学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
※※※
「──みづ姉。そろそろ機嫌を直しても良いのでは?」
「……」
翠月は建物の柵に手を掛け、目を俯かせたまま何も言わなかった。
説得に失敗したと思しき黒鳥が凹んだ顔をしていたのを見て察してはいたが、翠月はかなり複雑な心持を桑原に向けている。
爆発した感情を抑え込もうにも引っ込みがつかないようだった。
「桑原先輩の事、嫌いになったんですか?」
「……」
「あの人は──ゲイルの事でいっぱいいっぱいだったんだと思います。今のままじゃ、ダメだって思って──」
「分かってるわよ、そんな事!」
いつもの彼女からは考えられない程にヒステリックな声がその場に響いた。
その後──はっと何かに気付いたように振り返る。
心配そうな妹の顔が目に入った後、翠月は自嘲気味に微笑んだ。
「……お姉ちゃん、失格ね」
「そんなこと、ないです」
「私ね。ずっとずっと、不安だったのよ。貴女が居なくなった時も、桑原先輩が居なくなった時も。師匠は励ましてくれたけど……誰かに慰められたってその人が戻ってくるわけじゃないわ」
師匠には悪いことしちゃったわね、と彼女は続けた。
「……ねえ、しづ。私は……貴女達が傍に居てくれるのが一番幸せよ。私の近くに居るなら……それで良いの。だけど、桑原先輩はきっとそうじゃないわ」
「……何でそんな事を言うんですか。そんなはず、ないです。あの人だって──」
「私ね、しづと白銀先輩の事がとても羨ましく思える時があるの。貴女達はとても通じ合ってるじゃない。だけど──私、未だに桑原先輩の事が分からないわ」
紫月は何も返せなかった。
「私にとって、大好きな先輩はあの人だけ。でも……桑原先輩には、後輩が何人もいる。私は結局、その中の一人でしか無かったんじゃないかって……思っちゃうと凄くムカムカして。止まらなくって。ただの片思いなのに……私って本当に……嫌な女よね」
「……」
「私、どうすれば良いのか分からない。分からないわ。怖いの。大事な人が居なくなるのが、とても怖い。でも、私があの人を束縛してるんじゃないかって思うのはもっと怖い」
「何言ってるんですか。桑原先輩が一言でもそんな事を言ったんですか」
「言ってないけど……怖いの。一度居なくなった時に、とても不安だったから」
彼女は泣きそうだった。
気丈に振る舞う姉が弱気になるのは、自分の前だけだった。
「私、おかしいの。しづと桑原先輩が居なくなってから、ずっとこうなの。急に、涙が出て来ちゃうときが何度もあって、オウ禍武斗からも心配されちゃって」
「……みづ姉」
「でも、私が本当は貴女達を縛っているっていうなら、ガマン……しなきゃ。私はお姉ちゃんだから──」
「みづ姉っ!」
ぎゅうっ、と紫月は姉を抱擁する。何かしなければ気が済まない程に声が弱り切っていた。
今の彼女はとてもか細くて、脆くて、腕の中で折れてしまいそうだった。
抵抗しようとした姉だったが、すぐにそれを受け入れる。
「寂しい思いさせてごめんなさい──みづ姉」
「……何でしづが謝るの? 貴女が居なくなったのは貴女の所為じゃないのに」
「みづ姉。誤魔化さなくて良いんです。隠さなくて良いんですよ。寂しい時は寂しいって──言ってください。みづ姉は私を甘えさせてくれるけど……みづ姉だって、私達に甘えたって良いんです。お姉ちゃんだからって関係ありません」
「私……重いって思われてないかしら」
「軽薄な愛よりよっぽどマシですよ。私に対しても、桑原先輩に対しても。大事なのは大好きな人への愛って言ってたのはみづ姉じゃないですか」
「……しづ」
抱擁し返す腕に力が籠る。
「しづは……もう居なくならないわよね?」
「……それは」
紫月は一瞬口ごもった。
姉は知らない。紫月に待ち受けている死の運命を。
