を振り払うサソリムカデ。

 しかし、それでも怯んだ様子は全く見られず──

 

「おい兄弟!! 行くゲジ!!」

「ゲジゲジゲジィーッ、やってやろうじゃねえかァ!!」

 

 蛇修羅コブラの瞳が光った。

 眼光を見てしまったサソリムカデと黒鳥の身体が硬直する。

 

「これはっ……」

『動けないィ!?』

 

 黒鳥の脳裏に、メドゥーサの神話が過った。

 石にされなかっただけまだましだが、四肢が痺れたように動かない。

 

「これでシメェだゲジィーッ!!」

 

 ガパァッ、と牙修羅バットの大顎が開いた。

 そこから鮮烈な光が放たれる。

 

 

 

「──真血染める闇牙(ブラッドレッド・アンガー)ァァァーッ!!」

 

 

 

 

 2人はその後、何故助かったのか分からなかった。

 ただただ、身を焦がすような熱と衝撃波が襲い掛かる。

 抵抗する権利など無い。

 黒鳥とサソリムカデは紙屑のように吹き飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ゲジゲジゲジィーッ、人間も大した事無かったなァ!!」

「やれやれ、呆れちまうゲジ。同族の恥晒しゲジ!!」

 

 嘲笑う2体のクリーチャー。

 ボロ雑巾のように転がされた黒鳥とサソリムカデは成す術も無く横たわっていた。

 恐ろしい強敵。しかも数の利では不利。

 相手は連携を取って来る上に、確かな殺意を持ってこちらを攻撃している。

 だが、その上でギリギリまで嬲ってから殺してやろうという残虐性も垣間見えた。

 黒鳥とサソリムカデは、活け造りにされたも同然だった。

まだ動けない。これでは回避行動を取る事さえも出来ない。

 

「貴様等……何が目的だ?」

「ゲジゲジゲジィーッ!! 冥土の土産に教えてやろうかァ!!」

「俺様達は、マスター・ドルスザク様の配下ゲジ!! 人間どもの苦しみがあのお方のパワーとなるゲジ!!」

 

 ドルスザク。

 その単語に黒鳥は覚えがあった。

 以前、翠月が撃破したというデ・スザークのワイルドカードの事だろう。 

 別個体か、はたまた生きていたのか。

 件のクリーチャーガ相当な数のワイルドカードを食らっていたという情報から聞くに、倒し切れていなかったという線の方が濃厚だろう。

 あんな怪物が2体も3体も居て堪るか、という話だ。

 しかし、問題はそのデ・スザークがかなりの数の配下を生み出していたらしいということ。

 トークンである大量の闇のクリーチャーは耀達が交戦して撃破。

 また、無月の門によって降臨したらしい他のドルスザクも桑原によって撃破されたらしいが……。

 

「そう、苦しみ!! 人間たちも苦悶、絶望がそのままマイナスエネルギーとなってマスター・ドルスザク様に注がれるゲジ!!」

「ゲジゲジゲジィーッ、俺達が人間に注いだ病魔は1週間の間、人間を苦しめに苦しめてから殺すぜェ!! 即死した方がマシだと思えるような生き地獄よ!!」

「テメェも同じ目に遇わせてやるゲジ!!」

『ゲジーッヒャッハッハッハッハ!!』

 

 死ぬ。

 その言葉を聞いて黒鳥は地面の土を握り締めた。

 玲奈がこのままでは死んでしまう。

 1週間の間、苦しめて苦しめ抜いてから命を奪うというのか。

 それには飽き足らず、自らの主にその命を捧げるというのか。

 

「そこのお前も、今なら見逃してやろうかゲジ。俺達は生まれは違えど同族ゲジ」

 

 にじり寄る牙修羅バットに、サソリムカデが嗤った。

 

『良い趣味してますねェ……!! でも、私は生憎誰かに媚び諂うのは嫌いでしてェ……!! 鯉の糞以下のテメェらの言いなりに、誰がなってやるかよ……!!』

「それならそこの人間と一緒に死ぬゲジねェ!! お前らやっぱ生かしてたらロクな事が無いゲジ!!」

「先にエリアフォースカードからマスター・ドルスザク様に献上するゲジよ!!」

 

 再び牙修羅バットの口が開いた。

 蛇修羅コブラの腕に紫電が迸る。

 今度こそ始末するつもりだ。

 

「死ね!! 死神に選ばれた人間!!」

「死ぬ……か」

 

 玲奈が、死ぬ。

 苦しんで苦しんで、そのまま死ぬ。

 黒鳥の脳裏に過った。

 

「ふざけるな……!!」

 

 拳を地面に叩いた。

 

「思い出すんだよ……虫唾が走る。貴様のように、悪趣味な儀式で人の命を弄ぶ奴を見ると、許せないんだ……! 一瞬で明るい未来を奪われた人間の事を思うと浮かばれない!」

 

 唇を噛み締めて、声を絞り出した。

 

 

 

 

 

