学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】   作:タク@DMP

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第52話:regret─失意

 ――身体が、重い。

 昨日、俺は何をしていたのか覚えていない。

 気持ちもまだ整理がついていないが、感情の渦は頭の中で一先ず収まっていた。

 かといって、学校に行き、普通の日常を享受する気にはとてもじゃないがなれなかった。

 ベッドに突っ伏し、英雄を、憧れの男の末路を、目の前で行われたあの惨状がずっと堂々巡りさせていた。

 ああ、そうか。

 俺はまだ、何も振り切れていないのか。頭が、俺を何とか鎮めようとしているだけで、俺の中ではあの惨禍がずっと繰り返されているんだ。

 ノゾム兄は。ノゾム兄は何故、壊れるまで戦っていたのか。

 身体も。精神も。何もかもを投げ打って戦っていたのか。

 笑顔を貼り付けて、辛いのも全部隠して戦っていたのか。

 俺の覚悟なんて、ちっぽけだと思わせるほどに、凄絶で、俺には堪え切れないものだった。

 

「……なあ、チョートッQ」

『……何でありますか』

 

 デッキケース越しの相棒に問い掛ける。

 

「俺は、誰も助けられなかった……花梨も、ノゾム兄も、結局助けられなかった。何も出来なかった」

『……マスター』

「ははっ、うじうじしてる主人で悪いな。だけど、だけど……悔やんでも、悔やみきれねえんだよ……! 強くなったってちょっとでも思ったつもりだったけど……強くなったのは、デッキで、エリアフォースカードで、俺じゃなかった……」

 

 ノゾム兄が強かったのは、デッキじゃない。エリアフォースカードじゃない。

 間違いなく、鋼のように固く、冷たい心だった。数多の傷を受けて尚立ち続ける、痛みも感じない心を持つ戦う彼自身だった。

 俺には、無いものだった。

 戦うことの意味が、覚悟の意味を俺は――知らな過ぎたんだ。

 引く、って感情がある。それに近いものだったかもしれない。 

 そして――俺には、無理だ、俺はノゾム兄みたいに戦うことは出来ない、という言葉だった。

 ノゾム兄は、俺に自分のようになるなって言った。

 それは、これ以上戦えば自分のようになる。もう、俺達にこれ以上戦ってほしくない、俺達には、俺は自分のようにはなれない、なってほしくないから、もう戦うのをやめろ、と言っているようだった。

 そして、根拠を突き付けるようにして、ノゾム兄は俺の目の前で倒れてしまった。

 俺には出来ないことを成し遂げたノゾム兄でさえも――魔導司を統べる、人の形をした人の心を解さない化け物には勝てなかった。

 怖い。

 それほどに、あいつは、ファウストは、恐ろしい存在で、怖い。

 何が怖いのか、具体的に口にすることは出来ない。

 いや――あるいは。あの光景を見るのが、怖いのか。

 

「なあ、チョートッQ。こんなマスターと一緒にいるの、嫌だろ? 契約? だったっけか……もう、そんなの良いからさ。他の奴の所に行ってくれよ」

『な、なに言ってるでありますか!! マスターは、マスターの守りたいって覚悟はその程度だったでありますか!?』

「俺、守り切れる気がしねえよ……! これ以上、お前を」

『……!』

「あんなもん、目の前で見せられちまったら……もう1回、あいつが俺の前に出てきたら……全部終わりになっちまいそうで、怖いんだよ……! あいつは、今までの奴と違う。関係無い学校の皆をああやって巻き込むことに何の抵抗もねえような怪物だ。だから、思っちまったんだよ……! 俺が、エリアフォースカードを手離せば……」

『……マスター、何を言ってるでありますか』

「……そうだよな。お前らは、それでも、戦えって言うよな」

『マスター……!』

 

 俺の目の前に、チョートッQが飛び出して現れる。

 

 

 

『マスターは、何も分かってないでありますよ!!』

 

 

 

 甲高い怒鳴り声が、耳を貫いた。

 

 

 そのまま、デッキから飛び出す光。

 開け放した窓から出て行ってしまう。

 

