学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 作:タク@DMP
Ace1話:水晶事変─再会
……。
視界は真っ白に広がっていた。
音も無ければ、天井も床も壁も無い。
全てが純白に広がっていた。
此処は――、一度来た事がある気がした。
うっすらと、目の前にあるのは銃を掲げた影が映りこむ。
「……
俺は、その名を呼んだ。返事は無い。
しかし、彼の表情は何処か悲しそうだった。
……表情? そういえば、エリアフォースカードの絵柄には、皇帝の顔ははっきりと描かれていない。
そして、それは今目の前にいる影も同じはず。
何で、俺にそれが分かったのだろう。
「なあ、どうしたんだよ。何が言いたいんだよ――」
「――」
そういえば。
こうしてあいつの姿が朧げとはいえ見えたのは初めてだ。
だけど、分からない。こいつの言おうとしてる事が――
「――」
口が動く。
そこに紡がれた言葉は――俺に何かを戒めているようだった。
「おいっ、
言いかけたその時。
一瞬だけ、純白の景色が様変わりする。
身体が凍えそうになった。
寒い。寒い。痛い。
あたり一面が真っ白に、凍り付いていた。
指がかじかみ、耳が冷え込んで、肺まで霜が張り付きそうになる。
周囲には、誰も居ない――
「おい、皆は?」
誰も居ない。
孤独。絶望。
頭の中に、暗い二文字が駆け巡っていく。
俺の身体も、同時に凍り付いていく――いけない。
止まってはダメだ。
走れ。走らないと――
「ブラン!! 紫月!! 花梨!! 火廣金!! 桑原先輩!!」
応える者は居ない。
走って、走って、叫んで、叫んで、叫び続けて。
声が枯れた頃に――俺は、立ち止まった。
「……皆っ」
走っていく。
そこには皆の姿。
良かった。そこに居たのか。
声を掛ける。だけど――誰も返事はしなかった。
「……みんな……?」
そこにあったのは、絶望だった。
ブランも。花梨も。火廣金も。桑原先輩も――近付いても、声を掛けても誰の声も返ってこなかった理由が、やっとわかった。
みんな、冷たくなっていた。
氷漬け、いやそれよりも硬く、冷たい水晶の中。
そうだ。
まだ、紫月が居ない。
あいつは。あいつは何処に――
「先輩……」
俺は肩を震わせた。
そこにあったのは――
「おい。どうしたんだよ。どうしたんだよ紫月――」
彼女は答えない。
全身、雪に塗れた紫月は口を開こうとする。
俺は、地面を蹴って駆け寄った。
だけど――
「ああっ……!」
触れた途端、ばらばらに、彼女の身体は砕け散る。
氷細工のように――
「はぁあっ……!!」
心臓がどくどく、と勢いよく血を流し込み、俺は押し潰されたような声を上げてベッドから跳ね上がる。
そして、周りを見回した。
暗い、自室で間違いない。
そこで、安堵の域を吐く。
「……なん……だよ……」
頭を抑えため息をつく。
時計は既に朝の6時。いつもより少し早い起床。
起き上がると、無数の冷や汗が背中を伝っている事に気付いた。
※※※
「んー、ロンドンの天気は今日も曇り、デスねー」
冬休みに入ると、ブランは真っ先に日本を旅立ってイギリスへ帰省することとなっていた。湿っぽい別れ方は嫌だったし、何よりどうせ帰ってくるのだから敢えて耀達には何も言わなかった。
だからか、空港に着いた頃には「ブラン、お前何で出発日も何も言わなかったんだよ! 冬休みになってすぐとか聞いてねえぞ! お前が居ないと冬休みの部室が静かになっちまうだろうが! 帰ってきたら向こうの事教えてくれよ!」「ブラン先輩、イギリスのスイーツを買ってきてくださいね。あ、スターゲイジーパイは結構です」「レディ、素敵な旅になることを祈っているよ」と立て続けにメールが飛んでくるのだった。
「もう、大袈裟デスよ……皆」
等とは言うが、その顔は久々に日本を離れて故郷に帰るというのに何処か綻んでいた。
イギリス――ヨーロッパの西に位置する島国であり、古今共に大きな影響力を持つ大国。
首都のロンドンは、今もなお大都市。高層ビルの立ち並ぶ近代的な街並みもあれば、石造りの建物も立ち並ぶ古典的なヨーロッパを思わせる街並みも見られる。
常に曇り空で、日光には恵まれないが、クリスマスも近くなるとイルミネーションが夜の街を照らす。
実家での挨拶も前の日に大方済ませた。
親類と話したり、夜は実家の書庫を読みふけったりしていたが、わざわざ家族での観光を断り、こうして1人でロンドンの街に出た自分を省みるとやはり仲間と一緒に居ないときの自分は、1人が好きらしい。
