学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
「さて──白銀耀。此処で貴様を逮捕する」
襤褸切れのように彼は地面に突っ伏していた。
吹き飛ばされた白銀耀の身体は宙を舞って窓ガラスに激突し、血塗れのまま倒れている。
数多の敵が手に掛けようとして死ななかった男だ。そうそう簡単に死ぬはずはない。
故に、生け捕りにはこれ以上なく好都合だった。
「肝心のもう一人だが……む」
そう言えば白銀朱莉の姿が見当たらない。
シー・ジーは舌打ちした。彼を囮にして、自らは時間改変の妨害に向かったのか。
「何処までも狡猾な女だ。しかし──特異点は野放しには出来ない」
彼は人差し指を突き立てる。
そこに金色の輪が幾つも浮かび上がり、耀に向かって飛ばす。彼の身体に順々にそれははめ込まれていき──完全に束縛した。
「特異点確保。手こずらせたな」
白銀朱莉の妨害等、後で対処すればいい。
これ以上の計画の邪魔をされる前に、連れ帰らねばならない。
特異点・白銀耀を我らがトキワギ機関に──
「──不敬だぞ お前」
シー・ジーは白銀耀に触れようとした手を止めた。
確かに、喋った。
はっきりと、今の言葉を。
シー・ジーは妙な戦慄を覚えていた。
只の負け惜しみだったかもしれない。只の聞き間違いだったのかもしれない。
しかし──やはり、白銀耀はそう言った。
「
シー・ジーは、初めてこの男に惧れというものを感じた。
いや、この男の中にいる何かに対してだ。
それは確かに潜んでいるのである。確実に。白銀耀と言う男の体の中に──
「俺だ」
「違う。お前は誰だと問うたのだ」
「俺は 俺だ」
シー・ジーは眉を顰めた。
ピキ、ピキ、と拘束具が音を立てる。
彼のモノクルに測定器が映し出される。
魔力が、急上昇している。この男──そんな体力も気力も残っていないはずだ。
そもそも、唯の人間に、魔力が宿っているわけがない。
だが、それを証左するかのようにあれだけボロボロに付けた傷が勝手に塞がりつつあるのである。
「俺は 誰によっても定義することは 出来ない。俺は 誰によっても 束縛出来ない」
「まさか──」
一つの恐ろしい可能性をシー・ジーは口にしようとした。
直後。
彼の身体から、どす黒さを秘めた黄金の炎が灯り──虚ろな像を映し出した。
罅が入り──拘束具が全て砕け散った。
シー・ジーは時計を見やる。
確かに白銀耀自体は死に体だ。
「俺の 自由を 拘束できるのも 俺を 定義 できるのも」
いや、死に体のはずだった。
しかし、問題は──白銀耀では無い、何かが彼の中に潜んでいる事だった。
かといってこのまま相手取るのも限界が迫っており。
「他でもない 俺だけ だ」
「-ッ!!」
黄金の炎がこちらへ伸びていく。
命の危機をシー・ジーは感じ取り、
「《ザハ・エルハ》──憑依ッ!!」
それから逃れるようにして、背中に天使の如き羽翼を広げ、シー・ジーはやむを得ず空へ離脱した。
龍のように大口を開けた炎は、どす黒い闇を秘めたまま彼を追い続ける。
捕まればただでは済まない事は目で見ればわかった。
そうやって、炎が追って来なくなったのは、時間停止の限界もぎりぎりという時であった。
「こちらシー・ジー、現在撤退している。白銀耀を倒しきれなかった」
『なっ……!? デュエルに勝利したのに倒しきれなかった、とは』
「相手をしている時間は無い。もうじき、停止の効果が切れる。一度態勢を立て直さなければなるまい」
『はい……何者かが妨害工作をしている所為で、こちらも作戦が滞っていて』
「それは恐らく白銀朱莉の仕業だ。私はそちらを優先する。この日の日没までに歴史改変出来なければ、この作戦は失敗だ」
『了解。しかし、どうしたんですか。隊長がそこまで追い詰めたのに捕らえ損なうなんて』
「恐らく、
苦虫を噛み潰した表情で彼は言った。
額には汗が伝っており、顔には惧れが現れていた。
「後でデータを送信する。あの反応は、とてもじゃないがそれだけでは説明できない」
『そうですか……しかしどうしますか。時間停止はもう使えません、それまでに全世界に像をばら撒かないと』
「狼狽えるな。こちらにはまだ手があるじゃないか」
『ま、まさか……使うんですか!? あれはリスクが伴います!』
シー・ジーは通信機越しに頷く。
最早強行するしかない。最後の切札の使用を。
「──そうだ。ドラゴン・コードを起動する」
※※※
「おい白銀」
「……」
「白銀ェ!! 起きろォ!!」
誰かが俺を呼んでいる。
誰かが何かを叫んでいる。
ああ、懐かしい。
この声は──
「神楽坂、先輩……?」
「ばっかお前、どうしたんだよ、その怪我ァ! ガラス浴びたのか!? 全身切り傷だらけじゃないか!」
──ッ!
