学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
――実際魔法使い様というのは実に用意周到であった。彼女が根城としているこの鬱蒼とした森林の奥地には、見たところ大量の魔法陣が仕掛けられており、そこからクリーチャーの気配を感じた。
大胆に攻め込んで来た割には慎重すぎる程だ。
「……で、さっさと離して下さい」
「暗野紫月――えーっと、此奴はまあ、只の人間なんだろうが……やっぱり案の定――」
「話聞いてましたか」
気が付けば紫月は大きな樹木に、鎖で手足を繋がれていた。
シャークウガの声も聞こえないが、どうしたのだろうか、と思案する。
しかし、今は目の前に居る魔導司の少女から出来る限り情報を引き出すのが先決だった。
召喚書の罪を数える者にして、審判の魔導司、トリス・メギス。デュエルの腕は去ることながら、その魔法の技能も確かなものだ。
「オイオイ、今折角お前のことを分析してやってんのに」
「頼んだ覚えはありませんが」
「仕方ねえだろ? 頼まれたんだからよ。さっきも言った通り、我が同志はエリアフォースカードというものを恐れている。しかし。同時に興味も持っているのさ。じゃなきゃ、お前らは今頃皆殺しのついでにエリアフォースを奪われ、エリアフォースカードも即座に処分されるはず」
「っ……!」
「そうはならないのは、単にあたし達のやっていることが表沙汰にはなってはいけないこと、そして何より”あいつ”がエリアフォース、そしてお前らに興味を持っていることに他ならない。まあ、弱すぎと判断した時点で切るし、強すぎと判断した時点でも切る。そうだな。意図は完全には汲み取れないけど、この数十年であいつの考えに何らかの変化があったのは確か」
となれば、その大魔導司とやらは相当の高齢なのだろうか、と紫月は予想する。
髭を蓄えたいかにも、といった魔法使いの爺さんが浮かんだ。
「……それにしても負け惜しみのような言い方ですね」
「事実だもーん。最も、火廣金が敗けたのは予想外だったみてーだけどな。あいつ、あたしよりも強いし」
「……なら、貴方も直に先輩が倒しに来ますよ。先輩は、あなた方が思ってる以上に強いです」
「かもなあ。もっともあたしとあいつじゃ、戦い方も強さってやつの
だけど、とトリスは付け加えた。
「――お前の力もこんなもんじゃないだろ?」
「……」
にやぁ、とトリスは嫌な笑みを浮かべた。
「手を抜いてた……わけじゃねえみてぇだな? さしずめ、新たな力――ムートピアの力を使いこなそうと躍起になってるみてーだけど。人間の癖に、癪に障る真似しやがって。……
「おやおや、それは残念です。期待に沿えなくて。ですが、デュエリストの使うデッキは試行錯誤の繰り返し。必ずしも、目に見えて強いデッキ、カードさえ握っていればいいというものではありません」
「負け惜しみかい? 惨めだねぇ。大人しく、こっちのデッキさえ握ってりゃ良かったのにさあ」
そう言うとトリスは、紫月のベルトからもう1つのデッキを取り出した。
「デッキをわざわざ幾つも持ってるんだ。なあ、何でわざわざ1番弱いのを使ったのよ? オイ? 嘗めてんのか、人間の癖に」
「……負けたのをデッキの所為にするつもりはありません。それに、これ以上私の切札を馬鹿にするのは許しませんよ」
「その切札は今は居ないだろーが。見捨てられたんだろ?」
「……見捨てられてなんかいませんよ」
「まだそんなことを言うのか、このクソガキは」
次の瞬間だった。
紫月は腹に強烈な衝撃を覚える。
トリスの細い脚が、的確に自らのみぞおちを捉えていた。
げほっ、とせき込み、紫月は反吐を吐きそうになるのをすんでの所で押さえた。
途切れかけた意識の中、目の前の魔導司を睨む。
「お前、自分の立場が分かってるのか? あぁ?」
「っ……クソガキは、どっちですか」