「チョートッQ……」

 

 慌ててデッキを見た。

 《ダンガンテイオー》のカードが1枚。消えて無くなっていた。

 

「……俺は……どうすりゃいいんだよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 腹も減らない。

 喉も、乾いても起き上がる気力も起きなかった。

 だが着信がスマホから鳴り響いたので、ようやく俺は我に返ったようにそれを手に取った。

 そこに出ていたのは、ブランの名前だった。

 だが……受け答えする気が起こらない。俺は、そのまま放置しておくことにしていたが……。

 

 

 

「アーカールー!!」

 

 

 

 怒鳴り声が部屋の奥から、聞こえてくる。

 扉を隔てて。

 ……ちょっと待て。何でアイツの声が聞こえてくるんだ。

 ブランの、あの甲高い声が、出張で両親がいないために他に誰もいないはずの俺の家の中から聞こえてくる?

 

「そこデスか!!」

 

 がたん、と乱暴に部屋の扉が開いた。

 流石の俺も飛び起きた。

 部屋にずかずかと入ってきたのは、ブランだった。

 それも、顔を真っ赤にして、酷く憤慨している様子で。

 悪かった。着信をスルーしたのは謝ろう。だが、何で此処に居るんだ。

 

「な、何でお前が此処に……」

「玄関、鍵が掛かってなかったデス!!」

「あ、そ……」

 

 どうも余程の放心状態だった俺は、約2日の間、玄関の鍵を開けたままそのままになっていたらしい。

 急に腹が減っていたのを思い出す。

 動いていなかったが故に、身体の節々がかえって痛む。

 そして、俺が学校にも来ていなかったので、心配して駆け付けてきてくれたらしかった。

 

「……じゃないデス! 学校にも来ないで……」

「別に良いだろ……頭ン中ごちゃごちゃで、もう訳分かんねーんだよ」

『チョートッQの反応がどこかへ消えた。さてはヌシら、喧嘩でもしたか?』

「関係ねーよ、ほっといてくれ」

「ノゾムサンが大怪我したのは知ってマス……私が居ない間に……皆、大変だったのも知ってマス。でも、いつまでも塞ぎこんでたって、仕方ないじゃないデスか!」

「お前には分からねえよ」

「分からないデス!」

 

 つんざくように、金切り声が聞こえてきた。

 いつものブランには発しないような、いや、いつかのあの時しか聞いたことがない、ヒステリックな声だった。

 今度は泣きそうな顔で彼女は言った。

 

「……ちゃんと言ってくれなきゃ、分からないデスよ。皆、皆沈み込んで……私だけ……外に居た私だけ、その場に居なくって……一緒に戦えなくて悔しかったのに……」

 

 吐き出すように、息を漏らすように、その問は出てきた。

 

「なあ、ブラン。お前、怖くねーのか?」

「……怖い、デスか」

「下手したら、命に関わるこの戦いを……死ぬかもしれないこの戦いを、これ以上続けようと本気で思ってんのか」

 

 こいつは、元々巻き込まれたようなものだ。

 こいつだって、元から戦いたかったわけじゃないはずだ。

 

「……一緒、デスよ。結局、クリーチャーに襲われたら成す術無く死ぬだけデス。それなら、抵抗する方が、よっぽどマシデス。なーんて、言ってみたけど……」

 

 無理に笑顔を作って、彼女は励ますように言った。

 

「アカルが、クラスメートがこんなに近くで戦ってるのに、私が黙って見てると思ってるのデスか? アカルは、必死で今まで皆を守ろうと戦ってきましタ。それを、無駄にはしたくない」

「怖くねえのかよ」

「怖い、って思う時もあるけど……みんなが、仲間がいるから、そんなこと忘れて戦えるデス。アカルも同じはずデス。カリンを助けようとしていた時、シヅクを助けようとしていた時、アカルに怯えは感じなかったデス。私と、同じデス」

「俺は、俺は怖い。俺は……仲間を、自分も、ああなっちまうかもしれないって思うのが嫌なんだよ。俺が戦ってる所為で、皆がこれ以上危ない目に遭うのが――怖くて、怖くて仕方ないんだよ。今まで実感が沸かなかっただけだ。今まで、運良く助かってきただけだって」

