学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
※※※
「良いのかよ……こんな生温い倒し方で」
「……」
地面に倒れ伏せて這いつくばるトリス・メギス。
彼女は、憎々し気に私を睨みましたが、どうやら動けないようです。
「あたしは……お前や自分の仲間にさえ、あの魔術を施す外道だぞ? 此処で殺さなければ、またいつどうなるか……!」
「貴方が人間を憎む理由、道を外した理由には相応のものがあると私は見ています」
シャークウガが、トリス・メギスの頭に手を置きました。
いつでも零距離で頭を吹っ飛ばせる、ということを示唆しています。実際は違いますけど。
しかし。今此処で命を奪うつもりは私はありません。
「それを聞かないまま、命を奪うのは余りにも乱暴すぎると思うのです。貴方が法治国家の外にある存在だったとしても、私達まで同じ穴に堕ちてやる義理はありませんし」
「……クソッ! 屈辱だ! 何で、何でこんな……!」
「それよりも教えてもらいましょうか。何故、貴方がこうなったのか」
「くそがッ……これだから人間は……嫌いなんだ」
トリス・メギスは息も絶え絶えに言いました。
「……あたしは、スイスに住んでいた。魔女裁判も終わりに近づいた頃の事。18世紀頃の事だ」
「随分と長生きなのですね」
「抜かせ。ホムンクルスを使えば、生きながらえる事は簡単だ。だけど、あの頃の魔女裁判。本物の魔導司が糾弾されることは殆ど無く、皆本当は普通の人間だった。都合よく人を殺せる口実だったんだよ。この頃から幼ながらに人間の愚かさを部屋の中で感じていたさ。何一つ、不自由のない生活だった。外の人間の不毛さに目を瞑れば。
親父はあれだけ凄惨なものを見ていながら、人間好きだった。魔導司の力を持たない人間だった。だけど、人間の可能性をいつも信じていたんだ。
そう。あたしはハーフだったんだ。母さんは生まれた時には死んでいたからよく知らない。だけど、親父から魔導司の力の事を教えてもらっていたんだ。そんなもん、あの頃のあたしにはよく分からなかっただろうがな。
そんな時。親父はある名家の友人と親友になって、交友していた。
若い男だったが……よくあたしとも遊んでくれたよ。
親父とは、どうやら骨頭品の趣味で気が合ったらしく、コレクションを見せ合っていたらしい。
来る日も来る日も、男はやってきた。
夕食を共にする程に、仲良くなっていた。
ある日。男はお香を持ってやってきた。珍しいものだったらしい。その日も夕食を共にすることになっていた。
だけど、あたしは、その飯を食って、眠りこけてしまった。
睡眠薬だった。それがケシだったかアヘンだったかマンドレイクだったかは確かじゃない。
だけど、香料はそれらの匂いから誘導させるためのものだったのは想像に難くない。
起きると、狼狽える親父の姿。そして、「盗まれた!!」という叫び声。
親父がついぞ誰にも見せていなかったコレクションだった。それは、裁きの印っていう名前のもので、実際にはそれが何なのかさえあたしには分からなかった。
だけど、後からそれが魔道具であることを知ったんだ。
間もなくして。親父ごとあたしは魔女狩りに遭った。
そう。あの忌まわしい魔女裁判だ。証人は――あの男だった。盗んだ品を得意気に見せびらかせ、これが魔女であるという証拠を突き付けたんだ。
審判は当然、有罪。親父は即刻、処刑された。
そして私も火で炙られる事になる。
拷問に等しい取り調べ。傷を全身につけられ、意識がもうろうとするまで鞭打たれ――拷問部屋ともいえる牢獄から連れ出されそうになったその時。
光が――覆った。
私は気を失っていたが、気が付けばあたしは死体だらけの牢獄。
そして、背後の異形に守られるようにして座っていた。
本能的に、あたしは此処にいては危ないと思い、逃げ出した。
道は全て、異形が薙ぎ払ってくれた。
魔導司の血があたしにも入っていたからか――身体だけは頑丈だったので、呑まず食わずに堪えたこともあったし、乞食紛いの事をすることもあった。
