学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
「邪魔するぜー、ノゾム兄」
冬休みも間近に迫ったある日の事だった。
病室の扉を開けると今日は起きていたのか、彼は体を起こしてテレビをぼーっと見ていた。
「……耀。いやあ、悪いなあ。毎日ここまで来るの大変だろ?」
「そんなことねぇって。ノゾム兄、寂しかったらいけないだろ」
ファウストとのデュエルで重傷を負ったノゾム兄。しかし、意識も目覚め、俺は彼の元を頻繁に訪れる事が多くなっていた。
といっても、すぐに疲れちまうのか寝ている事が多いけど、たまに起きてると前よりも自然に笑う。
そして、やはり旧知の仲だからか黒鳥さんも病室を訪れていることが多い。
「生意気言いやがって。オレは子供じゃねえんだぞ?」
「そうは言うけども」
「まあいい。座ってけよ」
「あーい」
今でこそ、大分自然体になった。
だけど、意識が目覚めた当初は本当に大変だった。
ノゾム兄は泣いてばっかりだった。
意識が戻ったと聞いて、俺達が来るなりいきなりぼろぼろ涙を零した。
そして、「悪かった、本当に、悪かった」と謝るばかり。
誰もノゾム兄を責めるわけがないのに。
それに、ノゾム兄が居たから俺は此処まで戦えた。それは事実だ。ノゾム兄が全部、今まで背負って守ってくれたおかげだ。
「オレが守りたかったのは……お前らじゃないんだよ……大事な人が居て、大好きな人が居て……守れなくて、辛くて……もう何も失いたくなかった……お前らに、オレの守りたかったものを投影してただけだ」って、ノゾム兄は自分を偽善者と嗤う。
だけど、そんな事は無い。
オレ達にとって、三日月仮面もノゾム兄もヒーローなんだ。
今までずっと、守ってくれた事は事実で、変えようがない。
「……オレは、もう十分だよ」
「ノゾム兄」
そんな事をふと、ノゾム兄は言った。
「やっと全部、呪いから解かれた気分だ。オレの周りにはこんなに沢山の光があったのに、自ら閉ざしたのはオレ自身だった」
「……光ってたよ。ノゾム兄も」
「今、一番光ってんのはお前だよ。
「またそんな事を言う」
「オレはもう、ヒーローは2度と出来そうに無いからな」
黒鳥さん曰く。
無理して能力を使い続けた事。オーパーツと半ば融合する事で、普通の人間ならば力尽きてもおかしくない量の戦闘をこなしていた反動。そして、ファウストに敗北したことが決定的となって、ノゾム兄の体内を駆け巡っていた魔力の回路は完全に焼き切れてしまったらしい。
自分の身体を使い捨てるような戦いを続けていたのだから、いずれそうなっていたとも語っていた。
だから、エリアフォースカードを握っても、もうノゾム兄には何の反応も示さなかった。クリーチャーも見えないし、声も聞こえないと言う。
彼曰く、本当に普通の人になってしまったと言うのだ。
だけど。そんな事は無い。
……ノゾム兄はヒーローだよ。昔も、そして今も。
「……みんなのヒーローに、最初はなれれば良かった。だけど、1人の女の子を助けようとして――結局駄目で。オレも駄目になった」
「それでも、ノゾム兄はあの人にとってはヒーローだったはずだ」
「……それなら、良いんだけどな」
彼は、三日月仮面として握っていたデッキに手を触れた。
一番上のカード――《時の法皇 ミラダンテⅩⅡ》を労わるように。
「これは、オレの手で返さないとなあ――”ホタル”」
※※※
――アルカナ研究会の事件が終わった直後の事である。
俺は黒鳥さんに連れられて、海戸ニュータウンにある中央病院に足を運んでいた。
そして、訪れたのは名も無き隔離病棟。少し肌寒い気がしたが、医者と共にその個室にやってくる。
「魔法やクリーチャーに理解のある人間が医学界にいるなんて」
「機密事項だ。消されたくなければ詮索しないことだな」
「ヒエッ……」
