学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】   作:タク@DMP

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番外編:風邪を引きました

「プールの方に逃げました! そちらから回り込んで下さい!」

「あいよ! 今そっち行くからな!」

 

 スマホ越しに先輩の声が聞こえてきます。

 私は暗野紫月。デュエマ部に所属している1年です。

 この何てことはない平日の放課後、私達が息を切らせながら冬のプールの周りで追いかけっこをする羽目になった原因は一言で言えばワイルドカードです。

 実体化して主を離れたクリーチャーが暴れており、早く倒さなければ宿主の命が危ない状態。

 何とかプールにまで追い込み、相対したのはマジック・コマンドの《超奇天烈マスターG》。こちらを見かけた途端に、宙へサイコロを投げ──それがエネルギー波を撃ち放ちました。

 

「シャークウガッ!」

「おうッ!」

 

 しかし、それは通りません。

 私の呼びかけと共に鮫の魚人が障壁を貼り、トランプを完全に凌いでしまいました。

 ですが敵は攻撃の手を緩める気配はなく、エネルギーが切れれば新しいサイコロを宙へ投げていきます。

 

「防戦一方ですが大丈夫ですか、シャークウガ」

「下手に障壁を解除出来ねえ! 相手の攻撃が予想以上に苛烈だ、黒焦げになりたくねえなら、これ以上近付けねえぞ!」

「先輩達が辿り着きさえすれば背後を取れます。それまで私達の正面にヘイトを集め続けます。持ちこたえられますか」

「了解ッ!」

 

 想像以上に強力な敵の攻撃。

 地面に突き刺さる程に鋭利なトランプカード、周囲の物を焼き焦がす稲妻。

 これだけの強さは、長らく宿主から魔力を吸っていたからでしょうか。

 ですが、此処さえ耐えられれば先輩がエリアフォースカードで空間に引きずり込んでくれるでしょう。

 それまでの辛抱──

 

「ッ!?」

 

 足が、急に濡れました。

 それどころか脛を何かが掴んでいます。

 ぬめりを帯びた、異形の手。その先には、プール内に潜んでいるクリーチャーの姿。

 伏兵。恐らくワイルドカードの下邊・トークンのクリーチャーでしょう。

 しかし気付いた時には遅く、手が私を冷たい水面へ引きずり込みました。

 

「きゃっ──!」

「マスターッ!?」

 

 攻撃が激しくてシャークウガは反応出来なかったのでしょう。

 私の身体は宙を舞ったかと思えば──一気に冷たい水面へ叩きつけられたのです。

 

「ごふっ……」

 

 身体が重い。

 そして気が遠くなるほど身体が冷たく、肺から空気が漏れ出しました。

 服には浮力があるのでこのままなら水面まで浮けるはず。

 しかし──脚が引っ張られ、水底にまで引きずられてる現状、それが叶わないのは明白でした。

 おまけにシャークウガは防戦一方。私を助けようと障壁を解除した途端、

 このままでは、溺れ死んでしまいます。

 

「シャークウガ……せん、ぱい……」

 

 意識が遠くなり、死を覚悟したその時。

 ”彼”ならば、もしかすれば水の中まで追いかけてくれるような気がして。

 それさえも諦めた時でした。

 何かが、私を掠め──水底に潜む異形を刺し貫きました。

 そして──私の手はすぐさま引っ張り上げられたのです。

 

 

 

「紫月ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「やれ、鮫の字が引き付けてくれたおかげで、背後を簡単に取れたが……小娘が水の中に!」

「アカル、プールに飛び込んでいったけど大丈夫デショウか!?」

「ワイルドカードは今しがた片付けた。戦闘終了だ」

「ヒイロ、ご苦労デース! あ、アカルが上がってきたデース!」

「部長、大丈夫か?」

「俺は平気だ、それよか火廣金は部室のストーブを全部出しておいてくれ!」

「大分水を飲んでやがるな……取り合えずマスターから余計な水を抜かねえと……んでもって応急処置だ!」

「シャークウガ、頼む。ブラン、一応着替えも用意してくれ!」

「丁度体操服があるデース! でもアカルもびしょ濡れデスよ!?」

「俺は大丈夫だ。おいチョートッQ、トークンは全部片付いたか!?」

「全滅したであります! でも何か、水に飛び込んだ所為か少し調子が悪いような」

「よし、大丈夫だな! 部室まで急ぐぞ!」

「えっ」

 