背筋が痙攣しそうになった。
居る。
もう会うことはないと思っていた相手が、そこにいる。
いや、会ってしまったといった方が正しいだろう。
「帰ったと思ったらこんな所で寝てるからさ、本当にびっくりしたよ。お前何やってんのマジで」
「すいません……俺、ぼーっとしてて」
思わず自分の身体を見やる。
切り傷だらけだ。
だけど、あの時──それこそ意識を失う程の出血と衝撃を受けたはずなのに、俺は生きている。
いや、それどころかシー・ジーは一体何処に行った?
俺を倒したと思うなりそのまま去ったのか?
こんなに大掛かりな作戦をする割には、あまりにもお粗末が過ぎる。
──ひとまず、助かったのか?
「転んで、ガラスに、ぶつかって、それで」
駄目だ。言い訳が思いつかない。
此処で過去の部長に出くわしてしまったのも都合が悪いのにどうすりゃいいんだ。
「あーくそ、どうすっかね。それか救急車呼ぶ?」
「……結構です」
「だもんな! 意識あるし大丈夫っしょ。親は……ああ、お前ひとり暮らしだっけか。保健室は……くそ、養護の先生居ないんだっけか」
服は破れていたが、傷は塞がりつつある。
──あれ?
俺は顔を顰めた。
こんな事ってあるのか。
普通、あれだけのダメージを食らって負ければ、それこそ以前ブランの偽物から攻撃を受けた紫月のように大怪我を負うはずだ。
だけど、今の俺は──大怪我をした形跡こそあれど傷口は大した事が無い。
それどころか、治りかけている。意識もある。
──前、バルカディアNEXに敗けた時もダメージが軽減されていたけど……もしかして、これが皇帝のアルカナの能力だってのか?
分からない。分からないが──
「お前、ちょっと保健室に来い」
何だか歴史が微妙に変わってきてる気がするのは……俺だけか!?
※※※
「男女で保健室に二人っきり、何も起きないわけがなく」
「あんたに限ってあるわけないでしょ、いだだだだ、しみるしみる」
体中の怪我の一つ一つに消毒をしていき、そしてガーゼと包帯をしていく。
取り合えず保健室の中にある救急箱だけで処置が終わったのは幸運だったとしか良いようがない。
皇帝のカードの力もあってか深い傷は浅く、浅い傷は既に傷跡になっていたのも良かった。
「……なあ、白銀」
「何ですか?」
「……何でもない。何か、顔が少し男前になってる気がするのは気の所為かなと」
「キノセイダトオモイマス」
「何でそんな震えてんの──おいお前、まさか喧嘩してああなったとかじゃないよな!?」
「まさか! そんな相手居ませんよ!」
いや、ある意味喧嘩みたいなものか。
結果的に負けて俺はこうして傷だらけになっているわけだし。
だけど、顔つきに関しては……このまま突っ込まれ続けたらまずい。
1年経ってればそりゃ、少しくらい変わってるのも当たり前だ。今は傷跡で誤魔化せてるだけで、先輩はさっきまで1年前の俺と話していたのだ。
万が一1年前の俺と今此処にいる俺が別々に居るということがバレたらどうするんだ。
「なら安心したよ。まあ、白銀は正義感こそ強いけど考えなしに突っ込むやつじゃないしね」
「……」
「ま、悪い悪い、ガラじゃなかったな。ちょっと心配になっただけだよ。はははっ」
彼女は朗らかに笑って見せたので一応疑いは晴れたのだろう。
だが、こんな姿を見せてしまったのは失敗だったと言わざるを得ない。
どうしよう。どう切り抜ける?