だけど、どの街に行っても――人間は、冷たかった。
石を投げつけられた事もあった。悪口を言われた事もあった。
暖かく迎えてくれるやつなんかいなかった。
ああ親父。人間なんて所詮こんなものだよ。
あんたが信じた人間に守る価値なんか無い。
そう思っていた。だけど……ある日。ローブの少女が浮浪児のようなあたしの前に現れた。
『……お前は魔導司か?』
そう、彼女は言った。
もう、どうでもよかった。あたしは首を縦に振った。
『家は?』
無い。
『金は?』
そんなもんは無い。
『家族は?』
居ないに決まっているだろ。
『……私も、家族は居ない。だが、家と金、それを我が同胞に分けてやるだけはある。来ないか? 君も異端とされたものならば、こっちに来い』
訳が分からなかった。あたしは、ローブの男達に取り囲まれたが、瞬きする間にそこは知らない屋敷だった。
彼女は、ローブを取ると言った。
真っ直ぐな眼だった。
『その傷は……人間に痛めつけられたものか?』
『……』
『痛いか。その傷が』
『痛い。胸も、痛い。お父さんも、家も、もう、何もない』
その時。あの忌まわしき日が訪れてから初めて泣いた。
あいつはあたしを受け止めて、こういうんだ。
『治してやる。食事もくれてやろう。お前の望むがままのものを。そして――お前の居場所を』
『……本当に?』
『ああ。私は大魔導司だからな。しかし、1つだけ条件がある』
『条件?』
『人間を許せとは言わない。だが……私達は、世界の調停の為に動いている。君の力が必要だ』
あたしは……人間は嫌いだ。愚かで、裏切って、互いに殺し合う人間が嫌いだ。
だけど……魔導司は好きになった。
あいつの、ことも。だから、あたしは全てあいつの指示に従うって決めたんだ。
あたしを拾ってくれたファウストには……今も感謝している」
……。
私の、知らない世界を垣間見た気がしました。
その語り口は、今までのトリス・メギスとは少し違っていて。
「……どうせ、こうもなったら、あたしはただのゴミだ。あいつの期待に応えられなかった。あたしは……」
「待ってください。魔導司全員に精神汚染をかけたのは、貴方の独断ではなくファウストの指示なのですか?」
「……そうだ」
沸々と怒りが沸きました。
彼女もまた、利用されたということですか。
「目を覚ましてください。あの人は、貴方が近くにいるべきものでは――」
「だがっ!! あいつを悪く言うのはあたしが許さねえ!! すべて、すべてを抱え込んだあいつの苦悩をお前は知らない癖に……お前は、何も、何も分かっていないんだ!!」
叫び散らすトリス・メギス。
それに、私の頭はまた冷えていきました。
「……行くなら、行け。ファウストを止めたいなら……お前らが止めろ。あたしは……あいつに何があろうが、あいつの味方になるって決めたんだ」
「……」
「お前が人間の可能性を信じるというならば。それはお前の結論。先に行け」
シャークウガが掌を彼女の頭から離します。
彼の無言の合図に私は頷きました。
「……行きましょう。シャークウガ」
『……ああ。何があっても、俺達の進むべき道は1つだ』
※※※
「ファウストは……この先の奥にいるのか?」
「間違いない。ベランダだ。屋敷中に居るのは確実だし、居るとすれば此処しかない。研究室にもいなかったとなれば、後は……」
廊下を慎重に歩く俺達。
他に敵がいないか、声を潜めて進んでいく。
まあ、敵の急襲自体はチョートッQに加えてホップ・チュリスが居るから事前に察知できるけど。
「なあ火廣金」
「……何だ」
「お前は……何でアルカナ研究会に入ったんだ?」
「……俺は……最初から魔導司として育てられた。両親から、教育機関からも魔術の英才教育を受け、同期でもエリート中のエリートとちやほやされてな。だが、それだけにこれからどうするか決めかねていた」
何だそれ。
経過は違うけど俺と似たようなものじゃないか。
将来の夢が見当たらない。だけど、俺とこいつには決定的な違いがある。
火廣金は魔術に優れたエリートだということだった。