 と言ったようなやり取りがあったそうで、皆さんにはお世話になってしまいました。

 火廣金先輩が魔法で暖めたり、シャークウガが応急手当をしてくれた上、ブラン先輩が着替えさせてくれたおかげで何とか自力で家に帰れるくらいには快復しました。

 

「先輩方……しづがお世話になりました」

「……ありがとうございます」

「良いってことよ。あ、そうだ。マフラー貸すぞ紫月、いつものパーカー無しだと寒いだろ?」

「良いんですか? 白銀先輩も寒いのでは」

「俺、寒さには滅法強いからさ、このくらいじゃ全然ヘーキだぜ!」

「そう、ですか」

 

 その、何でしょう。先輩の好意を無碍にするのも気が引けたし、マフラーを貸して貰えるのも悪い気分ではありませんでした。

 結構、あったかいですし。

 

「何か嬉しそうね? しづ」

「何言ってるんですかみづ姉。今日は最悪です。プールに落ちるし、デッキもシャークウガに水抜きしてもらったとはいえ濡れましたし……悪い事しかありません」

「それを帳消しにするくらい、顔が緩んでる気がするけどな。マスターは分かりやすいぜ、ギャハハハハハハ!!」

「はぁ?」

「白銀先輩にマフラー貸して貰ってご機嫌ってことね」

「シャークウガ、フカヒレ」

「ひんっ、カード引っ張るのマジでやめろって!?」

 

 ……みづ姉とシャークウガに散々からかわれましたけど。

 本当にやめてほしいです。

 

「ほらほらー、しづったら好い加減素直になれば良いのにー、うりうり」

「オウ禍武斗、貴方のマスターですよ何とか言ってやって下さい」

「これぞ、青春也。善きかな」

「私に味方は居ないんですか……くしゅんっ」

「しづ、寒いの?」

「いえ大丈夫です……」

 

 さっきから、くしゃみが頻繁に出ます。

 ……どうやら風邪に気を付けなきゃいけないようですね。

 

「大変だわ、今日は私が一緒のベッドで暖めてあげるから!」

「何でそうなるんですか。一人で眠れます」

「じゃあ代わりに俺がマスターを責任持って暖めてやらねえとな!」

「もう、おいたが過ぎるわよっ。……サメさん?」

「ヒンッ」

 

 ひえ……みづ姉の笑顔の圧力です。

 久々に見ました。これは大分キレてます。顔は笑ってるけど目が笑ってません。

 ただでさえ青い鮫の顔が真っ青になっていくのが分かりました。

 

「殺されたくないので鍋に身投げしてきます」

「介錯はこのオウ禍武斗が仕る」

「ガイアハザードのトドメなんて要らねえよ!」

 

 笑顔で凄んだみづ姉とノリノリのガイアハザードにシャークウガが震え上がってカードへ引っ込んでしまいました。

 みづ姉、怒らせたら怖いからやめといた方が良いってあれほど言ったのに。

 顔には出て無かったけど、私がプールに落ちた時点で大分心配してましたからね……。シャークウガを詰りたくなるのは分からなくもないですが。

 

「シャークウガ、私は怒ってませんから。むしろ手当してくれたのは有難いと思ってます」

「そう言ってくれるのは、やっぱりマスターだけだぜぇ……!」

「じゃっ、私が今夜は暖めてあげるわねっ。お姉ちゃんに任せなさーい!」

「だから良いって言ってるんですけど……まあ良いか」

 

 姉の圧には……誰も勝てないようですね。

 それにしても白銀先輩大丈夫でしょうか?