そんなことばかり考えている俺が居る。だって──この時代の本当の俺は他の場所に居るんだから。
「部長の役割はね、部員を守ることだよ。何をやってでも、ね」
「……」
「あたしが生徒会の弱みを握ってるのも、公にしたらヤバい写真を幾つもとうさ──隠し撮りして握ってるのも全部部員の為のわけだし?」
「前から思ってたんですけど部長絶対探偵になれますよ、それかスパイ」
「はははっ、それもそうだな」
一歩間違えたら犯罪行為だけどな。
そもそも誰だって出来るのラインを先輩は履き違えてる気がする。
そう思っていたのだが、彼女の数々の違法スレスレ、ないしアウトな探偵技術の数々はブランに引き継がれ、デュエマ部を守っているのだから始末に負えない。
「あたしは……これでも、部員が大事だからな。せめて、あたしが居る間は……あたしの見てない所で誰かとケンカしたりいざこざは勘弁してほしいってだけさ」
「……」
知らなかった。
先輩がこんな顔をするなんて。
悪い偶然だったとはいえ、罪悪感を隠せない。
彼女はいつも、部室のムードメーカーだった。
暗い空気や争いごとを毛嫌いしているのも当然だ。俺だって、そんなのは好きじゃない。
だけど、それ以上にそれらに対する恐れが言葉の端々に現れているようだった。
「……まあ良いや。喧嘩じゃないなら、さ」
「……」
保健室の中を沈黙が包み込む。
何て言えば良いのだろう。
久々に会った部長と話したいことは幾らでもある。
だけど──話せない。
俺はイレギュラーで、歴史の外の存在だからだ。
下手に喋ると、何か歴史に間違いが起こるのではないかと気が気でなかった。
「あ、悪い。電話来たわ。ちょっと出る」
「はい」
さて、どう切り抜けるかこの状況。
俺はボロボロ、恐らくチョートッQもボロボロ。
先輩には悪いけど隙を見て今の間に抜け出すか……。
「はい、はい、ちょっと待って……あ? 白銀?」
「……え」
待て。
もしかして電話の相手って──俺?
「──!?」
こっちを青い顔して見ているのが分かる。
滅多に表情を不敵な笑みから変えない彼女が、だ。
そう言えばこの日、部室に俺はデッキを一個忘れたと思って先輩に電話を掛けたのを。
実際は鞄の中の袋に入っていたのだが、そそっかしかった俺はそれに気づかず最後まで部室に残っていた先輩に電話を掛けた事。
只のなんてことはないやり取りだったが──
「お前、ちょっと待て、これは何かの悪戯か?」
──俺が二人いるというイレギュラー事態を証明するには十二分過ぎるものだった。
※※※
「──おい、待て、白銀。今からあたしが3つ質問をする。良いな?」
『どうしたんですか先輩、良いから部室にデッキがあるかどうかだけ教えて欲しいんですけど』
「部長命令だ! 良いから今答えろ。答えないならお前のデッキは返さん」
『んな無茶苦茶な!』
まあ、デッキは部室には無いんだけどな。
「良いか? あたしは全部答えを知ってる質問だ」
『じゃあ聞く必要ないんじゃないですか』
「まあ待て、今時オレオレ詐欺ってあるだろ? それの対策ってやつだよ。面白くないか?」
『俺は面白くないですね』
「あたしが面白いから良いんだよ!」
すごく怖い顔で部長がこちらを睨んでいる。
俺からは徐々に距離を取り、保健室の扉を身体で塞いでしまった。
「1つ、誕生日。2つ、兄弟が居るかいないか。3つ、お前の無くしたデッキに入ってるカード……リスト全部答えてみろ? ただし、回答は出来るだけ小声で、だ」
「……」
俺は蛇に睨まれた蛙のようにその場で座っているしかなかった。
そして──彼女は頷く。
「よし、正解だ。じゃあな、白銀。デッキは自力で探せ」
『ええ!? 待ってくださいよ、せめてデッキが部室にあるかないかだけ──』
「デッキは──鞄の中のポケットにありますよ」
部長が驚いたようにこちらを振り向く。
もう、これしかない。少し賭けになるが──
「おい、白銀。デッキは鞄のポケットの中に入ってるとかじゃないか?」
『鞄のポケット……あ、ありました! 何で分かったんですか!?』
「そそっかしいお前なら、そんなことだろうと思ったんだよ。じゃあな、白銀」
そう言って、彼女はスマホを切る。
そして──怪訝な顔でこちらを見た。
半信半疑。そして俺に対する警戒だ。
「こっちの白銀に質問だ。お前は……何なんだ? あたしの知ってる白銀に声も姿も瓜二つだ。あいつに双子の兄弟が居るなんて話は聞いたことがないし」
「……俺は、白銀耀です」
ごくり、と生唾を飲み、意を決して俺は言った。
「──今から1年後の未来からやってきた白銀耀です」
先輩は目を見開く。
信じて貰えるわけがないのは分かってる。
だけど、もう言い逃れは出来ないのは分かっていた。
「未来?」
「はい……だから、俺の事は見なかったことにしてください。これ以上、歴史を変えたくないし……」
「馬鹿言うなよ! 未来から来た!? 1年後の!? それもよりによってお前!? 馬鹿馬鹿しいし荒唐無稽で筋も何も通っちゃいないじゃんかさ! そんなの……」
部長は興奮気味に叫んだ。
「そんなの、サイッコーに面白いじゃないか白銀!!」