『なーにが1人が好きじゃ』
「あ、ワンダータートル……」
『ワシは邪魔だったということかのう?』
「ワンダータートルは別デスよ。だって、一緒に居たら安心できマスし」
『は、便利な道具扱いか。名探偵様は随分とクリーチャーの扱いが荒いようじゃて』
「あははは……」
等と軽口をたたきつつも、久しぶりに乗った赤塗りの二階建てバスで2人旅というのも悪くは無かった。
ロンドンに来たら、絶対に行こうと思っていた場所。
バスターミナルを降りた先には――
「着いたデース、ハイドパーク!」
ウェストミンスター地区とケンジントン地区を跨ぐ巨大な王立公園、ハイドパーク。
森林に覆われ、湖で二分されたこの公園は、一番古いのがイーバリー卿の荘園跡であり、その敷地の広さが単位の1ハイドであったことが名前の由来とされている。
『見知らぬ地というのは……どこか落ち着かないものだと思っておったが……』
「ふふん、イギリスの自慢の観光地デス。昔、小さい頃に両親と一緒に来てマシタ」
普段こそ緑溢れた場所であり、湖を見ていると時間を忘れる。
一番大好きな場所だった。
「……それと、親友と出会えた場所でもあるのデス」
『親友?』
「ハイ。私が学校で日本人のハーフであることをネタにして虐められていた時……両親がここに連れてきて、慰めてくれたのデス」
『……そう、か』
ワンダータートルは声を落とす。
しかし、彼女は気にしていないと言わんばかりに笑った。
「そんな顔しないでくだサイ。此処は、親友と出会った場所でもあるのデス」
『親友?』
「ハイ。とても仲の良かった親友と言いマスか……」
彼女の頬は少し赤くなった。
『どうした?』
「まあ、何でもないデス。ハイドパークで両親とはぐれてた私と出会って……今思えば不思議な人デシタ。本をいっつも読んでて、本が好きだった私たちは、意気投合して図書館で出会うようになって……イギリスに居た頃の私の唯一の支えだった気がしマス」
でも、私が日本に行った後は疎遠になって出会っていないし連絡もないから、もう出会う事も無いデショウね……とブランは繋げる。
ハイドパークの地面を一歩一歩、踏みしめた。
硬いアスファルトの道。
冷たい風。暗い空。
しかし、クリスマスの前だけあって人で賑わっていた。
両親の仕事、そして自らのハーフという出自もあって、色んな場所を見てきた彼女は今までの事を思い返す。
日本人混じりの血。色濃く出たコーカソイドの特徴。
それが原因で虐められた事。
本だけが自らの救いだった事。
全部が蘇ってくる。
だけど、今思えば悪い事ばかりではなかった。
自分に今の道を歩ませるため、手を差し伸べてくれた少年。
同じ本が大好きで、一番暗い毎日を送っていた自分に光を少しだけ見せてくれた少女。
そして、初めて出来た同じ趣味の友達。
また、もしもどこかで会えたなら。
暗かった自分の世界を明るくしてくれたあの少年に出会えたなら。
伝えたい事がある。
言いたい事がある。
だけど、きっとまた会えるだろうか。
「……あれ?」
観察力、というのは――意図しないときに発揮される事もある。
例えば視界に思わぬものが見つかった時。
すぐさま或瀬ブランの視線はそれに釘付けになった。本だ。
本がベンチの上に置いてある。分厚い本が1冊。カバーが掛けてあるので、本の名前は分からない。
「誰かが忘れたんデショウか……?」
『置き引きと間違われても知らんぞ』
「分かってマスよ。でも、こんな古い本誰が……」
しかし――
「すいませーん!! その本、僕の分なんです!」
少し甲高い声が聞こえた。
振り返ると、ブランが見た限りは背はあまり高くなく、小柄な少年が急いで掛けてくる。
勢いよく走ってくるので最初はその顔を見る余裕も無かった。
息を切らせた彼は、そのまま顔を上げると黒縁の丸眼鏡を掛けた少年である事が分かった。
「うっかり置き忘れちゃって……」
しかし、だからだろうか。
その特徴的な丸っこい幼さの残る顔つきが、呼び覚ませたのだろうか。
しばらく、ブランは言葉を失っていた。
「え、えと、それじゃあ僕、そろそろ――」
そう言いかけた相手も、自分の顔を見るなり言葉を失う。
しばらく、ぽかんとした様子で2人は顔を見合わせていた。
「ブラン? ブランなのかい? 何で、君がここに?」
先に口を開いたのは――少年の方だった。
「それは……こっちの台詞……だよ。また会えるなんて!」
ブランは思わず彼に飛びついた。
色んなものが溢れ出てくる。
彼が自分の名前を、顔を覚えてくれていた。
殆ど絶望的で、願ってすらいなかったのに――