「──死なせて堪るかよッ……僕の大事な人達を……これ以上、死なせて堪るものか……!!」

「いーや、死ね!! テメェも、テメェの守りたかった人も、皆殺しだァ!! テメェは何も守れず、絶望の中、誰も看取ってくれない孤独の中で死ぬんだよ!! その苦しみさえもドルスザク様の進化に使わせて貰おうか!!」

 

 

 

 視界が黒い光に包まれた。

 包まれるはずだった。

 おかしい。来ない。何も、だ。

 

「っ……? どういうことだ」

 

 見ると、2体は完全に攻撃を止めてしまっていた。

 その時。辺りに声が響き渡る。

 

 

 

 バット……コブラ……ゴ苦労ダッタ……戻レ

 

 

 

 否、人の声と認識するのに時間が掛かった。

 あまりにもそれは醜く、そして乱れたものだった。

 

「し、しかしゲジ──」

「ゲジゲジィーッ!! 馬鹿野郎! あのお方を待たせるな! 撤退だ撤退!」

「チッ、仕方ねえゲジ! 次は絶対に殺してやるゲジ! 首を洗って待ってろゲジ!」

 

 そう言って2人はそそくさとその場から逃げ出してしまったのだった。

 しばらくの間、沈黙が支配した。身体が動けるようになり──漸く黒鳥は口を開いた。

 

「連中め……! 逃げ出したか……!」

 

 毒づいたものの、黒鳥はそれが幸運であったことを知っていた。

 同時に命あっての物種であること、それ故に屈辱でもあったのだが。

 

『ぐっ……この私が歯が立たないなんて』

「……僕も信じられん気分だ。此処までの敗北は、何時ぶりだ?」

 

 ただのワイルドカードではない。明らかに今までのそれに比べて、格段に強い個体だった。

 しかも、バックには更に強大な存在が潜んでいるのだという。

 

「……ッ!」

 

 次の瞬間、弾かれるようにして死神(デス)のエリアフォースカードが飛び出した。

 上に書いてあるローマ数字の番号が光り輝く。

 そして、まるで羅針盤のように一方を指し示したのだった。

 

「これは……」

『どうやら、この方向の先にあの怪物が居るようですねェ。』

「まさか。何故死神(デス)が……」

『さあ。我々の受難を楽しんでいるんでしょうよォ』

 

 上等だった。

 今は、敵の居場所を探す術がない。

 一応、その方角を調べてみたところ、ある意味予想通りの結果が出た。

 

「──鶺鴒市──やはり、あの街に奴は潜んでいるのか」

 

 ゆらり、と彼は立ち上がった。

 

 

 

「……受け入れてみせよう。如何なる受難も。これ以上、誰も死なせるか」

 

 

 

 そのためには、やはりあの少年たちの協力が不可欠だ。

 黒鳥は立ち上がる。一刻も早く、玲奈の命を救わねばならないのだから。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「試しに材料を買いに来たのは良いですが……」

 

 練習用チョコレートを求めて普段あまり出向かないスーパーに私は足を運んでいました。

 運んだ結果、多くの女の子がチョコレート売り場に群がっている姿を目にしたのですが……。

 あまりああいう人混みには行きたくないものですね。

 

『なあマスター、あれどうする?』

「人の山ですね。気持ち悪くなりそうです」

 

 カードショップとかならともかく、スーパーマーケットというものはだだっ広くて落ち着きません。

 しかも普段行かないので気恥ずかしさというものが捨てきれないのです。

 とにかく帰りたくなってきました。しかし、ここで引き下がるのも癪。

 

「撤退です。コンビニを当たりましょう」

 

 そう言って、回れ右をしたその時でした。

 

「あれ? 紫月どうしたんだ?」

『奇遇でありますな、紫月殿ォ』

「!!」

 

 声がいきなり聞こえて振り返ると、なんとそこには白銀先輩、そしてチョートッQの姿が。

 私は心臓が止まるかと思いました。先輩がスーパーマーケットに居るだなんて。

 よ、良かった。幸い、まだ何にも買っていません。ですが、これはどう言い訳すれば良いのか。

 いえ、何もやましい事はしてないのです。ぼかしつつ本当の事を言えばいいじゃないですか。

 

「別に……お菓子を買いに来ただけです。先輩は?」

「今日の晩飯を買いに来たんだ」

「自炊してるんですか?」

「前に言わなかったっけか? うちは両親が共働きで、今家には帰ってきてないんだよ」

「ってことは毎日?」

「たまにな。そもそも簡単なモノしか作れねえし。ただ、花梨の母さんとかが料理持ってきてくれたりするときもあるんだけど」

『我も手伝ったり手伝わなかったりするでありますよ』

『いや、どっちだよ……』

 

 つまるところ、実質1人暮らしなんですね。

 道理で先輩がしっかりしているはずです。

 自分で身の回りの事は全部やらないといけないわけですから。

 

「大変、ですね……ご両親は何をされているのですか?」

 