 マフラーも無いし、ブレザーまだ乾いてないような気がします。ロクにストーブに当たらずあちこち駆け回ってた上に、あの人着替えて無かったような気がするのですが……。

 

「くしゅんっ」

「しづ、本当に大丈夫? 風邪に気を付けてね?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 どうも、デュエマ部1年暗野紫月です。

 先に結論から言いましょう。

 風邪を引きました──

 

「えっ、アカル、今日も休みなんデスか!?」

 

 ──ただし、私ではありません。ぶっ倒れたのは白銀先輩です。

 それも、今日で三日目です。土曜で授業は無いとはいえ、部活に出てこないとなると……。

 

「何故私じゃなくて白銀先輩が……これ、どう考えてもこないだのアレが原因ですよね」

「アレが原因デスね……アカル、自分の事になると疎いから……」

「仕方がないだろう。正直、準備運動なしで冷たいプールに飛び込んで、心臓麻痺で死ななかっただけ良しとするべきだ」

 

 部室には重い空気が漂っていました。

 何かピースが足りないというのでしょうか。

 やはりデュエマ部は4人でないと成り立たない。

 白銀先輩が休んだ初日こそ、

 

「ヒャッホーイッ!! 今日はアカルが居ないから、映画見放題、推理小説読み放題デース!」

「プラモデルも作り放題だな」

「スマブラ! スマブラを爆音でやるデース!」

「ジオラマだ、火廣金流特大ジオラマで部室を占拠する機会は今しかあるまい」

 

 等と抜かしていた先輩方。この通りストッパーが居ないので暴走し放題なのでした。はっきり言ってクソ迷惑集団(二名)も良い所で居眠りも出来ませんでした。

 まさに鬼が居ぬ間にという奴なのでしょう。先輩が居ないので爆音でスマブラしたり、推理小説をたっぷり持ち出したり、火廣金先輩はプラモデルをごっそり持ってきて片っ端から作り始め──

 

 

 

(((……)))

 

 

 

 ──そして、僅か十数分程で暴走は鎮圧したのでした。

 ツッコミ役が居ない。ブレーキ役が居ない。

 成程確かに好き勝手出来るのですが……それはデュエマ部でやる必然性がほぼほぼ無いと言っても良いのです。

 何より張り合いというものが皆無でした。

 一言で言えば虚無。谷底に向かってボールを投げ続けるような感覚です。

 

「アカルのツッコミも込みでデュエマ部デース! ボケしかいないコントなんて破綻も良い所デス、ワトソンのいないホームズみたいなものデスよ!」

 

 と、アホームズが言っています。

 人の事は言えませんがツッコミが生命線の部活動ってどうなんですかそれはそれで。

 

「レディ、まさかこの俺をボケに数えてるんじゃあるまいな」

「え? ヒイロはボケデショ?」

「正面からこうも言い切られると清々しいな」

「普段の自分を省みて下さい。最近の貴方、ただの痛々しいプラモオタクですよ」

「何を言う。この俺の何処が痛々しいプラモオタクだ言ってみろレディ」

 

 貴方の一挙一動全部です。

 

「アカル、大丈夫でしょうカ?」

「最初のうちは、部長の事だからすぐ復活するだろうと思っていたのだが……殺しても死なない部長だぞ、風邪くらいなんてことはないはずだったんだが」

 

 火廣金先輩の中の白銀先輩はどんな超人になってるんですか。

 

「三日連続ともなると、インフルじゃなくても心配デス!」

「……そう、ですね」

 

 心配です。

 きっと、私を助けて飛び込んだ所為です。

 次の日に返そうと思っていたマフラーは結局、返せてないままです。

 もしかして、風邪を引いたのはこれを私に貸した所為かもしれません。

 

「アカル、一人暮らしなんデスよね……家で死んでなかったら良いデスけど」

「チョートッQが居るから大丈夫とは思いたいがな」

 

 ……。

 何か不安になってきました。

 三日も休むような身体でまともに動けるとは思えません。

 先輩達と、白銀先輩の家に見舞いでも──

 

 

 

「ちょっと或瀬さん、良い!?」 

 

 

 

 ──いきなり、部室の戸が開きました。

 あれは、バレー部の部員みたいですが……かなり切羽詰まった様子。

 

「Why!? 引っ張らないでくだサーイ!?」

「どうせ暇でしょ、事件なんだよ事件!」

「事件!? 今、事件って言ったデスね!? 喜んで着いて行くデース!」

「どれだけ飢えてるんですか、倫理観何処に置いていったんですかこのホームズフリーク」

 