「……今年の4月の事だ。俺は――最も危険とされる、クリーチャーの研究・及び討伐を行う前線機関、アルカナ研究会の会長・ファウスト様にある日誘われた。俺は新入りだったから、早速辺境の日本にトリス、ティンダロスに飛ばされた、と思っていた。だけど――ファウスト様の狙いは、日本にあるエリアフォースカードだった」
「お前、随分と肝が据わってるんだな。自分を拾ってくれた組織の会長を裏切るなんてよ」
「当然の事」
火廣金は首を縦に振った。
「――俺は親父から、ずっと教わってきた。関係の無い戦いに、市民を巻き込むのは魔導司失格、と。魔導司の基本の理念もそれだ。俺が人の事を言えた義理は無い。しかし、ファウスト様のやり方は容認できない。俺が止める」
「……お前、やっぱすげーよ」
だって、俺にはそんな崇高な信念とかは無い。
こいつはずっと、そういう世界に生きてきて、ずっと自分の意思で物事を決めて来たんだろうな。
俺なんか振り回されてばかりじゃないか。
「……と言っても、君達に後押しされたところも大きいがな」
「え?」
「俺は今まで、物事を良いか悪いかとでしか判断したことが無かった。頭が固いとはよく言われたが、自分でも此処までか、とは思わなかったよ。恐らく――君達に出会えて無ければ、俺は決断など出来なかった」
「……」
「組織を裏切るなど、本来なら重罪だよ。その境で悩んでいた。だけど、君達は自分の中の正しいものを信じていた。ならば俺も、自分の中の正しいものを信じる方がよっぽどいい。少なくとも、俺があの町に来て出会ってきた人々は、皆そうだった」
「……そうか」
「例えば、刀堂花梨とかそうだ。あいつは本当に甘ったるいお人好しだよ」
「そういや、お前花梨に助けられたのは良いとしてその後どうしたんだ?」
「……怪我の手当ついでに雑炊までご馳走になった」
「すげーな、それ。多分ノゾム兄特製の奴だろ? あれ昔食ったけど、ノゾム兄本当料理上手だからさぁ、うめーんだよ」
中学生頃までは花梨の家に飯を食いに行った事が何度もある。
うちは両親が帰って来ない事の方が多かったからな。
特に、花梨のお母さんとの合作だったとはいえノゾム兄の料理の出来栄えには思わず舌を巻いたものだ。
本当に……懐かしいや。
「……」
「おい白銀。眼尻が」
「!?」
思わず、袖で拭った。
あれ? おかしいな。涙が出て来ちまったよ。
「……猶更、止めないとな。ノゾム兄の分まで」
「……ああ」
しばらくして、火廣金は続けた。
「……刀堂花梨のあの性格は昔からか?」
「ああ。あいつは剣道バカだけど、人懐っこいし、お人好しだからな」
「君が言えたことか?」
「……ハハ、それもそうか」
「まあ、良い。……その、何だ。人間相手にあそこまでされた経験が無かった。あいつには、恩返しをしたいと思っている。せめてもの、な」
彼は拳を握りしめる。
「……本当に、分からん。何故他人にあそこまで出来る」
「放っておけねーんだよ。俺も花梨も。誰かが傍で傷ついているのを黙って見過ごせないんだ。あいつに恩返しがしたいって言うなら――猶更、生きて帰らないとな」
「……絶対に生き延びるさ」
『絶対、ッスよ! ヒイロの兄貴!』
言ったのは、今まで火廣金の頭の上に乗っていたネズミのクリーチャー、ホップ・チュリスだった。
『皆、ヒイロの兄貴の熱くて真っ直ぐな所に惹かれたっス! だから、ヒイロの兄貴はドン、と胸張ってりゃいいっス!』
「……ありがとう、ホップ」
「へっ、良い相棒を持ったじゃねえか」
「……ああ。俺が最初に召喚したクリーチャーだよ。ずっと、一緒に着いて来てくれた」
長い付き合いなんだな。
互いに信頼関係が感じられる。
「君とチョートッQも、そうなるさ」
「だと良いけど」
『ちょぉっ!? どういう意味でありますかぁ!?』
「さあ、行こうか。そろそろ着く」
『スルーしないでほしいでありますよォ!!』
叫ぶチョートッQ
苦笑する俺。だけど、火廣金は立ち上がると言った。
「……いずれ、君達ともまた決着を付ける。今度は敗けない」
「ああ。そのために、勝ちにいかねえとな!」
※※※
踏み込んだのは、絢爛とした屋敷のホール。