「
※※※
――この日のショッピングモールは人だかりが出来ており、会場となるホールにはでかでかと『デュエル・マスターズ:団体戦クリスマスカップ』という見出しの看板が掲げられている。
俺は白銀耀。デュエマ部とかいう同好会同然の部活動の部長をやっている事以外は、比較的普通な高校生だったのだが、実体化するクリーチャー、ワイルドカードの事件に巻き込まれた事によって俺の生活は一変。
次々に巻き起こる事件を前に、俺達は命がけのデュエルで戦うことになってしまった。
そんな中で、仲間と出会い、時には対立しながらもついにすべての元凶だったクリーチャー、アルカクラウンを撃破し、事件は一度収束。
俺たちは再び、平穏な日々を取り戻そうとしていた――
「つーわけでテメェら! ブランの分まで頑張って、絶対に優勝するぞ!」
「そうですね。先輩の火ジョーカーズとかいう若干弱――じゃなかった環境外のデッキ握ってる分、私たちががちがちに固めたデッキで戦わなければいけませんし」
「オイ!! 弱くねえよ!! 火ジョーカーズ嘗めんなよ紫月!!」
「まあ落ち着け。とにかく受付は俺が済ませておいた」
お、手が早いな火廣金。
こういう時は気が利く。
俺も気合入れていかないとな。ブランはイギリスへの帰省で今日はいない。
だけど、応援してくれるって言ってたからな。頑張らないといけない。
「しかしこの人数……ひょっとしたら知り合いもいるかもしれませんね」
「知り合い、ねえ。まあ、でもデュエマやってる知り合いなんてそうそう居ないだろ」
「それもそうですか」
談笑している火廣金と紫月。
まあ、こうして2人も大分打ち解けて来てるし、デュエマ部の絆を深めるにはいい機会だろ――
「――」
……。
何だ。また、フラッシュバックしてきたぞ。
あの、真っ白な風景が。所詮は夢だ。夢に違いない。
だけど、あれを思い出すと、どうにも不安、動悸を隠せない。
「先輩?」
ふと、声を掛けてきた彼女の顔を見る。
そこにあった彼女の身体は、今にもぼろぼろと頭から崩れ落ちてしまいそうで――思わず、手を伸ばす。
「どうしたんですか。そんな、動転したような顔をして。エラー箱からマスターカードが出なかった時にもそんな顔はしなかったじゃないですか」
「あっ」
それを、突発的にひっこめた。
そこにあったのは、いつも通り抑揚のない声で語りかける彼女だった。
「い、いや、お前今日はいつものパーカーじゃないんだな、って」
「むぅ。今更過ぎです」
と言っても、今日の彼女は茶色のパーカーを羽織り、猫耳のように尖らせたニット帽を被っていた。いつものスタイルから変えていた。可愛さと彼女らしいクールさが同居しており、俺も少し気になっていたのだ。
得意げに彼女は続ける。
「これはみづ姉が選んでくれた服です。もっと褒めても良いんですよ?」
「ええ……」
「まあ、こうして制服じゃないのは少し新鮮だな」
かく言う俺も、コートにマフラー付けてるし、火廣金も迷彩柄のトレーナーを着ている。
何ともまあ、私服姿の3人が揃うのも珍しかったので、そういうことにして誤魔化す。
「変な先輩。そんなんじゃあ、火ジョーカーズもしょぼいって言われてしまいますよ」
そう、微笑みかける。
なかなか見せない小悪魔のようなそれを見ても、今は胸がずきりと痛むようだった。
……ただの夢に、ただの夢に何を俺は惑わされているのだろう。
『やれやれ、今日こそ我々ジョーカーズの晴れ舞台でありますのに……何をそんな心配そうな顔をしているでありますか?』
ぽん、と飛び出してくるチョートッQ。
すまん。心配かけたみたいだ。
すると、二頭身の魚人も紫月の肩をよじ登る。
『やれやれ、神砕きの男が笑わせるぜ。こんなんで一々ビビんなや』
……シャークウガの豪胆さで、暗さが全部吹っ飛んだようだった。
そうだ。こんなんでビビってられないな。
「シャークウガ。調子に乗らない。後なんかヌメるんで触らないで下さい」
『おおう、いつにも増して辛辣だな我がマスター』
『こーれだから、クソ雑魚ナメクジコバンザメは』
『あんだとぅ!?』
「やめろホップ」
そして、いつものようにちょっかいを出すネズミのクリーチャー、ホップ・チュリス。
またまた、いつものように鮫と鼠の不毛なにらみ合いが続いていた。
「そうだな……さっさと勝ち上がって、ブランに凱旋報告しよーぜ!」
「ああ。心が躍るな」
「こういう時は……えいえい、おー、ですね」
エントリーを済ませ、大会会場に足を進める。
悪夢の事なんか忘れよう。
そして、今日はめいっぱい楽しもう。