『白銀耀』

 

 言ったのは、ワンダータートルだった。

 

『ヌシが戦うのが怖いのは、自分が傷つくからでは、ないな? 仲間を失うのが、あるいは刀堂ノゾムのようになるのを見るのが怖いのだろう』

「……」

『ヌシは、優しいな。戦う者には、致命的に向いていない程に、優しすぎる。仲間が傷つけば、悲しみで動けなくなってしまう』

 

 見抜くかのように彼は的確に言った。

 そうだ。

 俺はもう、仲間が、知っている人が、俺の目の前で傷ついたり、苦しんだりするのが嫌なんだ。

 

『かと言って、ヌシは戦う事から抜け出すことは出来んだろうよ。戦う仲間を、決して見捨てられない人間だからじゃ。まことに、哀れじゃて。それがヌシの、変えることの出来ないサガ、じゃ』

「俺のサガ……」

「同時に、ノゾムサンも、自分では変えることの出来ない、いえ誰にも変えられない信念が、あったのだと思いマス」

 

 それが何なのか、俺には分からない。

 しかし。それを知っているのか、彼女の声のトーンはいっそう重々しくなった。

 

「そして、私も同じデス。正義は、曲げられない。私の目の前で起こってる悪事は、事件は、私がこの手で暴いてみせマス! それが、シャーロック・ホームズから受け継いだ魂! 私の、覚悟デス!」

 

 その言葉に躊躇は無かった。

 彼女は、決して諦めるつもりはないようだった。

 

「市民病院に、一緒に来てくれマスか? そこで、耀に会ってほしい人が居るんデス」

 

 市民病院。

 この近くにある、最も大きな大型病院であり、ノゾム兄が入院している場所だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 個室のベッドで横たわるノゾム兄。

 右脚の骨折を始めとした外傷がかなり酷く、手術の予定が山積みだという。

 未だに意識は戻っていない。マスク型の呼吸器を取り付けられており、包帯を巻いた腕や足を白いシーツで覆い隠している姿は見るに堪えなかった。

 病室の中に居たのは、花梨の姿があった。

 

「……耀、ブランちゃん」

「……よう」

 

 目を伏せた花梨。

 そのまま、俺の方を向こうとしない。

 俺は何から話しだせばいいのか、分からなかった。

 ブランがどうして俺を此処に呼んできたのかも分からなかったが。

 

「爺ちゃん、さっきまで居たんだけど、身体が悪いから……さっき帰っちゃってね。お母さんがそろそろ仕事終わるから、あたしと入れ替わりでお兄に付きっ切りでいるの」

「……そうか」

「でも、良かった。助けられるの、これで2回目だよね」

 

 2回目。いや、違う。

 お前を助けたのは、三日月仮面――ノゾム兄だ。

 俺じゃない。俺じゃ、お前を助けることは出来なかったのだから。

 

「花梨……悪い。お前が何処まで知ってるかは分からないけど……俺……」

「大丈夫。お兄が怪我したのは、耀の所為じゃないよ。……あたしが、黙ってたのが悪いんだから」

 

 黙ってた?

 俺は目を疑った。てっきり、彼女が魔導司やクリーチャーの類に会ったのは(後者は疑わしいが、ファウストに会ったのは確か)今回が初めてだと思った。前はワイルドカードに憑りつかれてただけだし。

 

「ワイルドカードに憑かれた人間は、その記憶を覚えていればクリーチャーが見えるようになる……カリンは、ドギラゴンに憑りつかれた後にもう1度クリーチャーに出会っているのデス」

「うん。他の人には、もう話したの」

「!? ちょっと待て。それは、何時だ?」

「それは……」

 

 

 

「俺が転校する前の日だ」

 

 

 

 病室から、陽炎のように像がぼけたかと思うとそれがはっきりし、人の形を成した。

 俺は身構えたが、それが火廣金だと知ると少し、肩の力が抜けた気がした。

 