 ふと疑問に思ったので、問いかけます。

 白銀先輩は少し困ったような顔で言いました。

 

「科学者」

「え?」

「だから科学者だよ。生物学者だ。ただ、何やってんのかあんまり俺も分かんなくってな」

「そう、ですか」

「俺、理系方面はさっぱりだからなあ。あの両親から、何で俺が生まれたんだ、とかよく言われたもんだ」

「まあ、家の事ほっぽりださないといけないくらい大事な研究なんだろうな。それが、社会の為に役に立つのなら、俺は母さんも父さんも喜んで応援するつもりだ」

「何故?」

「科学者は科学で人を幸せにする仕事だ、って前に言ってたんだ。俺は、その言葉を信じてみたいんだ」

「……そう、ですか」

 

 白銀先輩は、まるで自分に言い聞かせるかのようでした。

 

「まあ、それにさ。俺は部活があるから、あんまり寂しくないんだ。俺の心配はあんまりすんな」

「は、はい……先輩は、やはり強いのですね。私なら、家族と離れ離れになるのは耐えられません」

「もう慣れたってだけさ」

 

 しばらくその場を沈黙が支配しました。

 次は何と言おうと考えているうちに、気まずさが漂っていきます。

 元々、突っ込んで聞いてしまった私が悪いのですけど……。

 そう思っているうちに、先輩の方から話を振りだしました。

 

「ところでさ、随分と賑わってるよな菓子コーナー」

「そう、ですね……バレンタイン前だからチョコばかりに集まってるようですが」

 

 そう言った時でした。

 

 

 

「キャアアアアッ!!」

 

 

 

 鋭い悲鳴。

 見ると、1人、また1人とチョコレートコーナーに群がっていた人が倒れていきます。

 いや、それだけではありません。店の中にいた人達全員にそれは広がっていきました。

 何が起こったのか確かめるため、私たちは急いで伏せる人々に駆けていきます。

 ですが、突如影が伸びました。

 

「おやおやおやっ、お久しぶりですねぇ……!」

「!!」

 

 目の前に現れるクリーチャー。

 それは、帽子をかぶった影の男でした。

 確かアレは、ハインリヒ・ダーマルク。マフィ・ギャングのクリーチャーじゃないですか。

 

「お前は、あの時取り逃したワイルドカードじゃねえか!」

「覚えて頂けて光栄ですねえ」

「あの時……?」

 

 先輩はこのクリーチャーを知っているようです。

 取り逃したという事は、以前であった事があるということでしょう。

 

「ああ。デ・スザークが出てきた時に一緒に出現したワイルドカードだ」

「ということは、また何か企んでいるのですか。デ・スザークはみづ姉が撃破しました。まだ何かあるのですか」

「くくっ、まず貴女は勘違いしている事が1つありますよ」

 

 ハインリヒ・ダーマルクは気障に人差し指を立てました。

 

「まず、我らが主であるマスター・ドルスザクは死んでなどおりません」

「なっ……! そんなはずはありません。あの時、みづ姉に倒されたのではないのですか!?」

『ワイルドカードはエリアフォースカードによって倒されれば、その力を失うのではないのでありますか!?』

「残念ですが、我が主は大量のワイルドカードを取り込んでいてですねえ。その分のエネルギーで消滅を免れることが出来たのですよ」

「大量のワイルドカードを取り込む……そうか。以前、種族を問わず街に大量に現れたワイルドカード。それを吸収してたのはそのためってことか」

「それだけではありませんよ。我が主は自らそれを呼び寄せていたというわけです」

 

 何と言う事でしょう。

 最凶最悪のワイルドカードは伊達ではなかったということですか。

 通常、ワイルドカードは種族や文明が統一されて群れて現れるはず。

 にも拘らず、ブルー・モヒートのように種族が違うクリーチャーばかりだったのはデ・スザークが呼び寄せていたからだということでしょう。

 

『成程なあ、合点が行ったぜ。つまり、まだ何も終わってなかったってことかよ!』

「貴方たちには此処で死んでいただきましょう!」

「先輩。此処は私が引き受けます。先に行って下さい」

「……ああ!」

 

 私はエリアフォースカードを掲げます。

 この事態に対処するには、まずあのクリーチャーを倒さない事には始まりません。 

 しかし。

 

「貴女の相手は、こいつらがお似合いですよ!!」

「!」

 

 次々に地面から現れる闇のクリーチャー。

 所謂、時間稼ぎの雑魚が沢山出てきました。

 しかも、肝心のハインリヒ・ダーマルクはそそくさとその場から逃げてしまいます。

 

『畜生! 逃がして堪るかよ!』

「早急に処理しましょう。シャークウガ、敵を駆逐します」

『おうともよ!』

 

 この程度の相手ならば、速攻で倒す事が出来るはずです。

 見せてあげましょう。私の新しいデッキの力を。

 以前の墓地ソースの反省を生かし、完全にムートピアに寄せたこのデッキの力を発揮するとき。

 きちんとエリアフォースカードのお眼鏡に適えば、格下に負ける道理は無いはずです。

 