「ああ? 何か言ったか、人間のガキ。こちとらお前よりもよっぽどながーく生きてんだよ」
今度は拳が頬を抉った。
少女の身体が放つものとは思えない、非常に重いものだった。
「おい。あたしは”あいつ”が言ってるから殺してやらねぇだけで、腹の底から人間が嫌いなんだよ」
「っ……」
紫月は凍り付くような戦慄を覚える。ムカデが何匹も背中を這っていった。
そう言ってトリスが紫月のデッキケースから取り出したのは、もう1つのデッキだった。
「――使いたくないなら、”無理矢理にでも”そのデッキを使わせてやるぜ……なあ?」
「な、なにを……」
「精神汚染――マギア・ポリーシャオという魔法があるんだけどよ、まあ、あたしの得意技さね。言わば相手の負の面の表面化と言えば分かるな――?」
紫月はぞっ、とした。精神汚染、という言葉が嫌なものを思い起こさせる。
びりびり、と紫電を放ち続ける紫色の宝玉が、トリス・メギスの掌に握られている。
それが彼女の右胸に押し付けられた。
「さあ、良い声で啼けよ? なぁ?」
絶叫が、辺り一面に響き渡った。
脳を割り、神経を八つ裂きにするような激痛が迸る。
吐き気が込み上げてきた。
――みづ姉……先輩……すみません、紫月は……もう、駄目かもしれません――でも、決して、来ないで――!
「さあ、どこまで持つか、楽しみだなァ、オイ」
※※※
「……わざわざ紫月を攫って行ったのは何故でしょうカ……」
街に出た後、ブランはふとそんなことを言った。
「そうだな。今までの分から考えるに、奴らの目的はエリアフォースカードのはず……やっぱり、紫月に何かしようとしてるのか?」
「そうなったら、紫月の身が危ねぇな」
俺は唇を噛み締める。もっと、俺に力があれば、あいつが攫われることは無かったのに!
もしもあいつが怪我していたら、もしものことがあったら、翠月さんに何て言えば良いんだ!
1人の後輩の命が懸かっているこの状況。
プレッシャーは、あまりにも大きい。
だが、そんな俺の心境を察したのか、桑原先輩が俺の肩に手を置いた。
「プレッシャー、でけぇよな、白銀。だから、今はあいつが無事なのを信じるしかねぇ」
「……は、はい」
「良いか。自分を責めるのだけはやめろよ。責任を抱えるのは当然だが、悔やむのはやめろ。前に進むっきゃねぇ」
前に進むしか、ない――そうか。
確かに、今悔やんでる暇は無い、か。
「……ワンダータートル! 早く紫月の、あの魔導司の居場所を教えてくだサイ!」
『今解析しとるわい! 心配するな、痕跡は消えていない。追っていけば――よし!』
ブランの頭に乗っかったワンダータートルが満足げに叫んだ。
『迷宮への道は開かれた! 行くぞ、探偵!』
「流石デス!」
どうやら、ワンダータートルの力でブランの頭にトリスがどのような経路で逃げて行ったかが分かったようだ。
一瞬俺達の前から消えたように見えても、結局あまりにも長距離はワープ出来なかったらしく、その地点を繋いでいけば敵の居場所が分かるというのがワンダータートルの仮設だった。
そしてそれは見事に的中。
すぐさまブランはワンダータートルに示された通りに走っていく。
「着いてきてくだサーイ!」
「おう! やっぱり頼れるぜ!」
『流石、便利な能力でありますなぁ!』
「お前ももうちょいマシな能力は無かったのか?」
商店街を抜けると、街の外れ――郊外に出る。
そして、その先には神社の跡地があるのであるが、そこから鬱蒼とした森林に覆われた山へ繋がっているのである。
「まさか……登る、デスか?」
「暗い中で身を隠すには絶好の場所だな」
「こんなこともあろうかと懐中電灯は持ってきてるけど……登山の準備はしてねぇぞ?」
「流石にそこまで険しくはないでしょうが……それに林道はあるっしょ。まあ、もう戸惑ってる暇は無いですよ。ワンダータートルも居ますし、迷うことは無いはず」