「冗談だ。しかし、機密事項というのは本当でな。クリーチャーが人間の世界に現れてから歴史は長い。魔導司にすら認知されていない場所で、あるいは魔導司と交わった事でクリーチャーを認知した機関は多数存在する。この病院も例外では無い。最も、あくまでも認知しているに過ぎないわけで、その手の技術は勿論、組織としての規模は今となっては魔導司共に遠く及ばん」
「今となっては?」
「色々あったんだ。僕らのようにクリーチャーと戦えていた精鋭部隊、『
俺はそれ以上は聞かなかった。
ともあれ、その人物が俺に会いたがっているとの事で、特例で俺を連れてきたらしい。
俺が事態の当事者、というのも大きいのだが。
「初めまして」
病室の扉を開けると、彼女は、はにかみながら気さくに言った。
色素の薄い茶髪をポニーテールに結い、眼鏡を掛けた少女。
肌は、今にも壊れてしまいそうなガラスのように薄く、顔も痩せこけていた。
病室のベッドに横たわり、腕に点滴を繋いでいた。
儚い。だけど、綺麗な人だった。
「それに、レン先輩も……」
「気にするな。僕が来るのは当然の事だろう? 本当はあのバカもいっぺん連れて来てやりたがったが、事情が事情なのでな」
「あはは……」
穏やかな表情で彼女は、俺に微笑みかける。
「淡島ホタル、です。よろしくね、耀さん」
「あ、はい。白銀です。よろしく……ホタルさん」
「ふふっ。そんなに緊張しないで」
彼女は俺の目をのぞき込む。
ビー玉のように透き通ったそれが、俺の心を全て見通したようだった。
「”あの時”と同じ……とても、強い人なのね」
「そんな。俺は、俺1人の力じゃ何も出来なかった。仲間が居たから、俺は戦えたんです」
「それでも、貴方の目はノゾムさんに似ているんですよ? 逆境にこそ負けない、鋼の精神……貴方なら成し遂げられたって納得だわ」
「な、何でそんな事が言えるんですか」
「ずっと、見ていたからよ」
み、見ていた?
もしかして、あの――魂だけの状態で?
「ホタルは……この数年間、時たま目覚めては活動出来ていた。だけど、記憶を無くし、意思も薄弱な状態だった。それで、辛うじてこの数年間、生命を保つ事が出来たんだ」
「その間の私は、ずっと暗い闇の中で、アルカクラウンに囚われてた。とても、怖かった。終わりのない無限の地獄だった。でも、貴方の戦ってる姿は見えたの。ずっと昔、私を暗闇から引っ張り出してくれた――あの人とキミが重なった気がした」
「その時の貴様は――間違いなく彼女の希望だっただろう」
「最初はあの人が助けに来たのかと思っちゃった」
希望――か。
何だか気恥ずかしいな。
「貴方を巻き込んでしまったみたいで悪いけど……本当に、ありがとう」
「いや、巻き込んだなんて」
俺は、当然のあたりまえの事をしただけだ。
「誰かが困ってて、誰かが悲しんでるのを見たままで――それを見過ごせないだけなんです。だって、見過ごしたら一生後悔しそうな気がするから。だから、俺はまだ戦います。ワイルドカードやエリアフォースカードで、もう誰かが傷つくのは嫌ですから」
「……うん。周りの人を傷つけたくない。だから、貴方は戦うのですね。ノゾムさんも――そういう人だったから」
そうだ。
だから、今度は俺がやる。
ノゾム兄の代わりに、俺達がやる。
これ以上、もう悲劇を増やすわけにはいかないんだ。
「ねえ、耀さん」
「え?」
「耀さん。貴方は貴方だけのものじゃない。それだけは、心に留めていてくださいね」
「……」
「こんな事を考えるなんて引き留めてるようで嫌になるの。私は助けられてばかりなのに……でも、もう離れ離れは嫌で、仕方なくて――」
初めて、彼女の表情が曇った気がした。
そうだ。ホタルさんはずっと、暗闇の中に閉じ込められていたんだ。
ノゾム兄がどうなってるか、自分が無事に戻れるのかさえ分からない状態で――
「私の知ってる人は……皆、そうだったわ」
……ちょっと前までの俺なら、首を横に振っていたかもしれないv。
だけど、今の俺は違う。
この戦いは俺だけのものじゃない。
これから先、何かが起こった時――自分の命をむやみに投げ出すのは賢い事じゃない。
だけど、仲間の命と俺自身の命。どっちかを天秤にかけなければいけなくなった時、俺はどうすればいい?