 

 

魔術師(マジシャン)、起動!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)……(ワン)MAGICIAN(マジシャン)!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺は、売り場に駆け込むと巨大な影が倒れた少女達を覆っているのを認めた。

 そして、影は間もなく実体化して浮かび上がる。

 漆黒の影のような身体にぎろり、ぎろり、と無数の瞳が開く。

 妖怪の百々目鬼(どうめき)を思い出すような風貌だ。

 

『あれは……ドラゴンであります! それも、闇文明の上位クリーチャーでありますよ!』

「マジかよ。そんなもんまで従えてたのか、こいつら!!」

 

 ぐるり、と蛇のように蜷局を巻くと無数の瞳がこちらを睨んだ。 

 その全貌はもくもくとした煙に包まれていて分からない。

 しかし、どうやって此処までの被害を出したのか……。

 

『気を付けるでありますよ! あの瘴気から強烈な病の気を感じるであります!』

「病の気……?」

 

 俺は倒れた人達に目をやった。

 ごほごほ、と咳き込む者、苦しそうにのたうち回る者。そして嘔吐する者……。

 つまるところ、あのクリーチャーの力で病気になっているってことか。

 ん? 待てよ。これって思い当たる節があるぞ……!

 

「もしかして、最近起こっている流行り病もこいつらが引き起こしたのか……!?」

『それは分からないであります。ただ、こいつは一気に何人も病気にする程の魔力を持つであります。超超超可及的速やかに駆逐するでありますよ!』

「おうともよ! やってやろうじゃねえかチョートッQ!!」

 

 俺はエリアフォースカードを掲げた。

 人を苦しめるなんて、そんなの早く止めねえと。

 

「行くぜ!! 皇帝(エンペラー)、起動!!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)……(フォー)EMPEROR(エンペラー)!!』

 

 空間が開かれる。

 俺と漆黒の異形を包み込んだ──

 

 

 

 ※※※

 

 

 俺と黒目龍竜のデュエル。

 相手の後攻1ターン目。

 早速1マナがタップされて動き出した。

 

 

 

「──グゥゥウウ……《ザンバリー》……!」

 

 

 

 現れるなり地面に突き刺さったのは注射器のクリーチャーだ。 

 これが、日用品や道具をモチーフにした闇のクリーチャー、魔導具。

 こいつらが集まると無月の門が展開され、怪物・ドルスザクが現れる。

 その前にケリを付けたいところだが……。

 

「1コストの魔導具か! だけど、速さなら負けてねえ! 2マナで《ヤッタレマン》召喚してターンエンドだ!」

「──《ドゥリンリ》……!」

 

 出てきたのは、電話機のようなクリーチャーだ。

 それはけたたましくベルの音を鳴り響かせると、墓地にカードを落としていく。

 

「ターン終了時に《堕魔 ドゥリンリ》はカードを1枚、山札の上から置く効果がある……!」

『放っておくとどんどん墓地が増えていくでありますか!』

「まあ、だけど《ドゥシーザ》や《ドゥポイズ》で《ヤッタレマン》を破壊されなかっただけまだマシだ!」

 

 とはいえ、このまま放置すると、無月の門が開かれてしまう。

 だけど、相手の手札の消耗も激しい。なら、リソースの差をつけるまでだ!

 

「《ヤッタレ》で軽減し、3マナで《ドンドド・ドラ息子》召喚! その効果で山札の上から4枚を表向きにする!」

 

 これが新しい火ジョーカーズの新兵器。

 こいつの効果は、登場時にサーチが出来る事。

 表向きになった4枚から、俺が手に取ったのは《救世主ウマシカ》だ。

 

「これで準備完了。ターンエンドだ!」

『《ドンドド・ドラ息子》の力を試すには丁度良さそうな相手でありますなぁ!』

「グ、グルゥ……」

 ともかく、これで7コスト以上のジョーカーズは2コスト軽減されるが……。

 

「グルルル……オオオオオオオオオオンッッッ!!」

 

 獣のが鳴り声に似た音が辺りに響いた。

 そろそろ仕掛けて来る頃合いだろうか?

 俺は身構えた。黒い百目の龍はうねると、マナをタップしていく。

 

「《グリギャン》……!」

 

 刹那、魔方陣が現れた。

 墓地、そして場の4つの魔導具が踊るように動き出し、そして地面に叩きつけられるようにして次々に砕けていく。

 

「な、何が起こってんだ!?」

『無月の門が……発動したでありますよ!』

「そ、揃ったのかよ! 畜生!」

 

 開かれるのは、幽世への門。

 空間は瘴気に満ちていく。

 

黒竜(ドラゴン)……黒竜(ドラゴン)……(デス)黒竜(ドラゴン)……!!』

 

 

  グリ……

 

 

 

     ドゥ……

 

 

 

    ザン……

 

 

 

開門(ゼーロ)、無月ノ……門!!」

 

 

 

 

 

