学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】   作:タク@DMP

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Ace33話:卍死の獄PARTⅢ

「遂に、手に入れたぞ……クク、カハハハハハハァーッ!!」

 

 黒鳥レン──の姿を騙った死神は、嗤っていた。

 街の最も高い場所で、彼は笑みを浮かべる。

 病魔と共に彼の身体から次々に滴る雫のように炎の魔獣が零れ落ちていく。

 鶺鴒の街に暗雲が広がっていった。

 

「この手で、太陽を──堕とす──ッ?」

 

 黒鳥レンの記憶が脳裏に迸っていく。

 彼の今まで積み上げた知識が全て死神へ記録されていく。

 経験が全て、死神の物となっていく。

 死神は黒鳥レンになりつつあった──その負の遺産も抱えて。

 

「……ア、アア、だ、誰だ、この男は?」

 

 脳裏に、影が浮かんだ。

 酷く不愉快で、酷く明るい、太陽のような少年の姿だった──直後、火球が死神を襲う。

 地面へ叩きつけられた死神は、自身を踏みつける猿人を睨んだ。

 

「き、ぃ、さぁ、まぁ……!!」

「そこまでだ。鶺鴒に強力なエネルギー反応がしたと思いきや……主の元を離れて何をしている? 死神(デス)のエリアフォースカード」

「く、くははははっ……! 言うとでも?」

「”轟轟轟”ブランドッ!!」

「ぎゅえっ」

 

 猿人・ブランドの拳が死神の顔面を打ち砕く。

 辺りに黒い血飛沫が迸り、蒸発するようにして消えた。

 

「黒鳥レンをどうした? 姿を真似ただけで俺達の目は騙されんぞ。彼は既に──」

「……殺したよ。あんな奴よりも、僕が成り代わった方が良い。奴は、死神の力を行使するには──余りにもヤワだ」

「もう十分だ。その顔でそれ以上喋らないで貰おうか。貴様はアルカナ研究会で封印する。俺達が責任持ってな」

「お前達魔導司は何時もそうさ。利用するだけ利用しておいて、用済みになったらゴミのように俺達魔法道具を捨てる……俺達エリアフォースカードには意思がある! 道具と言えど心があるのだ!」

「どの口で言う? 主を手に掛け、悪意を撒き散らす貴様の何処に心があると言うのだ。大人しく主に隷属していれば良かったものを」

「誰が、何時、そう決めた。皇帝(エンペラー)魔術師(マジシャン)正義(ジャスティス)、奴らみたいに人間にヘコヘコしている連中の気が知れないなァ!!」

 

 狂気に満ちた笑い声と共に猿人、そしてそれを従えていた魔導司──火廣金は吹き飛ばされた。

 地面が抉れ、黒い稲光が迸る。

 死神は自分の周囲に球状のエネルギーを纏わせていく。

 突貫するブランドが音速を拳を叩きつけた。

 

「猪突猛進……単調な直線のような奴だなァ、魔導司! 攻撃もまた、例外じゃない……遮れば痛くも痒くも無い」

 

 エネルギーは障壁となり、ブランドの鉄拳を拒絶した。 

 ならば、と火廣金も地面を蹴って魔方陣を展開し、死神をデュエルに引きずり込もうとする。

 

「戦闘術式Ⅷ……戦車(チャリオッツ)!!」

「果たして……貴様如きに僕が倒せるのか?」

「何!?」

「貴様は物事をある側面からしか見る事が出来ないのだなあ」

 

 次の瞬間、障壁がどんどん大きくなっていく。

 展開されるはずだった空間は崩れ去り、火廣金の身体は弾かれたのだった。

 

「馬鹿な……!」

「自分勝手か? 本当に僕が自分勝手だというのか? いいや、違う。貴様等が僕をエゴで押し込める方が自分勝手だと思わないか?」

「貴様……自分が何をしているのか分かってて言っているのか!」

「いい加減、あの狭いカードの中は飽きた。その点、今回のあのガ・リュザークがやってきてくれたのは好都合だったよ。おかげでタダで大量の魔力を手に入れられた」

 

 火廣金は歯噛みした。

 全て、死神の掌の上だったのだ。

 

「僕は太陽を堕とす。この街から何が何でも出して貰うぞ」

 

 死神はその場から飛び去った。

 最早、相手にならない火廣金は戦うに値しない。

 否、彼の中で戦うべき相手は最初から黒鳥の記憶にこびりついた唯一人だけだった。

 

「くそっ……逃がした──!」

 

 ※※※

 

「──おかしいですね」

「どうしたのデスか? シヅク」

「いえ、何か妙です。町全体の空気が急に変わったような……」

 

 絶十を撃破した直後。

 暗雲は鶺鴒の街全体に広がりつつあった。

 言い知れない気分の悪さ、閉塞感が紫月の胸を支配していた。

 

『馬鹿な……クリーチャーが急速に増加しておる……!』

 

 それを言葉に表したのは、迷宮化した街を支配するサッヴァークだ。

 彼は自らが築いた城塞の中での異変にいち早く気付いたのである。

 

「ど、どうなってるデスか!?」

「やはりデ・スザークが……」

『違う。ドルスザク等よりも、もっと恐ろしいものがこの街を支配しておる……!』

『みてーだな。これはエリアフォースカードか?』

「なっ!? 何デスって!?」

 

 強力なワイルドカードはエリアフォースカードを取り込んでいる事がある。

 となれば、この異変もそれが引き起こしたと考えれば納得が行く。

 しかし、妙だったのは何故今になってそれが出てきたのかということだ。

 そう思った直後。

 スマートフォンの通話が鳴り響き、紫月はすかさず手に取った。

 

「みづ姉からです」

「どうしたんデショ?」

「……」

 

 何故か嫌な予感がした。

 無意識に通話をしたくないという気持ちが湧き上がる。

 

「……もしもし、みづ姉──」

 

 その時、世界は止まっていた。

 切羽詰まった声色で、取り乱すようにして、告げられたその言葉。

 見開かれた眼球が震えだし──紫月は、スマートフォンを取り落とした。

 

 

 

「──し、しょう……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「出血が酷過ぎる。助かるかどうかは五分五分」

 

 病院の待合室で突っ伏す紫月。

 冷淡に告げる火廣金の言葉は非情のようで、彼女に覚悟を促すものであった。

 頭に包帯を巻いた耀、沈痛な表情を浮かべるブラン。

 その場に居る全員に、重いものが圧し掛かっていた。

 

「……紫月」

「黒鳥サンが、あんなことになるなんて……」

「謀ったのは、死神のエリアフォースカードだ」

 

 火廣金は言った。

 

「トリスは何度も死神のカードを返却するように勧告していたという。だが……終ぞ、彼はカードを手放さなかったという」

「何故……」

「覚悟は決めている、と口走っていたようだ」

「まさか、こうなる事も予期していたっていうのデスか!?」

「だろうな。だが、トリスもあのカードに助けられた手前、引き下がらざるを得なかったようだ」

「……!」

 

 以前、結晶化事変の際に水晶から現れたクリーチャーを撃破したのは、死神を手にした黒鳥だった。

 トリスは最後まで、ブラックボックスの塊のような死神を黒鳥に渡すのを渋ったが、結果的にそれは黒鳥達に反撃を齎した。

 

「師匠は、死んだり、しないですよね……?」

 

 耀は何も言えなかった。

 黒鳥は心の何処かで死に場所を探していたのかもしれない。

 奪われたものを取り返そうとするノゾムとは、全く違う方向に向かった心の闇。

 進み続けなければいけない自分、そして止まりたい自分。

 ずっと、葛藤し続けていたのではないだろうか。

 だからこそ、死神に自分の死に場所を委ねたのではないだろうか。

 そんな嫌な仮説を立てざるを得ないくらい、黒鳥は追い詰められているようだった。

 

「今は、信じるしかねえよ」

 

 もう、空は暗くなっていた。

 迷宮化された街に、災いを齎す死神は今も飛び回っている。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 あれから二日経った。

 重傷を負った黒鳥さんは、一命こそ取り留めたが結局意識は戻らないままだった。

 一先ず命の危機は去ったと聞いて気を取り直したと思われていた紫月だったが、いざ部室に訪れてみると何かに取り付かれたかのように、カードと睨めっこをしていた。

 街にはまたクリーチャーが現れるようになり、サッヴァークが迷宮化で拡散を防いでいる状態だ。

 しかし、そろそろ彼も限界だそうで持って残り二日くらいだという。

 代わりばんこで俺達がクリーチャーを倒しに行く中、紫月とシャークウガだけはずっとデッキと格闘しているようだった。

 

「おい紫月──」

『待て待て白銀耀。マスターは別に凹んでこうなってるんじゃねえんだ』

「何だって?」

『昨日の間に、あの黒鳥レンの偽物が貼ってる障壁をぶち壊す為のデッキを考えてるのさ』

「障壁? ああ、火廣金が本体に近づけないって言ってたな」

『だが、魔術師(マジシャン)ならそれが出来る。まあ今は色々方法を試している段階で、それによってデッキも変わって来る。構築パターンが次から次へと出て来るマスターと魔術師(マジシャン)は相性が良い』

「凝るのも無理はねぇ、か」

 

 だが、彼女の目元にはうっすらと隈が浮かんでいる。

 寝ていないようだ。じゃあ授業中寝ているのかと思えば、翠月曰くそうではないという。

 彼女は四六時中、何かを考え続けているのだ。

 大好きなお菓子も摂取せずに。

 

「……なあ紫月。気持ちは分かるぜ。黒鳥さんの事が心配なんだろ?」

「……」

「だけど、それでお前が身体を壊したら何にもならねぇよ。俺も協力する。一旦休め」

「……」

「おーい? 紫月さーん? 聞いてる?」

「……」

 

 ガタン!!