「そうデスね。頼みましタ!」
『うむ! こっちじゃ!』
俺達は鳥居を潜り、ブランが進む後ろを走っていく。
そのまま、薄暗い林道を懐中電灯で照らして進んでいくが――
『むっ……気を付けろ! 何か、反応が近づいて来とるわ!』
「なっ!?」
「クリーチャーデスか!?」
『そうみたいでありますな! どうやら、こっちに急速で向かってくるでありますよ! だけどコレは――』
俺達は身構える。
此処で敵のクリーチャーが出てくるか、と思ったが――
『――や、やっと見つけたぜ……てめぇらか……!』
どんっ、と宙からそれは降り立った。
何処からともなく、水しぶきが飛び散る。
それは酷く息を切らせているようだった。
「シャークウガ!?」
「こんなところで何してるデス!?」
「おい、テメェ!! 紫月は一体どうしたんだ!!」
怒鳴る桑原先輩に、シャークウガは首を振った。
そして――地面に手を突き、崩れた。
俺達は、戸惑った。あのシャークウガが、いつも自信に満ちて尊大に振舞い、豪快に物事を笑い飛ばしている彼からは考えられなかった。
『ほ、本当にすまねぇ――! あいつは、あの魔導司に囚われたままだ……!』
「……!」
『あいつは俺達が気絶している間に、紫月を鎖ででかい樹に縛りつけたんだ……! だからあいつは、身動きがとれてねえ……! しかも、奴はキング・アルカディアスを従えている……あの化物の支配の前じゃ、俺の魔力も無効化される……! そうなる前に、先に目覚めた俺は――』
そこまで言いかけて、シャークウガは地面に拳を振り下ろした。
悔しさを押し殺せないのか、唇を弓のように引き絞り、叫んだ。
『……俺は逃げ出したんだ!! あの、あの化物が怖くて逃げだしたんだ!! マスターを、マスターを見捨てて――! お前らに頼らなきゃ、何にも出来ねえから……!』
そんなことねぇよ、シャークウガ。
お前はあの状況で、それが最善だって判断したからそうしただけなのに……。
『何が魚人覇王団の団長だ……! マスターを、エリアフォースカードを護るのが俺の役目なのに……! 逃げなきゃいけねぇのが、悔しかったんだ……! 俺は最低の臆病者だ……!』
「シャークウガ。誰もお前の事を臆病者だなんて言わねえよ! むしろ、よくここまで来てくれた! 俺達に、俺達に助けを求める為に来てくれたんだろ!?」
「そうデスよ! 戦術的撤退ってやつデス!」
『ク、クソッ……クソが! マスターが……紫月が……早く行かねえと……』
『シャークウガ、好い加減泣くのは止すであります! あとは、我々に任せるであります!』
『そうじゃのう、鮫の字。ワシらが、助け出すわい』
『……頼む……!』
そう一言、言うとかなり疲労していたのか、シャークウガは1枚のカードの姿に戻る。
俺は地面に落ちたそれを拾い、ブランと桑原先輩に向かって振り返った。
「行きましょう……紫月を助けねぇと!!」
「ハイ! 引き続き、ワンダータートルのナビゲートを使いマスね!」
「ああ。シャークウガの意思を無駄にするわけにはいかねぇし――ん?」
「どうしましたカ?」
そう言った途端だった。何かが、動いた。
俺の視線の先だ。
姿形が完全に露わになる。
「気を付けろ!! 何かいるぞ!!」
いずれも、混沌とした色合いの奇妙なクリーチャーで、気色が悪い、と言う言葉が真っ先に飛び出してくる。
何かと何かを混ぜ合わせたような怪物、異形達であり、生理的嫌悪を少なからずもたらすものだ。
「《星鎧亜イカロス》に《鎧亜の氷爪メフィスト》、《鎧亜の深淵パラドックス》……ロスト・クルセイダーばっかりじゃねえか!」
「一先ず、戦うしかねぇってこったな!」
「上等だ! 時間はないけど……!」
俺達がそう言ってデッキを構えたその時だった。
「――少年少女、その怪物達の相手、この私が請け負った!」