 地面にしたたる汚泥が隆起し、次々に不気味な眼を開いていく。

 その身体は龍。

 全てを病に堕とす悪龍が顕現した。

 

 

 

 

「《黒目龍竜(ダークアイドラゴン)》ッ……!」

 

 

 

 空間全てを埋め尽くさんと言わんばかりの長さ。

 いざ、実際に顕現したそれは、ありったけの魔力を放出したからかその全貌を俺達に見せつけ、戦慄させる。

 

「お出ましってか! なんつーデカさだ!」

『コレが、無月の門、でありますかぁ!!』

 

 見たところ、パワーは12000、そしてT・ブレイカー。

 俺の知っている無月の門持ちクリーチャーの中では最大サイズを誇るそれは、堂々と俺達の前に姿を現した。

 

「グルルル……!」

 

 次の瞬間、俺のシールドが1枚相手の方へ向けて展開される。

 このクリーチャーは、ターンの終わりにいずれかのシールドを1枚選んで見るという効果を持っているのだろう。

 何が入っていたのかはこっちには分からない。しかし、相手は確実にこのシールドを元に攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 

「くそっ、こっちも応戦だ! 《ドンドド・ドラ息子》は手札の火ジョーカーズにJ・O・E2を与える! そして、この効果は元々持っているJ・O・E能力と重複するんだ!」

『いっけぇー、マスター! 叩き潰すでありますよ!』

「J・O・E3とJ・O・E2を重複させて発動!」

 

 ガコン、ガコン、とギアを上げていく音が鳴り響き、炎のサーキットが現れる。

 そこから1体のクリーチャーが炎の弾丸となって飛び出した。

 

「合計、軽減コストは6! 1マナで《救世主 ウマシカ》を召喚して《ドゥリンリ》とバトルして破壊!」

「ギイッ……!」

 

 現れたのは鹿のようなジョーカーズ。

 残る魔導具である《ドゥリンリ》を破壊することに成功する。

 相手の手札は1枚。次のドローで2枚だが、1コストの魔導具と2コストの魔導具が手札に揃っていなければ、次のターンに続けて無月の門を使われることはなさそうだ。

 しかも、幾ら巨大クリーチャーと言っても制圧能力も何も無いタダのデカブツ。今ならまだ巻き返せる!

 

「更に今度は《ヤッタレマン》の軽減の3マナでもう1体の《ドンドド・ドラ息子》を召喚だ! その能力で山札の上から4枚を表向きにして、《メラビート・ザ・ジョニー》を手札に加える!」

『これは勝ったでありますなぁ!!』

 

 よし、こっちには2体の《ドラ息子》が居る。

 加えて《ヤッタレマン》も生存しているので次のターンに《メラビート・ザ・ジョニー》の展開は可能だ。

 このまま一気に押し勝つ!

 

「J・O・E2の効果で、ターンの終わりに《ウマシカ》は山札の下に戻る。だけど俺はカードを1枚引けるんだ。ターンエンド!」

「グルルル……!」

 

 孤立無援の黒目龍竜。

 幾ら強いクリーチャーを出せても、後続を断たれてしまうと何にも出来ないというわけだ。

 この時、俺は完全に勝ったつもりでいた。

 リソースが少ない相手に対し、こっちは完全に勝ちパターンを決めている。

 このまま何もされなければ、次のターンで俺の勝ち。

 しかも、仮にハンデスが来ても手札には《ルネッザーンス》が居るのでまだ立て直せる。

 はずだったのだが──

 

「グ、グ、ガガガ……!」

 

 不気味な音が黒目龍竜の喉から響いた。

 俺は再度気を引き締めた。

 まだ、こいつは諦めてはいないのだ。

 それどころか悪夢はこれからが本番だと言わんばかりに、

 

「……死、兆、星ハ、見エテ……イル、カ?」

「?」

 

 はっきりと俺にも声が聞こえた。

 ぞくり、と心を抉るような気色の悪さが胸に染み付いていく。

 シチョウセイ? 確か北斗七星のしっぽの近くにあるという変光星の事だが、東洋、西洋共にこの星は不吉なものとされている。

 戦場ではこの星が見えるかどうかで兵士が弱っているかを試していたんだと火廣金に前から聞いたことがある。

 ちかちかと、龍の頭上に不気味な星が瞬いていた。

 

「ターンノ、ハジメ、ニ……《黒目龍竜(ダークアイドラゴン)》ノ効果デ、《卍月の流星群(パンデモニウム)》ヲカイシュウ」

「なっ!? 呪文を回収できるのか!?」

『闇のカードなら何でもいいみたいでありますよ!』

 

 墓地を肥やしていたのは、この効果を使うため。

 そして、あの呪文は確か覚えがある。

 自分のクリーチャーを1体破壊して、コスト4以下のマフィ・ギャングを2体まで場に出すという効果を持つ呪文だ。

 となれば、次に起こることは凡そ分かって来る。あいつの場にはクリーチャーは1体しかいない──!