 ああ、これは駄目なようですね。

 仕方ないです、それなら火廣金先輩と見舞いに──

 

「火廣金! 秒で模型部に助っ人来てくれ! 明日展示会に出すブレード・アーム・ガールのセットがまだ出来てねぇんだ!」

「俺はプラモデルの魔導司(ウィザード)・火廣金緋色。やるからには最高の展示会を約束しよう」

「魔導司のプライド何処行ったんですか、やっぱり只のプラモオタクじゃないですか」

 

 初耳なんですがその称号。

 貴方の二つ名はアルカナ研究会の『灼炎将校(ジェネラル)』でしょ。

 

「流石我らの魔法使いだ、恩に着るぜ!」

「すぐに取りかかろう」

「Sorryシヅク、部室閉めておいてくだサーイ!」

「……お疲れ様です」

 

 ──結局、皆さん秒で連れてかれました。

 これ、もしかしなくても私だけで行かないといけないやつですか。

 ……いえ、元より先輩は私を助けて風邪を引いたようなものです。

 私一人でも、いや私一人だからこそ先輩を見舞いに行かないと……!

 

「マスター、大丈夫なのか?」

「……やるしかないです」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……ンだれだぁ……このクソキツい時に……ん」

 

 インターホンを鳴らすと、気怠そうな声と共に白銀先輩が出て来ました。

 これは駄目みたいですね。

 頭には冷えピタ、服装はパジャマのまま、そして声は掠れ掠れ。

 顔は赤いし、目は最早死んでいます。

 

「失礼します。白銀先輩」

「……紫月?」

「様子を見に来ました。先輩方二人共心配してましたよ。熱はどうですか?」

「……」

 

 彼は首を横に振りました。

 成程、喋る気力も無いようです。

 この様子では病院にもまともに行けてないのではないでしょうか。

 

「マフラーを返すついでに色々家から持ってきたんです。先輩、大変だろうからお手伝いしようかと」

「……?」

「何不思議そうな顔してるんですか」

 

 家の事を普段、全部自分でやって……部活もクリーチャー退治も皆を引っ張って。

 それに比べれば私なんて、何時も先輩やみづ姉、親に頼りっきりで情けなくなります。

 こんな時くらい、誰かを呼んで頼っても良かったのにそうしなかったのは、きっと誰にも迷惑掛けたくなかったからでしょうね。

 だから今日くらい……先輩を手助けさせてください。

 

「すまん……正直、助かる……」

「すまんじゃないですよ。こんな時くらい、誰かを頼って良いんですから」

「おぉ……」

 

 足取りはおぼつかなく、壁に手を突きながら歩く程。

 こんなに弱っている先輩、見た事無いかもしれません。

 ……大袈裟ですけど、今放っておいたら死んでしまいそうな気がしてきました。

 勉強机の上に先輩のマフラーを置き、一先ず何処から手を付けようか考えていた矢先、シャークウガが飛んできます。

 

「なぁ、マスター。チョートッQの気配が全くしねえんだが、あいつ何処行ったんだろうな?」

「シャークウガ、探してて下さい。彼にも手伝わせましょう」

「おうよ。白銀耀は任せたぜ」

 

 そう言ってシャークウガが飛んで行くのを見届け、先輩を彼の寝室に寝かせました。

 取り合えず色々やらないといけない事は山積みですが……。

 

「先輩、ごはんは食べられてますか?」

「……ぃや」

 

 首を横に振りました。

 どうやら、ろくに食べられてないようですね。扁桃腺をやられたのかもしれません。

 私も経験があるので、辛さはよく分かりません。

 

「喉が……後、口、痛くて……」

「口内炎も併発ですか。風邪で色々一気に噴き出しましたね。でも食べないと治りませんよ。取り合えず果物のゼリーとか、どうですか?」

「おぅ……悪ぃ、ケホッ」

「それと、持ってきたもので何か作ります。台所、借りますけど……良いですか?」

「……すまん」

 

 そう言った後、先輩はガバッと起き上がり、こちらを何処か不安そうな目で睨みました。

 