 

 机に何かが叩きつけられる音。

 俺の胸が飛び跳ねた。

 彼女の顔面が、カードの並べられた机上に激突していた。

 

「紫月!?」

 

 頭を抑えて彼女は起き上がる。

 ようやく正気に戻ったと言わんばかりに俺の方を見た。

 

「……せんぱい」

「お前、寝て無いだろ!」

「べつに、ねてないです」

「馬鹿、寝不足だって言ってるんだよ! 普段と逆だ!」

「……先輩。私は、どうすれば良いのでしょう」

 

 ぎゅう、と彼女はスカートを握った。 

 不安を感じている時の彼女の癖だ。

 

「師匠を裏切った死神(デス)のカードは勿論許せません。でも……師匠がもしも戦えなくなったら、私は……」

「何言ってんだよ。あの時組んでたのは俺だ。俺が気絶してなきゃ……」

 

 最も、あの爆風はどうしようも無かったと言われればそれまでだ。

 しかし、俺も黒鳥さんの近くに居れれば良かったと悔やんでいる。

 

「……だけど、悔やんでただけじゃ何も変わらねえよ」

「分かってます。だからこうやってデッキを組んでいるんです。でも何も手に付かなくて……」

「そりゃお前が無理してるからだ」

 

 俺は彼女をソファに寝かせる。

 紫月は疲れている。精神的にも、そして肉体的にもだ。

 

「横になれ。無理してでも寝ろ。ちょっとでも寝れば楽になるだろ」

「でも、こうしている間にも──」

「無理して何も出来なくなったら、本末転倒って言うんだぜ」

「でも、もしも、このまま師匠が……」

 

 師弟揃って似た者同士だ。

 一度悩むと、とことんまで悩んでしまう。

 それも自分を病む程に。

 確かに紫月の言い分は当然のことだ。だけど、それで彼女まで倒れてしまうのは見過ごせない。

 戦力だとかそういうのじゃない。

 

「部長命令だ。今は何も考えるな」

「っ……」

「悪い事ばかり考えても仕方ねえだろ。それに……暗く冷たい夜が来ようとも、太陽のようにまた昇る、だっけか」

「なん、ですか? それは」

「お前の師匠が言ってたんだ。そういう人が居るんだとな。まあ、それとはちょっと違うけど……悪い事はそう長くは続かないんだよ、きっと」

「本当に、そうでしょうか……」

「ノゾム兄だって退院した。ブランだって、何とか笑顔を取り戻せた。ヤバい事はいっぱいあったけど、俺達で力を合わせてどれも乗り越えて来れたじゃねえか」

 

 あの人は生き方に迷っていた。

 だけど、決して見失わない道標があの人にはある。

 だから、彼はきっと戻って来るだろうと確信できるのだ。

 

「生きる希望があれば、黒鳥さんはきっと戻って来る。その人の事が黒鳥さんの中で、太陽みてえに輝いてるんだろ」

「……生きる、希望」

「足踏みしてるだけじゃ、疲れるだけだからな。って説教臭くなっちまったけどさ」

 

 ぽんぽん、とフードに包まれた彼女の頭を撫でる。

 

「俺は心配なんだぜ。黒鳥さんだけじゃない。お前の事がな」

「……はい」

「きっと辛いよな。苦しいはずだ。俺だって、そうだ。だけど……乗り越えるしかない。俺達は、そうしてきたんだ」

 

 こくり、と彼女は頷く。

 そして瞼を閉じた。

 静かな寝息が聞こえて来るのは、大分時間が掛かった。

 ──さて。

 腕時計を見る。

 ブランや桑原先輩、そして花梨が今は外に出てクリーチャーを倒しに行っている。

 彼らが戻ってきたら、今度は俺が行かなければならないだろう。

 紫月は死神(デス)攻略のために大分神経を擦り減らして頑張ってくれている。

 

「……踏ん張れ白銀耀。此処が正念場だ」

 

 頭の包帯を撫でる。

 事あるごとに最近怪我をしている気がするけど、この程度へっちゃらだ。

 部長として、そして仲間として、俺も出来る事を着実にやっていくしかない。

 まずは彼女のデッキ作りの相談にでも乗るとしようか。

 そんな事を考えていると、俺も眠くなってくる。

 ソファにもたれると、そのまま意識が遠のいてしまったのだった。

 

 

 ※※※

 

 

 

「此処は──」

 

 真っ白で、何も見えなかった。

 身体が宙に浮いていて、何処にも存在していないような気さえした。 

 手も足も言う事を聞かない。

 此処ではない何処かへ向かうだけだ。

 

「……そうだ、死んだのか」

 

 もう、誰でもない彼は呟いた。

 抵抗感は無い。

 死とは、こんなにも受け入れ易いものだったのか。

 此処で終わりではなく、また別の何かに生まれ変わるような予感さえする。

 人間とは、生物とは、死への覚悟というものが生まれつき備わっているものなのか、と実感する。

 

「……すべては、覚悟していたことだった」

 

 こうして何時かは死ぬ事も、覚悟していたはずだった。 

 明日の命が保証されない戦いをしていたのだ。

 悔いはない。

 残ってはいない。

 優秀な弟子が、後輩達が、自分の代わりにあの敵を討ってくれるのならば。

 そして大切な従妹さえ助かるのならば、「僕」は──もう、此処ではない何処かへ行っても良いのかもしれない。

 裏切られ、騙され、それでも守る者のために戦ってきたが、既に彼は疲れ果てていた。

 

「これで良い……僕は、疲れた」

 

 人の影が薄っすらと見える。

 天使か、それとも地獄の鬼か。

 いや、そのどちらでも無いように思える。

 

 

 

「よーう、レン」

 

 

  

 彼はフランクな声で話しかけてきた。

 人影は、彼にとって、「レン」にとって見覚えのあるものだった。

 

「何故だ……何故貴様が来る」

「あ? 俺が此処に居ちゃおかしーのかよ。薄情だなぁ」

「おかしい、おかしいぞ……貴様は、生きているはずだ」

 

 それが何故、死者の迎えに来るというのだろうか。

 

「ああ。この先に死者はいねぇ。ましてや亡霊も何もいねぇ。お前が向かう先はそっちじゃねえんだよ」

「馬鹿な事を言うんじゃない。僕は死んだんだぞ」

「逆に聞くぜ、レン。お前、こんなところで死んで良いのかよ」

「っ……!」

「死ぬ覚悟は出来ている? 命を捧げる覚悟はしていた? 魂を悪魔にでも死神にでも売り渡してやるだってぇ? 如何にもお前が言いそうな事だな、美学バカ」

「き、貴様っ……! 誰が美学バカだ! またそうやって、僕の事を──!」

 

 だんだん、と朦朧としていた意識。

 目の前の男は──在りし日の少年のままだった。

 レンも、少年の姿だった。

 

「……そうだよ。覚えているか? こうやって、お前と軽口叩き合ったり喧嘩したり競い合ったりしてな」

「ああ、そうだ……だが、僕は結局貴様には追いつけなかった。貴様はプロのデュエリストになった。戦いに疲れ果てた僕は……」

「ほら、また諦めてるよレン」

「……!」

「お前、簡単に諦めすぎなんだよ。俺に勝つ事も、ましてや生きる事も簡単に諦めてんじゃねえよ。それは、諦めようと思って簡単に諦められる事なのかよ?」

「それは……僕は、ノゾムのあの一件以降、また惨劇を繰り返すまいと必死になって来た。そのためなら、何だって命を掛けられると思ってきた。二度と、僕の周囲から誰も消えて欲しくは無かったんだ」

 

 他の者にも何度も止められた。

 あれは刀堂花梨だっただろうか。

 自己犠牲精神が過ぎる、と咎められた。

 

「しかし……こうでもしなければ、僕は……一生償っても償えない気がするんだ」

 

 今までの戦いで一生回復不能のダメージを負った仲間、死んだ仲間を見てきた。

 繰り返さない、と決意したのに繰り返してしまった。

 ノゾムのように壊れはしなくとも、ずっと戦いの苦悩を抱えていた。

 

「いや……でも、これで良かったのかもしれない」

「これで良かった? まだそんな事言ってんのか。勝手に諦めてんじゃねえよ、レン」

「しかしっ……!」

「お前が死んだら、お前が残した奴らがどうなるか、分かってないわけじゃねえだろう。お前の命はもう、お前だけのもんじゃねえんだぞ」

「それでも……僕は……!」

「それに、俺はまだお前と決着を付けたとは思ってないぜ。お前はあの時、突然鎧龍を去っていっちまったからな。お前は……違うのか?」

「──!!」

「そんなわけはねぇよな。俺がどうして此処に居るのか考えたら、違うわけがねえ」

 

 レンは拳を握り締めた。

 そうか。

 そうだ。

 この言葉は、彼の意思ではない。

 自分自身の紛れもない意思なのだ。

 それを、目の前の好敵手の姿を通して伝えられているだけなのだ。

 

「……そうだ。貴様を倒す。プロになって天狗になっている貴様を失脚させてやる。何度そう思った事か」

「言ってくれるじゃねえか。それでこそ、黒鳥レンだぜ」

 

 冗談交じりに彼は言ってみせた。

 

「生きていれば……どんな事もきっと、何時かは思い出話になる。辛い事は絶対にずっとは続かねえ。そうだろ?」

「……もう、迷いはしない。僕はやはり、簡単には死ねないようだ」

「ああ、そうだぜレン。お前は誰かの為に戦うだけじゃねえ。他でもないお前自身の為に戦わなきゃいけねえんだ」

「……貴様を倒す。この僕の終生の目標を達するために……」

 

 黒鳥は顔を上げた。

 太陽のように明るい笑顔の男が、目に映っていた。

 

 

 

「──そして、僕の帰りを待つ者の元に帰る為に、僕は戦おう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……此処、は」

 

 目が覚めた。

 とても気持ちの良い目覚めであった。 

 久方ぶりだろうか。

 窓からは夕陽が漏れ出ていた。

 起き上がろうとしたが、起き上がれない。

 コルセット、包帯で身体が固定されている。

 胴がまだ痛む。

 切り裂かれた感触がまだ消えない。

 しかし、それは自らの生を実感させてくれるものだった。

 

「くたばり損ない、か……如何にも僕らしい」

 

 自嘲しながら、辺りを見回す。

 病室のようだった。 

 力を振り絞って起き上がろうとすると、大きな傷口が激しく痛み、呻き声が出る。

 

「あっ……起きた!?」

 

 聞きなれた声が聞こえた。

 黒髪を後ろで結った青年──ノゾムの姿がそこにはあった。

 

「ノゾム、か?」

「分かるんですか先輩! 頭とかどっか変じゃないっすよね!?」

「いや、大丈夫だ。いつつ……だが、此処で寝てる訳には」

「まだ動いちゃダメですよレン先輩!! つか、先生に連絡しねえと……!!」

「ま、待て。何故貴様が此処に居る」

「あのねえ、先輩がわざわざ鶺鴒に来て大怪我して運ばれたと聞いたら、こうして駆けつけて来るに決まってるでしょうが。あの殺しても死なないレン先輩がですよ」

「最後のは余計だ」

「本当、レン先輩もノゾムさんも大概ですよ」

 

 少女の声が響く。

 振り返ると、車椅子に腰かけた白いセーターを着た少女の姿があった。

 

「……ホタル、か」

「えへへ。ちょっと無理言って、来ちゃいました。本当はまだリハビリとか必要なんですけどね」

 

 朗らかに彼女は笑ってみせた。

 どうやら、心配する側が心配される側になってしまったらしい、と改めて黒鳥は自分の今の状況を再確認する。

 

「いや、本当……あんまり時間が経たねえうちに立場が逆転するなんて思わなかったですよ」

「……なあ、ノゾム。僕は、どうやって助かったんだ? 自分でも死んだものだと思っていたのだが」

「間一髪、駆け付けた人が居たんですよ。良い弟子を持ちましたね、先輩」

 

 弟子? 