 

 

 

「──呪文、《卍月の流星群(パンデモニウム)》!!」

 

 

 

 次の瞬間、黒龍の身体が朧に消える。

 しかし、そこから2体の魔導具が飛び出した。

 

「《ドゥリンリ》……《ヴォガイガ》!!」

 

 1体は破壊された《黒目龍竜》のパーツを構成していた《堕魔 グリギャン》。そしてもう1体は、《堕魔 ヴォガイガ》だ。

 その能力で、山札の上から3枚、そして4枚が墓地に送られていく。

 さらに、1枚のカードが黒龍の手札として加えられた。

 

「《ヴォガイガ》の効果で手札に加えられたのは《堕魔 ヴァイシング》か……!」

『マスター、来るでありますよ!』

「あ、ああ!」

 

 そして──場には2体の魔導具。

 墓地にも大量の魔導具。

 最高の触媒だと言わんばかりに、死の儀式が再び始まった。

 

黒竜(ドラゴン)……黒竜(ドラゴン)……(デス)黒竜(ドラゴン)……!!』

 

 再び唱えられていくあの言葉。

 不気味な魔導具達の囁きが空間に響き渡った。

 

開門(ゼーロ)、無月ノ……門!! 《黒目龍竜(ダークアイドラゴン)》ッ……!」

 

 煙のように魔導具が取り込まれていき、再び不死の黒龍は姿を現した。

 だけど俺は気付く。そういえば結局、墓地が増えただけでさっきと何も変わっていないように思えた。

 しかし、この些細な違いが更なる災厄を呼び出したのである。

 

「《堕魔 ジグス★ガルビ》──」

 

 刹那、2体の魔導具が墓地から飛び出した。

 俺は頭が追い付かない。いきなり2体のクリーチャーが不意打ちと言わんばかりに湧いて出てきたからだ。

 だが、すぐさま思い出す。

 確か、無月の門に反応し、タップして場に出て来る新しいクリーチャーが居たはずだ。

 そいつらの名前は──

 

「そうか、これがムーゲッツか……!!」

「ギ、ヒヒヒ……!」

 

 下卑た笑みが響いてくる。

 しかも、名前からしてどうやら魔導具を持っているようだ。

 それが2体場に出た。墓地には大量のカード。無月の門を作るのには十分すぎる。

 

 

朱雀(スザク)……朱雀(スザク)……(デス)・朱雀(スザク)!!』

 

 

 

  グリ……

 

 

 

       ドゥ……

 

 

 

    ザン……

 

 

 

開門(ゼーロ)、無月ノ……門!!」

 

 

 

 翼が羽ばたいた。

 墓地から姿を現すのは死の鳥。

 あらゆるものから命を奪う、最凶最悪のマスターカードだ。

 

 

 

「《卍デ・スザーク卍》!!」

 

 

 

 甲高い鳴き声と共にそれは場に降り立った。

 強大なるマスター・ドルスザク。この空間では初めて目にするが、とてつもない威圧感、そして寒気を覚える。

 不死鳥が吼えた。

 紫電が迸り、一瞬で俺の場を抉り──《ドンドド・ドラ息子》を消し飛ばす。

 

「……なんてこった……!」

『最悪でありますよ! こいつの効果は、タップイン! コストを軽減する代償に、そのターン限りしか場にいられないJ・O・Eの天敵であります!』

 

 手札にある《メラビート・ザ・ジョニー》で破壊してしまっても良いのだが、更に悪い事に相手の手札には1枚で無月の門を再度展開できる《堕魔 ヴァイシング》が居る。

 破壊したところで、墓地が増えただけで闇文明にとってはむしろ格好の展開の土壌だ。

 そしてチョートッQの言う通り、タップインはこのデッキに対して絶望的に相性が悪い。本来なら場に残る《メラビート》も《ドラ息子》でJ・O・Eを付与してしまうので、山札の下に戻ってしまうのだ。

 破壊しても返しに戻って来る。おまけに無月の門を使えば墓地から戻って来る《ムーゲッツ》の存在。はっきり言おう。最悪の状況だ。

 

「どうするんだ……《卍デ・スザーク卍》を処理できるカード、今手札にはねぇぞ!?」

『手札の内訳、完全に相手を倒す気満々だったでありますな……まあ最も、この盤面で《サンダイオー》は使えないでありますが』

 

 こんなところでは負けられない。

 折角この盤面まで持っていけたのだ。あと少しであいつを追い詰める事が出来るのに……!

 カードを引いた。だけど、来たのは《メラメラ・ジョーカーズ》だ。まずいぞ。逆転手、来るのか!?

 ……拳を握り締めた。

 弱気になってちゃ駄目だ。絶対に、押し通す!