乗り越えなければいけないのは分かっている。しかし、無責任に肯定するのは気が引けた。
もし自分が居なくなったら──彼女はどうなってしまうのだろう。
「当たり前じゃないですか。私もみづ姉の事大好きですから」
「……ふふっ、ありがとう、しづ」
「だから、あの馬鹿先輩にもさっさと謝らせ──」
「良いの良いの。橋から突き飛ばしたのは私が悪いんだから。謝りに行くわよ」
「良いんですか?」
「うん……あの人が私の事をどう思っていても、私が先輩の事が大事な人なのは変わりないもの」
ふふっ、といつものように微笑むと彼女は言った。
「さてと! 久々のしづ成分、補給しちゃった!」
「言い方!」
「やっぱりしづは癒されるわ。ふわふわしてて」
「何処見て言ってるんですか、台無しですよ。貞操の危機を感じたので、さっさと桑原先輩に謝りに行ってください」
「ううん、やっぱりしづはそうじゃないとね! ちょっと素直じゃないくらいが可愛いわ!」
「良いから早よ行ってあげてください。割と真面目に可哀想でしたよあの人。自業自得ですが」
「分かってるって」
「桑原先輩は地下の書庫に行ったようです。走って転ばないでくださいよ、みづ姉」
陽気な声を響かせて、彼女は階段を降りていった。
大丈夫だろうか。初めて来た建物だし、此処は割と広い。
それに──元気そうな声が妙に空回っているように聞こえた。
「……」
胸に手を置く。
きっと、自分や桑原先輩が居ない間の彼女がどんな思いで夜を過ごしていたのかは想像がつかない。
もし本当に自分が居なくなったら?
姉は──その時こそ、本当に壊れてしまうのではないだろうか。
「主は──斯様な様子か?」
「っ!」
振り向くと、そこにはオウ禍武斗の姿があった。
恐らく翠月に追い出されていたのだろう。
「……オウ禍武斗。みづ姉が迷惑を掛けました」
「心配は要らぬ。一人になりたい時もあるだろうて」
「でも、何をしてたんですか?」
「何、同志と語らいをな」
「ああ、QXですか」
「うむ」
同じガイアハザード同士、思う所があるのだろう。
ゲイルを喪ったのを引きずっている桑原は──QXとあまり馴染めているようには見えなかった。
こっちの二人の関係も紫月は心配になるのだった。
だから、意を決して彼女は問うた。
「オウ禍武斗。相談したいことが──」
※※※
「あれ? 桑原先輩じゃないデスか!」
「……テメェか」
「何読んでるんデス?」
「色々だ。此処には面白い資料が沢山ある」
「桑原先パイ、古典マニアだったんデス!?」
「いや、そういう訳じゃねえけど……鬼が出たなら、何かヒントがねぇかって思ってな。俺も気が気じゃなかったんだ。ここの本は殆どが
「うぇえ、先を越されてたデス。じゃあ、私が調べても意味ないじゃないデスか」
力の座、地下の書庫。
そこには、多数の古文書が集積されているという。
当然、超常現象に纏わる書物もある。多くは妖怪が起こした事になっているが、その中には実体化したクリーチャーによるものもあるのではないか? と桑原は推測していた。
しかし、重要な資料はやはり伊勢に収められているのか、神類種に関するものは無いらしかった。
「まあ気を落とすんじゃねえよ。この十王伝記という絵巻物を読んでほしい」
「私古典苦手なのデ!」
「……現代文もだろーが」
「それは言わないお約束デス!」
「はいはい」
言った彼は本を広げる。
そこには──刀を咥えた東洋龍と巨大な赤鬼が向かい合う構図の絵が描かれていた。
「十王? King……ってことデスよね?」
「かつて、この日本に突如現れたらしい十の王の伝説。そのうち5つは人間の味方をし、うち4つは鬼の味方をしたとされている。」
「残りの一つは?」
「まさに──鬼達による鬼札王国と
「酒呑童子じゃなくて、デス?」