 馬鹿な。紫月はブランと行動を共にしていたはずだ。

 彼女がすぐに駆け付けられるわけがない。

 そう思っていたのだが──病室の椅子にもたれて疲れ果てたように眠る少女を目にすると「あっ」と声を漏らした。

 

「……翠月……!」

「そうです。翠月ちゃんが魔力反応に気付いて先輩を発見。そして、エリアフォースカードの魔力を使って先輩に応急措置を施した」

「自然文明は再生の力も司りますからね。運が良かったとしか言いようがありません」

「そう、か」

 

 すっかり頭の中で除外してしまっていた。 

 眠る彼女を目にして黒鳥は歯噛みする。

 どうやら自分は、思ったよりも多くの人間に支えられていたらしい。

 

「その後は救急車を呼んで今に至る、ってわけっす。先輩は大手術と輸血の末、丸々三日間寝ていました」

「三日間……!」

「んでもって翠月ちゃんは、先輩を心配して毎日此処に通っていたんです。あ、勿論他の奴らもね」

「……皆して、僕を……」

「先輩だから特別っすよ。病院の先生から特別に許可をね」

「……そうか」

 

 レンは俯いた。

 

「……ノゾムよ。僕は思い知ったよ。今回の件で、自分の命が自分のモノだけではないと思い知らされた」

「レン先輩……」

「きっと、僕から死にに行かなくとも、今回のように理不尽に死ぬ事もある。貴様とは違い、僕は生き続ける事を半ば諦めていたのだろう。心の何処かでな」

「駄目ですよ、レン先輩! そんな事言ったら……!」

 

 心配そうに言うホタルを、彼は手で制した。

 

「ああ、そうだ。だからこそ、僕は……もう血迷いはしない」

「先輩……!」

「……こんな所で寝ているわけにはいかない。色々知りたいことがある。そうだ……玲奈はどうなった!?」

「玲奈!? ああ、従妹さんの事っすか。あの子なら無事っす。もうじき退院できるらしくって」

「そ、そうだったのか……」

 

 ならば良かった、とレンは胸を撫で下ろす。

 本体であるガ・リュザークを撃破したことで、完全に奴の配下のワイルドカードを絶つ事が出来たのだろう。

 

「だけど、事態はまだ終わってないのは確かっすよ」

「何? ……そうだ。死神(デス)だ! 死神(デス)のエリアフォースカードはどうなっている!?」

「そ、それは……」

「ノゾムさん……此処はハッキリ言った方が良いです。大変な事になっているのですから」

「そ、そうだよな……」

 

 意を決したようにして、ノゾムは言い放った。

 

 

 

死神(デス)のエリアフォースカードは……かつてのレン先輩の姿を模倣して暴れているんすよ」

 

 

 

 かつての──?

 レンは首を傾げた。

 奴が自分の姿を真似た所までは覚えている。

 しかし、その姿が奇妙だった。

 

「昔のレン先輩。大体、3年、4年くらい前、言わば全盛期のレン先輩の姿、とでも言うべきっすかね」

「全盛期? バカバカしい。身体スポーツではないのだ。昔の僕よりも、今の僕の方が強い自信がある」

「きっと、人々が一番知っているレン先輩の姿を模倣したのだと思います。ほら、D・ステラ──デュエリスト養成学校の対抗試合──は世界的にも放映されましたし」

「……そうか」

 

 全盛期説を否定したレンではあったが、確かにかつての方が沢山の修練、研鑽を積んでいた。

 やる事に追われている今に比べれば、純粋にデュエルに向き合っていたと言える。

 となれば、あながち死神(デス)が自分の過去の姿を模倣した理由も分からなくはない。

 

「して、暴れている、というのは……」

「奴は、街中にクリーチャーをばら撒いているんです。本体は、サッヴァークが迷宮化で奴を閉じ込めたらしいんですが、奴も結界を張って他の奴が入れないようにしている、と聞きました」

 

 オレはもうクリーチャーに関するものは何も見えないんで分からないんすけどね、とノゾムは付け加える。

 

「──奴は、何か言っていたか」

「さあ……ただ、今は交代で耀達がクリーチャーを倒している状況が続いていて、あいつらも疲れきってて……」

「翠月も例外ではない、ということか」

「……すぅ」

 

 寝息を立てる彼女。

 見舞いにやってきたのは良いが、そのまま疲れて寝てしまったのだろうか。

 ノゾム達が来た頃には眠っていたという。

 

「……翠月……」

 

 あの時、自分を師匠と呼んだのは彼女だったのだろう、とレンは回想する。

 紫月ばかりに目を掛けていて、彼女の成長を見てやれなかった、と彼は悔いた。

 彼女もまたエリアフォースカードに選ばれた事は知っていたが、それを聞いてレンは翠月にまで大変なものを背負わせてしまったと感じていた。

 しかし、彼女が居なければ、自分は本当に死んでいた。

 

「……はっ」

 

 かくん、と首が落ちて彼女はうたた寝から意識を引き戻された。

 辺りを見回すと、自分の醜態に気付いて赤面する。

 

「え、えと! 師匠!? 何時から目が覚めて!?」

「たった今だ」

「……良かったぁ! もうずっと起きないかと思ってたんですよ!?」

「……すまんな。心配を掛けた」

 

 泣きそうになりながら自分の手を取る翠月の手の平は、自分が知っているそれよりも大きくなっていた。

 

「……しづも心配してたし……先輩達も……」

「大丈夫だ。貴様のおかげで、今僕は此処に居る」

「……もう……師匠っ! 本当に、心配したんですから! 師匠もエリアフォースカードを持って戦ってるって聞いた時はびっくりしたし、まさかこんな事になるなんて……」

「本当に済まなかった」

「あ、それと……この人達は?」

 

 きょろきょろ、と見慣れない長身の男性と車椅子の少女を見て目をパチクリさせる翠月。

 フランクに笑いながらノゾムは「まあ、この人の後輩さ。昔からのね」と答える。

 

「後輩さん、だったのですか」

「というより刀堂花梨って知ってるだろ? オレ、そいつのアニキ。ノゾムって言うんだ。よろしくな」

「貴方が、そうだったのですか! あのノゾムさん、なのですね!」

 

 どうやら、翠月は彼についての話は聞いていたらしい。

 それならば話が早い。

 

「えと、それでこの女の子は……ハッ、彼女さんですか!?」

「ぶっふ!?」

「ち、ち、ち、違いますよ!? 私達、まだ、そういうのでは……」

 

 露骨に取り乱すノゾムとホタル。

 こいつら、まだ中学生のまま関係が進んでいなかったのか、とレンは呆れた。

 

「え、えと、私は淡島ホタル。ノゾムさんとは同級生なんです」

「そ、そうだったのですか……」

「彼らもクリーチャーの事について知っている。僕にとっては協力者のようなものだ」

「師匠、本当に顔が広いのですねえ」

 

 その反応は妙にずれているような気がしたが、黒鳥は話を戻すことにした。

 

「しかし謀反、か。まさか自分がこんな目に遇うとは、ファウストを笑えんな」

『うむ……死神(デス)は相当危険なカードということであろう。よもや、主に謀反する程とは思わなんだが……』

 

 野太い声と共に、カブトムシのようなクリーチャー・オウ禍武斗が現れる。

 頼もしそうな守護獣だ、と黒鳥は率直な感想を抱く。

 

「他のエリアフォースカードを見るに、やはり死神(デス)が特別、ということか……いや、愚者(ザ・フール)の件もあるし、忠実な部類とそうでないものに二分されるということなのだろうな」

「うう……そうみたいですね」

「しかし……はっきりとはしないが、分かる気がするんだ」

 

 黒鳥は恐らく今も自分の姿を借りて暴れているであろう死神のカードを思い浮かべた。

 

「……僕はあいつに魂を売った。そして、あいつは買った。僕の生きる事への絶望に奴は漬け込んだんだ」

「師匠が、絶望……?」

「翠月。貴様は、この戦いに見通しが付いているか? いや、終わりの無い戦いの繰り返しだ。ひょっとすれば死ぬまで掛かるかもしれない」

「そ、それは……」

「非日常は貴様等の精神を摩耗させる。一度足を突っ込んでしまえば、こうなる事も有り得る。何時死ぬか分からない命、誰に売っても同じだ。僕はそう思っていた」

 

 彼は拳を握り締めた。

 

「……しかし、僕は間違っていた。だからと言って、それは生きる事への希望を捨てて良い理由にはならないんだ」

「師匠……」

「戦うしかない。芸術が現実への反抗ならば、生きる事は逆境への反抗だ。僕達は抗い続けなければならない」

「抗い続けないと、また大切な誰かが傷つけられる」

「そのためには、戦わないといけない……」

 

 ノゾムの言葉に、ホタルは目を伏せた。

 レンは居た堪れなくなる。

 

「しかし、だからこそ僕たちは前に進めるんだ」

「……はいっ! それでこそ師匠です!」

「さてと。そう考えたら、うかうかしていられないな」

 