「ちょっと待て……ぃま、なんて?」

「風邪でも、そのツッコミは健在ですか」

「いやいや、悪ぃよ流石に……飯くらい自分で」

「作れてないじゃないですか、病人は大人しく寝てて下さい」

「あぅっ」

 

 ぽん、と胸を小突くとすぐに彼は枕へ倒れてしまいました。

 ……そんな状態では説得力が皆無ですよ、先輩。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 綺麗に掃除されてますね、台所。

 やはり、几帳面で真面目なのが家の随所に現れています。

 流石に此処最近はゴミ袋が溜まってましたが、それでも男子の家にしては綺麗なくらいです。ご家族は留守にしてる事が多いと言ってましたが、そもそも一緒に住んでないのでしょうか? 

 ……さて。料理らしい料理なんて作った事、殆どないですが……せめて、簡単に作れるもので間に合わせましょう。

 昔、風邪を引いた時にみづ姉にしてもらったことを思い出しながら、一つ一つやっていけば良いはずです。

 取り合えずおかゆはセット出来たので……喉に効くものでも他に用意しましょう。

 そう思い、持ってきたものを漁ろうとした時でした。

 

「マスターッ、大変だッ!」

「シャークウガ、うるさいです。先輩が寝ています、どうしたんですか」

「チョートッQが……故障した」

「はあ?」

 

 何言ってるんだこの鮫、と思いながら視線を向けると──彼が手に持っている皇帝(エンペラー)のエリアフォースカード越しに呻き声が。

 まさかこの掠れた声、チョートッQですか。

 チョートッQ、もとい守護獣も風邪を引くんですか。

 

「機械に水は最悪の組み合わせだ。濡れるくらいならまだしも、水中に居たクリーチャーを片付けるためにドボンッて飛び込んじまっただろ? そん時に色々やられたらしい」

「嘘、そんな馬鹿な事が……」

「あるんだよ! 所詮俺達ゃまがい物、されどまがい物だ。元のクリーチャーの性質ってのは色濃く受け継ぐ。地上戦、空中戦が無敵でも耐水性ってもんが無かったんだろうな、サンダイオーは」

「……肝心な時に両方ダウンですか」

「取り合えず、済まねえがコイツに関しては俺に任せてくれ。どうにかしねえとチョートッQは多分このままだ」

「分かりました。先輩はこちらでどうにかします。シャークウガはシャークウガにしか出来ない事をやってください」

「そう言ってくれると助かる!」

 

 取り合えず向こうは任せましょう。

 昔、風邪を引いた時にみづ姉にやってもらったこと……まずは。

 

「先輩、服を脱いでください」

「ぇ?」

「そんな驚いた顔しないでください。お風呂入ってないでしょ?」

「……そんな気力、無かった」

「じゃあ身体拭くんで」

 

 先輩の服を脱がせ、濡らして電子レンジで温めたタオルで拭く。

 風呂に入れないとき、みづ姉や親に同じことをしてもらいました。

 

「……なんか、何から何まで全部やってもらって……わりィな」

「みづ姉に昔やってもらったことを真似してるだけです」

「そうか……翠月さんか……」

「脱いだ服、洗濯機に突っ込んでおきます。後、おかゆとお茶を持ってきますね」

「……」

 

 先輩は力なく頷きました。

 頭がぼうっとしているのか、やはり目に力が宿ってないようです。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「みづ姉、大変です。おかゆに味がありません」

『塩と梅干しを入れてないんじゃない?』

「あっ、やっぱ入れないとダメですか」

『味が薄すぎて食べられたモノじゃないわよ。それと梅干しは口内炎にはきついから、卵を入れて白だしか醤油でマイルドに味を調えた方が良いわね。でもあまり濃くならないように調節して。分量は今から教えるわね』

「ありがとうございます。やはり……みづ姉は料理上手ですね」

『単に好きなだけよ。彫刻に比べたら何てことはないもの』

 

 味見をした後、私はすぐさまみづ姉に電話する羽目になりました。

 やはり、慣れてないと……どうしても困った事が出て来ますね。

 さっきも洗濯機を回す前に洗剤の容量間違えてしまいましたし、台所は汚してしまいましたし……おかゆには味が無いし。

 