「いーや? この書物は、平安よりも前の時代に描かれたとされている。つまり、酒呑童子が出るよりも前だ」
「そうなのデスか……」
「だけどな、白銀の話と一致するところがかなり多かった。例えば、酒呑童子はジャオウガってクリーチャーを使ってたとかな」
「ッ……名前が同じデス!?」
「そういうこと」
つまり──酒呑童子が使っているのは、更に古代の鬼ということになる。
「古代に現れた十の王ってのは、多分クリーチャーだな。そして、この本で邪王我と戦っているのは吉備津桃王……白銀のモモキングは、これと同じものと見て間違いねぇ」
「実は、昔話の桃太郎ってそんなに関係無かったりするデス?」
「ははっ、逸話ってのはな。色々混ざったり別れたりして現代に伝わるもんだ。酒呑童子なんて、ありゃ金太郎に出てくる鬼だぜ」
「成程……」
「多分、モモキングは平安時代でも何者かが召喚して酒呑童子を一度倒してるんだろうな……誰が呼び出したのかさえ分かれば、本当の力とやらを呼び出す方法に繋がるんだろうが」
「ねぇ桑原先パイ。折角デスし、十の王全部を読み上げてくだサイよ! 私、残りの王も気になるデス!」
「ええ? 俺、これ読み解くの大分しんどかったんだけど……まぁ良いか」
桑原は一つずつ、王とそれが率いる軍勢の記述を読み上げていく。
一つ。英雄・吉備津桃王が率いる切札の軍勢。勇猛果敢な英雄たちの集まりだったとされている。文字通り、鬼を滅ぼす最後の切札なり。
一つ。聖なる帝が率いる星の軍勢。彼らの要塞の如き重厚な鎧はどのような武器も受け付けなかったとされている。
一つ。竜の帝が率いる爆炎の軍勢。疾風迅雷にして疾風怒濤の攻めは、鬼達を次々に蹴散らしたとされている。
一つ。百獣の王が率いる波濤の軍勢。王の号令の元に、一致団結した獣たちはまさに津波の如き荒々しさだったとされている。
一つ。暗黒の王が率いる軍勢。詳細不明。記述が破れて読めない。
一つ。覇王・邪王我が率いる鬼札の国。力を至上とし、人間を憎む異形の鬼達の集まりだったとされている。人を滅ぼす異形達の鬼札なり。
一つ。不死身の巨龍が率いる不死樹の王国。自然を我が物にする人間を淘汰すべく立ち上がった大樹の怪物たち。
一つ。拳王が率いる暴拳の王国。王の拳は全てを壊す槌の如く。聖なる加護を受けた体は刃をも通さない。
一つ。異国から飛来した美孔麗の王国。詳細不明。記述が破れて読めない。
一つ。月光の王国。詳細不明。記事が破れて読めない。
これら十の王、人の軍勢と鬼の軍勢に別れて激しく争いけり──と書かれており。
「って、破れて読めないところがあるじゃないデスか!」
「仕方ねえだろ。元々そうだったんだろうよ。だけど、もしこれが本当なら鬼共にはまだ4つの眷属が居るってことになる」
「末恐ろしいデス……」
「だから、そいつらが復活する前に俺達は鬼共と決着を付けなきゃいけねえってこったな」
一通り書物を纏めたからか、疲れ切った表情で桑原は顔を机に伏せた。
そして、何かを心配するように言った。
「翠月は?」
「ずっと拗ねてるみたいデス。早く行ってあげたらどうデス?」
「……踏ん切りが付かねえんだよ。あんなに怒ったあいつは初めて見た」
「ミヅキ、ずっと寂しい思いをしてたんデスよ! シヅクは居ないし、桑原先パイまでいきなり居なくなったら……凹むのも当然デス」
「……そうだな」
彼は目を伏せた。
その瞳が悲しそうで──ブランは声を掛ける。
「デモ、先パイ。先パイの気持ちは……私も分かるデス。先パイ、ゲイルと仲良かったから……ショックで、どうしようもなかったのも分かるんデス。その傷が、きっとまだ癒えてないのも」
「……未練がましく引きずってるだけだ。いい加減断ち切らなきゃいけねえのも分かってる。新しい相棒だって手に入った。なのに。俺は……」
「引きずって何も悪い事はないデス。きっと、それに耐えてきたはずだから。それを……ミヅキに伝えたら、きっと分かってくれるデスよ」