 彼は無理矢理ベッドから身体を起こそうとする。

 ノゾムは「ちょっと!? まだ意識が覚めたばかりっすよ!?」と止めようとするが、それを制した。

 

「ノゾム。確かに今の僕にはエリアフォースカードも守護獣も何も無い。全てを奪われたゼロの状態だ」

「で、でも……」

「止めても無駄ですよ、ノゾムさん」

 

 すっかり諦めた様子でホタルは言った。

 

「レン先輩も、すっかり……あの人の影響に中てられてしまったみたいですからね」

「……フン。誰があいつのことなど」

 

 彼はふらつく足取りで、ベッドから降りた。

 病院服を脱ぎ捨て、包帯に覆われた体の上から、いつもの黒いコートを羽織る。

 洗濯されて綺麗になっていた。

 

「し、師匠、本当に大丈夫なんですか!?」

「……傷が思ったよりも浅いな。輸血もしたし、日も経っている。いけるだろう」

「いや、いけないんすけどね!?」

「翠月。今分かっている事について教えてくれるか」

「は、はい。死神(デス)は元々こういう凶悪なカードだったらしいって、聞きました」

「そうか。そして、耀達が今は戦っているんだな?」

「街に現れたクリーチャーは大した事ないみたいです。でも、死神(デス)自体は巨大なバリアみたいなのを張って逃げ回ってるみたいです。そこになかなか入れないみたいで……」

 

 となると、やはり問題は死神(デス)自体か。

 あれの目的を探らなければならない。

 

「そして、人の名前を叫びながら、外に出たがってるみたいです。まあサッヴァークの迷宮で逃げられないみたいですけど……それが破れるのも時間の問題らしくって」

「……奴のバリアをどうにかして解除出来ないのか?」

「なんか、しづが色々頑張ってるみたいですけど、私にはさっぱりです。魔法とか全く分からないから……」

「ああ。恐らく頑張っているのはシャークウガだな」

「でも、大分苦戦しているようです。どうやら、バリアの破壊とデッキ選びが何故か関係がある、って言ってて……」

「デッキ選び、か……!」

 

 となれば、まずやることは決まって来る。

 

「……翠月。紫月に会わせてくれるか?」

「は、はいっ。今なら学校に居ると思います」

「待ってくださいよ先輩!? オレ、病院の先生に何て言い訳をすればいいか……」

「……脱獄したと言っておけ」

「あああァーッ!! 何の釈明にもなってねぇ!!」

「まあ、ある意味レン先輩らしいですね」

「つか、今の先輩が出向いても何も出来る事なんか……!」

「奪われっぱなしは癪だ。何が出来るかは向こうで考える」

 

 そう言ってレンは立ち上がる。

 ああ、こうなってしまった彼はもう止められない、とノゾムは頭を抱えた。

 

「レン先輩」

「……何だ?」

「紫月がデッキに悩んでるというのなら……これも試してくれって言って下さい」

「それは?」

「鎧龍で開発されたばかりの新カードです。まだ、一般には出回ってませんが……相手が守護獣なら止むを得ません」

 

 そう言ってノゾムは黒鳥に茶封筒を渡す。

 中にはカードの束らしき膨らみが確認できた。

 

「……助かる。それじゃあ、行ってくる」

「待って下さい! 私も一緒に行きます! 師匠1人じゃ心配ですし……」

「ああ。着いて来い、翠月」

「というか、師匠戦えないから私が守ってあげないと駄目じゃないですか!」

 

 翠月が彼を追いかける。

 それに向かって手を伸ばそうとしたノゾムだったが、腕をホタルに掴まれた。

 

「……ホタル。止めなくて良いのかよ」

「分かりません。分からないけど……きっと、止めたって無駄なんです」

「……ああ、分かってるよ。ぶっ倒れたはずだったのに、今度もあの人は……起き上がった。オレは、起き上がれなかったのに」

「大事な人が戦って傷つくのは心配です。でも……彼らはきっと、それが押し付けられた役割とは思ってないんですよね。先輩も、あの翠月さんも……自らの意思で大事な人を守ろうとしているのだと思います。庇うだけが守るってことじゃないんです」

 

 一人では脆くとも、束になれば強固になれる。

 一人でずっと戦ってきたノゾムには、忘れかけていた感覚だった。

 

「……並び立って戦う、か。そうだ。オレももっと早く、それに気付いていれば……」

「ノゾムさんは何も悪くないですよ。私もそう思っていました。だけど……あの人たちを見ていると、確かに危なっかしい時もあるけど、どんな不可能な事もやり遂げてしまうんじゃないかって思えるんです」

「いいや……オレはいつもこうだ。出遅れて痛い目を見て、やっと大事な事に気付いて……オレはやっぱり、大馬鹿野郎だ」

 

 悔しそうに彼は吐き捨てた。

 そんな彼の手を、ずっとホタルは握り締めていた。

 

「私が一緒に居ますから。今は任せましょう? あの人たちに」

「……ああ。頼んだぜ、レン先輩……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「人の名前、か」

「どうしたんですか?」

 

 病院を出た黒鳥は、考え込むように顎に手をやった。

 翠月が怪訝そうな表情で問う。

 

「人の名前、か。一体誰の名前を叫んでいた?」

「さ、さあ……ただ、叫び方が誰かに呼び掛けるようだったって事で」

「……急ごう。それが奴の行動原理を知るきっかけになるかもしれん」

 

 それと、自分の姿で好き勝手にされるのはやはり不快だった。

 成り代わる? 冗談じゃない。自分は今此処に居るのだ。

 

「奴は狡猾だ。僕の姿だけを模倣したとは思えん。奴は言っていたんだ。最強のデュエリストに最強の守護獣、そして最強の戦法が合わさって初めて自分は頂点に立てる、とな」

「……もしかして、死神が模倣しているのは師匠の姿だけではないってことですか?」

「奴はエリアフォースカードとして常に僕の近くに居た。僕から何を抜き取っていてもおかしくはない」

 

 今となっては胸糞が悪いが、と黒鳥は吐き捨てた。

 しかも、前例が存在するのだ。

 以前、(タワー)のエリアフォースカードを取り込んだ《侵略者フェイスレス》が、ブランの姿のみならず思考、行動パターンを読み取ったという事件。

 それを紫月から聞かされた時、黒鳥はぞっとしたものだった。

 それがよもや自分に降りかかるとは思いもしなかったのであるが。

 ともあれ、バリア破壊に勤しんでいるであろう紫月の元に急がなければならない。

 

「……あれか」

 

 黒い球場のものが遠巻きにぼんやりと見えた。

 どうやら、死神のカードの結界とやらは想像以上に大きいものらしい。

 

「あそこから、クリーチャーがどんどん出てて……また、病気を撒き散らしているみたいなんです。サッヴァークが閉じ込めてなければ、鶺鴒の外に拡散していたと思います」

「サッヴァーク様々だな。あいつが居なければ、大惨事だったぞ。しかし病魔、か。ガ・リュザークのマナを吸収した所為でこうなっているのだろう」

「はい……」

 

 よもや、事態が更に悪くなるとは。

 黒鳥は歯噛みする。一手一手が裏目に出てばかりだ。

 そう思った時だった。

 周囲の木々がざわつく。

 烏が次々に飛び立っていった。

 不吉な予感と共に、地面が揺さぶられる。

 

「ク、クリーチャー!?」

「これは……!」

 

 甲高い叫び声が響く。

 同時に、怒号の如き咆哮が地面を震わせた。

 現れたのは、炎が変容した無月の獣だ。

 

「デ・ルパンサーに、デ・スザーク……!!」

「くそっ、死神のカードからすれば、奴らを量産するのは造作ない事ということか!」

 

 オウ禍武斗がすぐさま実態化し、飛び掛かるデ・ルパンサーを投げ飛ばす。

 しかし、前回のようにはいかない。猛獣は地面に叩きつけられるも、炎となって空気中に離散し──再集合。再び獣の姿を象った。

 

『これは面妖な……! 以前とは明らかに力の桁が違う。デュエルは避けられん』

「どうしましょう!? 2体いっぺんに相手するなんて出来ないですよ!?」

「くそっ、せめて応援の魔導司が居れば……!」

 

 黒鳥は振り向いて絶句した。

 病院の方へ向かって、大量の闇のクリーチャーが飛んでいる。

 それを、魔導司と思しき人間たちが迎撃しに向かっているのだ。

 この様子ではアテにならない。人手が足りないのだ。

 

「……良い考えがある」

「考え……!?」

「この状況を一気に打開する方法だ。オウ禍武斗! 分かるな?」

『うむ』

「え!? 何で二人で分かったみたいになってるんですか!?」

「何簡単な事だ。まず、オウ禍武斗の手に登る」

 

 言われるがままに翠月はオウ禍武斗の掌によじ登った。

 次の瞬間、彼は羽根を大きく羽ばたかせた。

 

 

 

「こ、これってどういう──!?」

「──逃げる」

 

 

 

 地面を大きく蹴ったオウ禍武斗は一気に空へと舞い上がる。

 2人は胴を掴まれてはいるが、風が一気に巻き起こり、髪が逆立った。

 

「あばばばばばばばァーッ!? ししょうーっ!?」

「落ち着け。直に慣れる」

 

 空中で態勢を安定させたオウ禍武斗は、背後から迫って来る2体を見た。

 高速で飛行する事に慣れていると言わんばかりに平然とした様子で黒鳥はオウ禍武斗に言ってのけた。

 

「オウ禍武斗。この近くに何か反応はあるか?」

『大きな魔力が二つ、迫ってきている』

「好都合だ」

「嫌ァーッ! ちょっと師匠!! もうすぐそこにデ・スザークとデ・ルパンサーがぁーっ!」

 

 追っては来れなかった。

 猛獣の胴体を蹴り飛ばす新幹線の巨人、そしてロケットブースターによって加速された鉄拳を叩きこむ猿人。

 翠月は、空中に線路が敷かれている事に気付く。

 

「こ、これって──!」

「翠月。状況が不利な時、無理に相手をする必要はない。時に逃走は、味方の交戦圏に敵を誘い込む事を意味するのだ」

 

 これはかなり幸運な部類だがな、と黒鳥は付け加える。

 新幹線の巨人のコックピットに乗り込んだ少年、そして猿人の腕に抱きかかえられた少年がこちらを向いた。

 