客間、とでも言うべきだろうか。そこに、確かにファウストはベランダから身を乗り出し、景色を眺めていた。
しかし。しばらくすると、俺達の気配に感付いたか、かったるそうに振り向いた。
「……今日は全ての物事が上手くいかないな」
「ファウスト様。こんなやり方は間違っています。止めて下さい」
「……やはり、魔導司の中の魔導司。エリートであるお前は扱いにくかったよ。日本には
「今のあんたの役に立つつもりは毛頭無い」
そうか、とファウストは言葉を漏らす。
待て。納得されても困る。
俺だって聞きたいことは幾らでもあるんだ。
「待ちな、ファウスト。そこまでお前がエリアフォースカードを人間に渡したくない理由は何だ? そして、もし本当にそうなら、火廣金にエリアフォースカードを握らせて、俺達を誘った理由は何だ?」
「……私の目的は2つある。エリアフォースカードが人間に対し、どのように作用するのかを見極める事。そして、私自身の元にエリアフォースカードが二度と他人の元に渡らないように回収すること」
「矛盾してんじゃねーか」
「お前達の役目は既に終わっている。エリアフォースカードは、やはり人間が持てば魔導司と人間のパワーバランスを崩しかねない代物と私が判断したからだ。それを証明し、私に十六夜ノゾム討伐を決意させたのは――間違いなく、お前だよ白銀耀」
……何だと。
「お前の所為で、十六夜ノゾムはああなったんだ」
黙れよ。
黙れよ。
黙れよ。
「っ……黙れェッ!!」
「何?」
「ざっけんなよ。ノゾム兄は、お前らから皆を、街を守ってたんだ。ずっとずっと、1人で守ってたんだ。あの人は、いずれ――自分一人で壊れるために戦ってたんだ。お前の屁理屈なんか、知った事無かったんだ!!」
「……そうだ。十六夜ノゾムは、いや、刀堂ノゾムは最初から皆を守るため、己が壊れるために戦っていた。だが、手を下したのは貴方だ」
「日常を壊したのは、ワイルドカード。そして、お前らだ。ノゾム兄は、俺なんかのためじゃない。”俺達の日常”を守るために、自分からお前に向かっていったんだ。だから俺が受け継ぐって決めたんだ!! ノゾム兄の守りたかったものを、覚悟を!!」
胸を握りしめる。
この手に感じる鼓動全て。あの女に全てぶつけてやる。
『マスター!! あいつを、止めるでありますよ!!』
「ああ!」
「させるかよ」
呪詛が聞こえてくる。
その背後のから仮面の顔が覗き、顕現した。
出てきやがったな。ファウストの切札――《天罪堕将 アルカクラウン》。
「
ってことは、あれが守護獣ってことか。
『きょ、強大であります……! これが、守護獣なのでありますか!?』
「私がどんな思いでエリアフォースカードを集めてきたか……!! お前達には分からないか。私の正義が、理解できないか。ならば仕方があるまいよ。この屋敷に侵入した者も、役に立たナいガラクタ共……モ、皆殺しだ!!」
正気を失ったように、彼女の瞳が紫色に光る。
「私はエリアフォースカードの謎を解き明かし、全てをこの手に収める」
血走った彼女の眼が、俺達の胸にかぎ爪を立てた。
「――そして、それを無かった事にする」
その声が最後まで聞こえようとした矢先、巨大な黒い影が、部屋を覆い尽くす。
それと同時に、部屋の扉が思いっきり閉まり、さらに退路を塞ぐようにして異形の影が現れた。
そして、それは俺に向かって空間を展開する。
エリアフォースカードを無かったことにする、だと。
そんなことをしたら、クリーチャーへの対抗策は無くなるじゃねえか。
「まずは裏切り者の粛清だ、火廣金。お前はこの手で殺してやる」
「……火廣金!!」
次の瞬間、ファウストが手に持ったエリアフォースカードが叫び声を上げる。
それと共に、空間が開かれた。
そして俺もまた、クリーチャーとの戦いに身を投じる。
「火廣金!! 絶対負けんじゃねえぞ!!」
俺の声に、彼は頷き構えた。
「愚かな……奈落の深淵へ消えて逝け」
「……俺は、負けない。あんたの間違った正義、俺が打ち砕く!」
『兄貴、俺も着いてるッス!』
空間が背後で開かれる。
――火廣金、此処は頼むぞ!