『でも、結局貴女一人で白銀先輩の家に?』

「……先輩一人暮らしだったので心配だったんです。正直、来たら想像以上に弱ってて」

『そうだったの。なら……仕方ないわね。他の先輩方も忙しいみたいだし、私も今手が離せなくて』

「分かりました。もう少しこちらで何とかします」

『一人で大丈夫なの?』

「みづ姉のおかげで、何とかなりそうです」

「私?」

 

 正直、色々大変でまだまだやることは山積みですけど、それでも……何とかなりそうです。

 

「昔……小学生の頃、私が酷い風邪で倒れた時、喉が痛くて何も食べられなかった時があったでしょう」

『……私はよく覚えて無いんだけどね。しづに優しくするのは当然の事でしょ? それに小学生以来、しづが酷い病気になったことないし』

「あの時、深夜にお腹が空いたけど喉が痛いって言う私にゼリーを渡してくれたり、身の回りの事とか色々やってくれたみづ姉の事はよく覚えてるんです」

 

 誰かに優しくしてもらった思い出というのは、やはり残るものなのでしょうか。

 みづ姉が憶えて無くても、私は憶えてるんです。

 だから──白銀先輩にも同じことをしてあげようと思えたのかもしれません。

 

「私、あまりやったことないから……みづ姉の真似事しか出来なかったし、らしくないって思うんですけど」

『らしくないなんて事は無いわよ、しづ』

「みづ姉?」

『貴女が心の底から、相手にそうしてあげたいって思ったなら……それは愛っていうのかしらね、やっぱり』

「愛!?」

『何驚いてるの。貴女が言う、昔の私も同じだっただろうし……その人に優しくしてあげたいって気持ちが大事なのよね、きっと』

「……そう、でしょうか」

 

 愛、ですか。

 そういう感覚は、まだ私にはよく分からないです。

 でも、白銀先輩に対して湧き上がる気持ちは……そうなのでしょうか。

 

『ま、白銀先輩への愛はこれで否定しようがなくなったわね、しづ?』

「みづ姉、茶化さないでください」

『とりあえず、私も後で手伝いに行くわ。それにしても──』

 

 電話の奥でみづ姉が笑ったようでした。

 

 

 

『やっぱり……デュエマ部に入ってから、変わったわね、しづ』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「先輩、おかゆ持ってきました。置いておきます」

「……寝過ぎて頭痛くなってきたから、食う」

「はい」

 

 ゼリーで食欲に勢いが付いたのか、スプーンで先輩はおかゆをゆっくりと口に運び始めました。

 

「お茶もあります。冷たいのが良かったら持ってきます」

「いや、これで良い」

 

 三日分の反動なのか、しばらくするとおかゆは空になってしまいました。

 

「風邪薬、飲んでますか?」

「……体引きずって病院行ったから、風邪薬は飲んでる。なかなか良くならねーけど」

「分かりました。じゃあ、お皿下げますね」

 

 そう言って、私が席を立とうとした──その時。

 先輩の手が、私の袖を握ってました。

 

「……先輩?」

「悪い……少し、傍に居てくれねえか?」

「!」

 

 普段の先輩なら吐かないような弱音でした。

 熱がまだあるからか、その声には力が入っていません。

 

「良いですけど、どうしたんですか?」

「少し、心細かったんだ。この三日、一人だったから」

「……」

「駄目だな。俺、部長として、もっとしっかりしねえといけないのに……頑張らねえといけねえのに……情けねえなあ……あだっ」

「何言ってるんですか。そんな身体の時まで」

「だけど俺……皆の、役に……立たねえといけねぇのに」

「そんな事、今考えなくて良いですよ」

 

 そうです。 

 先輩が居ないだけで、デュエマ部は立ち行きませんでした。

 皆……先輩が部長とかどうとか関係なく、必要としています。

 私も、同じなんです。

 