「そんなに不思議そうな顔をするな。僕が生きているのがおかしいとでも?」

「チョートッQが、オウ禍武斗がドルスザクに追われているっていうから駆けつけてみたら……黒鳥さんが何で此処に!?」

 

 そう言う耀も頭に包帯を巻いていた。

 

「病院を抜け出してきたみたいですね。不和侯爵(アンドラス)

「嘘だろ!? 何考えてるんすか、黒鳥さん!?」

「時間がない。今暴走している敵が僕の姿だけをコピーしているわけではないとすれば、僕が寝ているわけにはいかないだろう」

「そうやって、また無茶するつもりでしょう!?」

「易々とこの命を捨てるつもりは無い、とだけは言っておこう。それに、相棒が奪われたままだ」

「っ……!」

 

 即答だった。

 耀も何も言い返せない。

 今の彼は、三日前とは違って付き物が取れたようだった。

 

「白銀。紫月は学校に居るんだな?」

「部室に居ます。頼むから、無茶な事だけはしないで下さいよ! 玲奈ちゃんが泣きますからね!」

「勿論だ」

 

 その不敵な笑みを見た時、耀は心の奥底から「大丈夫だ」という確信を持てた。

 彼の目元からは、すっかり隈が落ちていた。

 彼らが飛び去ったのを見やると、火廣金が2体の無月の魔獣を睨んだ。

 

「部長。この2体を排除するとしよう」

「だけど大丈夫かなあ、黒鳥さん……」

「まだ言うか。どちらにせよ、この手の偽物相手には本物の力が必要不可欠だ。バリア解除の足掛かりになるかもしれん」

「……なら仕方ねえ。今俺らがやるべきことをやるっきゃねえ!」

 

 頭の包帯を抑えながら、耀はエリアフォースカードを手にしたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お、おぇぇえ……こんな事になるなんて……」

「にしても、白銀と火廣金がクリーチャーを退治に回っていて幸運だったな」

 

 吐きそうになるのを堪える翠月。

 完全に乗り物酔いであった。

 部室に辿り着いたのは良いが、もうダウン寸前だ。おかしい、今日はまだ一回も戦っていないというのに。

 

「はい……あの死神は、定期的に大きなクリーチャーを何体か生み出すんです」

「一体一体の力も強い上に数でも押してくるとは。やはり、早期に本体を叩いた方が良いようだ」

「そ、そうみたいです……」

「とにかく、しゃんとしろ。紫月の前で吐くつもりか貴様は」

「師匠、何時に無く厳しいです……」

 

 扉を開ける。

 そこに居たのは──カードの束と睨めっこをしている紫月。

 そして、何やら魔方陣を組み立て続けている鮫の姿があった。

 声を掛けるのも憚られる程、1人と1体は集中していた。

 扉を開けて入ってきたこちらに彼女は気付かない。

 

「──紫月」

 

 ぴくん、と彼女の肩が跳ねた。

 夢でも見ているかのように、紫月は黒鳥の方に顔を向ける。

 あっけにとられた様子だった。

 

「師匠……?」

「何だ。亡霊が黄泉還ったと言いたげな顔をしてからに。僕は確かに地面に足が着いているぞ」

「な、何で──」

 

 くしゃり、と彼女の顔が歪む。

 

「待ってください。師匠は入院していて、意識が無かったはずでは──」

「だが、今此処に立っている。ケリを付けて、僕の帰りを待つ者の所へ帰る」

「……!」

 

 ぎゅっ、と彼女は唇を引き絞った。

 

「……師匠が死に瀕したと聞いた時、胸がざわついて、居ても立ってもいられなくて……みづ姉が居なければ師匠は死んでいたって聞いて、ぞっとして……」

「しづ……」

「相も変わらず根は心配性か。デッキ作成もバリア解析も、貴様の事だ。滞っているだろうと思ったよ」

「まさか師匠、それを見越して……!?」

「誰の所為だと思ってるんですか!」

「それに今更この程度、どうってことは……痛ッ」

 

 ずきり、と激痛が響いた。

 紫月と翠月が慌てて駆け寄る。

 

「無茶しないでください! 何やってるんですか! それで病院を抜け出してきたんですか!」

「師匠が弟子だけに尻拭いをさせるわけにはいかない」

「え?」

「僕は『不和侯爵(アンドラス)』、黒鳥レン。貴様と、翠月の師だ。自分の不始末の責任を果たさずして、何が師匠だ」

「師匠……!」

「手伝わせてくれ。紫月」

 

 黒鳥は自らが師匠と呼ばれるのは好かなかった。

 その彼が初めて自ら師と名乗った。

 己の弟子達への責任を果たす為に。そして、決着を付ける為に。

 

「……やりましょう、師匠。師匠と同じ顔をした輩が街中を飛び回っているのは、気に食わないです」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「自分と同質の力以外を通さないバリア?」

「そうなりますね」

 

 紫月は、カードの束を眺めながら言った。

 

「シャークウガの分析では、そういった結論が出ました」

『どうやら、死神(デス)のアルカナを持つ魔導司事態の数が少ねぇ、いや……殆どいねえらしいんだ。死の魔法、病の魔法ってのは忌み嫌われるらしい』

「そう、か……」

 

 エリアフォースカードの作り手が何を思って、死神(デス)のカードを作ったのか分からない。

 最初からこうして人類に災厄を齎す事を分かっていたのか。

 それとも理由があって、全ての属性のカードを作る必要があったのか。

 

「ともあれ、奴の力は”拒絶”そのものです。死神(デス)と同質の力の持ち主でなければバリアの突破は出来ません」

「今暴れているのは、まさに僕が持っていたカードで、阿修羅ムカデも奴に鹵獲されてしまっている」

「ねえ、しづ。それって詰んでない? 大丈夫なのかしら?」

「みづ姉。対抗策が無いのなら、こうして悩んではいませんよ。拒絶されるなら、バリアを誤魔化せば良いんです」

『着想を得たのは、こないだの(タワー)を取り込んだフェイスレスの技だ』

「誤魔化す……まさか、偽装するとでも言いたいのか」

「その通りです」

 

 紫月は魔術師(マジシャン)のカードを掲げた。

 

魔術師(マジシャン)はありとあらゆる魔術の宝庫と言えるカード。同時に、魔術師(マジシャン)のアルカナが司るのは”変化”です」

「”変化”か……」

「そのため、私が活路を見出そうとするたびに、このカードも魔法の使い道を示してくれるのです。……私利私欲のそれでは動かないくらい、堅物なのですがね」

『マスター、菓子を増やせる魔法は使えないのか、とか言ってたからなあ』

「もう、しづったら……そんな事なら私に言えば良いのに」

「太るぞ貴様」

「ふ、太ってませんし。ともかく、これでバリアを突破すること「は」出来るでしょう」

「突破することは、か。と言うことは問題はその後だな」

「はい」

 

 彼女の悩みは、机上にぶちまけられていた。

 何度も試行錯誤した様子だった。

 

「死神のアルカナに偽装するには、ある程度デッキを死神のアルカナが扱うそれに寄せる必要があるのです」

「というのは?」

「闇のカードを使ったデッキでなければ、偽装が出来ないのです。死神のマナを纏う、と説明すべきでしょうか。少なくとも、いつものムートピアデッキではすぐにバレるでしょう」

「そうか……だが、貴様なら闇のデッキくらい幾らでもあるはずだ」

 

 黒鳥は紫月のデッキ構築力を買っている。

 現に彼女は、これまでに多くのデッキを作ってきていた。

 

「ただ組むだけなら良いでしょう。しかし、問題は……仮に突破出来たとして、作ったデッキが余りにも魔術師(マジシャン)に適合しないデッキだと出力が著しく落ちるということです」

 

 それは以前、偽ブランに敗北した時に思い知った事だ。

 幾ら他のカードに比べて、その許容範囲が広い魔術師(マジシャン)と言えど、である。

 以前の墓地ソースはシャークウガが苦悶の表情で戦闘許可を出す程度には適合したものではあったのだが、それでもムートピア主体のデッキには遠く及ばない。

 デッキがエリアフォースカードに適合しなければ、「運」の要素で大きく相手に差を付けられる事になるのである。

 

「しづ、デッキを二つ持てば良いんじゃない?」

「駄目です。持って行ったもう一方のデッキでバレます」

「うう、駄目なのね……天才的発想だと思ったのに」

「つまり目下の問題は、死神の偽装が出来て、尚且つ魔術師のカードの力を落とさないデッキの作成か……」

「確か、デ・スザークみたいな無月デッキや師匠のようなリアニメイト主体の闇デッキが死神と相性が良い、のよね……」

「……無月か」

 

 黒鳥はコートのポケットをまさぐった。

 そして、茶封筒を取り出す。

 ノゾムから貰ったものだった。

 

「……紫月、行けるかもしれんぞ」

「何ですって?」

「無月の門には無月の門だ。こちらも最恐の戦略で叩き壊してやれば良い」

「何言ってるんですか……無月の門は闇が主体のデッキ。しかもデッキを魔導具で埋めないといけないから、下手に水文明を入れたら構築が難しくなるんです」

「──そう、唯の水のカードならばな」

 

 黒鳥は茶封筒からカードの束を見せつける。

 紫月は驚愕したようだった。

 

「それって──」

「鎧龍は新しいカードのテスターが集まる都市でもある。だから、こういったカードも存在する。ノゾムが持って来てくれた」

「ノゾムさんが……!」

「え? 魔導具って闇のカードだけじゃないのですか、師匠」

「かつての常識ならばそうだ。しかし、常識では常識を逸した相手には対抗出来ない」

「見せてくださいっ」

 

 これならば、紫月の言っていた両方のエリアフォースカードに寄せたデッキが作れるはずだ。

 カードの内訳を見た紫月の目が輝く。

 

「……いけそうですね。相性の良いカードを幾つも思いつきました」

「ああ。これが僕達の新しい無月の門だ」

『へぇーえ、無月の門……か。俺も興味が湧いて来たぜ』

「シャークウガ。これなら大丈夫そうか?」

『オリジナルの俺が見たら良い顔はしねぇだろうな。だが……今はそんな事は言ってられねえ。水らしく、存分に利用させて貰うぜ』

 