「本当か? 俺、嫌われたんじゃねえかって思ったんだぜ。すっげぇショックだったからな……」
「きっとミヅキも素直になれないだけデス。だって、あのシヅクのお姉ちゃんデスから。でも……分かってくれるデスよ。きっと」
そう言うと、ブランは踵を返す。
「それじゃあ、私はミヅキを呼んで来るデス!」
「はぁ!? そこまでしなくて良い。俺の方から行く。じゃねえと筋が通らねえだろ」
「まあまあ、此処は後輩に任せ──ひゃっ!?」
その時、彼女の身体が大きく傾く。
何かに蹴躓いたのだろう。
思わず駆け寄った彼だったが、一歩間に合わず──両者、埃の被った床に倒れ込んでしまうのだった。
「けほっ、けほっ、大丈夫デス!?」
「……悪ィ、重くねぇか?」
「いや、そんなに……」
「てめ、暗に俺がチビだって言ってんな?」
「そんな事無いデスよ!? ……ひゃうっ!?」
「んあ? どうした」
「ちょっと、手を退けてくだサイ……む、胸に」
「わ、悪い!」
双方、怪我は無いようだったが──狭い書庫の中で倒れた所為か、上手く起き上がれないようだった。
そして、本が幾つも桑原の上に落ちてきており、それをどけるので精一杯。
そして彼が起き上がらねばブランも立つことすらままならず。
「ちょっと先パイ、わざとデス!?」
「ちげーよ! だけど、態勢が厳しくって」
「う、うう、早くしてくだサイ! ひぅっ!?」
「分かってる、変な声出すんじゃねえ! 誰かに見られたらどうすんだ……さっさと済ませるから──」
ガチャリ
戸が開く音。
二人の視線はその先に向いた。
「へーえ、見られて困る事シてたんですね。
「……」
「……」
桑原は、死を覚悟した。ついでにブランも。
汚物でも見るような目で紫月──いや、翠月が仁王立ちしていたのである。
妹と見紛う程の冷徹な視線が彼を突き刺していた。
「あ、いや、翠月、これは違うっつーか」
「そ、そうデス! これはちょっとした事故で──」
「やっぱり、金髪美乳モデル系美人が良かったんですね。それならそうと最初から言ってくれればよかったのに……でも、こんな所で乳繰り合うなんて、不潔です。不純です。そして不愉快です……!」
最早、弁明の余地も無い程に彼女が怒っているのは明白だった。
「待て! これは不幸な事故で」
「……桑原先輩の……不埒者ーッ!!」
「へぶぅっ!!」
顔面にぶっ飛んできたのは──不運にも、広辞苑だった。
※※※
「白銀耀。最近の若者にしては早い目覚めじゃのう! にょほほほほ!」
「ああ。昨日はぐっすりだったからな」
早朝5時。
俺は巌流齋の爺さんに呼ばれて修練場に来ていた。
とは言うが、見た所……只の森にしか見えないんだよな。
隣には──死んだ目の桑原先輩が鼻に絆創膏を付けて立っている。何があったんだ。
「チビの小僧。鼻でも怪我したのかえ? おっちょこちょいじゃのー、にょーほっほっほっほ!」
「放っといてくれ……」
「それで爺さん。一体何をするんだ?」
「うむ。この試練は──貴殿の中にある、煩悩と向き合わねばならん」
「煩悩?」
確か仏教の考えで、心の乱れとかそんな感じの意味じゃなかったっけか。
「そうじゃ。人間は誰しも、心の中に煩悩を持っておる。神力の最大の敵はそれじゃな。しかし、己の持つ煩悩の正体さえ分かっておれば怖くは無かろうて」
「で、どうすりゃ良いんだ?」
「くくく、そこでワシの出番じゃよ──ふん!」
突如、爺さんの背後から現れたのは赤き鎧に身を包んだ装甲竜。
こいつって……《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》か!?
「いきなり実体化したでありますか!?」
「では早速──」
瞬きする間も無かった。
紫電・ドラゴンの二刀流が──
「え?」
──俺の身体を、両断した──