「私は先輩が元気でいてくれれば、それでいいです。先輩が一緒にいてくれれば、それでいいです。先輩が、辛い目に遇ったり、それを我慢するのは私だって辛いですから」

「……俺には出来過ぎた後輩だよ、お前は本当に、ゲホッゲホ」

「先輩、無理して喋らなくて良いですから。みづ姉みたいには出来ませんけど、」

「……翠月さんみたいに、とかそれこそ思うこたねぇよ」

 

 無理矢理重いものを動かすように彼は身体を起こします。

 

「……お前が来てくれただけでも……今此処に居てくれるだけでもありがてぇのに」

「先輩……」

 

 そうだ。

 特別な事なんてしようと思う事は何も無くって。

 互いに──心の穴を埋める誰かを欲していて、傍にいてくれるだけでも有難くて。

 

「だから……ぅん」

「先輩!?」

 

 どさり、と彼は枕に倒れ込んでしまいました。

 少し疲れてしまったのでしょうか。

 

「本当に先輩は、何時まで経っても仕方ない先輩です」

「……おぅ」

 

 力無く彼は頷きました。

 やはり無茶し過ぎです。喉を腫らせてるからあまり喋らない方が良いのに。

 でも……あんなに嬉しい事を言われたら、少しだけ舞い上がってしまいますよ、先輩。

 

 

 

「先輩が良いなら……紫月は、ずっと先輩のお傍に居ますね」

「……ん」

 

 

 

 ……。

 私、勢いでとんでもない事言ったような気がしますけど、先輩ぼうっとしてるし大丈夫でしょう。

 流石に聞こえてないはずです。

 でも──これは冗談じゃなくて、本心ですよ先輩。

 先輩も放っておいたら壊れてしまいそうな人だから、私も……放っておけないんです。

 

 

 

 

 ピンポーン……。

 

 

 

 そんな事を思ってたらインターホンが鳴りました。

 一体誰でしょう。

 先輩寝ちゃったし、一先ず出るとしますか──

 

 

 ※※※

 

 

 

「あー……クソ、寝過ぎた……」

 

 この俺、白銀耀は風邪こそ長引くタイプだが、大体重くとも四日程寝てれば治る。

 若干喉はまだ痛いが、熱は微熱程にまで下がっていた。

 これなら月曜日には学校に出られるくらいになっているかもしれない。一応まだ安静だな。

 にしても──あの紫月が看病に来て色々やってくれる夢を見た気がしたんだが。

 

「いや、夢じゃ……無いよな」

 

 微妙に膨れた腹を摩りながら、俺は呟く。

 あいつが色々やってくれたのは確かみたいだ。

 月曜日、学校に行ったらお礼を言わないと……。

 紫月には感謝しかない。家事も料理も翠月さんの真似をしたとはいえ得意じゃないのを押してやってたはずだ。  

 何でわざわざこんな事を……。

 

 

 

 ──先輩が良いなら……紫月は、ずっと先輩のお傍に居ますね。

 

 

 

 まだ耳元に残っている言葉を思い返した。

 また熱が上がるかと思った。

 ひょっとして、今の俺は俺は自意識過剰の痛い奴なんじゃないか?

 ……夢じゃ、ねえよな。確かに彼女はそう言ったはずだ。

 言葉の意味を考えれば考える程──また顔が熱くなってきて。

 

「……ああクソ、やめやめ。折角好意で看病に来てくれたのに、これじゃあ俺が自意識過剰の痛い奴だ」

 

 取り合えず、やっと自力で動けるようになったので部屋を出ないと。

 冷蔵庫に、まだ何か無かったっけ──なんて思いながら、覗いて見ると。

 

『早く良くなるデスよ、アカル!』

 

 なんて書かれた手紙と一緒に、近所のケーキ屋のケーキが入っていたのだった。

 お礼でも送ろうかとスマホを開くと──

 

『見舞いついでに洗濯物は片付けておいた。後、優秀な後輩にもしっかり礼を言っておきたまえ』

 

 ──と、火廣金からのメールが入っていたのだった。

 成程。結局デュエマ部部員は皆俺の家に立ち寄ったらしい。

 

 

 

「……本当、デュエマ部が居場所で良かったよ俺は」

 

 

 

 ……つくづく思う。白銀耀という男は、どうやら幸せ者らしい。

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