 シャークウガは不敵に笑ってみせた。

 あとはデッキを構築するだけだ。

 

「それじゃあ、カードを絞り込むぞ。白銀達がクリーチャーを相手取っている以上、僕らも悠長にはしていられない」

「えっ!? まさか、これから倒しに行くんですか!?」

「思い立った日は吉日。それ以降は全て凶日です。早いに越した事はありません」

「ううう……分かりました、テストの相手は私にやらせて! 私だけ除け者にするのなんて無しですからね!」

 

 役者は揃った。

 師匠と弟子。

 3人は今此処にようやく、立ち並んだ。

 

「よし、やるぞ紫月、翠月」

「あの偽物を沈めてやりましょう。そして阿修羅ムカデを取り返さないと」

「私も頑張りますよ、師匠!」

 

 3人は拳を突き合わせる。

 もう時間は無い。日が暮れる前にデッキを組む必要がある。

 オウ禍武斗が唯々ソファの上で笑みを浮かべていた。

 

 

 

『うむ……! 師弟の絆、か。良きかな……良きかな!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 既に空は暗くなりつつあった。

 炎の猛獣達が、次の獲物を探さんとばかりに街を駆ける。

 その瞳は、空を飛ぶ妙な影に注がれた。

 自分たちの主に似た雰囲気でありながら、妙な気配。

 異様なそれを追いかけようとする。

 

「貴方達の相手は、私ですよ!」

 

 刹那、何かが降って地響きが襲った。

 炎の魔獣達は現れた影に飛び掛かる。

 が、そこには既に何も居ない。

 

「こっちですよ!」

 

 飛び立つ巨大な影。

 それを追って大量のクリーチャー達が空へ羽ばたき、あるいは宙を駆ける。

 

「うわぁ……いっぱい来てる……!」

『だが、派手に暴れたから、これで釣れるはず。後は逃げるのみぞ、我が主よ』

「だと良いですけど!」

 

 迫りくるクリーチャー。

 中でも一際巨大なのは、やはりあのガ・リュザークだ。

 オウ禍武斗に追随する速度で飛翔する。

 追い追われの空中チェイス。

 このままずっとそれが続くと思われたが──

 

 

 

「オイ、何勝手にうちの後輩のケツ追っかけてんだコラ」

 

 

 

 その嘴は頭部諸共一瞬で粉砕された。

 怒気を込めた拳を放ったのは、蜂のクリーチャー。

 毒づくのは、それに抱えられるオレンジ色のヘアバンドの少年。

 

「ったく、囮なんてテメェが言いだした時はどうしようかと思ったぜ」

「桑原先輩が居れば大丈夫だって思ったんですよ?」

「巻き込む前提か!! まぁいい。やらなきゃいけねえ事だからな」

『そりゃあもう、ヒーローは時に汚れ役を請け負うものさ! 喜んでボクは引き受けるよ!』

「テメェは楽しそうだな!」

 

 桑原は垂れた冷や汗を袖で拭った。

 後輩にもしもの事があったら、と気が気でなかったのである。

 だが、止まっている間にデ・ルパンサーやストロング・ゲドーと言ったドルスザクが次々に飛び掛かって来る。

 ガイアハザードとグランセクトの騎士団長が揃い踏みしたとはいえ、2体でこの数を相手取るのは不安が残る。

 しかし。

 

 

 

「めぇぇぇーんッッッ!!」

 

 

 

 一挙に不死鳥の大群を大太刀で切り伏せる巨大な龍。

 次々に地面に撃ち落とされていくそれらは、しばらく起き上がれないだろう。

 あとは順次撃破するだけだ。

 

『主よ。掛け声を上げるのは結構だが、切りつけるのは俺なのだが』

「細かい事は気にしない! 気合は大事だかんね!」

 

 浮かび上がってきたのは、バルガ・ド・ライバーとその肩に飛び乗った花梨だった。

 

「刀堂先輩! 協力感謝します!」

「気にしなくていーよ。あたし、一番大変な時に試合で駆け付けられなかったからね。囮くらい幾らでも引き受けちゃうよ」

 

 でも、と彼女が言うとバルガ・ドライバーの双剣が不死鳥たちに向けられる。

 

「別に、全員ぶった切っちゃっても良いんでしょ?」

「はいっ! やっちゃってください!」

「何でうちの学校の女子、こんな物騒な奴ばっかなん……?」

「にしても黒鳥さん、大丈夫かなあ……」

 

 花梨は髪を掻き毟る。

 以前の自分の言葉はやはり届いていなかったのだろうか。

 

「……大丈夫ですよ。あの人だって、死にたいわけじゃないんです。それに、しづが付いてますから」

「俺達に出来んのは、こいつらをぶっ倒す事だ。今は信じるだけだぜ」

「そだね。じゃあやっちゃうよ!!」

 

 3人のエリアフォースカードが光り輝く。

 それが、次々に魔獣達を飲み込んでいくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……付いてくるんですね、結局」

「元より死神の適性を持つ僕が向かった方が良いだろうと思ってな」

『実際偽装の精度はより上がっているぜ』

 

 死神の障壁の大きさは、より大きくなっていた。

 しかし、既にそれは突破した後だ。

 シャークウガの両肩に乗る二人は、死神を目指す。

 そして、思ったよりも早くそれは見つかった。

 死神は──項垂れた様子だった。

 

「な、ぜ、だァっ!! どうしてだ!! どうしてここから出られないんだァ!! 俺は早く太陽の男を殺さなければいけないのに!!」

 

 

 

「残念だが、そいつを倒すのは僕の終生の目標なんでな」

 

 

 

 死神の眼前に亡霊が現れる。

 殺したと思っていた主は、何故か彼の目の前に浮いていた。

 

「死に損ないが!! まだ生きていたのか!!」

「残念だが、僕は地獄の鬼に嫌われているらしいんでな」

「一昨日きやがれ、です」

 

 紫月が魔術師(マジシャン)を掲げた。

 死神は嘲笑う。

 自分と同質の力しか通れないはずの障壁。

 それを通したのは、間違いなく魔術師(マジシャン)の小細工によるものだ。

 つまり、このカードはやはり人間に従って自らへの活路を示したのである。

 

「何故だぁ!! 何故だ魔術師(マジシャン)!! 僕達は人間に縛られるような存在じゃない!! 何故、そんな奴の犬に成り下がる!?」

『カーッ、しゃらくせぇ野郎だな! 他人の姿を借りている時点で貴様も人間に縛られている事がまだ分からねえのか?』

「ブーメランです」

「うるさい!! 僕は最強でなければならない!! 最強になって……思い知らせてやるんだ!! 貴様に成し得なかった事を成し、僕こそが最強だということを証明するんだ!!」

 

 子供のように喚き続ける彼に、黒鳥はかつての自分の面影を見た。

 太陽の少年に出来る事が、自分には何一つ成し得ず、落ちる所まで落ちてしまった時の記憶が蘇った。

 そんな過去を斬り捨てるように、黒鳥は言い放つ。

 

「幼稚だな。そんな強さは何の意味も持たない」

「強さには、意思が伴っていなければ意味がありません」

「そして、意思には魂の美しさ、即ち美学が伴っていなければならない。貴様は僕の記憶を辿っているだけに過ぎない。強さも、貴様の記憶も、全て借り物だ。そんなものに意味は無い!」

 

 二人はエリアフォースカードを掲げる。

 終わらせよう。

 今度こそ。

 

 

 

「行くぞ紫月」

「言われるまでも無いです。魔術師(マジシャン)、起動しなさい」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)(ワン)……MAGICIAN(マジシャン)!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 空間には、死神。

 相対するようにして、紫月と黒鳥の2人が立っていた。

 近くで彼を巻き込んでしまったからだろう。

 だが、好都合だった。

 

「貴様等、諸共に地の獄へ落ちろ……《堕魔 ドゥリンリ》召喚!」

 

 受話器の姿をしたクリーチャーが現れる。

 やはり無月デッキで間違いない。

 レンと紫月は身構えた。

 

「早速出してきましたね、魔導具……!」

「奴は墓地のカードを増やし続ける。放っておくのはよろしくないな」

 

 頷いた紫月は2枚のマナをタップする。

 確かに既存の闇の戦法は、無月の門デッキには通用しにくいかもしれない。

 破壊は利敵行為になるし、手札破壊合戦で泥沼試合になりかねないのだ。

 

「貴様等が何を使ってきても、魔鳳の力を宿した最強のデュエリストである黒鳥レンには通用しないわッ!! クハハハハハッ!!」

 

 偽物が高らかに笑った。

 

「余裕ぶっていられるのも今のうちですよ。2マナで《堕呪(ダスペル) バレッドゥ》を詠唱」

 

 解き放たれたのは、樽のような魔導具。

 それが紫月の手札に潤いを齎す。

 彼女はカードを2枚引き、そしてカードを1枚捨てた。

 つまり、手札交換の呪文であるが……普通のカードと決定的に違う箇所があった。

 

「……魔導具の呪文か」

「そうだ。これが貴様の障壁を欺いたカードの正体だ」

「これでターンエンド、です。怖気づきましたか?」

 

 歯噛みする死神。

 しかし、次の瞬間には既に余裕を取り戻していた。

 

「……だからどうした? と貴様の言葉を借りておこう! 貴様等が新しい手を見せびらかせたつもりになろうが、僕には関係ない事だ! 3マナで《堕魔 グリギャン》を召喚!」

 

 燭台のクリーチャーが現れ、墓地へカードを3枚送り込んだ。

 ターンの終わりに《ドゥリンリ》で更に1枚のカードが墓地へ送られる。

 これで墓地のカードは合計で5枚となった。

 

「……私のターン」

 

 カードを引く紫月。

 魔導具を並べられて不利に見える状況だが、彼女もキーカードを引き当てていた。

 

「2マナで展開、《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》」

「!!」

 

 空間は一気に虚ろの瘴気に包まれた。 

 青い魂魄が周囲を飛び回る。

 見慣れないそのカードは、フィールドカードだった。

 

「教えてやる。これが無月フィールドだ。貴様が知らんのも無理は無いがな。クリーチャーではないから、大抵の闇の破壊カードでは退かす事は出来んぞ」

「貴様等……小細工を……!」

「そして、《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》がある時、相手の魔導具呪文、ドルスザク呪文の詠唱を禁止する効果をこちらは無視することが出来ます」