 

「俺のターン……呪文、《メラメラ・ジョーカーズ》を使う!」

『どうするでありますか!?』

「この2枚に掛ける! 手札を1枚捨てて、2枚ドローだ!」

 

 ごくり、と生唾を飲んで山札に手を掛ける。

 そして引いた。

 電撃が頭に走った。

 その中には、確かに俺が求めていたカードがあったのだ。

 

『このカードは……!』

「チョートッQ。確かに安全策で行けるに越した事はねえよ。《サンダイオー》のシールド焼却はその最たるだ。そして、それが封じられるのは痛手……だけど、まだ諦めねえよ! 40枚全てが俺の切札のこのデッキで、ドルスザクだろうが何だろうがぶち抜いてやる!!」

 

 この状況では半ば博打に近いカードだった。

 だけど……使うしかない! 

 

「──バカメ……アガイテモ、モウ、オソイ……!」

「遅くねえよ! 《ドンドド・ドラ息子》を1体残しちまったのは失敗だったな。《ヤッタレマン》でコストを軽減して、更にJ・O・E2発動!!」

 

 焼き付けられる金色のMASTERの文字。

 炎の輪を幾つもくぐって加速し、ボードに飛び乗った灼熱のガンマンが現れた。

 

 

 

「これが俺の灼熱の切札(ザ・ヒート・ワイルド)!! 燃え上がれ、《メラビート・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

 しかし、すぐさま瘴気が《ジョニー》の身体を覆った。

 それが纏わりついて、膝をついてしまう。

 

「タップイン……だけど、このまま続けるぞ! マスター・W・メラビートで場に出すのは、J・O・E2を付与した《SMAPON》! そして──」

 

 刹那、大嵐が吹き荒れる。

 火の粉を撒き散らす旋風が戦場に降り立つと、全てのものを吹き飛ばす勢いで顕現する。

 

 

 

「吹き荒れろ、明日を拓く大嵐!! これが俺の新たな弾丸、《アイアン・マンハッタン》!!」

 

 

 

 飛び出したのは小さな金槌の頭を持つクリーチャーだ。

 チョートッQでさえも「なんか思ってたのよりちっこいでありますな……」と心配そうに言っている程に小さい。

 しかし、それは《卍デ・スザーク卍》の瘴気を物ともせず凄まじい勢いで回転すると全てを破壊する鉄槌となる。

 

「さて《アイアン・マンハッタン》はモノ作りをするジョーカーズらしいが……建物とかを作る前には、まずは全部更地にしねえといけねえよなあ」

「ッ……!!」

「《メラビート・ザ・ジョニー》の効果で、場にジョーカーズが5体以上いるので相手のクリーチャーを全て破壊!!」

 

 2体の強大なる闇は、《ジョニー》が辛うじて打ち込んだ2発の弾丸によって粉砕される。 

 だが、このままではさっきも言った通り次のターンにまた場に出て来るだけだ。

 しかし──俺だって何の考えも無しに展開したわけじゃない。

 今度は切り拓かれた場に、《アイアン・マンハッタン》が突貫した。

 

「《アイアン・マンハッタン》の効果発動! バトルゾーンに出た時、相手のシールドを2枚選んでそれ以外を全てブレイクする!!」

 

 破壊の鉄槌が不死鳥のシールドを見事に抉り取った。

 実質、T・ブレイク。これで、あいつのシールドは残り2枚だ。

 

「ハヤッタナァ……コレダケ手札ガ、アレバ……! S・トリガー、《堕魔 ドゥグラス》……!」

「おっと、もう幾ら魔導具を展開しても無駄だ! 次のターン、お前は動けない! 《アイアン・マンハッタン》の効果で手札を1枚捨てる。そうした場合、相手は次のターン、クリーチャーを1体しか場に出せない!」

「ナアッ……!?」

 

 大嵐が止む。そこに広がっていたのは、今までの墓地ではなく《アイアン・マンハッタン》によって作られた幾つもの建造物。

 開拓のハリケーンは、完全に墓場に蓋をしてしまったのである。

 

「これが相手を封じる弾丸、マンハッタン・トランスファーだ!!」

「オ、ノ、レェ……!!」

 

 これでもう、相手は無月の門を使う事は出来ない。

 場に魔導具を出してしまった時点で、場に次のクリーチャーを出すことが出来ないからだ。

 

「ターンの終わりに、3体のクリーチャーを山札の下に戻して3枚ドロー。ターンエンドだ!」

 

 続く相手のターン。

 黒目龍竜は、《ヴァイシング》をマナに置いてしまう。

 かと思えば、4枚のマナをタップすると《爆霊魔タイガニトロ》を召喚したのだった。

 

「死兆星ハ、光、カ、ガヤク……見エタトキ、人ノ子ノ最期……最期……!」

「此処で出てきたか、《タイガニトロ》……!」

「全テ、奪ウ……!」

 

 爆弾が空中で爆ぜて、煙で出来た手が幾つも俺の手札に食らいついた。

 俺が残せるのは1枚だけだ。

 しかし──

 

「手札から捨てられた時、《ルネッザーンス》をバトルゾーンに出す!! その効果で山札の上から3枚を表向きにし、ジョーカーズを全部手札に加える!」

「ッ……!」

 

 既に、それは想定済み。油絵のキャンバスの姿をしたクリーチャーがその場に降り立って、俺に再び手札を補給した。 

 

「ターン……エンド……!」

「よし、俺のターンだ!!」

 

 《ヤッタレマン》で1コスト、そしてJ・O・E2で2コスト、そして──

 

「魂を燃やせ、J・O・E3!!」

 

 拳に炎が灯る。皇帝(エンペラー)のカードが光り輝いた。

 これで、合計6コスト軽減だ!!