「火廣金……!」

「何を、しにきたデスか」

「見舞いだ」

 

 一言、答えると彼は歩み寄る。

 

「刀堂ノゾムの、な」

「……火廣金」

「そして、お前達に謝りたい」

 

 頭を彼は下げた。

 プライドが高く、こんなことはしないと思っていた火廣金が、頭を俺達に下げたのだ。

 

「我が組織のトップが、君達に危害を加えたことをアルカナ研究会の一員として謝罪する」

「……」

「戦いに加わっていない多くの生徒、そして刀堂花梨を巻き込むことは本来ならばあってはいけないこと。俺としても、それは本意ではない。だが、それをあまつさえ組織のトップが起こしてしまったことをまずは謝らねばなるまい」

 

 俺は詰め寄る。

 謝りに来たのは本人ではない。

 まして、何食わぬ顔をしてやってきた、魔導司である彼に――

 

 

 

「いや、こっちこそありがとう。ノゾム兄を庇ってくれて」

 

 

 

 一先ずは、そう言った。

 彼があの時、ノゾム兄を助けてくれたのは間違いない真実だから。

 まして、自分の組織のトップを前に立ちはだかった火廣金の勇気は、認めなければいけないのだ。

 

「……良いのか? 俺は君の敵だぞ」

「敵とか関係ない。何で助けてくれたのかは分からない。だけど、俺はちょっと……魔導司の事、お前らの事を誤解してた気がする」

「……そうか。まあ、訳はあるさ。俺は借りはきっちり返すタイプだからな」

「借り?」

 

 俺の問に、彼ははっきりと首を振った。

 

「少し君達の話を聞いてだな。それを補足する形になるが……話してしまって構わないな? 刀堂花梨」

 

 静かに花梨は頷いた。

 火廣金と彼女が面識があった事も驚きだ。

 

「君達が、ミラダンテⅫと交戦していた時、俺はその反応を追って明日転校する鶺鴒の旧校舎を急遽訪れていた。そこで、そこの刀堂花梨がトークン・ミラクルスターに襲われているのを発見してな。討伐した」

「助けたのか……花梨を」

「ああ。一般人に被害を出すわけにはいかないからな。その上で、俺は彼女に君の隠していたワイルドカードの事を話したのさ」

 

 そう、か。そうだったのか。

 花梨はそれで、ワイルドカード、エリアフォースカード、魔導司の事を知ったんだ。

 

「ごめん、隠してて……でも、耀達に話すのが怖かった……火廣金は、耀達と戦うって言ってたから」

 

 俺は拳を握りしめた。

 俺の知らない場所で、俺の知らないところで、花梨は危機に瀕していた。

 もしも火廣金が居なければ、彼女がどうなっていたのか分からない。

 守るって言っておきながら、俺は何も守れていなかったんだ。

 そして、その恩人と俺は戦っていたのか。

 

「君が気に病むことはない。人は手の届かないところにあるものに手を伸ばすことは出来ない。魔導司であっても、だ。それにあの日、俺は君の”敵”だった。君は、俺を倒さなければいけない確固たる理由が、覚悟があったはずだ」

「覚悟なんて!」

 

 やるせなかった。嫌味も大概だ。

 そんなもの。ノゾム兄のものに比べれば、小さいものに決まっていた。

 

「……それに、君に倒された後、少し彼女に助けられてな。俺は彼女の親友である君の敵だというのに、お人好しな奴。君も君で、俺に本気の一撃は叩き込まなかったしな。それでも少し痛かったが」

「っ……本当か、花梨」

「うん。あたし……前に助けられたから、放っておけなくて」

「その時、刀堂ノゾムにも助けられた。よりによって、俺達が最も警戒していた相手の1人だったからな」

 

 最も警戒していた相手――そうか。

 ノゾム兄が三日月仮面として戦っていたのは、既にこいつらには割れていたのか。

 しかし。彼は俺の思ってもみなかった答えを出したのだった。

 

 

 

「刀堂ノゾム――旧姓・十六夜。つまり、十六夜ノゾムは元・鎧龍決闘学園のデュエリストだ」

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