 

 呪文の詠唱禁止を無効化するという能力は、呪文主体のこのデッキには大きなプラスとなる。

 これで邪魔は入らない。

 

「1マナで《ジョラゴン・リロード》を使用してカードを1枚引いて1枚捨ててターンエンドです」

「ぐっ……何だ、何なんだよ貴様等はァ……!」

 

 死神の手札から魔方陣が浮かび上がる。

 そして、新たな悪意の素が滲み出た。

 

「《堕魔 ヴォガイガ》召喚……! 更に墓地のカードを4枚、肥やさせて貰うぞ! 回収するのは《卍デ・ルパンサー卍》だ!」

「これで墓地のカードは8……いや、《ドゥリンリ》で9枚ですね」

「そうだ。お前達には更に恐ろしいものを見せてやる。ターンエンドだ」

 

 《ヴォガイガ》が居れば、相手の魔導具のコストは1少なくなる。

 更なる展開は免れないだろう。

 ならば先んじてそれを防がなければならない。

 

「私のターン。3マナで《堕呪(ダスペル) カージグリ》を唱えます」

「ッ!?」

 

 破壊が駄目ならば、せめて時間稼ぎをする。

 《ヴォガイガ》によって、墓地を増やされるのは仕方ないと割り切る。

 

「効果で相手のクリーチャーを1体選んでバウンスします。《ヴォガイガ》を手札へ」

「ククッ……それだけか?」

「それだけじゃありませんよ。《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》の効果で、唱えた魔導具呪文を墓地へ送る代わりにこのカードの下へ置き、カードを1枚引きます」

「……!? 何を考えている! 無月の門の命は墓地だぞ! 魔導具を墓地に送らないでどうするというのだ!?」

「まあ見ていれば分かりますよ」

「おのれ、侮っているのか……? この僕を……?」

 

 悪態をついた死神は4枚のマナをタップする。

 

「4マナで《ヴォガイガ》を召喚。そして、場の《ドゥリンリ》と《グリギャン》、墓地の魔導具2体で無月の門を展開する!!」

 

 魔方陣が現れた。

 そこから次々に魔導具が堕とされて砕け散る。

 

黒虎(パンサー)……黒虎(パンサー)……(デス)黒虎(パンサー)……!』

「グリ……ドゥ……ザン……!! 開門(ゼーロ)、無月の門!!」

 

 虚空から現れるのは豹のようなクリーチャー。

 煉獄の炎に包まれた魔獣が飛び出す。

 

「切り裂け、《卍デ・ルパンサー卍》!!」

「出てきたか……!」

 

 黒豹のドルスザク、《卍デ・ルパンサー卍》は攻撃時にクリーチャーを破壊する能力を持つ。

 だが、死神の展開はこれだけには留まらない。

 

「墓地からムーゲッツの《ティン★ビン》、《ハク★ヨン》、《堕魔 ジグス★ガルビ》を場に出す。そして、《ヴォガイガ》の効果で山札の上から4枚を墓地へ送り、《ヴォガイガ》を回収する──!」

「……まさかこれは」

「これだけでは終わらんぞ! 《ティン★ビン》の効果でカードを1枚捨てろ」

「《堕呪 ギャプドゥ》を捨てます」

「そして《ジグス★ガルビ》は魔導具だ! 場の《ヴォガイガ》と無月の門を開く!!」

 

 ぞくり、と紫月は悪寒を感じた。

 

「……まさか、この気配は」

「来るぞ、紫月!」

「──悦べ! 感動の再会だ!!」

 

 魔導具が4枚、再び魔方陣目掛けて降り注ぎ、砕け散った。

 漏れ出る液体が煉獄の炎へ注がれていく。

 

蜈蚣(ムカデ)……蜈蚣(ムカデ)……夜叉羅蜈蚣(やしゃらムカデ)……!!』

「グリ……ドゥ……ザン……開門(ゼーロ)、無月の門!!」

 

 無数の蟲が集合し、一つの巨大な蟲を象っていく。

 それはレンの良く知る彼でありながら──最早彼では無かった。

 

 

 

「これより誘うは無間地獄──《無明夜叉羅ムカデ》!!」

 

 

 

 現れたのは、無月の門の力を手に入れた阿修羅ムカデ。

 その顔には兜が付けられており、厳めしい容貌となっている。

 全身には鎧が身に着けられていた。

 

「っ……阿修羅ムカデ!!」

「馬鹿め、聞こえる訳が無いだろう。そいつはもう、この死神の守護獣だ!」

「貴様……!」

 

 怒りを表すレン。

 死神は挑発するように嘲笑する。

 所詮は人間、情には弱い生き物だ。

 

「無月の門が発動したので、墓地から《ジグス★ガルビ》と《ハク★ヨン》を更にバトルゾーンに出す!! これでターンエンドだ!!」

 

 大量展開。

 死神の場には、《無明夜叉羅ムカデ》に《卍デ・ルパンサー卍》、《ティン★ビン》に《ハク★ヨン》2体、そして《ジグス★ガルビ》の合計6体のクリーチャーが出揃ってしまっている。

 何かしらの対策が無ければ、次のターンに総攻撃を決められてしまうのだ。

 

「師匠、落ち着いて下さい」

「くっ、冷静にならねば……!」

「2マナで《堕呪(ダスペル)ウキドゥ》を唱えます。私のシールドを1枚見て、墓地へ送ることが出来ます。《堕呪 バレッドゥ》を墓地へ送り、新たにシールドを追加します」

「今更シールド交換をしたところで無駄だぞ?」

「そしてカードを1枚引き、そして更に《卍新世壊卍(グラウンドゼーロ)》の効果発動。このカードの下に置いて1枚ドローします」

 

 更に、と彼女は付け加えるように言った。

 

「2マナで《バレッドゥ》を唱えます。カードを2枚引いて、1枚墓地へ置きます。そして《卍新世壊卍(グラウンドゼーロ)》の下に《バレッドゥ》を置いて1枚ドロー。ターンエンドです」

「何を考えているのか知らないが……! もう遅い!」

 

 先程から目立つ紫月の不可解な行動。

 しかし、最早それを気にする必要は無かった。

 このターンで確実にあの師弟を仕留める。

 死神は鎌をちらつかせた。

 

「僕のターン……4マナで《ヴォガイガ》を召喚! 山札の上から4枚を墓地に置き、《ドゥグラス》を回収。そして1マナで《ドゥグラス》も召喚!!」

「また……!!」

「さあ、現れろォ!! 我が守護獣よォ!! 2体目の《無明夜叉羅ムカデ》を無月の門でバトルゾーンに!!」

 

 地中から再び這いずり出る装甲ムカデ。

 打点を揃えたはずなのに今更無月の門を開いた死神だったが、勿論意味が無いわけでがない。

 死神の思考は情けも容赦もない黒鳥の思考を模倣しているのだから。

 

「貴様等の来世は餓鬼道だ! 飢えて後悔するがいい! 《無明夜叉羅ムカデ》で攻撃!」

 

 その時、《無明夜叉羅ムカデ》の尻尾が伸びた。

 向かうのは、彼女のシールドではない。

 

「自分のクリーチャーが攻撃する時、《無明夜叉羅ムカデ》の効果で相手は自身の手札を1枚選んで墓地に置く──」

 

 だが、「ただし」という彼の言葉と共に2本の尻尾が紫月の手札に突き刺さった。

 

「今、僕の場には2体の《夜叉羅ムカデ》が居る。こいつの下にカードが4枚以上重ねられている時、貴様は手札を2枚選んで捨てねばならない!」

「……一気に2枚も……!?」

「安心しろ紫月。逆転手はシールドにある」

「はい……!」

 

 シールドと共に手札を捨てる紫月。

 同時に盾が砕け散って、光の破片となって二人に襲い掛かった。

 だが、容赦なく次の攻撃が襲い掛かる。

 

「《ジグス★ガルビ》でシールドをW・ブレイク!!」

「また2枚捨てないと……!」

 

 再び粉砕されるシールド。

 彼女を庇うように黒鳥は抱き寄せた。

 

「師匠!?」

「この程度……!」

 

 血が流れ出る。

 黒鳥は痛みに口を引き絞り、相棒と必死な思いで向かい合う。

 

「阿修羅ムカデ……僕は、此処だ……僕を殺したいなら好きにするが良い。だが──」

 

 決して、譲れないものがあった。

 

「──僕はそう簡単には死なない。死ぬものかよ!」

「師匠……!」

「戯言を抜かすな!! 《ティン★ビン》で最後のシールドをブレイクだ!!」

 

 天秤を掲げた火の玉が最後のシールド諸共、2枚の手札を焼き尽くした。

 刹那。

 破片が光となって収束していく。

 

 

 

「──そう──この瞬間(とき)を待っていた」

 

 

 

 黒鳥の表情は、微かに笑っていた。

 

「僕達の無月は……此処からが本領発揮だ」

「S・トリガー、発動です」

 

 次の瞬間、1体の《ハク★ヨン》と《卍デ・ルパンサー卍》が激流によって拘束された。

 

「《堕呪(ダスペル) ンカヴァイ》。効果で相手のクリーチャー2体は次の自分のターンの始めまで攻撃もブロックも出来ません。そして《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》の下に置いて1枚ドロー」

「それがどうした! あと1体、《ハク★ヨン》が残っている!」

「そして、自分が場と墓地に魔導具が合計4枚ある時──」

 

 魔方陣が浮かび上がった。

 死神は驚愕する。

 それは、無月の門で描かれるそれに酷似していた。

 

「師匠、見ていて下さい。これが私の開く──新たな無月の門です」

「ああ。存分に示せ!!」

 

 刻まれるのはⅠ。魔術師を意味する数字だった。

 

麒麟(キリン)……麒麟(キリン)……(キル)麒麟(キリン)!!』

 

 次々に堕とされていく魔導具。

 それらはボコボコと水泡を立てて、全く新しい何かを生み出そうとしていた。

 無月の門であって無月の門ではない。何かを──

 

 

 

「──水面は鏡、月が紫に溶ける時……流動、《卍ギ・ルーギリン卍》!」

 

 

 