 

 

 

「これが俺の超怒級切札(チョードキューワイルドカード)!! 《王盟合体(オメガッタイ) サンダイオー》!!」

 

 

 

 刻み込まれる、皇帝を現すⅣの数字。

 チョートッQが飛び出し、《ダンガンテイオー》へと姿を変える。

 そして、その身体に幾つものパーツが組み込まれていく。

 天を制して大地を割る。

 降り立つのは最強のロボットだ。

 

『絆の戦士、サンダイオー……只今参上であります!!』

「行くぜ! 《サンダイオー》は場とマナににジョーカーズが10枚以上あれば、相手のシールドをブレイクした時墓地に送る! しかも、こいつの攻撃先は誰にも曲げられない! ブロッカーでさえもな!」

 

 突貫する《サンダイオー》。

 右手には刀が握られている。

 それを防ごうとする《ドゥグラス》を飛行して躱してわき目も振らず一直線だ。

 そして、残るシールドへ向かって一振りすると間もなくそれらは焼け落ちた。

 S・トリガーは、発動しない。

 

「行けぇ!! 《ルネッザーンス》でダイレクトアタック!!」

「《ドゥグラス》でブロック……!」

 

 最期の足掻き。

 しかし、まだこちらには攻撃出来るクリーチャーが2体も居るのだ。

 

 

 

「《ドンドド・ドラ息子》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 鳴り響く轟音。

 それが、朧な黒龍を一瞬で吹き飛ばした──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ぽとり、と目の前に落ちるカード。

 すると徐々に周囲から瘴気が消え去っていく。

 倒れていた人々を覆っていた靄も無くなっていた。

 

『ふーむ、早めに対処したのが良かったでありますな。これなら、直に回復するはずであります!』

「よ、良かったぜ……」

 

 とは言っても、既に大惨事であることには違いないのだが。

 

「……って、そうだ!」

 

 俺は思わず振り向いた。

 紫月は大丈夫だろうか。

 いや、彼女に限ってそうそう負けはしないと思うが、最近ワイルドカードが絡むとロクな目に遭っていないからな、あいつ。

 と思った矢先、空間から彼女が息を切らせて現れる。

 良かった、普通に勝ったみたいだ。

 

「よし、助かったぜ紫月──」

「何言ってるんですか! 早く行きますよ! ハインリヒ・ダーマルクが逃げ出しました!」

「なあっ!?」

 

 あの野郎、本当に足が速いな!?

 見たところ、あいつがマフィ・ギャング軍団のリーダー格みたいだし早めに倒しておかないと、また厄介なクリーチャーを呼び出される可能性がある。

 

『なあ、マスター。その件についてなんだが……』

「何ですか! 早く行きますよ!」

『ちげぇよ! この付近で、また空間が開かれてるみてえなんだよ。あっ……閉じた』

「え!? ってことは、誰か戦ってるのか!?」

「しかもたった今終わった……一体誰なのでしょう」

『えーと、このおっかねぇエリアフォースカードの気配は──』

 

 ぞぞっ、とシャークウガが腕に手を寄せて震えた。

 おっかない気配……? 

 一体誰なんだろう、と考えたその時だった。

 

 

 

「何だ、貴様等も居たのか」

 

 

 

 俺達は振り返る。

 次の瞬間、ぬうっ、と入り口の影から人の姿が飛び出した。

 あまりにも唐突な来訪者に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げるのだった。

 

「く、黒鳥さん!?」

「何故師匠が……」

「話は後だ」

 

 彼は指に1枚のカードを挟んでいた。

 それは、何と《ハインリヒ・ダーマルク》。

 まさに今、俺達が追おうとしていたクリーチャーのそれだ。

 

「たっぷりと聞きたい事があったのだがな……すぐにくたばってしまった。所詮は三下か」

 

 何時に無く苛立っている様子だ。

 隣の県に住んでいる彼が、わざわざ鶺鴒まで来るなんてただ事ではないのだろう。

 

「何かあったのですか、師匠」

「前置きはこの際省く。今は一分一秒が惜しい」

 

 何処か思いつめたような表情だ。

 見ると服はボロボロだし、肌も所々が焼け焦げているように見える。

 何時もの小奇麗さはどこへやら、浮浪者にさえ見える今の彼は自分の身なりなど気にしていられない程追い詰められているのだろう。

 俺は生唾を飲み込んだ。真剣な彼の気迫に飲み込まれそうだった。

 

 

 

「──玲奈が、死にそうだ。後、一週間でな」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。