……俺は、助けられるなら進んで自分の命を投げ出すだろう。
どうしようか決めるのは、最終的には俺自身でしかないのだ。それが、喉に詰まるように辛かった。
「ごめんなさい。こんな事言っちゃって。心配性なの。似たような先輩と同級生を見てきたものだから……」
「……いや、忠告ありがとうございます」
※※※
――黒鳥さん曰く。
ホタルさんの状態は、数年間ほどの間、アルカクラウンに魂を奪われてからは抜け殻のような精神状態で生活を続けていた。それは彼女のクリーチャーに対する耐性もあった事も功を奏したという。また、その間、検査は勿論だが無理矢理でもリハビリをしていたために、数年間分の筋力の衰えはそこまでではないらしい。
しかし、だんだん眠る時間が長くなり、今年の3月あたりから昏睡状態に陥っていたというのだ。
退院した後、彼女がどうするのかは分からない。だけど――失われた4年間はそう簡単に取り返せるものじゃないだろう。
病室を出た後、俺はどこかおぼつかない足取りで歩いていた。
『マスター……』
「やりきれねえな……こればっかは」
チョートッQは頷いた。
この先、どんなものが俺達を待っているのか。
言い知れない不安が俺を襲う。
「いずれ、全てのエリアフォースカードを回収しなきゃいけない……これ以上、悲しむ人を出させないために」
『そうでありますな』
「とにかく、俺ももっとデュエマを鍛えないと。早く、強くならなきゃいけないんだ。だけど――」
同時に、ホタルさんの言葉も引っかかった。
「……無茶は、いけねえよな」
『……マスター』
ノゾム兄の姿を見てきたから、猶更だった。
俺は、壊れないまま戦えるだろうか。そんな自信は無い。
もしも仲間に何かあった時。何より俺自身に何かあった時――そう、ネガティブに考えられずにはいられない。
そう思っていた矢先だった。着信が入る。
『もしもし先輩。面会はもう終わりましたか?』
「おお、紫月か。今終わった所だよ」
『そうですか。取り合えず、ノゾムさんの具合はどうでしょうか」
「ああ。もうすぐ退院できそうだってな。それよか、そっちは大丈夫か? 翠月さん風邪引いたんだって?」
『はい……でも熱は下がったようです。心配でしたが、明日には登校できそうだとか。今日は早引きしてすみません』
「気にすんなよ。心配だろ。まあ、寒くなってきたしなあ……お前も気を付けろよ」
いつもの抑揚のない返事が返ってくる。
でも、少し安堵が混じっていた。
『で、本題です。今度のクリスマスにショッピングモールで開かれる大会の件ですが、ブラン先輩は行けないようです』
そう、今度ショッピングモールで行われるデュエマの大会。
これは、団体戦で3名が登録して出場するというものだったのだが――
『イギリスへの帰省、か……途方もなく遠くに行ってしまいそうですね』
数年ごとにブランは生まれ故郷のイギリスに帰る事になっていたという。
で、それが今年だったとのことだ。来年は受験でどのみちいけそうにない。なら、今年しかない、とのこと。
クリスマス会をやった時、クリスマスを一緒にやれないってのはこういうことだったんだな。もっと早く言ってくれれば良かったのに。
で、そこに丁度いい所に新部員の火廣金。火廣金がいなかったら花梨でも誘おうかと思っていたけど、好都合というわけだ。
「まあ、帰ってくるんだから良いじゃねえか。いや……向こうが帰省するんだから、それはおかしいか」
『難しいですね。ブラン先輩はどっちも故郷って言ってましたし』
「……そうだな」
『えーと、それで話を戻しますが、また新たに大会用にデッキを組もうと思って』
「調整する時間も要るんじゃねえか? よく考えろよ」
『分かってますよ』
はぁ、と吐く息が白く視界に映る。
黒い空に、振りゆく粉雪。
それと一緒に、俺の不安と期待も、静かに、だが確かに積もっていくようだった。
※※※
産み落とされたこと。これ即ち、人類の不浄の罪であり、人間が人間である限り、消えない罪である。
自らの幸福のため、他の何かを犠牲にし続けてきた人類共通の罪である。
そして、幸福の追求自体が人類に課せられた使命であり、また決して消えない罰なのである。
終わりなき罰は、生きることそのものは、無限の地獄なのである。
生きることは罰か? 問えば首を横に振るもの、縦に振るもの、両方いるだろう。
しかし、何かを犠牲にしながら、死という名の何も残らない終わりのために血を吐きながら続ける地獄の行進に何の価値があるというのだろう。
極楽浄土等、あの世には存在しないのである。
終われば皆等しく虚無に還るのみ。
ああ、なんて哀れなのだろうか。
これが、この星で繰り返されてきた悲劇である。
これならば、畜生道の方がまだ救いがある。なまじ人間には意思があるだけに、神はそれを罪と断じたのだ。
それを我々は終わらせなければならない。
幸福を求め、血と涙と悲劇を連鎖させる根源である欲望、その源たる人類を救うために。
故に、我々が裁こう。
不浄の人類の罪に、断罪を。
故に、我々が救済しよう。
人類皆等しく、慈愛と慈悲の名の元に。
故に、我々が終わらせよう。
永くも短い、この星の歴史を、そして人類の歴史を――全て、永劫に停止させるのだ。