 麒麟のドルスザクは、今までの炎の魔獣とは一線を画した姿をしていた。

 流れる水さえも味方に付けたそれが宿す種族はマフィ・ギャングではなく、ムートピア。

 虚ろにして偽りの月が昇ろうとしていた。

 

「《卍ギ・ルーギリン卍》はパワー9000のブロッカー。もう、通しませんよ。そのために《卍デ・ルパンサー卍》を止めたのですから」

「だが、この軍勢相手に時間稼ぎ等今更無駄だ!! ターンエンド」

「本当にそう思いますか?」

 

 紫月の問いかけに、死神は本気で否定を返す事が出来なかった。

 そうだ。まだ残ったままなのだ。

 何に使うか分からない、あの無月フィールドは──

 

「貴方は私の手札を蹂躙したつもりでしょうが……このデッキに関しては手札を落とされても問題はありませんでした」

「なっ……!?」

「貴様の行いは全て徒労に終わったと言う事だ。2マナで《ウキドゥ》を唱えて貴様のシールドを確認して1枚ドローだ」

「これで全ての準備は終わりました」

 

 二人は呼吸を合わせた。

 無月フィールド《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》の下には、まるで無月の門を構成するかのように4枚のカードが重ねられていた。

 

「──ターンの終わりに、《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》の下にカードが4枚以上置かれていれば」

「手札、または墓地からコスト99以下の水の呪文をゲーム中に一度だけ唱えることが出来ます」

 

 コスト99。

 ゲームに於いてもそこまで巨大なコストを持つ呪文は存在しない。

 まず、普通にプレイしていては唱えることなど出来ない。

 故に、放つ。

 意識の外から、虚空から解き放つ。

 

 

 

「──発動、無月の門99(ザイン)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 魔方陣から月が覗いた。

 儀式に立ち会う2人は、その強大なる呪文を詠唱する。

 

「鏖の悪魔の名を借りて命ず」

「満月をその身に映し、深き底へ還りましょう」

 

 青き翼が、羽ばたいた──

 

 

 

最終詠唱(ラストワード)、《月下卍壊(げっかばんかい) ガ・リュミーズ》!!」

 

 

 

 魔方陣から現れたのは、完全に水文明へと染まり切ったマスター・ドルスザクだった。

 その大きな翼を広げ、咆哮すると共に狂気の月からドルスザクの大群が現れる。

 

「さあ終わらせよう。この呪文の効果でドルスザクを4体、墓地か手札から場に出せる」

「場に出すのは《卍ギ・ルーギリン卍》と──」

 

 《卍ギ・ルーギリン卍》に続くようにして、煉獄の炎が燃え上がる。

 悪魔と融合した不死鳥の兵器が姿を現した。

 黒鳥が拳を握り締め、その魔獣の名を呼ぶ。

 

 

 

「鏖の悪魔の名を借りて命ず──燃え盛るは地獄変、《凶鬼卍号 メラヴォルガル》ッ!!」

 

 

 

 ずんぐりとした砲台を取り付けた凶鬼の悪魔が3体、並び立つ。

 それを従える黒鳥は誇らしげに、その能力を遺憾無く振るう。

 

「《メラヴォルガル》の効果発動。貴方のシールドを2枚、登場時にブレイクする」

「こちらのシールドも2枚ブレイクされますが、シールドが無いからデメリットは無しです」

「当然、3体居るから貴方のシールドを全てブレイクだ! さあ焼き尽くせ!」

「ぐ、ぐぬうっ!!」

 

 一斉砲火が死神に浴びせられた。

 シールドが全て粉砕され、そして死神自身も破片で傷だらけになっていく。

 

「S・トリガー、《ドゥグラス》を場に出す……! は、はははっ!! 此処まで僕が追い詰められるなんて!! だが、これで終わりだ!! これで僕は勝って、太陽の男を殺しに行ける!!」

「済まないが、貴様の記憶にこびり付いているその男を殺されるわけには行かんな。そいつは僕のライバルだ。貴様が勝手にしてもらっては困る」

「ほざけ!! これで貴様のターンは終わりだ!!」

 

 黒鳥は首を横に振った。

 

 

 

「貴様に、明日の太陽は昇らない」

 

 

 

 青い臥龍が咆哮を上げる。

 時間、そして空間さえもが捻じ曲げられていく。

 

「《ガ・リュミーズ》の最後の効果だ。このターンの終わりに、もう1度自分のターンを行う」

「──は?」

 

 死神の顔が歪む。

 

「な、何を言ってるんだ?」

「だから言っている通りだ。貴様に、明日昇る太陽は無い」

「《メラヴォルガル》を《ガ・リュミーズ》で複数体呼び出し、次のターンで確実にトドメを刺す。私達の狙いは最初からこれでした」

 

 黒鳥は頷く。

 翠月も入れた3人で相性の良いドルスザクを探してきたのだ。

 

 

 

「処刑コンボ、”卍死の獄”。貴様は終わりだ」

 

 

 

 黒鳥の視線は夜叉羅ムカデへと向けられる。

 再び、月は昇った。

 

「バカな、僕は、俺は、私は、認められたかっただけなのに──!!」

 

 2体の《ハク★ヨン》が主を守ろうとする。

 しかし、無駄だった。

 2体のブロッカーはたちどころに水の泡に包まれて動けなくなってしまう。

 

 

 

「──《卍ギ・ルーギリン卍》の効果で私達のクリーチャーはブロックされません」

「終わりだ。《凶鬼卍号 メラヴォルガル》でダイレクトアタック!」

 

 

 

 再び砲火が死神を襲う。

 圧倒的な火力、物量、そして業火は贋物を完全に焼き尽くす──

 

 

 

「そんな、バカナ、ドウシテ──完全に貴様をモホウ、したのにぃぃぃーッ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 戦いは終わった。

 完全に死神(デス)のエリアフォースカードは沈黙する。

 その傍らには──肩で息をする阿修羅ムカデの姿があった。

 

「……阿修羅ムカデ」

「ははっ、遅かったですねェ、我が主」

「……」

 

 黒鳥は何も言えなかった。

 また、相棒を傷つける事になってしまったことを悔いていた。

 

「こうなってしまっては、最早そちらと契約を破棄するしかないでしょうよォ」

「何を言う。僕は──」

死神(デス)は、こういうカードなんですよォ。悪意、そして憎悪が詰まったカードなんですねェ」

「そうでしょうか? 私にはそれだけとは思えません」

 

 我武者羅に強くなろうとしていた昔の自分と重ね合わせているのだろうか。

 紫月も死神(デス)から何かを察していた。

 黒鳥も同意だった。死神(デス)の行動原理は、決して憎悪や悪意だけからなるものではなかった。

 

「それに、私は主に刃を向けてしまいましたからねェ」

「貴様。あの時、急所を外しただろう。あの時、僕の首を斬り落とせるなら斬り落とせていたはずだ。それをしなかったのは……」

 

 阿修羅ムカデは首を横に振った。それが真実だったとしても、もう関係なかった。

 

「私はやはり贋物だ……阿修羅ムカデの名を貰っておきながら、最後の最後まで甘かった。でも、これで良かったんでしょうねェ」

「何を言っている。また一緒に──」

 

 言うが早いか死神(デス)のカードが、紫色の靄を噴き出して呻き声を上げた。

 今にもまた動き出しそうな勢いだった。

 

「黒と、リ、レェェェェェェーッンッッッ!!」

 

 叫び声が聞こえてくる。

 魔物が飛び出し、黒鳥の喉笛を狙う。

 

「キ、サマ、ガッ!! キ、サマヲッ、ヨ、コ、セェェェーッ!!」

「……やれやれ、我が主ながら本当に堪え性の無い」

「ム、カデェェェーッ!! ソイツヲ、ソイツヲ、トラエロォォーッ!!」

 

 這いずり出ようとする巨大な影。

 それが今にも手を伸ばそうとする。

 

「くそっ!! 倒したのに……! 阿修羅ムカデ!!」

「マスターが責任を取ったんだ。こっちが責任を取る番、ですねェ」

「なっ!?」

 

 しかし、それを抑え込むようにして阿修羅ムカデは死神(デス)の魔物に組み掛かる。

 

「ギッ、ムカデェェェーッ!!」

「待て!! 何をするんだ、阿修羅ムカデ!!」

「闇のクリーチャーに死ぬなんて概念は無いんですよォ!! ちょっと寝て、また起きる、それだけですからねェ!! ヒヒャハハハハハハハハ!! ヒャハ……ハハハハハハハ!!」

 

 高笑いと共に、死神(デス)から何度か黒い稲光が迸る。

 

「おいっ!! 阿修羅ムカデ!! 待つんだ!! 待て!!」

 

 叫ぶレン。

 それを抑え込むシャークウガ。

 もう少しで彼も飲み込まれるところだったのだ。

 阿修羅ムカデの姿は見えなくなり──やがて、光が消えると、そこには真っ白になったカードが落ちていた。

 何も出てこない、聞こえない。

 それを見て、シャークウガが悲しげに呟いた。

 

『守護獣の最後の力で、エリアフォースカードの意識を押さえつけて封印したのか……何て奴だ。しばらく死神(デス)は何も出来ねえだろう』

「……余計な事を」

 

 黒鳥はエリアフォースカードを拾い上げた。

 大事な誰かを労わるように、カードを撫でた。

 

「……阿修羅ムカデ。よくやった」

 

 貴様は今までの相棒の中で一番の曲者だ、と彼は付け加える。

 

「ロクでもないやつだったが……僕は貴様の事が嫌いではなかったよ」

 

 紫月は彼の顔を見られなかった。

 助けに来たのに、結局彼を助ける事は出来なかったのだ。

 彼の無念は推し量れないものだろう。

 

 

 

「だから、僕は信じている。また貴様に会えるのをな」

 

 

 

 しかし。

 彼の表情は決して、暗いものではなかった。

 

「師匠……何で」

「……何でかって? 悲観する必要はない。あいつは、さよならなんて一言も言っていないからな。そんな殊勝な奴じゃあない」

 

 黒鳥はカードをコートの中に仕舞う。

 

死神(デス)は悲しいカードだ。だが、僕は悲しい人間になりたいわけではない。信じるさ。今は唯、また会う時をな」

 

 既に日は暮れていた。

 冷たい風が、何時までも吹き抜けていた。

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